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14・そして、眠りにつく
雨音の帳の下、世界はふたりきりになる。
「玲」
はじめて彼の名前を呼んだ。
ほんの一瞬だけ、彼の歩みと、呼吸が止まった気がした。
「ありがとう」
玲の香り、優しい振動、石畳を叩く雨の音色。
なにより、背中から伝わる温もり。
それらすべてに、心の底からじんわりと満たされていく。
火花は玲の背中を掴む手に、気付かれないよう、少しだけ力を込めた。
「ねえ」
「ん?」
「つかれたなあ」
「ああ」
「すごく、ねむい」
「……ああ。寝ろ」
「うん」
火花には、玲の表情が見えない。
「ねていい?」
「いいよ」
「はなしていたいな」
「帰ったらな」
「うん」
玲の声は、静かに、優しく、雨の音に溶けていった。
「寝ろ」
「……うん」
火花は瞼を閉じて、微笑んだ。
雨音が、遠くなっていく。




