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2章1の1 転生裁判編

今回の章では多分に性描写が入ります、ほんの少しだけエッチです。


ベルラートの街に転生して早くも一週間が過ぎた朝、カイトはいつものように目を覚ますと、先ずは手の中に握られていた金貨5枚を適当に硬化入れへ放る。そして決まった時間に女宿主が朝食をしらせてくれ、彼女の子供達と一緒に肉中心の豪勢な食事を済ませ、いつものように女宿主の食器洗いを手伝うと、日課の洗い場で朝の湯浴みで身を清潔にしてから宿を出る。


向かう先はもちろんギルドである、カイトがギルドへ辿り着くと、ギルドの中では見知った顔が三人、すでにカイトを待っていた。


「カイトさん!おはようございます!」


恰幅の良い体格をした重装備の男性、ゲイル・ボルドーがいつものように丁寧な挨拶をした。その隣で長身で気弱そうな男性も会釈する。


「今日も、よろしくね、カイトさん」


彼はゲイツ・ボルドー、ゲイルの弟で兄と同じように無骨な重装備で身を固めている。


「カイトさん、昨日はよく眠れましたか?」


そう尋ねてきたのは黒いおカッパ頭に色白な少女、すこし前にゴブリンの巣から救い出した新たな仲間、名前はアンネマリーという。アンネマリーは本来は鉄の国出身の冒険者であった。この世界の人間領には主に4つの区域に分けられている。カイト達のいる水の国【ベルラート】、貿易を主とし各国との外交を行い繁栄した砂の国【バゼラード】、アンネマリーの故郷であり、豊富な鉄資源により反映した鉄の国【ハイゼンベル】そしてその三国とは交流が一切ない謎の島で厳重な鎖国により独自の文化を築いているとされる花の国【ソメイヨシノ】である。その為、アンネマリーは鉄の国で登録された冒険者であり、銀行は正確な身元が確認できるまでの間は資金の援助は愚か、貸し借りすら出来ず、スカンピンだったのだ。もとより彼女の財産はそこまで多くなかったようだが。

カイトは生活面や再び冒険者となれるよう資金面でアンネマリーを手厚く支援した。あとは住まいだが、住まいは正式に冒険者としての確認が取れるまでは、中央区にあるハイデの礼拝堂に住み込ませてもらっているとの事。アンネマリーは新たな装備を選ぶ際、2人にならってなのか同じ鋼鉄の無骨な重装備を希望した。そのため今の彼女は小柄な座敷童のような容姿とは思えない無骨な外観をしおり、その背中には大きい丸盾を背負い、腰には80cm程度の短い剣を身につけている。完全に同じというわけではない、多少の違いはある。象徴的なのは彼女が手にしている槍だ、ボルドー兄弟のもつそれとは違い一回り長くなっている、別に彼女が希望したわけではなく、このチョイスにはカイトの思惑が多分に含まれている。ゲイツやゲイルと比べれば小柄なアンネマリーにはやや長すぎるような気もしたが、そんな心配は杞憂に終わり、アンネマリーは見事に使いこなして見せた。


「はい、おかげさまで…」


カイトは最早日課となっている会話を済ませると、いつものように全員で依頼の貼ってあるボードの前に行く。先の功績と、高ランクの手伝いがあったとはいえ、強敵だったゴブリンロードを倒した事でボルドー兄弟は最底辺のZから、Yランクに上がっていた。


「兄さん、コボルトだって!」


ゲイツはゴブリンを殲滅した事で少し自信がついたのか、低ランクの亜人討伐に積極的になっている。


「コボルトなら軽い運動がてらにちょうどいいか…アンネマリー殿はいいですか?」


「はい、わたしは何でも…」


そう言いあいながら、3人は最後にカイトの指示を仰いでくる。


「コボルトですか、分かりました」


ゴブリンの巣を殲滅して以降、マールを含めたU級の冒険者達が戻った事もあり、ベルラートを脅かしていた危険な亜人は一掃された。そのため、今ギルドに舞い込んでくる討伐依頼は非常に少なく、散発的で労力に見合わない安いコボルトなどの討伐依頼ばかりが残っている、カイトは依頼書を手にするとテーブルに座り、いつものように依頼情報から作戦をじっくり練りこむとすぐに準備をすませて現地へ出発した。


今回は無人の集落を根城にするコボルトの討滅依頼だった、コボルトとは、小型の犬のような頭に人の体をもつ亜人であり、最底辺の雑魚亜人とされ、ゴブリン程賢くはなく非力だと図鑑にはある、しかしそれはいつものごとく間違った知識である。特徴的なのはその驚異的な繁殖力の高さである。人型のメスの孕み袋が必要なゴブリンとは違い単一生殖が可能であり、1匹のコボルトから1日で100匹は増えると言われ成長も早く、産まれてから10日で繁殖が可能だと考えられている。当然それだけではない、コボルトは他の亜人種とも非常に友好的であり意思疎通が可能で、亜人の間で使われる硬貨などを用いて他の亜人種から用心棒を雇い入れている事が多く、その中でも特に屈強で魔法を弾く肌を持っているオーク種とは非常に良好な関係を構築している。非力な彼らは非力なりに、その弱点を補う賢さと柔軟さを有している。


「オークですっ!!」


察知したアンネマリーが叫んだ。予想通り、集落に近付くなるやりコボルトに雇われたらしいオークが1匹、姿を表した。オークはこちらの姿を目視するなりその手に持った荒削りな岩の棍棒を振り上げ走ってくる。その単純なれど強力な突撃を前に、ゲイツとゲイルは前に出て大盾を構える。


「兄さん!やるよ!!」


「おうさ!!」


ボルドー兄弟はファランクス隊形をものにして以来、とある冒険者マールの一撃を除けば、決して抜かれた事のない鉄壁の防御力を見せつけ、彼等の何倍も大きく屈強なオークの一撃すら弾き返すようになった。


「今です!」


さらに今はアンネマリーがいる。


「はあああ!!」


ファランクス隊形によって武器を弾き上げられガラ空きになったオークの喉を、後ろに控えたアンネマリーの一回りも長い槍が貫いた。たったの一撃でオークは絶命し、糸の切れた人形のように地面に倒れる。アンネマリーのV級の冒険者だった経験と実力は本物だった。その槍の一突きの威力は相当なもので、屈強なオークですら、今の一撃で絶命させる程である。


「ゲイツさん!右、コボルトの集団が離脱します」


「逃がすか!!」


カイトの指示を受け、ゲイツとゲイルは、同時に槍を逆手にもつと、逃げるコボルトの集団へ投げつけた。投げられた槍は大きな放物線を描き、逃げる前方のコボルトの背中を見事に貫き、倒れる。逃げていたコボルトは一番前を走っていたコボルトは、突然前で死んだ仲間をみて驚き、反転する。


「来るぞゲイツ!ビビるなよ!」


「兄さんこそ!!」


槍を失ったゲイツとゲイルを見たコボルト達はこれを好機とみたのか、そのまま攻勢に出てきた。しかし2人は同時に腰から80cm程度の鋭い剣を抜き放つと、攻勢に出てきたコボルト達の体を、次々に刺し貫いた。


「はっ!!」


遅れてアンネマリーも加勢、2人の間を縫うように、長い槍を差し込み、襲うコボルトの体を刺し貫いた。


アンネマリーや、ボルドー兄弟の活躍によって、コボルトの集落殲滅には大した時間は掛からなかった。大量のコボルトやオークの亡骸を馬車に乗せての凱旋となった。現在ベルラートでは、死んだ亜人の有効利用がベルラート国王を中心に模索されており沢山の亜人の亡骸を必要とされている。そのため、冒険者達には護送用の馬車が貸し出され、討伐した亡骸を持ち帰る事で、追加の報酬が得られる政策がとられている。もちろん、倒した亜人の数は冒険者の功績や実力を示す指標となる。


「おい、またボルドー兄弟だぞ?」


「オークまで…?あいつら何があったんだ?」


「少し前まで俺たちと変わらない最底辺だったろ」


「しかも、あんな美人なメンバーいつのまに?」


行き交う冒険者達が口々に噂する、その眼差しには怨嗟も混じっている。


「ガキまでつれてるぜ」


「バカ、ありゃカイトだ!」


「カイト?あの変人か?冒険者の戦う姿がみたいとか言ってついてくるっていう?」


「ああ…なんでもすげー金持ちでな、装備や物資を好きなだけ工面してくれるんだってよ」


「けっ、ボルドー兄弟のあの装備はその恩恵かよ!」


「まあ、装備だけじゃねえみたいだけどな…」


そんな行き交う冒険者の話を聴きながら歩き、中央区のギルド前に辿り着こうという時。


「よ!カイト」


ギルドの正面に見知った女性が待っていた。真っ白いベリーショートの髪に褐色、黒い外套の下に鎖帷子を身につけた彼女は、カイトをみながら手を振ってくる。彼女はゼオラ、先のゴブリンの巣を殲滅した際に一緒にパーティを組んだ仲間の1人である。


「カイト、いま時間あるか?」


ゼオラは普段はおちゃらけているのだが、今日は珍しく真面目なトーンで聞いてきた。


「報告や引き渡しは我々でしますので、大丈夫ですよカイトさん」


「ありがとうございます、では後ほど!」


カイトはゲイルに御礼をいうと、ゲイル達はギルドの引き渡し場所へと歩いて行った。


「うし、ついてきてくれ」


カイトが手空きなのを確認すると、ゼオラがどこかへ向かい、カイトは訳もわからずついていく。


「あの、要件は…」


カイトが訳を尋ねると、ゼオラは歩きながらこちらに顔を向ける。


「カイトに会いたがってる人がいるんだ」


そうしてしばらく歩き続けると、広大なベルラートのちょうど中央に聳える大きな城、ベルラート王城へとたどり着いた。


「止まれ!!」


ピカピカに輝く白銀と鮮やかな装飾が丁寧に彫られた鎧を身につけた門番がゼオラを止める。


「私だ、いい加減顔を覚えてくれないかな」


「申し訳ありません!規則ですので!」


相手は明らかに国王を守護する為に配置されている親衛隊。となればこの先で待っているのは…。


「良くぞまいられた、客人」


カイトが通されたのは謁見の間、磨き上げられた美しい大理石の石畳に、煌びやかな赤いカーペットが敷かれ、内装の細部に黄金の装飾がなされた廊下の先にひたすら馬鹿でかい黄金の玉座が聳える、その玉座には小さな少女が卑しく目を細め、胡座をかいて座っていた。


「そう警戒するな、もっと寄れい…」


少女はクフフと独特な声で笑い手招きをすると、カイトは恐れ多くも側までいき直ぐに膝をつこうとする。


「ああ、良い良い、わしそういうの嫌いだからそのままで。それより、顔を上げい、もっと良く見せてくれ」


少女は卑しく目を細めたまま、癖なのか何もない空間で手を泳がせると、身を乗り出してカイトの顔をじっとみる。


「ああすまぬ、自己紹介が必要だな。わしは現国王、ベルラート二世…リコという。ゼオラから話は聞いているぞ?カイトとやら」


そう言って彼女はピョンと飛ぶように席を立ち、小柄な体でこちらへ歩み寄り顔を寄せる。カイトは冷や汗をかきながら動揺していた。自分がイメージしていたベルラート王はヨボヨボの老人だったからだ。なぜならベルラート二世が即位したのは今から500年も前である、この世界の人間は現代の数倍長生きであるとのことは聞いていたが、それでも500年は生きることはないとされていたからだ。それが…ベルラート二世は女性に疎いカイトでさえ見惚れるほどの美少女であったのだ。

謁見の間の上に設けられたガラス窓から刺す太陽の木漏れ日をうけ輝く黄金の髪、すっきりとした小顔に鋭くも幼さを残す蒼き瞳は、真っ直ぐカイトを見ていた。


「おい、あまり見惚れてくれるなよ?照れるではないか…クフフ」


「す、すみません」


カイトの謝罪にベルラート二世、リコは気を良くしたのか玉座へと戻り再び胡座をかくと、再び何もない空間で左手を動かした、その動作には覚えがあった。しかし、思い出せない。


「えと、はい、私がカイトです…ゼオラさんから私に会いたいと…お聞きしまして…」


こんな美少女と会話をすることなんて、カイトになった後でもなかった、現代で言わせれば人気のアイドルが目の前にいる状況ににているかもしれない。カイトはまともに目を合わせられずに挙動不審に緊張で強張る声を何とか放り出した。


「うむ、今回ワシがお主を呼んだのは…」


リコは細くきめ細かい指を空間で動かし続け、ピタリと止める。カイトはふと思い出した、その手の動きはまるでスマートフォンを操るような、そんな動きに似ている気がする。


「お前を見極める為じゃ、正式な冒険者になりたいんだっての?」


ゼオラがリコの側に行き書類を差し出すとリコはそれを雑に手に取り書類を見せてくる。それは以前自分が記入した冒険者希望の書類である。


「ワシの一存でお前の人生が決まる、慎重に、正直に答えろよ?」


リコはそういうと、大きく丸い瞳を鋭く細め、書類を尻に敷くと静かに問いかけた。


「カイトよ、お前は何故、冒険者になりたい?」


良く透き通る声、カイトは問われているにもかかわらず、不思議と緊張がほぐれた。


「…それが、私の趣味を堪能する1番の近道だからです」


「ほう…?」


リコは小さくうなり、頬杖をついた。


「冒険者が趣味…?とな?」


「はい、私は戦闘を観る事が好きなのです。冒険者達の闘いを観る為には、自らも冒険者になる必要があると考え、冒険者を希望しました」


カイトは気づけば口角が上がっていた、不思議な気分だが、少し前のゴブリン殲滅戦を思い出して気分が高揚している事を感じている。


「観るといったか?闘う…とかではなく?」


「はい」


カイトは素直に頷いた、ふーむとリコはうなりながら再び何もない空間で指を動かし続ける。


「自らの手を汚さずに、闘う姿をみたいが為に冒険者になる…随分と歪んだ…お前は大分狂っとるな…うむイカれとるよ?お前」


リコは汚物を見るような目でカイトを見下し悪態をつく。


「おっしゃる通りです、卑怯な上に薄汚い趣味ですよ、誰も私を肯定することは無いでしょう、私は狂っています」


カイトはそう告げると、リコは思った台詞が来なかったことに拍子抜けたのか目を丸くしている。


「ふむ、認めるか…試す為に敢えて非礼でもって煽った、許せ」


リコはそう言って軽く頭を下げる。カイトは実ににこやかな顔をしていた。


「事実ですから」


カイトの返答に、リコはふむとうなり、ゼオラに手で合図する。するとゼオラがリコに新たな一枚の紙を持ってくる。リコはそれを受け取ると、一瞥だけして再び尻に敷く。


「ゼオラの報告によれば、お主は先のゴブリンの殲滅戦に参加し見事な指揮をとり大いに役立ったと聞く、ゴブリンロードを討ち、行方不明だった鉄の国のV級冒険者のアンネマリーを救出したと聞いた時は驚いたぞ?よくやった」


「わたしは資金を出して皆さんについて行っただけです、ゴブリンを殲滅したのは冒険者の皆さん。ゴブリンロードを討ったのはボルドー兄弟とマールです、私ではありません」


カイトの返答に、ゼオラが何か言おうとするが、リコが手で静止させる。


「ほう?だが、報告にはボルドー兄弟が見慣れぬ技を使ったと聞いておる、聞けばゴブリンロードはあのマールですら簡単に命を落とすほどの手練れだったそうではないか…2人に何を教えた?」


リコはゆったりと歩み寄って来るとカイトの手をとると、ガッチリと強く掴む。そしてカイトの懐にあるダガーを掴んで引き抜くと、自分の手ごとダガーを突き立て刺し貫いた。


「ぐ!!ああ!?」


カイトは思わず悲鳴が漏れ腰砕になった。


「リコ!!おまえ!!」


ゼオラが怒鳴り、向かって来る。


「王の御前である、だまっとれ!」


リコは痛みに悶えるカイトに顔を寄せ、再び問いかける。


「貴様は転生者じゃろ?のう、カイトよ?」


そして自らの手を貫いているダガーナイフを掴み傷口を広げるようにえぐる。


「ぐあああ!」


あまりの痛みにカイトは悲鳴をあげながら床に膝をついた。


「煩い奴じゃのう、ゴミクズが…もう良い、飽きた」


リコはそういうと、手に突き刺さったダガーを引き抜き、そのままカイトの腹に深々と突き立てた。カイトはそのまま意識を失い視界が暗闇に沈む。


「はっ…」


カイトの意識が戻ると、そこは見知らぬ天井だった。


「いきて…る?」


カイトは身を起こす、衣服は脱がされており身体には包帯が巻かれている。すぐにダガーを突き立てられた腹を手で摩り確認する。腹には雑に巻かれた包帯の感触が手に伝わる。


「目を覚ましたか?」


カイトが視線をむけると、その先には先程自分にダガーを突き刺した張本人であるリコが座っており、暗闇の中で蒼い瞳が輝いている。


「すまんな、2人きりになるため、敢えて手荒くさせてもらった。わしとしては死んでくれても構わなかったのじゃが…ハイデが間に合ってよかったのう?」


カイトの目は次第に闇に慣れ、暗闇の中のリコが見えてくる、その頬には大きな湿布が貼られている。するとリコは手を叩く。


「音の遮断魔法じゃ、この世界には随分便利な魔法があるのう…クフフ」


この世界?リコは確かにそういった。


「カイト、貴様は転生者だな?」


リコはカイトの素性を見抜いたうえで聞いてきた、何故そんなことを知っている?カイトが考えられる答えは一つ。


「では…貴女も?」


カイトの返答にリコはニヤリと整った顔を卑しく笑わせた。


「それに、初代ベルラートの奴も転生者じゃ」


リコの言葉でカイトは合点がいく、ベルラートの裕福さや水などのインフラの豊かさ、街の清潔感である。あれは現代の知識がなければなし得ないものだ。


「私やあなたの他に転生者は?」


リコは首を横に振る。


「転生者は見つけ次第始末しておるからのう、今生きとる転生者はわしと、お前くらいじゃ、クフフ」


「わ、わたしも殺されるところだったんですか!?」


カイトが思わず叫ぶと、リコは明確な殺意を隠すことは無い、無言でニイと笑った。


「おう、ワシは本気でお前を殺すつもりじゃったよ?いや、正確には今もお前の首を跳ねたくて仕方ない。じゃが…ゼオラの奴が猛烈に反対しての…故に此度の会談となったわけじゃな、まあ強引に進めた結果はこの様じゃクフフ」


リコは頬に貼られた大きな湿布を叩く、カイトは心の中でゼオラに感謝した。


「頬、どうなされたんです?」


カイトが伺うと、リコは笑いながら答える。


「治療を終えたハイデに殴られた、あやつ国王を面前でぶん殴るとか、どういう神に使えとるんじゃ」


格闘家として鍛えられてきたハイデに本気で殴られたら普通は死ぬだろう、良く生きてるな…とカイトが肝心しているとリコは気にせず語り出す。


「観たところお主はステータスに異常な数値もないし、寧ろそこらの村人より低い位じゃ、おまけに女神のギフトも…なんじゃいこの金貨5枚とは?」


リコは何もない空間でひたすら指を動かしなにかを操作している。


「その動作、それはあなたがもらったギフトですか?」


「おうよ、ワシは他人の能力や思想を、ステータとして閲覧する事が出来る。定番のステータスオープンって奴じゃ、それと…」


急にリコはどこか寂しげな声音となる


「初代から受け継いだ女神殺しの呪いじゃ…」


「女神殺しの…呪い?」


その物騒な言葉を復唱すると、リコは頷く。


「初代の時は今よりもっと転生者が来ていたようでな。転生者同士の争いも多かった、そんな中で、奴は他の転生者のギフトを奪ったり、消したり、譲渡したりと、都合よく好き勝手出来る能力を持っていてのう」


「それが、女神殺し?」


「いや?違う」


リコはキッパリと告げ、カイトはずっこける。


「わしのもらったのは奴がこそこそとギフトを混ぜて作ったものじゃ、転生者を察知するギフト、転生者の来訪を余地するギフト、転生者の持っているギフトを消し去るギフト、そしてこのギフトを持っている者は老いず、死ぬことも出来ないという嫌がらせのようなギフトじゃ、それらを合わせて女神殺しのギフトとなっておる」


リコはそう言って何かをすると、カイトの目にもリコの観ている何かが浮かび上がる、それは自分のステータス、どこか履歴書の様なもので、そしてギフトの欄にある金貨5枚という文字だけが踊っている。


「お主にも見えるよう閲覧を許可した、で?なんじゃ?この金貨5枚って?」


「毎日金貨が5枚もらえるんです」


そんなカイトの言葉にリコは目が点になる。


「……それだけ?」


「はい、それだけ」


暫しの静寂、するとリコは大袈裟な咳払いをする。


「まあ、確かに毎日金貨5枚も貰えるのはチートじゃな、この国の貴族共の月の給料と同じ額を毎日は流石にアホじゃろ?」


「あ、やはりそう思いますか?こちらの物価がわからなかったもので…」


カイトは2枚にしておくべきだったかと、口に出す。カイトの言葉を聞き、リコは考えた、リコはまだカイトを殺害しようと考えている。金貨を毎日手に入れるというギフトは、強すぎる力である事は間違いないのだ。しかし、それは個人規模で考えればの話となる、国家規模で考えれば金貨5枚は矮小すぎるのである。100枚とかだったなら、すぐさまカイトの駆除を決定したことだろう。しかし5枚、考えすぎたリコは軽く目眩を起こしたので考えを捨て、息を吐き出しながら目を伏せる。


「……わしは、駆除したいんじゃがのう…」


リコはそういうと今までのピリピリとした威圧感がスッと消えさる。そのまま気だるそうにソファの背もたれへ身を預け、パンパンと大きく手を二度叩く。ガチャリと大きな音を鍵があいた、同時にゼオラが部屋に飛び込ん来る。


「ゼノ!!カイトは!?」


部屋でソファに身体を預けるリコと、ベッドに寝たままのカイトをみて、ゼオラは肩に入った力が抜ける、ゼノ?ゼノとは誰だろう。


「これ、ゼオラ、そっちの名でわしを呼ぶなといつも言っておろう?」


ゼノとはリコのことらしい、突然の事にカイトが動揺していると。リコは寝転びこちらに顔を向ける。


「わしの真名じゃ、ゼノリコ・ベルラート二世」


リコはそう名乗った、まるで男のような勇ましい名前。


「え…??」


「そもそも、わし男じゃし」


「ええっ!!?」


リコ改め、ゼノリコ・ベルラート二世(以降ゼノリコ)はカイトの反応に腹を抱え、肩を揺らしながら愉快そうに笑う。カイトは目を疑った。質感のいい肌に整った顔立ち、長く貴賓ある黄金の髪。ふっくらとした四肢をしていて男性らしい肩の雰囲気はまるでない。どこからどうみてもゼノリコは女子の身体だ。


「みるか?ワシのは凄いぞ?」


ゼノリコはおもむろにスカートをめくろうとする。


「け!結構です!」


恥ずかしがるカイトにゼノリコは満足げな顔をして、椅子から立ち上がる。


「カイト、お前の駆除はとりあえず置いておく事にしよう、同時に正式な冒険者としての登録も許可する」


「カイトよかったな!!」


ゼオラは心から感激し、カイトに祝福を述べた。


「あ、ありが…」


「ただし!」


お礼を言おうとしたカイトを、ゼノリコは言葉で制した。


「完璧に認めたわけじゃない、ワシは転生者を信用することは決してない。だから何個か約束せよ」


一つ、異世界にこれ以上の変化を起こさない、要は不用意に現代の知識を与えない。


「過去の転生者はわしも含めてやり過ぎた。女神どもは常に世界に変化を起こしたいようじゃが、わしはそうは思わん、この世界はこの世界のありのままに進む事が正しき変化であるとわしは思う。まあ、お主は既に戦術を指導したようじゃが…」


「ファランクス隊形の事ですか?」


カイトが言うと、ゼノリコはそう、それだと指を差す。


「わしはゲーマーじゃっだが、そういうものに興味がなかくてのう、それはこの世界の急激な変化に繋がるものか?」


「変化にはなると思います、古代のギリシアで使われていた主流の戦い方ですので」


物怖じしないカイトの発言に再び殺気立つゼノリコ。


「…やはりか…いやまて、古代?古代っていうと?」


「私の現世では紀元前と呼ばれていた時代です」


恐らく、カイトのいう現世はゼノリコの所と同じには違いない。ゼノリコはそう察すると頭を抱えた。


「この世界で戦争に使える可能性は?」


ゼノリコの問いに、カイトは寝たまま腕を組み顎に手を触れる。


「亜人相手なら、使えるは使えるでしょうね。ただ、この世界の冒険者には通用しないでしょう、実際、マールの遊びついでの一撃で簡単に崩されてしまいましたから。この世界にはマールより強い冒険者はゴロゴロいると聞いています、そう考えるなら。ファランクスは冒険者相手には通用しないと思われます」


「ふむ…それなら、お主の起こした変化は…大したこと無いのか?」


「そもそも、ファランクスは少人数でやるようなものでは無いのです。故に今、彼らが使っているのはファランクスっぽい何かに他なりません。話にならないでしょうね。十分自分達でものにした技術ということになるでしょう」


カイトに説明され、それならばとゼノリコは呟いた。


「おい…2人はさっきからなんの話をしているんだ?私にもわかるように話せ!」


聞いていたゼオラが首を傾げ、うっかり口を滑らせたゼノリコは口を塞ぎ咳払いして続ける。


一つ、ゼノリコが男である事は他言無用。他者のいる場所では女子のように扱う事を徹底すべし。


「これは別にお前に限った話ではない。城のものは側近から兵に至るまで知っていることだからな、女の方が転生者の裏が出やすいので都合良くての」


一つ、ゼノリコの側近となり重要な会談の際は必ず同伴する事。


「あたしがいるのに、態々カイトに頼む必要あるかあ?」


「別に人手が欲しいわけじゃないわい、転生者は何をしでかすかわからんからのう。変な気を起こしたらすぐにでも駆除ができるよう、わしの手元に置いておきたいのじゃ。わしが兼任しておる宰相のポストが空いておるし、それに…」


ゼノリコはゼオラに対して和かにつげる。


「お前は単細胞だからのー」


「んだと!?」


ゼオラは即ゼノリコに飛びかかりその両頬をつねりあげた。



「そういえば、ゼオラさんはリコ王の側近だったんですね?」


カイトはゼノリコを虐待しながら笑っているゼオラに問いかける、するとゼオラは言いづらそうに目を逸らした。


「ゼオラはわしの妻じゃよ」


「…えっ!!」


カイトは思わず声が出た、ゼオラを見ると赤くなって顔を逸らす。つまり、ゼオラはベルラート王妃という事になる。


「わしがこんなじゃろ?じゃから表向きには側近という形をしてもらっておる。わしとしてはとっとと王妃になってもらいたいんじゃがのー…最近ご無沙汰で寂しい限りじゃ」


「う、うるせえな。あたしには王妃なんて合わねえよ、そんなにいうなら今すぐ相手してやるよ!拳でな!」


ゼオラは声を上げながら卑しい笑みを浮かべていたゼノリコを押し倒し、馬乗りになって殴りつけた。


「あ、そうだ…今日はこのあと謁見があったんだった…そろそろ来るはずだ」


不意にゼオラが思い出したように告げた。途端にゼノリコは腕時計に目を向けると声を張った。


「バカ!そういう事は早くいわぬか!!ゼオラ!カイトをいい服に着飾ってくれわしの変えを使え!」


バタバタと忙しく動き、カイトはゼオラに抱えられて別室に連れて行かれ、どこから出してきたのかサイズピッタリなゼノリコの変えの服装に着替えさせられ、いかにも貴族の宰相という出立にされると押し出されるように謁見の間、ゼノリコの真横に立たされた。


「わしのことはリコと呼べよ、カイト」


時刻はわからないが空はすでに暗く、そうだというのに謁見の間は照明があるかのように明るかった。


「わかりました、リコさん」


「リコ王!またはリコ様と呼べ、よいな!」


そう一悶着しながら、1人目が来る直前となり門前が慌ただしくなる。手持ち無沙汰なカイトにゼオラが資料をくれた、1人目はゼノリコが予見した転生者らしい。


「カイト」


ふと、ゼノリコがカイトの名を呼びかけた。カイトがゼノリコに顔を向ける。


「転生者と呼ばれる連中が、どんな連中なのか…よく見ておくがよい、そして、彼奴らがこの世界ではどうなるのかも…のう?」


ゼノリコはそういうと玉座の上で胡座をかき、右手をあげて側近に合図する。


「通します!」


合図を受けた側近が合図を送り、それをみた門番がよく通る声を張ると大きな門が開かれ、1人目がやってくる。


黒い短髪に座った目をした童顔の青年。清潔感のない薄汚れた現代の服装で、生気なく頭をボリボリとかきながら気だるそうに歩いてきた。その隣を見慣れた小柄の少女が歩いている。栗色のショートボブに翡翠色の大きい瞳、マールだ。今日はいつものように防具は身につけておらず、外行きの格好なのか白を貴重とした薄く洒落た衣服にショートパンツという…何処となくカイトのいた現世でも通用しそうな格好である。ただその背中には小柄な彼女には不釣り合いな無骨で装飾の一切ない長い大剣を抜き身のまま襷掛けし、背負っている。


「頭痛が…」


そう言って、青年は唐突に頭を抑えてよろけだした。


「だ、大丈夫?」


マールはそんな彼の顔を覗き込む、すると徐に彼は顔を覗きこんだマールの頭を掴むなり強引なキスをした。


「ん!!!?」


マールは唐突な青年の奇行に目を見開き、口の中を青年の舌が入って来ると、即座に逃れようともがく、しかし体格的に大きな青年は逃げようとするマールの腰に手を回して抱き寄せ、手慣れた手付きでショートパンツの中にまで手を入れてきた。


「んぶ!!んんーー!!」


マールは露骨に嫌がり、腕力で強引に押しのけた。


「うぶっ!!なにすっ…やめてよっ!!」


マールは自身のショートパンツに入り込んだ青年の手を払いのけ、突き飛ばすとその口をゴシゴシと拭いながら離れる。青年はそんなマールの反応を好意的なものとみたのか、悪びれなくヘラヘラとしている。


「俺はこうしないと頭痛が治らないんだ、なあいいだろ?マール」


透かした言葉で馴れ馴れしく名前を呼び、再びマールを抱き寄せると平らな胸を撫で回し始めた。行きすぎたセクハラだった、カイトはいつ爆発してもおかしくないとマールの表情を伺ったが、カイトの心配とは裏腹に、マールが爆発する事はなく、健気にも不快感に顔を染めながらもジッとしていた。


「おぬしが冒険者を希望しておるものか?」


ゼノリコがよく通る声で囁くと、青年はゼノリコを見るなりそのあまりの可愛さに露骨な口笛を吹いた。


「ああ…そうだ、君は誰だ?俺は王に会えると聞いてきたんだが…?」


無愛想に言い、ゼノリコの外見が可愛いからなのか声にも下心が見えている。


「彼女こそが、この王都を統べる現王、ベルラート二世リコ様です」


ゼオラが前に出て彼に紹介すると、ゼノリコは満足そうに頷いた。


「…あー、君が?そっか」


ゼノリコの面前であるにも関わらずマールの事は解放しない。そんなやりとりの最中でもセクハラは止まず、性懲りも無くマールのショートパンツに手を入れ、その中を弄りだした。


「っ…」


マールは涙目になっている、その表情から右腕が大剣に伸びそうになるのを必死で堪えているのがわかった。


「そう、俺が冒険者を希望した大賢者ベリルだ」


「ほー…大賢者とな」


ベリルと名乗った自称大賢者の青年は素敵にわらい、ゼノリコはさり気ない動作で左手を空間であやつりベリルのステータスを表示する。ゼノリコはカイトに閲覧を許可したと言っていた、そのおかげで見えるようになっているようだ。カイトの時もこうやってカイトのステータスを閲覧していたのだろう。そう思うとゼノリコの狡猾さに背筋が凍りつき、ゾッとする。


「ふむ、よかろうでは少し問おうか。ご苦労じゃったなマール」


ゼノリコはマールに離れろとジェスチャーをすると、マールはこれ幸いと、まとわりつくベリルを突き飛ばし、カイトの側にまで逃げてくると抱きついてきた。ベリルは名残惜しそうに、まるでマールに見せつけるかのように、ショートパンツの中を弄っていた手を舐めヘラヘラしている。


「きっも…」


マールの小さな悪態にカイトは苦笑を漏らしつつ、それを観ても表情一つ変えないゼノリコは退屈そうに頬杖をつき、ベリルのステータスを自分に見えやすい位置に持っていく。


「ああ、なんだ?」


いまだすかしているベリルはぶっきらぼうに返した。するとゼオラが書類を2枚持って行き、ゼノリコは2枚を受け取ると一瞥することも無く尻に敷く。


「ワシの一存でお主の今後が決まる、慎重に、偽りなく答えよ」


「その前にさ、せっかく可愛いんだからそのじいさんみたいな口調はやめないか?俺は似合わないと思うな」


「………」


静寂、するとゼノリコはさっきまでカイトに見せていたいつもの卑しい笑みとは違い外見相応の笑顔をベリルにむけた。


「わかった!それじゃ…お兄さんは、なんで冒険者になりたいのかな?」


思わず吹きそうになるほど可愛らしい声音だった、いつのまにか隣に戻って来ていたゼオラも顔を逸らして肩を震わせている。一方のベリルは実に満足そうに語り出す。


「特に何も、今回はゆったりと目立たずに暮らしたいかなって…」


「へー?そうなんだ!でも、平和に暮らしたいなら冒険者にならなくてもいいとおもうんだけど?」


「生活費は必要だし、そのほうが楽しいからな」


ベリルの目が再びマールに向いた、彼はマールが相当好みのようだ。マールはカイトの腕にくっついたまま、べーっと舌を出した。その際、マールの腕に力が入り、ミシミシと骨が軋む音がカイトの中で響く。


「そっかー!」


ゼノリコはステータスを左目で見ながら、尻に敷いた紙を手に取る。


「ところで、君によって被害を受けた人達から被害報告が2つ来てるんだけど。覚えているかな?」


ゼノリコの問いに、ベリルは特に興味もなさそうに頭をボリボリとかく。


「さあ、しらないな?」


ベリルの我関せずといった様子にゼノリコは目を細める。


「そうかな?一つはベルラート西方に拡がる果樹園から、木の実の窃盗と、番犬を殺害したんだって?」


「ああ…あそこ所有者が居たのか。番犬だとは思わなかったよ、突然襲われたので反撃した、悪いか?こちらも命懸けだった」


あまりにも身勝手な理由に、マールへのセクハラを前にしても動かなかったカイトも、眉を歪ませる。


「果樹園になっていた木の実が全てなくなっていたみたいなんだけど、君はすごい食べるんだね!!」


「持ってる、誰かの所有物だとは思わなかったからね、必要とあれば果実は返すよ」


ベリルが手を叩くと空間が開き、膨大な量の木の実が落ちてくる。その量にカイトは愕然とした。ベリルの食物を適当に扱う態度に、その場にいた兵士達ですら、未だ罪の意識のないベリルに怒りの感情を露にしている。ただ1人、ゼノリコだけは至って冷静に流れ落ち謁見の間で山積みになる果物を見ながら、手にしていた1枚目の紙を軽く手を振って捨て、尻に敷いた2枚目を手に取ると顔の前に持って行き読み上げる。


「もう一つは、今朝、冒険者ギルドにてS級冒険者二名を殺害したんだって?」


すると、ベリルは驚くようなあっけに取られたような顔をする。


「あいつらS級だったのか、弱すぎたんだが?」


自分以外を見下すかのように口を隠して笑うベリル。ちっ…すごく小さく隣でくっ付いているマールが舌打ちした。横目で恐る恐る目を向けると、マールは無表情でベリルを見ている。マールの無表情は臨戦体制の証拠、こちらがちびりそうになるほどの殺気が溢れ出ている。


「あいつらが喧嘩をうってきた、殺すつもりはなかったが、奴らが殺す気だったからな…正当防衛だ」


「へー?あの2人はワタシがお兄さんを連れてくる為に派遣したんだけどな?あの2人がお兄さんに喧嘩を売ったというのは信じられないね?」


「あいつらはキミの差金だったのか」


癖なのかベリルはボリボリと頭を掻きむしる、その表情に反省の色は一ミリとて存在しない。つまり、その2人の代わりにマールが派遣されたという事のようだ。


「お兄さんは反省とかしてない感じ?」


ゼノリコは可愛らしく頬杖をついたまま問いかけた。その声音の奥底に、背筋を凍らせるほどの冷たさを感じ、カイトは身震いする。


「あれは正当防衛だ、俺は被害者なんでね。君の差金だというなら尚更だろう?もっともあの程度がこの街の最高クラスなら、いくら来ても問題はないが」


おそらく彼は、ベルラートのギルドの最上がA級であるとは知らないのであろう。最も、S級でも相当な実力者ではあるはずだが。


「よくわかった」


ゼノリコは言葉を切ると、ステータス画面を操り、ギフトの項目にある無限魔力と書かれた項目を手に取り、グシャリと握りつぶした。


「マール」


ゼノリコはマールの名を呼ぶ、ベリルはマールが自分のものになるとでも思ったのか、鼻の下を伸ばしたのも束の間。


「許す、そこのゴミクズに身の程をわからせてやれ…」


ゼノリコは首の前で掻っ切るようなジェスチャーをする、瞬間、カイトの腕にしがみついていたマールの姿が消える。刹那、激しい金属音が城内に響き渡る。見ればマールがベリルに一撃を見舞っていた。ベリルは光の障壁でマールの一撃を弾いたものの、その顔は目で追えないマールの速さにはっきりと動揺していた。


「な、なにを!?」


動揺は声にも現れ、荒げるベリルにゼノリコはゴミを見るような目を向け告げた。


「何を?じゃと??ふざけんなよボケカスが、お前のやった事は我が国への宣戦布告と同義じゃ」


ゼノリコの語りの合間も、マールの剣撃が次々と襲いかかるがベリルは障壁で防ぐので精一杯の様子だった。既に障壁には亀裂が見える。


「どうしたの?S級の僕より遅いじゃん?」


少し前のゴブリンロードを討伐した功績により、S級に昇格しているマールは、大剣を手に挑発するように笑った。


「S級冒険者はいくら来ても問題なかったんじゃないのかな!」


再び襲いかかるマールの剣撃、ベリルは目にも見えない速度で振るわれ続けるマールの剣撃を嫌い、距離を取る。


「やれやれ、それはつまり俺の実力が見たいって事だな?…後悔するなよ!!」


ベリルは手を広げ強大な魔力をその手に惑わせるかのようなポーズを取る。マールはというと特に物怖じする事もなくその背に不釣り合いな大剣を背負うと歩いて間合いを詰めていく。


「バカが!!!」


おそらく、手からS級冒険者を殺害した魔法を出そうとでもしたのだろう。しかし、その手から魔法が出る事はなかった。


「え…?」


目を見開き動揺を露にするベリル。その瞬間にもマールの剣撃が襲い掛かり、彼は大袈裟な反応で距離をとる、そんなベリルの表情を見たゼノリコは心底愉快そうに腹を抱えて笑った。


「クフフフ!お前さんの力は女神からもらったものじゃろうて、のう?大!賢者(笑)殿…」


ゼノリコは最早名前では呼ばない、まもなく息絶えるだろう虫の名前に興味は無いのだ。


「おまえ…何をしたああ!?」


そこで初めて何かをされた事を悟ったようだ、怒りに目を血走らせてゼノリコに叫ぶがその隙にもマールの剣撃が襲いかかる。


「く…くそっ!なんだって!?」


障壁の亀裂が更に深く走り、ベリルの顔が恐怖に歪む。


「カイト、あれが転生者というこの世界に度々やってきて害をなす寄生虫じゃ。誰かからもらった技能で何一つ努力もせず、そのくせ他者の事を見下して全てが自分の思い通りにならないと気が済まない。そんな稚拙で幼児のまま成長しとらんしょーもない連中なのじゃよ」


女神から貰った無限魔力というギフトがあったから可能だった強力な魔法は最早使えない、しかし、彼の動きを見るに、例えギフトを有していたとしてもマールには勝てなかっただろうとカイトは肌で感じている。カイトはゴブリン討滅の作戦以降、時折りマールを仮想敵に見立て頭の中であらゆる戦術を試していた。結果として、カイトは一度としてマールに勝てた事はない。その戦術の悉くを、マールと言う少女はただのフィジカルのみで突破してくるからだ。三国志という創作された物語の中に、幾ら策を練って計略に落とし込もうともフィジカルで台無しにしてくる規格外な存在はフィクションとして描かれている。マールはそのフィクションの類いという事になる。つまり、敵となったマールの恐ろしさは、カイトが誰よりも理解している。故に確信していた。例えギフトを持っていても、あの転生者がマールに勝つ事は不可能だという事を。ベリルがいくら距離を取ろうにもマールは即座に対応してくるためつき離す事が出来ない。


「く!この!しつこいんだよ!!」


刹那、ベリルは限りある僅かな魔力で低級の魔法を使い反撃を試みた、地を這う氷の魔法である。しかしマールは、自ら目掛けて張ってくる氷の魔法を強く足を踏む衝撃だけで掻き消してしまい、その瞬時にも間合いを詰め剣撃を振るってくる。


「な、なんだよっ…こいつは…」


度重なるマールの攻撃でボロボロになっていた障壁が遂に砕け、マールの剣撃が障壁の奥にいたベリルへと襲いかかる。


「ひいっ!!」


ベリルは運良く足元の果実に足を取られ、盛大に後ろへ倒れ、マールの一撃を避けられた。否、そうでは無い。マールは最早彼に勝つ目が無いと判断し、途中から明らかに手を抜いていた。


「ま、まって!まってマール!おかしいって!俺の事好きなんだろ?!なかまだろ?やめてくれ!」


ベリルはみっともなく見当違いな言葉を並べて命乞いをしだす、すると願いが届いたのかマールはピタリと動きを止め、ゆっくりゼノリコへと振り返る、表情はもちろん無表情のままである。マールは指示を仰いでいるようだ。


「血で床を汚されても掃除が面倒じゃ、庭できっちりシメてこい」


「はーいっ」


マールは無表情のまま元気よく返事をすると、倒れたままのベリルに歩み寄り、その胸倉を掴むと軽々と持ち上げた。ベリルの表情は一気に恐怖に染まりバタバタと暴れ出す。


「うそ!うそだろ!?マール!?うそだろ!!おかしいっ!何かの間違いだ!!助けてくれ!お願いだ!!マール!頼む殺さないで!!誰か!誰か助けてくれー!!!」


マールはそのまま一言も発せずに泣き喚くベリルを庭へ引きずって行き、その後けたたましい男の断末魔が城内に響き渡った。


「はあ…難儀よの」


ゼノリコは玉座に立つと、ベリルが窃盗した果物の片付けを命じる。あの身勝手な転生者に果実の取り扱いの知識などあるわけもなく、すでに傷んでしまっているものがほとんどだった。ゼノリコは被害の農家には王城が購入する見積もりで手配するようゼオラに指示すると、ゼオラは慌ただしく駆けて行った。


「傷んだ果実は傷んだ部分を外して炒めジャムにしましょう。果糖に漬けてしまえば暫く持つはずです」


カイトが言うと、ゼノリコは腕を組み思考する。


「ジャムなら長期保存が可能じゃな、最前線に送れば貴重な甘味になる…か、ふむ。良かろう」


ゼノリコは直ぐに調理師たちを呼びつけ、世話役や侍女たちも召集して転生者の行った後始末を支持する。ゼノリコの命令で城のものたちは夜だというのに一斉に動き出し城内が騒がしくなった。


そんな中、駆け回る城の人間たちの間をすり抜け、マールが帰ってきた。その顔は飛び散った血の後がベッタリと付いており、せっかくのおしゃれな白い衣服もベリルの血と思われるもので染まっていた。一体どんな殺し方をすればそんなに汚れるのか。


「もう、最悪!」


散々セクハラを受け、服も血で汚されればぶち殺してすっきりとは行かず、マールはいまだに不快そうに悪態をつく。


「災難だったね」


カイトが声をかけると、マールはギロリとこちらを睨んできた。


「災難なんてもんじゃないよ!!あいつめっちゃ汚いの、絶対お風呂入ってないよ、側にいったらすっごく臭かったし」


転生者の衛生観念はわからないが、衛生面に気を遣える人間ならあそこまで身勝手な振る舞いはしないと考える。マールは舌を出して不快感を露にする。


「うえー気持ち悪い…あいつ口に舌入れてきたの!病気になったりしないかな??お風呂入りたい…」


相当嫌だったようだ、わざわざこっちに来るとグズリながらキスされた口をカイトの服で拭ってくる。


「まさかあそこまで盛った猿だとは思わなくてのう、すまんな、マール許せ」


ゼノリコが素直に謝罪するが、完全に臍を曲げたマールはツンツンとしており無視した。


「マールもリコ様の側近なの?」


カイトの問いに、口が赤くなるほどゴシゴシ拭いながら涙目なマールは首を横に振る。


「……たまにお手伝いしているだけだよ」


「お、なんだこの状況…?」


一通りの手配を終えたゼオラが帰ってくるなり、声をかけ側まで来ると、口を拭い続けるマールを一瞥するなり察したようだ。


「そんなに嫌ならハイデのところ行くか?」


「うん、いく…」


「せっかくじゃ、わしの浴室も使え」


ゼオラはマールの手を引き、すでにグズり出したマールを外へ連れて行った。謁見の間にはゼノリコとカイトだけが残される。


「マールに嫌われてしまったの、後で改めて謝っておかねば、ビルドの奴に殴り込まれでもしたら命が何個あっても足りん」


ゼノリコは疲れた様子で再び玉座へ腰掛ける。


「わたしも転生者なので調子のいい事は言えませんが、酷かったですね。」


カイトの言葉にゼノリコは大袈裟とも言える動作で頷いき、硬そうな玉座の背もたれに体重を預け、心底うんざりしたようにつぶやいた。


「あやつらはいつも、異世界に流れついては他者から得た力を無自覚に行使しする。そして自分好みに世界を壊すのじゃ…今回のあのクソボケですら、ここに来るまでにこれだけの人間が動かねばならぬほどの実害をだしたのだ。使いに出した冒険者二名も殺害とか倫理観どうなっとんじゃ現代の人間は!」


ゼノリコは相当溜め込んでいるようだ。カイトは苦笑しつつ、しばらくゼノリコの愚痴に付き合った。

そうしていると、1人の人間が謁見の間へとやってきた。


「お邪魔、してしまったかな?」


男の声を発した紺のフードで顔を覆った謎の存在はゼノリコの前まで来ると、フードを脱ぐ。中からは黒髪の短髪に小麦色の肌をした切れ目の男が現れた。

まさにイケメンと呼ばれる人種の顔立ちをしており、その腰には長く大きく曲がった独特な形の湾曲刀が吊るされている。


「アジルか…今日来るとは聞いとらんぞ?」


「ひどいな、ゼオラちゃんには伝えたよ??」


おそらく転生者の処理に追われて伝え忘れたのだろう、ゼノリコは盛大なため息を吐き出す。


「すまん、忘れておった」


「おいおい、遂に痴呆が始まったのか?頼むよマジで顔だけは可愛いんだからさ」


アジルはゼノリコにそんな悪態をつきつつもカイトに目をやる。


「初めて見る顔だね、可愛いね、誰だい?」


アジルはにこやかに声をかけてきた、だが何故だろう、アジルの視線に少し寒気を覚える。


「気をつけよカイト、そやつは少年趣味の変態じゃからの」


「失礼だな?ゼノリコ、俺は博愛主義だよ、そのなかでもほんの少しだけ少年が好きなだけさ」


変わらなくね?とカイトは引き気味に苦笑する。


「か、カイトといいます」


「そうか、カイトか!よろしく!」


アジルと呼ばれた男はそばまでやってきて握手を交わすと、緩やかに自己紹介を始めた。


「わたしはアジル、アジル・ハハラバ・バゼラードだ」


バゼラードという言葉にカイトは聞き覚えがあったが、それについてはゼノリコが退屈そうにつげた。


「やつは、砂の国バゼラードの第二王子、冒険者としても登録されておってのう確か今は…」


「D級さ、すげーだろ??」


D級、上から4番目のクラスの実力者でありながら第二王子とは?しかし、冒険者が王を務める国があるのか?そこで冒険者と一般人の間には明確な隔たりがあったことをカイトは思い出す。


「俺は国の統治とかに興味はないからな、兄貴と権力争いで殺し合うのもまっぴらごめんだ。そういうのは今の現国王である兄貴に任せておけばよい、第二王子の地位だけはありがたく貰ったがね」


つまり権力争いにしない為に自ら冒険者になり、王位を譲ったのだと続けた。


「で?今回はなんのようじゃ?」


「カイトをわたしにくれ、大切にするから」


「ええっ!?」


「ふざけるな、冷やかしに来たのか??」


「本気だったんだけどな…まあいいか長くなるし、座れる部屋に行かないか?」


アジルは徐に懐から丸まった羊皮紙を取り出し、ゼノリコはそれを受け取り一瞥すると立ち上がる。


「ついてこい」


そのまま謁見の間の脇の部屋へ向かおうとする。


「ええ!?奥の寝室じゃないのか!?3人で楽しもうぜ!」


「うるさい、誰がお前なんぞ通すか!!わしはゼオラ一筋じゃ、いいからさっさと来い!!」


ゼノリコは怒りながらも、さっさと歩いて行ってしまい、アジルは残念っと本当に残念そうにいいながら後に続く、カイトも後を追いかけた。


謁見の間の脇の扉を開け放つと中は書籍などが収まった本棚が周りを囲んでおり質素な長机と椅子があった。


「ここは?」


カイトがゼノリコに問いかける。


「今はほとんど使っとらん、昔は作戦会議などに使っていた部屋じゃ」


「仮にも第二王子の私をこんなカビ臭い場所に通すか?普通…まあいいか、住めば都だしな!」


アジルは悪態をつきながらも被った埃を手で払い、丸椅子に腰掛けた、王子らしく律儀な性格をしているようだ。


「カイト、外の給仕に何か持ってこさせよ」


「は、はい」


カイトはゼノリコに言われたように、外へ出た。


お疲れ様でした、今回はいかがでしたでしょうか?

次回をお楽しみください。


誤字、表現の間違いがありましたら気兼ねなく教えていただけると助かります。




マールはカイトを気にかけてはおりますがあくまでもライクの矢印です。

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