崇高なる大神官
『 銀河の年功、158年。冬
この頃に活躍したのは医学・神聖治癒術の技術が乏しく医療が発展していない中、並外れた神聖治癒術で多くの人々を救った崇高なる大神官。《カリタス》が活躍した時代。
かの者は魔術師飽和時代を終わらせた偉大なる魔術師サージェリンから神官時代、共に神聖治癒術の習得に励んでいた。
当時の国王、アーリクイス王を死に追いやった死病モルスはその猛威を振るい続け、多くの死者を出した。
共に神聖治癒術の会得を行った友人であり師でもある偉大なる魔術師サージェリンが没した後、サージェリンが唯一残した形見でもある荘厳なる賢者レイヴンの書物を頼りに研鑽を積み重ねた。
教会で週二回行われる臣民治癒では、切り傷や打ち身などの軽い怪我から風邪などの病を医師と共に、見習い神官・シスターを初めとした神聖治癒術師と共に治療していた。
モルス患者も多く足を運んでいたが、技術の足りない医師・神官たちには病の進行を抑制するよう治療するしか手立てが無かった。
貴族・平民隔てなく広まるモルスにより日に日に王国全体の人口が減少して行った。
銀河の年功、161年。春
そんな折まだ神官だったカリタスは突如、一人の末期状態であるモルス患者を医療技術と組み合わせた神聖治癒術で完治させた。
その噂は臣民の間に瞬く間に広まり、週二回の臣民治癒では、今までよりも更に多くのモルス患者が足を運ぶようになった。
だが一方で、高い技術の神聖治癒術と医療技術、それに加えた精神力も要する為、カリタスだけの力では日に治療できる患者は限られる。
そこでカリタスは自らが開発した治療法の医療技術部門を腕の立つ医師達に伝授し、他の神官・シスター・神聖治癒術師達には出来うる限りの治癒術の伝授を行った。
新しい医療技術と神聖治癒術を組み合わせた治療方法が立証された為、モルス含めたその他難病の治療法の研究が医療業界の中で活発になった。
カリタスの功績により、病による死亡率の低下。出生率の回復。医療技術が向上するなどと王国全体に好影響を与えた。
彼の成し遂げた功績により、多くの人々が救われ同時に救われた者達が続々と彼を崇拝し始めた結果、カリタス属する教会への信者が急増して行った。
カリタスの功績を称えた当時の大神官は、彼を次代の大神官へと任命した。救われた臣民達はカリタスの力を神からの贈り物、愛だと神同様に祀り上げた。
これをきっかけに、かの者は臣民及び信者達の間で《崇高なる大神官》と呼ばれるようになった。
銀河の年功、170年。夏
死の病と恐れられた”モルス”が徐々に沈静化され始めた頃。
カリタスを崇める教会信者の勢力が増し教会派が形成され始めた一方、それに対抗するかのように国王を支持する貴族を中心とした王室派も形成された。
この頃から教会信者達による正当なる国王の座をカリタスへと明け渡すよう抗議する声が上がり始めた。
それに反発した過激な王室派の貴族らがカリタスの信者及び教会派の臣民達に対して強硬な手段を取り始めた。
街で起こるデモの強制鎮圧、王室派では無い貴族に脅しを掛け教会への援助打ち切りを催促、果ては教会派に不利になりかねない法律の提案等。
王室派と教会派の軋轢が生じる一方、国が分断されかねないと危惧したアルゲイン国王は、カリタス属する教会を実質的な王室の庇護下へと置く判断を下した。
大神官となったカリタスも民が傷つけ合う事に対し思慮していた為、潔く受け入れた。
これにより王室派と教会派の表立った争いは減少したものの、国王の目に届かぬ場所では教会に対する脅迫は続いていた。
銀河の年功、176年。春
王室の庇護下となった教会に表立った脅威は少なくなったが、未だに教会を目の敵にし水面下で攻撃する者が後を絶たなかった。
そんな中、カリタス暗殺未遂が発生した。幸いカリタスは友人である偉大なる魔術師サージェリンの厚意で譲り受けた幻惑の魔術具を身につけて居た為、悪意ある者から守られ代わりに魔術具の幻惑効果により他の見習い神官が犠牲となった。
これを皮切りに元々過剰に教会派を敵視していた王室派の貴族がカリタスをはじめ、教会派の貴族や一般市民への攻撃を始めた。
教会派の信者達は自身の身を守りながらも、自分達の神にも等しいと崇拝するカリタスに危害が加わらぬ様あらゆる対策を講じ始めた。
信者である貴族からは教会に対し自警団の派遣、信者である市民や魔術師、冒険者・傭兵が教会の護衛を志願し常にカリタスを中心とした神官やシスターの身辺警護にあたる様になった。
後にこの一件は”神の愛の略奪”と言われた。
激化する王室派と教会派の争いはやがてどちらの派閥にも属さない人々にも被害を齎し始めた。それを好機と捉えた王室派の貴族は中立な立場の者達を言葉巧みに誑かし、教会側に現状起こっている派閥争いの原因の一切を負わせるように手を回した。
モルスの終息後もサージェリンの後を引き継ぎ、定期的に王室に出向きカリタス自らが神聖治癒魔術を施しており、アルゲイン国王とは友好的な関係を築いていた。しかしそこに王室派の宰相一家を中心とした貴族達がカリタスに不利になる様な虚偽の事実を工作した。
過激な王室派の牽制により、教会派の貴族が援助を行えなくなり王室の資金を横領したかのように見せかけた帳簿の書き換え。
中立派であった皇太子や皇女をも言葉巧みに誑かし、カリタスが施した完璧な神聖治癒術に欠陥があるかのように王族の声明として悪評を広めさせ、カリタスから治療を受けた信者及び臣民達の不安を煽らせた。
それに激怒した国王アルゲインは、宰相一家をはじめとした王室派の貴族達に厳罰を下した。
国王が厳罰を下した影響から、王室派と教会派との派閥争いは完全な下火となり徐々に危険を考慮して控え気味になっていた臣民治癒を安全に行えるようになった。
銀河の年功、181年。秋
約三十年の歳月を王として活躍したアルゲイン国王の退位式及び、新王ルカピオースの戴冠式が行われた。
大神官カリタスが当代国王アルゲインの王位返上を受理し、荘厳なる賢者レイヴンが遺した魔術具を埋め込んだ王笏と共に新王ルカピオースは王位を譲渡された。
大々的な戴冠式に多くの貴族や臣民達が歴史的瞬間を垣間見ようと参列し、街は祝福の鐘で満たされた。数々の画家や写真家がその瞬間を歴史の一つとして切り取ろうと集まった。
即位直後のアーリクイス国王と瓜二つなルカピオース新王。アーリクイス王の再来だとされ皆、新王の今後に期待を寄せ始めた。
戴冠式が終わった後、新王へと即位したルカピオース国王への祝福と退位されたアルゲイン先代国王の神への祈りを捧げ、今後のヴィリーヴ王国の繁栄を願う儀式が執り行われた。
【限りある生に宿られた魂の浄化と、繁栄齎さんとする主君への祝福を】
王族、信者、臣民共々が祈り捧げ、静かな祝福を授かった。
足音が鳴り響けば、堰が切れたように泣き出す赤子の啼泣が教会へと木霊し、参列した一同の息を呑む音が各所であげられた。
神聖なる教会の礼拝堂で彼の愛しき母子を庇い大神官カリタスは息を引き取った。
戴冠式の最中に起こったのは国王が厳罰を下したとされた過激な王室派であった貴族達によるものだった。
過剰な王族優遇を謳った貴族達は国に大きな成長と人々の関心を攫って行く大神官を脅威だと感じ、幻惑魔術を破れるよう数々の王室派魔術師の力を使い彼自身と彼が愛した臣民を狙い確実な死を齎した。
人々の幸せを祈り願い、病に苦しむ臣民達に安らぎと慈悲深き愛情を注いだ崇高なる大神官。彼の求心力によって分断した臣民は国に大きな争いを生んでしまった。
臣民達に心を砕き寄り添った彼に死の矛が向けられてしまったのは、彼自身の慈悲深さか、信仰心か。
はたまた彼に理想を追い求めた者達のせいだったのか。
過ちは連鎖し歴史に刻まれる 』