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紅華四季恋浪漫譚 蛍夏の章  作者: 浅葱ハル
第五章 帝都炎上
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2・開戦と救援

 突進した火花は、目の前の黒い人影を三つ、続けざまに撫でるように斬り払う。

 血飛沫と敵の断末魔が、戦いの合図だった。


 藍川の兵は一斉に刀を構えるが、その様子に二人は違和感を抱き、ほとんど同時に眉間に皺を寄せた。


 目の前で仲間が斬られたのに、まるで無関心なのだ。

 倒れる仲間の方を見ようともしない。存在に気がついていないような素ぶりだ。


 墨を流し込まれたような虚ろな瞳に映るのは、火花と玲への殺意のみ。

 青の魔石を摂取させられ、蘭子の魔術を濃く浴びたのだろう。傀儡(くぐつ)としか思えぬ動きをする兵に、火花は吐き気を覚えた。


 彼らを哀れに思う。

 しかし、それが刀を収める理由にはならない。


 火花は一度大きく飛び退いて、玲の近くまで戻った。



「こいつら、怯まない」

「予想通りだ」


 幽鬼のように、ゆらりと前進してくる藍川の兵の群れを睨みつける。

 愛刀を下段に構えたまま、火花は(きっさき)を左右に動かした。


 反応するように、二体の炎の龍が、それぞれ左右に散った。

 炎の鱗を揺らし、灼熱を吐くせいで、あまりの熱に陽炎が空間を歪ませていく。

 石畳にしたたる汗はすぐに蒸発していくが、二人は気にも留めなかった。



「燃やせ!」


 火花が叫ぶと、二体はそれぞれ藍川の兵に向かい咆哮する。

 地を這うように前進し、黒い兵達を次々と飲み込み始めた。



 火花は右足を大きく引く。

 力を溜め、推進力に変え、そして飛び出した。


 正面の敵を袈裟に斬り、横の顎を蹴飛ばす。

 迫る白刃を身を(よじ)ってかわすと、左手を(かざ)して熱風を吹き付けた。


 顔面を押さえ屈む敵の背中を踏みつけ、高く跳躍する。


 舞うように旋回しながら、緋色の炎の波を撒く。

 火花を見上げる敵は熱を浴び、一様に倒れ伏した。



 一方。玲の刀は正確な軌跡を描き、敵の隙を見逃さない。


 火花の派手な動きに気を取られ、視線を動かす敵の頸動脈を、一突きで断った。

 返す刀で、もう一人を逆袈裟斬りにする。


 力の乗った右足の角度を僅かに変え、斬りかかってくる敵の刃を真正面から受けた。

 高い金属音が、戦場に大きく響く。


 玲は浅い呼吸と共に弾き返し、体勢の整わない敵の腹をすぐさま斬った。



 火花と玲に、それぞれ敵が上段から斬りかかる。

 二人は刹那、背を合わせた。


 重心をお互いの背に任せ、くるりと旋回すると、対象を失った敵の刃が空を斬る。

 生まれた隙を二人が見逃すはずもなく、遠心力を乗せた二人の刀が、それぞれ敵の喉を貫いた。



「もう疲れた?」

「お前こそ、肩が上がってる」


 刀に乗る血を払いながら、火花は軽口を叩く。

 玲はそんな火花にちらりとも視線はやらず、軽妙な言葉を返した。


「減らず口」

「口より手を動かせ」


 その言葉を皮切りに、再び二人は目の前の敵に向かって駆け出した。



 駆ける二人の横で、二体の龍は自律した意志を持ちながら、時に敵に炎を吹き、時に呑み、時に咆哮して威圧しては敵の数を減らしていた。戦場を楽しそうにさすらう二匹は、熱い炎を撒き散らしている。



 そこに一切の例外はない。


 散った炎の一部が、帝都の煉瓦造りの建物を巻き込み、やがて引火してはじめて、火花は事態に気がついた。


 気がついたが、対処のしようがない。

 ただ黙って目の前の敵を斬り伏せることしか、今は出来ないのだ。


「おい、燃えてるぞ!」

「そうみたい! どうしよう!」


 玲も気がつき声を上げるが、どうしようもない。

 隙を見せた兵の背中を背後から蹴飛ばしながら、火花は頭の片隅で考えた。


 幸い、この通りに人気はまるでないから良いものの。帝都一の大通りを燃やしてしまったら、それなりに問題になりそうだ。……それは困る。


 冷や汗が背中を伝いながらも、火花はただ敵を斬り続けるしかない。




 戦場に突如として、激しい轟音が響き、地が震えた。

 響き渡った音は、生ぬるい大きさではなかった。突如滝壺に放り込まれたような、そんな音だ。


 思わず二人が音の方へ視線をやると、火花の龍が延焼させた家屋の上から、大量の水が降り注いでいた。まるで天から滝が出現したような光景に、二人は目をしばたたかせる。



「ちょっと、建物は燃やしちゃ駄目でしょ」


 咎める声と共に、彼は炎の中からふらりと姿を見せた。

 敵の合間を抜けながら、まるで通り魔のように、近くにいる敵をこともなげに片手で斬り倒していく。



「なんだか久しぶりだね」

「凪さん!」


 藤色の着物に、派手な金色の帯を輝かせて、凪は笑いながら現れた。

 憎たらしくて仕方のなかった彼の笑顔が、今はとても頼もしい。


 この男のでたらめな強さは知っていたから、火花は再会に口元を綻ばせた。



「僕も混ぜてもらうよ」


 突然現れた男に、敵兵は群がった。


 凪は息一つ乱す事なく、斬りかかる敵の刃を往なし、返す刀で鋭く刺した。時にふわりと凶刃を躱しては、背を踏みつけて地に這わせる。

 剣術の型などまるで当てはまらない、ふらふらと読めない身体の動きで、凪は敵を翻弄しきっていた。


 そうして凪は、火花と玲の元に合流する。

 心強い援軍を得た二人は、改めて背を仲間に預け、目の前の傀儡たちを睨みつけた。



「二人でだいぶやってくれたんだね。えらいえらい」


 凪の言葉に、火花は敵の様子を注視した。


 敵の動きは、少しずつ人間味を帯びてきていた。

 周囲に沈む数多の味方を見て、恐怖し怯える敵の表情が、いくつか見える。闘志を明らかに喪失し、腰が引けている兵も何名かいた。


 青の魔石と魔術の影響が、解け始めている。



「じゃあここは僕が貰うよ。行っておいで、二人とも」

「……はい!」


 そういう、計画だ。


 火花は右手を繰って、二体の龍を自身の頭上に集めた。

 そのまま真っ直ぐ、大通りの奥――皇宮の方角へと翳す。


 二体の龍は、炎の体躯を混ぜ合って大きな一つの身体を成した。

 巨軀となった龍は大きな口を開けると、咆哮して炎を噴き、そのまま前進する。





 灼熱の軌跡を残し龍が穿った道を、火花と玲は勢いよく駆けた。








 炎の龍と火花、そして玲を見送った藍川の兵は、動揺と恐怖にしばらく立ち尽くした。

 それでも、正気を取り戻した兵の幾人かは、残された凪だけでも討ち取ろうと、彼の周囲を取り囲む。


 凪は刀を構えようともしない。

 右手にだらりと抜き身のままで携え、敵兵の様子をうすら笑いで観察していた。



 なんの、予兆もなく。

 凪は突如として身体を大きく旋回させる。


 刀が閃き、その鋒から水の刃が奔る。

 僅かに空色を帯びた、神速の刃。重い威力を持つ刃をまともに受け、周囲の敵が、全て弾き飛ばされた。


「流石に数が多すぎるなあ。めんどくさい」


 倒れた敵になど目もくれず、凪は左手で首筋を扇ぐ。


「暑いし」


 得体のしれない強さを誇る男に、敵兵の腰が引けている。

 それでも数の優位を過信しているのか、撤退はしようとしない敵に不敵な笑みを向けながら、凪は左手を前に翳した。


「寝てろ」


 凪の深い湖のような、底の知れない青い瞳が、強く陽光を反射して輝いた。周囲から喧騒が消え、凪の存在だけに、敵の意識が集中する。



 瞬間、藍川の兵は皆、頭を抱えた。

 震え、膝をつき、手にした刀を取り落とす。何か呟きながら、白目を剥く者もいた。



「どんな悪夢をみてるのかな」



 凪を除いて、地を這わない者は居ない。

 彼は未だ熱い石畳の上で、ぽつりと独りごちて、得意の意地の悪い笑みを浮かべた。


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