2の2 砂の国からの使者
砂の国編、導入になります。
今回は短くなっています
「お待たせいたしました」
カイトがゼノリコに言われた通り、給仕と共に戻る、給仕は先程転生者に奪われた果実から傷んでいないものをピックアップして切り分け、水差しとグラスをカートへ載せやってくる。
「おお、ベルラート特産の果実か。しかし、時期が少し早いのではないか?」
アジルは配膳された果実をみてにこやかにつげ、グラスに注がれた新鮮な水を見つめる。
「色々あっての、今は総出でジャムにしとるところじゃ」
「成る程、さすがはベルラート。水と食い物に困らないのは良い事だ」
アジルはそう言ってグラスを口に持っていき、一口飲み込んだ。
「して、若造(バゼラード王)からの救援依頼とはな。何があった?」
救援依頼?カイトはゼノリコの横へ行き、羊皮紙の内容に目を落とす、中にはバゼラード王の切実な願いが記されており、文章の最後には報酬や護送時の工面なども記載されている。アジルはゼノリコの問いに答える。
「最近、我が国の冒険者ギルドに所属した低級冒険者達の間でおかしなものが流行っていてな」
今から数週間前、あるZ級の冒険者が突如として莫大な戦果をあげた。砂の国バゼラードの周囲に彷徨く虫型の亜人、ホモセクトの巣をたった1人で撃破し、数百の屍を馬車に載せて凱旋したのだ。そんな戦果に街は大いに湧き、彼をわたし依頼の天才と祭り上げた。
それからその冒険者は破竹の勢いでつぎつぎと戦果を上げていった。
「良い英雄譚ではないか、それのどこにわしの助けが必要になる?」
ゼノリコの言葉にアジルは先ほどまでの優男な雰囲気は無くなり真顔になる。
「ここまでならな…」
その冒険者は数日のうちにC級の冒険者に駆け上がった、冒険者達は彼を持て囃し、大小様々な依頼が舞い込んだという、しかしある日。彼は死体で帰ってきた。
「敵に倒されたんですか?」
「ああ、街の外によく出現する…砂の国の子供達が訓練ついでに戦わせるサンドワームを相手にな」
そして何より不思議な事に、蘇生した彼はそれまでの記憶を失っており、彼の持っていた数十の加護が1になっていた。
「…加護とは?」
カイトの言葉にアジルは軽く笑う。
「おいおい、冒険者なら当たり前の知識だぞ?」
「カイトはまだ冒険者じゃない、しかも冒険者の無い辺境地から来ておってな、その辺りの知識が浅いのじゃ」
ゼノリコは薄らとカイトをフォローしゆったりと語り出す。
「せっかくだから教えてやろう」
この世界の冒険者と呼ばれる人間は、冒険者になったその日から神託と共に加護と呼ばれる数字を与えられる。神託に関しては別の機会に話そう。その加護の数字は、普通に生活しているだけでも増えるが、魔物や亜人を倒すと大きく増える。加護の数字が増えれば増えるほど、冒険者の身体能力が強化される、それが冒険者達の持つ異常な身体能力や生命力の正体である。
「冒険者は死亡した際、沢山の食糧を使うのは聞いているか?」
「はい、南門にオークが襲撃した際に、ガリレオ殿から…」
「ほう、あの時にはもう街に入り込んでおったのか…ゴキブリじゃな、まるで」
ゼノリコは敢えて聞こえるように嫌味をいいつつも、水が入ったグラスを手にして一口啜る。
「その情報は少しだけ間違いじゃ。冒険者達は死亡した際。その加護の数字を10使って蘇生する。数字を10持っていない冒険者たちが食糧を対価に蘇生される事になる」
そこでカイトは、ゴブリンの孕み袋にされたアンネマリーを救出した際、マール達の会話を思い出した。彼女達はアンネマリーに残された加護の数字を確認し、蘇生できるかどうかを確認していたのだと察した。
「その数字は、わしという例外を除けば冒険者同士にしか見えんからの?お主も後で冒険者になる儀式を終えれば見えるようになるかもしれん」
「お、となるとカイト君は後輩になるのかい?冒険者になったら正式にパーティを組もう。手取り足取り教えてあげるからさ!勿論、夜の方もね」
アジルの熱烈なお誘いにカイトは苦笑するしかなかった、ゼノリコはジト目をして咳払いで話を切った。
「しかし妙じゃの?それだけの戦果を上げた冒険者が、ある日突然雑魚に倒され、しかも1になるだなんて」
「だろう?それで、その状況が我が国では低級の冒険者達の間で頻発しているって事だ。俺がバゼラードを出るまでに28件、日に日に増えている今はもっとふえているだろうな」
アジルはさらに懐から二枚取り出した、それは写真だった、この異世界に写真があるとは思わずカイトは驚いた。写真には冒険者らしき男女の死体が写されている。
「冒険者達は口々にいう、力を貸してくれる青年から力を借りた…とね」
「なるほどのう、つまり、これは転生者の仕業であると?」
「少なくとも俺と兄はそう考えている」
ふむ?とゼノリコは腕を組み背もたれに体重を預ける。
「そんなバカな話があるか?わしの予知に反応はなかった…」
「リコ様の予知能力や探知能力には範囲がある事は考えられませんか?」
カイトの問いに、ゼノリコは頷く。
「確かに、その線が濃厚じゃの…」
「へえ、カイト君は転生者について詳しいのかい?」
特に気にはしていなかったが、何故、転生者の存在をアジルはしっているのか、口ぶりから考えれば兄のバゼラード王もそうだ。
「転生者の存在は一部のもの以外は極秘事項じゃからのう、まあ、各国の王にはわしが注意喚起したからのう、まあちゃんとした反応を示したのはバゼラードだけだったが。」
「兄貴はベルラートとの友好関係は大事だと言っているからな、でも驚いてるぜ?俺は、あの用心深いゼノリコが、最近雇用したばかりであろうカイト君にこんな話を聞かせているている事に」
国のトップにしか知らされない転生者の話を聞いているのだからそれは当然の疑問かもしれない。
「こやつも部外者では無いってことさね、知っておいてもらった方が都合がいいだけじゃな」
ゼノリコの返答にアジルは笑みをこぼす。
「へえ?相当入れ込んでるな、俺にもそれくらい入れ込んでくれてもいいんだぜ?俺は入れる側だが」
アジルはウェルカムっと両手を広げるもゼノリコはとても不愉快な顔をして片手であしらった。
「ハッ、わしに男色の趣味なんぞないわ」
その言葉にアジルは演技ではなく心底残念そうにシュンとしていた。
「要件は理解した、転生者絡みならば喜んで協力しよう」
ゼノリコがそう立ち上がると、アジルも立ち上がり硬い握手を交わす。
「出発はまた伝える、迎えの馬車を送ろう」
アジルは要件を終えるなり直ぐにフードを被り、ゆったりとした速度で出て行く、出ていき際にアジルはこちらを見て笑う。
「ゼノリコ、バゼラードに来たら一杯飲もう」
「断る、持ち帰るつもりじゃろ?もうその手は食わん」
「釣れないなあ、ま、そうだけどさ」
そこでアジルは扉を締め、ゼノリコとカイトだけが部屋に残された。
「あやつをみてどう思った?」
アジルが去ってから、ゼノリコは素直に聞いてきた。
「面白い人ですね、ちょっとだけ怖いです」
あの視線が脳裏に思い出されてカイトは身震いする。
「じゃろー?あやつだけは油断するなよ?気を許したらガチで掘られるからの、しかもかなりうまい」
ゼノリコには苦い記憶があるようだ、そこは聞かないでおこう。
「さて、わしらもそろそろいくかのう」
ゼノリコは立ち上がると、ゆったりと歩き出す。
「あの、どちらへ…?」
カイトの問いにゼノリコは振り返る。
「お前を冒険者にする儀式じ、はよこんか」
ゼノリコに言われ、カイトは後を追いかけた。しばしの静寂、ゼノリコはどこへともなく歩き続け城の内庭を抜け、小さな礼拝堂へと足を運ぶ。そこには金髪の修道女ハイデがおり、未だグズっているマールとゼオラもいた。
「ハイデ、すまんが例の儀式をやる。お願い出来るか?」
ゼノリコの言葉にハイデはカイトを一瞥し、グズっていたマールやゼオラもこちらをみている。
「分かりました、どうぞこちらへ」
ハイデは立ち上がるとゼノリコとカイトを奥へ案内する。ふと、誰かがカイトの服を掴んだ。カイトが不思議そうに振り返るとマールががっちりと服を掴んでいた。
「ほら、マールダメだろう?」
ゼオラがそういうと、マールは静かに手を離した。何か言いたげな顔をしていたがゼノリコに急かされた為、深く聞く事はできなかった。ハイデの案内の元、礼拝所の奥の部屋へいくと、そこには大きなベッドが一つ、そして傍らには紅い水に満たされた盃と不思議な香りのするお香が炊かれていた。
「カイト、これを飲め」
ゼノリコは紅い水に満たされた盃をカイトに手渡した。
「そいつはこの礼拝堂の地下に沸く女神の血という」
カイトは紅い水面に映る自分の顔をみて不安そうな表情を浮かべると、ゼノリコは穏やかにつげた。
「そう案ずるな…普通の人間には猛毒じゃ、飲めば忽ち気絶し、お前に悪夢を見せるであろう」
なるほど、カイトは先ほどマールが止めようとした意図を何となく察した。
「これを飲み、無事に生還することが冒険者の儀式じゃ、悪夢の中にとどまらず目覚めることで晴れて冒険者となり女神より加護の数字と神託を賜る事となる。大体のやつは1時間もしないうちに帰ってくる。まあ、中にはそのまま死ぬやつもおるがの?」
それは恐れるなと言う方が無理では?カイトはそう思いながらもベッドに腰掛けた。
「わしとしてはそのまま死んでくれた方が面倒なく転生者の駆除も兼ねられるからよいのじゃが…」
言いかけた瞬間、ハイデが手を合わせて祈るように握りしめ、両手の骨を大袈裟に鳴らすとゼノリコの顔が強張る。
「じ、冗談じゃ…本気にするでない…その、ごめんなさい」
ハイデに凄まれ、完全にゼノリコは縮こまった。カイトは深呼吸ののち、恐る恐る手にしていた盃に口を付け、一気にあおった。味は無い、舌が触れた直後に麻痺したようだ、水が食道を通るだけの感触がありすぐに重くなる身体、するとハイデが倒れかけたカイトの体を静かに支え、ゆっくりと仰向けに寝かせる。
「行ってらっしゃいカイト」
ハイデの透き通る祈りが、暗転するカイトの闇の中で、ただ響いた。
この世界における、冒険者についてが僅かに語られましたね。
次回も短いです、どうぞよろしく。
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