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紅華四季恋浪漫譚 蛍夏の章  作者: 浅葱ハル
第三章 艶やかに蠢くもの
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5・魔石と仲間

「全員、これに見覚えはあるね?」

 雪哉は帯に挟んでいた革袋を取り出すと、その中から小さな石をつまみ出した。


 青く濁る、魔力の薫る石。

 それを見て、火花も玲も表情を険しくする。



「雅臣」

「はい、兄上」


 雪哉は弟へ目線で指示を出す。

 それを受けて雅臣は、神妙な顔つきで火花と玲に向き直った。

 静かな口調、しかし眉間に皺を寄せながら、雅臣は語り出す。


「俺は藍川のお膝元……あいつらの影響力が強い街に行ってきたんだ」


 雅臣がどこか疲れた様子なのは、今まで遠出していたからだと、火花は合点がいく。

 藍川は帝国の西の方に拠点を持っていた。そこは皇族ですらあまり認知をしていない、彼らの一族が支配する地域である。


「そこで怪しげな研究施設を見つけた。その内部で作られていたのが、これだ」


 雪哉の手のひらの上の石を、雅臣は憎しみの篭った視線で刺す。


「魔力が瞳……もっと言えば、眼球に宿るってのは、有名な話だな」


 厳密に言えば、魔力は魔術師の全身を巡っている。しかし、どういうわけか、瞳に集中する魔力は非常に多い。瞳が魔力の動力源だと、紅華帝国では信じられている。


「奴らは魔力を宿す民を密かに捕えては、こいつを作ってる」


 雅臣は怒りに表情を歪ませた。痛々しいその表情に、火花は胸が裂かれる心地がした。

 詳細を主人は語らないが、惨いやり方でこの石を作る現場を見てきたに違いない。


 雅臣が拳を握りしめたことに、火花は気がついた。

 主人の身に何があったのか、知りたくてたまらない。

 しかし話の腰を折るわけにもいかず、火花は黙って耳を傾ける。


「今調べているところだけど、予想通りなら」

 言葉に詰まった雅臣を労わるように、雪哉が代わって、言葉を続けた。


「この青い石……仮に、魔石としよう。これには微量な魔力が含まれている。青の魔術師が摂取すれば、魔力の補充ができる」


 雪哉の話に、火花と玲は頷いた。

 あの倉庫に山のように積まれていたこの石は、藍川の一族が魔力を補充するためのものなのだろう。



 ……だが、それだけにしてはあまりに量が多すぎる。

 それ以外の使用用途があるはずだ。



「さて、全く魔力を持たぬ者に青の魔石を飲ませたらどうなるか」


 雪哉や雅臣も、同じ結論に達していたらしい。

 雪哉は表情こそ全く変えず、温厚な笑みを浮かべたままだったが、その瞳は燃え盛っていた。


「おそらく、良くて酩酊状態。もしくは青の魔術の影響を受けやすくなるのではないかな」


 十分に現実味があり、かつ整合性の取れる話に、火花も玲も再度頷いた。



 紫雲国の里山に残されていたという青の魔石。

 これが、獣を酩酊状態にしたと考えれば、獣達の蛮行にも説明がつく。

 操られていたような民の行動についても、この魔石を悪意ある人間が使えば、実現可能なのではと思える。


 ……あの花見の日の拓海も、もしかしたら、この青い魔石を摂取していたのではないだろうか。



 そして、青い魔石以外に、もう一つ火花は知っている。


「私が拓海の家で見つけたものは、白いのです」


 火花は雪哉の紅い瞳を見据え、問いかけた。穏やかな笑みを崩さない彼は、火花の視線を優しく受け止め、静かに言う。


「それは白の魔石だろうね。白の魔術は治癒能力だから、薬のような効能を持つのではないかな」


 あくまで予想だが、と雪哉は付け足す。


 ……拓海はわざわざ畳の下に隠して、白の魔石を所持していた。

 おそらく、藍川から、譲り受けていたから。



 理由は明白だ。

 病に苦しむ、拓海の弟のためだろう。


 しかし、藍川がそんなものを無償で提供するはずがない。

 けれど平民である拓海に、あまり金銭はなかったはずだ。



 では、代わりに拓海は、一体何を差し出したのだろう。





「藍川を少し野放しにしすぎた。責任を持って、潰す必要がある」


 雪哉が紅の瞳を微かに揺らし告げる。

 その言葉は、要望というより宣告に聞こえた。


 それだけで、室内の温度が下がったような心地すらする。帝国の皇太子の操る空気に、場の誰もが言葉を挟まなかった。


「奴らは、魔石の製造で莫大な富と、従順な兵達を作り上げてしまった。取り潰すために明確な大義名分と、証拠が要る」



 魔石は強力だ。極秘に売買すれば多くの金が動くだろうし、酩酊や服従の効力が本当にあるとしたら、士気の高い軍を組織することだって可能だろう。


 藍川は思っているよりも、すでに強大な力を手に入れているらしいと分かって、火花の背筋が伸びる。怒りに覆い隠されて、恐れの感情はない。



「藍川蘭子が近々、悪趣味な仮面舞踏会を開くらしい。その際に藍川邸へ潜入し、奴らの証拠のありかを聞き出してくれ」

 ()()()()、と言う雪哉の発言を聞いて、玲は短い息を吐いた。

 すでに彼の紫の瞳は、揺るぎない光を宿している。



「玲、やってくれるね」

「もちろんです」

 強い意思を感じる口調で、澱みなく玲は告げた。


「しかし雪哉様、青の魔術師に紫苑の魔術は効きません」

 火花は玲を横目に見ながら、雪哉に進言した。

 脳裏には、河越での玲の姿がよぎっている。


「そこは何も本人に聞く必要はないよ。藍川蘭子が信を置く執事が居ると聞いた」


 その執事は、魔術師ではない。そして詳細までは知らずとも、重要な証拠の場所くらいは知っているだろうと雪哉は言う。

 なるほどと納得して、火花は首を縦に振った。



「さて、舞踏会だ。玲にもパートナーが必要だね」

 雪哉が少しだけ笑いながら、火花をじっと正面から見据えた。

 困惑した火花は、自らを指差しながら尋ねる。


「私、ですか?」

 確かに、舞踏会に潜入するのに、男一人というわけにもいかないだろう。

 事情は分かるが、火花は舞踏会があまり好きではない。ダンスは苦手だったし、あの華やかな雰囲気と香水の香りが、得意ではなかった。


「それは適任だ」

 それまで黙っていた凪が楽しそうに口を挟む。弾んだ彼の声音に、火花と玲は嫌な予感がして、凪を睨んだ。



「何せ二人は簪を贈る仲ですからねえ」

「えっ」


 それまで黙っていた雅臣が驚きの声をあげながら、目を丸くして火花を凝視する。

 彼女の黒髪の中央に据えられた、蛍の簪に雅臣の目が留まった。主人の鋭い視線を感じて、居心地が悪くなった火花は、雅臣から思わず顔を逸らす。


 面倒なことを言い出した凪に、火花は苛立ちを隠さず、低い声で不満をぶつけた。



「紛らわしい言い方をしないで下さい」

「嘘はひとつも言ってないよ? 違う?」


 凪はニヤリと笑って意地悪く言う。

 確かに、嘘ではない。

 そう言われては、火花は黙らざるを得ないのだ。



「……二日酔いは?」

「良くなってきたよ。ご心配どうも」


 火花の苦し紛れの反撃に、嫌味ったらしい言葉と胡散臭い笑顔が返ってくる。



「(なぐりたい)」


 癪に障る言動は凪の十八番だとわかっていても、苛立ちを抑えられず火花は唇を噛む。横の玲をちらりと見ると、分かりにくいが彼も同様の感情を抱いているのが見て取れた。


「青の魔術師はどいつもこいつも性格が悪い」


 溢すように呟いた火花の言葉は、玲にのみ届いている。


「同感だ」


 玲もまた、小さく言葉を吐いた。

 二人は視線を交わらせて、そして凪を静かに睨む。


 そんな火花と玲のやり取りを目の当たりにして、雅臣は不思議な感覚に囚われる。

 嬉しさと寂しさを内包した、胸の中央を掻き回す澱み。


 火花が近い将来、どこか遠くにいってしまうような、そんな予感がした。





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