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1の7 ゴブリン・ロード

1章完結になります。


翌日、カイト達は手早く準備を済ませるとマールご希望の個人テントも購入し、太陽の位置が真上に来る頃には全員が馬車に乗り込み出発していた。馬車の中では全員がいつでも戦える状態の臨戦体勢だった。


「カイトさん、誰かいますよ!」


騎手に呼ばれ、見れば約束通り見晴らしのいい街道の真ん中にゼオラがポツンと立っていた。


「ここでいいです!」


下車したカイト達は手早くゼオラと合流し、ビルドより渡されたゼオラの装備を手渡す。


「さすがはビルド爺さん、良い武器だ!しかも新品のボウガンまで貰えるとはな」


興奮した面持ちで鎖帷子を服の下にきながらゼオラはテンションが高い。


「それにしてもだ…」


ゼオラはボルドー兄弟に目を向ける。装備がより堅牢なものとなった物々しさに息を飲む、新たに大きな丸盾を背負い、可動部のどうしても脆くなる隙間には丁寧に鎖帷子を覆い、投擲対策がなされている。


「お前らZランクが着る装備じゃないだろー!最前線でもそこまで固めてる奴いないぞ!」


さらには頭部への攻撃を防ぐバイザーつきのヘルメットを身につけたマール達が映る。


「マール、なんだそれ?」


ゼオラはマールの腰に吊るされた刺突剣を指差した。


「…カイトからもらったの…要らないって言ったんだけど付けろって言うから!べ、べつに手に馴染むとか思ってないんだからねっ!」


マールはムキになって聞いてもいない反論すると、バイザーを降ろして目を隠してしまう。


「そこまで聞いてないんだけどな、お前がそいつ以外に武器を持つのが珍しくてさ…」


何故かカイトはマールに尻を蹴られた、カイトもサービスということでマール達と同じヘルメットを被り、すでに準備は万端だった。


村からはだいぶ離れた地点だが問題はなかった。今回はマールを先頭に後続に続く、カイトは先んじてハイデが背負う。森に入ってすぐ、ゴブリンの集団がカイト達を出迎える。その数は数百を超え、木の上を埋め尽く程の金色の眼がギラギラと輝いていた。


「今日は撤退しないからね!カイト!!」


ビルドによって打ち直された大剣を軽々と回して構えると、大きく息を吸い込む。


「勿論です、思い切りお願いします!」


カイトの言葉と共に、マールは風のような速度で先行して駆け出した。ゴブリンたちはマールの意図は掴めないが手にした槍やナイフを次々マールへ投げつけた、しかしマールは今回は避けない。ヘルメットにぶつかる石や槍をものともせず大剣を振りかぶる。


「だああああっ!」


マールの狙いはゴブリンではない、たくさんのゴブリンが登り、高速で移動するための木である。マールの一太刀によって両断した木は倒れ、目に付く木を走りながら次々と斬り倒していく。木に登っていたゴブリン達は、マールによって斬り倒された事で高速移動できる移動手段を失うと共に地面に落ちる事となる。強引に地上戦を強いられたゴブリンに、追いかけてきた後続のボルドー兄弟が襲い掛かる。地上戦で重装備のボルドー兄弟の相手が務まるわけもなく、まとめて蹴散らされた。それだけでは無い、運良く逃れたゴブリンの頭にゼオラの連射ボウガンから放たれた矢が突き刺さり、その命を奪っていく。


ハイデはいつも通りにゼオラの視覚を全員に共有し、ゴブリンの伏兵を看破すると、ゲイツとゲイルがそれぞれにその茂みへ飛び込み伏兵を破壊する。


「おらおらおらー!!」


マールは走りながら大剣を振り回し、次々と目につく木を切り倒し続け、鬱蒼と生い茂る木々は、マールが通った後は悉くが切り倒され太陽の光が久しぶりに森の地面を照らしていた。ただの森林伐採だが、木の上を高速で移動するゴブリン達の足場を無くす事で、彼等が得意とする戦場を強引に不利な平地へ変えてしまう事で、包囲を許さない。しかも今回は、鎖帷子やヘルメットで完全防御されているため最早彼らの持った猛毒の投擲攻撃をしっかりと対策された事で、最早ゴブリンになす術はなかった。


「待って、マール!」


不意に何かに気づいたカイトがマールを呼び止め、マールは足を止め全体の動きが止まる。


「今日は退却しないよ!?」


「違います」


ハイデに背負われたままのカイトは、小さな小石を前に投げる、石は放物線を描いて芝生の下にあった浅布にあたり、石の重みで浅布が引っ張られて姿を表した。それは落とし穴である、下には鋭く尖った岩の槍衾が配置されている。カイトは前回の襲撃の際にゴブリン達の行動や装備を見ていた。そのため罠が森の中の至る所にあることは予想できていた。


「なるほどね…ここは任された!」


マールは手にした大剣を天に掲げるなり両手で握ると大きく踏み込み。


「うおおおらあああー!」


信じられるだろうか?マールが力強く振るうなり、その強烈な剣圧で突風が巻き起こり、正面に拡がったゴブリン達の仕掛けた様々な罠が露になる。


「本当、恐ろしい武ですね…」


せっかく大勢のゴブリンを使って設置しただろう罠の山は、マールによるただの素振りで台無しにされるのだから堪らない。彼女が敵じゃなくて本当に良かったと、カイトはホッとした。


「隊列を入れ替えます!ゲイツさんとゲイルさんを最前方に!マールはそのすぐ後ろで2人の取り逃しのフォローを!一気に行きます」


「おう!」


「まってました!!」


装備が新調されフルフェイスになったことで自信がついたらしいボルドー兄弟が威勢よく前に躍り出ると、槍を真っ直ぐ構えた。


「最早罠はありません、このまま一気に森を抜けます!」


【了解!】


一つの矢のように塊となったカイトたちは駆け出し、一気に森を駆け抜けた、途中、マールの剣圧でも剥がしきれなかった罠が何度か発動するが、その悉くを前方を駆けるボルドー兄弟の圧倒的な防御力に弾き飛ばされた。縄が足にかかり普通なら人を吊り下げる罠、ボルドー兄弟の重装備を持ち上げる事など出来るわけもなく千切れ、降り注いだ丸太や岩は背後を走るマールの大剣が吹き飛ばす。


散発的に伏せたゴブリン達が投擲もしてきた、しかし鎖帷子などで露出を減らして対策を施されたカイト達に毒で脆くなった骨や石の投擲物は単なる徒労に終わる。


当然それでは済まさず、その悉くをカウンターで放たれたゼオラの矢が打ち抜いて命を散らす。


背後から追いかけて来るゴブリンもいたが、すぐさま察知し反転したマールが纏めて薙ぎ払い、直ぐに追い抜いてボルドー兄弟のフォローに戻ってくる。


「ハイデ、大丈夫?」


マールはカイトを背負って走るハイデを確認し、ハイデはまだまだ余裕そうに頷いている。カイトは改めてこの世界における冒険者と呼ばれる人達の特異性を再確認した。やはりただの人間とは身体能力に明らかな違いがあるようだ。


「ハイデ!交代しよ!」


そう言ってマールが背負われているカイトを奪うようにつかみあげ軽々と背負うと、腰の刺突剣を抜き放つ。


こうして罠やゴブリンの集団を蹴散らしながら森を切り抜け、大きな洞窟が彫られた岩山が眼前に広がった。


「カイトのくれた剣は出番なさそうだね」


マールはそう言いながらも背負っていたカイトを降ろすと、左手の刺突剣を鞘に収めた。しかしカイトはそうは思わなかった、大きな洞窟には様々な骨のアーチが作られており、それがゴブリンの巣である事は明白である。


「隊列を変えます、ゲイルさんを前に、最後列にゲイルさんを」


カイトの指示にゲイルとゲイツは素直に従う。


「一列になるの?結構広いのに?」


「マールは2列目に、ゼオラさんはゲイツさんの前で真ん中にハイデさんと私が入ります」


「あ、カイトちょっと一息だけ入れられないかな?…」


マールが言うと、ハイデが険しい顔で顎に滴る汗を拭っている。カイトは直ぐに了承した。


「わかりました、休憩しましょう」


カイトがそういうと、ハイデは直ぐに懐から取り出した水を頭から被る。ほんの数刻の休憩の後、マールは素直にカイトに言われた通りにゲイルの背後へついた、すると後ろのゼオラがニシシと笑う。


「普段わがまま盛りのマールが随分と素直にしたがうじゃんか?」


「ふふ、そうですね」


ハイデも加わりそう茶化すと、マールはぷりぷりと怒り出した。


「うっ!うっさいなあ!僕もそれがいいってわかってるんだよっ!」


そう言いながらもちゃっかり刺突剣を抜いており、大剣を背負っていたマールに睨まれカイトは怯む。

そんな2人のやりとりを見てハイデがクスクス笑いながらカイトの背中をとんと叩いた。

一行は小型ランプを腰にぶら下げ、カイトたちはその僅かなあかりを頼りにゴブリンの巣の内部に侵入した。カイトの予想通り、広かったのは入り口だけで、すぐに通路は狭くなった。ゴブリンの巣は縦に広く、横に狭くなっており、集団戦で1人を仕留めやすいようゴブリンは3匹で1人と戦う程度の狭さにされている。ゴブリンを舐め腐っている経験の浅い冒険者は、この判断が出来ずに前と後ろから挟まれ、ろくに身動きもできずなぶり殺しにされてしまうことだろう。


「よかったなマール、カイトの言う通りにしといて」


ゼオラに言われてマールは昨晩、ビルドがゴブリンを舐めるなと怒鳴られた事を思い出し素直に頷いた。


「そうだね、僕たちだけだったら今頃ゴブリンたちの子供を産まされていただろうね」


「考えたく無いですね…」


えらく素直に認めたマールにハイデが気持ち悪そうに続く。


「ゴブリン!前方です!」


早速ゴブリンが前方に現れ、ズカズカと巣に踏み込んできた侵入者を出迎える。


ゴブリン達はいつものように、無策にも侵入してきた愚かな侵入者に毒をたっぷり染み込ませた骨の槍を思い切り投擲する。


しかし、今回はいつもとは違った、いかなる獣も魔物も亜人も、強い冒険者でさえも、少しでも刺されば絶命不可避の猛毒の槍が、目の前のピカピカの銀色の人型には弾かれたのだ。お返しとばかりに銀色のピカピカは鋭く尖ったピカピカの光を伸びてきてゴブリンの眉間を刺し貫いた。隣で仲間が唐突に生き絶えた、ゴブリンは不利を悟る、しかし遅い。銀色のピカピカは鋭く尖ったピカピカを次々と伸ばしてきて眉間を刺し貫いてきたのだ。


「後方ゴブリン!数匹!」


ゼオラが叫び、前のゲイルが止まってゲイツが槍を背後に向ける。すぐさま闇の中からゴブリンの投げた骨の槍が飛んでくる、しかしゲイツの鎧にダメージを与えられるわけがなく虚しく弾かれる。


「ゲイツ!脇開けろ!」


ゼオラに言われた通りに脇を開けたゲイツの脇からボウガンの矢が飛んで最後の薄い闇からゴブリンのうめき声が聞こえ数匹が崩れ落ちる音が洞窟の中で反響する。


「いまのかっくいいじゃん、僕もボウガンもらおうかな…」


マールは素直に羨ましいがる。


「マールにボウガンは無理でしょ」


思わず口に出して突っ込んでしまったカイトは即座にマールに首を絞められた。


「まったく…」


歩きながら、ゲイルの背中をみていたマール。そんなマール達の足音を聴きながら1匹のゴブリンが今か今かと待っていた、そこは通路に出来た窪み、ゴブリン1匹が隠れるには充分な広さがあり、そのゴブリンは賢くも大きな石の棍棒を振り上げた体勢でピタリと止まり、振り下ろす瞬間を今か今かと待っていた。最前にいる銀色のピカピカ、奴はこれでは倒せない、故に狙うのはそのすぐ後ろで騒いでいるメスの人間。ゴブリンの前を銀色のピカピカが通り過ぎ、ゴブリンはその後列へ振り上げたままの岩の棍棒を。


「あっぶな!」


ゴブリンは振り下ろせなかった、背後で騒いでいたマールは特に見ることもなく、手にした刺突剣で完全に死角にいたはずのゴブリンの眉間を貫き縦に切り裂いたのだ。


「ゲイル!見落としてたよ!!あぶないなー!」


「す、すみません!」


ゲイルは素直に謝罪を返すが、ゲイルのフルフェイスの視野では完全に死角だった。


「あ、そうでした」


そこでハイデが思い出したように視覚共有の呪文を唱えた、脳裏に広がるのはカイトの顔である。


「うわっ!視覚共有するなら言ってよ!!」


おそらくマールの視覚だろう。驚くべきことに、薄暗い洞窟の中でもマールの視覚はくっきり見えているのだ、冒険者は視力にも違いがある。


「おお!素晴らしい目ですな!!これなら私に死角はなしですぞがはは!」


ゲイルは賑やかに笑うと、歩行の速度を早めた。


「で、なんでカイトをみていたんです?」


ハイデが聞く


「う!わざわざつつくそれ?はあ…カイトは一番弱いからね、怪我されたり死なれたらこまるし」


恥じらいなく腕を組み素直に話すので、間違いないのだろう。


「なーんだ、つまんねえの!」


ゼオラは期待した答えではなかったようでそんなふうに手を頭にもっていく。カイトは理不尽に脛をマールに蹴られた。


「カイトさん…」


しばらく進むと、唐突にだだっ広い部屋に出た。そこには何もいない。角に隠れているのか?ゲイルはゆったりと身を乗り出し左右を確認する。


「カイト…」


マールが息を飲む、ただ広く明るいフロアの一番奥。わざわざ自ら松明をもやし囂々と燃える炎に照らされ、1匹のゴブリンが立っていた。否、そのゴブリンは何もかもが違った。そのゴブリンはとても大きい、長身のゲイツでも見上げる程だった。群れで動くゴブリンのはずが群れはないない、そして何よりも鋼鉄の甲冑を着込みんでいたのだ、まるで人のように。その傍らには大きく分厚い大刀おおがたなを地面に突き刺している。その大きなゴブリンは腕を組み、バイザーの隙間から僅かに見える黄金に輝く瞳で動くこともなく、ただこちらをジッとみつめていた。


「ゴブリンロードか…」


背後でゼオラが呟く、ロード?カイトが振り返ると先程まで余裕を見せていたハイデも、つぶやいたゼオラすらも、そしてマールでさえ余裕が消えていた。


「最前線からこっちに来たんだね…」


マールが背中の大剣を抜いて前に躍り出ると、ロードと呼ばれたゴブリンは地に突き刺した大刀を掴んでまるで腹を斬れと言うかのように腹を差し出しながら大刀を天高く振り上げた。


「何その構え…舐めてんの??んじゃ…僕も手加減なしで行くよ!」


カイトはその構えに見覚えがあった、向き合うゴブリンロードとマールはジリジリと間合いを詰めていく。仕掛けるのはマール、右足を強く踏み込んだマールは瞬間的な動きでロードとの間合いを一息に詰めようとした。


「ダメだマール!!」


そんなマールの頭に、ゴブリンロードは振り上げた大刀を思い切り振り下ろした。それは落雷のごとき一撃、マールはカイトに気を取られたお陰で踏み込まず、その落雷のような一撃はマールが手にしていた大剣に落ち、地面へ叩き落とされる。


「っ…!」


大剣を握っていた右手に走る激しい痛み、見れば指がまとめてへし折られていた。しかし間髪入れずに強烈な蹴りがマールの腹に突き刺さる。


「がっ!!!?」


受けたマールの身体が押し潰されるような圧倒的な攻撃力により吹き飛ばされ、カイト達の背後にある岩壁に叩きつけられた。


「マール!!」


「う…うう」


マールの身体は壁にめり込み、小さくうめくと、夥しい血が身体中に広がっていく。生きているのが不思議なレベルの大怪我だった、ハイデは慌てて回復の呪文を唱えに行き、虫の息だったマールの身体が徐々に回復していく。目を開けるとぐちゃぐちゃにひしゃげてしまっていた指の動きを確認する。


ゴブリンロードは余裕なのか、敢えて追撃はせずにゲラゲラと笑い、再び大刀を地面に突き刺し足元のマールの大剣を足で傍に蹴飛ばし、さっさとこいと言いたげにその大きな手で顔を仰いだ。


「あいつ…余裕のつもりか?」


ゼオラはそう愚痴るが足を動かそうとは思えない、そこで回復したマールが腰の刺突剣を抜き放ち、よろよろとやってきた。


「マール、大丈夫??」


軽装のヘルメットが叩きつけられた時に砕けたのか、頭から滑り落ち地面に転がる。


「なにあれ?なんなの?」


「普通は最初の一撃で即死しているんだよ、運が良かったねマール…」


カイトはマールの生命力と運の良さに肝心しながらもゴブリンロードの使った剣技を思い出した。それは『一の太刀を疑わず』または『二の太刀要らず』と呼ばれる古流剣術、示顕流。


いや、厳密には違う、本当の示顕流だったならマールは確実に初撃で死んでいただろう。しかしながら原理は同じだが、限りなく近い我流には違いない。


「なら、まだどうにでもなる!ゲイツさん、ゲイルさん!」


ゲイツとゲイルは瞬時にカイトの意図を理解して背負っていた盾を構え余裕な様子を見せるゴブリンロードににじりよって行く。


「マール、まだやれる?」


「もちろん、どうしたらいい?」


カイトはマールに耳打ちする、マールは楽しそうに笑うと大きく頷いた。


「お、おいなにすんだ?マールでダメならランクの低い2人じゃ…」


ゼオラは撤退を進言すべきか迷うも、すでに逃走路の一本道には、奥から数多くのゴブリンたちの足音が聞こえる。間違いなく増援だった。


「ハイデさん、2人に身体強化はできますか?」


「もちろんです」


ハイデは杖を握りしめ、呪文を唱える。


「おいカイト!」


「大丈夫です!ゼオラさんは背後を頼みます!」


「わ…わかった…」


ゼオラはボウガンに矢を差し込み、背後から来るゴブリンの集団に備えた。そして先程の表情に寒気を覚える、カイトは口を裂くように笑っていた。まるで戦いを楽しんでいるかのように、ゼオラはそんなカイトの顔に寒気に近い恐怖を覚えた。


「私の合図を聞き逃さないでください!よろしくお願いします」


「「承った!」」


カイトの指揮で声を張り、突撃するボルドー兄弟にゴブリンロードは余裕を崩さず肩を笑わせながらも再び大上段に構え、ゆっくりと右足を前に出す。あの技をまた使う、ゴブリンロードは深く呼吸しながら2人の接近を待っている。彼らのつま先が間合いに入った瞬間先手を撃つとそう決めていた。重装備の2人などゴブリンロードにとって脅威では無いのだ。その盾ごと叩き潰してやると…そう思考する間にも重装備の2人の爪先が間合いに踏み込んだ。


「今!!」


雷鳴のような袈裟斬りが振り下ろされ、激しい金属の音が弾け飛ぶ。


「ギ…ギイ?」


目を疑い声を漏らしたのはゴブリンロードだった、無理もない。雷鳴のごとき速度で力いっぱいに振り下ろした筈の自分の刀が、頭上に弾かれていたのだ。


「盾を構えたまま、間合い深く入られるのは嫌だろう?!わかってるさ!」


示顕流は先手必勝の一撃、逆にファランクスは進みながらの密集陣形である。いくら力強い一撃を振おうと、間合い深く入りこまれれば威力も軽減される。先ほどマールを仕損じた事で、カイトはゴブリンロードの使う示顕流に似た我流の剣術の練度が完璧では無いことを見て取っていた。


「前え!!」


カイトの号令と共に前に前に詰めてくる大きな丸盾、ゴブリンロードは激しく動揺し、すぐさまその場で2ノ太刀を打ち込む、しかしどんどん間合いを詰めてくるファランクス隊形の前でそれは悪手。もしも、彼が本物の示顕流の達人だったのなら、最初の一撃で確実にボルドー兄弟は叩き潰されていただろう。しかし、未熟な示顕流に近い我流故にその小さな誤差や最大のインパクトの起こりを見切れて居なかったのだ。前に前に詰めてくるファランクスを構えた2人にどんどん押し込まれ、ゴブリンロードは苦し紛れに距離を取ろうと腰を引く。そのわずかな動揺をカイトは見逃さない。


「マール!!」


瞬間、2人の背後から飛び込んだマールが深く構えた刺突剣の鋭い一つが、ゴブリンロードの腹を刺し貫く。ゴブリンロードは即座に反撃に切り替えるがすぐさま離脱したマールの前をファランクスが立ちはだかり構えもなく反射的に振るっただけの大刀なんぞ通るわけもない。


「槍!!」


カイトの号令と共に、再び頭上へ弾き上げられるゴブリンロードの大刀、次の瞬間開かれた盾の隙間から鋭い槍の一撃がゴブリンロードの腹を深々と貫いた。だが、その程度の負傷では百戦錬磨を生き抜いてきた歴戦のゴブリンロードは倒れない。槍を抜かれまいと肉を絞め、雑に振り上げた大刀を2人に振り下ろそうとする。ゲイツとゲイルはあっさり槍を手放し、再び大盾を構えファランクスに固まり、前へ間合いを詰める。そうなってしまえば最早ファランクスを抜くのは不可能だった、再び大刀は頭上に弾き上げられ、すばしっこい小柄のマールが飛び込んで来て一撃を見舞い、離脱する。マールを狙い振るわれる大刀は、虚しくもファランクスの鉄壁の守りに弾き飛ばされた。それをみたゲイツとゲイルは腰の剣を抜剣、手に武器がなくなったゴブリンに2枚の大盾を押し付け、手にした剣わ深々と突き立て密着する。ゴブリンロードは血反吐を吐き出しながらけたたましい雄叫びをあげ、巨大な腕で2人を掴み、振り払おうとした。彼なら間違いなくボルドー兄弟を軽々振り払う事が出来ただろう。だがそれは同時に、彼の両腕が塞がった事を意味する。


「決めてよマール!!」


駆けてきたマールが、ボルドー兄弟を踏み台に高々と飛び上がる、いつのまにか回収した大剣を天高く振り上げ勢いのまま振るう。ゴブリンロードは咄嗟にボルドー兄弟を振り払い、両腕の小手でマールの大剣の一撃を受け止めようとした。当然マールの一撃を受け止めきれるわけもなく、ゴブリンロードの両腕が地面に落ちる。尚もゴブリンロードは怯まない、その足をマールに振り上げようとした。


「はあっ!」


マールは、即座に距離を取る事でゴブリンロードの決死の蹴りを避け、同時に大剣を手首と指を器用に使い高速で回転させる、高速回転するマールの大剣は空気摩擦でなのか真っ赤な光が溢れ、発光する。


「綺麗だ…」


カイトは思わずそんな言葉を漏らす、マールは赤熱化した大剣を天高く振り上げると、そのままゴブリンロードの体を唐竹割りにした。両断された巨躯は左右に弾け飛び、激しい炎をあげて燃え上がる。


「ぷは…はーっ…はーっ…」


赤く発光する剣を手に、息を切らせて膝をつくマールは肩で息をしていた。


「おい!おわったのかー?こっち手伝ってくれー!」


背後でゼオラが叫ぶ、見ればこのフロアで唯一の通路でゼオラはゴブリンの大軍団に連射ボウガンを浴びせている。


「矢が切れた!…あぶね!!」


ゼオラはボウガンを捨て、雪崩れ込むゴブリンの集団から距離を取ると、肉厚なナイフを抜き放ち飛びかかるゴブリンを切り捨てる。


「えいや!!」


すぐ近くにいたハイデが加勢し、手にした杖でゴブリンを次々叩き殺してゆく。


ゴブリンロードが倒れたことで、巣の外に布陣していた全ゴブリン達が、仇を討つべく迎撃に詰め寄せたのだった。その数はなんと数百を超えている、だがしかし、いくら数百のゴブリンといえ、得意ではない戦いを強いられれば脆く、瞬時に息を整えたマールが加勢した途端に形勢が一気に崩れ、ボルドー兄弟も遅れて飛び込めば、結果として数百を超えるゴブリンの死体が洞窟の広いフロアを埋め尽くす結果となった。


「うえーくさい!シャワーあびたいー!」


疲れ知らずのマールがそう叫んだ、その身体はゴブリンの返り血で紫色に染まり、酷い悪臭を放っている。


「流石に巣の掃討は骨が折れたな…」


同じく全身をゴブリンの血肉で紫色に染まったゼオラも息を切らせて肩で息をしている、ハイデも同じように声を出せないほどに疲弊しているのが見て取れ


「最前線は毎日こんな感じなの?」


ゲイツはフルフェイスの兜を外し、額の汗を拭うと水筒の水を頭からかけている。


「あははっ、最前線はこんなもんじゃないよー!息つく暇なんてないんだから!」


「はは…冗談でしょ?」


ゲイルの乾いた言葉にマールは黙って笑顔で返してきた。


「でも、2人ともすごかったよ!僕が死にかけたあいつの1発を軽く弾きとばしちゃうなんて!やるじゃん!」


「カイトさんに教えてもらったファランクスのお陰です」


そういってゲイルとゲイツはカイトに頭を下げてきた。


「ものにしたのは貴方達です、わたしは又聞きした情報をそのまま伝えたに過ぎません」


「そうだカイト!君、あいつの剣技知ってたみたいだけど、普通なら僕は最初の一撃で死んでたってどういう事??」


マールは示顕流に興味があるようだ、一気に詰め寄ってきた。


「あれは、示顕流と呼ばれる一撃必殺の剣術です」


「…じげん…それ、僕にもできる?」


マールの目を点にしながらも聞いてきた、これは無理だろうとカイトは悟る。しかし、もしもマールが示顕流を体得したのなら、ただのフィジカルでファランクスをも薙ぎ払うマールが扱う示顕流がどれ程の脅威になるか想像したくなかった。


「おしゃべりはそこまでだ」


ゼオラが珍しく会話斬り、ゴブリンロードがいた洞窟の先を指差した。いつになく怖いほど真剣な表情のゼオラをみて、マールとハイデは真顔になった。その先に何があるのか、まるで3人は知っているようだった。


カイトたちはハイデの先導の元、洞窟の最奥へと辿り着く、RPGゲームなら宝箱がありそうな空間。しかし、そんなものはそこにはなかった。あったのは裸の女性、腹が風船のように膨れ上がり、最早顔に生気はなく虚な瞳は彼方を見ていた。


「う…」


孕み袋と呼ばれるそれは、小さくうめき声をあげると、小さな何かが下にべちゃりと落ちた。それは今産み落とされたばかりの小さなゴブリン。見れば部屋にはまだゴブリンがいた、未成熟で一回りも二回りも小さい。


「うっ…」


あまりにもグロテスクな光景にカイトはもどしそうになる。


「この子、Vランクの子だね。僕たちが戻る前には最前線にいたはずだから拉致されて連れてこられたのかな?」


マールはその女性を知っているようだった。


「ゼオラ、今何回目位かな?まだできそう?」


カイトにはマールが何を言ってるか理解できなかった、ゼオラは女性を赤い肉の中から取り出して床に寝かす。孕み袋とするために無駄をそぎおとしたのか、その手足はもはや自立することが不可能なほど細く潰されていた。


「一回だな、これならあと一回はこの場でできる」


「おっけー、ラッキーだったね、キミ」


マールはそういうと、おもむろに背中の大剣を手に取り床に寝かされた女性に躊躇なく振り下ろした。


「なあ!?何を!?」


カイトが思わず叫ぶと、マールはこちらに振り返った。


「何って、殺してあげたんだよ?僕たち冒険者は下手に治療するよりもこうして殺してあげてから蘇生した方が早いんだ。孕み袋にされちゃった子達は特に」


そう言いながら女性の腹を裂き、中のゴブリンを取り出しては地面に叩きつけ、ヒュッと腰に下げていた刺突剣を投げた、刺突剣はカイトのすぐそばの壁に突き刺さる。そこには話している隙に逃げようとしていた小さなゴブリンを突き刺している。


「カイト、少し外にいて」


マールはそういうと、カイトやボルドー兄弟を外に追い出し、扉を閉める。扉が閉まる寸前、怯えてすくみ上がり助けをこうゴブリンの悲痛な悲鳴が響き渡ると、直ぐに静かになった。


暫くして扉が開かれると、ゼオラが出てくる。


「は…」


ハイデの手によって、苗床にされていた女性は、蘇生され、少女の外見へと戻っていた。既にゼオラの外套を着せられている。どうやら彼女を捉えていた赤い肉は、孕み袋に適した体に強制的に成長させる効果があるのだという。少女は若く、黒髪のおカッパ頭でどこか座敷童のような印象をもつ外見で、その黒く澄んだ瞳を開くと、目の前に映る全員の顔を見た。


「あれ…わたし…」


少女はゆっくり体を起こすと、記憶の混濁による頭痛で頭を抑えた。


「そうだ…わたしっ最前線…みんなと逸れて…それで、それでっ!!」


発狂寸前、そんな時ハイデが彼女の手を掴む。


「大丈夫です、主神は貴女を許しました。」


ハイデは優しく彼女を抱きしめ、囁くようにつげる。


「これは夢…全て良くないゆめだったのです…」


「…シスター…ありがとうございま…」


そこで少女の体が脱力した、どうやら安心して緊張が解れ気絶したようだ。


「よいしょっ、カイト」


マールは救出した少女を背負うと剣の紐で動かないようにしっかり結び、自分の大剣をカイトに差し出してきた。


「ああ、はいはい…っ!?!」


カイトに大剣が手渡された瞬間、想像を絶する重さが両腕ににしかかる。


「ちょ!おもっ…お!おごご!!」


支えきれず潰されていくカイトをゲイツが助け、マールは大声で笑った。


「もやしだね!もっと鍛えてくれなきゃ僕の気は引けないぞ!!」


彼女は目に笑い涙を貯めながら大剣を手に、そんなことを言ってきた。


「十分気にして意識しているとおもうんだがな…」


「ね、わたしもそう思う」


「ちょっと!聴こえてるよ!?」


この日、ベルラート領内のはずれの村に巣食ったゴブリンは見事に殲滅され。カイトたちは笑顔の凱旋となった。報告された村人からは大層感謝され、お礼とお詫びを兼ね、大量の果物と救出した少女の服を頂けた。そして今はベルラートへと向かう馬車に揺られている。


「わたし…また一桁になっちゃった…」


目を覚ました少女は、なにか悲しげにそういった。


「誰かあてはないの?」


マールが問うと、少女は首を横に振る。


「私のいた元パーティーはみんな今の私より20は上ですから…」


「ありゃ、そりゃ厳しいねー…僕が手伝ってもいいんだけど…」


マールはそう言いながら視線がボルドー兄弟に向かう。


「ああ、そっか!」


ボルドー兄弟はとても嫌な予感がした。


「2人共近いんだし、パーティ組んであげなよ!」


少女と、ボルドー兄弟は同時に目を点にした。


「えええ!?」


動揺する3人をさておきいきなりカイトに振ってくる。


「ね?いいでしょ?カイトも」


「あはは…い、いいと思います」


特に断る理由はなく賛同しようとしていたが、マールの断ったら殺すという視線に、ビビりながらそう告げた。


「あ…あの、よろしくお願いします!」


少女はゲイツとゲイルに深々と頭をさげ、ゲイルは困り顔で頬をかきながらカイトを見るも、直ぐにため息を吐いて諦める。


「私はゲイル、こいつはゲイツだ」


「よろしくね…えっと」


「わたしはアンネマリーといいます、不束者ですが…よろしくお願いします!」


ゲイツとゲイルは、新たにアンネマリーを仲間に加え、カイトたちは眼前に広がるベルラートの街へ凱旋するのだった。



お疲れ様でした、いかがでしょうか?感想を、お待ちしております。

次回、二章からは話はさらに広がり、冒険者とよばれる存在や、カイトの生前、枠なしと呼ばれるマールなどに深堀って行くエピソードを展開していこうと思っています。どうぞ、よろしく。

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