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1の6 冒険者殺し

久しぶりです、絶賛スランプ中

カイトはマールを探して工房へと向かう、工房は昔ながらの木造建築であり、入り口は資材搬入の為か大きく扉もない。カイトが中に入るとマールはそこにいた。


「マーッ…」


カイトはマールを呼ぼうとしたが、カイトに気が付いたマールは口元に手を持っていく。その手には耐火用のミトングローブが嵌められている、そしてマールはあっちに行けと言いたげに手を振った。


「これ、よそ見するでない!しっかり抑えんか」


「ごめん!大丈夫!」


マールを叱りつけた鍛冶屋の主人であろう老人は大きな槌を両手に立ち上がる、視線の先にはマールにトングのようなもので掴まれた赤熱化した鉄の棒があり、老人はそれを大きな槌を大きく振り上げて力強く打ちつけ火花が散る。


「カイト!!」


置いてかれた魔法少女達や本田が後を追いかけてくる。


「ストップ、みなさんそこから敷居を跨がないで下さい私も直ぐ出ます」


カイトはそう言って魔法少女達を静止すると踵を返して工房を後にする。


「カイトくん、大丈夫なのかい?鉄心さんは気難しいで有名なのに…」


本田に心配され、振り返って工房内で刀を打つ二人を見る。


「大丈夫そうです、外で待っていましょう」


カイトはそう言って全員を追い出した。工房から出たカイト達は外に停車されていた車に乗り込む、青葉や栞はよっぽど疲れたのか柔らかいシートに座るなり直ぐに眠ってしまった。茜や絵里香も座席に座り、うとうととしている。鍛冶屋の駐車場にはちゃっかりと自販機があり本田は買ってきたコーヒーを投げる。


「カイト君、うちの子達はどうだった?」


「ありがとうございます…どう、とは?」


受け取った缶コーヒーのプルタブを開きつつ口に運ぶ、途端に口の中いっぱいに砂糖の甘味が広がり、思わず吐き出しそうになるが、何とか飲み込み、渋い顔をしてしまう。


「ごめん、甘いのは苦手?」


甘過ぎるのは得意ではない、恐らくヤケクソのように甘い黄色いコーヒー缶を見ながらも、本田に視線を戻すと彼は車へ寄りかかる。


「魔法少女達は、亜人と戦えそうかい?」


「…無理ですね」


カイトはキッパリと告げた。こう言う時にお世辞や希望的観測は判断ミスを招くからだ。


「今のままでは遠からず皆、死ぬ事になるでしょうね…」


その言葉に本田の顔が険しくなる。


「むしろ、私たちが来るまでうまくやって来れていた事が奇跡な位なんですから」


「茜ちゃんや絵里香ちゃんが頑張ってくれていたからね…」


本田は小さく呟く、今までは銃の威力と加護による身体能力の向上のみでどうにもなる程度の亜人だったのだろう。それこそコボルトやゴブリン程度ならばどうにでもなる。それが、ギガースのようなこちらのギルドですら手を焼く亜人の出現は想定外だったのだ、本田は口惜しげに手にした空のスチール缶を握りつぶした。


「情けないよね…亜人達と戦うためにあんな若い子供…しかも女の子に頼るしかないだなんて」


言葉の節々に悔しさが滲む。自分が冒険者体質であったなら自分がやるのに…彼はそう言いたげだった。


「仕方ありませんよ、人間のままで亜人共と戦うのなら…それ相応の準備が必要になりますから…」


カイトの言葉に本田はバッとこちらを見る。


「え?そう聞くと、人間でもやりようによっては出来なくはないの??」


信じられないものを見る表情だった。


「当然じゃないですか、あんな形でも相手は同じ生物なんです、人間より桁外れに身体能力に優れ戦闘に特化しているだけなんですから」


その身体能力と戦闘能力が隣すぎているから人のままではどうにもできないのだが…。本田は何かを決意したように小さく肩の力を抜いたのをみて、カイトは目を伏せ告げる。


「大人だけでどうにかしたい、と思っているならやめておきなさい…加護の恩恵が受けられない普通の人間で倒せる亜人なんて精々コボルトやゴブリンまででしょう…まあ、ゴブリンは寧ろ大人だけでやった方がいいかもですがね…」


「それはいい、今度、ゴブリンの倒し方を教えてよ」


本田はそう言って穏和な笑みを浮かべる。


「はい、機会があればぜひ…」


そう、二人は笑っているとそこへマールが歩いて来た。


「冒険者じゃない人とカイトだけで亜人討伐なんて自殺行為だからやめてね?」


マールはそういってカイトをどついた、カイトとしては冗談のつもりではあったが、彼女としては冗談ではないのだろう目は真面目だった。


「っ…マール?もう、終わったんですか?」


カイトはどつかれた箇所をさすりながらも、手にした死ぬ程甘いコーヒーをマールに差し出す、マールはそれを受け取りクンクンと匂いを嗅ぐ。


「うえ…なにこれ!…あの苦いやつ!?」


小動物の様にコーヒーの匂いを感じるなり明らかな嫌悪を表情に表した。


「めっちゃ甘いですよ」


「ホントにぃ?苦かったら殴るよ?」


理不尽だ…疑心暗鬼に愚痴りながらも渋々缶に舌先を付ける。


「ホントだ!甘い!美味しい!」


マールの基準は甘いは美味しいらしい。目を輝かせながらもクピクピと味わって飲んでいる。


「で?マール、何か用ですか?」


カイトの問いかけにマールはあっと声を漏らして目を見開き、手にしたコーヒーを一気に飲んで空にすると、硬いはずのスチール缶を小さく丸めてポケットに放り込んだ。


「そうそう、じっちゃんがみんなを呼んでるんだった!」


じっちゃん?そうしてカイト達は、マールに連れられ、店になっている家屋の玄関から中へ入る。


「すげえ…」


店に入った茜は目を輝かせてそんな感想の言葉が漏れる。それもそのはず店の中は大小さまざまな武器が展示されており、壁際にはガラスケースに収まった見るからに高級な甲冑が飾られている。店の1番奥にはレジが置かれた高い番台があり、ガラスのケースに収まった短刀が抜き身で飾られている。番台の奥には大きな畳のスペースがありそこには座布団があり、その上には一人の老人が静かに座っていた。


「じっちゃん、連れてきたよ!」


老人は紫染の着物を身につけ、右目は眼帯により見えないが、見えている左目は怒りの炎に燃えていた。


「遅いぞマール!待ちくたびれたわい!」


「あはは、ごめん…ちょっと話し込んじゃってさ!」


マールは舌を出して甘えるように謝って見せた、実に可愛らしい仕草である。老人は小さくため息を吐き出し、改めてカイト達へ目を向けた。


「ご無沙汰しております、鉄心さん」


本田が前に出て老人の名を呼ぶと、鉄心と呼ばれた老人は着物の胸元に手を入れ、高価な鼈甲が使われたキセルを取り出し、先に入れられた香草にマッチで火を付ける。


「本田ァ…篠崎の倅は何を考えとる?いきなり連絡が入った思うたら今から部下を送るからそいつらの武器を作れと抜かしおったぞ!」


本田にガミガミと怒鳴りながらも腕を組み、そして魔法少女達を順に見回す。


「しかも部下というのはこの童かえ!??人を小馬鹿にするのも大概にせい!」


本田はペコペコと平謝り、拉致が開かない。カイトは潔く前に出る。


「なんじゃい童」


燃え盛る釜戸のような炎を宿した瞳がカイトに向く。その威圧感は凄く、それだけで怯んでしまいそうになる。


「我々は童ではありません、冒険者体質と呼ばれる特別な存在です。栞さん、そこの壁に立てかけられた鉄の棍棒をマールに渡して下さい」


「あいお」


「まてい!その棍棒は30kgを超えるで?怪我するからやめとけい!」


鉄心に咎められるが、栞は両手でヒョイっと軽々持ち上げ、それをマールへと持っていく。


「はい、ありがとう」


マールはその棍棒を片手で軽々持つと、自らの隣に置いた。


「……成る程のう…」


その異様な光景を見るだけで、カイトの言った普通ではないという言葉を理解するには十分な説得力であった。


「私はカイトといいます。そして右から青葉、栞、茜、絵里香、そして…」


ゆっくり鉄心の後ろを見る。


「彼女はマールです」


「僕は先に教えてるよっ」


マールは楽しそうに告げ、それをみた鉄心は露骨に落胆を態度に現してため息を吐き出した。


「よく気が効く筋のいい若者じゃ思うたら、お主も此奴らの一味だったんかい…まあ、ええわ」


着物の胸元に手を入れ、細長い高価そうな鼈甲をふんだんに使われたキセルを口に咥えると、熱した香草を吸引口に放り込む。そして胡座をかいていた脚を崩す。彼の右足は丸太のような左足に比べてとても細く、枯れ枝のようであった。これはたたら製鉄を続けた鍛治屋が陥る職業病であり、昔ながらの鍛治職は大概が片目を失明し、片脚の筋が潰れて動かなくなる。


「ん、僕とカイトはじっちゃんの鍛冶を見学しにきただけだよ?じっちゃんが余りにもいい音を出すから思わず身体が動いて先に来ちゃったの!」


マールの言葉に鉄心は面食らった様子を見せてから体を震わせた。怒ったのか?と思い身構える全員だが…。


「フハハハハ!!!いい音と来たか!!お前わかるんか!!嬉しい事を言ってくれるのう!フハハハハ!!」


鉄心は腹を抱えて大笑いしてからその筋骨隆々な二の腕でマールをぐわしと掴んで引き寄せてから頭をわしゃワシゃと撫で回す。一瞬、嫌がるかと思ったがマールは猫か犬のように撫でられている。


「武器、作ってやろう」


鉄心は穏やかに告げた、マールにいい音と言われたのがよっぽど嬉しかったのか、マールの頭を撫で回している。


「ではさっそく言値を教えてください、いつもの口座でいいですか?」


本田はそう言ってタブレットPCを取り出すと口座画面を表示して鉄心へ差し出すが、鉄心はそれを突っぱねた。


「金はいらん」


鉄心は豪快な笑みを浮かべそしてかなり重たい筈のマールの首根っこを掴んで本田の前に晒す。


「代わりにこの娘をわしの弟子にくれ」


願ってもない提案だった、ただそうなると。


「なあに、わしもおいぼれじゃ長くない。であるならば、わしの技術を後世に残したくなるもんじゃ…恥ずかしい話、世継ぎを残すことに興味がなかったからのう…今更作りたいともおもわぬが…」


切実だった、マールを猫のように抱き上げて膝に乗せ頭を撫でる。孫と祖父のような微笑ましい光景にもみえる。


「そんな事を考えていた矢先にこの娘が工房に来た、さっきの鍛錬でもわかる、この娘はとても筋が良い…わしの技術を受け継ぐに充分な器を既に持っておる」


マールは心地良さそうに撫でられている。


「えへへ…そんなに褒められたの初めてだ…でもいいの?僕、少ししたら国に帰っちゃうよ?」


「ほう?そうなればお主の国にわしの技術が広まるって事じゃないかえ?…それは寧ろ良いのう」


寧ろ喜んで持ち帰らせたい、鉄心は自らの技を後世に残せれば良かったのだ。自分の技を受け継いだものが、自らの国でその技を受け継いでいく…そう考えるだけで彼は満足だった。マールはカイトに目を向ける、その視線の意味をカイトは分かっている。


「マールがやりたいならいいですよ」


カイトから了承をもらったマールはぱっと花が咲くように笑う。


「だってさ!じっちゃん!弟子になるよっ!」


上に向いたマールはそう報告し、鉄心は満足気に頷く。


「ただし」


カイトはキッパリと言葉を区切り鉄心を睨み付けた。


【この小僧、なんちゅう眼をしおる…】


鉄心の鍛冶屋は知る人ぞ知る武器屋でもある、当然良く無い組織の人間もやって来ては武器を作らせようとするのだ、この場所に人のいい悪いはない。ヤクザだろうが警官だろうが言値の金が払えるのなら相手の臨む武器を作って来た。国1番の武術家、ボディーガードに暗殺者、快楽殺人鬼にヤクザの親分など様々な者達を見て来て慣れている筈だった…その鉄心が思わず怯んでしまいそうになる程、カイトの眼光は鋭く、心臓を握られたかと錯覚し思わず身構えてしまう程の圧があった。


「このお店の武器と防具を少し譲って頂きたい」


そんな事をそんな目をしながら言うか?普通…鉄心はポカンと口を開けながらも身構えてしまった身体から力を抜く。


「……いいじゃろう、好きに持ってけ」


おお…と本田や茜から声が漏れ、カイトは先程まで見せていた穏和で頼り無い顔になる。


「ありがとうございます」


カイトはお礼を口にしながら会釈し一歩下がった。


「うし、なればマールよ!!まずは玉鋼からつくるど!ついてこい!!」


玉鋼とは、砂鉄から造られる純度の高い鋼の事である。そう言ってパンと膝を叩いて音を鳴らし、片脚で器用に立ち上がると、足を引き摺りながら工房のある奥へ歩いていく。


「うん!!」


「マール」


カイトは後に続こうとしたマールを呼び止めると、懐から大きな革袋を取り出して差し出す。


「なあにこれ?」


マールは袋に手を突っ込み中の物に触れて目を見開くと、あわてて身を寄せた。


「か、カイト!これ僕達の世界の金貨じゃん…?いいの?」


「ええ、我々側の世界で生まれた金属です」


父はこの金貨にはこの世界には存在しない金属が数%含まれていると言っていた。もしかすれば、あちらの世界の金属には冒険者体質が持った加護と感応性のある物質が含まれているのではないか?とカイトは考えたのだ。冒険者体質の少女達に使わせる武器ならば…多少とはいえ、こちら側の金属が使われた武器を造る必要があるだろう。


「んふ、有り難くつかわせてもらうね?ありがとっ」


マールは受け取った革袋を両の拳で挟んで叩き潰し、そのまま踵を返すと工房に続く通路へ消える。


「なんじゃい、ぬしゃらそういう関係かい!」


「んふふーそんなとこ!」


マールはそうはぐらかしながら足が不自由な鉄心に肩を貸し、工房の奥へと連れて行った。


「んで?この店の武器や防具を貰ってなにをすんだよ?」


茜は手近な刀を手に取ると、剣士の神託により一瞬で習熟したようすで弄んでいる。


「はい、それですが…」


カイトはそう言いながら腰のポーチから小さく折りたたんだ新聞を取り出して広げる。


「?…これは今日の新聞かい?今朝コンビニで買ってたのか…」


本田は新聞の見出しからすぐに察したようだ。茜も新聞をカイトから雑に奪い取り、床に広げてドカリと座り込む。


「この新聞がなんだってんだ?」


活字が苦手なのかジッと睨みつけたまま動かない絵里香と青葉も側に座り込み地図を覗き込み、栞はこういう話が苦手なのか、退屈そうにカイトにくっついて来た。


「……ああ、ここ最近おきている猟師の行方不明事件のことかい!?」


察しがいい本田ノ問いかけに、カイトは頷く。


「本田さん、京都の警察に掛け合ってこの失踪事件についての情報を集められるだけ集めていただけますか?できれば資料や遺留品の発見場所など詳細な情報があればなんでもいいです」


本田はポカンとしていたが、直ぐに顔を振って正気を取り戻す。


「もしかして、これは亜人の仕業なの?」


亜人、本田が発したその言葉に全員の表情が変わり眠たそうだった栞すらガバッと起き上がる。


「いいえ、犯人は亜人ではありません」


カイトの言葉に全員の肩から力が抜けていくのがわかる。


「冒険者殺しと呼ばれる魔獣の仕業かもしれないとマールは言っていました」


魔獣、聞き慣れない言葉に全員の目を丸くしてカイトに集中する。


「ま…じゅう?…」


絵里香は疑問と困惑の声が口から出る。


「はい、こちら風にいうなら化物、モンスターと呼ばれる存在です」


その言葉に、全員は真顔になると姿勢を正した。もしも亜人や冒険者体質を知らなければ頭がおかしい人と蹴り飛ばせたのだろう、本田すらその場にドカリと派手に座り聞く姿勢を取る。


「でも、マールはかもしれないって言ったんだろ?なら勘違いじゃねえのかよ?」


茜は当然の疑問を口にする、ただ、カイトは首を横に振った。


「私は、自らが指揮を取る戦場で絶対の信用を置いているものがあります」


「せ…戦場?」


語るカイトに絵里香は引きつつも身を引く。


「んで?その信用を置くものってのは?」


茜は胡座をかいて頬杖をつく。


「マールの直感です」


「…おい、マジな話の途中に惚気とかやめろよな」


茜は咎めるがカイトは苦笑していた。


「惚気ではありません、私はこれまで幾多の戦場で様々な亜人と戦って来ましたが、あの子の直感に何度も救われてきたんです」


マールの直感はただの感覚で済ませられるものでは無い、カイトはそれを身をもって知っているのだ。


「あの子が【いるかもしれない】といったなら、確実にいるんです」


「つまり…冒険者殺しも」


青葉の問いかけに、カイトは頷いた。


「はい、冒険者殺しは確実にいます」


カイトの言葉に、その場の全員が息を呑み、絵里香は新聞紙を手に取り記事を見る。


「つまり、その冒険者殺しとかいう化け物に彼等は襲われ、食べられた…と?」


本田の問いかけにカイトは頷いた。


「こうしちゃいられない、カイトくん、冒険者殺しについて詳しく教えて?」


本田の動きは速かった、彼はすぐさまスマホを取り出し篠崎に連絡。非番の篠崎も冒険者殺しの情報を聞くなり即座にオンライン通話を要求してきた。カイトはマールから聞いた冒険者殺しの情報と特徴をその場の全員に告げた。


「以上が、冒険者殺しの情報です。私は遭遇した事がないので詳しくはマールに聞いた方が確実でしょう」


報告を終えると、本田が抱えたタブレットの画面に頭を抱えた篠崎が映る。


『…亜人の次には人喰いの化け物だなんて…どうなってるよこの国は…』


そんな愚痴に本田は穏やかに笑っている。


「…地中を移動する巨大な化け物…」


青葉は息を呑みながらも、自らのタブレットにカイトから得た情報を細かくまとめている。


「昔、そんなバケモンが出て来る映画あったよな、なんだったけ?」


茜はにへらと渇いた笑いを浮かべながらも横の絵里香に問いかけると、絵里香は頷く。


「有りましたね…たしかあの映画では怪物にダイナマイトを食わせたんでしたっけ?」


全員に比べて穏やかな絵里香はどこか楽しそうに語る、そういう映画が好きなのかもしれない。


『はいはい、二人ともふざけない。わかっているだけですでに5人も殺されてるのよ?真面目にやりなさい』


篠崎は母親のように絵里香と茜の二人を咎めた。


「はーい」「わかってんよ…」


茜はそっぽをむき、絵里香は悪びれる様子もなく笑いながら黙った。


「も、もし…呑まれたら…もう蘇生してもらえへんの?…」


カイトにくっついた栞は明確な小動物の様に見上げている、その瞳は明確な恐怖を抱いて揺れている。


「マールはそう言っていました、なので間違いはないかと…」


一瞬で静寂が生まれる。


「は、はん!そんなんあたしの敵じゃねーよ!!」


「足が震えてますよ?」


絵里香に指摘され、茜は自分の足が震えていることに気づいたようだった。


「べ、別にびびってねーし!!こ、これはあれだ!あれ!武者何とかってやつ!!」


武者震いも怖いから震えているんだが、それは彼女の名誉の為に言わないでおこう。


『いま京都県警に緊急事態を伝えたわ。とりあえずは活火山活性化に伴う一時避難って事にしたから動くなら早めに頼むわね』


篠崎は流石の速さで各所に根回しをしたようだ。


「ありがとうございます」


『それと本田、私はこれから出かけるの、暫く音信不通になるから…後は貴方に任せるわ』


「え?…あ、はい…珍しいですね、あなたが公休だなんて…それに…」


本田はそう言ってタブレット画面を自分へ向けた。


『こっ、こっちも色々あるのよ!いいから、任せたわよ!それと問題を起こさないようにね!特に茜とマールには目を光らせなさい!直ぐやんちゃするんだからっ!じゃなあね!』


言いたいことだけ言った篠崎はさっさと通話を切り、タブレットの画面が真っ暗になる。


「篠崎先輩が化粧なんて珍しいな…もしかして彼氏!?」


本田はそんな様子で驚いていたが、思う節があり過ぎるカイトは咳払いしてから立ち上がり、店の武具を見回す。


「では、使う装備を選びましょうか…」


「うちは嫌やっ!!」


唐突に栞が声を張り上げた。


「何でみんなはそんなに平然とできるんや?うちらは5人も人を食った化け物を倒してこいいわれとるんやで!?」


栞は震えながら身体を抱く。


「めっちゃんこ強いマールに倒してもらったらええやん!!経験者なんやろ!?なんでうちらがやらなあかんねん!」


その冒険者殺しより何倍も強く、恐ろしいギガースを単独で倒している栞とは思えない発言である。


「栞さん…」


カイトはそんな栞の肩を掴んで強く引き寄せ、ジッと顔を見る。暫く目を合わせようとしなかった栞だが、次第に落ち着いて来たのか恐る恐る目を合わせて来た。


「忘れているのか聞いてなかったのかは知りませんが、我々は休暇でこの国に来ているんです。つまり遠くない未来、私とマールは国に帰るんですよ?」


そうなれば、二度とこちらに来ることは出来ないだろう、栞は動揺して目を見開きゆっくりと逸らした。


「篠崎司令に我々に頼るなって言っていたのはその為ですか…」


青葉の問いかけにカイトは頷く。


「帰る日を教えてもらってもいいかい?」


本田はアナログなメモ帳を取り出した。


「おおよそ三ヶ月くらいですね」


「三ヶ月ね…自衛隊の教育期間みたいだ」


本田のぼやきに思わずカイトは苦笑してしまう。


「帰らないって選択肢は?」


「有りません」


茜の言葉にカイトは即答で答えた。


「だから、私達がいる間に貴方達をちゃんと戦えるレベルまで引き上げるつもりです。勿論、休暇であるのでマールを優先させていただきますが」


「ふふっ、なら今のうちに覚える事は覚えておかなくちゃね?さあみんな?武器を選びましょう」


絵里香が立ち上がり、茜や青葉も立ち上がる。その表情から高い士気を窺わせる。ただ…栞は。


「い…いやや…うち!ただでさえチビで、ビビりで、にいちゃん達にもケンカで勝てへんのに…」


「でも君、ギガースを倒してるじゃん?」


不意に声がして後ろを振り向くと、マールが腕を組んで立っていた。


「マール?」


マールはカイトを気にも止めずに腕を解くと、ゆっくりと歩きながら栞の側へやって来た。


「そ、そんなん…痛!」


尚もウジウジしている栞の頭にマールは拳骨をくらわしていた、その顔は笑顔である。


「冒険者殺しなんてギガースに比べたら雑魚なんだから君なら大丈夫だよシオリ!!」


「そ…そうなん?」


尚も心配している栞に、マールは頷いて見せる。


「そりゃそう、君、結構凄いんだよ?ちゃんと鍛えてがんばったらAランクの皆とも肩を並べられるようになるんじゃないかな?」


マジか…カイトは驚愕する。マールは事、戦闘に関する面で他人を煽てるような事は絶対にしない。素質のない人間には君には無理だとはっきり言うのだ。つまりマールは本気で栞にAランクになれる素質を見ている事となる。


「なあカイト、お前らが度々いうAだのBだのってなんなんだ?」


茜が疑問を口にする。


「私たちの国で冒険者体質の人間は、あなた達と同じようにギルドという組織に所属しているんです。AとかBはギルドに所属した冒険者達の階級のようなものです、上はAから下はZまであります」


「漫画やアニメのギルドだと上はSSSとかだけど、君達の国はAが1番上なんだね?」


本田は茶化すように問いかけ、カイトは頷く。


「マールちゃんとカイトくんの階級を聞いても?」


興味があるのか、絵里香が聞いて来た。


「僕はいまPだったかな?カイトはYだよ、もやしがAやBなわけないっしょ!」


そこまで言わなくても…カイトは少し傷ついた。


「マールですら下から数えた方が早いだなんて…AやBになったらどんな化け物なんだよ…」


茜はショックを受けたようだった。


「AやBの人達はマジの化け物だよー?たった一人でも山を埋め尽くせる程の亜人の大群を何とか出来ちゃう人達なんだがら!」


彼女はそう言っているし、実際そう考えているのだろうが。それが出来るのはAランクでも上澄みも上澄みだろう。彼女の階級がなかなか上がらないのはゼノリコがギルドに手を回しているからであり、マールの階級は飾りのようなものであるのだが…彼女はそれを実力不足と感じてしまっているようだ。


「あなた、Aランクのヒューゴやイザベラ、ディートリヒを倒してませんでした?」


何故か頭を思い切り引っ叩かれた。


「君は何にもわかってない…あれはめっちゃくちゃ手加減をされてたの!!」


結構痛かったので、彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。


「さあ!行くで!!未来のAランク候補の栞様が冒険者殺しを仕留めたる!!」


さっきまで怯えていたとは思えないほど元気になっている、お調子ものは便利である。


「それでマール?何しに来たんですか?」


カイトの問いかけにマールはハッと口を開けた。


「そうだ、みんな用の防具も作るからサイズを測りにきたんだった!栞、触るよ!」


マールはそう言ってそばにいた栞のサイズを手で確かめている。長尺などで調べるものだろうが…マールは目測と手触りでサイズを調べることが出来る。彼女はこうやって銀の国の守護者シルヴィアの鎧を革と骨で製作した。彼女は今だにあの即席の鎧を気に入って身につけており、今でも度々マールに修理を依頼しに来る。


「で?僕に一言もなしに冒険者殺しをやりに行くつもりだったの?」


マールは栞をのけると、青葉のサイズを確認しながらカイトに問いかける。


「あ…はい、マールが言った通りにゴブリンと同等の戦闘力ならば、今の我々だけでも充分討伐できる相手であるかと…」


「いつもの君なら何時間も調べる癖に、珍しく見立てが甘いんじゃん?」


「この世界では冒険者殺しにたいする情報源がありません、ならば今、わかっている情報だけでどうにかするしかありませ…」


そこまで言ったところで腹を拳が抉る。


「まったく、何で僕に聞かないかなあ…君達危なかったよ?」


マールはそう愚痴りながらも、短刀が沢山置かれたガラスケースの中から小さな短刀を雑に外へ放り出す。


「みんな、武器とは別にこれを持って行って」


マールはにこやかに全員に短刀を渡していき、本田にも渡した。


「え、私も!?」


本田は驚いていたが、マールは不敵な笑みを浮かべながらもカイトにも投げ渡す。


「これは?」


聞けばマールはふんぞり帰って自慢げに腕を組む。


「教えてくださいは?」


絶妙にムカつく…今度泣かす。


「……教えてください」


カイトがマールに頼むと、マールはうむっと似合わない相槌を打ちながらも口を開いた。


「それは冒険者殺しに呑まれちゃった時用の武器、冒険者殺しに丸呑みされちゃったらそれで中を突き刺すんだ。冒険者殺しの皮は弾力があって刃が通りにくいんだけど、内側は脆くて刃が良く通るんだ!カイトの力でも内側からなら簡単に仕留められるよ」


成る程、とはいえ丸呑みされたくは無い。マールはにこやかに笑いながらも続ける。


「ハイデなんてわざと中に飛び込んで素手で裏側から貫くんだよ?」


あの暴力大司教は何をやっているんだ…。


「はいおっけ!次茜!」


マールはそう言って栞の短パンに結び紐で硬くくくりつけると栞の尻を叩いて退かし、茜にもつかみかかる。


「あ、私はいらねえよ!呑まれなきゃいいんだろ!?」


「いいからつけなって!」


「ちょ…ちからつよ!?」


マールの機械的な力に掴まれた茜は強引に引き寄せられて短刀をズボンにくくり付けた。


「それとカイト、冒険者殺しを倒せたら死骸を持ってきてもらってもいい?」


茜の尻を力一杯に引っ叩く。


「ひゃん!な!何すんだこいつ!」


茜は返そうとするが、マールは茜の攻撃を見もせずに片手でいなしながらこちらをみている。


「死骸…ですか?」


カイトの問いかけにマールは頷く。


「君、皮剥げないでしょ?だから死体持ってきてそしたら僕がやるからさ」


そういうことか、とカイトは頷く。


「わかりました、しかし何に使うんですか?」


「え?…そんなのみんなの防具に決まってんじゃん?冒険者殺しの皮は防具の繋ぎ目に優秀なんだぁ!向こうでも普通に使われてるし結構高価な値段で取引されるんだよ?」


向こうの世界での武具事情にはあまり関心は無かったし、考えてすら来なかった…これから亜人との戦争に備える必要があるのだから、これを機に調べておくのもいいかもしれない。


「そういう事なら運搬車両と回収班達を待機させておくよ」


話を聞いていた本田はにこやかにスマホを取り出し、耳に当てながら外へ向かった。


「マール、よければ皆さんに武器を選んでは貰えませんか?」


カイトは青葉の身体を測っているマールに問いかけると、マールはこちらに目を向けそして不敵に笑う。


「こういうのは君がやったらいーじゃん、指揮者なんでしょ?」


「実戦で使う武器の事はさっぱりなんです、お願いします」


「……しかたないなーカイトは!!選んであげるよー!」


このガキ…絶妙にムカつく顔をしながらマールは立ち上がると店内を見回し始める。


「アオバはスカウトだからー…」


マールは店の中にある様々な武器を見回し、大小様々な刀の山の中から一際短い刀を取り出すと鞘から抜き放ち、刀身を確認してから頷き再び鞘に戻す。


「はいこれ」


それを青葉に渡す、それは小太刀と呼ばれる脇差と太刀の中間に位置する武器であり青葉の持つスカウトの神託が適性を持つ軽い剣に該当するのだろう。


「あ、ありがとうございます!」


小太刀を手にした青葉はすぐに抜き放ち、何度も頷いた。いま、手にした瞬間に小太刀の技能を習熟したのだろう。


「栞はまず防具かなー」


マールは無遠慮にガラスケースを開き中に飾られていた甲冑を見るとその籠手と脚当てを外して栞の足元に放る。


「え、うちこんなのつけるん?」


「君は重装兵だから身体に防具を身につけてないと神託の恩恵を受けられないの。でもここにある防具は君には大きすぎるからとりあえず大きくてもなんとかなる籠手と脚当てを身につけて…」


マールはそう言いながら栞の側に行くと、手慣れた様子で瞬く間に籠手と脚当てを装備させる。


「そういえばマール、重装兵って武器は何がいいんですか?」


「うん?あー…人によるんだよねぇ、盾と槍を持つ人が大半ではあるけど、Aランクの人は防御力は防具の性能に任せておっきな武器で戦う人が多いね」


日本の武具に盾の文化は無いため、マールは入り口の前に立てかけられた非常に長く大きな矛先を持っている長槍を手に取り持ってくると栞に差し出す。


「とりあえず今回はこれ使って?」


あまりに軽々と渡すが、槍は非常に長く3m近い。小さな栞にはあまりにも長く大きすぎる槍を絶句して見上げていた。


「こ、こんなんうち…もてるんか?」


恐る恐る手に取る栞だが、自分の体より何倍も長く大きく重たい筈の長槍を軽々と持ち上げた。


「栞ちゃん、本当に重たくないの?」


青葉に問われた栞は首を傾げた。


「いや…全然?」


そう言って栞が元気に跳ねている。格好としては実に不恰好である。


「カイトさん」


次に絵里香が来る、彼女は真剣な眼差しで壁に飾られていた一振りの長柄を手に取る。


「わたしはこれを使います」


それは槍のように鉄の長柄に矛先には強くしなった刃がつけられている。


「薙刀ですか?」


「はい、小さい頃に習っていまして…」


絵里香は薙刀を手にした瞬間に気配が変わった。


「へー…君、結構すごいじゃん!」


マールも絵里香の変化に気がついていたようだ。


「最後はあか…」


「マール!まだか!?」


言いかけたマールの言葉を遮る様に、鉄心の怒鳴り声が聞こえてくる。


「いつまで駄弁っとる!はよ来んか!!」


「わかった!今行くー!はい、茜!」


マールは雑にその辺に置いてあった太刀を掴み取ると茜に放る。


「お、おい!あたしにもちゃんと…」


「そいじゃあねー!!」


マールはそのまま走って工房の奥へ消えていった


「せめて最後までちゃんとしろよ…」


茜はため息混じりにマールから雑に渡された刀を腰のベルトに差し込んだ。


「ではみなさん、早速出発しましょうか」


それから、カイト達は本田の運転で最初に鹿撃ち猟師が行方不明になったという現場へと向かった。


「ここが、最初の現場だね」


辿り着くなり、本田は京都県警から送られてきた資料を見ながら場所を確かめている。車から降りたカイトは駆け足で行方不明の現場に駆け寄った。現場は既にトラロープが張られており、通行禁止となっている。


「青葉さん、なにか見えますか?」


カイトの指示で遅れてきた青葉が前に出て眼を凝らす。彼女のもつスカウトの目にはあらゆる情報を言語化して視界に表される。


「何も…目立ったものはないです、もうここには居ないかと」


青葉の視界にはめぼしい情報は何も映らなかった。それを聞いた本田はすぐに車へ乗り込んだ。


「みんな、早く乗ってくれ次にいくよ!」


カイト達が素早く乗り込むと、本田は強くアクセルを踏み込んだ。現在、周辺域には篠崎が言った通りに緊急避難対応が取られており人はいない。そのため、道路の所々には既に自衛隊員が配置されており、一般人が入り込まないように常にもを光らせている。自衛隊員の中にはポツポツと紺色の制服を身につけた魔法少女対策課の職員達の姿も見える。


「篠崎さん…一体何者なんですか?」


茜から助手席を譲ってもらい、カイトは隣で運転する本田に尋ねた。


「何って?…対策課の司令だけど…」


あからさまにはぐらかす本田は嘘がつけない性格らしい。


「対策課の司令とは、随分凄いんですね」


カイトは敢えて聞かずに、タブレットに転送された現場の地図を眺めた。


篠崎の根回しは完璧であり現場の移動にさほど時間は掛からなかった。鹿撃ち猟師の被害は全てで5件あり、カイト達は一先ず古い順に拾得物などが落ちていた現場をめぐった、しかし幾つ場所を巡っても青葉は特に何も反応せずに首を横に振るばかりであった。


そして、ついにカイト達は、最近の事件があった現場へと向かう道にいた…驚くべき事に、最近事件のあった現場は鉄心の鍛冶屋からさほど離れてはいない場所にあった。


「止めてください!」


突然の青葉の発言に本田は素早く反応してブレーキを踏み込み、車が停止したとともに全員が弾けるように飛び出し素早く青葉は視界に映る情報を確認した。


「カイトありました!冒険者殺しの痕跡です!」


青葉の指す方向をカイトは睨み、そして本田に顔を向ける。


「本田さん、速やかに退避をお願いします」


「え…君達は?」


カイトはポーチから渡された小さな短刀をポーチから取り出し、ベルト隙間に差し込む。


「本田さん、あたしにもわかる。ここはやべえ…素直にカイトに従ってくれ…」


茜もビリビリとした不気味な感触に不快感をあらわしながらも腰に下げた鞘から刀を抜き放つ。茜だけではない、青葉や絵里香、栞までもが何かを感じて落ち着かない様子を見せていたのだ。


「わ、わかった。終わったら教えてくれよ!」


本田はそう吐き捨てながらも扉を閉め、素早くUターンし、自衛隊が待機していた場所まで戻っていく。カイト達は本田が見えなくなるまで見送ると、カイトはタブレットを見ながら全員に告げる。


「今回、栞を1番前に置きます」


「う、うち!?」


栞は露骨に嫌そうにしたが、カイトの指示に従いビクビクしながら前に出る。


「おいカイト、こいつじゃ無理じゃねえか?びびってんぞ?」


「いえ、正面は栞が最適です。私を中心に左右に茜さん、絵里香さん後ろは青葉さんに頼みます」


カイトの指示に全員は素早く配置につく、正面では先頭を任された栞が心配そうにキョロキョロしている。


「か、カイト…うち…」


「栞、今、マールが居ないこの状況で1番頼りになるのはあなたなのです」


カイトの言葉に栞は俯く。


「せやけど…怖くて足が動かない…」


強がりを言わないあたり相当追い詰められているのだろう。そんな栞の背中を茜が叩いて押し出した。


「いた!なにすんねん!」


振り向いた栞に茜は笑っていた。


「ウジウジしてるからよ、そんなに怖いからあたしが前をかわってやんぜ?」


その隣で絵里香も微笑む。


「栞ちゃん、頼みますね」


「が…頑張るっ」


そう言って決意を固めた栞は手にした自分より何倍も大きく長い槍を万力の力で握りしめた。


「いくで!!」


栞がゆっくりと歩き出し、森の中へと入っていく。カイトが今回、栞を前に配置したのには彼女が重装兵の神託であるから以外の理由があった。鉄心の鍛冶屋の周辺は険しい坂がどこまでも続いており、ただの移動だけでも体力を削る。現に魔法少女達は移動だけでばてておりへろへろになっていたのだ。そのため、1番歩幅が小さく、マイペースな栞にやらせる事で移動による消耗を極力抑えようと考えたのだ。


「あっちに向かっています」


背後で青葉が指を差し、カイトはタブレットに転送されてきたマップデータを広げて現在位置を確認する。


「…ふむ…」


冒険者殺しとの戦いは初見であることは変わりない。しかし、京都県警による現場検証は相当優秀で遺留品の発見場所や場所や猟犬のいた場所が非常に正確に記録されており、その位置には決まって共通点があることがわかった。


「冒険者殺しは硬い地面を好んで移動していますね…みんな、警戒してください!いつ現れてもおかしく無い」


カイトの注意喚起で全員の表情に緊張が走る。


進み始めて僅か数刻、どこから現れるかわからない冒険者殺しの初撃を警戒しながら森の中を移動し続けた。空は既に朱色に染まりつつあり、森の中は不気味さを増していく。急ぐ必要がありそうだ…カイトが焦りを見せたその時。


「カイトさん!」


青葉の目が奥の茂みの中から何かを捉え、呼ばれたカイトは指を静かに唇に当てた。それからすぐに左右の茜と絵里香にハンドサインを送ると、それを見た茜と絵里香はお互いに頷き、ゆっくりと身構えながら開いて展開しつつ前に出ていき、栞は下がって来てカイトの側に立つ。絵里香と茜はお互いに目配せをし、絵里香が先に動く。


「はあ!!」


絵里香が裂帛の気合いとてもに、手にした薙刀を大きく振るって目の前の視界を塞いだ深い茂みを一撃で蹴散らし、同時に茜が目にも止まらぬ速さで飛び込んだ。


「ぐっ…!?」


飛び込んだ茜は顔を顰め、思わず鼻を覆って怯んだ。茂みの奥にあったもの…それは、不自然に身体半分を契られ腐敗した鹿の亡骸であった。強烈な腐敗臭に魔法少女達は全員鼻を覆って距離を取る。


「な…なんだよこれは…」


困惑する茜を他所にカイトは亡骸に歩み寄り、腐敗した鹿の死骸をまじまじと見つめる。冒険者殺しの事を考えたのだ…何故冒険者殺しは鹿を殺したのか?マールは冒険者殺しは四足獣を襲わないと言っていた。確かに猟犬は襲われてはいなかった。では…なぜ?この鹿は襲われたのか?飢えに飢えて手当たり次第に襲ったのか?いや、それは無い。それならば死体を半分残すなんて真似はしないだろう。敢えて半分を残して腐らせた理由。まさか…


「…しまった」


カイトは目を見開き、瞬時に踵を返すと同時に背後に立っていた絵里香と茜を突き飛ばした。


「きゃっ!?」


「うお!?」


唐突に突き飛ばされた二人はわけもわからず尻餅をついてカイトを睨むが、既にカイトの姿はそこにはなかった。突如として現れた気持ちの悪い不潔感のある赤紫の皮に覆われた何かが現れてカイトを一気に丸呑みにしたのだ。


「…ぬかりましたね」


呑み込まれてしまったカイトは至って冷静だった、マールに言われたように素早く短刀を引き抜き内側の肉に突き立てた。


【………!!】


冒険者殺しはけたたましく絶叫しながら飲み込んだカイトを慌てて吐き出した。


「カイト、大丈っ…」


「みなさん今ですよ!!」


カイトは地面に倒れながらも弾けるように叫んだ。


「カイトになにしてんや、どあほ!!!」


栞の怒りに任せた渾身の突きの一閃が煌めき、長く大きな槍は冒険者殺しの紫色の身体を刺し貫き怯ませ、間髪入れずに動いた青葉と茜が手にした刀で怯んだ冒険者殺しの身体をズタズタに斬りまくり。身体中から緑色の血液を撒き散らしながらものたうちまわる。まとわりついた3人を吹き飛ばそうとしたのだ。


「はあ!!」


だが、絵里香がそれを許さない。絵里香は素早く冒険者殺しの攻撃を察して進行方向に薙刀を置きつつ敵の体重に合わせて振り抜いたのだ。絵里香の一撃は易々と冒険者殺しの大きな口を深々と切り裂き、この一撃が冒険者殺しに致命傷を与えたようだった。冒険者殺しは一度大きく天を仰ぎ硬直すると、脱力してから大地に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「茜さん、念の為ここを深く刺して下さい」


「あ、ああ!」


茜はカイトの指示で動かなくなった冒険者殺しの身体に刀を突き刺した。そこには心臓があったようで、引き抜くとともに大量の緑の血液が噴き出る。


「カイト!大丈夫なん??」


「そうですよ!!大丈夫なのですか?」


栞と青葉に詰め寄られ、カイトは苦笑しながら頬をかく。


「え?はい。マールに言われた通りにしましたのでこのとおりですよ?まあ、臭くて鼻が曲がりそうですが」


冒険者殺しの唾液に濡れ、実際、酷い悪臭に鼻が曲がりそうだった。


「カイト、どうしてこいつの奇襲がわかったんだ?」


冒険者殺しの返り血に塗れた茜が問いかける。


「はい、これは餌です…」


「え…餌、ですか?」


即座に絵里香が聞き返す。


「はい、この死骸は餌です、コイツはこの餌にありつこうとしにきた小動物を狙って狩っていたんです」


その為、派手に飛び込んだ茜と絵里香に奴は狙いを定めていた。故にカイトは咄嗟に二人を突き飛ばし呑み込まれたのだ。


「ち、あたしとエリカは小動物かよ…」


二人はそう苦笑していた。


「さっそく胃袋を見ましょう、栞、コイツを引っ張り出せますか?」


「お、おう!」


栞は倒れた冒険者殺しの亡骸を掴んで地面から引っ張り出す。全長は3、4mといったところだろうか?マールはギガースの腕と言っていたが正にその通りの外観をしている。


カイトは一通り外観を見回し手で押して感触を確かめ、そして一際皮が薄く柔らかくなっている箇所を見つけると、そこに短刀を突き立て真っ直ぐに引き裂くと酷い悪臭が溢れ出る。


「う…うえ!…むり!」


あまりの悪臭に栞は逃げ出し、絵里香と青葉も一緒に下がる。


カイトは気にせず、傷口手を突っ込み中からパンパンに膨らんだ胃袋を引き摺り出した。


「結構食ってやがるな…」


酷い悪臭の中ではあるが、茜は特に気になってはいない様子で胃袋を睨む。


「……茜さんも離れて下さい、まだわかりませんが中身は人かもしれませんよ?」


「あ??なめんじゃねーよ、あたしゃ死体なんか見慣れてるっつの。いいから早く中見ようぜ?」


胃袋の中身が気になって仕方ないようだった、カイトはため息まじりに短刀を胃袋に突き立て、真っ直ぐに外壁を切り裂き傷つけた。胃袋の外壁は脆く一度傷がつくと解けるように裂け、胃液液に塗れた内容物が外へ出る。


「う…」


茜は思わず眼を背けた、人の亡骸は見慣れているのかもしれないが、複数の動物が胃液で溶け合い融合した状態は見慣れないだろう。カイトは立ち上がり青葉に目を向ける。


「…青葉さん、本田さんに連絡して回収班を手配してください」


「は、はい!わかりました」


青葉はスマホを耳に当て絵里香がやってくる。


「カイト、どうかしたんですか?」


カイトの顔を不思議がる絵里香にカイトは告げる。


「こいつは人を飲み込んではいません」


カイトの言葉に絵里香は驚愕する。


「そ、そんな!?では?」


「この近くにこんな化け物がまだいるって事かよ…」


茜の言葉にカイトは頷き、長めの木の棒で出て来た内容物を少しずつ分けていく。


「これは…たぬきですかね?これは烏…人らしき遺留品は…見えないですね」


たぬきも犬科の四足獣ではある…マールの認識は少し間違えているようだ。カイトは頭の中で手に入れた情報を整理していると、茜と目が合った。


「後で風呂入れよ?お前…」


茜は呆れ声で告げてきた。


「あなたもよ…茜」


絵里香に釘を刺されて茜は苦笑してみせる。カイトは空を見上げると、既に空は夕暮れ時となっていた。


「今日はここまでですね…」


マールがいない状況で夜の森を探し回るのは流石に危険すぎる。そう考えたカイトはひとまずスマホで冒険者殺しの死骸を簡単に撮影し、複数いる事を書いて篠崎へメールを飛ばした。


数時間後


本田と共に篠崎が派遣した大勢の回収班が到着した。


「みんな、おまたっ…う、すごい臭いだな?」


本田は開口一番に鼻を塞ぎ、涙目になりながらもマスクを付けると、カイト達の背後で横たわる巨大な亡骸に目を向ける。


「これが冒険者殺し?でっかいねぇ…」


本田は冒険者殺しをまじまじと見つめてから背後の回収班にハンドサインを出し回収班はそれぞれ動き出した。


「私は本田さんと話をします、茜さんはみなさんと回収班を手伝ってあげてください」


「わかった!おら!みんな行くぜ?」


茜は悪臭と疲労でゲンナリしている全員を捲し立てながら回収班に合流した。


「篠崎司令から先に聞いたよ、冒険者殺しはまだいるって?」


「はい、あの個体は人を飲み込んではいませんでした…」


「そ、そうなんだ…しっかし、酷い匂いだね…」


本田はマスクを身につけていても抑えきれない激しい悪臭に顔を顰めた。


「あー!ダメだ!まずは先にお風呂だよ!!」


本田は悪臭に耐えかね、カイトの手を掴んで車に放り込むと、回収作業を手伝っていた茜達も連れて来て車に放り込む。


「回収班はそのまま鉄心さんのところにそれを持って行ってくれ!俺はこの子達を風呂に連れていくから!!」


そう言って本田は車を全速力で走らせ、京都の風呂屋へカイト達を放り込むと、カイト達が風呂に入っている間にわざわざ京都県警へ戻り車を変えて戻って来た。そのまま入浴を終えたカイト達を回収し蜻蛉返りで鉄心とマールのいる鍛冶屋へと向かった。


鍛治職へ到着したころには既に空は暗かった。駐車場には回収班の大型車両もある。


「あれ、回収班まだいる?」


別れてから数時間は経っているが、回収車両が撤収していないことに本田は疑問を投げかけた。


「何かあったのかしら…」


絵里香は頬に手を当てて驚愕を声にした。助手席に座っていたカイトは車から降りる。


「栞、私について下さい」


「あいあい!」


栞はにこやかに手を挙げ、槍を手に車から降り側へかけてくる。



「他の皆さんは武器を装備しておいてください、青葉さん車の屋根に上がって周囲警戒をお願いします」


「わかりました!」


カイトの指示を受けた青葉は勢いよく下車し、車の屋根に上がる。


「では、少し見て来ます!茜さん、いざという時はあなたに任せますよ」


「ああ、任せとけ」


カイトと栞はその脚で工房側の入り口へ向かう。工房は入り口には白い防護服を着た回収班が複数人おり、暇そうにしゃがみ込んでいた。


「みんな、何しとるん?」


栞が声をかけると、カイト達を見た回収班達は目を輝かせて立ち上がる。


「なにしてるもなにも、中に入るなって怒られちゃいまして…」


回収班は指を差し、カイトは工房を覗き込む。入り口にまで熱気が伝わってくる程に熱い、入り口でこの暑さならば内部は50度は軽く超えているだろう。そんな火山のような温度の中で二人の人影が作業している姿が映る。


「阿呆!強すぎじゃ!!力一杯ふりゃいいわけちゃうぞボケ!!」


「うん!!」


鉄心の檄に大槌を手にしたマールは強い返事を返して大きく振り上げ、振り下ろす。マールが渾身の力で槌を振り下ろしたなら鉄は金床ごとペシャンコになりそうなものだが、絶妙な力加減で打ち込んでいるのだろう今のところそんなことにはなっていない。


「腰がブレとる!!もうバテたんか!?」


「はっ!!…まさか!!これからだよっ!!」


「わかっとるんならやれぃ!!」


鉄心の煽りにもマールは笑顔で応えており、ひたすらに大槌を振るっては赤熱化した鋼を叩いてへし折り、折り返して叩いて伸ばす。あれは折り返し鍛錬というものだ、美しい波紋を作り鋼をより硬くするために用いられる技法である。


「うわあっつ…なんやこの暑さ…」


入り口に来た栞があまりの暑さに足を止め、身を引く。今、彼女達の集中を切らせてしまうわけにはいかない…カイトはそう考え、栞の肩を掴んで止め、彼女を連れてゆっくりと引き下がる。


「栞は回収班の皆さんと一緒に帰っていいです」


「ほ、ほんまにいいんか?今日はみんなで高級ホテルやで?」


「高級ホテルに宿泊できないのは実に惜しいですが…マールを残していくわけには行きませんから。回収班の皆さん、すみませんが死骸は車ごと置いておいてもらえませんか?」


カイトの提案に回収班の面々は喜んで頷く。


「わ、わかった…また明日なー!」


「はい、また明日」


栞も残りたそうにしたが、すぐに回収班達を連れていく、帰り際、栞はこちらに大きく手を振ってから帰っていった。


「内臓は抜いておくべきでしたね…」


カイトはそう言って苦笑しながらも、鍛冶屋の側にある、おそらく鉄心の手作りだろう木で建てられた釣り堀へ向かい、生簀とは反対の大きな側へ、木の枝と草の繊維で簡単な釣竿を造り小さな川虫を落ちていた釘に突き刺して紐に結びつけ、垂らした。


当然そんな事で釣れる訳はないのだが、カイトにとってはそれでよかった。


「あちちちー!!」


暫くして、工房からマールが間抜けな声を上げながらあろうことか裸で走って来て勢い良く川に飛び込んだ。見れば彼女は走りながら服を脱ぎ捨てて来たようだ、彼女が走って来た道には様々な衣服が雑に捨てられている。


「あはー!ちべたい!ちべたい!」


しばらく沈んでいたマールはそんなふうにはしゃぎながら川の流れに逆らって上流に泳いでは流れて来て遊んでいる。


「…マール、外で裸にはなるなっていつもいってますよね?」


カイトがそう告げると、マールはピタリと動きを止めてこちらに目を向けた。


「…え!あれ!!カイト!!?いたの!?いつから!?」


いや、気づいてなかったんかい。マールはバシャバシャと音を立ててながらこちらへ来て釣り堀へよじ登ると隣に座る。


「…1、2時間くらい前からですかね」


「わあ…そ、それはごめん」


珍しくしっとりとしている。


「今頃、みんなと一緒にホテルに行ってるのかなって思ってたから…」


「あなたがここにいるのに、いく訳ないじゃないですか…全く」


そっか…とマールは嬉しそうな顔をしていた。


「そ!そうだカイト、冒険者殺しはいたの?」


「ええ、あなたの直感は正しかったようですね…死体は駐車場の車に置いてあります、内臓を抜いてないので処理するなら早い方がいいかと」


「そりゃ急がないとダメだね、よっと…」


「マールや!夕食にするど!!生簀から魚ァとってきてくれい!」


マールが立ち上がると共に鉄心の声が響き渡る。


「ごめんじっちゃん!!先に皮を剥いじゃうからちょっと待っててー!」


マールの返しに鉄心が建物から顔を出す。


「皮っておめえ…って!なんつうかっこしとんじゃあ!服をきれ!」


「いいよー!冒険者殺しの処理したら臭くなっちゃうんだから、あとお魚いらないよ!勿体無いから冒険者殺したべちゃおう!捌いてくるからちょっと待っててー!」


ああ、食べれるんだ…と考えていると、マールはカイトのポーチから小さな短刀を抜き取り、裸のまま駐車場へ走って行った。


「……マールがすみません」


カイトが謝ると、茫然としていた鉄心はがくりと肩から力が抜ける。


「全く、野菜とってくるわ。おまんも泊まるんじゃろ?」


「え?あ、はい…ありがとうございます…」


暫くして全身血まみれのマールが巨大な冒険者殺しを肉と素材に分けて持って来た。


「カイトー、お肉は捌いちゃうから皮だけ工房にもって行って?」


マールはそう言い残し再び川へ飛び込んだ。


「分かりました」


カイトは目の前に積み上げられた不潔そうな赤紫の皮を抱えて工房へ持っていく。不思議と皮だけになった冒険者殺しはあの凄まじい悪臭はなくなっていた。


「内臓がくさいんですかね…?」


釣り堀へ戻ると、マールは裸のまま大量の冒険者殺しの肉を小分けに刻んでいた。


「あ、カイトお帰り!!」


「何をしているんです?」


「ん?あー、これ?食べる分と保存用に分けてるのー!こっちが今日分ける分!」


ロックスピアにより出現した岩の上に大量の肉が置かれている。


「マールよう、せめて服を着たらどうじゃ?」


鉄心が大皿を手にやってきた。


「服を着たらこいつの血で臭くなっちゃうじゃん?捌くまではいーの、ほらカイト!じっちゃんを手伝って?」


「あ、はい!すみません」


カイトは素早く鉄心から大皿をうけとると、岩の上に置かれた大量の肉を乗せていく。


「こ、こんなに食うんか?…」


山のように盛られた肉の山に、鉄心はあんぐりと口を開けている。


「冒険者体質の食事量は大体こんな感じですよ、もっとも、マールの食事量は冒険者の中でも多い方ですが…」


マールの食事量の多さは彼女の食いしん坊であることも起因しているのだろう。


「そもそもこれは何の肉なんじゃ??」


鉄心は肉を一枚摘んで訝しむ。


「マール!これは普段どう食べるんですー?」


カイトが大声で問いかける。


「僕達は普通に焼いてたべちゃうよー!王様達はお鍋に入れて煮込んでたー!!」


マールのよく通る声で返って着た。


「牡丹鍋みたく…してみっかぁ…」


鉄心と共に店の奥へ向かう。奥は大きな座敷間となっており真ん中には大きな囲炉裏がある。鉄心は既に刻まれた野菜や囲炉裏の上に吊るす大鍋、串に刺した魚やキノコなどがあり、マールが来るのを待っていたようで少し申し訳なくなる。


「マール!急げますかー?」


罪悪感からマールを急がせようと考え声を荒げた、しかし、カイトの呼びかけに答えはこない。


「……鉄心さん、少し見て来ます」


もしや…嫌な予感が脳裏をよぎる。まだ討伐していない残りの冒険者殺しが現れたのだろうか?今、マールは文字通り丸裸である。一気に不安が溢れ出たカイトは慌てて戸を開け放ち釣り堀りへ急いだ。


「マールッ!!!」


外へ飛び出したカイトが見たもの、それは…大荷物を持った魔法少女の四人だった。


「あ、カイト!」


マールはいつのまにか服を着ており振り返って手を振って来た。


「みなさん?ホテルに行ったのでは?」


カイトは駆け寄り問いかけると、青葉が答える。


「ホテルは回収班の皆さんに使っていただくことになりました、なので私達も鉄心様宅でお世話になります!」


「たく、あたしはホテルが良かったのによ!」


茜は腕を組んでそっぽを向く。


「あら、茜?あなた1番ノリノリだったじゃない?」


「う!うっせーよ!!」


茶化す絵里香に茜は殴りかかるが、絵里香はにこやかにいなしている。



「これマール!カイト!いつまでやっとる?夕食…の?」


まてどくらせど来ないマールとカイトに痺れを切らした鉄心がやって来て戸から顔を出し、その顔ぶれを見て目を丸く言葉を失う。


「鉄心さん!」


鉄心に気がついた青葉はかけて行き、状況が掴めず驚いている鉄心に手にしたビニール袋から大きなお酒が入った壺を取り出して手渡す。


「司令から聴いて鉄心さんがすきなお酒も買って来ました!」


「おお…これはこれは…」


その壺酒を見るなり目の色が変わった鉄心は魔法少女達を見回す。


「うし!娘ども!飯はまだじゃろ??作るから手伝えい!」


そう言って鉄心は引っ込み、彼なりに魔法少女達を招いた。マールの捌いた取置き用の冒険者殺しの肉も全て余さず使うこととなったが…冒険者体質5人分の胃袋を満たした。本田からは気難しいと言われていた鉄心だが、絵里香と青葉に挟まれ好きなお酒をお酌され非常に上機嫌でありそのせいか、羽目を外して飲み過ぎた鉄心はすぐに大きなイビキをかきながら寝てしまった。


「鉄心さんを寝かせて来ますね?」


「手伝います!」


絵里香と青葉は鉄心を抱え、奥の座敷へと連れていく。広い座敷には敷布団が一つぽつんとあるだけでそれ以外は何もなかった。


「しっかし、あのくっせえ冒険者殺しの肉がこんなに美味いなんてなあ…」


茜は串に刺して焼いた大きな冒険者殺しの肉を口に運び咀嚼し飲み込む。確か茜が言うように冒険者殺しの肉は程よい歯応えと旨みの強い肉だった。


「うまうま」


栞は鉄心が作った牡丹鍋風の冒険者殺しの煮込みが気に入った様子でまだ食べている。


「さてと!」


マールは食器をおくと立ち上がり、工房の方へ走っていくと、山積みの冒険者殺し皮を抱えて来た。


「うわ、なんだそりゃ!?」


「何ってあいつの皮だよ?剥がしただけだから今のうちに処理しないとねっ」


マールは山から一つを手に取り薄く広げるとカイトから奪った短刀を使って均等なサイズに切り分けて余分を囲炉裏の火に焼べ、皮の裏側にこびりついた肉片や油を削ぎ落とす。


「マール、それなにやってん?」


食器を置いた栞が隣でまじまじと見ていた。茜も気になるのかジッと見ている。


「ん?こうやって皮の後ろについている油や肉片を取り除いて腐らないようにしてるんだ。アカネ、そこのお酒をとって?」


マールは鉄心の酒を指差した。


「ほらよ」


酒の入った壺を受け取ったマールはそれを側のグラスに注ぎ、僅かに口へ含んでから皮に吹きかけた。


「えほ!…何このお酒…」


かなり強いお酒のようでマールは渋い顔をして軽く咽せながらも短刀で肉や脂を丁寧に削いで伸ばしていく。ベルラートの革工は現代のように便利な薬品や道具はない、薬品や道具を冒険者達のフィジカルや魔術で補えてしまう。


「…うちもやってみたい!」


「あ!あたしもやりたい!」


栞がそう呟き、茜も一緒に声を張り上げた。


「いいよー?」


マールは山になっている皮の中から二枚を手に取り二人に渡すと、自分の前にも皮を広げる。


「こーやって、まずは皮のサイズを測って?なれないうちはさっき僕が処理したやつがあるから、それに合わせたらいいよ!サイズをあわせたら、余分な皮は火にくべちゃって?そしたら裏側をナイフで撫でて、肉や油を削ぎ落としてお酒を塗ってから」


鍛冶屋で学んだことになると饒舌なマールに従い二人は各々に渡された短刀を使い、マールの見様見真似で皮の裏を擦る。


「アカネ、力みすぎ」


「あ、ああ…でも、難しくて…」


「しかたないなー?僕のやり方をみてて?」


マールは二人の前で丁寧に肉を削ぎ、二人は一緒になって眺めながらも真剣な顔でマールに習って短刀で肉や脂を削ぐ。そこへ絵里香と青葉が帰って来て食器の片付けを始めた。鉄心の鍛冶屋はこの山奥にしてはしっかりと水道と電気が通っている。驚くことに自前の特性アンテナまであり、携帯の電波も通っている。そのせいでマールの子供携帯は母からのメールで常に電池が最低値になっている。カイトは絵里香と青葉に合流して食器の片付けを手伝った。冒険者が5人もいるとマールが翌日用としてとっておいた肉すら残らなかった。残飯が残らないと言うのは片付けに時間が掛からなくていいのかもしれない。


「皆さん。武器を用いての初めての戦闘はいかがでしたか?」


囲炉裏の周り集まり適当にだべっていた時、唐突にカイトが切り出した。


「…悔しいが、カイトに言われた通りだった。武器一つでこんなにも動けるだなんて思わなかった…」


茜は皮の肉を削ぎながらぼやく。


「わたしも…同じです。薙刀を持って冒険者殺しの前にたった時、頭がいつもより透き通るようでした」


「そうそう!」


二人は確固たるものを得た様子だった。


「私は…あんまり…」


青葉も茜とともに冒険者殺しを八つ裂きにしていたが、彼女には実感がない様子を見せる。


「アオバはスカウトなんだからそれでいーの!そもそも、本来はスカウトは前に出ないんだよ?武器や防具だって最低限の装備って認識なんだし」


そうは言うが、最前線にいたスカウト達は皆、濁流のように押し寄せる亜人の軍勢に嬉々として武器を手に飛び込んでいたような…。


「カイト?君は忘れてるかもしれないけど、最前線にいるみんなは上澄みも上澄みなんだよ?いろんな国で活躍して実力を認められた人たちが、あそこにいるの!一桁の青葉達と比べるのはダメでしょ??」


「……マール達の国のスカウトは…戦うんですね…」


青葉はズーンと目に見えて落ち込んでいる。


「最前線?って何だ?」


茜は手が疲れたのか短刀を足元に投げる。


「我々の国を亜人達の侵攻から守る為に作られた一大防衛拠点です」


「な…なんやねんそれ…カイトの国にも亜人がいるんか?」


「我々の国では常に亜人達の驚異に脅かされています。最前線には毎日…朝も昼もなく数万を超える大量の亜人達が常に押し寄せて来ています」


四人は様々な表情を浮かべていた。


「その亜人達の侵攻を防ぐために冒険者達が築いた背の高い城壁とその裏に作られた街が、我々が最前線と呼んでいる街【ベリドゥ】です」


「ペリドゥにはさっき君達が聞いた階級でFランク以上の冒険者が集まっているんだ。まあ、僕みたいなランクの低い冒険者でも許可があれば配置してもらえるんだけどね!」


マールは例外中の例外だろう、ゼノリコが悩み抜いた結果配置したのだろうなと容易に想像出来る。


「だから、そんなに落ち込まなくてもいいよ?アオバはまだなったばかりなんだから!ね?カイト?」


マールの問いかけに、カイトも頷く。


「ええ、もちろんです」


カイトの言葉に青葉は安堵の息を漏らした。


「でもみんなはそれ以前の問題!体力無さすぎ!!あの程度の山道でバテてるようじゃ、つよい亜人とは戦えないよ!?」


身も蓋もない、アオバどころか全員が一斉に渋い顔をした。


「でも安心していいよ!明日からは特別に僕が体作りを手伝ってあげるから!!まずは訓練だね!」


うわー、地獄確定…マールの扱きは並のベルラートの冒険者ですら根を上げる程である。


「なに自分は関係ないみたいな顔してるのカイト?もちろん、君も一緒だよ?」


カイトは笑顔のまま固まってしまった。


「なら、明日は朝からはええし!さっさと歯を磨いて寝ようぜ!」


茜はそう言って自分の背嚢から洗面具を取り出すと、水場へ走って行った。


「歯磨きめんどー…」


「ダメよ栞、ほら立って、マールも!」


絵里香は母親の様に栞とマールを水場へ連れて行った。魔法少女達は年頃の少女らしく寝支度にたっぷりと時間をかけ、回収班からもらってきただろう寝袋を広げる。絵里香はマールとカイトの分まで持ってきてくれた。


「これ!なに!?うわーっ!!」


マールは初めて見る寝袋にはしゃぎながら頭から突っ込みしばらくもぞもぞしてから動かなくなる。


「はっ!まだ寝ちゃだめ!」


ガバリと寝袋から出て来ると、まだ僅かに暖かく燻っている囲炉裏の側へ戻る。


「私は先に休みます」


「はい、おやすみなさい」


寝袋に入った途端眠った栞の横で絵里香も横になり静かな寝息を立て始める。青葉も暫くは今日得た情報をタブレットに書き留め、途中で力尽きている。


「マールはねないのか?」


茜は寝袋に包まれうとうとしながら問いかけた。


「うん、今のうちにこの皮を処理しとかないとダメになっちゃうからさ…」


そう言いながらもサクサク皮の処置をしていく、その早さは流石は鍛治職人の娘である。


「ふぅん?…ま、頑張れよ…ありがとな」


茜はそれだけ言うと寝返りをうち、ツインテールに結んでいた紙紐を外し眠りについた。


「君も寝たら?」


「はい、眠気が迎えに来たら寝ますよ。それまではあなたの作業を見てます」


「見てるだけ?僕はお手伝いがほしいなー」


「大事な皮に穴をあけてもいいならやりますよ?」


「役立たず…まったく、なら、なんか楽しい話してよ…暇つぶしにさ」


やはり暇なのか…とは考えつつもカイトはテキパキと皮を処理するマールを見ながら口を開いた。


「…こっちの世界はどうでした?」


カイトの何気ない問いに、マールは笑顔になる。


「毎日が楽しくてワクワクする。ご飯も美味しいしパパもママも優しい…」


言葉の途中でマールは言葉に詰まった。


「ずっとこっちに入れたらいいのに?」


カイトの問いかけにマールは目元を拭った。


「……そうだよっ!悪い?」


此方に来て自分が欲しかった父と母を手に入れ、歪んだ始まりとは言え同年代に近い友達を得てしまったマールにとって、この世界を去ると言うことはそれらを全て失ってしまう事に等しい。マールが悲しむ顔を…カイトは観たくない。


「全部が片付いたら、また此方に来ませんか?」


「そ、そんな事出来るわけないじゃん…」


「できますよ」


すると、マールが顔を覗き込んでくる。


「どうやって?」


聞かれたカイトは笑う。


「こちらの世界の魔物や亜人がどうやってこちらへやってきたんだと思います?」


「そんなの…わかんないよ」


マールはそう呟くと作業へと戻る。


「過程の話をします、あちらの世界にはこちらへ繋がる扉があるんです。その扉を潜って来た…」


「あ、そーか…確かに」


マールは感心した様に呟く。


「向こうに戻ったら、王様には内緒でこっそり探りにいきませんか?」


「あはは…いいね。クランのみんなもこっちに連れて来ちゃおっか?シイロもクウも驚くよー?」


「…篠崎司令がどんな顔をするのやら」


「えへへ、貢献してるんだから多少困らせたっていーじゃん?」


「それもそうですねっ…」


そこで急な眠気に欠伸が出る。


「マール」


「ん?」


「向こうにもどったら、何をしたいですか?」


「そーだなあ…うーん…あ!最前線、砂の国にあるっていうもう一つの最前線に行ってみたい!」


A級の冒険者ですら死の危険がつきまとうと言う危険な場所と聞くが…。


「それは…いいですね、色々考えておく必要がありそうです…輸送経路、兵站の確保、布陣位置の選定…」


カイトはブツブツ呟いていたが、暫くして静かになった。マールが振り返るとカイトは既に小さく寝息を立てていた。


「………」


マールはカイトの頬を軽くつねり、起きないのを確認すると、顔を寄せ軽いキスをした。カイトの父と母がよくしているお休みのキスの見様見真似のつもりだったが…実際してみると恥ずかしくなる。


「…おやすみっ」


すこしぶっきらぼうに言いながらもマールは静かに皮の処理作業へと戻り、こうして夜は更けて行くのだった。



お疲れ様でした!

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