第10話:スマホを返してほしければ、俺に「上書き」させて
定時を過ぎた副社長室。
夕闇が差し込む室内で、私はデスクを挟んで神宮寺さんと対峙していた。
「あ、あの……副社長。そろそろ私のスマホ、返していただけませんか? 『命の糧(動画)』が見られないと、私、干からびてしまいます……」
神宮寺さんは、没収した私のスマホをデスクの上で弄びながら、不敵に目を細めた。
眼鏡を外し、ネクタイを緩めたその姿。……供給。……残業時間限定の「お疲れモードな推し顔」の供給。
「……そんなにその『画面の中の男(KYLO)』がいいのか? 俺がこれほど君を求めているというのに」
(……ちがう。あなたが『画面の向こう』から飛び出してきたようなビジュアルだから、私は混乱してるんです……っ!)
神宮寺さんは立ち上がり、ゆっくりと私の背後に回り込んだ。
逃げようとした瞬間、彼の長い腕が私の肩を抱き込み、椅子の背もたれに閉じ込められる。
「……返してほしければ、条件がある」
「じょ、条件……?」
耳元で囁かれる、熱を帯びた低音。
神宮寺さんは私のスマホを私の目の前にかざし、画面を点灯させた。そこには、待ち受け画面のKYLO様が。
「この男の記憶を、今から俺がすべて『上書き』してやる。……そうすれば、君はもう、こんな虚像を追わなくて済むだろう?」
(……上書き!? まさか、初期化……!?)
パニックになる私を余所に、神宮寺さんはスマホをデスクに置くと、私の体を無理やり自分の方へと向けさせた。
至近距離。鼻先が触れ合い、互いの鼓動が重なる。
「……いいか、瀬戸さん。君が見るべきは、俺だけだ。……君の声を聞くのも、君の体温に触れるのも、俺だけでいい」
神宮寺さんの手が、私の後頭部を優しく、けれど逃げられない強さで固定する。
彼の瞳には、これまでにないほどの、剥き出しの「熱」と「執着」が宿っていた。
「……嫌なら、拒め。……今ならまだ、間に合うぞ」
拒めるわけがない。
推しの顔をした、世界で一番甘くて傲慢な男に、こんな風に迫られて。
私は、震える手で彼のシャツの裾をギュッと握りしめた。
「……っ、……ずるいです、神宮寺さん……」
「……ああ、ずるくて結構だ」
次の瞬間。
重なったのは、昨夜の未遂を塗り替えるような、深くて熱い口づけだった。
KYLO様がバラード曲で見せるような切なさ。
けれど、それ以上に生身の男としての、強烈な独占欲。
私の思考は真っ白になり、脳内オタクは感動のあまり成仏しかけていた。
(……ああ。……上書き、されてる……。私の人生、全部、この人に……っ!!)
ようやく唇が離れた時、神宮寺さんは満足げに、けれど少しだけ名残惜しそうに微笑んだ。
「……よし。これで君の待ち受けは、明日から俺の写真だな」
「えっ、そっちの上書き!?」
「……当たり前だろう。……さあ、帰るぞ。明日からは、仕事中も、家でも、俺のことだけを考えていろ」
彼は私のスマホを私の手に戻すと、そのまま指を絡めて――恋人繋ぎで――私を出口へと誘った。
神宮寺湊の「天然な傲慢さ」は、ついに「確信犯的な溺愛」へと進化した。
私の『推し活OLライフ』は、この日をもって、終了した。
……そして、彼に翻弄される『溺愛秘書ライフ』が、本格的に幕を開けたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第1章が完結いたしました。
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さて、続く第2章では、物語のスケールがさらに大きく動き出します。
これまで以上に激しく、そして予測不能な展開を用意しておりますので、
読者様も花音と一緒に、このドキドキ感を共有して頂けると幸いです。
皆様のご期待を裏切らないよう、全力で執筆しておりますので、
引き続き第2章もよろしくお願いいたします!




