第6話:夜の帳(とばり)と、推しに似た男の本能
「……あの、副社長。ここ、明らかに『接待』の店じゃないですよね?」
連れてこられたのは、看板もない隠れ家のようなイタリアン。
照明は極限まで落とされ、テーブルにはキャンドルが揺れている。
何より衝撃なのは、目の前に座る男――神宮寺湊の姿だった。
(……し、私服。……無理。破壊力がエグい)
彼はジャケットを脱ぎ、黒のVネックニット一枚になっていた。
鎖骨のライン。首筋のホクロ。そして、無造作にかき上げられた前髪。
それは、KYLO様がプライベートショットで見せる「オフの姿」そのもの。いや、それ以上に……。
「接待? 勘違いするな。これは、君への『ご褒美』だ」
神宮寺が、ワイングラスを傾けながら不敵に微笑む。
彼の指先が、グラスの縁をなぞる。……エロい。その動作、KYLO様が最新の香水CMで見せた「指先の演技」を遥かに凌駕している。
「あ、ありがとうございます……っ。でも、私のような地味な人間には、この供給……じゃなくて、お食事は……っ」
「地味? 君はさっき、あの西園寺の前で堂々と俺を守っただろう。あんなに熱く、俺を求めておきながら……」
神宮寺が、テーブル越しに身を乗り出してきた。
キャンドルの炎に照らされた彼の瞳が、獲物を狙う肉食獣のように爛々と光る。
(……待って。その『攻め』の目。KYLO様が失恋ソングのMVで見せる、あの切ない執着の目……!)
「……もしかして、あの男と重ねているのか?」
「えっ!?」
心臓が止まるかと思った。
バレた? 「KYLO様と似てるから好きなんです」って、ついにバレたの!?
「……俺に似た、あの『人形』だ。君のデスクにいた……あの男」
神宮寺の声が、わずかに低く、嫉妬を孕んで響いた。
……あ、アクスタのことか。よかった、バレてない。
でも、彼は完全に「自分のフィギュア」に嫉妬している。
「……あ、あの、あれは……その……っ」
「いいよ。人形で満足しなきゃいけないほど、俺が寂しい思いをさせたんだな」
神宮寺はワインを一気に飲み干すと、私の隣の席へと移動してきた。
逃げる間もない。
彼は私の肩に腕を回し、耳元に唇を寄せる。
「……瀬戸さん。今日、君が俺を助けた時。俺は、君をこの手でめちゃくちゃに抱きしめたいと思った。……わかるか? 俺は今、君に対して『上司』でいられる自信がないんだ」
(……ひ、ひいいいっ! 供給過多! 供給がダイレクトに心臓に刺さって、致死量を超えてる!!)
推しの声で、推しの顔で、推しが絶対に言わないような「剥き出しの独占欲」をぶつけられる。
脳内のオタク人格が「全人類、今すぐこの尊さを拝んで!!」と叫んでいるが、現実の私は、彼の熱い体温に当てられて溶けてしまいそうだ。
「……湊、さん……」
「……初めて、名前で呼んだな。……いい声だ」
神宮寺は私の顎を指先でクイと持ち上げ、そのまま顔を近づけてくる。
重なる、一歩手前。
鼻先が触れ合う距離で、彼は低く囁いた。
「……今夜は、君を帰したくないんだが。……いいだろう?」
(……無理。そんなの、拒否できるオタクがこの宇宙に存在するわけないじゃないですかぁぁぁ!!)
夜はまだ始まったばかり。
神宮寺湊の「天然かつ計算ずくの溺愛」に、私の理性はついに、音を立てて崩れ去った。




