1の8 冒険者殺しの王 後
お疲れ様です!続きです!
【起きて】
唐突に脳裏にマールの声が熱と共に送り込まれる。これはマールの得意な火属性の魔術であり、カイトは目を開けると素早く口を塞がれた。
【声を出さないで、静かにそのまま…】
口を塞いだ手の熱から言葉が次々送られて来てカイトは静かに頷いて周囲に意識を向ける。
時刻は深夜、まだそこまで時間は経っては居ない。マールは身を起こし静かに寝袋から抜け出すと、音もなく歩いてマサカリを拾ってこちらへやってくる。大きく見開かれた翡翠色の瞳は頻繁に周囲を警戒している。彼女がこういった反応をする理由は一つしかない。
敵襲だ…
カイトは寝ぼけた頭が瞬く間に覚醒し、それに伴い静かな室内で川のせせらぎに紛れた不快な音に気がついた。
【冒険者殺しだ、ざっくり10はいるね】
カイトは反応してマールを見る、マールはニッと笑う。
【時間が無いから手短にいうよ、僕が引き付けている間にみんなを起こして?栞の鎧と絵里香の薙刀は工房にあるから二人に伝えてね】
そう言ってマールは行こうとして、カイトはその手を素早く掴んだ。行かせては行けない気がしたのだ。
【武器なしじゃあんまり長くは保たないから、なるべく早く来てよ?】
マールは穏やかに笑いかけると、カイトの手を振り払いながら同時に縁側を塞いだ引き戸に向かって飛び、派手に蹴破りながら外へ飛び出した。
「…!」
彼女は今の跳躍で10m近い距離を跳躍し、目の前で呑気にも身を乗り出していた冒険者殺しを擦りちがい様の一振りで真っ二つにして天高く跳ね上げた。
「おらあ!!こっちだああ!!」
マールは良く通る声で甲高く叫びつつ、握りつぶしたマサカリを放り捨てながら川の方へとドタドタ足音を立てながらかけていった。その瞬間、地を揺るがす程の大量の冒険者殺し達が飛び出したマールの後を追いかけていく、身を乗り出すもの、積み石の壁を破壊していくもの様々いた。
「な、なんっ!!」
突然のことに動揺して飛び起きた栞の口を素早くカイトが塞ぐ、全て移動したわけではない、マールの誘導にも気づいて複数匹はまだこの家屋の下を蠢いているだろう。見れば魔法少女達全員が飛び起きてカイトを見ている。
「敵襲です、マールが囮を引き受けてくれました」
カイトは全員に聞こえる程度の声音でつぶやいた、マールの危機と嫌な予感で流行る身体を腕で痛いほどに掴んでなんとか冷静を保ちながら囁く。
「茜、青葉、武器はどうしました?」
「ほ…本田さんの車の中に…」
青葉の言葉にカイトは露骨な舌打ちを鳴らした。
「……せっかく良い武器を作って貰っても使い手がバカでは意味がない」
「そ、そこまで言わなくたっていいだろっ!」
反発する茜をカイトは一睨みで黙らせた。
「…まあ良いです。お二人は走ってお店から武器をありったけ回収して直ちにマールの救援に向かってください」
次にカイトは栞と絵里香に顔を向ける。
「二人は工房に武器と防具があるそうです、身につけ次第、直ちにマールの救援を頼みます。以上、解散」
カイトはそう言って立ち上がる。
「か、カイトは?」
「鉄心さんを起こして安全な場所へ連れて行きます」
カイトはこの場面に於いて、自らが誰よりも足を引っ張る事が分かっていた。
「無駄話は終わりです、マールをお願いします」
カイトは一言告げると、魔法少女達は指示された通りに動気だして慌ただしくなる。カイトは正面にある鉄心の寝室へ行くと、流石の鉄心も目を覚まして身を起こしていた。
「カイト、なんじゃ??何があった」
鉄心の問いかけにカイトは苦笑を見せる。
「どうやら冒険者殺し達が報復に来たようです…今、マールが囮になって時間を稼いでくれています、今のうちに貴方には避難してもらいます」
「…冒険者殺し?成る程、お主らが追いかけちょるっつう魑魅魍魎の類か…あい、わかった」
立ちあがろうとした鉄心を支えて立たせる。
「鉄心さん、この周辺で地盤が硬い場所はどこですか?」
「んなもん、工房に決まっとろう?」
鍛冶屋の工房は高温の鉄を扱う為にその熱に耐えうる設計で作られているのだという。カイトは鉄心と共に工房を目指した。
場所は変わり、マールは敢えて冒険者殺しの気を引くようにワザと足音を立てながら駆け抜ける、次々と襲いくる冒険者殺しの丸呑み攻撃を事前に予測して避けながらもマールは武器を手に入れる為、ある場所を目指していた。
「おっっと!」
マールは持ち前の嗅覚と野生の勘で事前に冒険者殺しの攻撃を察してスレスレに避けると、拾った小石を投げて冒険者殺しの身体に打つける。ただの石なら冒険者殺しの身体はびくともしないだろう、しかしマールの力で投げられた小石は弾丸に等しい。軽々と分厚い皮膚を貫いた小石は肉を抉って反対側を突き抜け、体内で絡みついた内臓を外へとぶちまける。
「こいつら、こんなに動きよかったかなあ…僕が鈍った?」
マールは今まで数多くの冒険者殺しを仕留めて来た。しかし、今戦っている冒険者殺し達はどうだ、明らかに動きが違うのだ。マールにとっては雑魚に過ぎず、素手でも何とかなる程度の危険性であるのは間違いない。であるにもかかわらず…
「…ちょっち…やばいかな」
いつになく全身の毛が逆立つような不快感に表情を歪ませつつも、ついに目的地の釣り堀へと辿り着く。釣り堀には昨日、自らが投げ捨てた鋼鉄の槌がある。熱した鉄を叩く為に丈夫に造られたそれはマールでも扱える武器になり得る、マールはそう考えここまでやって来たのだ。
「!?」
しかし、マールは胸を締め付ける不快感に襲われ、ピタリと足を止めてしまう。止まったマールを待っていましたとばかりに冒険者殺し達が四方八方から同時に襲い掛かった。それは奇しくも昨日の朝、カイトが魔法少女達を使って行った戦法に似ていた。
「【アースクエイク】」
マールはニイッと笑い、地についた足から地面に向かって一気に魔力を解き放つ。マールの魔術を受けた地盤は一気に液状化し、四方八方から襲い掛かった冒険者殺し達が突如として液状化した地面に自らの自重で地の底まで沈んでは、追いかけるように降りかかる大量の土の重みに一瞬で押しつぶされて死に至る。
「よし、武器確保♪」
マールは釣り堀に立てかけられた鋼鉄の槌を手に取り、背後から襲いかかる冒険者殺しの体当たりをもろに食らった。
冒険者殺しは驚愕する、この世界の生物達は全てこの身体をぶつけるだけで潰れて食べやすく出来たのだ…だが、目の前の小さな人間は明らかに今までのそれらとは違っている。
「…そんなもん?」
もろに食らったのでは無い喰らう瞬間、マールは強く踏み込みながら身体を当てることで冒険者殺しの体当たりを相殺したのだ。否、相殺では無い。冒険者殺しは黄緑色の血反吐を吐きながら地面に沈み、二度と動く事はなかった。強過ぎるマールの当て身によって冒険者殺しの内臓はもれなく破裂し、死に至っていた。
「もったない、こいつはたべれないなー…」
マールは内臓破裂で死に至った冒険者殺しを見ながらその場から二本下がり。そこから飛び出て来た冒険者殺しの頭に鉄槌を振り下ろして叩き潰す。
「はれ?ちっさ…なにこいつ」
叩き殺したその冒険者殺しはあまりに小さく、細かったのだ。そんな冒険者殺しは初めて見る、幼体にしてはあまりにも小さく細すぎる、人を丸呑みするに至らないその容姿にマールの気が取られたその一瞬、足元からその細く小さな別の冒険者殺しが飛び出し、マールの足に巻き付いた。
「お、しまっ…」
体勢を崩したマールをすぐさま飛び出して来た大きな冒険者殺しが一息に飲みこみ、手に持っていた鉄槌が勢いよく地に落ちる。だが、マールを飲み込んだ冒険者殺しは突如苦しみ出して泡を拭きながら倒れ、そのままぴくりとも動かなくなる。
「よいしょ…」
マールは特に気にせず口から這い出て来た、手には細長い何かを握っている。それはなにか…?冒険者殺しの体内には冒険者殺しの運動を司る神経がまとまった軟骨器官がある。本来ならばそこを胃の中から叩いて麻痺して動けない間に這い出ると言うコツなのだが、マールの機械的な怪力ならば素手で胃袋を貫いて軟骨器官を契り取る事など造作もない。
「くさーい…服もどろどろ…さいあくー…」
這い出たマールは手にした軟骨器官を捨てると、地面に転がった槌を拾い上げつつ、足に巻き付いたままの小さな冒険者殺しを勢いよく踏み砕いた。
「ん?」
すぐさま追撃が来ると考えていたマールだが、待てど暮らせど気やしない、ふと目を向けると、複数匹の冒険者殺しが遠くで身体を晒してマールを見ている事に気がついた。
「……なるほどね、確かに、カイトが言っていた通り手強いかも」
一見は複数匹の冒険者殺し達は思い思いに身を乗り出し、マールに警戒しているようにも見える。だが、マールの目にはそう映ってはいない。
「カイト達、早く来てくれないかなあ…」
そう吐き捨て、マールは槌の持ち手を力強く両手で握ると前傾姿勢をとりそして強く踏み込んだ。
その頃、青葉と茜は店にあった籠に商品の武器を詰めるだけ詰めて玄関から運び出すのに手間取っていた。
「茜!青葉!」
そこへ工房の方から絵里香がかけてくる。
「絵里香!栞は?」
「栞は今カイトと鉄心さんに着付けてもらっている所、私はこれだけで身軽だから…」
栞の鎧は一人で着付ける事ができないような品物であった、絵里香も鎧の着付けに明るくなく困っていたところにやって来た鉄心とカイトの指示を受け一足先にやって来たのだ。
「カイトからの指示、茜と私は直ちにマール救援に向かう。青葉は栞と合流だって!」
「直ちに救援つったって、武器はどうすんだよ!」
「とりあえずなんでもいいんじゃない?わたしは先に行くから」
絵里香はそう言いのこしてから外へと飛び出していった。
「あ、おい待て!青葉」
「はい!大丈夫ですっ!」
茜は籠から使えそうな刀を手に取ると、素早く絵里香の後を追いかけ外に出た。
「絵里香?」
外に出て直ぐの釣り堀に絵里香はいた、その顔は驚愕に染まっている。なぜ?その理由は簡単だった。
「な…なんだこれ…」
絵里香と茜が見たもの、それはマールによって殺害されただろう冒険者殺しの亡骸である、彼女は丸腰で飛び出していった筈…どうやって殺害したのかわからないが、1匹や2匹などではない。冒険者殺しの亡骸は至る所に転がっており、マールが向かった先の道標となっていた。
「あたしら…救援必要なのか?」
思わず茜が考えを漏らしてしまう。
「急ごう」
絵里香は駆け出し、茜が続く。行き先は昨日自分達がボコボコにされた川辺だろう、道に迷う事はない。マールにより殺害された冒険者殺しの死体が至る所に横たわっているのだから…そして二人は見る事になる。遥か先の闇の中、瞬間移動のように動きながら冒険者殺しを殺害し続けているマールの姿を。
「そりゃっ!」
マールは跳ねながら飛び出して来た冒険者殺しの頭を槌で叩き潰して殺害、直後にステップを分で距離を取る。
「マール!」
茜は戦いつづけるマールを呼び、マールはチラリと目を向けながらも再び飛び出してきた冒険者殺しを振り向きざまに殺害する。
「二人とも遅いぞっ!!身体が暖まっちゃう前に変わって!」
暖まる前?マールの表現はわからないが、二人の接近に気がついたマールは踵を返して鉄槌を大地に振り下ろす。
「【ロックスピア】」
叩いた地面から岩の槍衾が隆起、地中に潜んでいた冒険者殺し達が全身を貫かれて外へ身を晒すと、マールはその上を走って二人と合流した。
「てか、来たの二人だけ!?青葉と栞は?」
合流したマールは飛び出して来た冒険者殺しを位に返さず叩き潰して攻撃に至る前に殺害しながら叫ぶ。
「あたしらは先に来たんだ!栞は鎧着れないってよ!」
「嘘でしょおっ!?重装兵なんだから着られるでしょっ!?」
マールは驚きながらも槌を横殴りに振るって飛びかかる冒険者殺しを叩き飛ばし、冒険者殺しは地面に叩きつけられ二度と動かなくなる。
「まあいいや、んじゃあここは君達に任せるよ!」
緩やかに後退しながらも尚、襲いくる冒険者殺しを叩き潰し息の根を止める。
「了解」
「任せろよっ!」
茜、絵梨花にも同時に冒険者殺しが襲いかかる。
「だああ!!」
絵里香が裂帛の気合いと共に手にした黄金の薙刀を横殴りに振うと、その刃は豆腐でも斬るかのように冒険者殺しの身体を軽々とぶった斬った。
「こ…こんなに凄いのですか?」
絵里香は手にした薙刀をマジマジと見つめる。その刃は黄金に輝き、強く握りしめれば握りしめる程に身体の底から力が湧いてくる気がする。
「ち、車に置いて来なきゃ…あたしだって!」
茜も冒険者殺しの攻撃を避けながらも刀を振い、自身に襲いかかる冒険者殺しの身体を深々と切りつける。だが、黄金の刀とは違いそれだけでは致命傷には至らず再び土の中へ逃がしてしまう。
「はああああっ!!」
一方の絵里香は、鬼神の如く薙刀を振り回しては襲いくる冒険者殺しの身体を次々と真っ二つにしている。それだけではない、絵里香は冒険者殺しを倒せば倒すほど動きに鋭さが増し、疲労を感じなくなる。
「絵里香!出過ぎんな!!」
絵里香の足元へ忍び寄ってきた小型の冒険者殺しが、飛び出すなり茜が素早く切り飛ばして息の根を止める。
「ふふ!いいフォローですよ茜!」
「喋んな、バテたら見捨てるからな!」
「お互い様でなくて!?」
二人は罵り合いながらも襲いくる冒険者殺し達を次々死体に変えていき、いつしか川原が冒険者殺し達の死体で埋め尽くされていくのだった。
「カイトー!」
マールはのんびりとかけながらも追撃に来た冒険者殺しを手にした槌で叩き潰して殺害しつつ、入り口まで来ていたカイトを呼ぶ。カイト達は鍛冶屋の入り口にたくさんの武器を並べておりそこには青葉がいた。
「青葉は絵里香、茜と合流してください!」
カイトはマールを見るなり青葉に指示を飛ばした。
「了解!」
青葉は同時に踵を返すと小太刀を手に戦場へ駆けていきカイトとマールが残った。
「栞は?」
「今、鉄心さんに装着を任せてこちらで武器の予備を集めています」
「待たせたな!!!」
そこで、ガシャリガシャリと大きな音を立てながら、黄金色に輝く小さな甲冑が歩いて来た。マールのデザインはやはり無骨で機能性にのみ特化しており、鎧の隙間からは帷子と赤紫の分厚い皮が張られ、カイトのリクエスト通りフルフェイスになっている。
「遅いぞ栞!早く行きなさい!駆け足!!」
「ははー!うちに任せておけば大丈夫やあ!!」
マールは予備から大きな棍棒を取り、栞に渡す。
「さんきゅー!!」
武器を受け取った栞は前傾姿勢になると、一気に戦場へと駆けて行った。
「それで、どうしました?あなたが現場を放棄して戻るなんて珍しいですね」
「そうだ、僕の杖を取りに来たの!!」
杖、この世界にマールが持って来た唯一の武器である。普段から隠し持っている為、今回も持って来ていた。
「あと、なんか使えそうな奴ないかなって!」
杖以外に彼女が武器を求めるのは珍しいとカイトは考えつつも、マールの手元に目を向ける。
「その鋼鉄の槌は?」
カイトは手にしていた槌を指差した。
「この子はもう終わっちゃった」
マールは寂しげにそういうと地面に捨てる。地面に落ちた鋼鉄の槌は同時にばきりと音を立てて二つに割れ、崩れ落ちた。
「…わかりました、一緒に探しましょう」
カイトはマールの手を取ると、共に店へ向かう。
「ようお主ら、もう大丈夫なんかえ?」
店の中には鉄心がいた、鉄心はレジのある番台に腰掛けたまま心配そうに聞いて来た。
「じっちゃん、ここは危ないよ?工房にいてよ」
マールから見ても工房は安全な場所という認識だったようだ。
「バカかい!ここはワシの家じゃ、ワシはここを動かん!」
鉄心は胸を張り、死ぬ時はここで死ぬと言いたげである。こう言う頑固者は何を言っても聞かないだろう。
「…マール、早く武器を探しましょう」
「おっけー!」
カイトとマールは鉄心を無視して店の中を隈なく探す、店の武器の大半はすでに外へと持ち出されており、中に残っているのは用途不明な武器ばかりが遺されている。
「主ら、ワシの子らを全部持ち出した癖にまだ欲しいんか??あれじゃあかんのか…」
「じっちゃんの武器は僕には軽すぎるの!あんな軽い武器を本気で握り込んだら直ぐ終わっちゃう!」
「かる…なんじゃとう?」
鉄心の刀や槍は純度100混ざりけなしの鋼鉄により打ち上げられており、刀ですら10キロはゆうに超える。一般人からすれば十分に重たいのだが…。
「マールは普段、もっと重たい武器を使っているんです!鉄心さん、このお店に大きくて重たい武器はありませんか??」
それを言われた鉄心は腕を組み、小さく唸る…そして静かに立ち上がると背後にある押入れの引き戸を開いた。そこには座布団などは無く一振りの刀が立てかけられている。否、その刀は刀というにはあまりにも長すぎた、まるで物干し竿のように長く大きい。
「八尺三寸…」
カイトは思わず声を絞り出して息を呑む、八尺三寸とは刃渡八尺三寸の刀の事である。はるか昔、ある刀鍛冶が、騎馬兵を馬ごとぶった斬るというコンセプトで打ち上げた大刀があった。その刀の名前は【斬馬刀】と呼ばれる。
「ワシが若い頃、天皇陛下に捧げるために打った御神刀じゃ…八尺三寸の御神刀とかかっこいいじゃろ??じゃから作った…んじゃが、人じゃ持ち上がらなくてのう…」
結果、彼は御神刀として選ばれることはなく鉄心の鍛冶屋の押入れでこうして埃を被る羽目となった。
「うちで1番重い刀じゃ、流石のお主でもこいつはもてんじゃ…ろ?」
ひょいっと土足で畳に上がって押し入れに入ったマールは立てかけられた斬馬刀を手に取って軽々と持って出てくると、鉄拵えの鞘を抜いて畳に放る。
「うーん…軽いなあ…」
マールはそう呟きながら首を捻り、お気に召さない様子で軽々と片腕で数回振るってから鞘に納めた。
「かる…軽いじゃと!?!?」
鉄心が打ち上げた若気の至りは、大量の玉鋼を贅沢に使って打ち上げられており、その重量は300kgをゆうに超える。そんな鬼しか振れぬだろう斬馬刀をマールという少女は軽いと言った。
「行けそうですか?」
「うん?まあ…片腕で振れば…うん、なんとか?…かな」
やはり、お気に召してはいないようだった、マールはそう言いつつも番台に斬馬刀を立てかけると、土足で居間に走っていき、杖を取って帰って来ると、斬馬刀を手に取り鞘を捨てつつそのまま走って外へ出て行った。
「?…鉄心さん?」
鉄心を見れば、彼は蹲るような姿勢で震えていた。
「あれが…軽い…軽いとな…」
相当なショックだったようだ、そんな鉄心を励まそうとしたカイトだが。
「…ふ、ふふふ…死ねない理由ができちまった…わい」
鉄心は…歓喜に打ち震え歯を剥き出しにして笑っていた。御神鍛冶を引退し、脚を使い潰してからは死んだように生きて来た彼は今、初めて…湧き上がる意欲に歓喜したのだった。
少し巻き戻り、戦場では…。
「はあ…はあ…」
使い慣れない武器を手にした茜は、すでに息も絶え絶えである。一方で、黄金の刃の薙刀を手にした絵里香はまだまだ余裕があり疲労感を感じさせない。
マールが離脱して数刻、大半の冒険者殺しはマールが連れて行った筈だが、そんな事を感じさせない程の大量の冒険者殺しが二人を絶え間なく襲っていた。絵里香は鬼神の如く冒険者殺し達の悉くを斬り捨て、瞬く間に死体の山を築いていく。
「う、うわああっ!?」
背後で茜の悲鳴が響き、すぐさま目を向ければ茜の上半身が冒険者殺しに咥え込まれ今にも呑み込まれそうな場面だった。
「茜!!」
それに気がついた絵里香は声を張り上げながらも茜を助けに行こうと踵を返すが距離があり、行かせまいと大量の冒険者殺し達が顔を出して道を塞ぐ。
「…まさか…」
絵里香はそこで初めて、自分が誘い込まれていたことに気がついた。冒険者殺し達は絵里香を不利と見るなり、敢えて距離を取るように立ち回って引き離されていた…つまり彼らは、初めから茜だけを狙っていた事になる。
そうとわかった時には遅すぎる、放されすぎた絵里香の前で今にも飲み込まれていく茜をただ見ているしか出来ない。
「どっせええい!!」
聞き馴染みのある掛け声と共に、飛び込んできた黄金色に輝く何かが茜を飲み込もうとしていた冒険者殺しの腹に手にした棍棒のフルスイングをお見舞いした。
冒険者殺しは天高く飛んでいき硬い地面に叩きつけられ自重で潰れ、黄緑色の血液をぶちまけて死に至る。
「うわっ、いて!!」
吐き出され茜は地面に尻餅をついてから素早く立ち上がり取り落とした刀を拾いながら目を向けると、そこには黄金色に輝く甲冑を身に纏った栞が大きな棍棒を地面に突き刺して仁王立ちしていた。
「ぬわーはっはっはっ!!うちが来たからにはもー大丈夫やー!!さあこいデカミミズ!!全部ぶっとばしたるでー!!」
栞は大声で笑いながら、棍棒を手に取り前に出る、明らかに異質な存在である栞の登場に、冒険者殺したちは素早く狙いを切り替えて襲いかかる。
1匹の冒険者殺しが硬いキチン質の嘴を揃えて突進、強烈な体当たりを栞に喰らわせる。その冒険者殺しの身体は列車の様に大きく、その体当たりは列車に轢かれるレベルの強力なものだった。インパクトと共に、激しい金属音が響き渡る。
「…ふっふっふ」
だが、小さな栞の身体は一ミリすら動かされることはない、それどころか黄金色の鎧には傷一つないのだ。
「効かない…なああ!!」
振り上げた鋼鉄の棍棒を力一杯に振り下ろして叩き潰して息の根を止めた。冒険者殺し達に動揺が走り、すかさず2匹の冒険者殺しが栞を挟み潰すように叩きつける。
「そんなもんき効かーんっ!!」
緊張感のない栞の声が響き渡り、ぶつかって来た冒険者殺し達に次々と棍棒を振り下ろして息の根を止めた。
「はーっはっはっはっ!うちはつよいぞー!かっこいいぞー!!」
背後から現れた冒険者殺しは頭からのしかかり押し潰そうとする。しかし、直後振り抜かれたフルスイングに叩き飛ばされて地面に叩きつけられて死に絶えた。
「ぬはははっ!!つぎいこー!」
調子に乗って歩みを進めた栞は、足元から現れた冒険者殺しに丸呑みにされてしまう。
「あっ…」
栞を飲み込んだ冒険者殺しのお腹が内側からドコドコと叩かれている。
たすけてー…せまいよー…くらいよー…
腹の中からそんな声が聞こえてくる。
「はあ…」
茜は刀を振い、栞を飲み込んで無防備となった冒険者殺しの腹を袈裟に切り裂いた。
「おお、新鮮な空気が!!」
腹の中で怖くて泣いていた栞が楽しそうに出てくる。
「丸呑み対策くらいしろよバカ!」
「う、うっさい…ねん!!」
茜の背後から飛び出した冒険者殺しを、栞の背後から飛び出した冒険者殺しを。二人は同時に殺傷して息の根を止める。
「茜!足元2匹!!前方回避!!」
瞬時、青葉の声が響き、瞬時に茜は前方に飛び込むと足元から2匹の冒険者殺しの体が立ち上がる。
「なーいすや!青葉!!!」
すかさず栞がフルスイングで振り抜いた棍棒に叩き飛ばされた冒険者殺しが空高く飛んでいき、地面に叩きつけられる。もう1匹には青葉自ら飛びつき、脳天に刀を突き立て的確に冒険者殺しの脳髄を抉る。力を失った冒険者殺しは地面に横たわり青葉は刀を引き抜いて地面に降り立つ。
「青葉!」
駆け寄る茜に、青葉は右手を振り何かを投げた。
「あぶねっ!!」
茜はそれを素早く避ける、目線はその投擲物を追いかけてしまう。それはクナイ、真っ直ぐに背後で茜を襲おうと静かに身体を乗り出し忍び寄っていた小型の冒険者殺しの頭に突き立ち、冒険者殺しは余りの威力に天を仰ぐと、そのまま倒れて二度と動く事は無かった。
「はあ…助かったぜ…」
「お礼はいりません、それより刀を変えてください!」
茜は青葉に感謝を述べると、青葉は手にしていた刀を茜へ投げ渡す。
「さんきゅう!」
受け取った茜は持っていた刀を棄てる、捨てられた刀は既に刃こぼれから生じた亀裂が全体に及んでおり、いつ折れてもおかしくない状態だった。
「はあ!!」
行手を塞いだ冒険者殺しの群れを切り抜けて、絵里香も合流する。
「こいつら、何匹いるんです!?キリがない」
襲いくる冒険者殺しを次々殺害しつづけ、既に周囲の至る所に冒険者殺しの死体が絨毯のように広がっている。
「この地面の下にまだまだ大群がいます!」
青葉ねやスカウトの目には地の下で蠢く冒険者殺し達の情報が見えていた。
「ふふん!何匹いようがこのスーパー栞ちゃんの敵じゃあないで!?」
フルプレートの鎧を身につけて気が大きくなった栞は意気揚々と前に出ようとして茜に掴んで止められる。
「あんまり前に出んな、呑まれたら助けらんねえだろ!」
「なはは!堪忍な!」
緊張感のない栞は、鎧がよっぽど嬉しいのかテンションが高く昂揚している。
「動きました!来ます!!!」
青葉が合図を叫び、同時に全員が弾けるように動き出すした魔法少女達は至る所から溢れ出る冒険者殺しの大群と派手にぶつかった。そこから時間にすれば30分の短い間激戦を繰り広げ夥しい数の冒険者殺しの亡骸が至る所に転がる事となる。
「はー…はー…」
激戦の連続に青葉はついに息を切らせて膝を折りつつも周囲を見渡した。
「だあらあ!!」
茜は刀を振い、何十匹目の冒険者殺しを切り裂いて地面に倒す。
「ぜぇ…ぜぇ…」
身体は汗だくであり、薄い寝巻きは水にでも濡れたかのようにビショビショで身体にへばりついている。既に息は上がり、肩で息をしている。
「はひー…はひー…あかん息できへん!!」
さらに深刻なのは栞だった、フルフェイスの兜は機密性が高く呼吸し辛い欠点をもつ。冒険者としての基礎的な身体能力を過信し、体力作りすらまともにできていなかった魔法少女にとっては当然とも言える状態に陥っている。
「二人とも後ろに退いて息を整えなさい!!」
既に息が上がった三人とは別に、絵里香の動きはよりキレを増し、鋭いものとなっていた。絵里香も思考の
片隅で身体の好調を不自然に思いながらも、次々と襲いくる冒険者殺し達の猛攻に対処するだけで手一杯になっていた。
「お…お前は大丈夫なのか!?」
茜の問いかけに絵里香は苦笑する。
「はい、なんか知らないけど大丈夫みたいです!」
身体に不調はない、むしろ絶好調なのだ。息も上がってはおらず、マールの扱きで蓄積していた筈の疲労感も今は感じない。
「絵里香!来ます!」
青葉が絵里香を襲う冒険者殺しを察し、危険を知らせる。
「しつこいですね!!」
絵里香は笑いながら突っ込んできた冒険者殺しに薙刀を大ぶりに構えた。このまま一息に振るって終わり、そうすれば目の前の冒険者殺しは豆腐の様に切断できる…にも関わらず。
「え?…」
絵里香は感じた。身体が動かないのだ…自分の意志や状態の良さにも関わらず、身体はぴくりとも動けない…むしろ、体の感覚がない。
「絵里香動けー!!」
やかましい茜の声が響く、わかってる、動けないのだ。絵里香は目の前に迫っていた冒険者殺しに目を向ける、あと数刻もしないうちにこの列車の様な巨体が自分を跳ね飛ばすのだろう、そう考え絵里香は目を閉じ…痛くなきゃいいなと思うのだった。
「はい、こーたい」
直撃、自分の襟首を誰かに引っ張られた、絵里香の身体は機械的な力で後に向かってぶっ飛ばされる。
「ええっ!??」
目を見開いた絵里香が見たのは、長すぎる刀を肩に担いだ栗色の髪の少女の姿である。少女は眼前に迫った冒険者殺しを天高く跳ね上げ、上下に真っ二つに切断されながら茜達の頭上を声で飛んでいく。
「うあ!!」
絵里香は地面に叩きつけられ、素早く身を起こす。目の前に立ちはだかったのはマールだった。
「少しの間変わったげる、君達は絵里香を担いでカイトの位置まで後退」
マールはそう言い放つと、自ら前に歩いていく。
カイトの位置?と、青葉は後ろを見ると遠くない距離にカイトは一人でポツンと立っていた。彼の足元には様々な武器が落ちている為、入り口に置いてきた予備の武器を持って来たのだろう。
「皆さん!こっちです!」
カイトは声を荒げて大きく手を振った、青葉は驚愕して直ぐにスカウトの目で周囲を見渡す。この賢い冒険者殺し達が、こんな無防備な少年を見逃すわけがないからだ、そもそもこんな短距離の後退など何の意味も無い。口を開く間もなく、マールの足元を冒険者殺しが抜けて来る。
「行かせないって♪」
突如、マールの足元を抜けてこようとした冒険者殺しの身体が地上に浮き上がり動揺の間も与えずに真っ二つにされる。
「い…一体何が?」
「魔術です、マールは剣だけでなく魔術を使っても一戦級ですから」
カイトは自ら歩いて来て倒れたままの絵里香に肩をかす。
「栞、手伝ってください武器の位置まで下がります」
そう言ってゆっくりと余裕を見せたまま下がって行く。
「絵里香は大丈夫なのか?」
「……」
茜に問われ、カイトは絵里香を見た。絵里香は魂が抜けたように呆然としてしまっている、向こうでこんな状態に陥った冒険者を見たことが無いカイトにはわからない。
「わかりません、マールの反応的に、そこまで重篤なものでは無いと思いますのでとりあえず寝かせておきます…それより後退を急ぎましょう、マールの邪魔になります」
魔法少女達はカイトが何を言っているのかよくわからなかったのだが、カイトの後を追いかけて武器の位置まで後退する。
「こんなに近い位置に下がる意味あるのか?」
「はい、マールが言うには冒険者殺し達はこの下にある硬い岩を掘り進めないようです、ここなら彼らの奇襲を受けることはありません」
とはいえ、外へ身を乗り出して向かって来たら一環の終わりだろう?と茜は考えた。
「マールを突破してこれるとでも?」
カイトの言葉を聞き、全員は猛然と戦い続けるマールに目を向ける。
マールは目の前から飛び出して来た冒険者殺しを出始めで蹴飛ばして止め、そこへ刀を振り下ろして息の根を止め、素早く残心から後退して距離を取り横から飛び出した冒険者殺しが眼前をスレスレに通り過ぎて真っ二つに身体を割られ、前に出て行き、顔を出した冒険者殺しの身体に刀を突き刺して横殴りに振るえば口の部分が天高く跳ね上がる。
「ん……ん?」
マールの動きには違和感があった、側から見るとただただ猛然と戦っているように見える。実際その通りなのだ、にもかかわらず、彼女の動きには違和感があった。
「流石に違和感には気付けるようにはなりましたか?」
カイトは笑いながら食い入るように見ている魔法少女達に語りかけた。
「え?…」
カイトは得意気に笑いながら指を差す。
「次、後方に下がりながら斬り払い」
カイトが言うと、マールの足元から飛び出した冒険者殺しの攻撃を後方に下がりながら斬り払い、巨大な身体が空中で二つに別れて飛んでいく。
「次、前に踏み込みつつ上段振り下ろし」
カイトが言ったとおり、マールは前に踏み込みながら刀を振り下ろし、ちょうどその位置に顔を出した冒険者殺しの身体を唐竹割りにする。
「左、振り払いつつ移動」
飛び出して来た冒険者殺しの頭を左に重心を移動しながらも振り払い斬り払う。
「後退、二段振り下ろし振り払い」
一歩後退、振り下ろしながら冒険者殺しを唐竹割り、更に後退しながら振り払い、切断。
「なんで…わかるんだ?」
茜の問いかけに、カイトは笑う。
「簡単です、マールは己の得意な間合いに敵を誘い込んで戦っているんです、彼女の位置をよく見て下さい」
魔法少女達は言われるままにマールの位置を見る、そして違和感がはっきりとしてくる。マールは決まった動作と決まった位置、決まった距離を決まった間隔で動いている。敵の攻撃をあらかじめ予想しているのではない、敵が襲って来たくなるような立ち回りで攻撃の範囲に誘い込んでいるのだ。
「戦場ではいつ、何があるかわかりません。だから集団戦に慣れている者達はああいう基本で戦うんです。隙を罠にし、相手の油断を誘い…ただただ効率的に戦う」
カイトは興奮しているようだった。
「やっぱり戦っているマールの手に負えなさは最高ですねっ!」
カイトはにこやかに手を口に当てる。
「マールッ!交代はいりますかー?!」
大声を張り上げマールに問う、その声を聞いたマールはチラリと後ろを見た。
「あー、大丈夫ー!あと数匹もいないからー!」
マールはそう返した。嘘だろ?と、青葉は地の底を見る。
「…!」
マールが言った通りあれほど埋め尽くされていた冒険者殺し達の光が、僅かな数になっていたのだ。そのわずかな数でさえ、瞬く間にマールに刈り取られて命を散らし、そしてあれだけいたはずの冒険殺し達が全て間も無く死体に変わるのだ。
「ふー…」
マールは小さくため息を吐いて武器を降ろすと踵を返して歩いてくる。
「お疲れ様です」
カイトはミネラルウォーターのペットボトルをマールに投げる。
「なーんか、変…」
マールはミネラルウォーターを受け取りながら訝しんでいた。
「変?…なにが?」
茜が問いかけると、マールはペットボトルに口をつけ中の水を一気に飲み干した。
「ふー…なんか…物足りない」
物足りない?口元を拭いながら呟いたその言葉に、カイトは唐突な胸騒ぎに襲われる…まさか…。
「マール!!!鉄心さんの元へっ!!!」
嫌な予感がした、もしも、この冒険者殺し達が囮だったのなら?とこれだけの犠牲を出す程のリスクを負う事の意味。考えてみれば簡単な事だ、野生なのだ。少しでも怪我のリスクを減らしたいのだ、同時に増えすぎた仲間を間引く事も出来るのだ。
カイトの意図を汲み取ったマールはすぐさま駆け出していた、手にしていた斬馬刀を捨て、走りながらカイトの足元に散らばった予備の武器を拾い上げ、風のような速度で駆けていく。なぜ、斬馬刀を捨てたのか?カイトは地面に落ちた斬馬刀を見た…斬馬刀はやはりマールの握りに耐えきれずに持ち手がマールの手の形に潰れており、そこから走った亀裂が刃全体に及んでいた。彼女に言わせれば終わっちゃっているのだろう。
「青葉さんは絵里香さんを見ていて下さい、栞、茜は一緒に来てください!!」
カイトは指示を投げつつ、走って鍛冶屋へと向かう。
「じっちゃん!!」
一足先に鉄心が先程までいた店へ飛び込む。
「おお、マール?どうした」
そこには変わらず鉄心畳の上に座っていた。
「じっちゃん!良かっ…」
マールは言葉を止め、目を見開いた。何故?足が潰れている筈の鉄心が、なんの支えもなく唐突に立ち上がったのだ。その背中からべちょりと何かが溢れ落ちる。
「お、お、マール、どう、、、、どどど、した」
鉄心は全身に赤黒く細い何かを浮立たせ、側にあった抜き身の刀を手に取ると、まるで人形のようにカタカタと身体を震わせながらこちらへ向かって来た。背中からは細く赤黒い何かが生えておりそれはコードのように…
「ああああああっ!!!」
マールは吠え、向かって来た鉄心の脇をすり抜けつつ、手にした刀で背中に突き刺さった触手を切断、崩れ落ちる鉄心を抱き抱えつつ、流れるようにその背後、触手が伸びている押し入れの奥の闇に向かって手にした刀を全力で投げつける。マールに全力で投げられた刀は簡単に音速の壁を超え、押入れの奥へ向かって飛んでいく。
【ミギャアアア!!!】
甲高い化け物の叫び声が聞こえて来たが、マールは気にせずに鉄心を抱えて下がる。
「じっちゃん!!ジッちゃんダメ!死んじゃダメ!!」
赤黒い触手は深々と鉄心の身体の中に埋まっており、引き抜こうにも細い髪の毛のようなものが身体中に巡ってしまっていて引き抜くこともできない。
「マール!」
そこへ、カイト達が駆けつける。
「カイト!!じっちゃんが!!!じっちゃんがあ!!」
カイトが見たのは、激しく取り乱したマール、そしてそんなマールに抱えられた鉄心の姿である。その顔に既に生気はない…あれでは…もう…。
「マール!鉄心さんをこちらに!!」
「わかった!!」
マールは素早く鉄心を抱えてやってくる。その背後から畳とベニヤの家屋を破壊しながら巨大な冒険者殺しが顔を出す。その姿は異形で、今までの冒険者殺しとは違い、大きな牙が生え揃い身体中から細く鋭い爪の生えた触手がいくつも生えていた。冒険者殺しの頭には深々とマールが投げただろう刀が突き刺さっており、目も鼻も無いはずなのに彼が怒りに震えている事がその気魄で理解できる。すぐさま自らの体に刃を投げつけたマールに向かい爪の生えた触手を伸ばす。
「っ…栞!茜!出来る限り時間を稼いで下さい!!」
弾けるようなカイトの指示に、栞が前に出て頑強な鎧で爪を受け止め手にした棍棒で纏め、地面に突っ張らせる。
「ここは任せい!!」
突っ張らせた触手に、茜は鋭い一撃を走らせ、一太刀で切り裂いた。
「ああ!!早く行け!!」
「頼みます!!!」
カイトはそう叫んでマールと共に外へ向かう、だが復讐の怒りに燃える冒険者殺しは逃すまいとマールに顔を向けた。
「無視すんなやあ!!」
栞は即座に間合いを詰め、棍棒のフルスイングを巨大な腹を叩く。あまりに大きく分厚い冒険者殺しの身体にも多少なダメージが入ったようで、即座に栞へ顔を向けた。
「カイト!ジッちゃんは大丈夫!?まだ大丈夫!?」
なぜ、彼女はこんなにも取り乱しているのだろう?マールは幾多の戦場を若い頃から生と死を経験しているはずだろう……王の命令で転生者の殺害もしてきた筈だ。人の生き死にはカイトよりも耐性がある筈。まさか…考えてみれば、マールは誰よりも死に遠い所にいたのだ。彼女の周りの親しい人々は皆、死んでも蘇る人しかいないのだ、故にカイトが蘇生できないと聞いた時も取り乱していたし、関係を持ったカイトを転生者と知った時、使命的に駆除しようとしても出来なかった。だから彼女は、親しい人の死が目前に迫る今の状況は初めてなのである。鉄心の死が、マールの心にどれ程の傷をつけるのか想像もできない、カイトはそう考えながらも、鉄心を見る。既に顔から血の気は引いており、ぴくりとも動いていない。
突き刺さって背中から生えたままの触手は的確に中央を捉えており、毛細血管のような細い触手が鉄心の神経細胞の至る所に入り込んでしまっており、これでは心臓もズタズタにされてしまっているだろう。
カイトは鉄心の胸に手を当てる。
「……ん?」
カイトの皮膚に、微かな鼓動を感じる。
「え…?」
カイトは鉄心の口が動いている事に気がついた、その口構えは…。
まだ しねない である。
「マール!!手を出しなさい!!」
「え??う、うんっ…」
動揺と不安で今にも泣き出しそうだったマールは意図を理解せず手を出したマールに短刀を差し出すと、マールは察したように目を見開いてカイトを見た。
「……でも、お兄さんが…二度とするなって」
「なら私が命令します、血を使いなさいマール」
あっさりと、カイトはそう言ってきた。マールは垂れていた鼻水を啜って目を拭うと、抜き放った短刀に親指を押し当て浅く斬ると、出血した親指を鉄心の口にねじ込んだ。その途端、鉄心の体が真っ赤に染まり身体中から白い煙がで始める。
「カイト!マール!!」
そこへ、絵里香に肩を貸しながら青葉がやってきて煙を出す鉄心を見て目をまんまるにしている。
「な、なんですこれ!?」
実に興味深そうに聞いてくる、その間にも鉄心の体は背中に刺さった触手に身体中の細胞が巻き付いてきて体内に吸収、きっと身体中に巡った爪触手の細胞も、鉄心の身体の栄養として吸収されてしまっただろう。
傷口は瞬く間に塞がり、身体の時間が早送りで巻き戻って行く。気がつけば十代後半の白髪の青年の姿に戻った。
「ぐが…」
鉄心の口からイビキが聞こえてくる、しっかりと息がかかり。強い鼓動が肌に伝わる。
「じっちゃんはもう大丈夫だね」
マールは立ち上がると素早く踵を返し、そして外へ向かって猛然としたスピードで鍛冶屋へ走って行った。
「青葉、滅多にない機会です絵里香はここにおいて良いので…追いかけなさい」
カイトは鉄心を床に寝かし付け、絵里香を受け取ると隣に寝かせる。
「何が??…」
「早く行きなさい!」
カイトは珍しく怒りを露わにして怒鳴り青葉はその勢いに負け、マールの後を追いかけた。
その頃、栞と茜は…
「茜ぇ!後に下がれえ!」
避けきれないと判断した栞は、すぐさま側にいた茜を押し除けて前に出ると触手の濁流に襲われる。
「ちょまっ!!栞ぃ!?」
マール特製の黄金色の甲冑は、岩をも軽く砕く触手の雨は濁流の如く叩きつけられてもまるでびくともしていない。鎧は何重にも折り返された玉鋼と金貨による合金によるプレートと、定年に編み込まれた鋼鉄の鎖帷子で隙間を覆う。それだけではない、鎧の内側に着込んだ冒険者殺しのなめし革により作られたインナーは、非常に高い打撃耐性を持っており、叩きつけられて鎧が受けた衝撃を見事に吸収して栞の体に届くダメージは微細なものに軽減される。
「いだだだだだだ!いつまでやるねんこいつーー!!!」
栞の硬さが相当癪に触ったのか、冒険者殺しは更に勢いをまして栞の身体中を叩きのめし滅多うちにする、堪えきれずに栞は棍棒を振り上げるが、振り上げられた棍棒が直後にバラバラに砕かれた。
「いぎっ…!」
鎧は指までは守れない。巻き込まれた腕が弾かれ指が簡単に折れてしまう、激しい痛みに怯む栞だが、自分が下がれば背後の茜にこの無慈悲な暴力の濁流が襲いかかってしまう。そうなれば茜は瞬く間に細切れにされ血煙とかすだろう。
「いっ…いい、いだぐない!!」
栞は折れた指を強引に拳を握り込むと、涙が出るほどの痛みに歯を食い縛りながらも強く踏み止まって冒険者殺しが放つ暴力の濁流に抗った。
「し、栞っ!」
茜が声を張り反応した冒険者殺しの触手が栞の脇を掠めて茜に伸びる。
「っ…!茜ぇ!!」
栞は触手を掴もうと手を伸ばす、しかし折れた指を強引に握り固めた腕では掴めない。なんとか叩いて逸らしても、触手は真っ直ぐ茜へ迫っている。もう数刻もしないうちに茜は刺し貫かれてしまうだろう。
「あ…あれ?」
触手は茜の眼前にて止まる。時が止まったのかと思うほどにピタリと固まって動かない。
「つー…な、なんや?」
前で立ち塞がっていた栞も痛みに震えながらも突然ピタリと止まった触手に呆然としていた。だが、その理由はまもなく理解することとなる。
ゾワリと身体中を何か歪な感覚が突き抜けていく。
「な…なんだこの…」
栞と茜は同時に後を見た、背後にはマールが立っていた。マールは怒りで顔を染め上げており全身から可視化できる程の加護の青い光が溢れでていた。その光の素が右腕に蔦のように巻き付いた青い水晶の腕輪から出ているのだ。
「お前、絶対許さない」
マールが口を開くなり、光り輝く青い水晶の腕輪が水のように腕から滑り落ち、地面に降り注ぐなり青銀に輝く大剣に姿を変える。剣はまるで俺を使えと語りかけているかのように輝きを点滅させており、マールは持ち手を掴んだ。その瞬間、地が揺れた…否、揺れているのは大地では無く自分自身であることに茜と栞は気付く。
【ギャアアアアア】
巨大な冒険者殺しは栞を散々叩きのめした爪の生えた触手を一斉に伸ばす。しかし、触手はマールの身体に触れる前に光になって消えた。光になった触手達はマールの身体に吸収されていく。
「いらないよ、こんな奴の加護なんて…」
マールは剣に加護の光を収束させ、身構える。
勝てない、なんだ?なんだこいつは?
冒険者殺しは目の前に突如として現れた少女に恐怖し動揺していた。彼はこの地にて最強だったいつしかこの地に流れ着いてからありとあらゆる動物を食った。
熊も猪一飲みで仕留めることが出来た。この世界の人間は弱い、だから自分はここまで強くなったのだ。今はあの亜人達でさえも敵ではない。
自分はこの地に於いて無敵だった…筈なのに。
冒険者殺しの身体は瞬く間に二つに分かれ光となって消えていった。
「だから要らないってば」
マールは剣を振って吸おうとしていた光を追い払うと、手にした大剣は再び腕輪に戻って右腕に巻き付いた。
「みんな、無事!?」
驚異が失せ、座り込んでいた二人にマールは駆け寄った。
「いだい…」
栞は折れた指を強引に曲げて握り拳にした痛みが今になって感じはじめたようだ。
「痛がりの癖にやるじゃん栞っ」
マールは笑うと栞の手を取り回復術をかける。
「ひぎいい!!いだっ…い?」
不思議とその時のマールの回復術は痛くなかった、栞は激しい痛みを想像していたので痛みもなく指の感覚が戻った。見ればマールの腕輪が青く光って加護の光を触れた手を通して流し込んでいる。
「マール…あなたは…」
青葉はカイトに言われたように一部始終を見ていた、マールが剣を現した瞬間今まで見えなかった神託がゆっくりと浮かび上がったのだ。それは【勇者】という二文字である。マールはうっすらと笑い唇に指を当てる、黙っていて欲しいのだろう。
「はれ?カイトは」
マールはパッと明るくなるとカイトを探す。
「そうでした!マール!絵里香がピクリとも動かないんです!いま、カイトが鉄心さんと一緒に見てます」
青葉に言われたマールは直ぐに外に出て、離れた位置で二人を横にして座り込んでいるカイトに合流する。
「あー、成る程…加護酔いだ」
マールは絵里香を一眼見るなりその頭を強く蹴飛ばした。
「かはあっ!!?はーっ!!はーっ!!」
頭を蹴られた絵里香は唐突にうつ伏せになり滝のような汗を流しながら激しく息をし始めた。
「か…加護…酔い?」
カイトが聞くと、マールはにこやかに頷く。
「うん、駆け出しの冒険者は良くなるんだ!敵を倒しまくったら加護の数字が一気に増えるせいで身体が疲れを認識出来なくなっちゃって簡単に限界を超えちゃえるんだよね!」
蹲った絵里香のそばにしゃがみ込み背中をさする。
「初めて見ました…これが加護酔い。マールもなったことがあるんです?」
「え?僕はしょっちゅう加護酔いだったよ?死んじゃった事もあったなー!」
あ、成る程、自分がそうなるから詳しいのか。てか死ぬまで戦い続けるとかなんだ、島津の武士か?
「なんか君、すごいしつれーな事考えてない?」
ジト目を向けて来るマールからカイトは目線を逸らした。その視線の先には青葉が茜と栞を連れてやってきている。青葉はカイトに何やら聞きたそうな顔をしていたが、カイトはスマホを取り出した。
「一先ず、本田さんに連絡しましょうか」
カイトは電話を掛けながら川原を埋め尽くす大量の冒険者殺しの亡骸を見つめた。
次回から新章、新魔法少女登場予定




