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2の7【転生者の国・終幕下】

長いです

ー三日前ー

戦闘を終えたカイト達は、レプテリアン達の村へと凱旋していた。銀の国の双子の王…ユラとユナの遺体は速やかに村の中へと運び込まれ、ギムルはその遺体の状態見て顔を顰める。


「酷い状態だ…年若い娘をこんな状態で放置し続けるのは良くない、すぐに蘇生を行うとしよう」


シルヴィアは荷馬車から二人の遺体を抱えあげると、ギムルの前へ丁寧に降ろした。


「さあさあ!殿方の皆様は去って下さいまし!」


シルヴィアは人払いを始めると、堅物のピピンが城から持ってきた衣類が詰められた大きな袋を持って来てシルヴィアへ手渡す。


「サザンは残りなさい、貴方が側に居らずにどうするのです?」


「は!」


サザンが分隊のまとめ役とされていたのはこれが原因のようだった、サザンは足早に横たわる王の側へ行き、座り込む。


「んじゃ、俺らはそっちに行くか」


ゼノの提案で、カイト達が宿泊している屋敷のそばで待機することにした。すると、広場からマールが一人とぼとぼと歩いてくる、その表情は不機嫌そうに歪められ、不貞腐れたかのように唇を尖らせている。


「暇ならこっちにいろってギムルに言われた」


マールは不機嫌そうに唇を尖らせ、分隊長もカイトも思わず笑ってしまう。


「それよりカイト、外の荷馬車はどうするの?死体満載でめっちゃ臭いんだけど?」


銀の国の中で放置されていた死体のほとんどは酷く腐敗しており、酷い腐敗臭を出しており離れた位置に置置いているとはいえ、その腐敗臭はこの村まで漂って来ている。カイトですら感じるのだから鼻が効くマールにとっては相当堪えるものなのだろう。


「マール、あなたさっき分隊長達と一緒に聞いてましたよね?」


「ふえ?そうだっけ…」


可愛らしく小首を傾げるマールを見たカイトは大きなため息を吐き出す。


「君は明日、クウとヒューゴ、それと予備隊50を連れて死体の荷馬車をベリドゥまで届けるんです」


「え!?そうなの!?」


初めて聞いたかのような反応を見せる、うん、可愛いね…バカがよ。


「……それから、ペリドゥで待っているゼノリコ王とアジルさんをこの村につれて来るって指示をしていたはずですが?」


マールの表情がパッと明るくなる。


「うん!全然聞いてなかった!」


「バカがよ!!」


「なんだとー!?」


マールは激怒し、蛇のようにカイトの身体に巻き付き締め上げて来る。


「ウゴゴゴゴ…!!」


「…あれ?カイトは?」


気が済むまで絞めあげたマールはパッとカイトを解放しながら聞いて来た。


「…いてて…これも話しましたよ、わたしはやることがあるので村に残ります、分隊長達の戦いを見て色々気になる点がありましたので…」


マールに締め上げられ痛む手を摩りながら呟くカイト、すると、珍しくマールが不満そうな顔をしている。


「えー?…一緒に行こうよー!」


珍しいマールの反論にカイトは首を傾げる。


「何か、気になる事があるんですか?」


マールの勘は予知の域で良く当たる、もしも彼女が嫌な予感を察知しているのであれば予定を変更する必要がある。そう、カイトは考えてマールの目を見ながら問いかける。


「え?…あ、いやちが…その…カイトが居ないと…つまんないっていうか…嫌っていうか…」


赤く染まった頬を掻きながら目を逸らした。


「そ!それに!!またあいつらに剣を振るわれても助けてあげられないよ?」


マールは思わせ振りにピピンを指差して不安を煽るように声を張り自分の重要性を主張してくる。そんなマールの頭に手を撫でる。先程までの戦闘で多少疲れているからか、今日のマールに嫌がる素振りはない。


「心配はいりません」


「うー…僕が嫌なんだけど…」


マールはどうに落ち着かない様子を見せる。


「マール、あなた他人の心配をしている場合ではないですよ?」


カイトの言葉にマールは首を傾げる。


「へ?なんで?」


疑問を問うマールに、カイトは一枚の紙を差し出す。それは手紙だった。


「僕、字が読めないのわかってる?」


問いかけるマールにカイトは実ににこやかな笑みを浮かべて差し出してくる。マールは訝しみながらも手紙を受け取り、開くとそこには赤と青の落書きのようなものがある。


「総攻撃?」


「はい、それはレイさんからです」


その名前が出た瞬間、マールの顔が露骨に強張る。


「や、やっぱり行くのやめよーかな?…ねえカイト!僕が側にいた方が良くない?」


「残念ですが私にも手紙で来ているのです、マールが来なかったら武士衆のみなさんを引き連れてここに来ると言ってます。私としてはレイさんや武士衆が戦力に加わってくれるのは願ってもない事ですが……どうします?」


「うううっ…いぐ…」


ブルブルと体を震わせながら絞り出すように声を出した。本当に嫌なのだろう、訓練を嫌がらないマールがこれ程嫌がるのは珍しい…余程である。


「うぐ…い…嫌だぁ…」


嫌すぎて泣き出した、それ程なのだろうか?そこへシイロがかけて来る。


「みなさん!もう大丈夫ですよ!」


「王!王よ!我が王!!」


分隊長達が脱兎の如く中央へ走って行き、入れちがうようにシルヴィアがのしのしと此方へ歩いて来る。


「お疲れ様です、シルヴィア」


カイトの言葉にシルヴィアはパッと明るくなる。


「はい!疲れました!!!…ところで、マールはなんで泣いているんですか?」


「ああ、明日の輸送に行くのがいやでグズっているんですよ。わたしと離れたく無いそうで…」


「えあ!?ちがっ…これは…」


「とーっても可愛らしいですわ、気の知れた恋しい殿方と離れたく無いだなんて…ああ、ああ、なんと可愛らしい、あなたもちゃんと乙女なのですね?」


マールの反論よりも早く、シルヴィアはどことなく喜劇のように芝居がかったセリフで捲し立てつその大きな身体でマールに詰め寄る。


「それは良き事を聞きましたわ!!では、お邪魔虫は消えることにいたしますわねー!」


「違う!ちがっ…ぬああああっ!!」


去っていくシルヴィアを止めようとしたところで、何故かマールと目が合い、次の瞬間には拳が炸裂した…。


しばらくマールと二人で他愛のない話をしていると、マールが盛大に腹を鳴らした。


「そろそろ屋敷に戻りましょうか?」


「うん!今晩のご飯何かな!」


マールはじゅるりと垂れるよだれを拭いつつ立ち上がり、村へ戻ろうとした。すると、戻ろうとするカイト達の前から、サザンが荷馬車を引いて歩いて来た。左右には分隊長が散っており、その顔は憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。


「おお!カイト殿!」


サザンは目を真っ赤に腫らしながらも上機嫌に手を振って来た。


「移動させるのですか?」


カイトの疑問にはピピンが答える。


「ああ、族長にも屋敷の部屋を使えと勧められたのだが恩人でもあり友でもあるレプテリアンの村と皆さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない」


「起きた二人が迷惑をかけるのは明白ですからね…」


困り顔のリュウガが苦笑を浮かべ、ピピンやサザンは何度も頷いた。カイトはちらりと荷馬車を一瞥すると荷馬車には同じ顔、同じ体型の双子の少女が寄り添うように寝かされていた。実に小さな寝息を立てており呼吸の度に細い身体が上下にゆれている。その髪は、まるで色素の抜けたような病的な白さをしている。


「この子達…」


マールが何かを言い掛けたが、口を紡ぐ。


「静かなのは寝てる時だけだぜ?起きたらやべー、これだけは言っとく」


ゼノはニヤニヤと笑っている、その隣でリュウガも頷く。


「カイト殿は決して二人に不用意に近づかないように!」


「はい、心得ておりますよ」


すると、リュウガは首を傾げてからクスリと笑う。


「違いますよカイト、我々の王はあなたのような年若い少年に目がないのです…なので不用意に近づく事は貞操の危機を意味します」


リュウガは隣のマールを一瞥する。


「?」


「まだ、失いたくはないでしょう?色々と」


マールにはわからないリュウガの脅しにカイトは本気で恐怖する、ごくりと生唾を飲み込んでしまう。そんな恐怖しているカイトの肩をゼノが叩く。


「襲われたが最期、干物みたいにされちまうって話だぜ?クウだっけ?あいつにも言っとけ?うちの王はマジで見境ねえからな、しかも強え」


「き、肝に命じます…」


「あの二人ってそんなに強いの?」


マールが聞き返すとゼノは大きく頷く。


「加護の数字はシルヴィアよりも一回りか二回り上だ、双子らしく二人揃って剣士の神託もちだしな、そう思わねえだろ?あの外見」


シルヴィアの数字はヒューゴに近い、それより一回り大きいと言われれば、その強さは群を抜いている。おそらくはA級同等の戦闘力はあるだろう。


「そんなに強くても敵わなかったんだね…」


そうマールは小さな声で愚痴をもらした。女神のギフトという超常現象、アトレの持っていた力は死を操るというギフトで、触れた相手を強制的に死なせるという理不尽極まるものであった。そんなものを前にすれば何億の軍勢を持とうと打開は不可能だろう。ギフトを消し去ることのできるゼノリコか、ギフトを無効化する勇者という存在がいなければ…一方的な蹂躙を見せられる事となる。


「…おほん!まあ、んなわけだからカイト!テメェは近づくんじゃねえぞ!…」


ゼノは口悪く念入りに釘を刺し、彼なりにの親切なのだろう肩を痛い威力で叩いた。


「き…気をつけます」


叩かれた肩をさすっていると、その脛をマールによって蹴飛ばされた。


「いった!!」


痛みに怯むが、マールは腕を組み怒りに満ちた瞳を向けながら笑う。


「カイト、直ぐに大人の人にでれでれしちゃうからね!全く気をつけてよ?!」


何故かマールは怒っていた、理不尽だ。しかしゼノは怒っているマールにも目を向ける。


「何言ってんだ?お前だって例外じゃねえぞ」


「うえ!?僕も!?」


唐突に言葉を投げられ動揺するマール。


「でも、僕、女だよ?」


そんなものは見ればわかる、ゼノは訝しむが、そばで話を聞いていたサザンが頷く。


「我が王はかわいいものに見境はありません…性別の壁など些細な事。マール殿も、どうかお気をつけ下さい」


真顔で釘をさされ、流石にA級以上の加護を持つと言われては、マールも何度も頷くいがいはない。


「では、カイト殿?我々はこれで…」


サザンはそう言って荷馬車を引いて正門の方へと向かっていき、分隊長も後を追うように軽い挨拶の後、荷馬車に追従し、カイトとマールだけがその場に残された。


「カイト…そのなんだ、気をつけてね」


凄く楽しそうに言いやがる。


「まあ…なんとかしますよ…」 


カイトはそんなマールに対して不満げに答えたのだった。


翌日、マールは予定通りにヒューゴ、クウと共に、死体が満載された馬車に追走するように一路ベリドゥへ向けて出発した。


「じゃあねー!カイトー!」


昨日夜寝る前までグズっていたとは思えないほどにマールは満面の笑みで元気に手を振っている、カイトは荷馬車の後ろに乗ったマールの姿が見えなくなるまで見送ると、隣のシイロへ目を向ける。


「シイロ、分隊長のみなさんを集めてください」


「はい!」


カイトの指示を受けたシイロは直ちに分隊長達を族長の屋敷へと召集し、再び一同が会する形となる。一つの大きなテーブルを挟んで、カイトとシイロの向かいには分隊長達がそれぞれ座る。4人の分隊長達は王を取り戻し、転生者を始末した事からか、まるで憑き物が落ちたような表情をしており、完全に緩んでいるようだった。今の彼らに、ここへ来たころのような鬼気迫るものはない。


「シイロ殿から呼ばれましたが、何用でしょうか?」


サザンが問いかけテーブルを見ると、その上には様々な地図が広げられ計画の書かれたノートやメモが所狭しと散乱している。


「こ…これは?」


リュウガは作戦に目を向けながらカイトに問いかけた。


「これは、あなた方の軍隊の戦い方の改善案です。先の戦いを見て、今のあなた方はクソの役にも立たないと判断し僭越ながら私の方で訓練計画を立てさせていただきました。」


カイトの言葉に全員が唖然とする中、1番血の気の多いゼノが盛大な音を立てるようにテーブルを叩いた。


「テメェ、今何つった?」


「聞こえませんでしたか?今の貴方ではクソの役にも立たないっと言ったんです」


カイトは敢えて煽るようにゼノへ笑いかけてみせる。


「んだとこのやろう!!」


ゼノは怒鳴りながらカイトに殴りかかろうとしてピピンとリュウガに両脇を抱えられて止められる。


「もっぺん言って見ろやクソガキ!!今、ここには守ってくれるあの小娘はいねえぞ!!オラァ!!」


両脇を抱え込まれても怒り心頭なゼノは噛み付かん勢いで身体を揺らす、ゼノのようなタイプはカイトにとって1番苦手なタイプではある、内心怖くて仕方がない、現に太ももは完全に彼にビビって笑うように震えている。たが、カイトは退かない。退くわけにはいかない。


「シイロ、武器から手を下ろしなさい」


音もなく武器を手にしていたシイロを言葉で咎めると、シイロはゆっくり腰の刀から手を下ろす。


「あなた方が身につけているその装備は、あんな幼稚な戦い方をするために作られたものではないのです、あれでは動物です、いや、イノブタの方がまだましな戦いをしますよ」


ぶちり、とゼノから何かが切れる音が聞こえた。


「…遺言はそれだけか!!」


ゼノは腕を抱えた二人を力ずくで振り払い、腰の剣を引き抜くと飛びかかろうとする。


「まて、ゼノ…」


サザンは静かにゼノを止めた。流石のゼノもサザンには逆らわずピタリと動きを止める。


「けどよ!こいつ!俺たちを馬鹿にしているんだぜ!」


「ちゃんと話を聞かんかバカ者が!彼は今のと言ったんだ。だから、先ずは話を聞こう」


サザンに強い口調で罵られ、ゼノは不満げな顔をしていたが直ぐに大きくため息を吐き出すと席についた。


「シイロ、貴方もです。次は本気で怒りますからね」


再び、武器に手をやっていたシイロにカイトは首を釘を刺す。


「っ…はい」


シイロは武器から手を下ろすとしゅんとしながらも食堂へと歩いていく。そんなシイロを見送ったカイトは静かに語りだす。


「はい、ですのでその装備の使い方、ローマの戦い方を…テーブルの上にある資料にまとめておきました」


「ローマの…」


「戦い…かた?」


「こんなに沢山あるのか?…カイト殿、ローマとはなんだ?」


分隊長達は思い思いに資料を手に取り中の字に目を通す。


「ローマとは、こことは違う世界で地上最強を誇った国の事です」


「別世界で…最強?」


「おいガキ、ひょっとしてテメェ…」


分隊長達は息を呑み、そして静かにカイトから距離を取りはじめた。


「ご推察の通り、私はこの世界の人間ではありません。あなた方が転生者と呼ぶ人間の一種です」


カイトの言葉を聞いた途端、リュウガとゼノが抜剣した。


「転生者だと!?」


「あの賊の仲間だったのか…貴様!」


ゼノ、リュウガは今にも斬りかからんとしていた、それを遠巻きからみていたシイロは武器を手に掛けてきて前に出る。


「シイロ…あなたは外に出ていなさい」


「し、しかし…カイト」


「あなたを、少し買い被っていたようです」


弁明をしようとするシイロにカイトは明らかな落胆を見せる、そしてそれ以上は口を紡いでしまう。それを見たシイロは驚愕に目を見開くと涙を流しながら走って外へ出ていった。間もなく、外にいたらしいギムルが不思議そうな顔をしながら入ってくる。


「シイロが泣きながら交代を言って来たのだが…何があった?」


ギムルは黄金に輝く瞳で全員を見回して事態を察した様子で抜剣しているゼノとリュウガにも特に警戒心を露わにはしない。


「カイト、後で彼女に謝っておけよ?」


「え?…なんの話ですか?」


そんなカイトの反応に、ギムルは小さくため息を吐くとカイトの隣に腰掛け、特に興味もなさそうに薬学書を広げる。


そんなギムルの我関せずな態度にゼノやリュウガの二人は完全に興が削がれたのか、手が止まり茫然としている。


「二人とも、武器をおろせ」


「お前らもシイロ殿と一緒に外で頭を冷やしてくるか?」


サザンとピピンに咎められ、二人はバツが悪そうに武器を鞘に納めた。


「すまなかったカイト殿、続けてくれ」


そしてカイトはローマという国について自分の知り得る範囲を包み隠す事なく全てを彼らに伝えた。


「……以上です…」


「よし、やろう」


カイトの話が終わるなり、ピピンは特に悩む素振りもなく肯定した。


「ピピン!?お前、もっと考えた方がよくねえか!?」


ゼノに咎められたが、ピピンは気にしない。


「俺はカイト殿の教えてくれたこの戦術に興味が湧いた、別にお前の隊は悩んでいてもいいぞ?俺の隊だけでも学ぶつもりだ」


「な!?」


ピピンの言葉にリュウガやサザンもにこやかに頷いた。


「こらこら、ピピンだけ抜け駆けは許せんな?」


「ああ、抜け駆けは良くない」


二人も実に肯定的だった、最後に残されたゼノは諦めた様にため息を漏らした。


「けっ…わかったよ!!」


そういいつつ、ゼノは笑顔である。


「しかし、短期間でこれをものにできるのですか?」


サザンはもっともな言葉をカイトに投げかける。


「私の世界にいたローマ兵達は、年単位で訓練してものにします。普通なら無理でしょうね。隊列を整えるだけで一年は掛かるでしょう」


「それじゃ無理じゃねえか!」


「あなた方は冒険者でしょう?」


カイトの指摘にゼノは口籠る。


そう、この世界の冒険者と呼ばれる存在は、女神の加護により神託にに適した武器の動きや戦術、戦い方を瞬く間に習得できてしまう特異な体質を持っている。実際にカイトは、本来ならば半生かけて鍛えて漸く扱えるロングボウを、握ってたったの数時間練習しただけで熟練者レベルにまで上達した姿を直に見ている。それゆえに彼らがローマの戦い方を習得するのにそれ程の時間は掛からないと考えていた。


「訓練はいつからやります?」


リュウガの問いかけに、カイトは腕を組む。


「明日からで、今日のうちはこの戦術を部下の皆さんにも共有しておきましょう」


「おいおいカイト!そりゃいくらなんでも悠長だろ?なんなら今からやったっていいぜ?」


「威圧するな」


ピピンは相変わらずカイトを威圧するゼノに拳骨を喰らわせる。


「そうしたいのは山々ですが、後方の準備もありますので」


「後方の準備?」


「はい、簡単にいうならば食事です」


カイトはそういいつつ隣で薬草を調べているギムルに目を向ける。


「ギムル、シイロを連れて来て下さい」


「…分かった」


ギムルは薬草を栞にして本を閉じると、外へ行きシイロを連れてくる。シイロはどれだけ泣き腫らしたのか目が真っ赤になっており、そんなシイロの姿には流石のカイトも胸がズキズキと痛んだ。


「えーと…シイロ、もうしわけないですが明日から兵士皆さんの食事と、訓練中は私の補佐を頼みたいのですが…よろしいですか?」


その問いかけに、シイロは一瞬静止してからボロボロと大粒の涙を流しながら頷く。


「…っは!はい!分かりました!!250人分ともなれば沢山必要ですね!今から準備しますね!」


シイロは二つ返事で了承し、満面の笑みで涙を拭いながらも台所へかけて行った。


「カイト、テメェやっぱ1発マジで殴るわ」


唐突に詰め寄って来て胸ぐらを掴むゼノ。


「え!?」


驚くカイト。


「許す」


「右に同じ」


リュウガ、ピピンと続き、サザンは静かに目を逸らす。


「思い切りやってかまわんぞ、死ぬ前に回復させるからな」


え?ギムルも載ってる!? 


「うし!」


次の瞬間、ゼノの本気の右ストレートがカイトの顔面を深く抉った。顔面が陥没するほどの凄まじい威力だったが、ギムルは本当に死ぬより早く回復してきていた。


「しかし、またシイロさんが作る食事を食べれるのか…」


リュウガは想像を膨らませて顔を綻ばせ、ピピンやゼノも頷きながら涎を拭う、そんな中でサザンだけは表情を曇らせる。


「なんだよサザン?おまえ昨日シイロさんの作った飯をうめえうめえってドカ食いしてたじゃねえか?」


シイロは昨晩、戦場帰りの兵達に腹一杯の料理を振る舞っていた。花の国の料理は兵士達の間では大好評だったようであり、シイロの食事を再び熱望する者がいる程だ。


「シイロ殿の食事の後にクコの実を食いたいと思えるか?…ゼノ」


サザンの不安を吐露して、ゼノはあっと口を開ける。


「確かに…シイロさんの美味しい食事を食べた後に…クコの実を焼いて食べろなんて言われたら…」


「反乱が起きるな…まず間違いなく…俺も加わる自信がある」


リュウガの不安にピピンが乗っかる。


「カイト殿…」


「お断りします、幾ら積まれてもシイロを譲る気はありませんので…」


「さっきあんなに泣かしてたくせによ…」


「ホントだよな…」


ゼノ、リュウガから批難が飛ぶ…そこにギムルが本を読みながら告げる。


「マールが帰ってきたらさっきのやりとりを伝えるといい、すごく面白いものが見れるぞ?」


「そ、それだけはやめて下さい…マジで」


雛鳥のようにシイロに懐いているマールが、カイトにシイロが泣かされたなんて事を知ったらマールが何をするかなんて分かったものではない。


すると何やら外で轟音が轟きわたり、唐突に騒がしくなる。


「…敵襲ですか?」


いま、この村は現在守りの要であるクウがいない。

銀の国の兵士達も歩哨を立ててはいるが、密偵の神託を持ったクウの索敵力に比べればその察知の速さには雲泥の差が出てしまうだろう。


銀の国のキャンプ防衛にはシルヴィアも残している、あのシルヴィアが簡単に抜かれる事は考えづらい。

もしも彼女が抜かれる程の敵襲だとすれば、それは魔王軍の襲撃に他ならない。ただ、その音を聞いたサザンや分隊長達は全員揃って頭を抱える。


「お二方が…お目覚めになられたようですね」


御二方?そう告げると同時に屋敷の扉が派手な音を立てて開け放たれる。


「お待ちくださいユラ様、ユナ様!ここは…」


「お黙りなさいシルヴィア、我々は指揮者に会いたいだけです!」


「そうだ!年若く小さな指揮者とやらはどいつだ!?見せなさいよ!紹介しなさいよシルヴィア!」


甲高い声が響くとともに二人の少女が入って来た、その後ろにはシルヴィアがおり、彼女達の手を引いて引き返させようと全体重を使っているようだが力及ばず双子の勢いに2m近くあり骨と皮による重装備に固めたシルヴィアの巨体を引き摺りながら悠々と歩いてくる。紅く煌びやかなドレスに美しい青髪に赤い目の少女と、蒼く煌びやかなドレスに美しい赤髪に青い瞳の少女、寝ている時に彼女の髪は白かった筈だ。


「あら、あらあらあらあらあら!ユラ!!これが噂の指揮者ですか?」


「ああ!ああ!ああ!そうだ!間違いないね!ユナ!」


青髪の少女はおっとりとした余裕な面持ちでこちらを睨みつけ、隣にいた赤髪の少女は強気な吊り目で後を追うようにこちらを睨み、そして素敵な笑みを浮かべている。


「ユラ様、ユナ様、何事ですか?いま、大事な話の途中なのですが…」


サザンは速やかに席を立ち、二人の前に立つ。


「聞き捨てなりませんね、サザン、王である我々を差し置いて大事な話ですって?」


「そうだそうだ!王である私達を差し置いて何を話していたんだ!!」


赤髪の少女は意気揚々とサザンに詰め寄ると、サザンと睨み合いを始める。


「お二人ともやめて下さい!!」


シルヴィアが止めに入ろうと真ん中に入り込もうとするが、赤髪の少女はびくともしない。そんな中でカイトは二人からマールに似たものを感じてしまい思わず吹き出してしまう。


「あなた!今笑いまして!?」


赤髪の少女には見られていた、青髪の少女の顔がバッとこちらを睨む。


「ユラ、ユラ!ユラ!!彼がカイトじゃないかしら??」


勝気な青髪をユラと呼んだ、ユラはギロリと大きな瞳でこちらを睨みつけると、掴んでいたサザンの首をパッと離す。


「ユナ!ユナユナ!彼がカイトだ!わかる!私には!」


赤髪をユナと呼び、ずずいと歩み寄る、道ゆくピピン、リュウガ、ゼノをまるで紙屑の様に投げ捨てながらカイトの前までやってくる。


「あ、テーブルはそのままでお願いします、今、大事な作戦が纏まったばかりなので…」


カイトに言われ、ユラはチラリとテーブルに視線を落とす。


「ユナ!こいつ、私に指図したぞ?王たる私に!」


「ユラ、怒らないで彼は銀の国を救った恩人なのよ?」


ユナはユラを宥めつつ、青く大きな瞳でその図を見つめる。


「成る程…面白いものです、仮想敵は何ですか?駒の数は250、今、ここにいる兵全部ですか?」


「違うよユナ!50足りない、きっと予備兵を加えていないんだ!」


「成る程…これは興味深い並びですね…」


カイトは驚愕した、この世界には戦術などは存在しない、しかしこの双子は…布陣の図を見ただけでそれを看破した。ジッと見つめる双子は顔を上げるとカイトに告げる。


「今すぐ我々を組み込みなさい、カイト」


「そうだ!私とユナを組み込めカイト!」


そんな二人にカイトは腕を組み考える。


「いえ、お二方の戦闘力は確かに素晴らしいですが…」


「ユナのいうことが聞けないのかー!!」


素早くユラが首を掴んで機械じみた力で小さなカイトを持ち上げ寄せる。


「ダメですよユラ、ですが、いかがですか?カイト…」


ユナはユラを宥めつつ、カイトの首を掴んだユナの指を一本ずつ丁寧に剥がしながら身を寄せてくる。


「お、お二方には王としての仕事がありますが…」


この双子は性格や暴力性は過剰だが…外見は現代でも通用する程に美少女である、そんな双子の女王によられてしまっては、女性経験が少ないカイトも思わず引いて息が上がってしまう。


「王には王の責務がある…と?しかたないですね…」


「それはそれでちゃんとやるよ、ね?ユナ?」


「ええ…」


カイトは静かに二人から距離を取り頭上の数字に目を凝らす。そこにはヒューゴよりも大きな数字が浮いていた。しかし、ユナは離れたカイトを掴んで捕まえると、引き寄せてぬいぐるみのように抱き抱えた。


「え?…あ、あの?…」


背中にユナの柔らかいものが当たる感触に、カイトの心拍が大袈裟に跳ね上がる。


「ああ!ユナ狡い!!わたしも!」


「ではこうしましょう?」


ユナはユラにも分け与えるようにカイトを二人で抱える。カイトは二人に抱え上げられていた。


「カイト、組み込んでくれますよね?」


「組み込むよな?カイト!」


産まれて25年、初めて美女に両脇を抱えられ胸を押し当てられながらおねだりされる事なんてあっただろうか?両手に花とはまさにこの事である。


「…わ、分かりました…考えておきます」


カイトは色仕掛けにあえなく落ち、項垂れつつも二人を作戦に組み込むことを約束させられる。


「ありがとう!銀の国は貴方に感謝します、カイト」


「あたしらを助けてくれて、さんきゅーねっ!カイト!」


多分、彼女達の真意はこれを言いたかっただけなのだろう…もっとも彼女達を助けたのはマールなのだが…カイトはそう考え、小さなため息を漏らす。


「は、はい…どういたしまして…」


25年間こんな美少女に左右から抱えられるなんて経験があるわけもない、毎晩抱きついて眠るマールにですら慣れるまでに時間がかかった、なんならまだ慣れてはいない、跳ね上がる心拍数と欲望をなんとか抑えているというのに。


「ユラ様、ユナ様、カイト殿が困っております。そろそろ解放しては貰えませんか?必ず仲間外れにはしませんので…ですよね?カイト殿」


サザンの問いかけにカイトは何度も頷くと、それを見たユラとユナは顔を見合わせる。


「ユナ、どうする?」


「仕方ありませんね…カイト、約束ですよ?」


ユラとユナは実に名残惜しそうにカイトを解放し、二人は大人しく迎えの席にいくと、サザンとピピンは揃って席を立ち二人に譲った。


「ゆ…ユラ様とユナ様は…もしかして輝血族ですか?」


解放されたカイトが席につきながら問うと、二人は顔を見合わせて口元を笑わせる。


「「良く知っておりますね、その通りです」」


二人は乱れなく一切のラグなく同じ言葉をカイトに伝えた。


「よく、輝血族とわかりましたね…もう種族の大半が死滅したといわれているのに…」


サザンが離れた席に座りつつカイトに呟き、カイトは頷く。


「わたしも本物を見るのは2回目です、輝血族の特徴は触れたものを瞬く間に癒すとされる輝く血液と、派手な髪色である…と」


ユナは再び立ち上がると、素早くカイトの隣に椅子ごと移動すると頭を撫でて来る。


「よく勉強されていますね」


ユラもいつのまにか隣におり一緒に撫でてくる。


「えらいえらい!褒めてあげる!」


美人二人に挟まれて頭を撫でられるのはいくらカイトでも顔が緩んでしまう。もしもマールが戻っていたら…その日がカイトの命日になるのは間違いない。


「それで?何処で同族にあったの!?私達も知ってる人?」


ユラが抱きつきながら聞いて来る、カイトは頷きながらシイロに目を向けると、シイロは鋭い瞳でカイトを睨んでおり、ツンとそっぽを向いた…なぜ。


「…黄昏のグンヒルドという方です」


銀の国の面々はその言葉に固まる、当然、双子も同じである。


「一千年前な英雄の名を口に出すだなんて…はっはっはっ…まさか、図鑑で見たのですか?」


サザンがそう笑う。カイトはそんなサザンに対し、真顔を向ける。


「黄昏のグンヒルドは魔王軍の幹部を名乗り、ベルラートを攻撃、少なくない数の犠牲を出しました…」


「魔王軍…」


「あの…グンヒルド様が?…」


ユナとユラはショックを受けた様子で黙り込む。


「グンヒルドが敵になった、つーのかよ、じゃあベルラートは?滅んだからあのガキみてえなやつが王をやっていたのか?」


ゼノが呟く、その目はまだ信用していない様子を見せる。


「グンヒルドは勇者が倒しました」


勇者、その言葉に全員がどよめく。


「ほー!勇者かよ!へー!いるなら会ってみたいぜー!いるならな!」


「ゼノさんは会っていますよ?」


シイロに告げられ、ゼノは真顔になる。


「嘘つけ!勇者になんぞ、会ったことねえよ!!伝説によれば勇者は肩まである栗色の髪に翡翠色の瞳だって聞いてるぜ!?それに…炎の魔術が得意だ…て」


ゼノはそこまで口走りながら、昨日の戦いで小さな少女が炎の極大魔術で堅牢な城壁を崩壊させていたのを思い出す。


「まさか…マール!?あのガキが…勇者なのか!?」


ゼノは驚愕し、サザンとリュウガも口を開けて絶句している。


「確かに…魔術師のように様々な魔術を操りあんなに重たい大剣を片腕で軽々と振り回していた、だが、勇者様はエルフの鉄で作り上げられた勇者の剣がある筈だ…」


「千年前の勇者の剣は裏切ったエルフ達の手によって深淵の谷底へ捨てられたと聞いております」


ユナは悠長に伝説を語る。深淵の谷底…カイトは腕を組み考える。エルフの鉄は劣化などしない、ビルドの打ち上げた新しい勇者の剣は自分の居場所の環境を操りまるで自然災害のような状態を作り上げて勇者を待っていた。もしかすると、その捨てられた勇者の剣は谷底で…マールが来るのを待っているのではないだろうか。


「カイト!」


ユラに怒鳴られカイトは我に帰る。


「は!」


「カイト、話聞いてたか?ユナが話してんだぞ!」


「し、失礼しました…マールは、ベルラートの鍛冶が新たに打ち上げた一振りを持っています」


カイトの言葉に全員が驚愕する。


「勇者の剣を…」


「作った…?」


ユラとユナも口を手で覆う。


「しかし、マールはまだ自分の意思で勇者の剣を使うことが出来ないようです」


「それは…どうしてですの?勇者として覚醒してはいるのでしょう?」


ユナの問いかけにカイトは頷き、今までの経緯を全員に語る。1000年前の勇者パーティ達が亜人をあやつり、人類に宣戦布告をしてきた事。それにより人種はエルフと戦争になっている事。そして、マールはカイトによって予定を前倒して勇者になった事。


「成る程、グランドオーダーを…」


話を聞いていたユナは静かにつぶやき、カイトはぎゅっと胸を締め付けられるような感覚が襲う。


「グランドオーダーとは?」


シイロも知らなかったようだった、カイトに問いかけた。分隊長達もわかっておらず双子のユラすら頭にはてなが沢山ういている。ユナは周りの反応を見てから静かに語りだす。


「グランドオーダーとは、指揮者の神託が持つ唯一で、かつ強力な力です」


ユナは楽しげに語りだす。


「指揮者は信頼した人に一度だけ絶対服従の命令を施す事が出来るのです。その命令は、絶対不可能な事であっても全ての条件、状態、制約を無視して即可能にし、強制的に従わせると言われています」


「すげー、じゃあカイトはそのマールって奴に勇者になれって命令したのか!!」


ユラは元気に叫ぶと、ユナはにこやかに頷く。


「すっげー!!カイト!私にも使えよ勇者になれってさ!!!」


ユラはカイトに組みついておらおらと激しく首を揺らす。


「それは出来ません、グランドオーダーはその強力な神にも近い力がある反面、行使できるのは一度だけといわれております。それに、仮に使えたとしても使用の制約と条件はとても厳しかったはず、ですよね?カイト」


ユナに問われてカイトは頷く。


「グランドオーダーは自分だけでなく、相手からの信頼も必要になります。そして、発動するには3度の問いかけに偽りなく肯定してもらう必要があります」


カイトはそこまでいうと、ユナは首を傾げる?


「あら?おかしいですね?私がしっている千年前の指揮者のグランドオーダーは最後に契約の口付けが必要なはずですが?」


「く、くちづ!!?」


反応したのはシイロだった、同時にユラが跳ね上がる。


「つまりカイトとマールはラブラブなわけだ!!?」


きゃー!と、楽しそうに叫びながら騒ぎたて、隣でシイロが落ち込むような素振りをしていた。ただ、ユナは落ち着いた様子のまま問いかけた。


「グランドオーダーを使ってマールを勇者として強引に羽化させた、その理由はグンヒルドを倒す為ですね?」


「…そうしなければ、黄昏のグンヒルドは倒せませんでした、戦術も数もまるで通用しない、彼はそれ程に強かったのです…」


珍しくカイトが口惜しそうに呟く。カイトはあの時、突発的な襲撃とはいえそれなりに高ランクの冒険者を連れてグンヒルド討伐に向かっていた。しかし、その悉くを突破されてしまい、最終的には勇者の力に頼らざるを得なかった…ユナは大袈裟な咳払いで注目を集める。


「こほん…話が脱線しすぎましたね、で?この戦術や訓練警戒はなんですか?」


ユナはチラリとテーブルの戦術書に視線を向けている。カイトは分隊長達に視線を送ると、たまたま目があったサザンが小さく頷いた。


「分かりました、どのみち許可を頂かなければならない作戦でしたので…お話します」


そう苦笑したカイトはユナとユラに銀の国とその周辺の現状を事細かに伝えた。廃棄物により国土が汚損されていること、その汚損を浄化する為には大量のホモセクトの死体が必要になる事。そして、その為に国の中央でホモセクトクイーンのフェロモンを使う必要があり、今残っている銀の国は全て更地になってしまう事。聡明なユナは目を伏せて聴いており、ユラは最初こそは元気に喜怒哀楽を見せていたが、話が進むにつれ静かに話を聞いていた。


「成る程…」


話を聞いていた間、ずっと目を伏せて聞いていたユナは静かに目を開くと眉間に指を当てて頭痛がする様子を伺わせ、その青い瞳は真っ直ぐにカイトを見据え口を開く。


「分かりました…銀の国でそれを使う事を許可します」


「エ!?ちょっとユナ!?それはわたしたちの銀の国を更地にするって事だぞ!?」


ユラは否定的に声を荒げるが、ユナは特にユラの事は気にする事はなくカイトに目を向ける。


「カイトの話では、そのまま放置すればこの大陸全てを腐らせてしまう病気ということ…ならば、この母なる大陸の為に住処を明け渡す事は薮坂ではない」


「で、でも!!私たちや国民達はどうするんだ!?みんな路頭に迷う事になるんだぞ!」


ユラはもっともな意見をぶつけるが、ユナは目を伏せる。


「我々も国民も全滅しているのですよ?本来ならば我々は滅んでいなければならなかった。運良く通りがかった彼らがいなければ、こうしてお話をすることすら敵わなかったのですから」


「でも!…そ、それはそうだけどぉ!」


ユラは尚も食い下がる、強気な瞳を涙で潤ませていた。


「それに、悪い事ばかりではないでしょう。先程、カイトが言っていた王としての仕事というのはその事ですよね?」


「はい、その通りです」


するとカイトは肯定的に頷くとゴソゴソとポーチを弄ると書状を取り出してユナに渡す。


「これは?」


問いかけるユナに、カイトは肩をすくめる。


「その封は王族にしか切る事を許されません、なので、私は中身を見ていません」


ふむ、とユナはその書状の封を切ると内容に目を通す、ユラもユナな背後に周り目を通す。


「……銀の国再建に伴い、いくつかの提案があるので今後の展望を含め会談を求める。水の国ベルラート国王ゼノリコ」


「ゼノリコ様は今回の一件に大変心を痛めており、転生者達の蛮行に対する謝罪も兼ねているのです」


「成る程…」


ユナは再び目を伏せると、ユラが立ち上がる。


「やいサザン!お前たちいつまでボーっとしてるんだ!!さっさと訓練の概要を部下達に伝えて来い!明日からやるなら今から伝えた方がいいだろう!?シルヴィアも行け!」


「は…はっ!…いやしかし…」


「今から訓練だっていいんだぞ!!」


分隊長達はすぐさま外へ飛び出していき、屋敷にはシイロと双子の女王、そしてカイトとギムルが残される。


「シイロ、すみませんが何か飲み物を…」


「四つ分ー!」


ユラはにこやかに手を振る。


「は、はい!」


慌ただしく台所へかけていくシイロを見送り、ユナは興味深そうに眺めていた戦術書を手に取る。


「カイト、よろしければこの戦術なるものを私にも教えてくれませんか?」


ユナは異世界の戦術に興味があるようだ、真っ直ぐにカイトを見つめており、ユラもその隣で静かに聴く姿勢をとった。


「わかりました、私ができる範囲で教えましょう…」


そうしてカイトはローマの戦術について双子の王女に語り出した。ユナとユラは眠る事もなく真面目に戦術を聴いていた。カイトも次第に教えることが楽しくなり時を忘れ、その戦術授業はマール達がゼノリコを連れて帰って来るまで続いた。


そこからカイト達は2日間、銀の国の兵士達の猛訓練の合間に、ローマの戦術を徹底的に双子の王女へ伝えた。途中からはマールも一緒に授業を受けていたが、直ぐに飽きて訓練に合流していた。会議を終え早々に国へ帰ったゼノリコとは違い双子の女王は訓練にも立ち会い、カイトの言葉をよく聞き多くの戦術を学んだ。ユラもユナも飲み込みが早く、訓練の合間に教えた僅かな時間で、既に指揮者であるカイトと同等の読みと見切りをものにしていた。


そうして時が過ぎ…三日目、遂に作戦決行の時がやって来る。カイトは、これから死ぬとも知らずに希望を見出して走るハルオの持つ松明の明かりを目で追いかけながら、見晴らしの良い丘の上に陣取りつつ作戦開始の合図を今か今かと待っていた。そこへマールがやってくる。


「マール、早く持ち場について下さい」


「五月蝿いな、ちゃんと時間通りにはいくよ…」


マールも流石に緊張しており、落ち着かない様子だ。


「何か、よくない予感でも?」


カイトの問いかけにマールは首を横に振る。


「ううん?なんかワクワクしちゃって落ち着かないの…」


「成る程…戦闘中にバテないでくださいね?」


「誰に言ってんだ!カイトの癖に!」


マールはそう声を荒げつつも気分を害したのか、プイっとそっぽを向く。


「もっとさ、僕の…なんだっけ士気?とかをあげる言葉とかないの?」


マールは実に不満げに愚痴を漏らす、そうは言ってもな…鼓舞の経験のないカイトは頬をかく。


「マール」


カイトの声にマールは直ぐに振り向いた。


「ちゃんと観ていますよ、格好悪い戦いはしないでくださいね」


「…なにそれ?バカにしてる?」


「それと…」


不満気なマールにカイトはにこやかに告げる。


「今日、私が貴女を止める事はありません、思う存分暴れて来て下さいね?」


そんなカイトの言葉にマールは目を点にしたものの、直ぐにニッコリと満面の笑みを浮かべる。


「おっけー!任せてよ!」


マールは元気に跳ねながら持ち場に向かってかけて行った。


その頃、闇の中をひたすら走ったハルオは、息も絶え絶えに銀の国の正門を潜りぬける。親切な転生者に渡された小瓶を大事に抱え、手にした松明の灯りが消えない様に維持しながらも目的地へ直走る。


「あ…あれは…」


中央広場に何かがある、それは槍だった太く長い一本の槍が噴水の前に突き刺さっており、見覚えのある顔が矛先に貫かれて置かれていた。


「あ…アトレ…」


ハルオは思わず歩み寄り、そのぐちゃぐちゃにされた顔を見て戻しそうになる。手で口を抑えなんとか堪え下を見た。だが、その目線の先にはアトレだった者の体が魚の開きのように開かれ、内臓を剥き出しにされたままゴミのように捨てられていた。


「うううっ!!!」


ハルオは耐えきれず、堪えていた吐瀉物を盛大に吐き出した。


「あ、アトレ…!絶対に仇は取るからな!」


ハルオはアトレの晒し首にそう決意を吐き出し、小瓶を強く握り締め中央へ向かって駆け出した。


そして遂に、目的地へと辿り着く。


「こ、ここでこれを飲めば良いんだな?」


国の中央、大きな城の正門である。ここで少女に襲われた事を思い出す。正門には逃走用に用意していたジープがそのまま置かれていた。


「くくく、原始人共め、今に見てろよ?ギフトを取り戻したらすぐに作りかけの核爆弾を完成させるぞ!」


ハルオは荒々しくも身勝手な妄想を口から唾液と共に垂れ流しつつ、大切に握りしめていた小瓶の封を解いた。


「うぐ!?」


開けられた小瓶からは強烈な悪臭を伴う煙が吹き出し、中に入っていた液体が一瞬で気化してしまう。


「え…な…中身?…あれ?」


彼は空になった小瓶をただただ茫然と見つめていた…不意に大地が凄まじい勢いで揺れ始めた。


「じ…しん?」


彼は揺れる大地に足をとられながらもなんとか立ったまま、動けずにいた。突如として目の前の石畳が砕け散り、その下から巨大な怪物が現れる。全長10mはあるその巨大な蟻のような外見の怪物は、地上に現れるなりけたたましい雄叫びをあげた。その咆哮は大地を揺らす程に大きく、ビリビリとハルオの内臓を痺れさせた。その大きな咆哮に呼応するが如く、街の至る所から巨大な蟻の怪物が現れ、至る所から咆哮が呼応する、まるで共鳴のように…。その巨大な蟻の足元からは次々と蟻の顔をした人型が現れる。一体や2体ではない、その場の人家を悉く更地にしながら数百、数千、数万と数えきれない程の人型の蟻達が現れる。蟻達は顔についた大きな二つの複眼を真っ赤に輝かせ、荒い呼吸を吐き出しながら、目に付く家屋に手にした武器を振り回し、破壊する。その蟻達の暴走はあらゆるところで行われ、至る所で建物が倒壊し、背後でも巨大な城が破壊され瞬く間に耕さた。倒壊した土埃の中からも蟻の戦士達は現れ、遂にハルオと対面する。


「き、君達は?…」



蟻の戦士達はまるで憤っているかのように興奮しており、ギチギチと口元に生えた鋭い牙を噛み合わせ不快な音を立てている。この世界の人間ならば、誰しもが絶望し戦意を失う光景だろう。国中を埋め尽くす興奮したホモセクトの襲撃、彼らの使命はただ女王を襲う全てを破壊する事。だが…ハルオは…


「こ、これはすごい!カイト!君はこんなすごいギフトを私にくれたんだね!?」


この期に及んでまだカイトを信じきっていた。これがカイトによってもたらされた新たな自分のギフト、自分の力だと考えたのだ。


「勝てる!こいつらがいるなら私はあの小娘に一泡吹かせる事ができるよ!!良し!早速あいつらを…」


蟻の戦士は歩み寄り、ハルオの右腕を掴むと万力の力でちぎり取った。


「え??」


ハルオは笑顔のまま、右腕を見る。そこに腕はない。


「ぎ…っいぎ!?」


痛みに叫びそうになる口を別の蟻の戦士が背後から塞ぎ、複数のホモセクトが次々やって来てハルオの手足を掴むと、まるで作業のようにハルオの手脚をブチブチと音を立てながら引きちぎった。


くぐもったハルオの絶叫が周囲にこだまする。


「貴方の今受けている痛みは、この国で理不尽に命を奪われた皆さんの痛みです…じっくり味わいながら死んでいきなさい」


遠く離れた見晴らしの良い丘から、カイトは冷酷な言葉を吐き捨て。あまりの激痛に泡を吹いて気絶したハルオをホモセクト達は糸でぐるぐる巻きにしてから抱え、どこかへ連れていく。彼はきっと、ホモセクトの子供達へ献上されるのだろう。栄養満点な生きた餌として…。


「シイロ、松明に火を!マール達に突撃の合図を!!」


カイトの声と共に、暗い闇に沈んだ銀の国の荒野に炎の灯り灯る、最初は一つだった炎は一つ、二つと燃え上がり、暗闇が明るく照らし出される。そしてロリカセグメンタータにより武装された軍勢が姿を現した。


「皆!!行くよー!!!」


マールの大声が鳴り響き、彼女の背後に控える銀の国の冒険者達が鬨の声が大地を揺らしマールが駆け出すと後を続いて複数の軍団が一本の槍の様に数万ものホモセクトの軍勢が跋扈する銀の国へ向かって突撃していく。


一番先頭を突出して走るマールとその後ろを走るヒューゴはホモセクト達により埋め立てられた堀を駆け抜け大地を埋め尽くす程のホモセクトの群れへ飛び込み、スケルトン達を蹴散らしたあの暴力の台風が沢山のホモセクト達をからめとり宙を舞う。


「【岩槍】」


マールは土の魔術を叫び、力強く大地を蹴り付けると、目の前に鋭い岩の槍が次々隆起させホモセクト達を纏めて貫き足を縫い付けて動きを止める。


「どおおおらあああ!!」


力一杯に大剣を振い強烈な剣撃が飛び、目の前の岩の剣山にぬわれたホモセクト達を纏めてぶっ飛ばし大きな道を作ると、彼女は風のような速度でその中を駆け抜け真っ直ぐに目標へと向かう。彼女の目線の先には…


「マール!私が崩す!」


「お願い!!」


巨大な蟻の怪物、ホモセクトキングがいた。ガリミムスに乗ったヒューゴがマールの横を駆け抜け真っ直ぐにキングへ向かうとその足元に滑り込みながらその巨大な大木のような脚を音も立てずに両断した。


「ないす!」


 マールは飛び上がり、体勢を崩したホモセクトキングの頭を振り下ろし一太刀で唐竹割りにしてしまう。


「マール、次はあっちのキングだ!」


「おっけー!!」


ヒューゴの指示にマールは声を張りあげて答え、再び大剣を力強く振るって剣撃を飛ばす。飛んだ剣撃はホモセクトの大群を切り裂きながら真っ直ぐにホモセクトキングまでの道を切り開く。


「任せろ!」


切り開かれた道をヒューゴが先陣を切って駆け抜け、キングと対面する。流石に2匹目は斬り込んできたマール達の接近に気付いており、向かいうつつもりでヒューゴを見ていた。彼はすぐさまその巨大な口から人を一瞬で蒸発させる酸を吐き出した。


「そんなもので…」


ヒューゴの神託【剣聖】は有りとあらゆるものを例外なく切断する事が出来る。そして、その相手に例外は存在しない。ヒューゴは飛んできた酸のブレスを真ん中から切断して道を文字通り切り開きながら突っ込み、そのまま足の下を潜る。巨大なホモセクトキングの脚がすれ違うと共に切り裂かれホモセクトキングは体勢を崩す。だが、その瞬間に首の接合部に大剣が迫り大きなホモセクトキングの頭を跳ね上げた。


「あ、あの2人…凄まじいな…」


後続に続いていた兵士の一人が走りながら声を漏らす。


「ああ…水の国にはあんなに凄まじい兵士がいるのか…」


隣をかけている兵士が相槌を打つ。


「おしゃべりはそこまでだ我々も負けてはおられん!!」


「そうだ!小娘にばかり活躍させるな!」


背後を駆けていた銀の国の兵士達も奮起し駆けながらも二人の作った道を塞ごうとするホモセクトの軍団を蹴散らして道をこじ開ける。


「……」


最後尾を駆けるクウは、冷静に戦況を見ながら背後から迫る大量のホモセクトをいなしつつ、手にした斧を振るって首を跳ね上げ再び走る。


敵のホモセクトは数万規模、こちらは全軍を数えても250に過ぎない。増援はない…戦力差は圧倒的ではある。当然だがどんなスーパーマンでも、無尽蔵に送り出される新鮮な兵士を相対し続ければ疲弊してしまう。当然、それはこの冒険者達も例外ではない。当然だがその大群に入り込んだマール達も次第に囲まれ始めている。


「シイロ、各分隊長達に合図を」


「はい!」


ジッと戦況を見ていたカイトが指示をだす。


「ほっほっほ」


周囲に誰も居なくなり、カイトが1人になったタイミングで1人が闇の中から白髪に赤い瞳の青年が年老いた老人のような笑い声を上げながら歩いてきた。


「やはり来ましたか、オウレウスさん」


彼の到来を予測していたカイトは隣の席を指差し席を差し出す。


「ふん…そりゃあ、わしの統括する可愛い亜人達が殺されておるのじゃから…当たり前じゃ」


魔手のオウレウス、ホモセクト統括顧問であり魔王軍の1人である。彼は飄々としてはいるがその目は明らかに不機嫌に憤っていた。


「カイト…?そちらはどちら様ですか?」


そこへ指示を出し終えたシイロが戻って来てオウレウスを見る。


「わしは…」


「魔術学園で知り合った友人です、近くに来たのでよってくれたのですよ。シイロ、彼にお茶を用意してください、あと茶菓子も」


「え?…あ!はい!カイトのお友達なんですね?わかりました直ぐに用意しますね!!」


シイロは無邪気な笑顔を見せるとバタバタと走って背後の野営テントへ入っていく。


「……わしは敵じゃぞ?」


右腕から青い炎を出してカイトを睨む、カイトが咄嗟に方便を使わなければ、彼女は消し炭にされていただろう。


「ふふ…私の世界には、強敵と書いて友と呼ぶ文化があるんですよ」


「ほう…成る程、強敵と書いて…友か…それはいい表現じゃのう?つまりわしはお主の友かえ?」


オウレウスは飄々とした態度で肩を揺らし、笑う。


「それで?今日は何の様ですか」


カイトは震え出しそうになる太ももを叩いて動かさないようにしながら笑いながら精一杯に笑う。


「わしのやったフェロモン、あの兵器をまさかこんなにもつまらん使い方をするとは思わなかったでな、ガッガリしたからお主をぶっ殺しに来た」


単刀直入である。


「ならばさっさとやれば良いではないですか?ビっているんですか?」


カイトの言葉にオウレウスから明確な殺意が溢れ出る。


「せめて震えるその脚を抑えてから生きがれよ、童が」


オウレウスにはバレていたようだ。彼はため息を吐き出す。


「あのフェロモンで呼び出したホモセクト達を無惨にも殺す理由はなんじゃ?まさか、それでワシのホモセクトの数を減らせるとでも浅はかな考えをしたのかえ?」


白眼が真っ黒に染まり、黒い涙を流す。魔王軍の人間は皆、感情が昂るとこうなるようだ。


「その質問には二つの答えがあります、まず。殺すために呼んだ、それはその通りです」


言葉の終わりになオウレウスは魔術の刃を生成してカイトの首に振るおうとした。


「む、二つ?もう一つは?」


二つの答えがある、その答えがオウレウスは気になりカイトの殺害を踏みとどまった。


「あなた方の戦力を削る為にやっているのか?という問いにはNoと答えます」


すると、オウレウスから向けられ続けていた心臓を握りつぶす程の圧力が消えていく。


「ほう?…ほうほうほう?…気になる、なんじゃそれは?この殺戮は虐殺ではない…と?」


「当たり前です、ホモセクトは栄養にもよりますが一日に大量の兵力を生み出せます。今の戦力はちょうど一週間分、すぐに回復できる数でしょう?戦力を削る為なら巣を攻める必要があります」


カイトはベラベラとホモセクトの性質を答え、オウレウスを驚かせた。


「…一つ訂正じゃ、この数なら一週間もかからん。大体6日弱と言ったところじゃ…」


「クイーン恐るべしですね、やはり実物を目にしないとダメですね…」


オウレウスは驚愕した。


『この童、見てすらいないホモセクトクイーンをただの考察だけでそこまで辿ったというのか…』


「くく…カイト、やはりお前は面白い、今度巣に来い…好きなだけクイーンを見せてやる」


「それは楽しみです、もちろん、私は攻め込みますが…それでも?」


カイトのにこやかな笑みにオウレウスは笑い返す。


「かかっ!童が…ぬかしよる」


オウレウスは再び戦場へ目を戻す、彼は即座にホモセクトの視線を空中に投影する。その視線には大群の中を真っ直ぐに蹴散らしながら駆け回る大剣の剣先が見える。その大剣は暴風のように道ゆくホモセクト達を蹴散らし吹き飛ばしている。敵目線で戦うマールの姿である。


「それで?これは虐殺でないならなんなのじゃ?応えよ」


「条件は?」


「楽しかったら殺さないでおいてやる」


「上々」


カイトは上がりそうな声と震える身体を、何とか気力で保たせて拳を強く握りしめる。


「わたしの狙いはホモセクトの死体です」


「死体…じゃと?」


「正確にはホモセクトの身体についている寄生虫、それに含まれている穢れを浄化する水分です」


さすがのオウレウスといえど、カイトの言葉を理解できず、頭の上にいくつもの?が浮かんでいるような顔になる。


「知らないのですか?ホモセクトは身体に汚れを浄化する水分を持つ寄生虫がついているんです」


「え…そうなん?知らん」


カイトは思わず転けそうになるが、オウレウスは本当に知らないようだった。


「おほん、ホモセクトは身体についた返り血などの汚れをその寄生虫に食べさせることで浄化し、共生関係を築いています。寄生虫は宿主が死んだ時、外へ飛び出して新たな宿主をみつけにいくんです。当然、彼らは外気に触れたらそのまま死んでしまうのですが…死んだ時に体を守る為に的っている浄化する水分を周囲に撒き散らす…」


「も、もう良い、つまりお主はそれで何をしようというのじゃ?」


流石のオウレウスもカイトの饒舌に推し負け、知識的な敗北を悟り話題を戻す。


「ですので、ホモセクトの亡骸を使いこの化学物質に汚染された大地を浄化するんです」


「汚染された…大地?」


オウレウスは首を傾げると、カイトは足元の砂を掴み取るとオウレウスに見せる。


「この大地は転生者達の蛮行により、酷く汚染されているのです…現代ならばもう浄化ができない程に…」


そう言われて、オウレウスは周囲を見渡した。場所は見晴らしのいい丘の上、その周囲に草木どころか生物の気配すらない。


「確かに、ここら一帯には草木がないな、昔はもっと緑美しい草原に、七色に輝く水が特徴の素晴らしい地じゃったのに…」


オウレウスは腕を組み、感慨深く物思いに耽る。


「ふむ、それで、その汚染された大地を浄化する為、ホモセクト達を殺す…と?」


「砂の国ではホモセクトの死骸を使って草も生えない砂漠に広大な穀物畑を作ることに成功しています。砂漠は汚染されてはいるわけではありませんが、過酷な環境に畑を作る程の力がホモセクトにはあるのです、相手が核廃棄物による汚染だとしても…効果を見せてくれる筈」


「ううむ…」


オウレウスはプルプルと震え出す。


「ぐやじい!知識で童にこのワシが負けた!!…」


唐突にオウレウスは泣き出した、そこへシイロが温かいお茶といつもの蒟蒻を持ってやって来た。


「お待たせしました!…遅く…なりまし…て?」


シイロはキョトンと大粒の涙を流して悔しがる少年を見つめている。


「おお、これはこれは、ありがとう」


オウレウスはシイロが来るなりけろりと元の顔に戻ると、シイロからカップをうけとり、一口茶を口に含む。


「おお!これは美味い!薬草の苦味と香りが良いアクセントになっておる!それにこれは…やや!毒芋ではないか!?食えるかいこんなもん!!」


オウレウスはそう言って手でお盆をはじこうとするが、素早くカイトが止めて蒟蒻を摘むと口に放る。


「美味しいですよ?」


それを見たオウレウスは珍しいモノを見る様な目でカイトを見ている。


「花の国では毒芋を無毒化して食べる文化があるんです。どうぞ一口…」


まじか…とオウレウスは恐る恐る蒟蒻を手に取り口へ運ぶ。


「美味い!それに食感!面白い!!なんじゃこりゃ!!」


オウレウスは凄い勢いでパクパクと口へ運んだ。


「沢山ありますから、なんでしたら少し包みましょうか?」


シイロの親切にオウレウスは大きく頷く。


「天晴れ!天晴れじゃ娘!お主には褒美をやろう!」


オウレウスは上機嫌にそばに置いてあった薪用の枝を手に取るとそれを強く握りしめる。ただの木の枝が瞬く間に手の中で姿を変え、それは青く輝く結晶を生み出した。そして彼は手の中で銀のチェーンを編み出す。


「ふふ、お主ら、ミスリル銀というモノをしっとるかえ?」


上機嫌にオウレウスは自らの魔力を高質化させた銀を生み出してはチェーンに編み込む。


「ミスリル銀とは純度の高い魔力を鉱石になるまで練ったものだ、魔力は練れば練る程硬度を増していき、いずれ黄金へ至る…」


「あなたは黄金を作れるのですか?」


「無論!ワシを誰だと心得る?…ほっほっほっ!まあ、ミスリル金は魔力が空っぽになっちまうからほぼやらんがのう?ガハハ!」


そうしているうちに唯の木の枝をミスリル銀と青く輝く魔力結晶の首飾りに作り変えた。


「娘、これをやろう!」


それをシイロへ投げ渡した。


「あ、ありがとうございます!大事にしますね!」


嬉しそうに受け取った首飾りを見つめるシイロの頭を撫で、まるで孫娘をあやす老人のように笑う。


「ほっほっほ、良き娘よ」


オウレウスはシイロが相当気に入った様子で、シイロも彼に対して警戒してはいない。そこで、戦況がわずかに動き出したのを見て取ったカイトは視線をそちらへ向かわせる。


「シイロ、直ちにマールに予定位置まで後退の指示を出してください」


「は!はい!」


シイロは素早く立ち上がり、駆けていくと大きな焚き火に何かを投げ入れはじめる、その瞬間酷い悪臭が立ち込める。


「く…くさ!なんじゃい…この臭い」


「大型翼竜の糞を焼いてます、細く煙を登らせると共に酷い悪臭を出します…」


カイトは鼻を摘む事はない、オウレウスはたまらず鼻を摘んだ。


「マールの鼻ならこの臭いを感じとります同時に、ホモセクト達の嗅覚を潰す」


「何?」


オウレウスはすぐに投影したホモセクトの視覚を空に映し出す。その視界の先では何匹目かのホモセクトキングの上で額の汗を拭いつつ竹の水筒を傾け飲んでいた。不意に臭いを感じたマールは周囲を見回し臭いを嗅ぎはじめる。


「カイトの指示が来た!みんな!もう一踏ん張り!!僕についてきて!!」


マールは飛び降りると、再びホモセクトの集団に斬り込みまとめて蹴散らして道を作りながら隊列が戻って来る。


「なんじゃい、退却かい?大した事ないのう…」


オウレウスは逃げていくマール達を見て落胆の声を漏らす。


「ええ、実に情けないですね…意気揚々と飛び込んできた癖に結局は数に押され…敗走ですからね?」


「ふん、お主の可愛い勇者はあの中でまとめてホモセクト達の餌じゃい…残念じゃのうほほほ」


「ここまでは想定内です」


「な……なに?!」


カイトが告げた通り、マール達はホモセクト達を蹴散らしながら出て来ると誰一人欠けることなく死地を切り抜けて逃げていき、当然だがホモセクト達は後を追いかける。まもなくマールの最後列に手が届く、その瞬間、隊列は真横に方向転換し、追いかけていたホモセクト達は正面に突如として現れた壁に衝突してしまう。


「な、なんじゃあれは…」


「シイロ!全隊に交戦指示を!」


「はい!!」


シイロは矢筒から一本の矢を取り出し空に放った。その矢は派手な音を立てながら空に登りホモセクト達が衝突した壁が動き出したその隙間から鋭い剣の刺突が飛び出してホモセクト達の体を貫き、息の根を止める。


「な!?!?」


オウレウスは目の前の光景が広がっており困惑した。ホモセクト達は目の前に突如として現れた赤い壁により遮られ、隙間から飛び出した剣や槍に貫かれ次々と命を散らされてゆく。倒れたホモセクト達を後続のホモセクト達が踏み砕きながら走ってきては次々と衝突しては体を貫かれて倒れていく。


「な、なんじゃ!?あやつらはいつからあそこにおった!?」


「初めからいましたよ」


「なんと!?」


そこへ、褐色の少年が駆けてくる。


「カイト、この後は?」


カイトから指示をもらいにきたのだろう


「マールはまだ戦えそうですか?」


カイトの問いかけにクウは小さく首を横に振る。


「怪我はしてない、けど、少し疲れてる」


「わかりました、マールと一緒に後方に下がり補給を受けてください」


「わかった」


クウはチラリとオウレウスを一瞥すると、すぐに踵を返してかけていった。再び戦場に視線を戻す、人による盾の壁と正面から衝突したホモセクト達は中央を突破しようと死んでも死んでも無尽蔵に、無限に、新鮮なホモセクト達を押し出してくる。


「カイトよ、中央はそろそろ限界のようじゃぞ?むふふ」


オウレウスは嬉しそうに指を指して伝える。


「はい、そのようですね」


攻撃の激しい中央は次第に疲労と摩耗から少しずつ押されて凹型に歪み始める。


「頃合いです」


カイトがそう告げると、前衛の兵士達が一撃を前のホモセクト達に見舞い、同時に後ろに退がる。そして後列にいた兵士が盾を構えて前に出て、濁流のように押し寄せるホモセクト達を受け止める。


「なっ!?入れ替わった」


「それだけではないですよ?」


横隊の最後列より大量の何かが空に向かって飛んでいく。それはゆっくりと放物線を描きながら押し寄せるホモセクト達の後列へと雨のように降り注いだ。


「な…投げ槍??」


次々と降り注ぐ槍の雨はホモセクト達の体を貫き命を奪う。ただ、ホモセクト達は生命力が高く、ただ身体を槍が突き抜けただけでは怯まない。しかし…。


「なんじゃ?槍如きを受けたホモセクト達が鈍く…」


「当たり前です、重いんですから…」


カイトは足元に置いておいた投げ槍を手に取りオウレウスに差し出す。


「お前らはこいつを投げとるんか?」


オウレウスは槍を手に取る、槍は外見に似合わずずっしりと重い。槍というには些か細く矛先にはフックが付いており抜けないようになっていた。


「これは、使い捨ての投げ槍ピルムと言います」


「はん、こんなもんでホモセクトを仕留めようと?」


「この投げ槍に殺傷力は求めていませんので…」


オウレウスは理解できない様子で首を傾げる。


「わかりませんか?この槍の恐ろしさが」


カイトの問いかけにオウレウスは静かに首を横に振る。


「ピルムがもつ本来の用途、それは敵の持つ大盾に突き刺し重さで使えなくすることにありました」


オウレウスは何かを察してバッと戦場に目を戻す。


「まさか…ホモセクトの体はその盾か…?」


「はい、さらにピルムは対象に突き刺さった後に曲がってしまうよう、敢えて脆く造られているんですよ、ふふ…引き抜いて投げ返されたくは無いですからね」


無理に抜こうとすれば矛先につけられたフックが肉を抉る。オウレウスはピルムをまじまじと見つめる。


「ホモセクトは外殻が硬いので引き抜くのも一苦労でしょうね…」


カイトの言葉にオウレウスは小さく頷く。そう、ホモセクトの外殻は硬い、だから突き抜けたピルムを力で引き抜く事は出来ない。故にピルムを身体中に生やしたホモセクトは足が鈍り隊列が遅れ後続のホモセクト達が押し寄せ踏み潰されて命を散らした。


「ホモセクトは一つの意志で動きます、故に仲間意識は皆無です。目の前で負傷した仲間が遅れたなら、容赦なく踏み潰して前に進む。邪魔なら切り払って前へただ前へすすむ…後列は遅れた瞬間後続によって勝手に兵力が削れてくれる」


カイトはさらにとホモセクト達を指差した。


「ホモセクトは正面突破を好みます、だから散発的に左右の壁にもぶつかりますが横に広がり包囲しようとはしません、力と数でただ中央を突破する…実に単純で稚拙な…とても強力な戦術です」


「お主、バカにするのか褒めるのかどっちなんじゃ?」


「褒めてますよ?正面突破は戦術の華です、どんな戦場でも当たり前に使われます。それだけ必勝パターンなんです…しかし、タイミングの見切りが重要になります」


「み…きり?」


「正面突破がくるとわかっているなら対策は簡単ですからね…故に何処で正面突破を使うかを悩むものですが…ホモセクト達には理解できない」


カイトが視線を向ける。その先では壁のように並んだ盾により防がれ、隙間から差し込まれた剣に体を差し貫かれて倒れ仲間に踏み潰され、雨のように降り注ぐピルムに身体を貫かれ身体中に槍を生やしたホモセクト達が姿を見せ始める。その瞬間前線の兵士達が後列に下がり、後列から新たな兵士が現れる。


「また交代した!?」


「この世界は便利ですね、回復術師がいれば疲弊した兵士を僅かな時間で新品同様に回復することができるんですから…」


回復…術師?オウレウスは視線を戻す、交代した二列目の兵士達の背中に三列目の兵士が立ち、回復を施している。失った体力と疲労を回復術で戻し、回復した二列目が再び前列へと戻る。ホモセクトの猛攻に耐えきれず前衛が負傷して倒れても、すぐさま回復を受けた後列が飛び出して穴を塞ぎ、倒れた前列を三列目が列に引き込みすぐさま回復してしまう。


「な…なんじゃこの並び…なんじゃこの戦い方は…」


オウレウスは一向に突破できない銀の国の兵士達の戦術に苛立ち始め声を漏らす。


「やいカイト!教えろい!!」


オウレウスの反応にカイトはニヤリと思わせぶりに笑う。


「聞きたいんですか?賢者と謳われた魔手のオウレウスが?私のような童に?」


「聞きたい!!」


プライドなんて存在しない、オウレウスに素直に言われ、カイトは苦笑する。


「あれは、地上最強と謳われた軍隊、ローマが用いた戦術、名を【レギオン隊列】と呼びます」


「ち…地上最強の…レギオン隊列…」


レギオン隊列とは、何列もの横隊からなる守りの隊列である、前列を大楯を持つ横隊で敵の突撃を受け止め、前列が疲弊すると、タイミングを見た後列が前に出て後退し隊列の崩壊を防ぐ。最後列は投げ槍により突撃して来る敵後列を攻撃し続ける。


「本来、前列は最後列まで下げるんですが、この世界には回復術師という便利な存在がいます。彼等のおかげで前衛は二列でいい。回復術師は希少ですが体力や擦り傷の回復程度なら時間はかからない…そして、銀の国の冒険者達は全員精強…まるでスパルタです最高の素材ですよ…言い換えるならば…異世界型レギオン隊列ですかね」


「成る程の?じゃがカイトよあやつはどうじゃ??」


ホモセクトの隊列の遥か奥、巨大な蟻の怪物が向かって来ていた。


「最初に切り込んだ勇者らは取りこぼしたようじゃのう…ほっほっほ!」


ホモセクトキングの襲撃、それが3匹である。3匹のキングは巨大な脚を踏み鳴らしながら突き進んで来る。


「ふむ、やっと来ましたか…」


「え?…」


「予定よりだいぶ遅かったですね、その分、此方はたっぷりと休ませていただけました」


カイトは右手を大きく振り上げた、松明のそばにいたシイロはそれを見ると背中の矢筒を手に取り再び上に向かって放った。風を切る音を鍵鳴らすとどこかで鬨の声が上がり、ピタリと投げ槍による攻撃が止まると、一本の槍のように少数の部隊が隊列の最後尾右翼から飛び出した。その先頭を走るのは勿論勇者、マールだ。それだけではない、もう一本の槍が左翼から飛び出し迫っているホモセクトキングへ真っ直ぐ向かって行く。


「ば、バカめ!そんなことをすればホモセクトに襲われ…ん?」


ホモセクト達は飛び出したマールには目もくれず正面を抜こうと全力を注いでいた。


「な…なぜ…?はっ…」


オウレウスは察してシイロのいる大きな松明を見た…シイロは定期的に巨大翼竜の糞を松明に焚べて火を維持し、悪臭を漂わせ続けている。


「ホモセクトは夜行性ではありません、何故か…彼等は視力が悪いからです。故に、夜は嗅覚と熱を頼りに敵を認識します。だからああして悪臭を漂わせホモセクト達の嗅覚を潰し…正面の部隊が展開したことにより熱源が向こうに集中していることになる。ぶっつけ本番の博打な策ですが…どうやら抜群に効いているようですね?」


カイトとしても、飛び出したホモセクトキング討伐部隊がホモセクト達の敵視を引いてしまう可能性を考えていた。だからマールとヒューゴには敵視を引いた場合は隊列に戻るように指示していたのだが、その心配は皆無である。マールとヒューゴは同時に迫るホモセクトキングに横合いから斬りかかり、瞬く間に斬獲し、残った1匹もすぐさまマールが仕留め、レギオン隊列に酸のブレスを浴びせられる前に全滅させることができた。それだけではない、マール達は自らホモセクトの左右から同時に襲いかかり始めたのだ。


「な!?何をしとるんじゃ!?あれは…」


マールとヒューゴは同時にホモセクトの、左右から切り込み隊列に横合いから入り込む、当然攻撃を受けたホモセクト達はすぐさま入り込んできたマールとヒューゴに襲いかかるが、二人はその悉くを斬り払うとすぐさま離脱して隊列から離れる。ホモセクト達は当然だがマール達の背を討たんと追いかける。マール達は気にせずUターンして再びホモセクトの隊列に横合いから斬り込んだ。左のヒューゴと意思疎通は出来ないしかし、彼等の経験と勘が攻撃タイミングを合わせているのだ。


「あ…あやつら!なにをしとる!?なんじゃいこれは!!」


「あれは、災害と呼ばれ恐れられたモンゴル騎馬隊が得意とした蝿戦術、本来なら騎馬で行うんですが…冒険者とはすごいですね」


まるでハエが纏わりつくかのように、マールとヒューゴの部隊は派手に入り込んでは離脱を繰り返している、その為…直ぐに追いかけようとホモセクト達はマール達の背を追いかけるものの、彼等の足では追いつく事は出来ず隊列が見事にズタズタにされて行く。


当然、そうなってしまっては正面の攻撃は緩慢になってしまう。ついには左右の蝿を払おうと、ホモセクト達の一部がマール達に狙いを切り替えて動こうとし長く大きな隊列が淀みはじめる。


「さてと…」


カイトは図鑑を取り出して開く


「な、なんじゃ?戦は始まったばかりじゃろう?ホモセクト達はまだまだおる!!勝ったつもりか!?」


「左右の部隊に敵視が向きました…ああなったなら、もう見なくても先の展開は予想できます。まず、シイロの合図により前衛が交代します」


シイロの放った二本の鏑矢が飛び、その音を聞いた前衛が交代する。


「体力を回復した前衛が達は隊が乱れ緩慢になった正面を押し潰しながら前に出る」


カイトの言った通りに前衛が動き出し、前に立ちはだかるホモセクト達を踏み潰しながら進み出す。


「ホモセクト達は人間の行動がわからないでしょう?自分たちがやりたいことが出来ない左右に戦力を割きたいのに前からの圧力…彼等は困惑の中にいる」


隊列は淀み、前、左右に綺麗に兵力が分散されていく。前は直ちに押し込まれ、左右に散っていたホモセクト達は側面から襲われる事となる。慌てて戻ろうにも後の祭り、ヒューゴとマールは即座に反転攻勢に出てホモセクト達の背後を討つ。


「………あ、あれ?数万いたわしのホモセクト達…あんな少なかった…?」


「ホモセクトの強みは数と力による正面突破にあります、だからその力を分散させました。ああなったらもう切り返すことはできない」


あっという間に追撃に来たホモセクト達を片付けたヒューゴ、マールの部隊は、再び蝿戦術を始めた今度は深々と斬り込んでは、離脱している。ホモセクト達は当然反撃に出るが、その隙に正面がドンドン前に詰めてきて前線を押し上げてしまう。


オウレウスは瞬く間に数を減らされていくホモセクト達を暫しずっと見つめ、そして思い出したかの様に口を開ける。


「しかしのうカイト、忘れてはおらんか?」


オウレウスはカイトを見て笑いかける。


「ほう?」


分散された中央の部隊があらかた綺麗に掃除された状態で、それが現れる。ピタリとホモセクト達の流れが止まり波が引く様にホモセクト達が下がっていく。


「なに?…」


急な変化に蝿戦術を行っていたマールが真っ先に足を止め、それを遠巻きに見たヒューゴ達も足を止める。


静まり返った戦場の中で、一体のホモセクトが前に出て来た。そのホモセクトは他の周囲のソルジャー達とは変わり両腕がカマキリの腕の様に変異している。その左右にはホモセクトキング2匹が随伴する、しかしホモセクトキングはとても小さく、10mはあるホモセクトとは違い3m程度の小柄だった。


「成る程、ロードを呼びましたね?それも3体も」


オウレウスは右腕を点滅させながら見ていた。


「卑怯とは言うまい?」


だが、カイトは満面の笑みを浮かべる。


「それも想定内ですよ」


「……はっ?」


カイトが指差す、左右に分かれた部隊はまっすぐにロードへ向かっている。左右のキングを狙っているのは直ぐわかる、カマキリ型のロードは瞬時に近いマールの方へ顔を向けた。しかし…


「あらあら?どちらへ行かれるのです?」


カマキリ型のホモセクトロードを一人の声が呼び止め、呼び止められたロードはゆっくりとそちらに顔を振り向いた。その視線の先には皮と骨により身を固めた巨体の人型がいた、人種にしては大きな身体にホモセクトロードは特大の餌が来たと歓喜した。


「大丈夫なんか?あの娘っ子じゃ死ぬぞ?」


既に勝った気でいるオウレウスはホモセクトロードの勝利を信じて疑わない。つまらなさそうに欠伸をしていた。


「それは何故ですか?」


「あのホモセクトロードは傑作だからじゃ、クイーンに沢山の栄養を与えて精製した一品…勇者相手ならいざ知らず…並の冒険者では…」


「残念ですが、勝つのは我々ですよ」


カイトの言葉にオウレウスは眉を歪ませていた。その隙に左翼のホモセクトとヒューゴが衝突する、ヒューゴは慣れた様子で小型なキングのロードを相手であるにもかかわらず、構わず前に突き進む。


「バァカメ!迂闊に近づきすぎじゃわい!」


ホモセクトキングのロードが小型な事には理由がある、巨大なホモセクトキングとは違いあの巨大のパワーをそのまま凝縮し小型化され、より先鋭化した姿がロードである。その戦闘力は並のホモセクトキングの10倍である、通常のホモセクトキングではあり得ない瞬足でヒューゴの前までやって来ると、その口から強力な酸のブレスをヒューゴの顔面めがけて吹きかけた。


「言わんこっちゃない!!かっこいい剣士様はドロドロじゃあー!」


しかし…


「言わんこっちゃない…あなたの大事なロードは今、終わりましたよ?」


「なにい…」


いつのまにかヒューゴはホモセクトキングの頭の上に乗っており、首の接合部に剣を突き立てると軽く振る事で首を切断した。


「ヒューゴは最前線で幾多のロードと戦い続けています…故に、ホモセクトロードの相手は初見ではないのですよ?あの中央のソルジャーロードだったなら初見だったでしょうが…」


オウレウスに笑いかける。


「あまり、後輩を舐めない方がいいですよ?先輩?」


カイトの笑みには良いしれぬ圧があり、オウレウスは思わず気圧された。思わず彼から魔王を感じるほどに…。


「しかし、マールはどうじゃ?あやつはホモセクトロードは初見じゃろう?」


オウレウスの指摘はその通りだった、マールはホモセクトとの戦闘は経験しているが、ロードとの戦いは完全に初見である。ヒューゴのようにはいかない。


「ぐ!!…は…早い…」


実際、マールはキングロードに苦戦していた。瞬く間に距離を詰めて来るロードはその口から大量の酸を浴びせかける。酸を浴びた地面は脆く溶け、深々と抉り取る。もしも飛沫一粒でも当たれば、マールの細い手足は溶けてちぎれてしまうだろう。マールはなんとか酸を浴びない様に逃げ回る事が精一杯だった。


「た、隊長!」


「俺たちも!!」


「来ないで!君達は雑魚をお願い!」


加勢に駆けつけようとする部隊を言葉で制しながらもキングロードから視線を外さない。


「防戦一方じゃな?」


「はい、それも想定内です」


「な!?」


カイトの言葉にオウレウスが目を向く、同時、キングロードが着地したその時、何処かから飛んできたピルムが彼の脚を貫いた。


「ギ!?」


突如として脚を貫いた槍にキングロードは体勢を崩す、続け様に二本、三本と槍が飛んできて体の至る所に突き刺さる。キングロードは槍が飛んできた方向を睨んだ、その先には褐色の黒い衣服に身を包んだ少年がいた。少年は柔らかい地面に突き立ったピルムを次々とキングロードへ向かって投げつける。


「なんじゃいあの小僧は!一騎打ちに水を刺すだと!?」


「いつ一騎討ちだと言ったのです??」


オウレウスに睨まれてカイトはヘラヘラと笑う。


「まさか、卑怯…だとは言いませんよね?」


「ぬ…ぬぐぐぐぐ…」


歯を食い縛り、悔しさを滲ませている。


「じゃが…あんな槍、いくら投げたところで!」


「忘れたんですか?この槍は殺傷力を求めてはいないのですよ」


「忘れとらんわ!!!」


オウレウスは願いを口にしていた、キングロードは持ち前の素早さが槍が刺さるたびに遅くなっている。


「マール!」


クウが叫び、その声に応えたマールが一気にキングロードと距離を詰める、当然キングロードは向かって来るマールに顔を向け酸を吐き出そうとする。だが、目の前のマールは舌を出して笑っていた。キングロードの視線がマールに向いた瞬間、密偵のクウは間合いを一息に詰め、その大きな腹に手にした斧を振り下ろす。


「ぐぎいいいい!?」


キングロードは完全に不意を打たれて激痛に身体を跳ね上げ、その跳ね上げた頭に振り下ろした。


マールの一撃によってキングロードは唐竹割にされ動かなくなると、同時に周囲の兵士達から地を揺るがす程の大歓声があがる。左右の部隊が再び動き出しホモセクト達の隊列をズタズタに抉り出す。そんな中、最期に残されたホモセクトロードの一体はシルヴィアと向き合い身構えて見せる。


「では、わたくしも始めますかぁ!!!」


シルヴィアは長い儀仗旗を頭上に振り回してから大きな矛先をロードへ向ける。ロードはジリジリと間合いを詰めていく。シルヴィアも身構えたまま間合いを詰める。


「はぁ!!」


先に仕掛けたのはシルヴィア、シルヴィアは強く一歩を踏み込むと鋭い突きの一撃をロードの喉元へ放つ。


「…」


ロードは、その一撃を軽々と右の刃で受け、流し、そして滑る様な動きで前に進みながらシルヴィアの体に斬撃を走らせる。


「!?」


シルヴィアは咄嗟に槍を振り上げ身体に迫っていた右の刃を力強く上に跳ね上げ距離を取りつつ二撃目を放ち、ホモセクトロードは左手で受け、流して前に出てきてふたたびシルヴィアの身体に刃を振るう。


「だああああっ!」


シルヴィアはホモセクトロードの刃を弾き上げた。二人は目にも止まらぬ速さで切り結び、打ち合さるたびに派手な火花が跳ねる。目にも止まらぬ激しい打ち合いに戦っていた人種だけでなく、ホモセクト達までそのうち会いに注目してしまっていた。


どちらが倒れてもおかしくは無い一進一退の激しい打ち合いにより火花が迸る。


「ほほ!一騎討ちは戦場の華じゃのう?しかしカイト?お前さんの駒は押されておる様じゃぞ?」


シルヴィアとホモセクトロードの打ち合いは拮抗している様に見えてもシルヴィアが僅かに押されていた。目にも止まらない高速の打ち合いで側から見れば二人は拮抗している様には見える、実際はシルヴィアはホモセクトロードの剣撃についていくのが精一杯だった。


『なんて速さですの?こいつ…』


槍を握る手が次第に痺れてくる、対してホモセクトロードの方は次第に速度が増して来る。


「ふん…バカな娘よ、精々養分になるが良い」


歩み寄り、そして刃をシルヴィアの首目掛けて振るう。避けられない、それほどにホモセクトロードの一撃は鋭く、力強かった。その一振りは瞬きする間にシルヴィアの首から上を跳ね上げただろう。


「シルヴィア、相変わらず繊細さがたりませんね?」


鋭く伸びた細腕の持つ剣が、ホモセクトロードの一撃をシルヴィアの首の目前で受け止めていた。


「!?」


瞬間、ホモセクトロードは素早く身を引いた。音もなく振られた刃を左手の刃で弾く。だが、唐突に現れた二本の直剣は生き物の様に鋭くホモセクトロードを追いかける。先程までシルヴィアを押していた筈のホモセクトロードが、突如乱入してきた二人の剣によって押し込まれている。


「ユラ!ユラ、ユラ!そろそろいい?決めちゃって!」


「ユナ、ええ、いいわよ?合わせられて?」


赤いドレスに青髪のユナ、青いドレスに赤い髪のユラ、銀の国の女王たる双子は笑いながら語り、ホモセクトロードにユラが瞬足の乱打を見舞う。その片腕が複数に見えるほどの速さで打ち込まれ、ユラの乱打は両腕で防がねばならぬほどに早く、的確だった。


「!?!?」


ホモセクトロードといえど反撃ができないその隙にユナが入り込んできて一太刀を浴びせる。


「!!?」


ホモセクトロードは胸を一直線に切り裂かれ青い鮮血が飛び散り、彼女達から離れようとする。だが背後にはすでにユラが剣を振りかぶっており、瞬時に振り返ったホモセクトロードはその一撃を受け止め、激しい金属の激突音が弾け、左腕の刃が飛ぶ。詰めてきていたユナも同時に剣を振るっていたのだ。ホモセクトロードはなす術なく左腕を切り飛ばされて体勢を崩し、その腹を太く長い儀仗旗の矛先が深々と貫き動きが止まるとユラ、ユナは同じ動作で間合いを詰め首を刎ね上げた。


強敵を王が跳ね上げた事に銀の国の兵達は一気に湧き上がり地を揺るがさん程の大歓声と共に士気が爆発する。


「ず…ずるじゃ!三対一なんて!!あまりにも卑怯…」


「何を言っているんです?ここは戦場です、ホモセクトロードが来ることを想定するのは当たり前の話です…そして、1番強力な個体が中央を抜きに来る事は想定済みなのですよ…そこに銀の国で1番の力ち、兵の士気を爆発させる女王を配置した」


カイトは席を立つ。


「さあ!シメの時です!!シイロ!!全軍に突撃の号令を!」


カイトの大声にシイロは頷き、背中の矢筒から3本の鏑矢を抜き取ると続け様に3本を空に向かって放った。風を切り裂く轟音が鳴り響き全体に指示を行き渡らせる。


「ユラ様!ユナ様!カイト殿からの総攻撃指示です!」


サザンが叫んぶと、前にいたユラとユナが、剣を振り上げ眼前のホモセクトの大群に剣先を向ける。


「「突撃」」


「「「「全隊突撃」」」」


士気が爆発した銀の国の兵士200が一斉に剣を引き抜き雄叫びを上げながら突撃を開始した。自分たちよりも圧倒的に数が少ない人種の戦士達が地を埋め尽くす程のホモセクト達に突撃していき、大量のホモセクトの大群を粉々に粉砕しながらもホモセクトの海に大きな間隙をあけていく。


そして変化はホモセクトにも訪れていた、ホモセクトの特徴に恐怖というものはない。だから死も、怪我も、敵の数も、敵の強さにも恐れはしない、ありとあらゆる修羅場、絶対必死の戦場であっても彼等は先陣を切ることができる最凶の亜人である…はずだった。


だがこれはどういうことだろう。銀の国が突撃を開始してすぐ、ホモセクトの隊列はまるで恐怖を覚えたかの様に入り込んできた銀の国200の兵士達から離れる動きを見せている。


「わ、わしの可愛いホモセクト達が…逃げておる…」


オウレウスは今まで見たことのないホモセクト達の動きに驚愕する。


「彼等は本能の生き物です、その本能が生存を優先した…そんなところですかね。我々の勝利です、あとは逃げるホモセクト達の背を討つのみ…」


マール、ヒューゴと50の予備隊は再び合流し、逃げようとするホモセクトの正面に素早く回り込むと向かってくるホモセクトと激突する。派手な衝突音と共にホモセクト達が宙をまい、再び荒れ狂う暴力の台風がホモセクト達を蹴散らし掃討する。


銀の国の兵士達も鬼神の如く暴れ回り、ホモセクトをバタバタと薙ぎ倒しいつのまにか銀の国だった更地は大量のホモセクト達の亡骸によって埋め尽くされた地獄絵図が作られていた。


「…こりゃ……わしの負けか?」


「はい、一応そうなりますね…」


カイトの言葉を聞きオウレウスはガックリと肩を落とす、もはや散り散りとなり逃げ惑うホモセクト達を兵士達が追い回しては背後を襲い掃討するのみの絵となっている、もう間もなく生きたホモセクトはこの地から消え去ることだろう。


「ぐー!くやじい!!!」


オウレウスは再び泣きながら声を絞り出した。


「たった250にわしのホモセクト達が!!…しかもロードを3匹も取られた!…ぐやじー!!!」


少年の外見の老人は地団駄を踏みながら体全体でどうにもならない怒りを発散する。


「…ま、まあまあ、今回は我々が圧倒的有利な戦場に誘導してからの戦いでしたから…」


カイトの言葉にオウレウスはバッと顔をあげ、目を丸くする。


「あ…圧倒的に有利な戦場に誘導?それは…どういうことじゃ?カイト、お主は何を言うちょる?」


オウレウスの反応にカイトは気を良くして語る。


「はい、今は夜、視野の聞かないホモセクト達の活動的に適さない時間、そしてフェロモン。ホモセクト達は性質上フェロモンのあるところに時間も場所も関係なく瞬く間に集結する…どんなに遠くても」


「…………」


オウレウスはただポカンと口を開けていた。


「次に仕掛けたタイミングです、集結し転生者の一人を確保はしましたが、そこには何もない人家だけ…考えても見てください、女王の危機だと思って死兵となってまで駆けつけたのにあったのはもぬけの殻の国と人間が一人…彼等は拍子抜けしたでしょうね?」


「そのタイミングで…おぬしは部隊を送り込んだのか?」


「はい、その通りです。マール達に与えた命令は、退却の合図があるまでホモセクトキングを優先的に討つべし」


「その合図があの悪臭か…」


「はい、あの悪臭にはマールに退却を知らせると共に、ホモセクト達の鋭い嗅覚を潰す目的もありました。夜行性ではないホモセクト達は劣悪な視覚に頼ってマールを追いかけるしかない」


「回り込む様なことをしなかったのはそのせいか?じゃから、勇者達の尻を追いかけ、仲間達の背中をおったがためにあの様な長い縦隊になった…」


「ええ、正面に現れたレギオン隊列200に正面からぶつかる事となりました」


「……カイト!貴様ずるいぞ!!!いろんな戦術を知っていてずるい!」



オウレウスは子供の様に泣き叫んび、いきなりケロリとした表情となる。


「しかし、良いのか?このワシにあんなすごい戦術を見せたりして…レギオン隊列はホモセクトにも出来るぞ??」


「どうぞ、あの程度の隊列でよいならドンドン真似をしてください」


「あ…あの程度…とな?…おぬし、さっき地上最強と」


「地上最強のローマと言ったのです、レギオン隊列が最強な訳ではありません、結構弱点が多いんですよ?あの隊列は」


オウレウスは一気に顔を顰め不快を表情に表した。


「…ぐぬうう!むがづぐ!!!わからんのが余計にムカつく!!あんな隊列のどこに弱点があるんじゃ??どう見たって無敵ではないか!!教えろ!!」


カイトの胸ぐらを掴んで引き寄せつつ叫ぶ。


「それはご自身で考えておいてください【次】迄の宿題にしておきます」


「ぬぐ!!…き、貴様…ワシに宿題…だと!?」


オウレウスは一気に満面の笑みになる。


「ああ…ああ!わかった!!次!次じゃな!!」


オウレウスは笑顔で、自分の髪を引き抜くと魔力を込めて一枚の紙に作り替えた。そしてそれに印をつけてカイトに差し出す、見ればそれは地図だった。


「ホモセクトのコロニーがある場所じゃ、勿論クイーンもおるぞ。いつでも来い!ワシらなりのレギオン隊列を作って見せよう、お主のいう答え…楽しみにしておる」


火がついたオウレウスは止まらない。ギラギラと輝いたその瞳は好奇心に染まっていた。


「ありがたく頂戴します、先輩」


カイトは地図を丁寧に折りたたみ、フェロモンの小瓶を入れていた小さな箱にしまうと、ポーチの中に放り込む。そのタイミングで何かが高速でこちらに向かってくる音が聞こえる。十中八九マールだろう。


「カイトー!ただいまー!」


すぐに元気な声が聴こえる、カイトは和かに振り向いた。


「マール!おかえ…り?」


視界に入ったマールはズタボロだった全身はさまざまな血に塗れ背中からはホモセクトのものだろう剣が生えており腹を突き抜けている、右腕は肘の一部が溶けてわずかな皮膚と肉でぶら下がりちぎれかけている。


「ば!…どうしたんですか!?その格好!!」


「へ…なあにカイト?こんなの最前線ならいつもの事だよ!」


ケラケラと血を吐きながら笑うマール。いつもの事…な訳がない。


「いつもの事な訳あるかいボケカスが!!」


唐突にオウレウスが怒鳴り、マールがぴくりと跳ねる。


「あれ?じいちゃん、また来てたんだ?えっと、だれ…」


オウレウスは首を傾げて考えるマールの頭に拳骨を振り下ろした。


「いっったああ!?」


「じっとしとけいドアホが!!」


オウレウスは甲斐甲斐しくマールの頭に手を乗せ青い魔力の光がマールに流れ込みはじめると、腹を突き抜けた背中の剣が一人でに抜けて傷が塞がる。


「うし、後は自分でやれ」


致命傷な傷だけを治したオウレウスは静かに下がる。


「自分で?…僕、回復なんて使えないよ?」


「ん?お主、自己回復出来るじゃろ…」


「知らないよ!やり方なんてわからないし…」


するとオウレウスはこちらを睨んできた。そしてマールに向き直る。


「わしの指に目を向けい」


オウレウスは人差し指をマールな前に晒すと静かに額に当てる。


「わ、これじゃ見えない…」


「まったく…とんだポンコツ勇者じゃい、集中せい手伝ってやるから今覚えよ」


「う…うう」


「腹の下あたりが熱くなってきたらその熱を全身に拡げるイメージ」


「う、うん…」


マールは目を閉じて集中を始めると、オウレウスに言われた通りお腹の下あたりから微かな光が溢れ出す。それがゆっくりと全身に拡がると少しずつだが彼女の身体にできた擦り傷が、まるで巻き戻るかのようにゆっくり治っていく光が右腕に行くとじっとりと肉が盛り上がり水の様に血液が拡がると酸で溶けた部分をつなぎ合わせ綺麗に治ってゆく。


「……」


マールは静かに目を伏せるとそのまま後ろに崩れ落ち、オウレウスは崩れたマールが倒れない様に支えると、カイトに渡す。見れば、マールの痛ましいほどに損傷していた身体は傷跡一つ残さず綺麗に治っていた。


「今のは?」


眠るマールを側の長椅子に寝かせてやる。


「お主、勇者のことを調べておるんじゃろ??資料には乗ってなかったのかえ?」


カイトは首を横に振る。


「勇者に自身の回復が出来る能力があるなんて情報は…どこにもありませんでした。」


それを聞いたオウレウスは目を右上へ向ける。


「魔王か…奴め、秘匿しおったな?…うむ、良かろう、ちょうど良いマールも寝ながら聞きなさい」


眠るマールをオウレウスは軽々と抱き上げて膝枕で寝かせ、その頭を優しく撫でながら語り出す。


「勇者の血液には身体の毒や怪我を治す効能がある」


「そんな…まるで輝血族みたいな…」


「よく知っておるのう!ただ、輝血族の血程速攻性の回復効果はないし、輝血族の様に首だけから再生出来るほどの力はない」


そんな力があるのか…輝血族…


「輝血族はその効能から、人々に囚われ隷属され血液を搾り取られる家畜とされていた忌まわしい過去がある。飲めば立ち所に傷が癒え、病を消し去る血液を出す人間…そんなものがいれば人間はこぞって欲するじゃろう?」


「…成る程…」


この異世界でも、人々の持つ生への渇望は変わらない。今、それが無くなった事には疑問を覚えるが…。


「ふふ、万能の回復薬なんぞ、あるわけがない。輝血族の血は強烈でな?飲むものの血液にもがっちりと結びつき、そやつも輝血族にしてしまうのじゃ…ほほ、いい気になって輝血族を奴隷にしていた奴らも、気づけば自分も奴隷となっていた…なんて事になっちまうのさ…ざまあー」


そこで、マールの頭を撫でる手を止め、前髪を掻き分けておでこを見せるとマールは穏やかな寝顔をしていた。


「勇者の血にそういった副作用はない」


「……勇者の血は…万能の回復薬になり得る…と?」


カイトは目を向けて問いかけると、オウレウスは唇に指先を当てながらも小さく頷いて見せた。


「この知識を魔王が秘匿したのならば、好都合じゃ…このことを知っているのはこの世界で魔王軍とお主位にしておけ、そして絶対に誰にも言うでない」


「なんでじいちゃんは僕にそんな事をいうの?」


マールはパチリと目を開けながらオウレウスを見上げていた。オウレウスはそんなマールに目を向けると少し言いづらそうな顔をする。


「起きたか?勇者」


「うん、今起きたばっかりだけど…話は聞いてたよ難しい事はわかんなかったけど…僕の血が回復に使えるんだってのはわかった」


マールはゆっくりと身を起こす、ただオウレウスに警戒を見せては居ない。


「前の勇者は物覚えがよかったんじゃがのう…やれやれ…育ちの問題かえ?」


「そんなことよりカイト!僕はお腹がぺこぺこだよ!シイロのご飯はまだ!」


「え?シイロは前線では?恐らく炊き出しをしに行っているかと…肉巻きを沢山作っていましたよ?」


「なんでそれを先に言わないの!!?じゃあねカイト!!じいちゃんもまたね!回復してくれてありがと!!」


「お、おう…また…のう?」


マールはそのまま脇目も振らずに走って行き、速すぎる朝食の支度が始まった戦地へ帰って行った。


「…さて、わしは帰ろうかのう」


静かになり、マールを見送ったオウレウスは立ち上がる。


「せっかくですし、食べて行かれては?」


カイトの提案にオウレウスは首を横に振る。


「いや、やめておこうワシが離反するのではないかと気が気ではない奴がみにきておるからのう?」


オウレウスが上を指差すと、空には赤毛のショートになぜかフリフリのゴスロリメイドの様な服を身につけたアリエッタが腕を組みながらジッとオウレウスを睨みつけていた。


「おさらばじゃな、カイト」


「ええ、次は私が仕掛ける番ですね」


「番?…くく、抜かしおるわ童が…楽しみにしておるぞ?」


そう言うとオウレウスは空のアリエッタににこやかに手を振り踵を返して歩いて行った。それをみたアリエッタは一度カイトを睨みつけると、再び何処かへ飛んでいく。


「やれやれ…」


カイトはオウレウスから渡された地図を取り出しそれに書かれた標を見つめて盛大なため息を吐き出すのだった。



お疲れ様でしたもう少しだけ、続きます

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