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1の7 冒険者殺しの王 前

世はまさに、大スランプ時代…難しい…

少し前


お忍びの様相となった篠崎は、自分のいきつけであるカフェに陸兎を呼びつけた。カフェのスペースは小さく、せまい。僅か三席のみのこぢんまりとした店内で、奥のカウンターにはレジと一緒に音を垂れ流すレトロなレコードチューナーがある。カウンターの奥では初老の店主が椅子に腰掛け、チューナーから垂れ流される音楽に耳を傾けながら船を漕いでいる。彼はいつもこうして寝ているのだ。


だからこそ篠崎にとってこのカフェは密会の場として重宝しているのだ。店主からつきだしに出されたただ塩で茹でられただけのナッツを口に入れながら、定期的にスマホへ目を向け、京都に出ている本田やカイトから送られて来る情報に目を通す。


別に陸兎は遅刻したわけではない、篠崎が待ち合わせより一時間も早くきてしまっただけである。待ち合わせの15分前、入り口の扉が開け放たれ扉に取り付けられた呼び鐘がなる。


「お、おお…」


寝ぼけ眼な店主が目を醒ますと声をあげ、レコードの針を止める。とカウンターの奥から出て行き来店者を迎えた。入り口には憎たらしいほどにスラリとしていて背の高い男の姿があった。そこまで寒くもないのに白のトレンチコートに身を固め、黒の帽子に丸いサングラスとマスクといういかにも怪しい風貌の男、篠崎が唯一学力で遅れをとった憎たらしいやつ…陸兎である。


「いらっしゃい」


店主の老人が陸兎に歩み寄り背の高い彼を見上げる。陸兎は一通り店内を見回した後、一言も話さずに奥に座る篠崎を指差した。意図を察した老人は静かにこちらにやってくる。


「あのお客さん、あんたと相席がいいんだってさ」


「ええ、構わないわ」


篠崎の即答に老人はにこやかに応じると、入り口に立っていた陸兎を目の前の席に連れてくる。


「ご注文は?」


「え?あー…」


「ブラックコーヒーをもらえる?」


困っている陸兎に篠崎は助け船を出し、老人は静かに頷いた。


「あいよ」


そう相槌、静かにカウンターの奥へ向かった。


「店の外にオーダーがあったでしょ?このお店は前オーダー制なの」


「そうだったのか…ありがとう、助かったよ」


陸兎はトレンチコートを脱いで椅子に掛けてから腰掛け帽子とサングラスを取る。本当に憎たらしいほど整った顔立ちである。


「随分と静かな店だな、趣味がいい」


飄々としながらも陸兎はレトロなレコードが鳴らす音に耳を傾ける。


「でしょ?まあ、わたし以外に客が入ってる所をみた事ないのだけど…」


「まじ?…どうやって維持してんだよ…」


そこで店主が注文されたコーヒーと付き出しのナッツをお盆に載せてやってくる。


「おまちどう」


「ありがとう、はいお代」


篠崎はお盆からコーヒーとナッツの器を奪ってテーブルに乗せると、代わりに小銭をお盆においた。それをみた老人は小さく頭を下げ店の奥へ歩いていき、所定一なのだろうレコードチューナーの側で腰を下ろした。


「さて、さっそくだけれど要件を伺おうかしら?学園首席さん?」


単刀直入、相変わらずの篠崎の問いかけに陸兎は目を伏せて苦笑しながらも、椅子に掛けたコートのポケットから銀色の入れ物を取り出すと、それを篠崎に渡す。受け取った篠崎はその洒落た銀色の入れ物を開けると中には小さなメモリーカードが出てきた。


「メモリーカード?」


「マールの血に関するデータが入っている」


マールの血液?篠崎は訝しむ。


「あなたねえ、あんな小さい女の子から血液を取ったの?…同意の上なのよね?犯罪じゃ無いわよね?」


そう茶化して聞いてみたが、陸兎は一ミリも表情を変えない。


「先にオフラインにしろ、コピーも保存も禁止だ。流出させたく無いからな…」


「……随分と慎重ね?わかったわ」


彼がそんな表情をするほどのものがどんなものなのか篠崎は素直に気になった。手元のスマートタブレットをテーブルに置き、陸兎の目の前でオフライン設定に切り替えると、銀色の入れ物から取り出したメモリーカードをスマホに装着した。


「このデータ?」


画面に表示されたデータフォルダを陸兎に見せると、陸兎はコーヒーを一口含みながら頷く。


「このナッツ、コーヒーにあうな…」


喜んでナッツを口に運んでいる陸兎は無視し篠崎はフォルダに入っていたデータを開く。


「なに…これ?」


篠崎は一眼ではそのデータが何かわからなかった。


「…マールの血液を摂取した末期癌患者の経過データだ」


「末期癌!?…嘘でしょ?」


スクロールすると、末期癌患者の詳細なデータがある。クランケは60代の女性とある、レベル4の癌が内臓の至る所に転移し酷い状態であった事がデータとして残っている。だが、マールの血を摂取してからのデータはどうだ、体内の癌細胞が綺麗に死滅している。それだけでは無い、長年の癌治療で摘出した臓器や乳房などもまとめて再生され、虫歯や骨の歪みなどという生活による後遺症まで是正されているのだ、しかもこの血液はまるで10代の若者のものである。


「ふ…フィクションよね?」


あまりにも出来過ぎなデータに陸兎に確認する。


「俺が医療に関してオカルトを信じる人間に思えるか?」


陸兎が医療に関して、一切妥協しないことを篠崎は誰よりもよく知っている、だからこそ目の前の奇跡に動揺しているのだ。


「マールの血は摂取したものを絶対に殺さない、あらゆる病気を一瞬で治し、過ぎた時をも巻き戻す」


「きょ…拒否反応とか無いの??」


「今のところは特に無いみたいだな我が物顔で血中を移動していたよ」


陸兎はナッツを口に入れながらタブレットを自分に向け、操作する。そこには採血された血中に存在する摂取したものを殺さないものの正体を映し出す、それは見たことの無い形をした細胞である。


「こいつがマールの血液の中には無数に存在していてな、細菌のように動き回って自分の住処である宿主を害する要因を排除しようとするんだ。こいつら細胞にも勿論、寿命がありちゃんと死ぬんだが…死んだら即座に身体の中から幼生が生まれ、何事もなく動き続ける…」


彼は画面をスクロールし続けて見せていく。


「HIV、コレラ、ペスト、コヴィット…テトロドトキシンなどの猛毒に至るまで、ありとあらゆるものでこいつらを始末しようとしてみた…」


「…け…結果は?」


陸兎はなんとも言えない表情になる。


「全勝、一切の情けなく死滅させたんだよ。それだけじゃない…こいつらは倒した敵を研究して100%の抗体までつくりやがる」


オカルトだ、篠崎は目眩に襲われた。


「…時が巻き戻ると言うのは?」


「いったとおりだよ…摂取したら若返る」


陸兎は自分のスマホを取り出して画面を表示して見せる。そこには陸兎とカイト、マール、そして10代後半から20代前半の年若い男女の写真が表示されていた。


「……まさか…」


「…両親だ、今年で60になる。両親共に末期がんでな二人とも短い余命を待つだけだったんだが…ある日突然、母さんが定期診断をぶっちしたという情報が耳に入ってな。いよいよその時が来たのかと急いでアメリカから帰ったらこの有様だよ」


そこで篠崎の脳に電流が走る、先程の60代の女性は陸兎の母親のデータだったのだ。陸兎はコーヒーを飲み干すと、タブレットからメモリーカードを強引に引き抜きデータを抜いてそのまま握りつぶしてしまう。


「な、何をしてるの!?」


唐突な奇行に驚く篠崎だが、陸兎は真剣な顔で告げる。


「カイトとマールにはこれ以上踏み込むな」


陸兎はそう言って握りつぶしたメモリーカードを空のタバコの箱に詰めてからぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に捨てた。


「な!なんでよ!人類の神秘じゃない?世紀の大発見よ?彼女の血液があれば世界中の難病に苦しむ人たちが救えるじゃない?」


篠崎は当然の反応を見せた、しかし陸兎は胸ポケットから新たなタバコを取り出しビニールの包みを剥がす。


「…飲むだけであらゆる病魔を治療し寿命をも克服させる可能性をもつ血液を持つ少女…世界がそんな少女の存在を認知したら、どうするだろうなァ」


陸兎の言葉に興奮のあまり立ち上がっていた篠崎は黙ってしまい、静かに席に着く。


「……なんでこんな話を私にしたのよ」


陸兎がタバコを口に咥えようとした瞬間、篠崎は素早くそれを奪って灰皿に叩きつけるように捨てる。


陸兎は肩を竦めながらも篠崎が捨てたタバコを丁寧に箱へ戻すと、吸うのは諦め手前に放る。


「マールが普通じゃない事は誰だって直ぐに気づく、どうせお前らも身体検査とかもっともそうな理由をつけてあの手この手で調べようとか考えていたんだろう?」


陸兎の問いかけに、篠崎は気まずそうに目を逸らした。図星か…陸兎はあまりにわかりやすい反応に苦笑した。


「だから、敢えて教えて釘を刺しておいたほうがいいんだそうだ」


そうだ?言伝のような陸兎の言葉で篠崎は察して大きく舌打ちを鳴らし、口惜しさを滲ませる。カイトは篠崎達を見透かしていたということだ。


「おれ伝でマールに関する事を開示する事で、敢えてお前達に釘を刺す、ここまではカイトの指示だ」


その言葉に篠崎は頭を抱える。


「この兄にしてこの弟ね…性格の悪さがよく似ているわよ…貴方達」


そう吐き捨てられ、陸兎は満面の笑みを浮かべる。


「ははっ、褒め言葉として受け取っておくよ。さすが我が弟」


相変わらず飄々としている、ますます気に入らない。


「わかった、マールについてはこれ以上感知しないようにするわ…」


篠崎は素直に告げた。ただ陸兎は少し意外そうな顔をしている。


「お前にしちゃ物分かりがいいな…熱でもある?」


「うっさいわね!成長したの、わたしも!」


「その言葉、忘れんなよ?今度カイトに誓約書を持たせるから」


「っ……」


しっかりしている、篠崎は乱雑にナッツを掴んで口に頬張ってガリガリと噛み潰す。


「で、だ!ここからは俺の要望だ」


「切り替え早いわね、あなた…」


ただ陸兎は好奇心に目を輝かせて笑みを見せている。


「俺を仲間に入れてくれ」


それは篠崎にとっては願ってもない提案だった。陸兎の優秀さは学生時代に負け続けた彼女が誰よりもよく知っているからだ。そんな彼を仲間に加わるともなれば魔法少女対策課の地盤はより盤石なものとなる事は間違いない。


「あなた、本業はどうするのよ?世界にはあなたの神の腕がまだまだ必要だとおもうのだけれど?」


「俺が医者になったのは、精神病に苦しむ弟や老後の両親を面倒見るためだ。世界の為なんかじゃあないなんならもう辞表出して来たしな」


今頃病院は四面楚歌になっているだろう…家族の為、陸兎はそう言って自らのスマホに映された家族の写真を愛おしそうに撫でている。彼らしい理由に篠崎は呆れてしまう。


「末期癌だった両親も、精神病に苦しんでた弟ですらこんな調子だろ?つまり、医者としての俺の役目は終わっちまったわけだ。なら?やりたいと思う事をやる事にした…」


陸兎は手にしたスマホをテーブルへ雑に放り、告げる。


「俺は冒険者体質に興味がある、だからお前の所にいる冒険者体質の子達を調べたい」


一切隠さずにストレートに告げて来た。


「それが、仲間になりたい理由?」


篠崎の問いかけに陸兎は頷く。


「調べるだけならカイトを調べればいいじゃない、弟だし、あの子も冒険者体質なんでしょ?」


「真っ先にとったぜ、だがサンプルは多ければ多い方がいい」


「マールのサンプルは?血液は摂っていたわよね?」


「採血はした、だけど俺、あいつにめっちゃ避けられてるんだよな…直ぐにカイトか両親の後ろに隠れられてな…」


話しながらしおらしくなる陸兎、いい気味だ、篠崎は心の中でマールに感触に感謝する。


「お前達は冒険者体質についてどこまでしってる?」


「私達が知ってたのは並外れた身体能力があって、ご飯を沢山食べること位よ」


陸兎の問いかけに、篠崎は素直に伝えたすると想定外の事があったのか、驚いている。


「確かに!マールのやつめっちゃ食ってたな!あれって冒険者体質の特徴だったのか!」


「そっち!?」


陸兎は自分のスマホを取り出す。


「俺も俺なりに冒険者体質について調べたんだ」


それはマールやカイトの生活ルーチンだった。それを見せながら陸兎は語る。


「マールはトイレに行った事がない」


「ぶ!女の子の何を見てるのよ変態!!」


「ちげえ!誤解だ!よく考えろ!…」


流石の陸兎も心外だった様子で不愉快そうにしている。


「あれだけの飯を一回で食べるんだぞ??普通入れたらその分出るだろ、生き物なら!…だが、あいつからは出ないんだ、お前のとこの冒険者体質の子達はどうだよ?」


言われて篠崎は考える。


「確かに…ないかも…」


篠崎は魔法少女達がトイレに立った所を見た事が一度もないのだ。もしかしたら自分が居ない間に行っているのかもしれないが…


「俺は海外で発生した冒険者体質であるカイトやマールに関して触れるつもりはないが、日本で発生した冒険者体質には興味がある。」


陸兎は手を差し出して来た、篠崎はニイと笑うとその手を取る。


「いいわ、仲間に入れてあげる」


そこで、陸兎は安堵したのか肩の力を抜く。


「ただし、冒険者体質とはいえうちの子達はみんな10代の女の子達。モルモットにしたりセクハラしたらタダじゃおかないから、そのつもりで居なさい?」


篠崎に殺意の籠った目で睨まれていた。


「わ、わかっているさ…」


あまりの圧の強さに内心ビビった陸兎だったが、自分のコーヒーを手に取り一気に飲み干す。コーヒーは既に冷めて緩くなっていた。


舞台は戻り 

深夜 カイトは急な窮屈さと暑さに目を覚ますと手に握っていたスマホに視線を向ける、時刻は1時過ぎで眠ってからおよそ3、4時間位だろうか?まだ微睡む頭でスマホを荷物のそばになり、急な窮屈さと暑くなった原因に目を向ける。


「……」


眼下には栗色の頭が映る。マールだ、ただでさえ小さな身体を丸めより小さくなり小さな寝息を立てている。


「ふへ…ふへへへ」


楽しい夢を見ているようだ、間抜けに笑いながら寝返りを打ちこちらに顔が向く。思えば、こちらに来てからこうしてマールと眠るのはご無沙汰である。そう考えたカイトは折角の機会なので、彼女を堪能する事に決め眠るマールを抱きしめつつ、再び目を閉じ二度寝を選ぶのだった。数時間もしないうちに叩き起こされることになるのだろうが…今は考えない事にした。




「はあ…はあ…」


そして…今、カイトは高低差の激しい山道を全速力で走っていた。


「おらー!みんなだらしないぞ!!せめてカイトには負けるなー!!」


甲高い声が響き、後ろに振り返る。その視線の先には今にも死にそうな顔のままよろよろ走っている魔法少女達がいる。だが、その背後にマールの姿はない。


「よっと」


道路脇の茂みからラフな体操服で身を包んだマールが飛び出してくる。マールは自分の身体よりも何倍も大きな雄鹿を担いでいる。ランニングの途中で見つけたオスの鹿を素手で狩って担いできた…と言うところだろうか?マールは走りながら担いでいる鹿の首元に手をやると、指を突き刺してから握力のみで傷を抉って血管を引き摺り出してちぎり抱えた腕に万力の力をこめると、大きな血管からは大量の血を噴き出した。全速力で走るカイトの後ろを駆けながら仕留めた大きな鹿を血抜きしながらついて来ている摩訶不思議な光景である。


「はー…はー…かんにん…かんにん!」


そんなマールに、ヘロヘロな黒髪オカッパ頭のコケシ少女、栞が遅れ始めてじわじわとマールに追い付かれる。


「この程度のペースでバテるなー!走れー!」


マールは自分よりも大きな鹿を抱えているにも関わらず涼しい顔のまま、遅れてそばまで来た栞の尻を思い切り蹴り飛ばした。


「いったあああ!!」


栞はあまりの痛みに尻を抑えて飛び跳ねる。


「もう1発欲しいかー!」


「ひい!?ひいい!?」


泣きながら速度を上げてカイトの横を抜きさって前に出る。わかるよ、あれ痛いんだよな…とカイトも痛みを想像して少しペースを早めてしまう。


「は、走り込むにしたって…はあ…なんで全速力…なんだ!」


茜が息を絶え絶え愚痴を吐きながらも、じわじわと遅れた茜の尻が容赦なく思い切り蹴飛ばされる。


「いってええ!?」


そう、マールの蹴りは本当に痛いのだ…何度も蹴られた経験を持つカイトはしみじみ感じる。あまりの痛みに跳ねた茜は泣きべそをかきながらカイトの横をすり抜け、先に走っていた栞すら追い抜いていく。


「痛いのは当たり前!僕が亜人だったら今の一撃で君は死んでるんだよ?!痛いじゃ済まないんだからね!」


最もである。よく通る声で怒鳴りながら素早く茜の前に追いつき、息一つ切らす事なく。


「戦っている時は常に本息!息をつく暇を亜人達が与えてくれるなんて思わない事!君達はこれを武器や防具を身につけたままいつまでも出来るようにならなくちゃいけないんだからね!!!」


自分の身体の何倍もある大きく重い筈の鹿を抱えたまま周囲を駆け回り、マールは再び後ろについて遅れて来ていた青葉と絵里香の尻を蹴り飛ばした。


「いっ…!!」


「痛い!!」


二人は悲鳴のような声をあげ、ペースを上げカイトを追い抜いた。暫くはそのペースだったが、また茜と栞のスピードが落ちて来てカイトに抜かれ、そして再びマールに蹴られて泣きながらカイトを抜いて行く。そんな光景は一時間近くみっちりと続き、散々山道で走り込みをさせられた魔法少女達は鉄心の鍛冶屋側にある川岸で横並びに倒れる事となった。


「もう!みんなだらしないぞ!!」


マールは息一つどころか汗の一滴すら流しておらず、倒れ込んだ魔法少女達を見てギャンギャンとよく通る声で怒鳴りちらした。


「マール、少し休憩したら彼女達に打込み稽古もして頂きたいのですが…」


唐突なカイトの提案に、魔法少女達は絶望顔で跳ね起きる。


「は!?」


「な、なにいうてんねん!!…」


茜と栞は反論し、青葉と絵里香も顔色が絶望に染まっている。


「んー?…なんで?」


マールは鹿を担ぎ直しながら聞き返してくる。


「彼女達の事を知っておきたいんです出来る事、出来ない事…その他色々」


カイトも汗だくではあるがまだまだ余裕がある、マールは暫くカイトを見つめてから大きなため息を吐く。


「うん、いいよ!でも先にこれを捌いちゃいたいからそれからでもいい?」


「ぜひ、お願いします」


カイトにお願いされたマールは気分良さそうに笑みを浮かべてから鹿を抱えて鍛冶屋へと走って行く。


「おう…マール!?なんじゃいそら!!」


鍛冶屋から鉄心の声が響いて来たが、聞こえないふりをしたカイトは、涼しそうな顔で川へと歩いて冷たい川の水で顔を洗う。


「や、やいカイト!!テメェ何を提案してんだ!?」


黙っていた茜が声を張り上げるが、カイトは気にせず首を傾げた。


「何?…ああ、打込み稽古ですか?」


茜以外の魔法少女達も全員激しく頷いており、カイトは苦笑した。


「さっき言った通りですよ、貴方達の出来る事を見ておきたいんです。昨日の戦いであなた達に足りないのは経験値であることはわかっていますので」


カイトの言葉に茜を始め、全員が黙ってしまった。


「か…カイトはあんな勢いで走り続けたのに…平気なの?」


絵里香に問いかけられ、カイトは頷く。


「そうですね、不思議です…ですが…今日のペースはだいぶ遅かったような?…」


「お…遅…??」


青葉が口を開けて絶句している。


「いや!??…もしかしたら毎日走らされたことで持久力ついて来たのかも知れま!」


「調子に乗るなー!」


どかり、とマール飛び蹴りがカイトの尻に突き刺さりカイトは派手にぶっ飛ばされて石のように水面を3回跳ねてから沈んだ。


「今日は皆初めてでしょ?だからペースを遅くても許していただけだよ!」


あっ…やはりそうですか。とカイトは泳いで岸に上がった。カイトを蹴飛ばしたマールは両腕いっぱいに様々な木剣や木槍を抱えていた。


「も、もう捌いて来たのか!?」


茜は驚愕して叫ぶと、マールはふふんと鼻を鳴らして自慢げに胸を張る。


「あんなに簡単な構造なら5分もかかんないよ?じっちゃんも起きていたから捌いたお肉も任せられたしね!」


今頃鉄心は献立を考えて頭を抱えているだろう。


「ほらほら!惚けてる暇はないよ!!冒険者は一息いれれば充分なんだから!!」


それは君と師匠のレイ位だろう…とは言わずにカイトは黙っていた。マールは抱えていた木剣や木槍をバラバラと落とす。


「好きなの拾って!今日は軽く流す程度にやるだけだから!」


軽く流す?たしか最強と呼ばれる冒険者のレイもマールに稽古をつける時にそんな事を言っていた気がする…その軽くをどう受け取ったのか知らないが、魔法少女達は嬉々として各々の武器を手に取り立ち上がった。


「それじゃあ!!開始!!」


え?開始?と思考が混乱している隙に目の前にいた筈のマールの姿が忽然と消える。


「き…きえ?」


茜が反応するよりも早く、後ろにいた筈の絵里香の身体が川に向かって飛んでいく。


「きゃあああ!!」


訳もわからず飛んだ絵里香が悲鳴をあげながら川に沈む。


「え、えりか!?」


投げられた絵里香を視線で追いかけた茜の前にマールの姿が現れ、その頭に手にした木の枝が振り下ろされる。


「がは!!」


驚くべき事に、マールが持っていたただの木の枝の一撃は、ハンマーで殴られたような重みがあった。そんな重い一撃をもろに受けた茜は、弾丸のような速度で地面に顔面を叩きつけられた。


「今日は僕に1発でもいれられたら終わりにしてあげるね!!」


それだけの力で振るわれたにも関わらず、木の枝は折れてはすらいない。マールは容赦なく倒れた茜の脇腹に蹴りを入れ茜の体がゴロゴロと転がっていく。


「いや、ちょっ!?ちょ!!!」


「またなーい!!」


茜を退かして足場を作ったマールはそのまま踏み込んで栞の前までやってくる。


「は、はや!」


驚き、すくむ栞の両足をただの木の枝の一振りが払う。そして浮いた栞の身体に振り下ろした一撃が殴りつけ、栞の身体を地面に叩きつける。


「ごほっ!!!」


鈍い栞の声が響く、青葉はマールの攻撃動作に合わせて距離を取ろうと動いていた。


「どこいくのー?」


「!?」


マールは距離を取ろうとしていた青葉の前に現れ、振り上げた足が腹に突き刺さる。凄まじい衝撃が身体を貫いた。


「が……はっ…」


青葉の体はあまりに重たい一撃にくの字に曲がる、マールは降りて来た青葉の頭を捕まえ、そのままの力いっぱいに川めがけて投げ飛ばす。


「ひゃあああ!!?」


間抜けな悲鳴を響かせながら、青葉は川の水面に三度も叩きつけられてから落ち、沈んでいく。


「うひいいいい!?」


あとお追いかけるように栞も飛んできて水面に何度も叩きつけられ、川に沈んだ。


「こんなもんか…弱いなあ、ダメダメだ」


マールはため息を漏らしながらもカイトに顔を向ける。


「カイト!この子達の指揮をとってあげて!この程度じゃ練習になんない!!」


はっきりと言うマール、この現代ではあちらのように街の中でも戦う事なんてほぼあり得ない。あったとしても専ら銃の撃ち合いで、剣や槍を使った原始的な近接戦闘なんてものはここ百年近く行われてはいないだろう。現に魔法少女達も自分達がくるまではアサルトライフルを使って戦っていたため、神託の補助があったとしてもマールの戦闘についていける訳がない。


「わかりました、みなさん!集まってください!」


神託 指揮者の能力には指揮を取る部隊の戦闘力を僅かに上乗せすると言うものである。マール曰くカイトの指揮下に入ると、いつもより体が動くような感覚になるのだと言うので本当にその程度のものなのだろう。


「ほらほら皆ぐだぐだしない!駆け足でカイトのところに行く!」


川岸に上がってトボトボ歩いていた魔法少女達を怒鳴って追い立てる。


「座ってください」


足取りが重いのはマールの戦闘力を目の当たりにしたからだろう、まずは彼女達を鼓舞し士気を盛り返す必要がある。


「みなさん、あの生意気なガキに1発入れてやりたくないですか?私は入れてやりたい、今朝、マールに蹴飛ばされて起こされた私は怒り心頭なんです」


「へーそうなんだ、カイト、あとで1発なぐるから」


っ…怒りの矛先を士気の起爆剤にしようとしたつもりなのだが、聞いていたマールの言葉に心臓がヒュッと鳴も首を横に振る、カイトはそう語りながら全員を見回した。


「だそうです、私はマールから殴られないように全力であなた達を指揮する必要があるようです!あとマール、作戦の盗み聞きはずるですよ」


「はいはい、仕方ないなー」


一緒になって聞いていたマールはゆっくりと離れて行く。マールが離れたのを見た栞が口を開く。


「指揮されたからってあんなバケモンに勝てるんか?…」


直にマールと戦えば当然そうなるだろう、そんな栞の頭にポンと手を置き、撫でる。


「大丈夫、俺に任せておけば全て上手くいく」


ある漫画で見た受け取りのセリフだが…栞は瞳を輝かせていた。そうしてカイトは、魔法少女達にかい摘んでマールとの戦い方を伝えた。カイトの語った内容は至って単純なものだった。


「ほ…本当にそれだけなのか?」


全てを聞いた茜は驚きに目を見開いている。


「彼女に1発いれるだけでいいのならばそれで充分です。ですがその簡単な事すら難しいのがマールというチートです、期待してますよ?茜」


カイトはそう言って茜の背中を軽く叩く。


「っ…おう!任せとけ!!」


ニヤリと笑う茜はマールの前に立ちカイトの指示を受けた魔法少女達もゆっくりと展開していく。


「へー…いい顔するじゃん?」


マールは広がって行く魔法少女達の表情を見てから薄らと笑みを浮かべると、身を低く構えを取り利き足に力を込める。


「そいじゃー!いくっ…」


開始と同時、マールが前に出ようとしたその瞬間、青葉がいつのまにか拾った石をマールに投げつけていた。


「!」


前傾姿勢になっていた筈だが、マールは持ち前の反射神経で眼前の石つぶてを手にした木の枝で叩き飛ばす。


「だあ!!!」


同時に飛び込んできた茜が力一杯に木刀をマールに振るう。木の枝を振り上げた体勢のマールの隙を縫うように飛び込んだ茜、だがマールはその状態でも一切余裕を崩さない、手にした木の枝を振り下ろし木刀に当てる。


「んなもんで防げるかよ!!」


木の枝では木刀の一撃は防げない、当然だ。しかし茜は忘れていたのだ。マールの一撃はとてつもなく重いのだ。


「いっ!?」


振り下ろしていた木刀が唐突な力で叩き飛ばされ茜の身体が無防備に開く。


一閃 マールは返し刀で横殴りに振るわれた木の枝を振い茜の脇腹を叩いた。


「ぐがっ…」


重いハンマーに叩かれた様な衝撃に襲われた茜の体がくの字に曲がり下がる。当然マールは容赦なく前に出ながら木の枝を頭に振り下ろそうとした。


「ちっ…」


だが、マールは舌打ちを打って顔の前で木の枝を振い、何かを弾く。青葉が投げた石が降って来ていたのだ。その隙に茜は体勢を整えて再度前に出てくる。


「ルァッ!!」


脇腹への一撃は確かに響いていたはず、だが、目の前の茜は笑いながら大上段に構え、自ら腹を晒してもう1発打ってこいと言いたげに距離を詰めてくる。


「へー…やるじゃん…」


マールは降り注ぐ石つぶてを捌きつつ、突っ込んできた茜に道を譲るように避けながらも脚をかける。


「うおおお!!」


勢いあまってそのまま飛んでいく茜、それと同時に弾ける音、マールは背後に木の枝を振るって忍び寄って来ていた絵里香の右腕を正確に打っていた。


「いぎっ!!?」


腕にハンマーで殴られた様な痛みが走る。絵里香は悲鳴を噛み殺しながらも動きを止められてしまい怯んだ絵里香に対し、マールは余裕を持って絵里香にとどめをさそうと間合いを詰めようとする。


「やらせるかよ!!」


絵里香にターゲットが移るのを見るなり、茜が飛び込んできて雑な打撃を振り回す。


「いつまで痛がってんだ!!絵里香ア!!!」


マールに乱打を放ちながら茜は叫ぶ。型もクソもない出鱈目な振り回しである、そんなものが百戦錬磨のマールに当たるわけがない。だが【今】に限ってはそれで良いのだ敵視を自分に向けられればいいのだから。


「っ!…うっさいですね!!」


茜の叫びに呼応する様に地面に足を踏み込んで踏みとどまった絵里香は強く薙刀を握り締めると、腰を目一杯に捻って大振りな一撃をマールに見舞う。


「おっと…!」


マールはスレスレで絵里香の一振りを避け、眼前の石を振り払い、弾きながら二人から距離を取った。その表情は驚愕に染まっていた。


「思い通りに動けないのは窮屈でしょう?」


カイトはにこやかに語りかけた。マールは思い通りにいかず、不愉快そうに唇を尖らせている。


「ハア…ハア…行けるぜ…」


「ええ…もう一回」


 既に息も絶え絶えな茜と、まだまだ余裕のある絵里香は同時に前に出て左右に開く。カイトが指揮したのは前後からの同時攻撃である。これは過去、この国にいた新撰組と呼ばれる武装集団が実際に行っていた戦法。新撰組は、一人が囮となって敵の注意を引き複数の隊士で前後左右からの同時攻撃で一人を仕留める集団戦法を多用していたとされている。もっともそんな付け焼き刃の戦法をいきなり言われたとしてもで来るわけもなく、二人の息はお世辞にもあってはいない。


「…成る程ね、だったらァ…」


マールはその小さな連携のムラを縫うように、目の前に迫った石を素早く打ち返した。


「え!?」


石は高速で青葉の顔面を捉え、食らった青葉が仰向けにひっくり返る。


「なっ!?」


青葉が倒れ、動揺した茜にマールは素早く間合いを詰め、木刀を握る腕を掴むと、そのまま背後に放り投げた。背後には大ぶりに振るっている絵里香がいる。絵里香の一撃が鈍い音を立てて茜をぶっ飛ばしてしまう。


「あ、茜!?」


絵里香はぶっ飛ばされて地面を転がる茜に視線を向けてしまう。そのコンマ1秒にも満たないわずかな隙にら飛んできたマールの膝が絵里香の顔面に突き刺さる。


「ごっ!!」


絵里香を勢いよくぶっ飛ばし、身体をひねって着地したマールは、そのバネを利用して強靭な脚力で飛ぶ。石で頭を打たれ、額から流血しながらも起き上がった青葉を狙ってである。


「今です!栞!!」


「!?」


カイトの張り上げた声にマールは思わず反応してしまい手が止まる。僅か0.001秒にも満たない一瞬の隙だろう。マールは栞がいない事を気にしてはいたのだ、どこかに伏せている事は分かる、しかし栞の匂いがしないのだ。だからこそ、警戒していたマールから、この0.001秒の隙を生むことができた。


「どらああ!!」


同時に栞が川から身を乗り出すと、手にした槍を全力でマールめがけて投げつけていた。


「!!」


栞が現れた瞬間に臭いで気づいたマールは即座に栞に視線を向ける。飛んできた槍など当たるわけもなくスレスレで避ける。ただし避けた先で素早く起き上がった青葉が挟み込む方で小太刀を振るっていた。


「やるじゃん?」


しかし、マールは笑うと手にした木の枝を振り上げ、振るっていた青葉の攻撃を頭上に跳ね上げた。


「へ?」


青葉も驚いた事だろう、振っていた筈の一撃がいつのまにか頭上にあるのだから。


マールはそのまま流れる様に無防備な青葉の胸ぐらを掴むと、勢いそのままに背後から迫って来ていた栞に投げ飛ばす。


「うわああああああ!!?」


「おわあああっ!!」


弾丸となった青葉は栞にぶつかり、栞諸共川に落ちると深瀬に沈んでいく。


「ふう、こんなもんかな…」


魔法少女達を仕留めたマールは悠々とあるいてカイトに歩み寄ると、ポコんと拳骨を落とした。


「いてっ!」


「……はい、残念でしたー!君の負け」


煽りは一丁前だが、勝ったマールの顔は冴えてはいない、なぜなら額に汗が浮かんでいるからだ。


「ふふ、新兵四人であなたから武器を奪えた…充分な戦果と言えませんか?」


カイトは笑いながら視線を手元に向けた。そう、マールの枝は中程からぽっきりと折れてしまっていた。青葉の振るった一撃を頭上に跳ね上げる時、振り上げた力に枝の耐久力が耐えられなかったのだ。


「ふん、勝ちは勝ちだもん!!」


マールは目に見えて不貞腐れながらも、腹いせとばかりに折れた枝を投げ捨てる。しかし、やはり我慢しきれずカイトの脛を蹴飛ばした。


「いった!?!?」


フン!とそっぽを向くと、川に沈んだ二人を助けに行った。それからマールは地面に倒れた茜と絵里香を助け起こして連れてくる。


「は…鼻が折れまてます…」


絵里香は顔を押さえて流れ出る血が隙間から溢れている。


「鼻が曲がった程度で泣き事いわない!!」


マールはそう笑いながらも絵里香の顔から手を叩いてどけ、手を添えた。唐突なマールの行動に理解できずにいた絵里香だったが、突如として骨折した鼻から焼けるような激しい痛みが全身を駆け回る。


「いっ!!?いた!いたたたた!?」


マールが使う回復術には代償として激しい回復痛が伴う。回復術師達の使う回復術にもある程度の回復痛はあり怪我の度合いで痛みに大小はあるのだが、マールの使う回復はその比では無く痛いらしい。絵里香はあまりの激痛にのたうち回ってマールの手を引き剥がそうとする。


「ほら大人しくして!」


ただ、マンイーターすら圧倒する彼女の機械的な怪力を引き剥がせるわけがない。絵里香は押し倒されて抑え込まれ、虚しく足をバタつかせるだけだった。


「ふう!よし、次!」


ぐったりと横たわる絵里香の隣で座ったまま項垂れている茜に目を向ける。絵里香の大振りな一撃をもろに食らって叩きつけられた茜は…。


「ぐやじい…」


死んでもおかしくない攻撃をもろに受けたにも関わらず、メソメソと涙を流していた。薙刀の一撃を食らった頬が痛々しい青痣になっている…ただ、マールが感傷に浸る暇を与えるわけがない。頬に手を当てた。


「い!っでええ!?」


傷心な茜を容赦ない回復痛が襲う。茜は絵里香以上に暴れようとするが、マールすぐに抑え込みライオンに捕食されたシマウマの様に息絶えるまでバタバタと暴れていた。


「カイトさん」


青葉がグズっている栞を連れてくる。二人とも大した怪我はないが擦り傷がめだつ、青葉の額には石が当たって皮膚が破けている。だが、茜を仕留めたマールが二人を逃すわけがない、掴んで引っ張り込み二人同時に回復を施された。


「よーし!今日はここまで!!朝ごはん!!!」


マールは言うだけ言うとさっさと鍛冶屋の方へと走って行った。嵐の様なマールを見送り、カイトは横たわる魔法少女達を介抱しつつ、鍛冶屋へと向かった。


「カイトは今日、みんなと残りの冒険者殺しを倒しにいくの?」


マールはそう問いかけると、手にした大きな鹿の後脚に塩を振って焼いただけのものをワイルドにかじりつく、後ろ脚の肉はとても硬い筈だが、マールは特に気にかける事なく噛みちぎって咀嚼している。カイトは脂ぎった口元を拭ってやる。


「ええ、そのつもりです」


カイトはスマホを取り出し視線を落とす。


「昨日の冒険者殺しを見た事である程度の把握が出来ました、今日は的を絞って探そうかと」


マールはカイトが操作していたスマホを奪い画面に目を向けた。


「…ふうん?よくわかんないや…」


マールはやや不機嫌そうにスマホの画面から視線を外すと、カイトには返さず隣に置いてしまう。なぜ、彼女は不機嫌なのだろうか…。カイトがわからないでいると、前に座っていた鉄心は囲炉裏の中央で煮ていた鍋の蓋に手を触れる。


「そろそろいいかのう?」


蓋を開くと味噌の香りと共にぐつぐつと煮えた鹿肉と山菜の煮込みが姿を表した。鉄心は内容を丁寧にお玉で掻き回すと、手元の大きなどんぶりによそい、魔法少女達一人一人に配っていく配っていく。カイトのどんぶりにも目一杯もられた。


鉄心はマールにも汁を配るが、彼女は首を横に振り、不機嫌そうにそっぽを向くと、手にした肉の丸焼きをもしゃもしゃ食べている。


「僕いらなーい!」


「美味いのにもったないのう!」


鉄心はそう言いながらもマールによそったお椀を自分のものにする。


「んじゃ、糧を頂こうかのう!」


鉄心の一言で、朝食が始まった。鹿の味噌鍋はとても美味しかった。冷え込む山中の朝にもってこいな塩気とボリュームで身体が芯まで温まる。あまりに美味しくてカイトすら大盛りで3杯もおかわりしてしまった程である。


そうして…食事を終えたカイト達は素早く食器を片付けると、各々装具を身に付け駐車場で待機していた。カイトはスマホでショートメールを本田に飛ばしており、間もなくあの大型のロケバスが迎えに来るだろう。


「アカネとアオバ!」


そこへ、背後からマールがやって来た。振り返ると、そこには大小二本の刀を手にしてマールは立っていた。


「二人の武器が先に上がったの、はいアカネ!」


そう言ったマールは、長く赤染めの鞘に収まった長い方の刀を茜に押し付ける。


「あ…あぁ…」


茜は刀を受け取り、鞘から引き抜くと金色に輝く刀身が姿を現した。異世界の金貨を粉にして玉鋼に混ぜたため、磨かれた刃は朝の日差しを受け美しい輝きを放っている。


「すげえ…」


あまりの凄さに見惚れて息を呑む茜、刀は今の茜には少し長すぎるようにも見えるが、これは成長を加味したものなのだろう。


「握りを確かめて?持ち手に昨日処理した冒険者殺しの皮が使ってるの、手に馴染むまでは滑るからしっかり握ってね」


「……あ…ああ、わかった」


茜は受け取った刀を正眼に構え強く握る。その瞬間、カイトには彼女の体から放たれた加護の輝きが刀へと移って行くのが見えた気がした。それを物語るように武器を変えただけの茜が歴戦の強者の様に見えてくる。


「…なんかわかんねえ、けど、こいつとは全然違うのはわかる…」


腰に下げていた昨日迄の相棒を手に取った、神託によって武器の違いを肌で感じている様だ。


「あったりまえじゃん?こんな綺麗なだけの壺と、亜人をぶった斬る為に作った本物とじゃ用途が違うんだから!かしてみ?」


マールは自慢げにいいながら壺と呼んだ茜の刀をとって抜き身に抜くと、それで黄金の刃に軽く当てる。それだけで黄金の刃は、和紙を切り裂くようにマールが手にした刀を斬り裂いたのだ。


「す…すげえ…」


茜は絶句し、自慢げなマールを見た。


「はい、青葉にも!」


憎たらしいほど上機嫌なマールは、アオバにも小太刀を押し付けた。


「あ、ありがとうございまっ…おもった!」


青葉は受け取った小太刀の重さに腕が下がってしまい驚愕する。


「亜人をぶった斬るんだから、軽かったらだめじゃん?そっちは短い分、かなーり丈夫にしてるよ!スカウトの力でも勢いに任せて振るえばオークの頭をかち割れるんじゃないかな?」


話を聞きながらも青葉はその肉太な皮の鞘から僅かに抜いて刀身を見る。まるで出刃包丁を彷彿とさせる分厚く幅広い刀身が顔を出す。やはり砕かれた金貨が贅沢に使われているため、茜の刀と同じく刀身は金色に輝いている。


「綺麗…」


青葉は鞘から抜き放ち片腕で握る。やはり小太刀とは思えない重量は気になるものの、身体に馴染んでくるような感触が身体に伝わってくる。


「青葉も茜もいいなー!!うちの分は!?」


栞が素早くマールに身を寄せる。


「君のは鎧だからもう少しかかるかな」


「ええー!!うちもなんか欲しいー!」


おもちゃを強請る子供のようにマールにくっついて離れない、そんな栞を見ながらも、マールは悩むような仕草をした。


「…まあ、いっか一緒に来て?」


マールはそう言って栞の手を取ってから工房へ連れていく。僅かな時間で栞は帰って来た、しっかりと小さな栞のサイズに合った白銀色の籠手と脚絆、それに加えて胸当や兜が追加され小さな足軽のような格好をしている。


「みてみてカイト!かっくいいでしょ!?」


栞は新しい白銀の防具を見せびらかしてきた。西洋とも武者とも取れない甲冑が彼女の動きに合わせてガチャガチャと金属が擦れる独特な音が響いている。はっきりといえば似合ってはいない。とても弱そうである。


「お、おー!」


「とても可愛いですよ栞!」


3人の魔法少女達は空気を読むような反応をする。だれもカッコよさには触れていないが彼女は上機嫌なので、よし。遅れてマールが歩いて来て動き回る栞を見つめる。


「うーん…」


なんとなく出来栄えに不満そうなマール


「あんな鎧、いつ作ったんですか?」


カイトが問うと、マールは側に来て小さく愚痴を漏らした。


「あれは昨日型取りができたから、試しで作ったやつだよ。見れば見るほど甘い部分が目立って嫌だなあ…」


流石の職人目線である。


「ま、まあ…ブカブカなやつを使い続けるよりは良いのでは?」


マールは満足いってなさそうに唇を尖らせていた。カイトの目にはその鎧の何が不満なのか到底理解できない完成度である。そんなふうに見ていると栞はガシャリとバイザーをおろして目線を隠す。


「おお、なんやこれ!?」


栞は嬉しそうにはしゃぎながらもガシャガシャとバイザーを動かして遊び始めた。乱戦時に目を守るためのバイザーだろうが。


「栞、重たくはないんですか?」


絵里香の問いかけに栞は首を傾げて頭に?を浮かべている。普通の人間にとって、兜や鎧は動きを阻害するだけの重しにすぎない。実際、今彼女が身につけている試作品でさえ、全身で50キロはゆうに超えるだろう。しかも今は完全の状態ではなく、急所部位を覆う程度の機能に限定したものになっている。おそらく最終的には今露出されている部分にもさまざまなものが追加されていくだろう。最終的な重量がどうなるかは…考えない方が良いだろう。


「今のうちなら、相手がマールでも負ける気がせーへんで!」


「へー?強く出たじゃんシオリ、いいよ、明日はガッツリやったげる」


マールは善意のつもりだろう、彼女はやる気がある人を無碍にはしないのだ…が、冗談のつもりで言っていただろう栞の顔は絶望に染まっていた。


「エリカの武器はもうちょい待って?いまじっちゃんに薙刀の作り方を教わってるところなの!!ちゃんとみんなの武器に負けない子に仕上げてみせるからさ!!」


マールはやる気に満ち溢れて瞳を燃やしていた。


「は、はい!ありがとうマールちゃん!期待してるね?」


絵里香の言葉にマールは太陽の様な笑顔を輝かせた。


「ほいじゃ!また夜にねー!」


マールは笑いながら踵を返して工房へかけて行った。


「あ、マール!少しいいですか?」


カイトは行こうとするマールを呼び止めると、行きかけていたマールはすごい速さでこちらに掛けて来た。


「何?僕と残りたい?」


ああ、成る程、マールの言葉で、今朝の食事時から地味に不機嫌だった理由が分かったカイトは苦笑する。


「いえ、本日の金貨です。それと、栞の兜に少し提案があるんです」


見るからに落胆を表情に表すマール。


「なあんだ…提案って?」


「マール、栞の兜は最終的にはフルフェイスにします?」


その言葉にマールは首を傾げた。


「ふえ?…ううん?フルフェイスなんかにしちゃったら今の栞じゃあすぐバテちゃうよ?」


「構いません。フルフェイスにしてください、それと…」


カイトはマールに身を寄せ、とあるギミックを提案した。


「ふえ、こんなギミック。デメリットしかなく無い?…大丈夫なの?」


「はい、むしろ栞にはその方がイイかもしれませんので…」


カイトはそう言ってマールに金貨を渡す。


「成る程ねえ…ありがとっ!」


そう、名残惜しそうに金貨を受け取るマールの手をカイトは思わず掴んでしまう。


「な…なに…カイト?」


マールは苛立つ様な仕草を見せるが、掴んだカイトの手が冷たく湿っている事に気がつき、でかけた言葉を飲み込んだ。


「はは…すみません。あなたがいない戦場は久し振りで…少し緊張してしまっているようです…」


実際、マールは言う弱い相手だとはいうが、カイトにとってはまだまだ未知の生物に他ならない…。思いがけないカイトの弱気を受け、マールはみるみる笑顔になる。


「仕方ないなあー!ホンットに君は僕が居ないとダメなんだから!!ホラ!気合い入れてっ!!」


さっきまで一緒にいて欲しそうにしていたマールはそう言って背中を叩くと、カイトの手から金貨を奪い取る。


「じゃ、また夜にね!」


そう言いはなつと、金貨を握りしめ元気に工房へとかけていく。カイトは尻餅をついたまま、その小さな背中が見えなくなるまで見送っていた。そこで、大型トラックの音が耳に届き、カイトも立ち上がり振り返る。


「では、みなさん行きましょうか?」


それから…


「おらおらおらおらー!!」


一時間、深い森の中を駆け回る一陣の風となった茜はドタドタと派手な足音を鳴らし騒がしく声を荒げていた。


「茜さん!右!!!」


少し後を追いかけていた青葉が吠え、同時に茜が右に飛ぶ。その足元から冒険者殺しが茜を襲うべく口を開けながら地面から顔を出す。


「でやがったなあ!ニョロニョロ!!」


彼らは地面から奇襲する際、ありがちな振動などは一切無い、だからこそ殆どの冒険者は唐突の奇襲に気付けず丸呑みにされてしまう事が多いのだという。故にマールはカイト達に抜け出すようの短刀を携行させていた。もっとも、ある程度の加護の数字を持つ冒険者ならば素手でも簡単に抜け出せてしまうのだとか…。


ただ、この場においては奇襲で丸呑みにされる心配はない。なぜならば、カイト達の仲間にはスカウトの神託を持つ青葉がいるのだ。


「はあああ!!」


奇襲を避けられた冒険者殺しの身体を茜の容赦ない斬撃乱打が襲う。黄金に煌めく刃が冒険者殺しの赤紫色の外皮をズタズタに切り裂く。


「どっせい!」


同時、後続から掛けて来た栞が身体をぶつけながらも手にした槍を深々と突き立てる。分厚い鎧に身を固めた栞の体当たりは砲弾そのもの。もろに食らえば打撃に強い冒険者殺しとて一溜まりもない。茜の斬撃と栞の突進を受けた冒険者殺しの身体は派手にのけぞり硬い地面に顔を叩きつけ、割れた頭蓋と敗れた皮膚から黄緑色の血液を撒き散らす。


「はあ!!」


ほぼ同時のタイミングで、絵里香は薙刀を振り下ろして冒険者殺しの脳がある先端の口上部を斬首の様に切断して息の根を止める。


冒険者殺しが動かなくなり、3人は青葉に目を向ける。


「大丈夫…死んでます」


青葉の言葉に全員が安堵のため息を漏らす


「カイト、これで何匹目だっけ?」


茜は刃についた黄緑色の血液を振り払いながら鞘に納めつつ後ろからついて来たカイトに問いかける。


「4匹目ですね、順調なペースかと…」


カイトはスマホを操作してカイトが自作した冒険者殺しの位置を予想した印がつけられたマップがあり、カイトは四箇所目にチェックを入れ、魔法少女達の顔を見た。


「みなさん!少し息を整えましょう、青葉さんと栞は回収場所を知らせる狼煙をお願いします」


「わかりました!」


「はいよ!!」


二人は見様見真似で挙手の敬礼をしてから落ち葉を集め始め、茜は倒れた冒険者殺しの上に腰掛けた。


「たーく、まあた休憩か??」


茜は愚痴りながらもカイトに笑いかけた。


「貴女方はまだ体力が出来ていません、だから戦った後にはしっかりとした休憩が必要です」


カイトはバッグから水を取り出して茜に投げる。


「さんきゅっ!」


茜は水を受け取ると勢い良く飲み出し、ちょうど青葉と栞が火を起こして煙を立たせる。


「しかし、カイトくん。どうやって彼らの居場所を判断してるんですか?」


カイトは短刀で皮膚を剥がして剥き出しの可食部を切り取ると、青葉と栞が立てた焚き火に放り込む。


「あ!ズリい!あたしも食う!!」


「うちもうちもー!!」


「わ、わたしも!」


それを見た茜と栞、青葉までもが冒険者殺しの死骸の皮を剥いて可食部を切り取ると、焚き火の中に放った。


「昨晩、篠崎司令に頼んで野生生物の分布位置をデータ化していただいたのです」


目が染みる程の悪臭の中でも、カイトは気にせずスマホを操り今回のルートを映し出す。


「この森の野生生物は生体観察のために発信機を埋めている個体がいるんです。故にマッピングはそう難しく無い」


カイトが見せてくる画面には光る点がいくつも点滅している。


「このデータを全体のマップと合わせ、群れで移動する鹿の点に絞りつつ観察し位置を記録、線で結んで猟師が行方不明になった位置を重ねると…」


移動線に事件現場が重なる。


「この質量の生物が生命活動を維持するにはそれなりの大きさの動物を狙うはず。どういうわけかこの地域の冒険者殺しは鹿を捕食するようです」


四足獣は狙わないとマールは言っていたが餌がなければ例外はあるしそれに伴う進化もするだろう。そして襲われた猟師達は皆、鹿の群れを追いかけて森に入った…人間が好物の冒険者殺しの狩場にノコノコ入ったことになる。


「食べたら次の位置に移動します!」


「「「「了解!」」」」


各々で丸焼きにした冒険者殺しを平らげたカイト達は、速やかに次の目的地を目指す。その場は数時間前まで大きな鹿の群れがいただろう餌場になる。


「いました…」


青葉が声を殺して囁き、先頭の栞が止まりすぐに身を眺め、カイトは青葉の視線の先を見る。


「何も見えねえぞ?」


茜は焦ったそうにして草間を覗こうとしている。


「し…」


カイトは茜の肩を掴んで引き寄せると、小さな望遠鏡を手渡す。


「一時の方向…」


「お…おう…」


何か言いたげだった茜は素直に渡された望遠鏡でカイトの指差した方角を覗く。その視界にはあの赤紫色の不潔な皮膚が映る。グチャリ、グチャリと身体を動かしながら何かを咀嚼している。見ていると冒険者殺しの顔がコチラを向く。


「栞、見るな」


カイトは素早く栞の視界を塞ぐ。冒険者殺しが口に咥えていたのは、人だった。現地の住民には避難勧告は出ていたはず、装いからみるに県外から山菜を摂りにでも来たのだろう…山登りをするにはあまりにラフな格好である。既に事切れているのか血色はなくピクリとも動かない。


「?…」


それを見たカイトは唐突に不安な感触にとらわれる、冒険者殺しは人間を丸呑みにするはずだ。口に生え揃った歯は土を掘り進むものであり肉を噛み砕くのには向いていない…そのはずなのに咀嚼するような動作を繰り返している。しかも、この冒険者殺しは今まで倒して来た冒険者殺しとは違って一際大きかった。


「なぜ…?」


カイトが疑問を口にする、そして察する。いま、あれに手を出してはいけないという気配を感じ取ったのだが、カイトが考えている間に一人が動く。


「今助ける!!」


茜である、茜は猛ダッシュで刀を引き抜きつつ大上段に構え一息で間合いを詰め振りかぶる。


「茜ダメッ!!」


唐突に青葉の制止指示を聞いた茜は持ち前の反射神経で止まる、その瞬間、茜の横合いから2匹目の冒険者殺しが襲いかかり茜の眼前を通り過ぎる、青葉の制止がなければ茜は呑まれていただろう。


「あっぶねー…なっ!!!」


スレスレで難を逃れた茜は、上段に構えていた刀を目の前の冒険者殺しの身体に裂帛の気合いと共に振り下ろした一刀は、深々と冒険者殺しの身体を縦に割り、噴水の様な血飛沫が上がる。


【ギャアアアアア!!】


冒険者殺しは絶叫しながら激痛にのたうち回り、側の茜を押し潰さんと暴れ回る、冒険者殺しの巨大な身体に薙ぎ払われれば一溜まりたもない。


「ち…テメェに用はねえんだ!!」


茜は飛び退けるように距離を取り攻撃を避け、刀を振るってすれ違い様に二撃目を見舞う。その視線は先で挑発するように人を口からぶら下げてコチラを見ている大きな冒険者殺しに向いている。


「はあああああっ!!!」


その茜の脇をすり抜けるように後から駆けて来た絵里香が手にした薙刀を振り下ろし、茜に身体を切り裂かれた冒険者殺しの大きな頭を跳ねる。


「ナイス絵里香!!」


茜が弾けるように叫びつつ、奥にいる冒険者殺しに飛びかかる。


「やつは…何故その場から動かない…?」


仲間を使った見事な不意打ちも不発に終わり絶対絶命のピンチに晒されても身動き一つしない冒険者殺しの余裕にカイトは一抹の不安を覚える。


「まさか…」


二段構え?カイトの脳裏にそんな言葉がよぎると、より大きな個体が足元から現れ茜を丸呑みにした。


「茜!!?」


絵里香はすぐさま茜のフォローに走る。


「絵里香さん!!足元!!」


「っ!?」


青葉の言葉で絵里香は飛び下がり、足元から飛び出した冒険者殺しの身体を根本から一振りで刈り取る。


「茜ぇっ!!」


茜を飲み込んだ冒険者殺しは唐突に苦しみ始めて倒れ、動かなくなる。見れば黄金の刃が体の中から生えており、地道に肉を斬って出ようとしていた。


茜はひとまずは無事そうだ…。そう考えた絵里香は、即座に奥の冒険者殺しに顔を向け、武器を構えた。二重三重の罠を掻い潜られた冒険者殺しは、咥えていた人間をゴクリと丸呑みにすると、すぐさま頭を地面に向け離脱しようとした。


「逃すかいっ!!」


遅れて走って来た栞は武器をすて、冒険者殺しの身体にしがみついた。


「うおおお!?」


冒険者殺しは必死にしがみついた栞を思い切り地面に叩きつけている。地面に、大木に、栞がしがみついた場所を擦り付け自傷も構わず引き剥がそうと暴れまわっている。栞はガシャりとバイザーを降ろすと両手でガッチリと捕まえその指を肉に食い込ませて地に脚をつけて地面に足が埋まるほどの勢いで踏みしめると、ピタリと冒険者殺しの巨体を止めてしまう。


「今や!アオバアアア!!!」


栞が声を張り上げると、青葉が風を切る速度で駆けてくる。


「はああああ!!」


青葉は声を張り上げながら風のような速度で駆けつつ小太刀を引き抜き構えて飛び跳ねると、栞の兜を踏み台にして飛び、冒険者殺しの頭部に飛びつくなり手にした小太刀を深々と突き立てた。


【ギャアアアアアッ】


冒険者殺しは悲鳴を上げながら頭を振るって青葉を振り払おうとする。


「往生しなさいな!!!!」


そこへ大ぶりに構えた絵里香が飛び込んでくると、大きな一振りで冒険者殺しの皮膚に一太刀浴びせ、深々と切り裂いた。その一撃は大きな冒険者殺しに致命傷を与え、その巨体が一度大きく天を仰ぐと、力が抜け、緩やかに横たわった。


「栞!」


ゆらりと倒れた冒険者殺しに突き立てた小太刀を引き抜き、青葉は駆け寄り、倒れていた栞はムクリと起き上がる。


「だ…大丈夫なの?」


「え?大丈夫やで?」


きょとんとしている栞に青葉は驚いていた、彼女は散々地面に叩きつけられ、擦り付けられていたはずだ…実際、鎧はかなりの擦り傷や凹みが目立っている。しかし、その身体には擦り傷一つついてはいない。転んで膝を擦りむいただけでも痛くて泣いていた栞とは…とても思えない。


「すごいよ栞!!」


「青葉もなー!」


二人はイェーイ、と熱いハイタッチを交わした。そんな二人を眺めつつ絵里香は上がっていた息を整える。


「そうだ…茜は!」


息が整うと共に、飲み込まれた茜を思い出し、彼女を飲み込んだ冒険者殺しに目を向けると、茜はようやく上半身を肉の中から抜け出ているところだった。


「何やっているんです、あかね?」


「うっせえな…こいつな腹の中、硬くて上手く身動きが取れねえんだ…暇なら手ェかせよ!」


絵里香は黄緑色の血液に身体を染めた茜の手を掴むと、冒険者殺しの腹の中から引っ張り出した。


「うえー…ひでえ目にあったぜ…」


「お疲れ様です皆さん」


カイトは全員を労いつつ茜にミネラルウォーターを投げ渡す。


「サンキュ…」


受け取った茜は飲むでもなくミネラルウォーターを頭から被り粘液を軽く洗い流した。


「そうだ!あっちの人は??無事か!?」


茜はそう言って勢いよく立ち上がる、ちょうど腹を開いた青葉が彼を引っ張り出しているところだった。


「うぶっ…」


それを見た栞が口を押さえて側の木に走って行った、青葉が引っ張り出した人には上半身しかなかったのだ。


「…ちくしょうが」


茜はすぐに青葉のそばに行き亡骸を引っ張り出すのを助けると、地面へと寝かせる。


「ふむ…」


カイトは寝かされた亡骸に歩み寄ると静かに腰をおろして躊躇なく触れていく。


「おま、何やってんだよ!!」


茜はカイトに怒鳴り散らすがカイトは特に気にする素振りもなく亡骸の瞼を開いたり服を脱がして肌の様子をみたりしている。


「血色の様子から観て死後一日から二日、死因は下半身を失ったことによるものではなく、飲み込まれた事による窒息ですね。表情を見るに飲まれた時にはすでに気絶していて苦しむ暇すらなかったのは幸いですね…」


カイトはそういうと自らの上着を亡骸に被せた。


「…カイト、そっちにいるそいつ、多分そいつがここらで猟師を食っていた奴だとおもう…」


茜が指差したのは自分を飲み込んだ一際大きな冒険者殺しである。


「抜け出すのに必死でちらっとしか見えなかったが…胃の中に仏さんがいた…」


「成る程…では、早く出してあげないといけませんね」


カイトは素早く立ち上がると、茜と共に腹を分厚い腹の筋肉を引き裂き胃袋を引っ張りだし切り裂くと、多くの溶かけの骨と溶け残った胃袋が出てきた。カイトはその骨達を遺体の側へまとめる。


「本田さんと回収班に狼煙を!」


「わかりました!」


青葉はいい返事と共に走って落ち葉を集め始め、次にカイトは茜と絵里香に顔を向ける。


「少し早いですが撤収します。周囲にまだいるかもしれません!青葉さん!!狼煙をあげたら周囲警戒をお願いします、栞も青葉を手伝って下さい!」


「わかりました」


カイトの指示に絵里香は直ぐに離れた位置で吐いている栞の方へとかけていく、ただ茜は絵里香にはついて行かずジッと亡くなった人々の死体を見つめていた。


「カイト、周囲にまだいるのならもっと狩ろうぜ!」


死体を見つめながらも唐突に声を荒げている、捕食された人を見ていきり立っているにしても気が立ちすぎている。


「茜さん…大丈夫ですか?」


「うっ…ぐっ…うう…」


問いかけるカイトに目を向けると、茜はボロボロ涙を流して泣き始めたのだ。


「ごめん…ごめんよ…ごめん!」


茜は死体に向かって膝をつき謝り始めた。唐突な茜の奇行にもとれる行動にカイトは動揺していると絵里香が早足にやってきた。


「茜は亜人の襲撃で家族を失っているんです…だから、こういう場面に遭遇するとその時の事を思い出してしまうみたいなんですよ」


絵里香はそう言うと、そっと茜の側へ寄り添って優しく身体に触れた。PTSD…戦場では珍しい事ではないが戦闘中に発作が出なかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。


「成る程…」


理解したカイトも茜のそばへ行き腰を下ろし、絵里香と目が合う。


「今夜、マールに参加を依頼してみます。彼らの仇は絶対とりましょう」


カイトはそう言って茜の肩にトンと軽く叩くと静かに立ち上がる。


「茜さんをお願いします」


絵里香に茜の介抱を任せ、カイトは自ら落ち葉集めに合流し、素早く狼煙をあげた。


「遅くなってごめんよ!」


狼煙を挙げてから一時間かけて、本田と複数人の回収班と合流した。カイトが指示した通りに実弾を装填した自衛隊員達とも合流しており、かなりの人数が列を成している。


「こ…これが冒険者殺し…」


冒険者殺しの亡骸を見た隊員の一人が声を漏らす。


「私語は慎め」


別の隊員が黙らせつつも、彼らの視線は冒険者殺しの上に立つ青葉に向いていた。


「子供…」


そして周囲に散って警戒している魔法少女達にも視線が向かう。篠崎や本田によって流布された資料によって冒険者と呼ばれる特異体質の存在の事は認識はしていた。こうして実際に面と向かうとその冒険者達のあまりの若さに驚いてしまう。


「本田さん!」


そこへカイトがやってくると、隊の先頭を歩いていた本田が前に出てきてカイトと向き合った。


「言われた通りに自衛隊員も連れてきたよ、これからどうするんだい?」


本田と話すカイトと言う少年に自衛隊の好奇の視線が集中する。


「みなさん、指示を出しますので集まって下さい!!」


カイトの一声で、各地に分散していた魔法少女達も集まり横に並び、本田の指示で回収班と自衛官も密集する。


「これより、冒険者殺しの死骸の回収を我々冒険者が援護します!まずは青葉さん、本田さんと共に運搬車両をこちらへ運んで下さい。自衛隊の車両班のみなさんも本田さんと共に行動を願います!」


「了解!」


本田と青葉を中心に、呼ばれた自衛官達が直ちに動き始める。


「栞は回収班の運搬を手伝ってあげて下さい」


「はーい!」


鎧を身につけた幼児が手を挙げながら出てくる。見慣れた回収班はともかく、初めて栞を見た自衛官達は目を丸くしている。栞と回収班も直ちに動き出し冒険者殺しに向かう。


「絵里香さんは他の自衛官のみなさんは御遺体の回収をお願いします、なるべく丁重に…」


「わかりました!!」


絵里香は自衛隊員達と共にカイトの上着を被せられた遺体に向かい、カイトと茜だけが残る。


「あ、あたしは?」


ポツリと残された茜、目元は赤く腫れ上がっていた。カイトは側に行く。


「あなたは私の護衛です。少し休んでいなさい」


「ば、バカにすんな!あたしは戦えるぜ?」


威勢よく声を張る茜の肩に手を置く。


「休憩も仕事ですよ?」


「…お、おう…」


流行る茜は静かになると、同じタイミングで大量の大型車両達が到着し、先についた小型車両に亡骸が運び込まれ、後を追いかけるように冒険者殺しの積み込みが始まる。


「ほらー!お兄さん達退いてな!!」


身体自慢の自衛官や回収班が10人以上でようやく持ち上がる冒険者殺しを栞は片腕で軽々と掴んで引き摺りながらトラックの荷台に積み込み、休む事なく2匹、3匹と載せていく。最終的には自衛官はおろか、回収班達もただただ栞一人の積み込み作業を見ているだけになってしまっている。積み込みの最中、本田がカイトの側へやってきた。


「浮かない顔だね、何かあったのかい?」


本田の問いかけに、カイトは腕を組んでから渋い顔のまま忌々しげに睨みつけてきたのだ、その余りの迫力に本田は思わず後ずさってしまう。


「……はあ、報連相はしっかりして頂かないと困りますよ」


カイトの反応に察しの悪い本田は傾げた。


「…何かあったのかい?」


本田の問いかけにカイトは大きなため息を吐き出した。


「魔法少女達の情報に抜けがありました、家族が亜人に惨殺されていたなんて話を何故黙っていたんですか?」


珍しく怒りを露わにしているカイトの言葉に本田は苦笑した。


「一応、協力者である君達には不用な情報だと思っていたんだ…」


「戦闘中に彼女が患っているPTSDが発症したらどうするんですか?彼女はもちろん、我々の生命すら危うくなるんですよ??他にもあるのならさっさと下さい、身長体重だけでなく好きなものや嫌いなもの、家族構成から生理の日まで全部です!」


かつてないカイトの圧に押され、本田は苦笑することしか出来なかった。


「わ、わかった…司令に相談してみるよ…」


「我々は命の取り合いをしているんです。つまらないコンプライアンスやプライベートの話ではぐらかされ、知っておかなければならない情報を取りこぼして敗走なんて笑えないですからッ!!」


カイトは珍しく怒りを露わにしている事を肌で感じていた、あまりにも珍しいからか、魔法少女達も此方を見ている程である。


「カイト、あんまり本田さんを責めないでくれ」


見かねた茜が本田のフォローにやってきて、憤っていたカイトは大きな深呼吸を繰り返して怒りを沈めた。


「……情報は全て目を通しますので逐一お願いします」


そう言ってカイトは黙り込むと、本田は実に気まずそうに離れ、飛び出したスマホを手に耳に当てつつ離れていく。


「茜さんは本田さんについてて下さい。」


おおかた通話相手は篠崎だろうが離れるのは危険である、カイトは茜に指示すると茜は小さく頷き本田の側へ走っていった。その間にも栞は本日の成果である冒険者殺しの亡骸を全て積み込んでいた。トラックの荷台からは冒険者殺しの血液が放つ酷い悪臭が充満しており、栞は泣きながら中から出てきた。先に回収した亡骸達もあるため、荷台の中は想像を絶するものになっているだろう。今回の冒険者殺し達は日本全国へ運ばれ、あらゆる分野の専門家達により解析され尽くす事だろう。


回収作業を終えたカイト達は真っ先に銭湯へ連れて行かれることとなる。ただ、カイトだけは頑なに銭湯へ行くのを断り、魔法少女達と別れ一足先に鉄心とマールの待つ鍛冶屋へと向かった。


時刻は16時過ぎ。鍛冶屋の側を流れる川で、マールはいつもの様に裸のまま浮かんでいた。


「フー…すずしー…」


炉の熱により熱くなった体温が、川の冷たい水によって冷やされ、マールは気持ちよさそうに目を細めて身体を伸ばす。


釣り堀には彼女が気持ちよく飛び込むために身につけた耐熱服が散乱している。いつもの如く脱ぎながら来たことが分かるように散乱した衣服が彼女が通って来ただろう路を作っている。不意に酷い悪臭が彼女の鼻をつき、川に浮いていたマールは素早く身を起こして周囲に目を凝らす、薄暗い釣り堀の先で幸の薄そうな少年…カイトが一言も発さずに座っていたのだ。


「カイト!?いるなら声かけてよっ!!」


マールは本気で驚いた様子でよく通る声をカイトにかける、だが、カイトに反応はない。


「カイトー?」


マールはカイトの足元まで泳いできて反応のないカイトの様子を伺う、彼は考え事をするといつもこうだ、マールは水を掬い取るとカイトの顔面にぶつけた。


「つ!つめた!!な、なんですか?」


冷たい川の水をぶつけられ、カイトはびっくりした様子で目を見開き驚き顔で足元にいるマールを見た。


「カイトだけ?みんなは?」


見れば足元にいたマールは器用に立ち泳ぎで姿勢を維持しつつ弱く無いはずの川の流れの中で漂っていた。


「お、お風呂ですよ!私は今回汚れていないので先に戻って来ました」


そう語るカイトに、マールはうげっという顔をした。


「君、へーきで死体とか触るからなあ…本当に大丈夫?」


「失礼ですね、今回は死体には触っていませんよ…なんなら嗅いでみてください!」


さっき人の死体を触っていたことを不意に思い出したが、言ってしまった手前引っ込められずに突っ張ってみる。


「ほんとー?」


そう聞いたマールは、よいしょと可愛らしく釣り堀に這い上がって隣に座ると、カイトの服に身を寄せる。


「臭っ!なにこれ死体の臭いじゃんばかっ!!!」


動物的な反射で顔を離すと素早く立ち上がり、カイトの服を掴んでくる。


「ちょっ!?ちょっと!いきなり…何をして?」


「君が臭いと一緒に寝る僕がこまるのっ!!仕方ないから僕があらったげる!!」


もやしのカイトがマールに力で敵うわけもなく、あっという間に服を剥かれると釣り堀から冷たい川へ放り込まれる。


「う、うわあああ!!」


派手に落ちたカイトは川の水の余りの冷たさに悲鳴を上げながら水の中に立つ、なんとか足はつくが川の流れはとても強いためすぐに押し流されてしまう。


「ほらちゃんと立つ!!」


流されたカイトの手を飛び込んできたマールが掴んで引っ張り寄せる。


「き、君!ぐわ!」


ベチっとタオルを顔に叩きつけられ、マールはカイトを足先が沈む程度の深さしかない浅瀬に連れくると、雑に突き飛ばして座らせ、顔にぶつけたタオルでガシガシと身体を流し始めた。不思議と飛び跳ねるほどに冷たかった川の水が、マールが触れた途端感じなくなった、寧ろ暖かさを感じてしまう程である。マールは鉄心からもらったのか石鹸を手に持っており、タオルに擦り付けて泡立ててからカイトの肌に擦り付ける、れっきとした自然破壊なのだが…今、彼女の気を害すると殴られるので黙っていよう。


「カイト、結構身体出来てきたじゃん!」


不意にそんなことを呟くマールは、その小さな手で背中に触れる。


「そ、そうなんですか?」


小さな手の感触にカイトはドキドキと激しい胸の高鳴りを感じながらも問いかけると、彼女はにこやかに頷いた。


「うんうん、ちょっとだけかっこよくなってる!」


恥ずかしげもなくそんなふうに褒められては、カイトとしても気恥ずかしくなってしまう、そんなカイトの背中に唐突にマールがくっていてくる。


「!!?」


暖かいマールの体温と柔らかい素肌の感触がダイレクトに背中に伝わって来る。冷静に考えれば匂いを嗅いでいるだけなのだが、今のカイトは否応なく意識して心臓が止まりかけてしまう。


「うん、おっけ!いい匂い!まだちょっとくさいけど!」


臭いのかい。


「前々から幾度となく聞いて来ましたが…君は恥ずかしいとかないんです?」


頭に水をかけて泡を洗い流されながらマールに問いかけた。


「恥ずかしい…?なにが?」


きょとんととして首を傾げるマール


「裸を見られてです!私は男で、君は女の子なんですよ??」


「なに、カイトは恥ずかしいの?」


ニヤァとマールは嫌味な笑みを浮かべている。


「恥ずかしいですよ!それに…」


カイトが珍しく言い淀んだ。


「…それに?」


マールは特に興味もなさそうに問いかけて来た。


「君の裸が他の人…とくに男に見られるのは…嫌です」


「………」


意味を理解するのに時間はかからない、マールはぼっと唐突に赤くなると、両手で頬を叩いた。


そして唐突にカイトの手を取り引っ張り起こす。


「カイト!!遊ぼう!!」


マールはそう言って屈託のない笑顔に向けながらも、カイトを川の深瀬へと連れて行く。余りの唐突さと彼女の強引さにカイトは思わず笑ってしまった。


「いいでしょう!!相手になります!」


それから、カイトは考え事を放り捨て体力が許す限り年甲斐もなく裸のまま水遊びをたのしんだ。


「で、何か考え事??」


しばらくして遊び疲れたカイトは釣り堀に裸のまま座っていると、水の中から這い上がってきたマールが隣に座りながら聞いて来た。


「あっ…そうでした」


マールとの川遊びがあまりにも楽しすぎて頭の中から完全に飛んでいた…。


「はい、今日戦った冒険者殺し達の事なのですが…」


カイトは今日戦った冒険者殺しの事をマールに話した。


「せん、じゅつ?…」


マールは頭にハテナを沢山浮かべながら首を傾げている。


「ええと…そうですね、ゴブリンの巣に行った時を覚えてますか?」


それを聞くと、マールは懐かしそうに腕を組み長考するように目を伏せる。思いに耽っているのだろう。


「忘れた!!そんな昔のことなんて覚えてないよ!!!」


「バカがよっ!!」


「なんだとお!!」


カイトは再び釣り堀から川へと放り投げられた。マールも追いかけるように飛び込んできてカイトを引き寄せる。


「ぷは…でも不思議!冒険者殺しって一箇所に複数匹居るイメージが無いんだよね!」


マールはカイトの手を引いて川の流れに逆らいながらも口に含んだ水をカイトに飛ばして来てカイトはもろに食らう。


「つめた!」


顔にかかった水を拭うと、マールは考えるような仕草をしていた。思って見ればその冒険者殺しを狩り尽くす為に頻繁に行われていた狩猟祭りも、かなりの広範囲で行われていたような気もする。マールの話が本当ならば、冒険者殺しは群生ではないと考えられる。するとマールが変な声で唸り出した。


「うーん…あれは僕が駆け出しだった頃…たしか6歳か7歳くらいの頃かな?めっちゃくちゃ強い魔獣と戦った事があるんだ!」


6歳か7歳の頃から魔獣と戦っていた事実の方が驚く。なんなのこの子…。


「あれは危なかったなー…右腕食いちぎられちゃってさ!!知ってた?片腕だけで戦うのって結構大変なんだよ??」


片腕を失っても戦える6、7歳児は多分君くらいなんだ…と出かけた言葉を飲み込みつつ。


「で、それがどうかしたんですか?」


で?その魔獣と今回の冒険者殺しの異常な行動に、なんの関係があるのだろうか…とカイトが呆れていると、マールは静かに口を開く。


「えっとね、その魔獣、シルバーフォックスだったの」


シルバーフォックス、ベルラート近郊に生活する比較的おとなしい小型の魔獣で、人懐っこくペットとして飼う愛好家もいる。


「………えっと、可愛いくて手が出せなかったとか?」


「ううん?あれを可愛いと思う奴がいるのか?って外見だったよ?こーーんなにおっきくてさあ!!」


マールは可愛らしく身体を使って大きさを表した、よくわからないが可愛いのでよし。


「…あの小さな愛玩動物がなぜ、そんなことに?」


カイトが聞くと、マールはにこやかに返す。


「わかんない!!」


役に立たねえなおい!


「爺様にきいたら、人間の死体を食べたからって言ってた」


「人間の…死体を?」


カイトの問いかけにマールは頷く。


「うん、人の肉は魔獣にとってはご馳走なんだって!だから率先して人を襲って食べるんだ!爺様がいうには、何処か亜人との戦闘に敗れて死んだ冒険者の死体を食べたんだろっていってた」


「魔獣は人を食べたら強くなる…と言う事ですか?」


マールは小さく頷いた。その話の信憑性は現に見ている、何せ人を食っていた冒険者殺しは他の個体よりも遥かに大きくなっていたからだ。もしも…他にも冒険者殺しがいて、それが多くの人を食べている個体だとしたら…それは。


「ねえねえ!!今日はたっくさん冒険者殺しを倒したんでしょ!何匹!?いっぱい食べられる!?」


人を食った冒険者殺しを食べるつもりなのだろうか…いや、マールなら気にせず食べるだろう。今日ばっかりは研究のために基地へ運んでくれた篠崎に感謝した。


「とても残念なお知らせがあります…」


今日仕留めた冒険者殺し達は、篠崎の指示で魔法少女対策課や日本全国の研究施設に運ばれた事を伝えた。


「えー??…使い道もわからないくせに…もったいなぁ…」


マールは本気で恨めしそうに不貞腐れていた。


「くぉれマール!耐熱服を雑にするでねえ!!」


そこへ、家屋の方から鉄心の怒鳴り声が響き渡る。


「パンツやシャツまで…年頃の娘が何という…マール!どこにおるー!?まだ川かえ!!」


鉄心は怒鳴りながらも弟子が脱ぎ捨てた衣服を拾って丁寧に畳みながら釣り堀へとやって来て川の中で寄り添う二人を見つけた。


「お…お主ら何…しとるんじゃ…?」


ばさりと持っていた耐熱服を落とした鉄心は、ショックで目を見開きながら聞いてきた。それはそうだ年若いとはいえ男女が裸で川の中で寄り添っているのだから。


「こ…これには深い…」


「カイトがあんまりにも臭いから僕が洗ってあげてたの!!」


マールは屈託なく応えた、うん、可愛いねっ少しだけ黙ろうか。


「は…ははは…そ、そんな所です…」


カイトは苦笑する、それを聞いた鉄心はわなわなと震えだした。


「ばっかもーーーん!!!」


この後 二人は川から引き上げられ、ラフな薄着に着替えさせられると正座させられ、小一時間貞操観念についての説教を受ける事となった。


「聞いとるんかマール!!お前が1番あかんのじゃぞ!!」


怒鳴り散らす鉄心を前に、マールはグースカうるさいイビキをかいて眠っており鉄心の拳骨が落ちた。


鉄心の説教が終わると、二人は囲炉裏のある部屋に通された。鉄心はすでに夕食に使う食材を並べており、乾燥した山菜やキノコの硬い部分を処理して隣に置いている鍋へと放る。


「おうよ!山菜やきのこは日に干すと美味くなるんじゃ、覚えとくと良いぞ??」


そんな豆知識を披露しながらも、今朝マールが狩猟した鹿の脂身も鍋に放る、先ずは一緒に炙るつもりなのだろう。


「マール、薪いれちょくれ」


「あいあい」


鍋を吊るすための吊るしがねの下に燻った高温の炭があり、マールは手慣れた様子で火種の干し草を放り込み、火が立ち始めるとそのうえに木炭を被せてゆく。立ち上がった火種は瞬く間に木炭へ燃え移り赤い輝きと共に周囲を暖かくしてくれる。ベニヤ板により建てられた鉄心の古き良き日本家屋は隙間風が筒抜けであり畳みの敷いてある居間ですらとても寒いのだが、囲炉裏の暖かな灰のおかげで常に室内は暖かく保たれている。


「ふふ、今日は冷え込むじゃろうからの、そんな時は鉄心とくせい!の山菜きのこ鍋が1番じゃ!!」


お世辞ではなく鉄心の作る料理はとてつもなく美味しいのだ。鉄心は得意気に下ごしらえを終えた大きな鉄鍋を釣鐘に吊るし、立ち上がった火の上に置く。木炭の火はとても高温になるため、炙られた鉄鍋は直ぐに高温となって鹿の油が溶けていい香りが立ち始めると、朝食べた鹿の鍋を思い出して腹が鳴ってしまう。


「…僕、野菜きらーい!」


天日干しされたキノコや山菜など都会は愚か、向こうの世界であっても滅多に食べられない贅沢の極みなのだが…野菜嫌いなマールのお気には召さない様だった。


「なんじゃい、マールは野菜嫌いなんか?」


鉄心の問いかけにカイトは苦笑する。


「母が作れば食べるんですけどね…」


元の世界でも野菜はすすんで食べたがらないマールでもカイトの母が出す野菜だけは率先して食べるのだ。恐るべき母の力。


「ママの料理は美味しいもん!僕が食べられるように甘くしてくれるんだから!」


成る程、甘いからか…。さすがの母である。


「なら、今日の鍋はおまんも食え!ワシが作るキノコの鍋はうんめえぞ??」


「う…うーん…」


疑心暗鬼なマールにカイトは笑ってしまう。すると鉄心は時計に目を向けた。


「っといかん!二人とも、見とらんで手伝わんか!カイトは生簀に行って魚ぁ取ってこい」


「それなら僕が行くよ!!」


退屈なのだろう、マールはぴょんと跳ねて立ち上がる。


「生簀の魚を取るくらいなら私でも出来ますよそれより、マールは動物でも獲ってきたらどうです?これだけじゃあなたは絶対に足りませんよね?」


カイトは目の前の鍋を指差した。


「確かに!!」


今更か!マールはそういうと、とてとてとすり足で玄関へと向かう。


「じっちゃん!これ借りてもいい?」


マールはひょっこりと顔を出すと玄関横に立てかけてあっただろう薪割り用の斧を見せる。


「ま、マサカリ?」


きょとんとする鉄心にマールは笑いかける。


「なんか獲ってくる!」


「獲ってくるたっておめぇ…外は真っ暗じゃぞ!?」


鉄心の心配も当たり前で、今の時刻は18時頃、山の天気は早く街から離れた鉄心の鍛冶屋は駐車場の側の道路に建てられた街灯を除けばほとんど明かりは存在せず、指揮官として強化されたカイトの視力ですら、今は三寸先すら見えない程に暗い。


「大きいのを頼みますよ?」


カイトは行きがけのマールにそんな事をいえば、マールは満面の笑みになる。


「おっけー!期待しといて!」


そういうとどたどたと走って玄関から出て行った、鉄心は驚愕した様子でずっとマールの居なくなった入り口を見つめていた。


「あの…魚は何匹取ればいいですか?」


カイトの問いかけに鉄心はビクリと反応してカイトに視線を向けてきた。


「お、おお…いや、お主はマールが心配じゃないんか?」


「心配…?マールをですか??」


鉄心は頷くとカイトは笑う。


「この国でマールより恐ろしい生物なんて存在しません、我々が戦っている亜人や魔獣のあれこれなんかよりも…マールの方がずっと恐ろしい」


マールがただものではない事はわかっていた鉄心だったが、この時、この瞬間のカイトには鳥肌が立つ程の恐怖を抱いた。


「い、生簀の魚じゃったか?…そうじゃな、7匹かのう?」


7匹?そんなに必要なのだろうか?冒険者の胃袋を満たすには10匹は必要だが…鍋やマールの獲ってくる肉もあるのにそんなに必要なのだろうか?


「どうせ、他の娘らもくるのじゃろ?じゃったら、一人1匹は必要じゃろ?」


そういう事か…と、カイトは笑う。


「なるほど、ならば一人2匹にしましょう、1匹だと物足りませんからね?」


「お?…おう、ほーか」


カイトは外にある生簀へ行くと、生簀には沢山の川魚が泳いでいた、川の中に作られた緩やかな流れの囲いは多くの魚が卵を産む場所として使うため、否応なく多くの魚が集まって来るのだ、古くからある知恵の深さにカイトは感心しながらタモ編みを手に取ると、魚を獲っては首をへし折ってビクに入れる。我ながら、向こうの世界の生活が長いからか、こういった命を奪う作業にもなれてきている事にカイトは苦笑した。あまりにも慣れたせいか想定よりも沢山の魚を獲ってしまっていたが、まあ多い分には問題ないだろう。大量の魚が入った魚篭を持って帰ろうとすると、玄関口から物音がする。


「…?」


そっと覗き込めば、そこにはマールがいた。


「あ!カイト!!みてー?少し小さいけどイノブタがいたの!!!」


マールが笑いながら指差したそれは、全長2、3mはゆうに超えるであろう大猪だった、猪はマサカリで脳天をかち割られており、鍛冶屋の軒先に吊るされて血抜きの真っ最中と言った所だろう。


「おおーこれはまたでっかいイノシシじゃの!!」


玄関から出て来た鉄心が、側の灯籠に蝋燭を入れて陽を灯し、軒先が明るく照らされる。マールにもって来るように言われたのか、その手には大きな皿があった。


「違うよじいちゃん、これはイノブタ!はいまず内臓ッ!」


そう言って脳天に突き刺さっていたマサカリを引き抜くと、それを使って器用に腹を裂き、中から内臓を引き摺り出すと、それを次々大皿に乗せる。


「ほっほっ!ほーか、ほーか。んなら、そのイノブタさぱっと捌いチマってくれいわしゃこのモツを仕込んでくるわ」


鉄心はにこやかに笑いながら玄関から囲炉裏のある居間に戻って行く。


「ほれカイト!ぼさっとしとらんで魚に串打ちしとくれ!」


「はい!今行きます!」


鉄心の後を追いかけ囲炉裏へと戻ろうとした。


「ちょいまち。カイト、短刀貸して?」


「え?マサカリではダメなんです?」


「バカチン、こんなので皮剥いだらせっかくの毛皮が傷ついちゃうでしょ!」


それはごもっともだがマールに正論を言われると釈然としない、カイトは悔しそうにポーチから小さな短刀を取り出してマールに手渡した。


「…さーんきゅ!」


マールはにこやかに猪の毛皮を剥ぎ始めた。


「カイト?何しちょる?」


心配した鉄心が居間から顔を出す。


「い、今行きます!」


カイトは慌てて居間へ向かうと、囲炉裏の前には既に串が用意されていた。当然だが魚の串打ちなど初めてのカイトがうまくできるわけもなく。


「下手くそが!貸してみい!ようみちょれ!」


見兼ねた鉄心が手伝ってくれた。そうして夕食の支度をしていると…急に外が騒がしくなる。鉄心の読み通り、魔法少女達が来たようだ。


「きたでー!カイトー!!」


ドタドタと騒がしい足音をたて、真っ先に栞が居間に飛び込んで来た。後に続いて青葉、絵里香、茜もやってくる。


「おー!娘ら!まっとったぞ!!青葉と絵里香は手伝っちょくれい!!!」


鉄心は青葉と絵里香を奥の台所から呼びつける。


「は、はい!」


「今行きます!」


二人は手に下げていた荷物を脇にまとめるとすぐに鉄心がいる台所へ向かい、居間にはカイトと栞、茜が残される。茜は魚の串打ちに苦戦しているカイトをジッと睨みつけていた。


「お前、下手くそだなぁ貸せっ!」


もうすっかり元気になっている茜はそう言ってカイトの手から魚と串を奪い取ると、隣に腰掛けて1発で魚を串に刺して見せた。


「おお…器用ですね」


驚くカイトをみて気をよくしたのか、茜は次々と側の魚籠に手を入れて中の魚を取り出しては串を打ち、大皿に置いていく。


「いつまでみてんだ?ここはあたしがやるからお前は置いた魚に塩降って火のそばに刺してけよ」


「は、はい…」


茜は次々と魚に串を打ち大皿へ並べていく。カイトは言われるがまま塩を振った魚の串を手に取ると、鍋のそばに突き立てる。


「そこじゃ近いな、もう少し離さないと鍋が煮えるまでに焦げちゃうぜ?あと塩はもっとつけた方がいい、無駄な脂がなくなって焼き上がりがパリッとする」


茜は得意気に笑うと、手一杯に塩をつけ、魚の背鰭と尾鰭に刷り込むように付ける、これだとしょっぱくなるのでは無いかと心配していると、それを察したのか茜はフンと鼻を鳴らした。


「直火で炙るならこの位でいいんだよ」


そう言って彼女は串をちょうどいい位置に斜めに差し込んだ。


「今日は悪かったな、かっこ悪い所をみせちまって…」


茜は赤熱化する木炭をじっと見つめながら謝罪した。


「格好悪くなんてないですよ、だから…」


「うちもやるー!」


いい話の途中で栞がカイトに飛びついて来た。


「二人してなにはなしてるん!?うちもまぜてーな!!」


栞は子猿のようにカイトの背中にくっついて身体を擦り寄せてくる。


「シオリ!お肉を運ぶの手伝って!?」


ちょうどよくやって来たマールがそう言ってシオリの首根っこ掴んで捕まえると、引きずるように連れて行った。暫くして大皿に山盛りにされた大量の猪肉を二人で運んできた。真ん中の大鍋が吊るされた囲炉裏の周りが豪勢で豪快な食材に彩られたのだった。


「ぐわっはっはっはっ!ワシが若い頃はなあ!!」


昨日と同じく、鉄心は青葉と絵里香に挟まれて晩酌してもらい上機嫌で昔話に花を咲かせている。鉄心は想像以上に話し上手で、よっているのに為になる話を沢山聞かせてくれるため、思わず聞いてしまい飽きることはない。それの証拠に、絵里香と青葉の二人も時折り相槌を打ちながらも熱心に鉄心の話を興味深そうに聞いていた。美人な少女に挟まれ大好きな強い日本酒をついで貰えばこうなるのも仕方ない。


「うまー!!」


栞は小動物のように魚を豪快に齧っては目を輝かせていた、囲炉裏の炭火でカリカリになるまで焼いた川魚の串焼きに、香ばしく焼き目をつけたネギ味噌を付けて食べるのは最高の贅沢だろう。


「もっと綺麗に食えよもったいねえな、あと汚ねえ…」


茜は面倒見がいいのか、豪快に食べて食べかすだらけになった栞の顔を台拭きで拭ってやりながら、自分の魚を取ると丁寧に骨を外して香ばしく焼いた味噌を載せてからちびちび口に運んでいる。


「あ?なんだよ?」


茜は怪訝そうに見ていたカイトに問いかける。


「いえ、結構上品に食べていたので…あなたは普段を見るとあっち側の人間かとばかり…」


そう言ってムシャムシャがっついている栞を指差した。


「さすがにあんな食い方はしねえよ、汚ねえじゃん?…それとあれも」


茜が指差した先にはマールがいた、マールは焼き魚を手に取ると一口で頬張り骨もヒレもかまわず噛み潰し、咀嚼して飲み込んだ。大きな川魚をまるでししゃもでも食べているかのようである。


「さすがのあたしでも骨ごと噛み潰して食べたりは出来ねえ…」


成る程、と再びマールを見る。マールをはやはり鉄心の鍋には手をつけなかった、正確には一口食べてから無理っとカイトに押し付けて来たのだ。カイトには普通に美味しい味噌鍋なのだが、やはりマールには山菜の持つ独特な苦味がお気に召さないようだった。


「カイトの世界のイノブタ…おかしくない?」


イノブタじゃ無いからな…と出かけた言葉を飲み込みつつ、鍋の代わりに自分用に切り取っただろう猪の後ろ足を丸焼きにしたものに齧り付き、繊維で筋張った肉を食いちぎるとモゴモゴ噛み潰して飲み込む。


「イノブタって…こんなに美味しかったかな…」


マールからしてもイノブタら美味しいものではないらしい。


「イノブタ?なんだそりゃ」


話を聞いていた茜が川魚の串焼きを小皿に載せながらマールに問いかける。


「イノブタはイノブタだよ?僕達のせか」


「ま!!マールはイノシシをイノブタって呼ぶんですよ!!ね?マール!」


カイトは強引に会話に割り込んで誤魔化す。


「ふえ?…あ…うん?」


いや、疑問そうにするな、頷いてくれ…。


「ふうん、そっか…ん?今なんかはぐらかされたか?…」


茜が素直な子で助かった。カイトは肝が冷える感覚に囚われながらも、お腹いっぱいになるまでイノシシを堪能した。暫くして青葉と絵里香によって酔いつぶされた鉄心は敷布団が敷かれた奥の部屋に連れて行かれた。


「ふふー君たち!今日は沢山頑張ったんだね!!」


マールがにこやかに告げると、茜は首を傾げ、栞をみる。栞も疑問そうにしており鉄心を寝かせて帰って来た絵里香と青葉も何を言われているのか理解していないようだった。


「ご自身の数字を見てみてください?」


カイトに言われ、はじめてマールの言葉の意味を察した魔法少女達は各々に目を凝らす。


「エリカ!数字が30も増えてる!」


マールが言うように、エリカの数字はみんなに比べて突出して多く増えていた。おそらく冒険者殺しのトドメを率先して刺していたからだろう。


「1番活躍してないのはわたしですか…」


青葉は見るからに落ち込んでいる。数字的には栞も大差ないのだが…。


「いた!」


すると、マールは青葉の頭を引っ叩いていた。


「君はスカウトなんだから数字なんて気にしなくたっていーの!!」


「そ、そうなんですか?」


青葉は頭をさすりながら聞き返すとマールは頷く。


「当たり前じゃん!みなよ!僕とカイトの差!」


あえての圧倒的な差を見せつける。


「スカウトは前衛じゃないんだから、これぐらいの差は普通に出るの。むしろ前衛のアカネとエリカはこれくらいの差が出るくらい頑張んなきゃダメ、ちょっと差があるからといって調子に乗らないように!」


「…き、気をつけます」


何故かとばっちりに釘を刺されて絵里香は縮こまる。


「へっ、ざまあ…」


「君もだからねアカネ!」


アカネも釘を刺されて黙り、部屋が静寂に包まれる。


「みなさん、明日のことなのですが少し聞いていただけますか?」


話がひと段落したところでカイトがそう切り出した。


「まず、今日戦った冒険者殺しについてわかったことが幾つかありますので報告します」


カイトスマホを操作して画面を表示すると隣の茜に手渡し、茜は全員に見えるような位置に移動してカイトが表示した画面を床に置く。マールも見たがっていこうとする。


「あなたは字が読めないでしょう?口頭でも伝えますからジッとしていてください」


「あ、そっか」


カイトの呼び止めにマールは舌を出してから座る。


「魔獣は人を食うと強くなる…でも、この辺りで猟師を食っていた冒険者殺しは今日全部やっつけただろ?」


茜の言葉にカイトは頷く。


「はい…そうなんですが、今日の冒険者殺しは不自然な点がいくつもありました。人を食べたことで体が大きく強力になっていた事は事実…ですが」


「ですが?」


マールが首を傾げ問いかける。


「本日、討伐した冒険者殺しは我々に対して戦術と呼べるものを使っていました覚えていますか?」


冒険者殺しは自らを囮にして複数の個体を駆使して茜を丸呑みにしていた。


「そういや…そうだな…」


実際に飲み込まれた茜は素直に頷く。


「偶然、戦術を使ったように見えただけでは?」


絵里香は律儀に手を挙げて意見を具申する。


「私もそう思い、マールに聞いてみたのですが…」


カイトはマールに目を向けた。


「うん?…」


マールは可愛らしく首を傾げカイトは勢いよくずっこけた。


「さ…さっきの話を皆さんにもしてください、冒険者殺しの話!!」


「あー!それね?冒険者殺しが一箇所に複数匹がまとまっているところが見たことないってやつ??」


全て言いいながら聞いてくるので台無しだ。


「そう、その話です」


あー、とマールは唸りながらも口を開く。


「冒険者殺しは沢山狩って来たけど、複数匹が一箇所に集まっているところは見たことないかな」


そのマールの言葉で、複数匹の冒険者殺しが集まっている所を見たことがないという。あの光景がいかに異常だったか、言わずとも理解できてしまう。


「待てよカイト…何が言いたいんだ?」


茜は察している様子を見せている、カイトはそう感じながらもあえて口にした。


「生物は人間よりもはるかに単純です、行動には必ず理由がある。そして、群生ではないはずの彼らが、群生となって群れで狩を行うようになった…」


興奮するカイトは静かに続ける。


「それは、彼等に群れの狩りを教えた上位個体がいる可能性が考えられる、ということです。」


マールを除く全員の顔色が変わる。


「ちょ!ちょっと待ってください!」


青葉が手を挙げて意見する。


「魔獣は人を食べると強くなるという話はわかりました、今日倒した冒険者殺しが猟師たちの行方不明に関与したことは事実です…他にも人を食べた冒険者殺しがいる…と?」


青葉の問いかけにカイトは静かに頷いた。


「日本には集落と呼ばれるものが複数存在するといいます、その中には完全に俗世から離れ、地図に乗ることさえないものもあるでしょう…」


冒険者殺しが俗世から離れている、隠れ里とも言える集落を襲い、そこにいた人々を乱獲している可能性は充分にある。


「僕は、冒険者殺しの数も気になるなァ…」


マールはそう呟いた。


「どういうことですか?」


カイトの問いかけに、全員の視線がマールに集中する。


「え?いやね?冒険者殺しってそんなに個体を増やす魔獣じゃないんだ。年に数回のお祭りだって収穫はまちまち…今年だって獲れてないんだよ?」


確かにそうだ、カイトはこちらの世界に来るまでは冒険者殺しという生物の存在すら知らなかったのだ。乱獲祭りが行われるとはいえ、個体数が少ないというのは事実だろう。ならば何故、異常な繁殖をしているのか…。


「繁殖するための苗床があり、繁殖を促す栄養…餌が豊富にある…ということですか?」


青葉は呟きマールは肩をすくめた。


「こっちの世界の動物は弱いから個体を減らす捕食者もいないだろうからね〜減らないなら増えるばっかりじゃん?」


その言葉に魔法少女達全員の顔が一気に曇り、再び静寂に包まれる。その静寂を切り裂いたのはカイトだった。


「一刻も早く苗床を特定し、上位個体共々駆除する必要がありますね」


その場にいた全員が真剣に合槌を打つなか、マールだけは退屈そうに大欠伸をしながら背伸びしている。


「き、緊張感ないな!」


茜に指されたマールだが、気にせず猪や鹿の毛皮を持って来て処理作業をし始めた。


「えー?だって敵の強さとかやってみないと分からないし?」


「マール、明日なのですが…」


「いいよー」


即決したマールはカイトの表情をみて不満そうな顔をする。


「君の考えている事くらい分かるよ!どんだけ一緒にいると思ってんだっ」


マールは可愛らしく頬を膨らませて苛立ちを露わにしている。


「はい、よろしくお願いします」


カイトに頼られたマールは分かりやすく機嫌が良くなり大きく頷いた。


「あ、でも朝の訓練はやるからね!」


「「「「ええっ!?」」」」


その言葉に魔法少女達の顔が凍りつくなり声を上げた。


「当たり前じゃん?君達はよわよわなんだよ?だから毎日がっつり走り込んで、ガッツリ打ち込むのを日課にしなくちゃだめなんだから!ねえカイト?」


振られても困る…魔法少女達の希望の眼差しを一身に受けながらもカイトは涼しい顔をする。


「…マールの言う通りです、実戦の前にウォームアップは大事です!」


カイトの発言にマールはご満悦、魔法少女達は脱力して食器を片付け始めた。それから、速やかに寝袋を敷いて就寝する事となった。まだかなり早い時間なのだが、その日は戦闘の疲労もあるためか魔法少女達は直ぐに深い眠りに落ちるのであった。


先程まで騒がしかった居間は、少女達の微かな寝息と川のせせらぎと虫の音だけとなる。時折り、囲炉裏で燻った木炭が爆ぜて音を立てている。そんななかでマールはいつものように囲炉裏の前に腰を下ろし、本日取ってきた猪や鹿の毛皮を並べて囲炉裏の熱で乾かしつつ処理詐欺をしている。今回は先程まで猪鍋を入れていた鍋に水が張られており沢山の骨を煮込んでいる。何だかんだで骨の煮込まれる香りは豚骨ラーメンの匂いを想起してしまい腹が減る。


「カイトは寝なくて平気なの?」


革工作業に精を出すマールの背中を眺めていると、唐突に問いかけて来た。


「はい、いま篠崎さんと本田さんの返答を待っている所なのでまだ寝られません」


マールの問いかけに応えると、マールは処理を終えたのか毛皮を雑に放った。


「相変わらず大変だねえ…カイトは」


そう言いながら立ち上がると、こちらへやって来て流れるようにカイトの寝袋に入って来た。


「ねえカイト、向こうに帰ったら何をする?」


唐突な問いかけに、カイトは笑うと手にしていたスマホを雑に放り投げ、前で横になっているマールのお腹に手を回して抱きしめ、身を寄せた。普段のマールから嫌がるのだが、今日は静かだ…マールの髪から石鹸のいい香りがして一気に眠気に誘われる。


「そうですねぇ…問題は山積みです。人界会議もありますし、エルフからの攻撃も激化するでしょう…ついでに魔王です。ひょっとすればこの一月は最期の余暇になるかも知れませんねぇ…」


こちらの時間では三ヶ月もの時間があるのだが、こちらとあちらでは時間の流れが違うのでこの方が伝わるだろう。


「…考えると頭が痛くなってくる…細かいことはカイトが考えてよ…」


途中で考えるのを放棄して投げて来た。


「そうですねぇ、まずは圧倒的な力を持った魔王軍の統括顧問達…旧勇者パーティと互角に戦える戦備を備えたい。マールも含め、今、私達のクランに所属している戦闘員全体の底上げは絶対に必要になるでしょう…」


「底上げかあ…みんなでお師匠に弟子入りする?」


「とても魅力的な提案では有りますが…私は実戦から積み上げるのが1番だと考えます」


カイトはそういうと、マールはこちらに向き直る。


「じゃあどうするの?魔王軍が退いちゃっている今、亜人と戦える場所なんてないよ?」


魔王軍は現在、来るエルフとの戦争の為に最前線に展開していた亜人の大軍団を退散させている。それに加えて銀の国が合流した事により、ペリドゥの戦力はより強力なものとなり今や軍事要塞とも呼べる街になった。銀の国の双子の女王【ユラ】と【ユナ】はカイトから教わった簡単な戦術を見事に応用し、勇猛果敢な銀の国の兵隊達を駆使し最前線の前を埋め尽くしていたエルフの集団や野営地を瞬く間に蹴散らすと、最前線巨大な壁の前に新たな大きな壁を建築している最中である。将来的にはペリドゥ前方に砂の国と同じ規模の大要塞を建築する予定になっている。


「最前線はもう一つあると、あなたはいいましたよね?」


カイトの問いかけにマールはハッと目を見開いた。


「まさか、砂の国にある最前線の?」


カイトは頷く。


「はい、実はこちらに来る前日にアジム様から直々の調査依頼が来ていたんです…」


「アジムにいちゃんが?…でも大丈夫なの?A級冒険者ですらバンバンやられる危険地帯だって聞くよ??」


珍しくマールが心配そうにしている。


「アジム様はまさにそれを疑問に思っているようです」


「…どういう事?」


「マール、君はA級冒険者が徒党を組んでいるような場所が亜人の大軍団が攻め込んだとして…死者がでると思いますか?」


そんなカイトの問いかけに、マールはギョッとした、そして目を逸らす。


「そ、そんなのわかんないよ…」


「私はよっぽどの事がないとA級冒険者が亜人を相手に簡単に死傷するなんて事は考えられません」


あちらの世界のA級冒険者と呼ばれるもの達は、一人一人が戦略兵器に等しい絶対的な力を有している事はカイトも直にその目で見て知っているのだ。一人二人程度ならば物理的に押し込む事が出来るかもしれないが、それが徒党を組んでいるとなれば話はべつである。


「考えられるのは、A級冒険者の許容を超える物量が絶え間なく攻め込んでいるか。魔王軍の統括顧問がいるか…あるいは…ごふっ!」


唐突にマールが頭突きをしてきた。見ればうとうとしており既に眠たそうだった。


「砂漠かあ…暑いとこ嫌いなんだよなあ…」


そう愚痴るなり、小さく寝息を立て始めた。


「おやすみなさい、わたしの勇者」


マールが眠りについたのを見て、カイトも眠ることにして目を閉じた。

お疲れ様でした!!次回からがっつりバトル展開です。

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