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星天  作者: 結紗
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【 前編 】



この星空を忘れない。


「せいてん……晴れじゃなくて、本当は星のことなのかもね」


星天。

このことばを教えてくれた、君の事を。








 きっと運命だった。

 じゃなきゃこんなに胸を締め付けたりしないから。



「りいこ!早くかえ……なーんだまた見てるの?」


 教室の中へ走ってくる柚香が、同じように窓を縁に手をかけて外を見下ろしながら笑う。

…もう、そんな顔して言わなくたっていいじゃない。

ここから見ているだけなら何も悪くないでしょ?


「へーへー。そうなんだけどさ。でもあの人変わってるって評判なのに、どこがいいの?」


 見た目はいいけど、電波系王子ってかんじ?と、無邪気な顔で笑っているのを見ながら、小さく溜め息を隠した。

 ……知らない。変わってるって噂は耳にするけれど、こちらはことばを交わしたこともないのだ。

 たった一度だけ、すれ違ったときに視線が交差した。それだけ。

 たったそれだけのことで、私の目は無意識に彼を探す。

 そうはいっても、できるのはこうして、帰宅する彼を教室から待ち伏せて、校門の外に消えるまで眺めているくらいのものだというのに。話しかけたこともない。


 色素の明るい髪。ひょろっと身長のある痩躯。肩に鞄をひっかけているところなんて、なんだか漫画っぽくて珍しいから、後姿ですぐに彼を見つけることができるのだけど。容姿も美人さんなのだと思う。思うが……そういった話はあまり聞こえてこない。それが少しだけ、不思議だった。

 きれいな顔をしているとは思うのだが、いかんせん、既に惚れたこの身では顔だけを客観的になど判断など出来ない。…いや、まあ、そうはいっても、話をしたこともないのだから、結局は外見に惹かれたということになるのだろうか。

 んん、でもそれは、なぜかしっくり来なかった。


 一度だけ目が合ったあの時、なんだか全身を掴まれたような感覚が走ったのだ。…それを世間では一目ぼれ、とか言うらしい。初めて見たのに、一瞬で惹かれてしまったよう。

「だからそれが”一目ぼれ”でしょ」と柚香に突っ込まれたのが記憶に新しい。


 まあ、彼のことに関しては次々に噂が入ってくる、には、くる。マイペースでやけに方向の違ったことばかり口にするらしいから、変わり者だとすぐに評判になった。このような田舎じゃ転校生なんて珍しいから、そういう情報だけは良く回る。……ああ、もうすぐ校門を左へ曲がってしまう。そうすると木が邪魔になってそこで見えなくなってしまうから、今日の日課はおしまいだ。

 ふらふらと、どこか覚束ない足取りで歩く彼の後姿は里衣子にとって見慣れたものだ。家に帰ってからだって鮮明に思い出す自信がある。


 …と、先ほどの柚香の問いを思い出す。いろいろと思うことはあったのだけど、里衣子は黙って他の反応をすることにした。この胸にある気持ちは、ぜんぶぜんぶ、宝物みたいに大事なものだから外に出したくなかった。これを内向的というのかどうかはわからないけれど。


「……どうしてだろ。私にもわかんない」


 里衣子がひそかに憧れる、きらきらした明るい親友は、目の前でぷぅっと膨れてみせる。

 その素直な感情表現こそがうらやましいのだけど。と、こちらはいつものように苦笑を返した。


「なぁによぉ。それじゃ、わかんないじゃない」


「そうだね。私にもわかんないんだって、柚ちゃん」


「ふーん。それが恋ってものかしら?」


 同じように彼の背を追う視線に、何だか少しだけ、焦燥感を感じたりする。でも……そんな不安や恐れを抱く自分は好きじゃない。

 けれどやはり、その背はいつもと同じように見慣れた大好きな人のもの。もう、何度も見慣れたものだからだろうか。こうやってあの背中を見送らないとなんだか帰宅する気になれないのだ。

 ……第一、帰宅したところで今度は着替えて塾に行くだけ。別に親がうるさいわけじゃないけれど、自分が安心できる程度に点を取るには必要なのだ。それだけ。

 目の前の友達はといえば、前の日の徹夜だけで悪くない点数を取ってしまったりする。

 ……ウラヤマシイ。


 うらやましい。

 あの転校生の彼も、明るく元気な柚香も。

 どうしてこんなに、自分にないものを持っているんだろう。


 帰ろう、と促されて鞄を手に取る。教室を出るために身を翻しながら、彼を始めて見つけた時の不思議な高揚を思った。

 やる気のなさそうな顔。端正な方に入るのだろうに、あのやる気のなさそうな雰囲気がそれを台無しにする。ひょろっとした身体を猫背にして、フラフラ歩くのだ。背が高いから余計に目立つし、それもやる気のなさそうな雰囲気に拍車を掛けている。

 ……けれど、柚香の言っていたことは尤もだ。

 どうして話したこともない彼――転校生、伊塚 麻耶がこんなに気になるんだろう。





* * * *





 その日は突然にやってきた。

 里衣子は仕度が早くない。準備はきちんと事前にやれるから良いのだ。だが片付けに関してはもたついて、塾を出るのが最後になるのはよくあることだった。見送りの先生が入れ違いに中に戻っていくのに挨拶をして、外へ出た瞬間。

 息が止まった。


 出口から直線上にある電信柱の影に、何度見ても見慣れない顔があったからだ。

 ……しかも、ばっちりとこちらを見つめて。

 記憶が正しければ、視線が合ったのは今生でまだ二度目だ。

 って、今生って何だ。古くさすぎる。



「やっと見つけた」


「あ……え?」



 スタスタと近づいてくるのを目で捉えながらも、あんまり驚いたせいか足が動かない。

 …こういう咄嗟の判断に弱いな私。

 見当違いのことを考えていると、思ったより早く目の前にが現れた。背が高いから、足も長いのだろう。視界に入る彼の服は間違いなく初めて見る私服だが、さすが都会からやってきた人はおしゃれだ。ツヤツヤした素材の黒いブルゾンは、雑誌でしかお目にかかったことがない。スタイルがいいのもあるのだろうが。

 さっすが、いやこんな山に囲まれた田舎にいるのがおかしいのよ、そう思って内心混乱していた里衣子の思考は次の瞬間吹っ飛んだ。

 彼――麻耶の手が、里衣子の腕を掴んだからだ。



「ちょっと、来て」


「は?え、ちょっ……」


「話がある」



 どきんとして赤くなっちゃうのは仕方ない。乙女だもの、仕方ない。いやそんなまさか。こここ、告白っ、とか?!

 ……でも。引っ張られながら、次に浮かんだ予想にざあっと血の気が引いた。

 いや、むしろ逆なんじゃ。「毎日毎日教室から見てんじゃねーよ!」とか?!

 いつだったか柚香に「見てるだけなんだから悪くない」なんて言ったけれど、本人にしたら十分「悪い」んじゃ……

 痛くない程度に強い力でぐいぐい引かれていく身体にふらつきながら、懸命に里衣子は麻耶に声をかけた。



「ま、まひゃくん…っ」


 あ、しくった。緊張しすぎて噛んだ。

 それ以前に勝手に「麻耶くん」とか呼んじゃって!散々心の中で呼んでた名前だっていっても、初対面だっていうのに……!

 悶絶しそうになっている里衣子を尻目に、振り向きもしないまま麻耶はそれに返す。


「俺、”まひゃ”じゃないし。麻耶。ついでに麻耶ってイマイチだから呼ぶなら”まぁや”にして」


「はい?」


「”マヤ”より”まぁや”の方が可愛いじゃん」


 ……いや。そんなことどうでもいいんですけど。

 つ-かね、やっぱ変だ。可愛い方がいいなんて。

 電波ってコレか、と引きずられながら突っ込んだ。が、足は止まらない。


「ていうか!まぁやくんっ!」


「呼び捨てがいい」


 そーじゃないでしょ!


「まぁや!どこ行くのよ……放してっ」


 振りほどこうと腕を振って、それでも掴まれた腕は放されなかったけれど、麻耶は立ち止まって里衣子を見た。何の感情も見せないけれど、訝しげな声色で一言。


「……放して、ほしいの?」


 どういう意味だ。まさかやっぱり、里衣子が好意を抱いていたことを知っているのか。……なんだか盛大な弱みを握られている気になる。見つめて憧れることしかできなかった麻耶が、里衣子に触れている事実に、里衣子は沸騰しそうな頭で懸命に理性を働かせようと頑張った。そりゃもう、頑張った。顔が赤いのはこの際もう、仕方ない。  

 ……ここでめげちゃいけない。ダメだ、しっかりしなきゃ。いくら最近いいなと思っていた人だといったって、初対面の相手に何と言う無体なことをするのだ、この男。我侭を通り越して尊大だ。

 そう強く念じてきっと睨む。


「あたりまえでしょ!何なの一体。私、家へ帰らなきゃ……」


「……覚えて、ないの」



 ぴたりと動きを止めた。

 

「なん……――」



 なんで。

 なんでそんなに、哀しそうに言うの。



「まぁ……や、く」


「でもま、いっか。行くよ」





『行くよ』



 ……この声。この話し方。


 ――― 私、知ってる。





 その瞬間、里衣子の目が見開いた。

 頭の中に、ノイズがかった変な映像が……映る前に、再び麻耶に腕を引かれる。

 くるーり回って、再び歩き出す。何か思い出しそうだったのに、それがかき乱されていく。引っ張られるままに歩きながら、けれど里衣子は懸命に声を張った。


「だか、らっ……どこ、行くの?!」


 一台の自転車の前に着くと、あっさりと腕を放して麻耶はそれに乗った。

 里衣子の手にあった鞄をぽいと自転車の籠に載せると、後ろを指差す。



「乗って。そんなに時間はかからない。着いたら家に遅くなるって電話すればいい」



 麻耶の顔は、相変わらず淡々としたまま。ぐ、とその視線の強さに圧倒される。

 別に危険なことをさせられるなんて思ってない。どう考えてもそんないかがわしい場面より、UFOを呼ぶ手伝いでもさせられそうな雰囲気だ。…ああ本当にそうかもしれない。円陣のメンバーが足りないとか。ありそう。

 そう考えている間に、麻耶の眉が顰められる。





「―― 乗って。里衣子」




 ……その声に、全身が震えるような衝撃が走ったのは、決して決して、嘘じゃない。

 今度は絶対、幻でも気のせいでもない。

 その威力に、里衣子は黙って麻耶の後ろに跨った。








ひとまず、とりあえず、最後までお読みいただけると嬉しいです。

 

いろいろ、ひっくり返ります。

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