第16話:家出してきた副社長が、私のワンルームを「神殿」に変えようとしています
神宮寺厳一郎会長との全面対決から数時間後。
私は、築八年の自室ワンルームで、呆然と立ち尽くしていた。
「……湊さん。本当に、いいんですか? あのまま家を出てきちゃって」
狭い玄関に収まりきらないほどのオーラを放ち、神宮寺湊が立っている。
彼は仕立ての良いジャケットを脱ぎ、無造作に私のパイプ椅子に腰を下ろした。……供給。狭い部屋に充満する「生活感ゼロの推し顔」の供給。
「構わない。あんな退屈な椅子(副社長の座)より、君の隣に座れるこの椅子の方が、よほど価値がある」
(……名言! 今のセリフ、KYLO様がドラマ『放課後の王様』で言った伝説の口説き文句と完全一致……っ!)
「ですが、着替えも荷物も……」
「問題ない。個人資産のカードは止まっていないし、必要なものはすでに手配した。……おっと、来たようだな」
ピンポーン、と無機質なインターホンが鳴る。
ドアを開けると、そこには高級百貨店の配達員たちがずらりと並んでいた。
「神宮寺様、ご指定のシルクのシーツと、最高級のコーヒーメーカー、それから……」
「あ、あの! ここ、六畳一間ですよ!? そんな大きなベッド入りません!」
混乱する私を余所に、湊さんは私の手を引き、自分の膝の上にすとんと座らせた。
……近い。狭い部屋だからこそ、彼の体温とシトラスの香りが、逃げ場もなく私を包み込む。
「花音。今日から、俺はただの『神宮寺湊』だ。……地位も名誉も、親の七光りも、今の俺には何もない」
彼は私の腰を強く抱き寄せ、耳元で熱っぽく囁いた。
……天然。地位を捨てても、その「支配者」としての色気は一ミリも減っていない。
「……だが、君を愛する情熱と、君を一生養っていけるだけの貯えはある。……だから、安心して俺に溺れていろ」
(……貯え!? 『何もない』の基準が、一般人と違いすぎる……っ!)
神宮寺さんの脳内では、【家柄を捨てて愛に走る悲劇のヒーロー】を演じているつもりらしいが、その実、やっていることは「超ハイスペックな男による、ワンルームの完全支配」だった。
「……湊さん。私、普通の生活がしたいんですけど……」
「そうか。……なら、まずは『普通の恋人』として、一緒に風呂にでも入るか?」
「ええええっ!? 無理です! ユニットバスですよ、ここ!!」
神宮寺さんはフッと楽しげに目を細めると、私の首筋に深く顔を埋めた。
その仕草。KYLO様がバラエティ番組で見せた「甘えん坊な一面」の、100万倍破壊力が高いリアルな熱量。
「……花音。君を誰にも渡したくない。……この狭い城で、俺だけを見ていろ」
神宮寺湊の「天然な傲慢さ」は、ついに「逃げ場のない同棲生活」へと突入した。
私の『推し活OLライフ』は、ついに『推し(似)との二十四時間密着生活』という、心臓がいくつあっても足りない新章へ。




