2の6 戦いを終えて…
前話で書ききれなかった後日談です。
これにて…
朝 カイトが目を覚ますと身体が動かないことに気がついた。
「くう…くぅ…ふ」
見れば、栗色の髪がすぐに視界へ入ってくる。いつもの様なうるさいイビキではなく熟睡している様子で、可愛らしい寝息が聞こえる。
昨日、戦いを終えた後。カイト達はクランのメンバー達は、鉄の国の王代理であるアジルの計らいで、ハイゼンベルグの城へ通され、客人として三日間の滞在を許可されたのであった。メンバーは一人一人に個室を与えられ、国王専用の大きな大浴場の利用や、豪勢な食事まで振る舞われ至れり尽くせりだった。
「あれ…わたし、マールに部屋教えたっけ?」
昨晩、マールは食事で出て来たイノブタの丸焼きをペロリと平らげると、風呂にも入らずに直ぐ部屋へ戻って寝てしまった筈。マールに部屋を教える暇は無かったはずだが。
「?…」
マールからは仄かに石鹸の香りがする。
「成る程…そういう事か…」
失血で体調が優れなかったマールは、夕食後に寝て体力を回復させてから、風呂に入ったのだ。当然深夜の王城に灯りは無く暗い為、匂いを頼りに部屋に帰って来たつもりだったが、それがカイトの部屋だったという事なのだろう。それを証拠にマールは今とても薄着である。いつもの軽装な革鎧の下に着る服では無く、王城側が脱衣所に用意していた来賓用の衣服の上下を身につけていた。
入り口を見れば長く大剣にしては細めな剣ツヴァイハンダーが、革の鞘に収まって扉に立てかけられている。鞘にはチョークで所々に標がつけられており、おそらく後で無駄な部分を排除する為の線だろう。
「ん…んん…」
マールがモゾモゾと動き、カイトに顔を向けると薄らと目を開ける。
「かいと…?」
マールは寝ぼけており、目はまだ開いてはいない。まるで寝ぼけた子猫の様な仕草で鼻をスンスンと鳴らす。恐らく匂いを確認しているのだろう。
「はい…おはようございま…」
カイトは時期に覚醒するだろうと思い声を掛けるが、マールはそんなカイトに顔を寄せてきて迷わず唇を重ねてきた。時間が止まった気がした…そして彼女の唇の柔らかい感触を感じこんな時間がいつまでも続くかと思えるほど長く感じる。マールはゆっくりと唇を離すと寝ぼけている為か、緩くなった口の端から涎が垂れる。
「ふへへ…クウ…」
そうしてマールは幸せそうに笑うと、糸が切れた人形のように唐突に脱力すると、カイトの胸に顔を埋めながら、再び可愛らしい寝息を立て始めた。
「………」
カイトはマールをどうにかしてしまおうと邪な思いで動かしていた手で自らの頬を強く叩く。不覚にも理性が飛びかけ、マールを無意識とはいえ襲おうとしてしまった自分への戒めのためである。
「ダメだよカイト…彼女は13…」
何度も言い聞かせて押し留める。ただ、女神から渡されたこの少年の肉体は精通もまだな所を考えると年齢は恐らくマールと同じくらいかそれより下だろう。そもそも…時計も存在せず時間の概念が曖昧なこの異世界に於いて。マールの自称する年齢が本当なのかも気になるところではあるのだが…。そんな事を考えていると次第に瞼が重くなって来た、思えば暖かい朝の日差しに当てられ、小さな少女に寄り添われているこの状況、正に二度寝に持ってこいのシチュエーションである。本日は特に予定もないので、カイトは二度寝の誘惑に抗わない事にした。
暫くして、アジルの指示を受けてやってきたクウとシイロに起こされる事となる。
カイトとマールは慌ただしく二人に着替えさせられ引き摺られる様にアジルのいる謁見の間へ通される。
「なあに…にいちゃん…」
マールはまだ目が開かない様子でヨロヨロとしている。謁見の間には既に沢山の文官達がおり、ユズとそれにくっついてディートリヒまでいる。
「ああ、悪いなマール。お前は寝ててもいいぞ?カイト君を貸してくれ」
「んー…」
マールは首をフルフルと横に振ると、カイトの腕にしがみつき支えにすると、立ったまま寝始めた。
そんな器用な寝方をするマールの様子にカイトは苦笑しながらも前に出ると、寝ている筈のマールもカイトにくっついて来る、そこには長テーブルが置かれ上には鉄の国全体が描かれた地図が置かれている。地図にはコボルトを示した駒が幾多も配置されている。
「まずは昨日の事後処理だ、マンイーター討伐後、君が追撃に出した遊撃隊達が複数のコボルト達の巣を発見した。既にギルドに掃討の依頼は出してあるから、掃討されるのも時間の問題だな。ベルラートで一時避難している村人達も戻して大丈夫だろう」
アジルは巣の位置に駒を置いて行く。
「コボルトの相手ならば駆け出しの冒険者達が実戦を経験する為の練習相手にはピッタリですね。できればしばらくの間、この村の用心棒として新米でよいので冒険者を派遣しては頂けませんか?」
「ああ、それは構わない。こちらとしてもZ級の駆け出し冒険者達が活躍できる場を設けるのは悪いことではないしな?」
カイトの言葉にアジルは頷き、隣の秘書官へ指示を出す。
「で、これからが本題だ。昨日君を助けたあの少女の事を臣下達に説明してほしいんだ」
砂の国から代理とされて王の位置に置かれたアジルは、王であるにも関わらず歓迎されてはおらず信頼も乏しい。鉄の国【ハイゼンベル】の臣下達は眼光を光らせ、此方に向けている。立ったまま寝ていたマールもパチリと目を開ける。
「アジルさんはわかっているんでしょう?」
カイトの問いかけにアジルは頷く。
「ああ、俺はな?兄貴やゼノリコからも話だけは聞いていたし…ただ、こいつらが俺の言葉だけじゃ信じてくれなくてな」
そう言って苦笑するアジルに、カイトは察して納得するとはっきりと言葉にした。
「彼女は魔王軍統括顧問の一人【震脚のアリエッタ】です」
カイトの言葉に臣下達は騒然として息を呑み、顔を驚愕に染めると手にしがみ付いて眠っていたマールの手にも力が籠る。見ればさっきまで閉じたままだった瞼をぱっちりと開き、翡翠色の瞳がカイトをジッと見つめている。
「なに?僕が寝てる間にアリエッタが来たの?」
「え?ああ、はい…それが…」
カイトはアリエッタが来た経緯を目を覚ましたマールにも分かりやすく伝える。
「あいつ、あれだけダメージを負わせたのに死んで無かったんだ…ごめんカイト」
珍しく理解の早いマールは素直に落ち込み、謝罪の言葉を告げて来た。
「いえ、まさか魚みたいに開かれた挙句、頭を落とされても蘇るなんて…普通誰も想像しませんから…ですが」
カイトは言葉を切ると、実に残念そうな表情を作る。
「マンイーターの生態には興味がありますね、ただの強化だと思われた冒険者の身体が、人の生肝を食べたというだけであそこまで驚異的な生物になるものなのか…出来れば解剖してみたかった!」
「君、なんか悪い顔してるよ?」
心の底から惜しそうに後悔しているカイトの様子に、マールは軽く引きつつも、大きなため息を漏らした。
「で?アリエッタは何をしに来たの?」
マールの問いかけにカイトは答える。
「ああ、はい。恐らくはあのマンイーターを処理しに来たのだと思います」
「え?…なんで、仲間なんじゃないの??」
マールは驚いた様子で語りカイトは首を傾げた。
「やはり、あのマンイーターは1000年前の勇者パーティーなのですか?」
逆にカイトの問いかけにマールは頷く。
「うん、えっとね、確か…人喰いオルドって名乗ってたよ。コボルトの統括顧問とも言ってた」
マールの答えに、カイトはやはり…と意味ありげにつぶやくが、殆どの臣下も理解できていない様子だった。…ただ一人を除いては。
「人喰いオルドだと!?」
聞くに徹していたアジルが驚愕の声を張る。
「…元彼?」
「ちがう、ガチムチはノーセンキュー俺は美少年オンリー」
マールの冗談にすぐ反応したアジルはにこやかに語り、その場が静まり返るのを察すると、軽く咳払いをして話題を戻した。
「人喰いオルドは砂の国の冒険者だった男だ、1000年前の勇者パーティに在籍していたが、仲間の女冒険者の寝込みを襲い、殺害したことで死刑になった筈だ」
「え、砂の国って死刑ないんじゃないの?」
マールが驚くような声を漏らす。カイトも初耳な情報に耳を疑いアジルを見た。
「ないわけじゃないぞ、転生者は特例がない限りは死刑だっただろ?」
その言葉にユズがビクリと反応し、その反応を見逃さないアジルは苦笑を浮かべた。
「それに1000年も前だ、今とは事情も大分違う」
「つまり、加護喰いで仲間の女性冒険者を殺害した…いや、喰ったと言うことですかね?」
カイトの問いかけにアジルは頷く。
「だろうな」
「うげぇ…きもっ、カイトはやらないでね?」
なんで!?なんとか反論しようとしたが、マールはカイトの反応にニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「でもあいつ、僕を1000年前の勇者と勘違いしていたみたいだよ?相変わらずうまぞうだ…とか言ってたし」
絶妙に可愛らしい声真似をしながら、身振り手振りで伝えてくる。うん、かわいいね!
「マールの外見が1000年前の勇者に良く似ている、という事でしょうか?」
カイトの問いかけに、マールは首を傾げて腕を組んでいる。
「まあ、よく分からん事はいい。時間の無駄だからな」
アジルはそう言って玉座に腰掛ける。
「よし、堅苦しい話は此処まで。カイトとマールを残して残りは解散だ。各々持ち場へ残る様に」
アジルの一言で文官達も解散し、散り散りになっていく。
「うし、行くか!」
ディートリヒもそういうと、側にいたユズをひょいと持ち上げ、その大きな肩へ乗せる。
「あ…その、こまりますセクハラです」
ユズは残りたそうだが、ディートリヒは空気を読んでいるのか、A級の勘が働いたのか、カイトを一瞥すると、小さなジェスチャーで親指を立てて見せた。
「そりゃないぜユズさん!昨晩はデートしてくれるって話だったじゃねえか!」
「そ…そうでしたか?…」
確かに、昨晩ディートリヒは土下座の勢いでユズにデートを頼み込んでいた。おそらく勢いと熱量に負けたのだろう。
「ユズ、勇者命令だよっ行って来なさい」
マールが珍しくディートリヒに助け舟を出した、彼女なりに救援に対するお礼のつもりでもあるのだろう。ユズはマールの命令には絶対服従するので、要求を断る事は無い。
「…わかりました」
「よし!決まりだ!!何処から行くかな!」
ディートリヒは、のしのしと歩いてユズを肩に乗せたまま連れて行った。
「いいなあ…カイトもあれぐらいおっきかったらな」
マールはそんなふうにユズを羨みつつも、カイトに目を向けて来た。悪かったな小さくて。
「さて…大体履けたかな?ここからは依頼の話だ」
アジルは目線で秘書官に指示すると。秘書官の男は綺麗に足を揃えた敬礼をすると、謁見の間の袖にある物置部屋へ走っていく。
「依頼…ですか?」
慌ただしく動き回る中で、カイトは問いかけた。
「ああ、今回の救援のお礼に、カイト君達クランに鉄の王、ハイゼンベルから正式な調査依頼を出そうと思っていてね。あ、これは既にゼノリコや兄貴にも許可は得てる」
救援の褒美が、依頼になるのか?カイトは不審に感じた。
「ご褒美なのに依頼?にいちゃん、仕事のし過ぎで狂った?」
「狂ってねえよ!黙って待ってろ、しばくぞ??」
「昨日負けたばっかりなのに出来るのかな?しかも今の僕は獲物持ち、あの時よりもっとつよいよ??」
マールは和かに背中のツヴァイハンダーの持ち手を握る。アジルは
「おいおい、手加減に気付けねえのか?クッソ受けるぜ」
アジルはゆっくり立ち上がり脇のスツールの上にあった湾曲刀を手に取り鞘から剣を抜き放
「国王!今は仕事!先に仕事ですよ!!勇者様も煽らないで下さい!!やりたいなら執務が終わってからでお願いしますね」
止めるわけじゃ無いのか…カイトはそう考えるが、秘書官は物置きから、丸まった紙の束をが入った袋を引きずって来て一つをカイトに手渡した。
「これは?」
カイトは丸まった紙を開く、マールも気になるのか覗き込んでいる。そこに描かれていたのは…
「まっさら…」
マールの言葉の通り、紙には何も描かれてはいなかった。
「それは、ゼノリコがラ・ピュセルの校長。ドドマツに作らせた魔法の地図だ、未開の地へ赴いて魔力を与えると、勝手に地形を読み取って地図を作ってくれるらしいぜ?」
ドドマツは臭いだけでは無かったのか、カイトは現代でも十分に通用できる彼の発明品に驚いていた。
「ふーん?」
マールは唇を尖らせ、地図に触れる。すると地図の下側にみるみるうちに鉄の国全体が描かれて行く。
「ばっっか!マール!!今使うな!!その地図高いんだぞ!」
アジルは血相かいて飛び出して来て地図を取り上げるが、地図は鉄の国の周辺を写す地図となってしまった。
「はあ…」
アジルは大きなため息を吐きながら、鉄の国の地図をマールに手渡し、再び玉座に腰掛けた。秘書官は同じものが沢山入った大きな袋をカイトに差し出す。
「そういった感じになりますので、使うのはくれぐれもご注意下さい。わかりましたね?勇者様」
「はーい」
マールは手を挙げ、カイトはそれを受け取る。
「その袋は魔法の地図をしまう専用の袋らしいです。魔力を与えると伸び縮みします」
マールがすかさず袋をツンと突いた。その途端に袋は内容品と共に小さく縮み、しかも先ほどまでずしりと重かった袋の重量も無くなる。
「これを、何に使うんですか?」
カイトは小さくなった地図袋を腰のポーチバッグの中に放り込みながら問いかけた。
「ああ、それがこの依頼であり褒美だ」
「褒美、この依頼が?」
カイトの問いかけにアジルは頷く。
「そう、俺たち人間種族はこの大陸の一部に最前線の城壁を敷いてからずっと引きこもっているだろう?かれこれ過去の勇者パーティの時代から既にこんな状態なわけだからな」
アジルは語りながら姿勢を正した。
「んなわけで、最前線から先の地形は未開拓地域って事。だからカイト君のクランに未開拓地域の調査を依頼をしているというわけさ」
確かに、ご褒美だ。この上なく最上の…
「マール…聞くまでもなさそうですね」
マールは瞳をキラキラと輝かせ満面の笑みを浮かべ、まだ見ぬ世界への冒険に胸を躍らせている。実際、カイト自身も彼女以上に興奮していたのだから。
「その依頼、受けさせていただきます」
カイトは快諾すると、マールもとなりで喜んでいた。
「ただ、今は最前線前にはエルフ達の野営や、駐屯基地が無数に広がっている。だから遠征に参加するメンバーは、少数精鋭で頼む」
アジルは真面目な顔で指を2本立てながら続ける。
「それからもう一つ、未開拓地域の出来事には極力介入しない事、道行く先の行き倒れを助けるくらいなら構わないが、向こうには向こうの文化があり、生活があると言うことを忘れないで欲しい。俺たちにとっての当たり前は、他所では当たり前では無いんだ」
「はい、気をつけます」
アジルは満足そうに大きく頷いて見せる、カイトには特に心配はしていない様子であった、問題は…。
「マール、俺はお前の方が遥かに心配だ、お前は感情で動くからな。お前がやったらカイト君も付き合ってしまうのは目に見えてる」
確かに、マールは目の前で困っている人がいれば、その全てを救おうとする悪い癖がある。
「わ、わかってるよ…!」
マールはムキになって言葉を返した。
「さて、残りのメンバー選びはカイト君達に任せるとして…」
アジルは立ち上がると、スツールの上の湾曲刀を掴んだ。マールもニッコリ笑うと背中のツヴァイハンダーを鞘の横に突き出す様に振り抜くと、その刀身が顕になる。
「…な、なんだよ?その剣…」
大剣にしては細長く、刀身にも持ち手が取り付けられている。
「へへーん、いーでしょー?」
昨日はブサイクと言っていた気がするが、マールは自慢げにその黒い刀身を見せつけた。
「くっそー!かっこいい!羨ましい!!後で教えろよ!!」
そして、二人は嬉々として打ち合った。勇者として覚醒したマールは相当な実力者だが、アジルの剣技も負けてはいない…暫く二人はじゃれあいの様な打ち合った後、本息の激しい撃ち合いが始まりそして今回は引き分けに終わる。
謁見が終わり、腹が空いたとグズリ出したマールを連れ、外で待っていたクウとシイロも誘い、未開拓地域の依頼の件を二人に話ながらも、鉄の国内にある飲食店に入り席に付く。
「しかし、私とマールは決まりとして、後のメンバーはどうしましょうか?」
席に着くなり、迎えの席に座るマールに問いかけた。
「そうだねぇ…あ!ここからここまで全部下さい、それと魔ガエルの丸焼き!」
マールの適当な注目に、注目をとりにきた女性が目を点にしてから品書を手に厨房へ走って行った。
「いつの間に字を覚えたんですか?」
カイトの問いかけにマールはきょとんとする?
「え?字なんて分からないよ?適当に頼めば良いかなって、魔ガエルの丸焼きは鉄の国の名物なんだってさ、昨日にいちゃんから聞いた。で?ハイデはどう?」
ハイデの回復術や意思や視覚を共有出来る魔術は間違いなく反則の類である。彼女が仲間になるのならば心強いのは間違いない。しかし…
「彼女はゼノリコ様に子供が産まれるまでは動けないでしょうね」
義理と人情に生きる彼女は、親友のゼオラが復帰するまでは動かないと決めていた。
「そうなると、ギムルでしょうか?回復や解毒が使える回復術師は遠征においては不可欠かと」
クウは冷静に告げつつ懐からメモを取り出し、木炭で字を書き始める。彼は留守の間に語学の勉強に精を出して居るらしく、頬に刻まれた奴隷の証である刺青以外には、もう奴隷時代の面影は無い。クウの提案にマールも頷く。
「賛成!でも、個人的にはあと二人はほしいかな?まずは僕ができないことが出来る人、後、カイトは遭遇戦ではほぼ役に立たない。いざという時にカイトを抱えて逃げれるうえに、僕と一緒に前を張れる人」
グサグサとカイトを刺して来てカイトは苦笑する。
「そうなると、一人はシイロですね。弓矢による遠隔と、広い視野による偵察面に優れ、ご飯も作れます」
「え?!…わ、わたしですか?」
シイロは自分の名前が上がるとは思わなかった様で驚いている。そこで従業員の女性が様々な料理をトレーに乗せてやってきて、立ち上がったクウが彼女を手伝い、次々と料理をテーブルに乗せて行く。
「食事は士気の根幹ってカイト毎回言うもんねー、僕も賛成!向こうでまともなご飯がない可能性もあるし」
マールも肯定し、シイロは少し赤くなりながら頷いた。
「なんだかそうお二方に褒められると照れますね…はい、がんばります!」
シイロは高らかに宣言すると立ち上がり、料理を小分けにし始め、マールはマールで大きな魔ガエルと呼ばれる人の頭位の大きさをもつ巨大な化けガエルの丸焼きに齧り付く。
「ムグ、最後は…やっぱガルーダかな?」
おにぎりでも齧るかの様に、マールは魔ガエルの嘴を骨も構わず齧り取り咀嚼しながら聞いてくる。
「マール、飲み込んでからしゃべりなさい」
カイトはやんわり注意するが、マールは気にせずガリガリ魔ガエルを齧っている。
ガルーダの実力は申し分ない、カイトのクラン内でもNo.2の戦闘力があり、冒険者としての実績をコツコツと積み上げているため、今やE級とマールより高い位置にいる。彼女ならば、いざという時にカイトを抱えて逃げることも可能ではある。しかし…
「ガルーダさんは、実力は申し分ありませんが、熱くなると周りが見えなくなるきらいが有ります。遭遇戦になり余裕がなくなった時、冷静な判断ができなくなる危険性が有ります。今回の依頼には不向きかと」
カイトの言葉にマールは確かにと理解を示す。
「私はクウを連れて行きたいですね」
カイトはクウに目を向ける、クウは無表情で固まっていた。おそらく喜んでは居るのだろう。
「クウは密偵の神託を持ち、偵察と情報収集能力に長けています。マール程の突出した戦闘力は有りませんがある程度の近接戦闘も可能で、遠隔も持ち合わせてバランスがいい。それにいざとなれば私を抱えて逃げることも可能です」
カイトを抱えて逃げることは、正直クランメンバーなら誰でも出来そうではあるのだが。カイトが重視しているのは情報で優位に立てるであろう偵察力である。突出した戦闘力はマールだけでも十分事足りる為、足りない部分は情報で優位に立つことで補おうと考えれば、そうなる。
「あー確かに!クウのフォロー、すっごく上手いもんねー」
「……」
マールに褒められ、クウは肉を挟んだパンの様なものを手にしながら赤くなり目を閉じている。
「でも、二人を連れて行っちゃうのは平気?シイロとクウはどっちかいないとクランハウスが…」
カイトのクランハウスはハウスホストであるシイロとクウにより成り立っており、普段の依頼の際はどちらかが残る様にしていた。
「今はシホさんとトモヤさんがいるので…彼らに任せれば大丈夫ではないでしょうか?」
あ、そっかとマールは頷く。転生者の二人は結果としてカイトのクランハウスで預かる事になった。二人は非戦闘員でもあることからクランハウスの凡ゆる雑務もこなしてくれている。
「シホを冒険者にしようとして、ギムルが熱心に説得していましたね」
クウの報告にカイトは苦笑した。
「トモヤも信頼出来ますよ、彼の作る不思議な料理はメンバーのみなさんにも評判です」
おそらく現代の料理だろう、メンバーの舌が肥えすぎて戦地での食事が士気に繋がらなくなるのは避けたいところではあるが…。
「おっけー!ならメンバーは、ギムルとシイロとクウで決まり!」
マールはそう叫ぶと、最早脚だけになった魔ガエルを口に放り込んだ。そこに…
「待て!!待ってくれ!!」
唐突に飲食店に響き渡る大声、全員が目を向ければ其処には赤い髪を炎の様に逆立て、紅白のおめでたい礼服に身を包んだ青年が派手に息を切らせながら立っていた、勢いよくやってきた為か、飲食店の扉が壊れてぶら下がっている。
「私も!私も一緒に連れて行って欲しい!」
ヒューゴは声を高らかに吠えた。
「……なんの話でしょう?」
カイトはすっとぼけた様子でヒューゴに問いかけた。
「とぼけるな!城の文官から聞いた、未開拓地域の調査依頼を受けたんだろう?」
情報が漏れていたのか…秘匿をしていたわけではない情報ではあるので、聞かれれば答える程度のものなので、仕方がないものではある。
「であるなら、私も一緒に連れて行って欲しい!」
「お断りします」
カイトはキッパリと告げた。彼を見に来ていた冒険者達が驚きの声をあげる。
「な…なに?」
ヒューゴも断られるとは思わなかったのか、驚愕を表情で示している。A級冒険者の実力は、まごうこと無く本物である。本来ならば断る事は絶対ないであろう。だがカイトは違う、何故ならば…
「私のクランは群で戦います。だから、群で戦えない人間はわたしのクランは必要としません」
「む…群?」
ヒューゴはカイトの言葉が理解できない様だった、マールは嫌そうな顔をしてオドオドとしていた。
「大丈夫ですマール、わたしは昨日の事で彼を責めたりはしません」
「…ホント?」
マールは不安そうな顔をしたのでカイトは笑顔を見せる。
「なら、うん…」
マールはそう言って安心したように目の前の鳥の丸焼きに手をつける。
「それで、貴方をパーティーに加えない理由が知りたいのですか?」
カイトはステーキの肉を切り分けながらもヒューゴに目を向ける。
「…ああ」
ヒューゴが頷くのを見ると、カイトは手にしたナイフとフォークを更に置き、口を拭う。
「単純な話、貴方はこの依頼を遂行する人員には適さないと判断しているからです」
「君、昨日、僕の指示を聞かなかったもんねっ」
マールはそう呟きながら身を乗り出し、カイトが切った分厚いステーキ肉にフォークを突き刺して略奪すると一口で頬張った。
「そ、それは…」
「わたしが重要視しているのは、指示をしっかり聞く事が出来るのか否かです。戦場では少しの判断ミスが命に直結します、群で戦う私達は群全体の命になってしまうのです。普段の戦場ならば穴埋めはできるでしょうが、今回の様な調査の場合はそれも難しいと私は考えています。負担は少ない方がいいですから」
カイトの言葉にヒューゴは明らかに落ち込み、マールの方を見る。
「うーん、僕は別にいいけどね?ボクにカイト、ギムルにクウにシイロで5人、そこにヒューゴで6人ならまだ許容範囲じゃないかな?」
マールは指で人数を数えながらカイトに聞く。
「……ふむ」
そんなマールの指摘にカイトは不安そうな顔をするが暫く考えてから大きな溜め息を吐く。
「まあ、マールがそれで良いならいいでしょう」
「い…いいのかい?」
「ただし!」
ヒューゴは動揺を表情に表したがすぐにカイトが釘を刺す。
「わたしは貴方を群れのメンバーとして認めてはいません。貴方が再び身勝手な行動をしたのなら、私は容赦なく見捨てますので、そのつもりでいてください」
「カイト…そんな言い方…」
「私の大事な勇者が、彼の判断ミスのせいで四肢を失って血の海に沈んでいたのですよ?私はあんなもの、何度も見たくはないのですよ」
マールもカイトに睨まれるとギョッしてしまう。
「私の世界にはこの世界のような回復も蘇生も無いのです。手足を失えば生えてこないし、死んだら終わりなんです。いくら回復が出来るからと言って、そんな状態の君を見せられて気分がいいわけないじゃないですか…」
そこまで言われて、マールは口籠る。
「あ…う、その…それは…ごめん」
何故か謝っていた。カイトは再びヒューゴへと顔を戻した。
「私が言いたい事は終わりです」
カイトがそう締めくくると、再びナイフとフォークを手に取り食事に戻るが、そこに先程切り分けたステーキは無い、シイロが横から大きな鳥の足肉を更に装ってくれた。
「だってさ、良かったじゃんヒューゴ」
「ああ…今度は失望させたりしない、絶対に」
ヒューゴは今一度深々と頭を下げると飲食店から出て行った。
「…料理が冷めちゃいましたね」
カイトは困り顔で、マールが食べなかった野菜の山とシイロがとっておいてくれた肉を処理した。
「では、二人は準備とクランメンバー全体に情報を伝えてください」
「はい!」「分かりました!」
シイロとクウは同時に散り散りに走っていき、マールとカイトだけが残る。
「この後どうします?」
「うーん、お腹いっぱい食べたし…ちょっと動こうかな?この子をもう少し使い込みたいし」
そう言って背中のツヴァイハンダーの持ち手を握る。寝起きであれだけアジルと打ち合っていたのにも関わらず…
「この子、かなり重たいの。ボクでも重く感じるの」
「ビルドさんでも一人では持ち上がらないって言ってましたからね」
弟子達に抱えられてやっとの重さだった事は彼のためにも伏せておく。
「爺様でも持ち上がらないんだ…いよし、カイト!付き合って?」
マールはそう言って手を差し出し、カイトはその手を取るとマールは強く握りしめてから風の様に駆け出した。行き着く先は鉄の国全体が見渡せる高台、そこには大きな石碑がある。石碑には我が友ドラドがここに眠るとある。先の侵略により命を落としたドラド王を裏切った臣下共々火葬した場所である。
「よーし!!やるぞー!」
マールは背中の鞘からツヴァイハンダーを抜き、ゆっくりとした素振りを始める。下手な剣では一瞬すらブレる事のないマールの握力ですら僅かに震えている様に見える。
「うん、少し震えている様に見えますね」
「まだまだ鍛えが足りないなぁ…」
マールはカイトの指摘に頷くと、ゆっくりとした素振りを何度も繰り返した。マールの素振りは夕暮れまで続いた、時間にしては1、2時間と言ったところだろうか?カイトはマールの素振りを見つめていると、急な眠気に襲われ、ドラド王の石碑を背もたれに寄りかかる様にして意識を失った。
「カイト!タオルを…あれ?」
汗に濡れたマールは、石碑の前に置かれたタオルを取ってもらおうと考えたが、見ればカイトは石碑の前で横になり、小さな寝息を立てている。マールはしゃがみ込み、カイトの頬をツンツンと突いた。
「寝てる…」
マールは悪戯心をくすぐられるが、その安らかな寝顔を見ていると…何処か、不思議な感触に襲われた。
「か…風邪引いたかな…」
マールはそういいながら、タオルを拾い上げると額の汗を拭い、そして素振りへと戻った。
暫くして、カイトが目を覚ますと空は既に暗かった。
「あれ…いつのまに寝て…」
それに、後頭部の柔らかい感触は?その正体は直ぐにわかった。
「カイト、足が痺れて来ちゃったからそろそろ起きて欲しいんだけど?」
マールの顔が視界の端から現れる。
「!?す、すみません」
マールが膝枕をしていてくれたようだった、カイトが飛び起きると、マールは控えめに笑っている。どこと無くいつものマールと雰囲気が違う様な…そんな気がした。
「いいよ、ボクも楽しかったし。カイトもそんな事あるんだね?」
「そ、それはわたしも人間ですからね!ありますよ!」
気恥ずかしくなったカイトは顔を赤く染めながらも姿勢を整えて隣に座る。夜の闇に染まった高台の寂れた公園には相変わらず人はなく、聞いていたドラドのイメージとは違う静けさがあった。
「カイト前にさあ、ボクみたいな子を好きになったら犯罪って言ってたじゃん」
唐突に何を言い出すんだろう、カイトはそう思いながらも頷く。
「ええ、犯罪ですね」
「ボクがカイトを好きになったら…どうなの?…」
……一瞬、彼女が何を言っているのか理解出来なかった、しかし次第に気恥ずかしさが優ってくるのがわかる。
「…は、はは!どうなるんでしょうね!!私は…だ、誰かに好かれる経験は…ないので」
「ふうん…?」
どぎまぎするカイトとは逆に、マールはそっけない。
「ねえカイト!ボクとケッコンしてみる?」
心臓が止まりかけ、激しく殴られた様な感覚に直ぐに気を取り戻す。
「…マール、あなたその言葉の意味、わかってます?」
「全然ッ!」
彼女はにこやかに笑った。そうだろうとカイトも胸を撫で下ろす。
「そもそも、いきなり結婚なんてだめです。そう言うのはちゃんと恋人としてお付き合いをしてしっかりお互いの気持ちを理解した上で」
「ふーん、じゃ、恋人からだねー」
冗談?からかっているのだろうか?そう考えたがマールも少し赤くなっていることに気がついた。
「そうですね…では、恋人から」
「で、恋人って何するの?」
その言葉にカイトは大きくこけるが、同時に安堵した。
「何をするんでしょうね、ははは、私にもさっぱりですよ」
そんなふうに誤魔化し笑うカイトに、マールは可愛らしく小首を傾げていた。
「まあいいや、カイト!ボクお腹すいた!」
「え?お昼にあんなに食べたのに!?」
「あんなの食べたに入らないよ!ほら行こう!」
マールはそう言うと立ち上がり、剣を鞘に納めて襷掛けするとカイトの手を掴んで引き起こし。再び風の様に走っていった。
次回から新章となります。




