第21話:元カノ(仮)の登場、推しの顔をした社長は「記憶にございません」
新会社『MINATO & K』に、最初のお客様がやってきた。
受付など存在しないこのワンフロアのオフィスに、カツカツとヒールの音を響かせて現れたのは、モデル級の美女――九条アンナ。
(……わぁ。……実写版の悪役令嬢みたいな、完璧なビジュアル)
私は秘書として立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。ご予約の九条様でしょうか」
アンナは私を鼻で笑うと、一瞥もくれずに奥の社長デスクへ突進した。
「湊! 探したわよ! 親戚一同、あなたが会社を辞めて野に下ったって大騒ぎなんだから!」
彼女は湊さんのデスクに身を乗り出し、あろうことか彼のネクタイに指をかけた。
(……待って。その距離感。……推しのスキャンダル写真週刊誌で見たことあるやつだ!)
私の胸の奥が、チリリと焼ける。
KYLO様が女性芸能人と噂になるだけで寝込む私だ。ましてや、目の前にいるのは「実写版」の彼。……独占。……私の特等席を、土足で荒らされている。
「……誰だ、君は。……仕事の邪魔だ、離れろ」
湊さんの声は、北極の氷山よりも冷たかった。
彼はアンナの指をゴミでも払うように払い除けると、すぐさま私を自分の隣に引き寄せた。
「湊! 忘れたの!? 私たち、幼馴染で……結婚の約束だってしてたじゃない!」
「……親同士が勝手に言っていたことだ。……それより、花音。……お茶はどうした」
湊さんはアンナを完全に透明人間扱いし、私の腰をぐいと抱き寄せた。
……天然。彼は「邪魔者を排除した」つもりだろうが、その瞳には、私の嫉妬を煽って楽しんでいるような、妖しい光が宿っていた。
「……湊さん、九条様が……」
「……関係ない。……俺の過去にいた女など、君の足元の一粒の砂ほどの価値もない。……それより、今の君の『不機嫌そうな顔』の方が、よほど重大な問題だ」
湊さんは私の頬を指先でなぞり、全人類が見守る……いえ、アンナが見守る前で、私の耳たぶを甘く噛んだ。
……公開。……「俺の女に手を出すな」という、最高に甘い威嚇。
「……湊! 嘘でしょ、こんな地味な女のために……っ!」
「……地味? ……君の目は節穴か。……世界中の光をかき集めても、彼女の微笑み一つには勝てない。……二度と、俺の城に無作法な声を響かせるな。……帰れ」
神宮寺湊の「天然な傲慢さ」は、ついに「過去の因縁」さえも一瞬でシュレッダーにかけた。
アンナは顔を真っ赤にして走り去っていった。……スカッと。……圧倒的な「眼中にない」という事実による、精神的処刑。
湊さんは、呆然としている私をデスクの上に座らせると、逃げ場のない距離で私を閉じ込めた。
「……花音。……嫉妬したか? ……可愛いな」
「……し、してません……っ!」
「……嘘をつけ。……顔に『俺は私のものだ』と書いてあるぞ。……ご褒美に、たっぷり『上書き』してやるから覚悟しろ」
(……ひ、ひいいいっ! 過去の女への勝利宣言が、そのまま夜の予告になってるぅぅぅ!!)
こうして、新会社への最初の刺客は、神宮寺湊の「異常なほどの一途さ」によって、返り討ちにされたのだった。




