第5話:推しの顔を汚す不届き者は、私が成敗いたします
「湊様、お久しぶりですわ!」
副社長室に響き渡った、場違いに高い声。
現れたのは、取引先の令嬢であり、モデルとしても活動しているという西園寺エリカ。
彼女は私の存在など視界に入っていないかのように、神宮寺副社長の腕に抱きついた。
(……え、待って。今、推しの神聖な上腕二頭筋に、女の肉体が接触した……?)
私の脳内アラートが最大音量で鳴り響く。
KYLO様は「全人類の宝」だ。スキャンダル厳禁。たとえそれが、瓜二つの別人であっても、その完璧なビジュアルが「安っぽい女」に汚されるのは、オタクとして万死に値する。
「西園寺さん。業務中だ、離してくれないか」
「あら、冷たい。お父様も、私たちが婚約すれば両社の絆が深まるとおっしゃっていましたわよ?」
婚約。その不穏なワードに、私のペンを握る手がピクリと震える。
エリカは、デスクの端に控えていた私を、ゴミを見るような目で見下ろした。
「ところで湊様。こんな……地味で華のない秘書、お辞めになったら? 私がもっと相応しい、洗練された方を手配して差し上げますわ」
地味。華がない。
そんなことは、鏡を見るたびに自覚している。
でも――。
「……あの、西園寺様」
「なにかしら、部外者は黙っていてくださる?」
私は一歩、前に出た。
推しの(似の)隣に立つ人間は、誰よりも彼を敬い、その価値を理解していなければならない。
「神宮寺副社長は、現在、分刻みのスケジュールで動いておられます。その黄金の時間を、私情で奪うことは……この会社の、ひいては日本の経済的損失に繋がります。……お引き取りを」
私の低い、だが決然とした声に、エリカが顔を真っ赤にした。
「な、なんですって!? たかが秘書の分際で!」
彼女が私を突き飛ばそうと手を振り上げた、その瞬間。
「――そこまでだ」
冷徹な声が、室内の温度を数度下げた。
神宮寺が、エリカの手首を氷のような手つきで掴んでいた。
「湊様……っ?」
「俺の秘書を侮辱することは、俺自身を侮辱することと同義だ。……西園寺さん、二度と彼女に指一本触れるな」
神宮寺はエリカを冷たく突き放すと、私の肩を抱き寄せ、ぐいと自分の方へ引き寄せた。
彼の胸板の厚みが、私の背中に伝わる。
……待って、この包容力。MVのラストシーンでヒロインを守るKYLO様の背中と、完全に一致。
「瀬戸さんは、俺が選んだ唯一無二のパートナーだ。……帰ってくれ。君と話すことは何もない」
エリカは捨て台詞を残して部屋を飛び出していった。
静まり返る室内。
神宮寺は私を抱き寄せたまま、ふっと吐息を漏らした。
「……瀬戸さん。あんな女に何を言われても、気にするな」
「い、いえ……私は、ただ、副社長の尊厳が守られれば、それで……」
神宮寺が私の顎をクイと持ち上げ、至近距離で私を見つめた。
その瞳には、今までにない深い「熱」が宿っている。
(……なるほど。あんなに必死に俺を守ろうとするなんて。やはり彼女は、俺を失うのがこれほどまでに怖いのか)
神宮寺の脳内では、【花音は嫉妬に狂い、愛ゆえに令嬢を追い払った勇気ある恋人】という物語が完結していた。
「……可愛い人だ。そんなに俺を独り占めしたいなら、言葉で言えばいいのに」
「えっ、あ、ちが……っ」
「いいよ。今夜は君の望む通り、俺を独占させてあげる。……準備して。食事に行くぞ」
(……独占!? 望む通り!? ちがうんです、私はただ、推しの価値を下げたくなかっただけで……っ!)
否定する間もなく、私は「ご褒美(=さらなる特大供給)」という名のお出かけに連行されることになった。
神宮寺湊の勘違いは、もう誰にも止められない。




