第3話:コーヒー一杯で、心臓が爆発しそうです
「……ふぅ、落ち着け。私はプロの事務員、私は無機質な機械……」
副社長室の重い扉の前で、私は深呼吸を繰り返していた。
手元には、最高級の豆で淹れたブラックコーヒー。専属秘書としての初任務だ。
(中に入れば、そこにはKYLO様がいる。……いや、違う。神宮寺副社長だ。顔が同じなだけの、仕事の鬼だ。拝んじゃダメ、拝んじゃダメ……!)
自分に言い聞かせ、ノックをして入室する。
デスクでは、神宮寺が難しい顔で書類に目を通していた。眼鏡をかけている。
(……眼鏡!? 待って、先月の限定版写真集『Night Routine』の24ページ、伝説の眼鏡カットそのものじゃない……!!)
トレイを持つ手がガタガタと震え出す。
神宮寺が顔を上げ、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。その仕草すら、推しがダンスの合間に見せる癖と完全に一致している。
「瀬戸さん。……遅かったな。待ちわびていたよ」
「申し訳ありません! こ、コーヒーを淹れるのに、つい、魂を込めてしまいまして……っ」
嘘じゃない。推しに捧げる供物を、適当に淹れられるはずがない。
私は震える手で、彼のデスクにカップを置こうとした。
その時だ。
「おっと。危ないな」
手が滑りそうになった瞬間、神宮寺の大きな手が、私の手首をガシッと掴んだ。
熱い。彼の体温が、ダイレクトに肌に伝わってくる。
「……っ!!」
「……そんなに震えて。コーヒーをこぼしたら、君の綺麗な手が火傷してしまうだろう?」
神宮寺は私の手首を掴んだまま、至近距離で覗き込んできた。
眼鏡の奥の瞳が、優しく、そしてどこか熱っぽく私を射抜く。
(きれいな手、って言った……? 推しの声で、今、褒められた……!?)
私の脳内では、SOLARISの代表曲『Eternal Love』のサビが爆音で流れ始めた。
もはやパニックだ。白目を剥きそうになる私を見て、神宮寺の「勘違いエンジン」がフルスロットルで回転を始める。
(……なるほど。手首を掴んだだけで、これほどの反応か。彼女は、俺に触れられることをこれほどまでに渇望していたのか)
神宮寺は確信した。
彼女のこの震えは、恐怖でも緊張でもない。自分への「抑えきれない情愛」なのだと。
「瀬戸さん。そんなに焦らなくても、俺は逃げない。……君の望む通り、今日は一日中そばにいてあげるから」
彼は私の手首を放すと、満足げにコーヒーを一口啜った。
そして、カップの縁についた雫を、親指でゆっくりと拭う。……エロい。その動作、完全に深夜帯のR指定PVのやつだ。
(……死ぬ。今日一日、この『生・供給』の嵐に耐えられるわけがない!)
「……あ、あの、失礼しますっ!」
私は逃げるようにデスクを離れ、自分の作業机に飛び込んだ。
背後から、「ふっ、照れ屋だな」という神宮寺の楽しげな笑い声が聞こえてくる。
(違うんです副社長……! 照れてるんじゃなくて、あなたのビジュアルが強すぎて、私の語彙力と理性がログアウトしてるだけなんです……!!)
初仕事にして、私のHPはすでに残り1。
果たして、定時まで私の命は持つのだろうか――。
最後までお読みいただきありがとうございます!
本作は全50話、完結まで執筆済みです。
明日も19時頃に更新しますので、ぜひ楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!




