夜道のどんぐり背くらべ
灰色のパーカーを着た男は背中に何か固いものが当たり、全身の肌が粟立った。
「おい、財布をよこせ」
後ろから声をかけてきたのは強盗のようだ。
閑静な住宅街の暗い夜道。
人影は二人だけ。
あと数十歩進むと電灯がある。
(固いものが武器だったら大変だ)と男は心臓が高鳴った。
ポケットから慌てて財布を出して振り向いた。
「あの、財布は良いのですが、一つだけ出しても?」
黒いフードを目元まで被っている強盗は男を探るように上から下まで全身を見た。
襲ってこないところを見ると取り出すものを待っているのだろう。
「いいだろう。ただし何かを見てから盗るかを決める」
右手に刃物を持っている強盗は男より立場が強いようだ。
「実は一つだけあるけど使えないものがありまして、ね」
「なぞなぞみたいだな。早く出せ」
強盗は男の仕草が気になっているようだ。
1枚の紙が財布から出てきた。
「昔に息子から貰ったものです」
男の手には『かたたたきけん』と拙い文字で書かれた紙が握られていた。
男が指を這わせたところには“いつでも有効”と書かれている。
「もう息子は大きくなって家を出てから随分になります。でも息子と繋がっている気になるんですよね。
私だけに作ってくれたこれは“いつ使ってもいいんだよ”って言ってくれているみたいで。
最近はしばらくですが、これがある限りまた帰ってくるんじゃないかって思って……」
男は目を細めて大事そうに握るその紙を優しい目で見つめた。
強盗は肩を落としてため息をついた。
「はぁ、聞かなきゃよかった。俺は他をあたる。お前はそれをなくさないようにな」
ぶっきらぼうにそう言葉を投げつけて強盗は夜の闇に消えていった。
*
スリはその紙を握りながら、ほっと胸を撫で下ろした。
「咄嗟に思いついた話だったが、強盗に出会うなんて危ないところだった」
スリも夜道を音もなく歩いていく。
交番前──。
一度は通り過ぎたが、また戻って来た。
男はポケットからその財布をそっと落としていったのだった。
お読みいただきありがとうございました!
星新一先生みたいなショートショートを考えました。
楽しんでいただければ幸いです!




