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1の5 ゴブリンの森(2)

前回の続き、ゴブリンとの戦闘編です。

朝、カイトの目覚めは壮絶な激痛と苦しいみと共にであった。何かがカイトの身体に巻き付き、抵抗不可能な機械的な力で締め上げているのだ。ミシミシと骨の軋む嫌な音が脳裏に響く。


「……ッ!!…!」


声が出ない、別に気道を塞がれているわけではない。生き物の身体は強い力で絞められるとど呼吸を塞がれてしまうようにできているようだ。カイトは子供の頃に家族と共に見た、大きな蛇が小さな鹿に巻きついている映像を思い出した。あの鹿は今のカイトと同じ状態だったのだと悟る、身動きもできず呼吸もできずマジで死ぬ5秒前。


「コレ!」


「ふあっ…」


ハイデの声と共に可愛らしい寝ぼけた鳴き声がなり、カイトの身体を絞めていたそれが離れた。それの正体はマールだった、熟睡しているマールの頭をハイデが小突き、マールが目を覚ました事で力が弱まったのだと知る。


「げは!!はーっ…ぜえ…なん…ぜえ!」


消え入りそうな声を絞り出しながら、カイトはその不思議な状況に目を白黒させていた。


「カイトさんも男の子ですな!まさか添い寝する為の口実だったとは!羨ましいですぞ!」


ゲイルがカイトを大声茶化しながら大きな背伸びをする。カイトには状況が一切理解できなかった、自分はいつ寝たのか?記憶が一切ないのだ。そう思考していると、再びマールの細い手足がカイトに巻きついてきた。


「ひい…」


まさに蛇に睨まれたカエル、逃れようのない死が迫ると、生き物は身動きもできず声すら出せないものだ。カイトは恐怖で動けないうちに、そうしている間にも首や身体に巻きついたマールの細い手足が昔観た動物番組の大蛇のように絞めあげてきた。


「むにゃ…」


一方のマールはというと、心地よい微睡の中で可愛らしい声をもらしている、その小動物や子猫のような可愛らしい声とは裏腹に、カイトの体に巻き付いた手脚が再びカイトの命を奪わんする。


「っ…っ!っ…!!?」


カイトは今度はなんとか気道に手を差し込んだ、こうすれば絞殺されそうな時はなんとかなるとネットの元特殊部隊員の配信を見た事がある、が、それは相手が普通の人間であればの話だ。カイトはまだ、この世界の冒険者と呼ばれるもの達の特異性を知らなかった。カイトは自分の腕に気道が塞がれ、より死期を早めてしまった事を悟る。マールの細い手脚からは信じられない程の力で絞まる、貧弱なカイトの身体は水圧に潰される空き缶のごとくじわじわと潰されていく。


「ほらマール、起きて」


見かねたハイデがマールを叩いて揺する、それでマールはパチっと大きな翡翠色の目を開くと、緩やかにマールを解放する。


「カイト?なんでここにいるのー?」


マールは可愛らしく瞼を擦りながら、尋ねた。死にかけのカイトは否定する気にもならず脱力していた。

そこへ、ゼオラが独特な笑い声をあげながら、木の器を手にやってきた。


「ニッシッシ、カイトも隅におけないなあ?でも気をつけろー?うちのマールは厳しいぜ?」


面白そうだったので敢えて一服盛った事は言わず、ゼオラは悪びれなくニシシと笑いながらマールとハイデに昨晩のハイデの要望だった野菜と肉のスープが入った器を差し出す。


「記憶が…ないんです…ごめんなさいぃ…」


何がどうしてこうなったのか理解できないカイトはとりあえず謝罪を口にした、不思議と涙が溢れ出た。


「う…悪かったよ、ほら泣くな」


少し気の毒になったゼオラはカイトを優しく慰め、朝食のスープを受け取る、ゼオラからスープが入った木の器を受け取った。


「ありがとうございます…」


カイトは、25歳にもなってこんな事でガチ泣きする事になるとは思ってもみなかった。カイトがメソメソしているうちに、焚き火のそばではすでにボルドー兄弟が装備を身に付け、うまいうまいと叫びながらもりもり食事をとっていた。カイトはゼオラから渡されたスープを口へ運ぶ、酷く血生臭いスープだった。


「……スープでもこの様ですか…」


カイトとしては決して不味いわけではなかったが、ハイデの口には合わなかったようだ。マールはまだ寝ぼけており、半目でスープを啜っている。


「まずい…」


そうして休息と食事をしっかりとったカイト達一行は、昨晩の作戦通りに周辺の地理に詳しいゼオラの案内の元、ゴブリンの巣穴があると予想される岩山を目指し深い森の中へ向う。


「ゲイツさんとゲイルさんは左右を固めて、真ん中にハイデさんとマールさん」


「マールでいいよカイト!」


カイトの指示通りに展開するボルドー兄弟、そんななかで元気いっぱいに手を挙げて意見するマールに、絞め殺されそうだった事を思い出したカイトは思わず身を退いてしまう。


「は、はい、マール…前はゼオラさんで」


「あいよ」


昨日、カイトの図鑑を見ており、先ほどの件で気の毒に感じていたゼオラは素直に従い前に立つ。


「珍しい…」


「本当に…」


ゼオラが素直に他人の指示に従うのが珍しいのか、ハイデとマールは顔を見合わせて声を揃えている。一行はカイトの指示した通りの十字の隊形で森の中へ足を踏み入れる。


「ハイデが真ん中なのはわかるけど、なんで最前が僕じゃないの?」


進軍を始めてまもなく、歩きながらマールは不満を漏らしはじめた。カイトが目を向けると明らかな不服を唇を尖らせる事でわかりやすく表現していた。


「確かに、わたしもマール殿が前の方が良いと思いますな…」


ゲイルは歩きながら腕を組み、カイトの考えを聞こうとしている。


「ゴブリンは集団で1人を包囲出来る得意な地形に呼び込み、毒を塗った武器を投擲する戦法を使ってくると思われます。なので不意の攻撃でも受ける事が可能な重装備のゲイツさんとゲイルさんを両翼に広げ、鎖帷子を着ているわたしが背後につく形をとっています」


「だからあ、だったら前はゼオラより僕の方が良くない?っていってんの!ゴブリン達の武器は骨や石だよ?カイトの鎖帷子程じゃ無いけど僕の革の鎧でも充分に受けられると思うんだけど?」


マールは胴体に立派な革の鎧を身につけている、しかし、その鎧は最低限の致命傷を防ぐように急所になる部分のみを覆うように作られている。露出部分へのかすり傷だけでも致命傷となる可能性があるゴブリンの毒を考えると心許ないのは明白だった。ただ特にそんな考えはなく、どうやらマールは自分が前に配置されない事が不満なようだ。その言動は自信に満ち溢れており、圧すら感じる。


「ゼオラさんはこの辺の地理に詳しい。なら、先導はゼオラさんの方がいいでしょう」


加えて正面からは不意の攻撃を受けづらい、地理に詳しいゼオラは地形の変化を判断できるとカイトは踏んでいた。


「ふん、だそうだぞマール。諦めて下がってな」


ゼオラが勝ち誇った様にマールに告げるとマールはぷくーっと頬を膨らませていく。他にも慎重な配置をしているのには理由がある、それはカイトがマール達の戦力を知らない、未知数であるからだ。そのため、慎重に兵科を見極め、事に及んだ方がいいとカイトは判断した。


が、そんな考えを知らないマールにはわからない、その上ゼオラに煽られ、ただでさえ気に入らないのに、より怒りが募り、思い通りにならないカイトを睨みつけてくる。


「僕、もしかしてキミに舐められてる?」


唐突にピリつく空気が漂いはじめ、カイトは即座にそんなつもりでは無い事を説明しようとした、その時、先頭のゼオラが急に止まる。


「ゴブリンだ…」


息を殺したゼオラの声に全員が黙る。ゆっくりと前を見ると、ゼオラは静かに手を広げて、ゆっくりと下へ仰いだ。しゃがめという指示と見てとり。全員は武器を手に臨戦体制を取りつつ姿勢をゆっくりと下げた。

状況を確認する。森の中、カイト達の前にはゴブリンの集団がいた。


その数は軽く見ても50をゆうに超え、視界にいっぱいに埋め尽くされていた。ゴブリンたちは忙しなく動き回り、ツルハシやスコップを手にしたゴブリンが穴を掘り、石を砕き、木の葉を纏めて山にしていたりと、明らかな土木作業で動き回っている、幸い、まだこちらには気づいてはいない様子だった。


「なにをして…?」


カイトは、はるか遠くに映るゴブリン達の動きを見て訝しんでいると、マールがスッと立ち上がる。


「バカアホカイトの癖に、僕の力を見せたげるっ!」


カイトの指示を舐められていると感じていたマールはそんな悪態を着きつつ背中の大剣に手をやり、2、3と軽く飛ぶと、その場から消えた。


「え?」


カイトどころか、その左右にいたボルドー兄弟でさえも目で追えていない。その動きはほぼ瞬間移動に近い速さだった。マールはそんなスピードで一息にゴブリン達の集団の真ん中に飛び込んだ。


「あんのバカっ!」


気づいたゼオラは悪態をつき追いかける。マールは、その小さな身体には不釣り合いな大剣を片腕で軽々と振るい、目の前で唖然としているゴブリン達の首を草刈りの如く刈り取った。5匹のゴブリンの頭が空を舞い、マールは振り抜いた剣撃を止めることなく勢いそのままに背後で硬直していたゴブリン達を纏めて袈裟に斬り払う。


突然の襲撃にゴブリン達は動揺し、あるものは腰を抜かし、あるものは悲鳴を上げ、あるものは逃げ出した。しかし彼らは次の瞬間には容赦のないマールの大剣に容赦なく斬り捨てられて命を散らしてゆく。マールはただただ無感動に目につくゴブリンを片端から斬り殺してた。遠くで繰り広げられるその殺戮ショーにカイトは追いかけながらも絶句する、1分にも満たないうちに数十ものゴブリンが叩き切られているのだから無理もない。その圧倒的な武の台風は逃げ惑うゴブリン達を追いかけ、悉くを斬り伏せている。あるものは頭から割られ、あるものは首から上が飛び、またあるものはその体を貫かれ空をまう。運良く木の後ろに隠れて台風をやり過ごそうとする賢いゴブリンもいた、しかしマールの剣撃はそれを決して許さず、木ごと隠れたゴブリンを両断する。その圧倒的な武の台風に、ゴブリンたちもただやられるだけではない。1匹のゴブリンが何やらを叫ぶと、武器を持ったゴブリン達が前にでて、大勢の仲間を失いながらも眼前で暴れ回る台風のようなマールを包囲しようと展開しはじめる。


「そこだああ!!!!」


マールは特に考えることもなく、個別に展開しはじめたゴブリン達を包囲の端から纏めて斬り殺す事で作り掛けの包囲に大穴をあけてしまう。


「むっ…」


そこで、マールは何かを察して足を止めた。圧倒的な力の前にゴブリン達は素早く地上戦を諦め、瞬く間に木を登って行く。


「まさか…そんな」


カイトは驚愕した、ゴブリンが、地上の遅さでは考えられない飛ぶような速度で木の上を移動し、瞬く間にマールを包囲したからだ。


「あの異常発達した腕の太さは、木の上で動くための進化だったのか…」


カイトは投擲をする為の発達だと思っていた、しかし実際には。最初に気がつくべきだった、体が小さく、力も弱いゴブリンという亜人種がどうやって生き延びてきたのかを。しかし、包囲されたマールは特に動揺することもなく表情も変えない。手にした大剣を軽々と頭上で回し、ゴブリン達が投擲した石や骨の槍やナイフを次々と叩き落とし、まるで踊るような身軽な動きで降り注ぐ攻撃の雨を切り抜け、目の前の大木をたった一撃で切り倒す。切り倒された木にいたゴブリンたちが見事に落下し地面へ叩きつけられる。運良く生き延び身を起こそうとしたゴブリンだったが、直後、その顔面を鋭い突きにより貫かれた。マールの大剣が硬いゴブリンの頭蓋を易々と貫き深く沈み込む。ただ、顔面を貫かれたゴブリンはただでは死なぬと最後の力を振り絞ると、その小さな腕で剣を掴み抱きしめるような体勢で絶命する。自らの重みでもって、マールの動きを鈍らせようとしたのだ。槍を持った2匹のゴブリンがそれを見るなり木の上からマールめがけて飛びかかる。彼らの武器には毒が塗られている。マールのどこでも切りつけさえすれば良いのだ。ただ、ゴブリン1匹の重みでマールの動きは封じる事などできたい。マールはその怪力で頭を貫いたゴブリンごと大剣を軽々と振るい、空中の2匹を纏めて叩き斬った。そこで茂みから飛び出してきた1匹のゴブリンがマールの背後に迫る、マールは背後のゴブリンの接近に気づいてはいなかった。絶好の不意打ちのチャンスだった。しかし、忘れてはいけない、マールは1人ではない。背後から飛び出したゴブリンの槍はマールには届かなかった。唐突にゴブリンの額から鉄の矢が生え、まるで糸の切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。


「遅いよゼオラ!」


「うるせえ!お前はもっと周りを見ろ!」


ようやく追いついてきたゼオラは悪態をつきながら手にした大きなボウガンの上側を開き、大量の矢を差し込むと右側から生えたレバーを勢いよくクルクルと回す。するとレバーにより自動装填された矢が、ボウガンとは思えない連射を見せた。回転装填式の自動ボウガンより放たれた無数の矢が、次々と木の上でマールを包囲していたゴブリンたちを打ち抜き、打たれたゴブリンが雨のように木の上から落ちてくる。瞬く間にその場はゴブリンの死体で埋め尽くされた。


「ハイデまだ来る!視覚共有をくれ!」


木の上からの高速接近するゴブリンの動きを察し、ゼオラが叫ぶも、カイトと共に遅れて到着したハイデは既に呪文を口ずさんでいた。


「待ってください、全員分は少し手間がかかるんですよ!」


ハイデは愚痴りながらも杖を掲げ、杖から眩い光が迸る、するとカイトの脳裏に別の視界が広がっていくのを感じる。


「な、なんですこれ?」


初めての感触に若干の気持ち悪さを感じて動揺するカイトにハイデが答える。


「視覚共有の魔法は初めてですか?」


視覚共有?カイトは聞き慣れない言葉を思わず復唱すると、ハイデは微笑んだ。


「周囲の人に1人の視覚を共有する魔法です、今あなたの脳裏に広がっている視界はゼオラのものですよ」


ゼオラの視界、そう聞いてカイトは脳裏に広がるゼオラの視界に集中する。本当に不思議な感覚だった、ゼオラの視界は非常に広いのだ、カイトはその視界を共有する事の戦術的強さに感激し、戦場を支配できる事に高揚する。その慢心で自分の頭上に迫る危機を見逃している事に気付けなかった。


「っ!カイト!!上だ!!」


へ?カイトはゼオラの叫びと共に、自分の側にある木の上から落ちてくるゴブリンを察知すると、素早くダガーを抜刀。ゴブリンの斧の一撃を受け止め…られなかった。


「ぐはっ!」


ゴブリンの一撃は落下中なのもあり異常に重く、カイトの非力な力では受け止めきれずに押し込まれ、受け止めた自分のダガーに強く額を叩かれて地面に仰向けに倒される。


「カイト!」


叫ぶハイデの声が届き、頭を打たれ倒れたカイトは身動き一つできなかった、そんな瀕死のカイトにゴブリンは容赦なく斧を振り上げる。


「でやあああ!!」


そうはさせじとゲイツが突撃してきてゴブリンの頭を槍で貫きながら引きずっていく。その間にも駆けてきたゲイルが素早くカイトを片手で掴み、そのまま軽々と持ち上げる。


「無事ですか!カイトさん!!」


ゲイルの呼び掛けにカイトの反応はない、しかし視線を向ける暇はなかった。いつのまにか木の上を移動してきてたゴブリンの集団が次々と降りてきてカイト達を包囲していたからだ、明らかな増援だった。


「っ…分断されましたか」


ゴブリン達は前方で暴れる台風を多大な犠牲を出しながらも誘導し、孤立させていた。背後に続いていた女性のハイデを接近戦が苦手な後衛と判断して狙いを集中したのだ。


「…なるほど、狙いはわたしですか…」


ゴブリン達は次々と木から降りてくる、ゴブリン達は歓喜していた。多大な犠牲を出したが、生の良い冒険者の孕み袋が三つも、なんの警戒もなく自分達の領域に踏み込んで来てくれた事に。彼女たちを捕えれば、失った仲間たちは直ぐに回復する事だろう。故に、まずは目の前の後衛の支援を攫う。ゴブリン達の手に武器は無く、完全に生け捕るつもりで来ているようだ。しかしハイデは、ただの一歩で目の前のゴブリンとの間合いを詰め、その手にした鉄の杖を軽々と振るい、無防備なゴブリンの側頭部を思い切り叩き飛ばした。


こ気味良い音が森に響き、杖による打撃をくらったゴブリンの首から上が飛び地面に落ちる。ハイデは手に武器を持たずにおめおめやってきたゴブリン達を次々鉄の杖で叩き殺していく、ぐしゃりとゴブリンの硬いはずの頭蓋が潰れ、紫色の血飛沫を浴びる。


「コォォッ…」


あっという間に、自らを囲んだ数匹のゴブリンを撲殺し、ハイデはまるで拳法家のような呼吸をしながら手にした杖を構え、腰を深く落とす。背後から槍を手に落ちてくるゴブリンを瞬時に察し、次々と叩き落としている。まるで武闘家の様な身のこなしで動くハイデは戦いながら全体を見回しゲイルを見るなり叫んだ。


「ゲイルさん!カイトをこちらへ!」


カイトを抱えて庇うように戦っていたゲイルに叫び、意図を理解したゲイルは手にしたカイトをハイデの足元へ投げた。


「ぐえ…」


瀕死のカイトは、派手な音を立てながらハイデの足元へ転がり、ハイデは足でカイトを足蹴にして止める。そこへ降り注ぐゴブリン達の投擲物の雨。ゴブリン達はハイデの生捕りを諦め、得意な戦法に切り替えていた。


「やらせん!!」


ゲイルが飛び込んで来てハイデの盾となり投擲物をその体の防御力で受け止めると、お返しとばかりの鋭い刺突で届く範囲のゴブリンを次々と貫いた。


「であああ!!」


そこでゲイツが吠えながら戻ってきて槍を振り回し、目につくゴブリンを叩き飛ばし、刺し貫き、一掃する。


「兄さん!!」


この土壇場でゲイツの思考は限りなく冷静だった。ゲイツの声に反射的に動いたゲイルが視覚の外からハイデに投げられた骨の槍を、素早くハイデの前に立つことで鎧で受け止める。ゴブリンの石や骨の投擲物は、ボルドー兄弟の分厚い重装備には傷一つつけられない。ついに投げるものが無くなったゴブリンは、無謀にも素手での接近戦を挑んでくるが、当然、高身長のゲイツに体格で勝てるわけもなく、振り抜いた槍に叩き飛ばされて命を散らす事となる。


「……」


乱戦の最中でハイデは呪文を口ずさみ足蹴にしたカイトに足から回復の魔法をかけ、自らのダガーによって割れて血が吹き出していた額の傷が塞がっていく。


「うっ!」


カイトが痛みと共に身体を起こす。


「カイトさん!無事ですか!」


ゲイツの叫びがカイトの耳に届き、頭を強く撃たれたことで視界が混濁していたカイトだが、冷静に状況を判断し、カイトは素早く立ち上がる。


「まだ立たないで下さい!」


叫ぶゲイツ、周囲を囲まれながらもボルドー兄弟は機敏に身体を盾にしてゴブリンの投擲を防いでいる状況、一見万事急須と言ったところだが、カイトの視界にはそう見えてはいなかった。カイトの共有された視野には眼前に迫る自分の姿が見えていたのだから。


「おらああああ!!」


同時、木の上で暴風が巻き起こり、ゴブリンたちが細切れにされて落ちてくる。同時に小柄な少女が木の上から飛び降りてきた。驚くべき事にマールはゴブリン達と同じように木の上に昇り、次々斬り伏せながら包囲を突破してきたのだ。すぐ後にゼオラも続いて地面に飛び降りると、追いかけてきた背後のゴブリン達にボウガンの矢を連射した。ゼオラの矢に打たれた木の上のゴブリンたちを次々落ちて地面に叩きつけられる。


「カイト、無事!?」


マールの声にカイトは頷く、マールとゼオラが後続と合流したのを見たゴブリンたちは、即座に後退を判断して叫び、飛ぶような速度で森の遅へ後退していった。ゴブリンの気配がなくなり、マール達は初めて警戒を解いた。


「すごい大群だったな」


「うん、木の上をあんな速度で移動できるなんてしらなかったよ」


ゼオラは上を見ながら呟き、マールはカイトに歩み寄り、心配そうに顔を覗き込む。


「カイト!大丈夫そ?」 


「だ、大丈夫です!」


カイトは恥ずかしくなりマールから離れた。


「そっか、よかったよかった!」


普通に話し背筋を伸ばしながら言ったマールの口から大量の血が溢れる、よく見れば、露出している肌に様々な切り傷が見え、カイトは戦慄する。


「マール!」


思わず声を張ったカイトだが、そばにいたハイデが指をマールの額に当て、呪文を唱えると、みるみるマールの顔色は良くなっていった。


「ふいー、ありがとうハイデ」


解毒されたとはいえ、普通の人間だったら即死してもおかしくない致死量をゆうに超える毒を受けた筈のマールは、血に汚れた口元をグローブで拭いながら再び剣を手に振り返る。マールの視界の先に、木々の上で犇くゴブリンの大群がこちらを監視している姿が映っていた。


「これは骨がおれるなあ、それじゃもう一働…」


「撤退しますよ」


カイトはそう言ってマールの服を掴んだ。一気に全員の顔がカイトに向く。


「なんで?まだ始まったばかりだよ!?」


マールは振り返って抗議を身振り手振りで表してきた。


「マールや皆さんが凄いのはわかりました。ですが怪我をするたびに解毒していては埒が開かない、そのうちハイデさんも限界を迎えると思います、マールお願い!ここはわたしの撤退に賛成して欲しい」


カイトは深々と頭を下げてきた、マールはわがままを言いづらい雰囲気にされ小さく唸る。


「マール殿、わたしからもお願いします。」


「ぼ、僕も!」


ゲイツとゲイルは撤退理由はわからないながらもカイトに従った。


「あたしも撤退賛成〜」


聞かれる前にゼオラも手をあげた、それにマールは驚いた様な表情を浮かべる。


「ハイデは?」


マールはハイデに助け舟をもらうべく声をかける、ハイデはというとすでに走りやすいように長いローブを結んでいる。


「え?撤退では??」


「うわん!!僕の味方はいないのかあ!!」


マールは外見相応に泣きだすが、直ぐに諦めた。


「わかったよ、撤退ね、はいはい!」


拗ねたようにいうとカイトの胸ぐらを掴んで背中に回す、カイトは反射的にマールに抱きつき首に手を回してしまう?


「え!?」


カイトが気づき、声を上げた頃にはマールは風のような速度で来た道を走っていた。見れば他の全員も後を追いかけできている。ゴブリン達は逃すまいと号令を飛ばすが、突如目の前の木々が次々倒れてくる。

カイトは驚愕した、マールは自分を背負いながらもすれ違う大木を走りながら切り倒してゆくのだ。木の上を飛ぶようなスピードで動くゴブリンたちでもそれでは追撃出来ず、瞬く間に小さくなっていく冒険者達の背中を睨むしか出来なかった。


森に入ってすぐだった事もあり、森の出口はそうは掛からなかった。逃げ帰ったマール達は程なく村の錆びれた教会へと到着する。


「はあ…つかれた」


流石のマールもそう愚痴りながら教会の扉を開いて中に入り、背負ったカイトを床に放り出す。


「ニシシ、体力バカなお前も疲れるんだな」


「一応毒を喰らっていましたからね!」


続いて汗だくのハイデとゼオラが追いつく、最後にボルドー兄弟がノロノロやってきた。重装備にしては身軽な2人も流石に軽装なマールたちの速さにはついて来れなかったようだ。むしろ彼らの装備を見ればこの短時間で追いつき、帰って来れる事がおかしいのだが。


「ぜー…ぜー…」


「ゲイツ!あきらめるな!後少しだー!」


追いついた2人はその勢いで地面に倒れこむ。


「んで?この後どうすんの?言っとくけど、変なこと言ったらぶん殴るから!」


しばらくして、一息を入れた不服なマールは設営したままのカイトのテントを占領しながら目の前のカイトを睨んでいる。先程の仲間達の裏切りをまだ根に持っているようだ。


「まずはベルラートに戻ります」


カイトのその言葉に、その場にいた全員が驚愕に口を開け、マールはヤカンのように顔を真っ赤に染めてゆくマジでキレる5秒前。


「聞いて!」


カイトはマールが怒鳴る前に声を張って遮ると、抱えていた図鑑を開いて視線を落とす。


「先程の戦いで、ゴブリンの生態や戦い方は理解しました。そして同時に弱点も理解しました。」


カイトの言葉に一先ず怒りの矛を収めたマールは、側に落ちている大剣に手を伸ばす。


「で?」


下手なことを言えばカイトの首を飛ばす気なのか、表情豊かだったマールから表情が消えていく。ゴブリン達を容赦なく斬り伏せていた時の顔である。


「ですから一度ベルラートに戻り皆さんの装備を整えます、次の進軍で必ず撃滅するために」


カイトは真っ直ぐにマールを見ながら言ってきた。マールとしては、カイトが何を言ってきても斬るつもりだった、自分の思い通りにならず、面倒だったからだ。しかし、あまりに真っ直ぐギラギラとした目を向けてくるのだから気持ちが揺らいでしまう。


「はぁー…わかったよ…」


マールは大きなため息を吐き出すと、手にしていた大剣わ雑に放って視線を逸らす。


「でも、装備を整えるにしてもお金はどうすんのさ。言っとくけど僕は持ってないよ?」


ゼオラやハイデは兎も角、マールがお金を持っているようには見えない。


「ふふ、この間も手に入った報酬金を全部宿屋や酒場の修理費に使っちゃいましたもんね」


ハイデがそんな事を教えてくれる、隣のゼオラも吹き出した。


「うっさいよ!」


ゼオラとハイデに煽られ、プリプリ怒るマールだがカイトは特に動揺しはしない。


「勿論、資金はわたしが出しますよ」


マール達は一斉にキョトンとした、同時に信用できないという視線を向けてきた。それは当然のことだろう、カイトは着飾っていないためお金を持っているようにはどう足掻いても見えないからだ。


「カイトさんは…その点で嘘は言っていませんよ」


ゲイツが大の字のまま声をあげた、ゲイルもその隣で寝ながら頷いた。


「カイトさんは物凄いお金持ちみたいなんです、今、マール殿が座っているそのテントや、新鮮な野菜などは全部カイトさんが用意してくれたんですよ」


マールはゲイルやゲイツの言葉で自分の座っている本来は1人用の天幕を一瞥し、左右にブンブンとふる。


「ぼっ、僕は騙されないよ!なら証拠見せてよ!カイトがお金持ちだって証拠!!」


マールの反応は当然だろう、そう感じたカイトはマールに歩み寄り、手を取る。


「な、なにさ…」


突然手をとってきたカイトに、不快そうな表情を浮かべるマール、カイトはその小さな手を開かせると、懐から取り出した5枚の金貨を置き握らせる。


「……!?」


マールは目を丸くしてそのままフリーズした。マールは生まれてこれまでの人生の中で、金貨一枚見ることすら稀だった。最前線での討伐はほぼ金にはならないため、毎日支給される銀貨5枚で1日の生活を工面していたからだ、特別な首級をあげた時の報酬でさえ金貨を貰える事はない。にもかかわらず、今、自分の手の上にはそれが5枚もある。カイトはマールに金貨を渡したままゆっくり引いていく、まるで差し上げますとでも言いたそうな姿勢だった。するとゼオラが横から一枚を掠め取り、太陽の光にてらして金貨を見つめ、すぐにマールの手に戻す。


「うん、本物だよ、どうする?」


偽造を疑っていたゼオラは素直に告げた。マールはハイデを見る。ハイデは険しい顔をしていた、怒りに震えているのか?違う、彼女は聖職者である。決して金では靡くまいと、血が出るほど歯を食いしばって耐えているのだ。カイトは更に告げる。


「マール、私はゴブリン殲滅を断念している訳ではありません、巣の掃討戦は是非とも見た…いえ、完遂したい。ですから今はわたしに装備を整える手伝いをさせて欲しいのです、ですから!お願い!」


カイトはみっともなく手を合わせ、頭を下げてきた。こうなってはマールも折れるしかなく。


「このテントも買って!」


そう言って手にした金貨をカイトに返してきた。カイトはにこやかに金貨を握ると快く了承した。


「はい、必ず!」


マールが折れた事で最大の危機がなくなり、全員が肩の力を抜く、不意にカイトはゼオラに目を向ける。


「ゼオラさんはこの村に残って貰えますか?」


「は?わたしの装備は?」


ゼオラは不満そうに声を荒げるが、カイトは手で制した。


「もちろん整えます、ですが完全にもぬけの殻にするわけには行きません。なので1人は残る必要があります」


「それでは我々が残りますぞ!」


ボルドー兄弟が名乗りをあげるが、カイトは首を横に振る。


「お二人も装備を新調してもらいます、それと試したいこともあるので絶対に来てもらいます。」


「は、はあ…」


ゲイルとゲイツは同じ反応で目を丸くしている。カイトはすぐにハイデを見た。


「ゼオラさんのサイズを測って貰えますか?」


「仰せの通りに」


ハイデはにこやかにいうとゼオラのそばへと駆け寄った、ゼオラは不満たらたらであったがやむを得ず諦めたようだった。


そうと決まればカイトたちの行動は早かった、村人の1人に金貨を握らせ、往復の安全を保証する事で何とか馬車を出して貰う。


こうしてカイト達は、ゼオラを残し一路王都ベルラートへと向かうのであった。

戦闘描写って大変ですね!

書きながら何度も頭が狂いそうになりました。

長い話になりましたが、読了、ありがとうございました!

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