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第一章|鉄塊のまま、動かず

時刻:2027年9月3日 04:42 JST

場所:北海道・上富良野駐屯地 第7師団戦車教導部隊 第71戦車連隊内/戦車整備庫

格納庫の中に、90式戦車が13両。

空調は止まり、室内の湿気が金属にまとわりついていた。


整備長・大木一尉は、LEDライトの下で油圧計をチェックしていた。異常なし。転輪良好、燃料満載。

しかし、その戦車は**“1メートルも動いていなかった”。**


後方から歩いてきたのは、第1中隊長・南條晋三三佐。


「どうだ、出撃準備は?」


「完了してます。点検済み、照準系も校正済み。動かせと言われれば、30分以内に走ります」


「……だが、走る“地面”がない」


南條は、片手に持っていたタブレットを無言で差し出した。


《陸自中央即応輸送計画|更新:09/02》

 ※項目:宮古島方面への装甲戦力展開

 →項目追記:「大型輸送船・LCAC・RORO船すべて他部隊優先割当」

 →備考:「現地港湾の接岸実施困難。滑走路寸断。重機回収不可」


■南西諸島方面 作戦幕僚会議記録(抜粋)

「宮古島南部の港、深さ不足。LCAC(エアクッション揚陸艇)は2隻。1隻は佐世保で整備中、もう1隻は沖縄本島の陸揚げ支援に取られた」

「海自の輸送艦‘くにさき’型は、戦車1個小隊でほぼ満載。交互ピストンができない。しかも上陸時の被弾リスクあり」


「要するに——戦車は“送りたくても、島に降ろせない”ということだ」


同日 05:15 JST/上富良野駐屯地・食堂仮設指揮室


戦車小隊長・林田2尉(26歳)は、黙ってカップ味噌汁をすすっていた。


「林田、お前んとこ、まだ主砲オイル変えてなかったな」


「はい。いつ出るかわからないって言われてたんで……ずっと、車内で寝てました。

出せるもんだと思ってました。戦車があれば、戦えると思ってたんで」


「……俺たち、演習場の中では最強だからな」


大木一尉が苦笑した。

だがその言葉に誰も笑わなかった。


■07:40 JST/南條三佐:日報(指揮官記録ファイル)

状況:第71戦車連隊、戦力展開不能。上陸経路確保見込みなし。

理由:港湾機能の不全、LCAC割当ゼロ、滑走路損傷、輸送艦火力支援不足。

対応:戦力待機中、即応体制継続。

私見:“戦車のある日本”と“戦車を動かせる日本”は別の国である。


■回想:南西方面隊 第8師団・実戦中の無線ログ(別途受信)

「こちら宮古島第31普通科。敵上陸、火力優越。こちらはMAT(対戦車ミサイル)枯渇、陣地転移中」

「敵、軽装甲車両複数。上陸地点より滑走路方向へ移動中。戦車支援要請、繰り返す、戦車支援を——」


応答はなかった。

その要請に応えうる火力は、北の演習場で“油圧が温まるのを待っていた”。


■夜間:戦車庫内、林田2尉の独白

「俺が乗る戦車は、今日も動かなかった。履帯も、砲塔も、エンジンも完璧だった。

けど、地図の上で“線が繋がってなかった”。

それだけで、俺たちは“出撃してはいけない兵器”になった」


彼は、砲塔に背を預けて座り込んだ。

外では、陸幕からの新たな指令が届いていた。


《待機命令継続。次回移送見込み、未定》



【補記:兵站という名の“戦闘”】

戦車が存在しても、それを運ぶ手段がなければ“射程ゼロ”である。


10式/90式の運用には、C-2輸送機でも1両ずつの空輸が限界。滑走路が損壊された島嶼では、陸揚げ地点=展開地点となる。


結果、**日本の“機甲戦力”は地形と港湾によって制限された“局所専守防衛型の火力展示”**に過ぎない事例が露呈。

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