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紅華四季恋浪漫譚 蛍夏の章  作者: 浅葱ハル
第五章 帝都炎上
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1・暁と戦火

 朝焼けが山の端を焦がしながら広がっていく。

 その日が長い一日になると、火花も玲も分かっていた。


 言葉少なく身支度を終えた二人は、隠れ家の戸を開け、外に出る。

 早朝と言えども高い気温に、火花はげんなりして肩を落とした。


 小屋には隣接して、小さな厩舎が設けられていた。

 帝都からの旅路、そして隠れ家での生活を共にした馬が二頭、鼻を鳴らしてそこにいる。


 今日という一日を頑張ってもらうため、火花と玲は二頭にたくさんの飯を与えていた。

 そのため、黒毛と白毛の二頭は実にご機嫌である。


「クロマル、よろしくね」


 火花は一方の黒毛の馬の、艶やかな鼻先を撫でながら、優しく語りかけた。任せろと言わんばかりに頬を火花に寄せるクロマルは、早く駆けたくて仕方がないと、前脚で地面を忙しなく掻いている。


「ノウメンも。主人を落としちゃ駄目だからね」


 火花が振り返った先には、白毛の馬が穏やかな瞳でそこにいた。クロマルとは対照的に、火花に対して何の反応も示さず、ただじっと見つめ返すのみ。そのくせ、火花の背後にいる玲を見つけると、嬉しそうに尾を高く振った。


「……その名前、どうにかならないのか」


 玲が、溜め息混じりの文句を吐いた。馬達の命名はもちろん、火花である。


「主人とそっくりのいい名前じゃない? ノウメンの方が遥かに可愛いけど」

「最悪の褒め言葉だな」


 二人は顔を見合わせて、口元を綻ばせた。

 それでも、この夏の熱気の中には、拭いきれない緊張感が漂っている。



「この隠れ家、居心地よかったなあ」


 火花の呟きに、玲は返事こそしなかったが、小さく頷いた。


 十日間の逃亡生活は、終焉を迎えた。


 帝都では今日の昼すぎ、玲と火花を断じる貴族会議が開かれる予定だ。

 四華族会議よりずっと規模が大きく、数多くの貴族が参加する。

 会議を要請したのは藍川蘭子。それに応じ、雪哉が皇宮にて主催するらしい。


 そこに、二人は乗り込むつもりである。――全ての因縁と復讐に、決着を付けるために。


「準備はできたか」

「うん」


 二人はそれぞれ、クロマルとノウメンに(またが)った。

 火花は白いブラウスに黒い袴姿、そして髪には蛍の(かんざし)。帯には愛刀。

 玲は洋装のシャツと細身のズボン姿、手には黒皮の手袋。同じく刀を()いている。

 二人の、いつもの格好だ。


「玲」


 心臓の脈うつ胸元を片手で抑えながら、火花は玲へ視線を向けた。

 二人で戦場に赴く緊張感と、計り知れない高揚感と、底で眠る――死への恐怖。

 ないまぜになって大きく鼓動する心臓が、火花の全身に熱い血液を巡らせていた。



「勝とうね」

「ああ」


 玲は短くそう言った。たった二文字の中に、彼の決意と熱が籠もっていた。


 陽が昇っていく。

 世界の全てが色を持ち、火花と玲の先に敷かれた獣道も、煌々と照らされた。


「死んだら殺すから」


 火花の言葉に、玲は笑った。大真面目に放つ矛盾した発言が、彼女の強い想いを表していた。


 玲の輝く紫の瞳の最奥に、もう闇は居ない。

 玲の表情にそれを確信した火花は、満足して破顔した。



 二人は馬の腹を蹴った。

 二頭がいななき、駆ける。

 目的地は帝都。その中枢――悪意と陰謀の渦巻く、皇宮である。





 途中、ほとんど休憩も挟まず、二人は駆け続けた。

 緑の多い景色に、段々と現代的な建築物が増えていく。

 気がつけば太陽は、天の一番高いところにまで登り詰めていた。



 火花と玲は、ついに帝都に帰還した。

 馬を降り、皇宮へと通じる帝都一の大通りまで、特に障害もなく辿り着く。



 しかし、その大通りには、不穏が満ちていた。


 左右にはかつて火花が拓海や雅臣と訪れたカフェや、劇場が立ち並んでいる。

 真夏の昼時、人々の喧騒で溢れかえっているはずの通りには、人通りが全くない。不審に思った二人が、ずらりと並ぶ店のガラス窓から中を覗いても、誰一人として見当たらない。


 閑散とした通り。明らかに不自然だった。



 まるで異世界に飛ばされたような、あまりの不気味さに火花は身を固くして、その通りをゆっくりと進む。

 玲も無言のまま、慎重に火花の横を歩いた。


 通りに敷かれた石畳が、暑さに耐えかねて危険な熱を帯びている。

 陽炎が、遠くの視界をぼんやりと歪めていた。


 二人は顔に噴き出る汗を拭いながらも、皇宮に向かってただ突き進む。




 突如、玲が足を止めた。

 それに反応して、火花も立ち止まる。




「おいでなさった」


 玲の呟きとほぼ同時。

 目の前の陽炎から、ゆらりと黒い影が(うごめ)いた。

 一つや二つではない。数を数えきれないくらいの、人の影。


 それが、正面だけではなく、後方からも姿を現す。


 影が近づいてきて、やっと二人は、その正体に気がついた。



「藍川の兵だね」

「魔石を飲んでるな」


 彼らは、藍川の家紋を胸に縫い付けた黒い装束を一様に纏っていた。

 瞳は虚ろだが、火花と玲への明確な殺意を感じる。ブツブツと何かうわ言のように繰り返す兵もいた。

 芳しい、甘ったるい蘭の花の香りが、足元からにじり寄ってくる。

 夏の陽気と混ざった不快な匂いに、二人は表情を歪ませた。


 藍川蘭子に、二人を捕縛――いや、殺害するように命じられ、青の魔術で操られているのは明らかだった。




 玲は無表情ながら、滑らかに抜刀しながら言った。


「背中は任せた」


 玲は後方の兵を睨み据え、火花の背にとんと自らの背を合わせる。低い声が、火花の鼓膜にじわりと沁み入った。


「うん」


 火花も研いだ刀を鞘から抜き放つ。同時に、彼女の紅い瞳が熱をもった。


 火種の芽吹く小さな音が、地に爆ぜる。

 石畳より遥かに熱い、炎の龍が二体、玲と火花の側方の地から、紅い炎を撒き散らしながら顕現した。


「先手、必勝!」


 火花は言うが早いか、目の前の黒い軍団に、突風の如く駆け出した。


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