表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

眠らない標本室

作者: 月蜜慈雨



 働いている博物館の様子がどうもおかしい。夜間警備の仕事に就いて、3日目の巡回中、標本室から妙な囁き声が聞こえてきた。

 もしかしたら、人がいるのかもしれない。

 怖くなった俺は、すぐにそのことを上に伝えた。

 調べた結果、特に何もなかったそうだ。

 夢でも見たんじゃないか?

 そう言われてしまった。




 確かに夢だったかもしれない。そう思って、次の日出勤したら、また聞こえてくるのだ。

 標本室のドアに耳を傾ける。

 小さな囁き合いが聞こえた。



 いかにも巡回中です、みたいな顔をして、俺は中に入った。

 正体が分からないのが、1番怖かったから。


 俺が中に入ると、囁きは一旦止まったが、すぐに再開した。なにやら、クスクスと笑う声までする。

 努めて冷静に、標本室を見渡した。標本とだけあって、そこには多種多様な物が置かれていた。鉱物、剥製、蝶のピン留め、1番目を引いたのは、ルビーの原石だった。


 そのとき、声がはっきり聞こえた。


「警備員さんどうしたのかしら?」


 必死に振り向いたり、辺りを見渡したりするのを我慢して、俺はあえて、そのルビーの原石に見惚れているフリをした。


 周囲から囁くように声が聞こえる。


「ルビーの原石に見惚れているんだね」

「素敵だもの、仕方ないことよ」

「今日はお客さんも少なかったし、なんだかちょっと嬉しいな」

「ルビーの原石だけじゃなくて私たちのことも見て欲しいね。だって綺麗なんだもの」


 あたかも聞こえない素ぶりでその言葉に応えるかのように、俺はじっくり標本を観察した。

 標本たちはどれも嬉しそうにして、囁きながら、楽しそうにしていた。



 標本室を出ると、薄っすら囁き声がまだ聞こえていた。俺は夢でも見ていたかのように狼狽えながら、仕事の巡回を続けた。


 それから、ひっそりと俺は標本たちの話を聞く日々を送った。

 中には、愚痴のようなもの言う標本、まったく意味の分からない、でたらめな歌を歌う標本もいた。

 次第に俺は、この声たちを聞くのが楽しみになっていた。



 ある日、なぜか声が聞こえない日があった。

 何故か胸に不安が走る。

 なるべく標本室には入らないようにしていたが、耐えきれず中に入ってしまった。

 標本たちはシンと静まりかえって、何も話さない。

 いつものように、観察しているフリをしていると、ルビーの原石が嘆くように声を上げた。


「私たち、いつまでこのままなのかしら」


 標本たちはそれを皮切りに、自分たちの境遇を嘆いた。別に今のままでも充分幸せだけど、ほんの少し、外の様子が知りたい。いつも同じ風景では、退屈で心が折れてしまいそうだ。


 その日を境に、俺は自然な形で、今日は暑かったな、骨の展示がすごい、などの言葉を一言呟くようにした。それで彼らの嘆きが薄まるかは分からないが、所詮ただの自己満だ。でも、そうであって欲しいと願った。



 今日も博物館の標本たちは囁きあっている。

 眠らない標本室。

 標本たちは、夜ごとに語らい、笑い、時に泣いていた。

 こちらが聞いているとも知らずに。でもそれでいい。聞いているのがばれて、彼らの言葉が聞こえなくなる方が余程辛い。

 世間は世知辛いが、博物館のこの時間だけは、なんだかそれを忘れさせてくれるようだった。

 今日も、標本たちの囁きを聞きながら、博物館を見回る。

 いずれ来る、契約終了のそのときまで。それが過ぎても、昼間、会いに行こう。あの愛おしい標本たちを、例え誰も喋らなくても。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても優しい“警備員”さんですね(#^.^#)
心に沁みるお話です…いいなあ…警備員さん、ギリギリまで声を聴いていてほしい… 声が聞こえてたって、自分の中で誇りに思ってほしい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ