悲劇の序章
『 世界の始まり。無限に広がる時空間に星々の集まりから生まれた銀河から。
銀河の年功、125年目。春
この頃に活躍したのは世界を手中に収めることが可能と謳われた荘厳なる賢者。《レイヴン》が最も活躍した時代。
かの者は世界に存在しうるほぼ全ての高難度魔術を使いこなす魔術師。
精霊魔術師顔負けの完璧な精霊召喚術や、生活魔法を基本とした魔術から果ては世界の理を覆してしまうほどの大魔術までもを扱う事が出来る。
そんな強大な力を持った彼は後に荘厳なる賢者と呼ばれるようになる。
あらゆる魔術を使いこなし、遂には非魔術師にも魔術が扱えるように既存の道具に術式を付与して作られた魔術具を編み出した。
彼の腕を買ったかの大国ヴィリーヴ王国、当代国王であるアーリクイス・シリューネス・ヴィリーヴ。
彼を王宮近衛魔術師団へと引き入れ、作られた魔術具の製造販売管理を王宮指揮下の元行わせた。
その強大すぎる力を見た王宮近衛魔術師達は、自らとは比べ物にならない程の実力差に圧倒され、入団して一ヶ月もしない内に王宮近衛魔術師団団長へと推薦され、満場一致で昇格した。
魔術師団に入ったレイヴンは、古くから王国に降りかかる厄災の一つである《魔獣族》との闘いで最高位魔術師として最前線に立ち、武勲を立て続け着々と市民からの名声を得た。
武勲を立てたレイヴンに対しアーリクイス王自ら名誉爵位を授けられた。
しかし自分自身の実力を過信せず、常に高みを目指すレイヴンは、時間がある限り魔術の開発・研究・会得を行った。
故に彼が執筆した魔術に関する書物は研究論文を始め、世界に根付く魔術の根幹である魔術構築学や、空間支配魔術。
更には時空変動魔術等、まだ仮説を立て実際の魔術開発にも至っていない魔術の、走り書きされた仮説思想までもが世に溢れかえった。
これらに触れた魔術師を初め、魔術に憧れる青年達がこぞって書物を片手に研究、会得する事により爆発的な魔術師国家が完成しつつあった。
急激な魔術師の増加により魔術師飽和時代が形成され、今まで不足していた魔術師の需要と供給が成立するようになった。
だがそれも通常に生活出来る地域での話で、貧民街なのでは未だ魔術師の派遣はされず、劣悪な環境に拍車をかけていた。
それに伴う魔術師の詐欺が横行し始めた。
魔術師を求める顧客を対象に大した実力の無い者達がレイヴンの師弟を語り未完成な魔術を施していた。
書物に記載された術式は強大な力と技術を持ったレイヴンを前提とした魔術である。
殆どの魔術師は足元にも及ばぬにも関わらず見様見真似で魔術を行使する為、粗雑な魔術構築の末、ものの数日で欠陥が現れ魔術が崩壊する事態が多発した。
本来ならこの時点で市民からの暴動が起きてもおかしくは無いが、これを褒め讃えたのがアーリクイス国王。
【かの者の代役が誰も務まらぬほどの実力!賞賛に値する!】
この名声を機に、かの魔術師レイヴンは《荘厳の賢者》と呼ばれるようになった。
それと同時に、魔術師団の団員達からの憧れの的になり、王族からの信頼の的となり。
他国からの脅威の的となった。
それでも尚、レイヴンは驕らずただ魔術の研究をし極めていった。
銀河の年功、131年目。秋
レイヴンはとある魔術を開発し検証と称し、自らへと施した。
禁忌となりえるその魔術は門外不出。レイヴンが開発した魔術は自身に付与した後、この世から永遠に残ることのないよう土に帰された。
が、何かを察した国王はレイヴンを城に招き入れそれを自らに施させた。
レイヴン唯一の愛弟子を人質に。
魔術を施したレイヴンは王宮近衛魔術師団を退き、歴史の表舞台から姿を消した。
世間はかの者を探す動きが取られ始めたが、荘厳の賢者と謳われた者を広大な王国の中で、見つける事は不可能な事だった。
探究心、向上心の強かったレイヴンが残した魔術の禍根はこの地に根強く留まり続け、後の王国の破滅への一歩を踏み出させた。
間違いを犯したのは荘厳なる賢者か、国王か。
はたまた魔術という概念を創り出した創造主だったのか。
過ちは連鎖し歴史に刻まれる 』