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蠢動

作者: 泉田清

 目が覚める。空気が乾いている、喉がカラカラだ。鼻の奥に異物感があり、勢いよくかむとティッシュに血の塊がついた。花粉のせいだ。


 「スギとヒノキを全部伐り倒したい気分ですね!」カーラジオから声がした。近くの山が黄色く霞んでみえる。山に近づくほど目や鼻がむず痒くなるに違いない。山には樹木が乱立しているのは、そこにはヒトが住んでおらず、農地にもなっていないからだ。あらゆる土地を住宅地にするか経済活動のために利用すれば、花粉は根絶される。樹木を全て伐り倒す、よりもカネがかかりそうだが。


 スーパーマーケットの隣にあるコインランドリーの乾燥機に洗濯物を放り込んだ。300円15分。恐らく完全には乾かない、この乾いた空気なら問題はあるまい。蛍光色のランニングシューズを履いた老夫人がイヌを連れ、歩道を歩く。シッ!イヌがクシャミした。イヌにも花粉症はあるらしい。

 買い物は10分で終わった。コインランドリーへ向かうと、目の中に何かが飛び込んできた。思わず目を閉じる。瞼の裏側で何かが藻掻く。カである。すぐにも動かなくなった。

 車のサイドミラーで目を覗き込む。黒い塊になった死骸が眼球の淵にこびりついている。この塊が眼球の奥にでも入り込んだりしたら?慌てて掻き出そうとするが、塊は右へ左へ泳ぐように避けていく。このカはどこから生まれたのか。スーパーマーケットとコインランドリーの境には排水溝があり、そこで育ったボウフラがこのところの陽気で変態したのだ。排水溝を流れる汚水には無数の病原体が含まれており、それらをたっぷり身に纏ったカが私の瞳の中で丸くなっている。あまりの怖気にパチクリした。その運動で黒い塊は目頭へ移動していく。相変わらず掻き出す事は出来なかったが、眼球の奥に入り込む、という最悪の事態は回避できた。羽化したての成虫が数日で骸になってしまった、子孫を残せないまま。自然の摂理はあまりに厳しい。

 コインランドリーへ洗濯物を回収しにいった。やはり完全には乾いていなかった。


 カーラジオからクラッシク音楽が聞こえてきた。クラシック音楽は全て同じに聞こえる。買ったばかりのペットボトル飲料を飲む。生き返った気分、やはり今日は乾いている。

 国道沿いの、右手に見える新築の家のベランダで、洗濯物を干していた。花粉が気にならないのだろうか。例えば左手に見えるマンション。世帯の3分の1ほどが洗濯物を干している。ヒトの3分の1が花粉症ではないということか、中々的を射ているのではないか。

 「ある住宅」の前を通ると、見覚えのある車が止まっていた。ここには何年も前に転勤した同僚の住居、在宅のようだ。同僚は2匹のネコを飼っていた(恐らく今も)。病院でアレルギー検査を受けたことがある。スギ花粉、ハウスダスト、ネコ、それらが私にとってのアレルギー源。同僚宅を訪れたらアナフィラキシーショックになる可能性が高い。同僚は花粉症では無かった。同僚と生存競争をしなければならなくなったら、私に勝ち目はないだろう。

 聞き覚えのあるメロディが聞こえてきた。そのポップ・ミュージックは良く知る映画の主題歌である。映画のワンシーンが思い出される。自然と涙が出た。ティッシュで拭うと黒い塊が付いていた。何もかも洗い流してくれる、待望の涙になった。


 帰宅して、弁当を食べて、昼寝した。目が覚める。笑いがこみ上げてくる、いま見た夢のせいで。

 ---乾いた空気、真っ青な空、沿道のヤシの木、カリフォルニアの国道を走っていた。

気候のせいだろうか、生気が漲っていて、全能感に満ちていた。ジューススタンドに車を停め、トロピカルジュースをストローで一口飲む。いい気分。そこへ大きく胸をはだけた、ワンピースの女がやって来た。「やあ、気分はどう?一緒に飲まない?」、「あら、いただくわ」。私たちは一緒にトロピカルジュースを飲みお喋りした。いつのまにか彼女の顔が「ある住宅」に住む同僚の顔になっていた。「同僚」は女性であり、私は彼女に好意を抱いていたのだ。(現実では)彼女は転勤して結婚し、今は「ある住宅」で夫と娘との三人暮らし。恐らく二匹のネコも。

 夢みたいな状況に(夢だが)完全に舞い上がっていたた。「じゃ、そろそろ行くかい」、「ええ、行きましょう」。ウウウゥゥゥン。私たちは手を繋ぎ、一緒に真っ青な空へ飛び立った。二匹のカとなって。


 ・・・起きてトイレへ行った。思うに、我が目に飛び込んできたカ、彼はすでに使命を果たしていたのだ。子孫を残すという。彼らの一生は羽化して数日で完結する。喜びのあまり、有頂天になり、目に飛び込んでしまったのだ。

 洗面所の鏡に向かってアッカンベエをする。その証拠に見よ、我が目が燃えるように血走っている。目を水道水で洗い流す。それでもしばらく疼きは止まなかった、彼の思念が未だ残っているかのように。

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