偉大なる魔術師
『 銀河の年功、136年目。夏
この頃に活躍したのは魔術師飽和時代を様々な思惑が飛び交う中生き抜き、偏った世の中を建て直した偉大なる魔術師。《サージェリン》が最も活躍した時代。
かの者は前時代の表舞台で活躍した荘厳なる賢者の唯一の愛弟子である。
荘厳なる賢者レイヴンの知識と技術を一身に受け取り、学んだ彼もまた様々な魔術を使いこなす上級魔術師へとなる。
彼は元々が孤児でありながら、レイヴンには及ばぬものの、魔術師の中では飛び抜けた素質とそれに伴う実力を有していた。
彼は当時貧民街で生活していた際に魔術の基礎を感覚で繰り出し自然と魔術構築をしながら生きていた。故に、魔術を培った時間に知識が組み合わさり通常の魔術師より実力が目に見えて違ったのだ。
師であるレイヴンが歴史の表舞台からの幕引きをした後、彼の行方を探す者達による不満の捌け口となった。
自らの師であるレイヴンに対する臣民や世間の対応を目の当たりにしていたサージェリン。
レイヴンが表舞台から去った後の国の現状を見て、力の及ぶ限りの世直しを行った。
まず、王国に溢れたレイヴンの書物を隠し、小さな器で過ぎた力を扱う魔術師を粛清。
王国各地に散らばったレイヴンを倣った魔術師達は、大半の書物が消失した事により徐々に数を減らして行った。
それにより詐欺被害が減少し街の治安が向上。
魔術師の増加・様々な生活魔術の普及による一時的な経済の停滞が解消され、多くのサービス業が復活。
更に正確な知識と技術を持った魔術師を選定し、日常生活上必要とされるサービスを正当に提供出来るように自身を協会長に据えた魔術師派遣協会を設立した。
加えて、王家が管理する荘厳の賢者が制作した魔術具にサージェリン自らが作り出したものも加え、依頼人に対し貸し出し出来るような制度も整えた。
こうしてサージェリンは、街全体を魔術師飽和時代以前よりも経済的に成長させた。
この頃から徐々に臣民達の間で《偉大なる魔術師》と呼ばれるようになった。
次に、魔術師飽和時代でも解消することの無かった貧民街の現状回復に心血を注いだ。
杜撰な衛生管理状態の貧民街を清潔にし、街の整備を行った。
しかし長年手入れをしていなかった影響で、貧民街を経由し街全体に流れる河川から病が蔓延し始めた。
発熱と嘔吐、湿疹を発病させ、症状が酷くなればなる程熱が下がらなくなり体全体が湿疹で覆い尽くされ、やがて死に至らしめる。
この事から街では死の病と恐れられるようになった。
病の治癒は神聖治癒術を扱える神聖治癒術師や、神殿に住まう神官やシスターの専門職である為、サージェリンは尽力出来なかった。
死の病と恐れられるほどの感染力を持った病。後に”モルス”と名付けられたそれは、当時の神聖治癒術師・神官・シスター達でも治療し切れず病は急速に蔓延して行った。
見かねたサージェリンは神を頼る臣民が多く通う教会に出向いた。
神聖治癒術の知識を神官・シスター達と共に学びながら新たな神聖治癒術師や大神官となり得る者達の育成に力を入れ始めた。
銀河の年功、145年目。冬
現国王アーリクイス・シリューネス・ヴィリーヴが”モルス”を発症。
現状この病を完治させるには至らぬ神聖治癒術。国王の現状を憂いた第一皇太子であるアルゲイン・シリューネス・ヴィリーヴは、サージェリンに国王の診断を命じた。
神聖治癒術で完治させる事も出来ぬ代物を治癒術に特化していない魔術で治療する事はほぼ不可能。
しかし、幾らレイヴンの愛弟子と言えど、貴族の後ろ盾も無い平民同様なサージェリンに王家の要求を断る術はなく、出来うる限りの処置を行った。
国王にはお気持ちばかりの治癒魔術。王家唯一の皇太子や皇女達には病に罹りにくくなる様に防御魔術を施した。
銀河の年功、147年。春
大国ヴィリーヴ国、国王アーリクイス・シリューネス・ヴィリーヴ崩御。享年49。
国王の最期は全身が湿疹で覆い尽くされ見るに堪えない姿となり、棺に収められた。
これ以上の病の蔓延を防ぐ為、国王の葬儀は粛々と行われ、名誉の死を遂げられなかった国王の姿は見ること無く天に還された。
アーリクイス国王亡き後、当時27を迎えたばかりのヴィリーヴ王国第一皇太子であるアルゲイン・シリューネス・ヴィリーヴが即位した。
アルゲイン国王は、前国王であるアーリクイス国王の治療に心血を注がなかったサージェリンに対し怒りを顕にした。
王族の自然死以外での死はこの国では禁忌とされている。その為実力及ばず、国の最も貴い人物を救えなかったと王族を含めた臣下達に糾弾され、サージェリンに極刑が下された。
極刑が執行される前日、アルゲイン王が極刑の取り止めを申し出た。
レイヴンと愛弟子であるサージェリン、二人の実力を買っていたアーリクイス王を最も間近で見ていたアルゲイン王。
この国で禁忌とされている法を犯した本人であることは承知の上で、彼を生かすことを提案した。
臣民から慕われ街の世直しを行った偉大なる魔術師サージェリン。
彼はアルゲイン王に誓いを立て命を取り留めた。
【王家に忠義を果たすその時まで】
サージェリンは王宮に居を移され、自らの足で大地を踏み締めていた下肢は二度と大地を踏むことはなくなった。
銀河の年功、153年。春
狂わされた、かの偉大なる魔術師サージェリンは与えられた王室内の自室で、喉を掻き切り自死した。
師の起こした文明を丁寧に直し、臣民達の暮らしに豊かさを齎した偉大なる魔術師。国の禁忌を抗えぬ力によって破らされその責任を負わされてしまった。
かの者を狂わせ、死に追いやったのは彼自身か、王族か。
はたまたこの国の禁忌を定めた者だったのか。
過ちは連鎖し歴史に刻まれる 』
【補足】
ヴィリーヴ王国で言うところの《名誉の死》とは天命を全うした老衰の事である。
老衰以外の死は不名誉とされ、名誉の死以外を遂げてしまった場合大々的な葬儀は執り行われない。