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1の3 魔法少女達

今回は色々苦戦

「カイトー?行くよー!」


朝、太陽が昇ると共にマールによって叩き起こされたカイトは自分達が着てきた皮の服を着せられ、鬼のランニング現代バージョンが始まった。


「はあ、はあ…ゆる…ゆるして…」


「遅い遅いよー!!」


マールは走りながら、カイトの尻を蹴飛ばし、速度を増す。マールの訓練はいつもこの全力疾走である。そんなこんなでマールによって朝っぱらからヘロヘロにされ、いつものように近所の公園へたどり着くなり倒れ込んだ。


「やればできるじゃーん!?もしかして靴の影響かな?」


訓練内容は特に変わってはいないが、この速度に耐えられたのは運動用シューズの力が多分にあるだろう。


「へ…へへ…そのようです…!」


倒れながらマールを見上げると、彼女はどこか嫌そうな顔をしていた。


「…本当にしつこいな…」


マールは苛立ちながら声を荒げる。


「何人ですか?」


カイトは身を起こしてマールから渡されたタオルで顔を拭く。


「近くには四人、遠巻きにはもっとかな」


そんなに?カイトはその用意周到さに呆れつつ頬をかく。


「一人捕まえてこれますか?」


カイトの提案にマールは頷いてから笑う。


「おっけー!」


途端にマールは姿を消し、しばらくすると1番近場にいた捜査官を引きずってきてカイトの前に放る。


「マール…さすがにそれは…」


「だって…普通に声をかけたら逃げようとしたんだもん」


成る程、カイトは苦笑しつつ、マールが連れて来た若い男に目を向ける。


「き!貴様ら!俺に何をするつもりだ!」


自分が捜査官であることを隠そうとすらせず凄む捜査官に呆れながらも、カイトはしゃがみ込む。


「昨晩言ったように、我々は逃げません。なので監視するのは辞めてもらえませんか?」


「……私にそんな権限はない、篠崎司令に言え」


篠崎は司令だったようだ、男はそれだけいうと口を閉ざした、そんな男の態度にマールの表情が無くなる。


「やっぱ皆殺しにしちゃうほうが早いかな?」


「マール、こっちで人殺しはダメです、教えましたよね?」


むう…っとマールは唇を尖らせていた。カイトは再び男に目をやる。


「では、今から一時間後に玄関前に迎えに来て下さい」


「??」


男は顔を上げ、目を丸くする。


「昨晩言いましたよ?我々から行くと、案内してくれると助かるのですが…」


カイトを見上げていた男は頷く。


「…わかった一時間後だな?すぐに迎えをよこそう」


男はそういうと立ち上がり、土に汚れた体を叩いて落としつつ、スマホを片手に歩いて行った。


「私達も帰りましょう」


「家までが訓練だからね!!」


「わ、わかってますよ!」


マールに追い立てられるように、再びカイトは全力で走って自宅まで戻ると、シャワーと朝食を済ませると二人で外に出ようとする。


「マールは18時には帰って来るのよ?」


「ええー!なんで!?」


「あなたは私の娘なのだから当たり前でしょ?」


母はそう言いながらマールに子供携帯を首から下げる。


「う…うん」


マールは渋々頷きながらも、母から娘と言われたためか、その表情は穏やかだった。


「カイトしっかり面倒見るのよ!?マールが可愛いからって甘やかさないように!」


甘やかしているのはあなただろう母よ…と出かけた言葉を飲み込んだ。


「…ええ、では行ってきます」


外へでると外には予定よりはるかに早く黒塗りの高級車が停車しており、見覚えのある人物がカイト達を待っていた。


「二人とも!これに乗ってくれ!」


それは昨日、デパートでマールに制圧された人物、本田である。本田は人当たりの良い顔と声で手を振り、後部座席の扉を開けた。


「わあ!すっごい車!!ぴっかぴか!!!」


マールはピカピカの車を見て大はしゃぎし、目を輝かせている。


「はは、凄いだろ?早く乗りな?」


「うん!」


マールはニコニコ笑顔で後部座席に乗り込むと、座椅子の感触を楽しんでいる。


「すごいよカイト!めっちゃふかふかー!!」


ふかふかな座席にご満悦な様子でマールははしゃぎつつ、いつものように窓にへばりついて外の景色を眺める。


「今日はよろしくお願いします」


カイトも後部座席に座り、窓にへばりついているマールにベルトを差し出す。


「ほら、ベルトつけて下さい」


「僕それきらーい!」


案の定、マールはベルトを嫌がったが、カイトはそんなマールを座席に座らせベルトをとりつけると、それを見た本田は静かに車を発進させた。そうしてカイトとマールを乗せた車は、大きく街を迂回しながらも都心にある彼らのアジトへと向かう。しかし、警視庁の駐車場に秘密の地下通路があるとは思わなかった。


「よく来たわね、二人とも」


車を降りると、白いオフィススーツに身を包め、昨日とは違いきっちりとスタイルを決めた篠崎が待っていた。その隣には昨日カイトの実家を襲撃したスカウトの神託を持つ少女がいる、どこか希薄で色白く、ウエーブがかったセミロングの黒髪が特徴的な…そんな少女だった。昨日のような黒のスーツではなく私服なのかフリルのついたワンピースを身につけている。


「紹介するわ、彼女が魔法少女の葵青葉」


マールは青葉に歩み寄り、見上げながらふんぞりかえる。


「よろしくねアオバ!」


彼女を一度制圧しているからか妙にマールは高圧的だった、対して青葉はフンっとマールにそっぽを向いた。


「あなた達、仲間になるんだから仲良くしてちょうだい?…まあ、いいわ、ついて来てくれる?」


篠崎は眉間に皺を寄せつつため息を漏らしながらも先を歩いてマールとカイトをエスコートする。青葉はマールを警戒しているのか距離をあけてついて来る。しばらく歩いていると前から二人の若い捜査員がベッドを引いてやって来る。二人の捜査員の表情は暗く、敗残兵の様な様相が見える。


「…栞ちゃん…」


後ろの青葉が消え入りそうな声で呟く、ベッドの上には栞と呼ばれた死体が載っていた。栞と呼ばれたそれは原型がわからないほど潰れており、黒く焦げ爛れている、まるで至近距離で爆発に巻き込まれたかの様な…思わず目を背けたくなる状態であった。


「これで課に残った魔法少女は青葉だけになってしまったわね…」


篠崎はそう口惜しそうに呟きながらも唇を噛みしめる。ただ、運ばれていく栞を見てマールは篠崎の体をツンツンと突いた。


「ねえ、シノザキ、なんであの子を蘇生しないの?」


マールの言葉に篠崎も、青葉も、栞の亡骸を運んでいた捜査員達ですら足を止めて振り返り驚いている、篠崎は盛大にため息を吐き出すと、マールの目線に合う様にしゃがみ込む。


「おちびちゃん、死んだ人は蘇ったりはしないのよ?」


篠崎はマールの外見から彼女にそういった学が無いと判断したようだ、そんな篠崎の態度を察したマールは露骨に苛立ちを表情に表す。


「そんなの知ってるよ、でもあの子は冒険者じゃん、だったら蘇生できるでしょ?なんでしないの?」


マールの言葉に篠崎は目を丸くしているだけだった。


「篠崎さん、もしかしてあなた…冒険者が蘇生できる事を知らないんですか?」


「え?…」


篠崎は信じられないと言いたげに口を手で覆う、そんな篠崎の態度を見たマールは踵を返す。


「はいどいて!離れて!気が散るからー!」


マールは運ばれていく死体を乗せたベッドに飛び乗ると、ベッドを引いていた職員達を散らし、黒く焦げた肉の塊に目を向ける。


「加護が足りないな…カイト!加護ちょうだい?」


カイトを呼びつける。


「はいはい、何なりと」


カイトは言われるままに歩み寄ると、親指を噛んで出血させ、マールの右腕に巻かれた腕輪に触れる。滴り落ちる血液と共に青い光が腕輪がカイトの加護を吸い、青い光はマールの右手を伝って左手にいき、そして肉の塊へと注がれる。


「ありがとうカイト!離れてて?」


マールの指示通りにカイトは離れると、マールはブツブツと呟きながら肉塊に手を触れる。


「あの子は何をしているの?そんなことをしたって死んだ人は…」


「し、マールの気を散るので黙って見ていてください」


カイトに注意され、篠崎は静かになる。その顔はまだ信じていない様子で少し不機嫌そうにも見える。遠巻きに見ていた青葉はカイトの隣に来て信じられないものを見る様な目をマールに向けていた。暫しの静寂の後、いきなり栞の体が赤い水に変わる。


「え…え!?」


声を上げたのは青葉だった、赤い水になった栞の体は一度大きな水の玉になると、再び人の形に身体を再構築していく。


「う…うそ?」


篠崎は息を呑みまじまじと見ている、そんな篠崎にカイトは語りかけた。


「あなたは、我々の体質に関して何処まで知っているんですか?」


カイトの質問に篠崎は顔を向ける、その表情は何も分かっていない様子が伺えた。


「逆に、あなたは何を知っているの?」


篠崎の問いかけにカイトはため息を漏らす。


「分かりました、その辺は後程お伝えします。それよりも、死んでしまった冒険者…いや、魔法少女はまだいるんですか?」


カイトの問いかけに篠崎は栞のベッドを指差した。


「…そこの栞を含めて、あと二人よ…」


「二人の死体は何処にあります?」


カイトの問いかけに篠崎は顔を顰めた。


「とっくに焼いてしまったわ、もう骨壷に入ってお墓の中よ」


それを聞いたカイトは胸を撫で下ろす。


「骨壷ですか、であればまだ間に合う」


カイトの言葉に全員が驚愕する。


「え……え!?」


篠崎も信じられないような顔をしていた、その隣の青葉も同じ顔をして驚いている。


「かはっ!!げほ!!えほっえほ!」


そんなこんなをしている間に、栞が息を吹き返したようだ。盛大に咳をしながら目を覚ます。


「はいおっけ!うまくいってよかった」


少し前にギムルから蘇生術を習ったばかりのマールにとっては初めての補佐なしの蘇生術であった。正直出来るかどうかは彼女の中でも半々ではあったが、試さずにはいられなかった。額の汗を拭いながらもベッドから降りると、捜査員達が蘇った栞に触れ、信じられなさそうにしている。


「栞ちゃん!!」


青葉が弾ける様な勢いで飛び込み、篠崎も続く。


「栞!?大丈夫なの?体は?…なんとも無いの?」


捜査官たちも一緒になり、栞の様子を伺っておりいつのまにか人だかりが出来始めた。カイトは人だかりから離れて立っていたマールの側へとむかう。


「お疲れ様です、マール」


マールは思った以上に消耗しており、その表情には疲労が見える。


「蘇生術って…こんなに疲れるんだね…ギムルやハイデはこんなのをしょっちゅうやってるの?…」


しまいには足がもつれ、その場に倒れそうになる身体を何とか支える、マールは自力では立っていられないほどに消耗しており、当のマールですら自身の消耗ぶりに動揺しているようだった、こんなに消耗したマールを見るのは久しい。


「訓練なんかの数倍使える…」


「残念ですが、後二人いるようですよ?しかも、骨から蘇生する必要があるみたいです」


カイトの言葉にマールは疲労と不調に青くなりつつある顔を更に青ざめさせた。


「マジか…まじかー…」


実に嫌そうにいいながら床によこたわった。


「二人もぼさっとしないで!栞を医務室へ運びなさい!」


篠崎が檄をいれ、栞のベッドを引いていた捜査官達は、元来た道を早足で帰って行き、青葉も彼らについて行った。見送った篠崎は直ぐに携帯を取り出す。


「あ…本田?私、茜と絵里香の骨壷を持って来てくれる?…知らないわよ!栞も生き返ったの!カイトって子が言うには、二人もまだ生き返るんだって、そう!わかったわ」


篠崎は本田に一通り指示すると、電話を切った。


「よし、時間はかかるけど持っていくって、少しは休めるんじゃないかしら?」


寝転がっているマールに目を向ける。


「マール、何か欲しいものはありますか?」


通路に寝かせておくわけにも行かず、カイトはマールの身体を支えて立たせる。


「………」


見れば顔色はさっきよりも酷く、真っ白になっている。意識が朦朧としているのか口を開くことすらままならない程に衰弱していた。


「蘇生術にこんなにも強い反動があるだなんて知りませんでした…」


初めてのことにカイトも困惑していた、たった一度の蘇生でここまで消耗するのであれば、マールが一日にできる蘇生回数には限度はあるのだろう。もしかしたら回復術も変わらないのかもしれない。


「休憩室に横になれる場所があるわ、そこまで行きましょう?」


篠崎はそういいながら、カイトに支えられぐったりしたままのマールを背負った途端によろける。


「お!!も!!…この子なんでこんなに重いの!?」


篠崎は苦悶の表情でマールを落としかけ、カイトが後ろから支える。マールはその小さな身体からはとても想像ができないほど重く、体感50kgはゆうに超えていると思われる、そんな感じで休憩スペースへとマール運び込み、横になれる大きさのソファーに寝かせた。


「き…気持ち悪い…吐きそう」


「や、やめてくださいね?…」


休憩スペースはとても広く、中にはビリヤード台や軽いゲーム筐体に加えて様々な自販機が置かれている。内容は多彩で、ジュースだけでなくお菓子や食事まで売られている。篠崎は自販機でスポーツドリンクを買うと、ぐったりとしているマールの額にあてがった。


「つ、冷た…」


マールは額を冷やされて少し楽になったのかそのまま冷たいドリンクを受け取ると気持ちよさそうに額に当てがった。


「この子、何があったの?…」


「蘇生術の反動の様ですね、私も初めて見るので…」


カイトの指摘に篠崎は今一度マールの顔を見ると、心配そうにしながらも向かいの席へ座る。


「そう…で、カイトくん。私は貴方から聞きたい事が山程あるのだけれど…いいかしら?」


概ね予想していたカイトは快く頷いた。


「ええ、いいですよ」


顔の青いマールの頭を膝に乗せ、マールの頭を撫でてやりながら篠崎を見上げる。


「あなた達が度々言う、冒険者というのは何?」


単刀直入なのは彼女の癖なのかもしれない。


「あなた達が魔法少女と呼称している特異な体質をもつ人の事を、私たちの国では冒険者と呼んでいます」


「…それは…まるで漫画やゲームみたいね」


篠崎の問いかけにカイトは苦笑する。


「はい、実際に漫画やゲームに出てくる冒険者のような体質だからという理由で付けられた呼び名のようです」


これは仕事の合間にゼノリコから教わった事である。


「まず、冒険者体質になった人間は、病気にかかることがなく、超人的な身体能力を手に入れる事が出来ます、ここまでは篠崎さん達もわかっていますね?」


カイトの問いかけに篠崎は頷く。


「ええ…所属していた魔法少女達の体力を測定してみたことがあるの。個人差はあれど、みんなオリンピックで金メダルを総なめできる脅威的な記録ばかりだったわ。でも、不思議なことに身体は人間のままだった…筋肉量や密度は常人となんら変わらなかった…まさしく摩訶不思議な体質ね」


カイトは現代の科学力と調査能力の高さに舌を巻く。やはり人としての身体能力自体は変わっていなかったのだ、そうなれば。どこから人を超越した力がでているのか…と言う疑問になるが、その疑問は今度ゼノリコに聞いてみるとしよう。


「その身体能力は、冒険者となった時に与えられる女神の加護と神託によるものです」


「…加護?神託…」


篠崎はアナログな人間なのか、メモを取り出しカイトの言葉を熱心に記録しはじめる。


「加護はゲームでいうところのレベルですね、我々冒険者は加護の数字が増えれば増えるほど身体能力が向上していきます」


篠崎はそんな荒唐無稽な話を熱心に書き殴っている。


「し、神託というものは?」


「神託はジョブ、職業です。その神託に適した装備を身につける事により、冒険者はより強くなります」


「適した…装備…」


篠崎は何か思い当たる節があるようで口を閉ざす。


「はい、その通りです」


語り続けた為に口が渇いてきた、カイトは咳払いをすると、察した篠崎は自販機へ向かい、マールお気に入りのオレンジジュースを買ってきて差し出した。


「適した装備に関して、もう少し詳しく聞いても良いかしら?」


「ありがとうございます…ゲームで例えた方が分かりやすいですね。例えば、魔法使いは重い鎧や武器は使えませんよね?逆に、ローブや杖を身につけるとわずかな防御力の上昇と共に魔法攻撃力が増えたりします冒険者はそれと同じです」


「……本当にゲームのキャラクターみたいな体質になるのね…俄かに信じられないけど…」


そこまでいいかけて篠崎は固まる。


「待って?なら、魔法少女達も…神託を持っているの??」


篠崎の問いかけにカイトは頷いた。


「はい、持っています。私は青葉さんしかみてないですが…」


「さっき蘇生した子は重装兵だったよ」


カイトの膝から声がした、みれば眠っていたマールがパチリと目を開けており、綺麗な翡翠色の目がカイトを見上げている。


「成る程、スカウトに重装兵ですか。…具合はどうです?」


マールは身体は起こさずに額に手を当てながら気怠そうに浅い息を漏らす。


「まだダルイ…でも、なんか食べれば治るとおもう」


「篠崎さん、何か、食べる物はありますか?」


カイトの問いかけに篠崎は腕を組み唸る。


「はあ、仕方ない…あげるわ」


篠崎はスーツの内ポケットからキャンディの様に包装された包みを取り出してマールに渡す、それは梅干しである。


「甘いやつ!?」


バッと跳ね起きたマールはそれをキャンディだと思ったのか、それを受け取るなりニッコニコで梅干しの包みを剥がすと、口に放り込む。


「!?!?!?!?」


今まで見た事がないマールの顔が見れた。マールはとても面白い顔でフリーズする。梅干しは彼女の世界では絶対に巡り会えないだろう強烈な刺激だろう。原種のりんごの酸っぱさを軽く超える強烈な酸っぱさを持った食べ物など異世界には存在しないのだ。当然、野生児のマールでも口に入れた事などないだろう。我が家でも朝食はもっぱらパンであり、梅干しが出る事など滅多にない。


「う…うう…おいしぐない」


暴力的な酸っぱさにボロボロ涙を流しながらもゴリゴリと種ごと噛み砕いてからさっさと飲み込んだ。


「当たり前でしょ?私が残業と書類仕事に疲れた時に食べるためのものなんだから…」


疲労回復にはクエン酸と塩分が最適、おそらくそういった環境の人のために作られた梅干しなので、味は度外視の相当な酸っぱさだろう。


「あ…でも、なれたら美味しいかも!しかも元気になって来たかも!」


恐るべし勇者の適応力、マールは梅干し一つですっかり体力を回復した様で瞳に輝きが戻る。クエン酸はどうやら冒険者の体力回復に使えるのかもしれない。


「もう一個ない?!もう一個!」


「ええ?!…しかたないわね…」


マールのおねだりに篠崎はため息混じりに応じて梅干しをもう一つマールに差し出すと、マールはそれを口に放り込み今度は美味しそうに味わっている。


「カイト、これ持ち帰ろう!毎日食べたい」


そんなに!?鼻息荒く種までゴリゴリ噛み砕いているマールにカイトは苦笑しつつ聴こえないふりをした。


「そうだ、篠崎さん。二人分の洋服はあるんですか?」


カイトの唐突な要求に篠崎は意図が理解できずに顔を顰めている。


「お二人は骨から蘇生するんです、復活したら当然裸です…」


そこまで聞いた篠崎は弾ける様にスマホをとりだした、かけた先は本田だろう。


「本田!服も一緒に持って来て!」


「あはは、ホンダー!ホンダー!」


何が面白いのかはわからないが、マールはそのやりとりを笑いながら篠崎の真似をしていた。数時間後、休憩室で待機させられていたカイトとマールの前に、本田により二人の骨壷と身体検査用の薄着が運び込まれ並べられる。


「シノザキ、終わったら梅干しいっぱい頂戴?」


「おわったらご飯よ、おかわり自由で手を打たない?」


「おかわり自由!!約束だからね?絶対だから!」


軽率な篠崎の言葉に不安になるカイトだったが、おかわり自由の言葉でやる気を漲らせたマールは立ち上がり、骨壷の一つを雑に掴むとひっくり返して中の骨を床へぶちまける。カイトの読み通り、中にはまだ形を残した骨が入っており、それには加護の数字が見えている。


「マール」


カイトはマールに言われるより早く、親指を切って出血させながらマールの腕輪に触れた。


「今回は二人分だからたくさんもらうよ?」


「はいはい、なんなりと」


再び赤い血液と共に青い光が流れ落ちて腕輪に吸い込まれ、腕輪に落ちた光はマールの体を伝って骨の粉へと注がれていく。


「な…なんです?篠崎さん…あれ」


本田は目の前で起きる神秘的な光景に驚愕する。


「カイト君が言うには、魔法少女達は身体の一部でも残っていればそこから蘇生する事が可能なんですって…」


「ぷ…プラナリアかなんかですか?」


プラナリアとは斬られてもそこから再生する微生物の事である。


「蘇生には加護の数字を使います、加護の数字が足りない場合は食材などで加護を代用しなくてはならないのですが、一回で三ヶ月分の食糧を消費してしまうので割に会いません」


運がいい事に、勇者であるマールは加護の数字を操れる力を持っている。ただ、勇者という冒険者の完全上位に当たる存在のことは篠崎には伝えない方が良いだろう。


「ありがとう、カイト!離れていて?」


「分かりました」


カイトはにこやかに立ち上がると後退りで距離を取る。


「シノザキ!今持ってる梅干し全部頂戴!」


「え?ぜ、全部!?…仕方ないわね…」


背に腹は変えられない。それで死亡した魔法少女二人が戻るならば、と篠崎は梅干しが沢山入った袋をスーツの内ポケットから取り出してマールの前に放る、マールはそれを受け取ると一粒を取り出して口に入れる、いつになく真剣な表情で骨に手を触れて全精神を集中させる。


「本田さん、外に出ていましょう」


カイトはそういうと早足で足早に外へ出ていく。


「え?外?なんで?カイト君!?」


事情を知らない察しの悪い本田はキョトンとしているが篠崎に睨まれる。


「あんた、女の子の裸がみたいわけ?」


そこで本田は察し、マールによって骨が赤い水玉に変わるのを見る。


「こ…これが蘇生…」


蘇生を目の当たりにすれば誰もがそんな反応になるだろう。だが、篠崎は本田に蹴りを入れる。


「いいからでていけー!!」


本田は休憩室から蹴り出されるとカイトは外にいた、その傍らには青葉ともう一人の小柄な少女が来ている。検査を受けてからそのままその足でここまで来たようだ。


「わ、私は食事の支度を手伝ってくるかな!」


本田は空気を読み、若者達をその場へ残して長い通路を歩いて行った。


「カイトさん、栞ちゃんを助けてくれてありがとうございます!」


青葉は深々と頭を下げ、隣でぼーとしている、栞の後頭部を掴んで一緒に下げさせてオカッパな黒髪が揺れる。


「ウチを助けてくれて、ありがとうございました…」


少し癖のある関西圏にありがちな話し方をするコケシのような雰囲気を持つ少女はとても小柄で身長的にはマールと大差がない、もしかしたらマールよりも小さいかもしれない。


「お礼ならマールに言ってください。わたしは蘇生に必要な加護を分け与えただけですので」


カイトの言葉にその場の全員は宇宙猫の様な顔でカイトを見ている。やむを得ず、カイトはその場にいた全員に篠崎に教えた事と同じことを伝えた。


「なるほどなぁ…ほんならウチはゲームキャラみたいな身体になっとるのかい?」


床に座り込んだ栞が呟く。


「でもカイトさん、それはどうやってわかるんですか?あと、神託ってなんです?」


青葉の問いかけに、カイトは眉間に指を当てる。


「ここに力を入れてみてください」


二人は言われたままに、眉間に指を当てて集中する。


「おおっ!!」


栞はその景色に声を上げた、彼女の視界に映った青い光の世界、その世界でカイトの頭上と青葉の頭上に光の数字が見える。


「綺麗…」


思わず青葉が見惚れている。


「カイトも魔法少女なんやね?しかも数字、すごい事になっとらんか?」


魔法少女…と言われるのは少しむず痒い、一桁の彼女達からしたら3桁の数字はすごいのだろう。


「わ…わたしの数字はただ多いだけですよ、わたしの神託は加護の数字に意味は無いので」


「神託によって色々あるんですね?…ああ、だから栞ちゃんを蘇生するとき、マールさんに加護を分けていたんですか?」


スカウトらしく察しのいい青葉にカイトは頷く。


「はい、蘇生には数字が10必要ですから」


「じ…10も!?ウチはまだ1、生き残っていた青葉ですら7なのに…」


絶望する栞とそれを宥める青葉、二人の可愛らしいやり取りをみながらもカイトは考えた、彼女達はカイト達が去った後も亜人達からこの国の人々を守れるように力をつける必要があるだろう、そのためには…いま蘇生中の魔法少女達がもつ神託も気になるところではある。


「んで?カイトさんは休憩室前で何をしとるん?」


栞の問いかけにカイトは笑う。


「いま、中でマールが蘇生をしているんです」


「蘇生?」


「茜ちゃんと絵里香ちゃんだよ」


そこへ沢山のジュースを抱えて本田が帰ってくる、その言葉に二人は目を見開くと直ぐ様休憩室の中へ入って行った。


「皆さんは仲が良いみたいですね?」


しかし本田は少し複雑な表情をする。


「二人とも頼もしかったからね、茜ちゃんは1番強かったのもあってみんなの頼れるリーダーだった、絵里香ちゃんも面倒見のいいお姉さんだったし」


「………」


カイトは何も言わなかった、彼女達の加護の数字は誰もが10すら無かったのだ…まともな力も発揮出来ず、あの篠崎の様子では適性の装備すら身につけないまま亜人達と戦わされていたのだろう。死んで当然、無駄死にも良いところである。


しばらく外にいると、慌ただしく医療班の職員達がタンカを担いでやって来て中へ入り、慌ただしく中から二人の少女を連れて外へ出ていき、医務室へとかけていく。


「終わったようですね」


カイトが休憩室に入ると、マールは栞と青葉に介抱されていた。その足元には何個も梅干しのふくろが散らばっている。というか梅干しは冒険者に相性がいい食品なのかもしれない、これはベルラートでも量産すべきかもしれない。


「ふはーくるしゅうない」


青葉と栞に介抱され、いつになく上機嫌なマールはそんなことを言いながらも梅干しの種をゴリゴリ噛み砕いている。


「マール、梅干しの種は食い物ちゃうで?」


栞に指摘されるとマールは目を丸くしてからごくりと飲み込む。


「え?そうなの!?種も硬くて美味しいのに…」


硬いはマールからすれば美味しいらしい。ただ、平然なふりをしているがカイトにはわかる、マールは相当無理をした様だ、その目の下には酷い隈がくっきりと浮かんでいるのだ…取り返しのつかない結末になる可能性すらあったようだ。


「さあ、みんなご飯にしましょ?」


側からみれば分からないマールの痩せ我慢を知ってか知らずか、食堂へと連れて行こうとする篠崎。


「私はマールを見ています」


「?…あ、はい」


察した青葉は立ち上がり、カイトはマールをふたたび膝枕した。


「ちょっとカイトくん?ご飯に…」


「篠はんいきまひょ!」


「そうそう!行きましょう!!」


「え!?え!?ええ…じゃあ、待ってるわよ?」


青葉と栞は篠崎を連れて行かれ、部屋にはマールとカイトだけが残される。


「マール、無茶をしましたね?」


「………説教やだ、聞きたく無い」


明らかに弱っているマールは目を閉じる、彼女のバカみたいな体力を持ってしても、三度の蘇生を行ったのは無茶だった。


「なら、一つだけ。金輪際、私の許可がない限りは蘇生禁止です」


「うえ!?なんで!?カイトの癖に…」


「母を心配させたくないんですよ」


理由はそれだけではないが、マールにはその方が効くだろう。案の定、マールは目を見開いて見つめていた。


「…ぼ、僕だって……ママに心配させたく…わ、わかったよ!」


そういうと目を閉じた。おそらく勇者の血にある高い治癒力を用いて体力の回復に専念しているのだろう、何故さっきはそれをしなかったのだろうと考えたが…。


「これすると沢山お腹が減るの…ちょっとやそっとじゃ足りないんだから!まあ、おかわり自由みたいだから良いかなって!」


マールの沢山は本当に沢山だから困る、カイトは一抹の不安を覚えるも、かくいうマールは満面の笑みだった、こうして立って歩ける最低限の体力を回復させたマールと共に食堂へと足を運んだ。


その日、魔法少女対策課の食堂は未曾有の大怪獣に襲われる結果となった。職員全員分用意され、いつも余って廃棄される筈の料理達が…瞬く間に消滅していったのだ。しかし、それでもその怪獣は止まることなく無限におかわりを繰り返す。


「な…なんなんだ…あの子は…」


「も、もう…ご飯がない…」


糧食班の職員達は絶句しながらも、マールのために自衛隊の糧食班でも使える百人用大型釜3台をフル活動で動かし、手早く作れる苦肉の策として速攻でカレーを拵えた。だが、その即席のカレー100人前を大怪獣おかわりは。


「カイト!これ!すっごい美味しい!!」


味がよっぽど好みだった様子でよりペースを早める結末となる。昔、カレーは飲み物と誰かが言っていたが…まさか本当に飲み物にする怪獣が現れるとは思わなかった。百人前のカレーも瞬く間に消し飛び、次々と手早く作れる料理がやってきては大怪獣おかわりの胃袋へと消えていく。


「か、カイト君…」


涙目の篠崎がカイトに助けを乞う。しかし、カイトは自身の焼き魚定食の処理を再開する。


「おかわり自由と言ったのはあなたです。失った生命が二人も戻ったのですよ?対価が食事だけなら安いものではないでしょうか?」


カイトの言葉には憤りすら感じられる重たい圧の様なものがあった、しかも本当の事だからぐうの音も出ない。その光景をただ見るしか出来ない篠崎は、自らが口にしたおかわり自由の言葉を呪った。


「おかわり!!」


大怪獣おかわりは、追加で作られた100人前のカレーを無遠慮に食べまくった。


「よ…ようたべる…」


「そ、そうだね…」


山盛りのご飯茶碗に山盛りのおかずを処理しつつ、同じ冒険者体質の青葉や栞でさえドン引きする勢いだった。


「お前ら!!食ってくれるって言うんだ!奮起する時だろう」


「ああ!そうだな!」


「うおおおあああ!やってやるぞ!大怪獣おかわり!!」


班長の鼓舞で士気が上がった糧食班員達も奮起、だったらやってやると普段は使われる事がない調理室の全てをフル活動させた。カレーが終わるなり新しい料理が運び込まれる。マールは情け容赦なく運ばれたお代わりを一瞬で胃袋に収めていく。まだまだいけると言いたげに食べる手は全く衰えず、むしろペースが加速している。


「……マールに門限を作ってくれた貴方のお母さんに感謝するわ」


篠崎は想像する、もしも当初の予定通りにマールをここに住まわせたなら。数週間以内に魔法少女保護対策課は食費のみで赤字を振り切る事となるだろう。最も…今回マールは体力回復の為に行っており、普段からこんなには食べないのだが…。


「ふはー!!ご馳走様ー!!」


一時間弱食べ続けたマールは、満面のえみでお腹をポンポン叩いている。


「はんちょ…少し…やすんで…いいですか?」


「ああ…ゆっくりやすめ…」


終盤、体力を出し切ってヤケクソ気味に料理を作りまくった糧食班達は調理室の冷たい床に転がっていた…班長らしき人物が食材切れの看板が入り口に掲げられる事と相なった。


後で篠崎に聞いたが、マールはこの時三週間分の食糧をこの一回の食事で食い尽くしたのだという。


「さて、じゃあついてきて頂戴?」


昼食を終えたカイト達は篠崎に案内され、施設内にある一室へと通された。そこはブリーフィングルーム、中にはすでに多くの捜査官達が詰めており、先程医務室に連れて行かれた二人の魔法少女の顔もある。医務室からそのまま来たのか、二人は本田が持ってきた診察用の薄着のままだった。


「みんな、聞いて頂戴!紹介するわ、新しく仲間になるカイトとマールよ!信じられないと思うけど、二人とも魔法少女達と同じ体質を持っているわ!」


「まあ、カイトは弱いけどねー」


満腹なマールは上機嫌にケラケラわらいながらも1番前のテーブルに飛び乗り腰を下ろした。


「カイトくんはここに来て、みんなの質問に答えてもらえるかしら?」


「はい、分かりました」


篠崎により正面にある席に案内され、席に着くと。篠崎達は直ぐに前の席に座り、全員が一斉にタブレットを取り出しカイトに注目する。


「ええと…では…」


カイトは彼等の欲しいだろう情報を語りだす、主な内容は亜人という存在のこと、そして冒険者と呼ばれる存在の事である。魔法少女対策課の面々は、熱心にカイトの言葉を信じてメモを取り、秀才らしい勤勉さを見せていた。


…よもや自分よりも学歴も経歴も遥か上の上位の人間達に教鞭を振るう時が来るとは思わず、カイトは苦笑する。


「質問、良いかしら?」


篠崎が手を挙げる。


「あなたの情報が正しいなら、魔法少女…いや、冒険者体質には男性でもなれるって事?」


「はい、現に私は冒険者ですし」


「寧ろベルラートだと女性の冒険者の方が少ないよね?」


マールの問いかけにカイトは頷く、先程見ていた青葉と栞を除く全員が驚愕に目を見開いていた。


「ありがとう、名前を改めた方がいいのかしら?」


篠崎は真剣に悩むと、マールはケラケラと笑った。


「カイトが魔法少女!あはは!なんか面白っあははは」


何がおかしいのか、マールは腹を抱えている。後で覚えておけよ…?と、言いかけた怨み言葉を飲み込んだ。


「…はい、適性があれば誰でも冒険者になれます。篠崎さん、あなたでもです」


カイトはそう言いながらも冒険者の一人、赤い髪をツインテールに結んだ気が強そうな少女がギロリとカイトを睨んでいる事に気がついた。


「な、なんでしょう…ええと…」


「あたしは赤彩茜」


カイトは茜の言葉を聞きつつ、篠崎が置いていた資料から彼女のプロフィールを見つける。


「なんでもねえよ…私はあんたを信用出来ねえだけだ」


「へえー?カイトが加護を分けてくれなきゃ蘇生すらできなかった雑魚が言うじゃんか?まずはありがとうじゃないの?」


何故かマールはピリついており、ニヤニヤと笑いながらも茜を煽る。


「なんだとチビ!!」


怒りつつ立ち上がった茜に対して青葉と栞が素早く止めた。


「なにすんだ二人とも!はなせって!」


「あほか!喧嘩売っとる相手をようみてみい!!」


「そうだよ!謝った方がいいよ!」


見る?茜は訝しむが、二人はマールの頭上に浮かぶ馬鹿げた桁の数字を見たのだろう、力ずくで茜を座らせる。


「シオリ、アオバ、いいよ?大丈夫、せっかく苦労して生き返らせたんだからころしゃしない…ただ」


マールはヒョイっとその場に立つと見下す様に茜を見る。


「自惚がすぎるバカに【先輩】として力の差を教えてあげないとね?ほら、来なよっ!加護の数字なんて所詮気休めなんだからさ!!」


そう、カイト達の世界では加護の数字などいくら増えようが、気休めにすぎないと考えられている。結局は戦いにいかに慣れているか否かで戦いで使えるか否かは変わる。ただ…度重なる戦場を駆け回り、様々な亜人を倒しまくって技を鍛えたマールの加護の数字は万を軽く超えているのだ…そんな膨大な加護を受けたマールと、復活により1に戻った茜とではその差は明白だろう。ただ、マールはその圧倒的な差でも臆さず怯まずに勝ちをもぎ取る。


「上等だ!!やってやるよ!!!」


茜は強気に吠えると二人の手を払い除け、机に飛び乗るなりそのバネを利用して跳躍、マール目掛けて俊足の拳を振るった。派手な打撃音が部屋中に響く。


「……そんなもん?」


結果から言おう茜の本気の一撃は、マールの体に傷一つ付けることが出来なかった。茜は驚愕に目を見開いた。


「ほ…本気で殴ったんだぞ…私の拳は岩だって砕く…」


マールは笑いながら少し力を入れて足元の床を軽く蹴った。


「ぐお!?」


凄まじい衝撃と振動が轟き、茜の体を風圧が吹き飛ばした。


「い…て…」


吹き飛ばされた茜は尻餅をつきながら目を向けると、マールの軽い蹴りは足元の床材を鋭利な刃物の様に切り裂いていた。流石の茜も顔面蒼白となり茫然としてしまう。


「言っとくけど、こんなの僕の国の冒険者じゃ誰だって出来るよ?僕がすごいわけじゃないってのは頭にいれといてね」


出来ません…と言えないのがあの世界の冒険者達である。その圧倒的な力の差を見せられ、茜は絶望して膝を折る。


「茜さん、あなたはどうやって魔法少女になりました?」


「……え!?」


傷心していた茜など気にすることなく問いかけるカイトに茜は驚くも、直ぐに腕を組んで唸りだす。マールは小さなため息を吐きつつヒョイっとテーブルへ飛び乗った。


「わかんねえ…小せえときに森で遊んでた時かな?ダチと別れて帰って来たら高熱がでて、三日間も生死を彷徨ったらしい、治ったと思ったらこうなってた」


幼なげな顔の割に男前な口調をしている茜のギャップに苦笑しつつ、他の魔法少女達にも目を向ける。


「……他の皆さんは?」


肩までかかるウェーブがかった黒髪に、清楚そうな外見の少女、葵青葉も腕を組んで考えている。


「わたしも特には…小さい頃に高熱を出して生死を彷徨ったというのは母から聞かされています」


「うちもうちも!!あんときなー?母ちゃんうちが死ぬゆうて葬式までじゅんびしとったんよ!酷いおもわん?」


やはり、誰もが口々に高熱が出たという。他にピンと来るものは無さそうだった。


「高熱…おかしいですね、私の国では、女神の血と呼ばれる赤い水を接種する事で冒険者体質へ変異します。それ以外でこの体質になる事は考えにくいはずですが…」


「女神の血?」


「はい、人を冒険者体質に変異させる毒です。飲むと強い眠気に襲われ、悪夢に魘される事となる、今では起こし方がわかっているので、そこまででは無いですが、返って来れずに亡くなる人もそれなりにいたみたいですね」


カイトの説明が終わると、一人が手を挙げる。


「あ…あの」


それはスラリと背が高くモデルの様なプロポーションにブロンドがかった金髪に青い瞳に白い肌をしたとても美人な女性だった。装いが茜と同じ診察用の薄着であるため、蘇生されたもう一人の魔法少女だろう。


「わたし、黄河絵里香といいます。私はこの体質になったのは13の時なので、みんなより少し記憶が鮮明です」


今、何歳なのだろう、外見だけならどう見ても20代前半だが…。


「教えて下さい」


カイトの問いかけに絵里香は整った顔を柔らかな笑みを浮かべて頷くと、静かに語り出す。


「はい、あの日は父が趣味の狩猟で珍しいシカを狩って来たんですよ。赤い毛並みに剣の様な鋭く鋭利なツノが生えていて…」


その言葉にマールがピクリと反応するとカイトに目を向ける。


「カイト、シカってどんな奴?」


「篠崎さん、シカの画像を出せますか?なんでもいいので」


「え?…まったく…」


篠崎はわけもわからずタブレットを操り、画像を検索すると、背後の大画面に鹿を表示する。


「これがシカ?へー…それで、赤い毛並みに剣の様な鋭い角…」


マールはシカを見ながらうんうんと唸る。そしてカイトに目線を戻した。


「アカアシかな…」


「アカアシ?」


カイトの問いかけにマールは頷く。


「うん、カイトは食べた事あるよ?」


「ああ!毛皮が高く売れるって言ってたやつ?」


あれは人間領土の外へ遠征に出かけた時の夜の話だったマールは頷く。


「うん、あれは若い個体だったけど年老いた個体は冒険者でも手こずる位めっちゃんこ強いんだ!」


つまり、エリカの父はそのアカアシを仕留めて持って来たと言う事になる。


「アカアシはお肉は美味しいし、骨や皮は装飾品や防具に使えて捨てるとこなしなんだよ!じゅるり…」


確かに、カイトは有り合わせでシルヴィアの防具にアカアシの毛皮も使っていた事を思い出す。


「おいしい…ですか?癖が強くて私以外は手をつけませんでした。私は…生命を頂かずに捨ててしまうのはバチがあたるとおもいまして」


そう苦笑しながらも絵里香は続ける。


「そのアカアシを食べた後に高熱を出し一週間寝込み、目が覚めたら…」


魔法少女になっていた…そう語った絵里香は静かに席に着く。するとマールが側に来ると手を繋いだ。


『ねえ、もしかしてこの世界。僕達の世界と地続きだったりしない?…』


そんな言葉が、マールの熱と共に伝わってくる。


「ははは…少し、検証する必要がありそうです…」


カイトの言葉にキラキラ瞳を輝かせ、マールは再びテーブルの上に乗る。考えてみれば冒険者体質の彼女達に加え、亜人や魔物の存在が確認されている以上…マールの発言は強ち間違いではない可能性はある。


「ちょっと、君達だけで話を進めないで?」


篠崎はメモをとりながら二人を注意しつつも器用にタブレットも操作している。おそらく外部にここでの情報を投げているのだろう。そこから捜査官達からさまざまな質問が飛び交い、ある程度語り終えたタイミングでカイトは篠崎へ問いかける。


「そういえば、篠崎さん達はどうやって冒険者を探していたのですか?」


カイトの問いかけに、篠崎は気恥ずかしそうに目を逸らした。


「1番最初に保護した茜がやたらとご飯を食べるから、もしかしたらと思って…」


それで、大食いメニューのあるレストランに張り込んでいたのだという。ギャグみたいな理由でカイトは思わず吹きそうになるが、間違ってはいない実際、冒険者達は例外なく大食いであり栞や青葉ですら山盛りの定食を平然と食べていたのだから。


「逆に貴方達はどうやって冒険者を見分けるの?」


篠崎の問いかけに、カイトは側に座るマールに目を向ける。


「我々の国では冒険者は珍しくないので見分ける必要は無いのですが…」


カイトは魔法少女達の面々に顔を向けると、眉間に指を差す。


「みなさん、ここにグッと力をいれてみてください」


カイトの言葉を聞き、先程聞いていた青葉と栞は即座に実行し、訝しんでいた茜と絵里香もそれに倣って全員が眉間に皺を寄せた。


「まあ…」


「凄ッ!?…なんだこれー!?!」


茜がバカみたいな声を挙げた。隣で絵里香が目の前に広がる加護の世界に見惚れている。


「な、なに!?茜、何が見えるの??」


そんな全員の反応に篠崎は気になるのか声を荒げている。


「我々冒険者は、眉間に力を入れると同じ冒険者の加護と神託を覗き見ることが出来るんです」


「スカウトのアオバはもっと多くの情報がいろいろみえるはずだよー!」


マールの言葉に全員が青葉に注目する。青葉は目を見開きそして恥ずかしそうに顔を顰めている。


「え?みなさんは同じ景色が見えていないんですか?」


「ど、どう言うこと?」


篠崎も動揺しているようだ。


「青葉さんの持つ神託【スカウト】は、剣士や槍兵のように前で戦えるわけでもなければ、重装兵の様に壁となれるわけでもありません。主な役割はサポート、情報収集です。その特徴として、ただの冒険者よりも多くの情報を視覚的に捉える事が可能になります青葉さん、篠崎さんを見て下さい。何が見えますか?」


青葉は言われて眉間に皺を寄せたまま篠崎を見る。


「篠崎さんは2徹目です、あと腰痛に悩んでいます」


全員がどよめきながらも篠崎を観た、篠崎は顔を真っ赤にしている。


「し!仕方ないじゃない!書類仕事が終わらないの!そんなに観ないでよ!!」


篠崎は明らかに動揺して声を荒げた。


「これが、神託によって与えられる力です。神託は与えられた役職により出来ることや個性が異なります、栞さん」


「う、うち!?は、はい!」


何処となくコケシの様な雰囲気をもつ黒髪オカッパ頭の緑川栞は勢いよく立ち上がる。


「本田さんを持ち上げてみてください」


「え?…そ、そんなこと出来んよ、うち、運動も苦手で武器も重くてもてんのに…」


「大丈夫、荷物を持つ感じでやってみ?」


カイトの横に座ってくつろいでいるマールに励まされ栞は頷くと、本田は席を立ち栞に歩み寄る。本田は小太りではあるが体格はがっしりしている。


「お、お手柔らかにたのむよ」


本田は90キロ近い体重がある、そんな本田を130センチ前後に細腕の栞が持ち上げられるわけが無い、誰もがそう考えていた。


「荷物を持つ様に…」


栞は本田の足を掴むとそのまま軽々持ち上げる。


「うそ…!?」


本田は面白い顔で驚き、同時に栞も驚愕に目を見開き口を開けている。


「すんげー軽い!!本田さんがまるで藁半紙みたいや!」


「し、栞ちゃんおろして!」


本田に手をたっぷされ、栞は本田を降ろす。


「それから本田さん、栞さんにビンタしてみてください」


「はあ!?」


「カイト君!それは流石に…」


女の子の顔にビンタをかますなど、本田は流石に抵抗を見せ、栞も嫌そうだ。


「カイト、ビンタじゃわかんない。ぶん殴んないと!ホンダ!!思いっきりぶん殴ってみて!栞は手をぎゅっと握りしめる!!」


マールが横から口を出すと、二人はお互いに見つめ合い実に申し訳なさそうにする。


「栞ちゃんごめん!」


本田はそう謝りながら栞の頭に拳を振り下ろした。


「いっ…たああ!?」


叫びを上げたのは拳を振り下ろした側の本田である。栞は殴られた事に気づいておらず、目を閉じたままじっとして力んでいる。


「たく、そんなんじゃわかんないよ…こうすんの!!」


痺れを切らしたマールが折り畳まれたパイプ椅子を掴むと、それを思い切り栞へ投げつける。マールに投げられたパイプ椅子は簡単に音の壁を貫き、まるで弾丸の様な速度でぶっ飛びながら栞の身体に直撃する。激しい直撃音が響き渡った。


「ちょ…流石に…」


 やりすぎだ…そう言いかけた篠崎だが、目の前の光景に目を疑う。


「うう…本田はん…はよしてな…」


栞はそのままだった、身体にはひしゃげたパイプ椅子がへばりついており、マールがどれだけの力で投げつけたのかがよく分かる。にもかかわらず、栞はびくともしていない。


「ご覧の通りです、これが重装兵の神託を持つものの特徴です。重装兵は身につける装備の重さを感じなくなる他に、非常に高い耐久力を有します。マールが言った通り息を止めて力んでいる間は、あらゆる攻撃に耐えられます、栞さんもういいですよ」


「は!?ウチまだ殴られてないで??」


目を開け、手を抑える本田が視界に入りして自分にへばりついたままのパイプ椅子だったものを軽々持ち上げる。


「なんやこれ…本田は手ぇどうしたん?」


「は…ははは…」


本田は苦笑しながらも、骨折して腫れた手をさする。彼が想像した栞の頭の感触はカイトの言った通り鋼鉄の塊であった。するとそれを見たマールが歩いてくる。


「ホンダ、手だして」


マールは骨折した本田の手を雑に掴んで引き寄せる。


「いたた!!マールちゃん、いたいよ!」


「じっとして」


マールは本田の腫れた患部に触れる。


「いっだ!!いだだだだ!!」


マールが触れた途端、焼きごてを押し当てられたような激しい痛みが全身を駆け巡り大の大人である本田は痛みに悶えて声を挙げ、ついに耐えきれずにマールの手を振り払う。


「な、何をするんだ君……は?」


本田は驚く、骨折して腫れていた手首の腫れが引いており、痛みが消えている。


「治ったでしょ?」


「あ…う、うんありがとう…ございます…」


マールは捜査官や篠崎達の前で本田の怪我を修復したのだ、そんな奇跡を前にすれば誰でも同じ顔をするだろう。


「か…カイト君、神託には適性の装備や防具が必要なの?」


「え?ええ、そうですね。魔法少女のみなさんは今までどんな装備で亜人と戦っていたんですか?」


カイトの問いかけに篠崎は座席の横から大きなトランクを取り出し、カイトの前で開いて見せる。


「……これよ」


中には黒いプロテクターやボディアーマー、身体にピッタリとフィットする動きやすそうな戦闘服と、短く女性でも扱いやすい形をしたアサルトライフルである。


「青葉さん、武器や防具を観て下さい」


「え?は、はい!」


カイトに呼ばれ、青葉が小走りでやってきて装備を見つめた。


「銃は銃兵または傭兵と書かれています、服は特になにも…」


知らない神託の名前だが、概ね予想通りの返答が帰って来た。すると、いつのまにか装備を見に来ていたマールは興味深そうに異世界の戦闘服を摘み上げて見つめていた。


「へえ…こういう服もあるのか…」


流石鍛冶屋の娘だけあり、戦闘服には興味を持ったらしい。次に銃を雑に掴み取ると、手慣れた手付きで弾倉を取り外して空の中を見たり、手早く分解し始めた。扱うのは少女達であるためか手入れが簡単にできるように単純な作りになっている…とはいえ、初めて見て触れたはずのマールはそれをやれているのがおかしいのだが。


「マール、何かわかりますか?」


「うーん、弾が小さい?こんなんじゃ良くてゴブリン、あとはコボルト位しか相手できないね〜」


そう言ったマールは興味が失せたのか、銃を手早く結合すると、雑に放る。


「君達がこれ使って戦ってた亜人ってどんなの?」


マールの問いかけに、篠崎はタブレットを操り背後に資料を映し出す。そこに写っていたのは胸から上を吹き飛ばされた巨大な人型、朱色の肌に筋肉質の締まった身体つきの怪物の死骸である。


「こいつが数日前に現れた亜人よ、茜、絵里香はこいつに殺された。」


篠崎は実に歯痒そうに資料をスクロールし、死骸になる前の怪物の写真を表示した。茜、絵里香も自分を殺した相手を見て顔を顰めた。


「?…ギガース…かな?」


?、どう見てもギガースではあるが、マールは不思議な含みを持たせる。


「…はい、ギガースですね」


「ぎ、ギガースというの?」


篠崎の問いかけにギガースは頷く。


「はい、ギガースの身体は鋼の様に硬く、筋肉質でその手足は鉄鎚と言っても良い程です」


隣でマールも頷く。


「こいつら、めっちゃんこ強いから低級の冒険者じゃ歯が立たないんだよね。だからギルドでもV級以上の手練れしか受注許可が降りないくらいなの、そんな武器じゃダメージにすらならなかったんじゃない?むしろ犠牲がそこの二人で済んでたのは奇跡だねー」


ブリーフィングルームに集められた捜査官達がマールの言葉で一斉にどよめき始めた。


「篠崎さん、こいつはまだ生きているんですか?」


カイトは篠崎へ顔を向ける。


「……栞が刺し違えて仕留めたわ…」


資料を切り替えると頭を吹き飛ばされたまま仁王立ちしたままの死骸が再び映される。


「あの武器でやったの?…どうやったの?」


マールが興味深そうに栞に問いかけた。


「ええ??…あんときはウチも無我夢中だったかんなあ、C4爆弾?ちゅうでっかい爆弾をぎょうさんバッグに詰め込んでな?顔をに張り付いてドーンしたんや!」


実に栞らしい容姿にあった可愛らしい表現で自爆特攻をマールに説明した。


「カイト、C4爆弾ってなに?」


「とても強力な爆弾です…そうですね、あなたにわかりやすくいうならエクスプロージョン10回分位でしょうか?」


少し過大に言い過ぎたが、マールには威力が伝わった様だ。


「エクスプロージョン10回!?…はえーすっごいね!…そんなの食らったらギガースでもひとたまりもないよ」


マールは素直に感心しながらも栞に目を向ける。


「シオリ、君、結構根性あるじゃん?気に入った!」


マールは栞が気に入ったようだ。褒められた栞は照れ臭そうに頭をかいている。いくらギガースでもC4満載のバッグを顔面に浴びれば一溜りも無い。資料のギガースの概要をカイトは見つめていると、マールは立ち上がり隣に来てタブレットにも転送されたギガースの画像を凝視した。


「話が脱線しましたが、まずはみなさんの装備を集めるところからでしょうね」


「何を集めれば良いのかしら?」


篠崎は席へ戻りメモを広げてカイトは必要な装備を語る。


「まずは武器ですね、剣を2本それと槍を2本です」


「け…剣に槍…ですか?」


篠崎は目を見開いて口を開ける。


「はい、茜さんと青葉さんは剣です。剣士の茜さんはなんでも良いですが、青葉さんの剣は軽くて扱いやすいものが良いです。槍は丈夫なやつならなんでも良いですね」


「そう…本田?警視庁の押収倉庫にありそう?」


「剣ならどうにか…ですが槍は…」


「本田さん、機動隊の装備は借りれますか?」


「き、機動隊の?…」


警視庁の保有戦力の一つ、機動隊は現代版の重装歩兵に等しい。重装兵の栞にも適性がある可能性がある。本田はメモを書き殴る。


「よし、じゃあ押収品倉庫に行ってきます!」


本田は複数の捜査官と共にブリーフィングルームを慌ただしく出ていく。


「そうだマール」


マールはタブレットが嬉しいのか、ジッとギガースの画像を見つめている。


「マール?」


「えっ!?あ、な、何??」


カイトに呼ばれて気がついたマールは顔を向けた。


「マール、剣や槍を打てますか?」


「ははーん?誰に言ってんの?打てるに決まってるじゃん、素材と工房があればの話だけどね?」


マールは自慢げに胸を張る。


「な、何を言ってるの?」


篠崎は二人の話について行けない様子だった。


「マールは鍛冶屋の娘なんです、鉄火場と材質があれば質のいい武器や防具を作れます」


「成る程、そういうことね?…ちょっと当たってみる」


篠崎はそういうとスマホを取り出した。


「とりあえず、本田が戻るまで休憩にしましょうか。みんなも解散して?」


篠崎に言われ、全員が騒がしくどよめき部屋を出て休憩室へと向かうい。篠崎はスマホを片手に席を立つ。魔法少女達も席を立ちこちらへやってきた。


「そのチビ、武器まで作れるのかよ…なんでもありか?」


茜はマールを見下ろした。マールはまだタブレットに映されたギガースを見つめている。


「マール?」


「え??あ、ごめん、なに?」


マールは慌てて顔をあげた、カイトは手にしたタブレットに視線を落とす。


「そのギガースが何か気になる事でも?男前で惚れたとか?」


カイトの問いかけにマールは脛を思い切り蹴飛ばした。


「いっっ!!?た!?」


カイトが蹲るのも気にせず、うーん、うーんと唸りながらもギガースの画像を見ている。


「いや、僕の気のせいならいいんだけどさ……こいつちっちゃくない?」


マールが驚きの言葉に騒然としていたブリーフィングルームに静寂と緊張が走る、カイトは目を見開き、立ち上がると即座にタブレットをマールから取り上げてギガースの画像を凝視する。


「栞さん、あなたが倒したギガースの大きさはどれぐらいでした??」


弾ける様に栞に問いかける。


「え??えーと…この部屋の床からそのモニターの上まで位?」


その隣で茜も頷く。


「確かにそんぐらいだったな」


「篠崎さんからの情報では、4m前後と聞いていました」


青葉は得た情報を正確に記憶していた、それを聞いたカイトはマールに目を向ける。


「…マール」


「うん、産まれて間もない子供だね」


その言葉に魔法少女達は戦慄する。


「待って下さい、じゃああそこにはギガースがまだいるんですか!?」


青葉が弾ける様に怒鳴り、部屋に残っていた捜査官達の視線が刺さる。


「幼体がいるなら親がいるのは当然でしょー?」


「待てよチビ!あいつらは繁殖するのか!?」


「君、さっきからチビチビってさ!失礼じゃないかな!?」


プリプリ怒るマールは一先ず無視してカイトが答える。


「ギガースは一体でも増えます、栄養になるものが豊富な地ならば増えていきます」


「栄養…あんな馬鹿でかい身体を維持するのに必要な量なんて…」


茜が口調では想像もつかない頭の良さを見せる。


「ギガースの主食はミネラル、岩です、なので岩が沢山ある山などを好んで生息します」


日本は幸い山岳地帯はそう多くはない、なので爆発的に増える様なことは無いだろう。とはいえ、魔法少女達は瞬く間に表情が絶望に凍りついており、そこへ騒ぎを聞きつけた篠崎がスマホを耳に当てつつ帰ってくる。


「ちょっと、うるさいわよ?何をして…」


絶望した魔法少女達の顔を見た篠崎は訝しみ、カイトを見る。


「篠やん…ウチがしとめた化け物…あいつ…子供なんやって…」


それを聞いた篠崎の手からスマホが滑り落ちる。


「……嘘っ…」


その顔がみるみるうちに真っ青に染まると素早くスマホを拾った。


「回収班!!回収班を下げさせないと!!」


カイトの目が開き息を呑む。


「まさか…あなた回収班を送ったのですか!?」


「し、仕方ないじゃない!!亜人の死体だって貴重な資料よ!?」


それはそうだろう、とカイトは考える、カイトも同じ立場ならそうしただろう。


「早く戻しなさい、全員死にますよ!」


「今やってるわよ!!」


これでは間に合わない、カイトはそう考えてマールに目を向けと、マールは察していたのか軽い準備運動をしていた。


「マール」


「はいはいわかってる、僕の出番なんだよね?」


マールは立ち上がると両手の筋を伸ばす?


「篠崎さん、場所は何処です?」


「い、いま情報を集めているわよ!」


「遅すぎる、マール、ギガースの匂いをたどれますか?」


「おっけ!やってみるね」


カイトの指示を受けたマールの姿はその場から消える。


「き、消えっ!?」


「あ、あのチビ何処に?」


周囲を見回す魔法少女達だが、マールの姿は何処にもない。カイトは篠崎を見上げた。


「篠崎さん、現場が見たいのですがなんとかなりませんか?」


「遠隔の偵察ドローンがあるわ、指揮所で魔法少女達に指揮を出すためのものだけど…」


篠崎は驚愕した、それを聞いたカイトが今までにない程に恐ろしい笑みを浮かべて喜んでいたからだ。


「ならば、急ぎましょう!案内してください」


「ちょ!ちょっと待って頂戴?何が始まるっていうの?」


「簡単な話です、マールは今、ギガースを討伐するために出撃しました、早くしないと終わってしまう」


そう、彼は満面の笑みでワクワクしながら告げつつ魔法少女達にも目を向ける。


「あなた達もマールの戦いは見た方がいい!否、絶対に見るべきだ!!」


先程までは静かで冷静だったカイトの語調が荒くなり、つばきが飛んでも気にならない程にカイトは興奮していた。


「わ、わかったわ…」


「急ぎましょう!」


小さくひ弱そうな少年とは思えない力で背を押され、篠崎は驚きながらもブリーフィングルームから追い出されて行った。


「な、なんなんだ?…あいつ」


茜は完全にドン引きして声を漏らし、絵里香や青葉も頷いている。


「ウチはいいと思うで、おもろいやん?」


そんななか、栞はカイトの変貌を楽しそうにしていた。



次話バトル回です、久しぶりに色々頑張ります

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