1の3 奇策
今回はちょっと話多めです。
最前線、亜人達の侵攻を防ぐべく古代の人々が長い年月をかけて建築された高さ20mの巨大な城壁は人種領と外部に蓋をする様に設けられていた。その城壁の入り口は、遥か彼方まで永遠と続く人の列が出来ている。二日前、ベルラートよりもたらされたエルフ発起の書状により、エルフの森の直ぐそばへ建設された街。パラソーからの避難民が列を成している。
「皆、まだ時間はある!ゆっくりと歩いていけ!!」
パラソーの城外、どこまでも続く民の列を見送りながら、紅白のめでたそうな礼服に肉厚な長剣を携えた青年、鉄の国が誇るA級冒険者で切断侯の二つなを持つヒューゴは厳しい面持ちをしている。
「ヒューゴ!」
そこへ、重装備の騎士甲冑が走って来た。顔の見えない黄金色の光沢を放つ上下を身に付けている。同じくこのA級の冒険者、塔の異名をもつディートリヒは、ヒューゴのそばへ行くとフルフェイスを上にずりあげ顔を晒す。
「レイからだ、井戸や食糧庫に毒をなげ。街に火を放てってさ」
「…ほ、本当にやるのか?」
ヒューゴの言葉に、ディートリヒも渋い顔をする。
「ああ、カイト…我が国の指揮者様の指示だそうだぞ?焦土作戦というものらしい」
「だ…だが、井戸に毒を投げ入れるだなんて…」
井戸に毒を投げれば、水源は汚染され。向こう10年は使えなくなってしまう事だろう。それは、民達に歴史を捨てさせる事なのだ。
「俺も気持ちは同じだ、だが、書状には情け無用とあった…唯一の救いはパラソーの民達が鉄の国へ戻る事に好意的だってところか?」
パラソーの民達の決断は早かった。彼らはもとより鉄の国から見捨てられた民達である、そのため、数百年振りの故郷への帰還で、足取りは軽くなっていた。
「鉄の掟だ、鉄の王は鉄の子達を決して見捨てない、彼らの事も。全て受け入れるだろう」
ヒューゴはそう告げながら、どこまでも続くパラソーの民達を見つめていた。
「エルフだ!!」
唐突、偵察に出ていた冒険者が叫ぶ。ヒューゴは素早く森側へ目を向けると、多くの人影が森の中から現れ、素早く展開すると、手にした弓矢を身構えた。
「奇襲だと!?」
デュートリヒ、ヒューゴは弾ける様に展開する。しかし、素早く展開したエルフ達は即座に横から飛び込んできた少数部隊が襲い掛かった。
「突貫!!」
襲い掛かったのは、花の国より預けられたカラフルな武士甲冑の集団である。騎馬に跨りながら弓矢を構え、次々と矢を撃ちながら真っ直ぐに突っ込んでいく。飛び交う弓矢は次々とエルフの奇襲部隊を射抜き打ち倒して行く。当然、エルフ達も即座に反撃しようと弓矢をそちらに向けるが遅すぎる。完全な脇腹から殴り込まれた状態なので、方向転換は容易ではない。その隙にも飛んでくる弓矢に撃ち倒されて行くエルフ達。戦場を知らないエルフ達の間に動揺が走る、そんな中で目の前の障害を払おうとエルフ達は考えた。しかし
「良いぞ!敵は乱れている!今なら首は取り放題だ!!」
唐突、降り注いできた何かが数人のエルフを踏み潰しながら着地し。手にした粗悪な安い槍を巧みに使って周りに散るエルフの胸を貫いては倒して行く。
ただの槍の一撃は鋭く、貫かれたエルフは死んだ事にすら気がつけない顔のまま地面に倒れた。
降り注いだそれは、痩せ型の長身にメガネの男、最速のレイは、長い白髪揺らしながら優しげな顔のまま修羅の如く襲いかかる。
「!!!」
「!?!?」
唐突な脅威と遭遇し、圧倒的な力を前にしたエルフ達は動揺に叫び散らし、逃げ出し始めるが彼はただの1人すら逃しはしない。背を向けたエルフを背後から容赦なく貫いては捨てて行く。
後を追う様に武器を槍に切り替えた武士の少年たちがレイの脇を通り抜け、逃走するエルフ達の背を次々打っていった。
「レイか、助かったぜ」
デュートリヒに声をかけられ、追撃に出ようとしていたレイは足を止める。
「デュートリヒ、行動が遅いぞ」
レイはデュートリヒを叱りつけた。
「このタイミングでの奇襲は想定してなかった、仮にも数年前まで貿易してた友好的な国の人間を攻撃するだなんて…」
「それが、エルフという者達なのだろう。」
レイの言葉に、倒され死亡したエルフの兵士達に目を向けるデュートリヒ。
「冒険者が居ねえ…」
デュートリヒの言葉にレイは目を見開き、倒して来たエルフ達の亡骸に目を向ける。
「……関係ない、今は指揮者殿の指示を全うするのみだ」
そこで、武士衆の少年たちの騎馬が戻って来ると、馬から飛び降りてやって来る、各々年若い少年達ではあるが、その両手には切り取ったエルフ達の首をしこたま抱えている。
「師匠!倒した強者の首をとってまいりました!」
「拙者も負けておりません!師匠!」
花の国の武士は討ち倒した敵の首を身印として持ち帰ると褒美が貰える文化がある、その為。彼らも取ったエルフ達の首をしこたま持って来たのだろう。
「良くやった、我が弟子達!敵はまだまだ来るだろう、皆!明日からはより激戦になる!死体を焼き払い次第、解散!その後は自由時間とする!しっかりと休んでおけ!」
「はい!!」
武士衆の少年たちは地面に転がるエルフの亡骸達を一箇所に集めると油の入った瓢箪から油をしっかりと亡骸達にかけ、火をつけた。
肉の燃える臭いが立ち込め、大きな火柱が煙と共に上がる。
「なんでエルフ達を焼いた?」
「これもカイト殿の指示だ、エルフに勝利したら必ず焼き払え…と。疫病が蔓延を防ぐため、危険な魔獣が人肉を食べて凶暴化する危険を防ぐため、そしてエルフ共に警告を与える為だと書いてあった」
そこで、パラソーの街から大きな火の手が上がる。そしてパラソーより最後の住民達が出て来る。
「…レイはカイト殿が正しいと思っているのですか?」
ヒューゴが騎馬を操り側へやってきた。
「さてね、私には指揮者様が何を考えているのかはわからないよ…」
レイはヒューゴの後ろに跨ると、立ち昇る炎を見ながらつぶやいた。
「……ヒューゴ、軽口はそこまでだ。早く城壁へ戻ろう」
レイは周囲の魔術師達に指示を出すと、魔術師達は燃えるエルフ達の亡骸に何やら呪文を掛けてから、足早にその場を後にした。
暫く後、もぬけの殻となったパラソーに、エルフの大部隊が到着する。
「隊長!…パラソーの奴らは街を放棄した様です!」
「そうか、ならばこの土地は我々エルフがありがたく頂くとしようか。幸い全て燃えている訳でもないからな…調理場や食糧などは焼かずに手付かずで残っている…グヒヒ、酒も残っているではないか」
エルフの隊長らしき男は酒場らしき建物を蹴り壊し、中に手付かずで貯蔵されていた酒を手に取ると、それを思い切り煽る。
「酒は沢山ある、部下達にも振る舞ってやれ!バカな人間共を相手に打って出た我々の!最初の勝利の美酒である!!今日は宴だ!」
酔った勢いで隊長は声高に叫んだ、それが、彼らにとって最初で最期の飲酒になるとも知らずに。
「そういや、ヒューゴ、食糧には毒を盛ったと言ってたが…」
帰り道、最後列を歩くデュートリヒが隣のヒューゴに問いかけた。
「ああ、パラソーにはもとよりそこまでの食糧は残ってはいなかったので、なので酒を持ち込んだ。」
「あの大量の酒か?王族の嗜好品だから触れるなって描かれてたよな?」
デュートリヒの問いかけにヒューゴは頷く。
「勿体ねえ、一本くらいくすねておくべきだったぜ…」
「くすねなくて正解だぞ、デュートリヒ」
ヒューゴの後ろで揺られながらレイが呟く。
「じゃあ、あれが毒か」
デュートリヒの問いかけに、レイとヒューゴは頷く。
「ああ、砂の国バゼラードで精製された特別な毒酒だ…製造方法は明かされていないが、一口飲めばたちまち血を吹き、眠る様に息を引き取るのだという」
「…………」
デュートリヒは絶句して言葉を失っていた。
「それもカイト殿、指揮者様の指示だ…パラソーを拠点化しようとするエルフの主力部隊を一息に始末できるチャンスだと書いてあったな…そして」
遥か遠く、パラソーのあったあたりで巨大な魔力爆発が巻き起こる。その衝撃波はこちらまで届き、民達の悲鳴が上がる。
「な、なんだ!?」
デュートリヒは反応して声を荒げる。
「かかったようだな」
レイは涼しい顔で告げた、その前で馬をかるヒューゴも頷く。
「わたしは、カイト殿が敵じゃなくて、本当に良かったと本気で思っています」
「な…何をしたんだ?」
デュートリヒは驚き顔で聞く。
「エルフの死体に触れたら爆発する爆発魔法を掛けさせた、触れた瞬間。C級以上の魔術師達が散々重ねて掛けたエクスプロージョンが炸裂する仕組みになっている」
「わざわざ死体を焼いてたのって…」
「ああ、奴らの感情を逆撫でするのが目的らしい」
「……たく、どっちが魔王だよ」
デュートリヒはそう吐き捨て、目前に聳える城壁へ向かった。
場所は変わり、魔術学園の朝…
「カイト、起きたの?」
予定の起床時間より早く、マールは目を覚まして昨晩始末して氷に晒していた夢魔を窓際に干していた。
「それ、本当に食べるの?」
「へ?そうだけど…」
マールは歓喜の為に窓を開け放つと、そこから白い鳥が入って来る。
「カイト、なんか来たよ?」
マールは鳥から手紙を受け取ると、寝ぼけ眼なカイトに手紙を差し出し、カイトは手紙を開く。
「……ふむふむ…成る程」
「最前線の戦況報告?」
マールは手慣れた様子で水球をつくり、お湯になるなりカイトの手荷物から乾燥されたお茶パックを水球に放り込むと、水球は紅色に染まっていく。
「カイト飲む?」
「はい、いただきます」
マールは水球を二つにすると、2人のカップに球を放り込み、片方をカイトに渡す。
「水の魔術にはだいぶ慣れましたね?昨日見たばかりだというのに…」
「なんか、コツがわかったら楽しくてさ!基礎魔術、もっと覚えたい!」
マールは実に意欲的にいうと、カイトはカップを手にしてマールのお茶を口に含んだ。
「うまい…」
紅茶のいい香りが鼻を抜け、ちょうどいい暖かさがとても落ち着く。
「ほんと!?良かった」
マールは嬉しそうに自分のカップを両手に取った。カイトはじっくりと最前線からの報告を読む。
「エルフたちは先見部隊を出してパラソーを狙った様子ですね、レイと武士衆の皆さんが殲滅しだことで、パラソーの民は無事、予定通りパラソーの放棄は完了したようです」
「師匠達のことはいつもどおりだからいいけど、どうしてカイトはパラソーを放棄したの?」
マールの疑問に、カイトは新たな指示書を拵えながら答える。
「パラソーの民達は元々鉄の国の人間です、ならば、エルフ達はその事実を最大限利用しようとするでしょう、残った民達が人質に取られる事がわかっているなら、前もって動くのは当然です」
「それで焦って先見部隊を送って来たの?」
「それは分かりません、敵はもともと襲撃の予定を立てていたのかもしれませんし、マールのいう通りかもしれない」
カイトは最後に親指を小さく切ると、溢れた血を紙に付けて封をする。
「…ねえカイト、魔王と協力できたりしないかな?」
マールはそういいながらカイトの手を取ると、親指の傷をたちどころに癒してしまう。
「難しいでしょうね、魔王は人類の敵であることは変わりません」
「そっか…そうだよね」
マールは少し残念そうにする。
「ですが、敵の敵は味方というのは、割といい発想ですね。それは案として戴いておきます」
カイトはそう言いながら、良からぬ考えが思いついたようで、不気味な笑みを浮かべていた。それは、マールとしても背筋が凍るほどの威圧感があった。
魔術学園の朝食は、寮内に運ばれて来るものを食べるというものだった。献立は夜の豪華さとは真逆で、雑穀により焼かれたパンと、それを柔らかくして食べる用のスープだけの、とても質素なものだった。
「朝、コレだけ?…」
マールは物足りなさそうにしている。
「私のも食べていいですよ」
カイトは迷わずパンを差し出すと、マールは受け取ったパンを指の力で簡単に二つに裂いた。
「半分もらうねっ」
「しかし、毎朝コレではいくら夜が豪勢な食事でもバランスが悪いですね」
カイトは半分のパンを自分のスープに落としながら手の中から5枚の金貨を産み落とした。
「久しぶりに見た…カイトのギフト」
「態々見せる必要も無いですからね、それに3枚は王様に渡す約束となっていますので」
カイトは3枚の金貨を机に置くと、窓から入って来たハイデの白い鳥が、金貨3枚を取って外に出て行く。
「まあ、今は二枚もあれば良いでしょう。学園内に売店のようなものがあれば良いですけどね」
「僕はお肉が食べたいです」
「ふふ、わかっていますとも」
それから2人は手早く食事を済ませると制服へと着替えると、朝の授業の為指定された講義室へと赴く。やはり勇者の神託を持つもののネームバリューは凄まじいものがあり、マールは行く先々で道行く学生達の好奇な視線に晒される事となる。
「来たよ、昨日の勇者の子」
「本当だ…」
マールは特に気にせず歩いて講義室の扉を開いた。講義室にはすでにへヴァンが1人待っていた。
「おはよう諸君、おはよう!」
へヴァンは和かに生徒達を迎え入れる、今日は実技基礎ということもあって、講義室には机や椅子などは見当たらず。どこまでも続く広い室内になっている。
「それでは、生徒も集まったようなので授業を始めよう、本日は実技基礎を学んでもらう」
魔術師の学生達は小型の小さな杖を取り出したり、思い思いの上をでにする。
「カイトどうしよう、僕杖がないや」
「マールはそれでいいんじゃない?」
カイトは腰の刺突剣を指差した。
「私の世界の魔術師には剣から魔法を出す人もいましたよ?」
まあ、アニメの中の架空の存在ではあるが。
「剣は触媒には適さないな、魔術を通すなら金属よりは木が最適だ。1000年前の勇者パーティにいた魔術師、魔手の異名を持つオーレウスは、脆弱な自らの魔術帯を触媒を通すことで鍛え上げたと言われている、唯一生き延びた彼は、晩年、そこらに落ちている枝ですら、最高の触媒として魔術を行使したとされている」
へヴァンはそう演説しながら、マールのそばへやってくる。
「なければ無いで構わないが…それでは格好が付かないだろう、それを使ってみてはどうかな?」
へヴァンはマールに見えるように自らの右腕を握る。おそらく、マールの右腕に巻かれた腕輪(勇者の剣)を示しているのだろう。
「すみません、マールはまだ自分の意志で勇者の剣を使えないんです」
「ほう…それは残念だな」
へヴァンは本当に残念そうに呟くと、腰から引き抜いた小さなステッキをマールに手渡す。
「今日はそれを使うがいい、わたしの予備だ」
「あ、ありがとうございます!」
マールは頭を下げ、ステッキを受け取ると本日の課題である実技の基礎の授業が始まった。
「本日、諸君等に覚えてもらうのは初歩の初歩である 無詠唱の魔術だ。火属性のヒートショック、水属性のバブルショット、次に土属性のクエイク、最後に風属性のスパークウェブだ」
以前、パーティを共にした魔術師、ヘリオンも使っていた亜人には弾かれてしまう初級の魔術だ。無詠唱で連発ができる為、魔術師はコレ等を用いて接近戦を行う。
「先生、その魔術は亜人には通用しないのではないですか?」
生徒の1人が意見する、へヴァンはそちらへ振り返る。
「その通り、亜人は魔術に対する抵抗力を持っている、故に今、諸君等に伝えた初級の無詠唱魔術は一見無意味…と思われているのは実に一般的だ」
へヴァンはカイトに目を向ける。
「指揮者殿もそうお考えですかな?」
へヴァンはカイトを試すつもりだろう、カイトは特に気にせず腕を組む。
「状況にもよりますね。環境の変化を促せる無詠唱魔術は、攻撃力は皆無でも、戦術的な価値は充分かと」
特に火を扱えるヒートショックと泡を扱えるバブルショットは普段使いに丁度いいな。等とカイトは考えていた。へヴァンは、満足そうに頷く。
「成る程、良い答えだな。カイトの言った通りだ、魔術を威力だけで判断する連中は多い。今、最前線にいる魔術師達も事実そう思われている事だろう!」
へヴァンはそう声高に述べながら固く握り拳を作った。
「実に嘆かわしい!やれファイアボルトだ、やれエクスプロージョンだ…最前線で求められる魔術といえば大体この二つだろう」
「確かに、最前線ではもっぱらファイアボルトとエクスプロージョンの二つだけが重要視されてたな。集団をまとめて蹴散らせるし、ファイアボルトの撒き散らす炎は敵の足を止める効果があった」
この中で最前線の戦いを知るのはマールだけだろう、マールの意見にへヴァンは頷く。
「魔術師を次のステップに進める為、諸君達はコレよりみっちりと初級無詠唱魔術を練習してもらう、それでは解散!」
へヴァンの一言で生徒達は散り散りになる。
「カイト、初級呪文で有効に扱えそうなものあった?」
マールの問いかけに、カイトは地べたでノートを記録しながら腕を組む。
「ヒートショックは野営の時に便利そうですね、火おこしに体力を使わなくて良いし、湿った地域での野営で火を起こすのに便利です」
「えーなにそれ、かっこ悪っ…」
マールはジト目でカイトの意見を否定した。
「実用とはそういうものです。格好の良さなど何の役にも立ちません。冗談ではなく、最前線の密偵や騎兵、スカウト達にヒートショックを覚えさせる事はかなり重要な一手になりそうです」
カイトは真面目な顔で告げると、マールはカイトの前に座り込む。
「ほう?そのこころは?」
「伝令です、1番簡単で、1番原始的な方法が狼煙をあげること、ヒートショックがあれば、火おこしにかかる時間が少なく済みます…コレを行う事で偵察部隊の生存率は格段に上がる事でしょう」
マールは腕を組み、首を傾げやがる。なぜ今のでわからないのか。
「利点はそれだけではありません、火計を用いる実行部隊が、態々火を持ち込む必要も無くなる。持ち込む資材が少なくなる事は、兵の機動力に影響を与えます」
そしてカイトは、物憂げな顔になりながら静かに告げた。
「コレからの最前線には、重要視される技能になるでしょうね」
「…カイト」
マールに名を呼ばれ、カイトは気がつく。気がつけば他の生徒たちが周りに集まってカイトの話を聞いていた。へヴァンでさえも、カイトに関心を示している。
「まさか、ヒートショック一つでそれほど語る学生がいようとはな。貴様、なぜ精通しとらんのだ?」
へヴァンは実に残念そうに嘆いた、そう言われましても…。
「でも、やっぱり火属性の魔術って強いんだね。カイトが着眼したのはヒートショックでしょ?」
「人類は火と共に生きて来ましたからね、しかしわたしは別にヒートショックだけを優れているとは言っていませんよ?」
カイトはそう言いながらノートを広げる。
「私は、バブルショットにもそれなりに価値を見出しています」
「泡の魔術だっけ」
マールは早速手にしたステッキからバブルショットを飛ばす。マールの手から放たれた泡は空気中に漂い始める。
「そうです、コレは裏を返せば視界の阻害と、移動阻害が同時に行えるんです。簡易的な障壁といってもいい」
「壁…?」
マールは首を傾げ、他の生徒たちもカイトの言葉の意味がわからない様子だった。
「はい、コレを魔術師全員が横並びになって全員が発射したらどうなります?」
「辺り一面泡だらけ?」
「そう、当たれば死にはしなくても怪我をする魔力の壁です。マール、当たれば痛いとわかる場所に飛び込みたいですか?」
カイトに聞かれると、マールは腕を組む。
「大事な場面なら飛び込むと思うけど…出来れば行きたくはないよね、うざったくは思うかなあ」
「そうなりますよね?つまりは侵攻を阻害することができるんですよ。戦闘とは勢いです、勢いを封じられ足を止めた軍など、脅威にはなりません。」
「なんかカイトの作戦ってさ、ゴブリンとかホモセクトみたいだね…」
マールはそう呟いた。
「小賢しいって言うか、僕達みたいな冒険者を必要としない…効率的な戦い方って言うのかな?群れでの戦いってそんなものなのかな?」
「はは、それはよい褒め言葉ですね…」
「褒めてないけど!?」
マールは喜ぶカイトに軽くツッコミを入れた。
「しかし、ゴブリンやホモセクトですか……ホモセクト?」
カイトはそこで動きを止め、目を見開きフリーズする。
「な、なに?傷ついちゃった?」
心配するマールをよそにカイトは弾けるようにマールの肩を掴んだ。
「マール!!君は天才だよ!!ありがとう!!大好きだ!!!」
カイトは大声で告白を叫ぶと、マールは一気に真っ赤になる。
「な!みんなに見られている前で何をいうのかな!君は!!」
恥じらいから叫ぶが、カイトは気にせずにポーチから亜人図鑑を取り出して広げる。
「お、おいカイト君?」
カイトの豹変に見るに徹していたへヴァンも声をかけるが、カイトは無視して図鑑に木炭で次々文字を書き殴る。
「し!黙って下さい、気が散るので」
カイトは唐突に講義室の床に字を書き出した、それは明らかに戦略の根幹となる部分である。
「マール、イザベラを呼んでください。それとハイデさんの鳩を…」
カイトはそんな指示を飛ばしながらも、場所を構わず次々と木炭を使い文字を書き殴る、カイトはポーチから様々な資料を取り出し、授業中にも関わらず周りに図鑑や書類をばら撒いては興奮した面持ちで描き尽くす、靴を脱ぎ捨て、資料を踏みつけても気にせず病的に笑っていた。
「カイト君に何があったんだ?」
「…わからない、こんなカイトは初めて…」
マールはカイトに言われた通りに口笛を高らかに鳴らすと、ハイデの鳥を呼んだ、マールの口笛を聞き、ハイデの使役する白い鳥が教室へ入ってくる。
「カイト!ハイデには何て言うの??」
「これを」
カイトはそう言いながら小さく紙を丸めてマールに手渡した動かす手は止めない。
「諸君はいつまでも見ているでない、初級呪文の自習を始めよ!」
エヴァンが手を叩きながら周囲で動揺していた学生達を速やかに授業へと戻してカイトから隔離すると、自分達の授業を始めた。
しばらくして、カイトの呼びかけでマールに緊急招集されたイザベラがやって来た。
「勇者様!緊急事態とは…」
イザベラは相当急いできたようだった、走りながら叫ぶも近づくにつれて言いかけた言葉を失う、足元でカイトが講義室の床をいっぱいに使い文字や図を書き殴っていたからだ。
「待っていました、イザベラさん。今からアジム王を此処へつれて来てください。」
「ば…ばかか??アジム王は多忙だ、此処へつれて来るだなんて無茶だ!」
イザベラの反論もカイトは特に気にしない様子を見せた、地面を見ながら条件反射で返す。
「誘拐で構いません、早ければ早いだけ、最前線でのこちらの被害を減らせます!!」
王族を誘拐しろ、どこの世界にそんな事を言い出す指揮者がいるのだろうか。
「あははは!カイト、君今凄いこと言ってるよ?やばいって自覚あるの?」
「そんなものは今は関係ありません、マールも暇ならゼノリコ様を誘拐して来てもらえますか?私はこの戦略を構築しておきますので」
ゼノリコさえ誘拐してこいと指揮者はほざき始め、マールはとても楽しそうに腹を抱えて笑った。
「うし、じゃあさっさとやろっか?」
「はあ…勇者様がやるとおっしゃるなら…しかたないですね…」
「何やら大事のようですな…では、私も今回は?特別に付き合おう」
へヴァンも意欲的に参加した。
数時間後。
ゼノリコは謁見の間にて気を許した臣下達と会議の真っ最中だった。
「ゼノリコ様…勇者様にいささか資金を割きすぎでは?」
水の国ベルラートの財政は火の車であった、先の戦争でカイトに全てを任せた代償とはいえペリドゥの要塞化に伴う多額の拠出はやはり無茶があった。
「うーむ、しかし、勇者への出資は必要経費じゃ。そこは惜しまず投資しておかねばならん」
節約家なゼノリコでも、勇者に対する出資は惜しまなかった。
「しかし、それでは…最近は食品の清算は変わりませんが消費が落ち着いてしまっています、鉄の国への無償の食糧支援をやめ、通常の輸出に切り替えるのは如何でしょう?」
「鉄の国は今、国の復興に金を使う時期じゃ、そんな国から金を取れと言うのか?しかもパラソーからの難民を全て引き受けて貰ったばかりじゃぞ??そんな国から食糧支援を取り上げれば、直ぐに干上がってしまう…向こうに派遣した農耕部隊が十分な畑を耕すまで自立どころか収入に期待するのも不可能だろう」
ゼノリコの反論に財務大臣は首を横に振る。
「いくら友好国といえど、そこまで気を使うのは如何なものかと。子供じゃあるまいし、自立していただかない事には我が国の財政が先に干上がります。決断の時です、勇者への投資を辞めるか、鉄の国への支援を辞めるかです」
「ぬううん…」
ゼノリコはうまくいかない財政に腕を組み頭を悩ませる。
「花の国への輸出を検討するのはいかがでしょう?」
マールの活躍で新たに開かれた花の国とのパイプしかしゼノリコは首を横に振る。
「花の国への輸出は実入りが少ない、巨大な海魔が蔓延る長い船旅を抜け、持って行くともなれば護衛だけでもコストが嵩む」
「砂の国との鉄道ビジネスを呑むのは如何ですか?」
大臣の1人が挙手しつつ意見を示すがゼノリコは首を横に振る。
「何度も言わせるな、それはこの世界にはまだ早い。蒸気機関車を走らせたとて、それが戦争に運用されるのは明白、そんなものに加担する気はない」
話はいつまでも平行線である、ゼノリコは臣下達の意見を否定していってしまう。埒が開かない…ゼノリコはそんな会議に退屈していると、唐突に謁見の間から外へ続く扉の前で火花が散り、丸い円が現れる。
「んお?…あれは…」
その円は見覚えがある、魔術師学園の講師のみが利用を許された裏世界から各王国の謁見の間へ直接つながる【通路】と呼ばれる魔術である。
「よっと」
その円の中からマールが出て来た。
「ん!?マール!?お主何しておる?」
マールは紅色の制服を着ている、これはラ・ピュセル指定の制服である。マールはこちらに気づくとにこやかにこちらへやって来た。
「ハイデ、カイトの指示はみた?あと王様借りてくねー」
「はい、どうぞ。指示は受け取りました。既に教会を動かしています」
マールは隣でにこやかにしているハイデに許可を取ると、ゼノリコを軽々掴み頭の上に持ち上げてつれて行く。
「お?お?おい!おーい!マール!!?お主今わしに何しとるかわかっとるか?」
「え?誘拐?」
「わかっとんのかーい!!マール!今なら悪ふざけで許してやるからはよおろせ!」
「ダメ、カイトが誘拐でもいいから連れてこいっていってたから!」
マールは抵抗するゼノリコを頭上に持ち上げながら連れていった。
「さて、ゼノリコがいない間に会議の続きをしちゃいますか?」
ハイデはにこやかに会議を再開した。マールはそのまま魔術により出来た通路を通り講義室へとゼノリコを抱えてやって来た。中には床一面に字を書き殴りながらも背を向け、いまだに何かを考えているカイトの姿があった。
「んで…カイトよ、貴様。かわいいワシのマールに国家転覆罪なる大罪を犯させ…何か申し開きはあるかえ?」
マールにより乱雑に床に座らされ、ゼノリコは悪態をつく、見るからに不機嫌である。
「ありませんよ、そんなもん。もう少しで完成するので少し黙っててください、気が散るので」
普段のカイトとは違う、我此処にあらずという感じでひたすら床一面の字を見つめ、時折何やら書き足していた。
「き!貴様!仮にも王のワシに何っ」
「ごめん王様!」
マールは笑いながらゼノリコに猿轡を噛ませた。そこへ更に通路が開き、大の大人1人を米俵のように抱えたイザベラとエヴァンがやってくる。
「カイト!連れて来たぞ!」
布で簀巻きにされたのは白い肌に金髪、紅色の瞳をした長身の男。砂の国の国王、アジムその人だった。イザベラは抱えて来たアジムをゼノリコの隣におろし、猿轡を剥ぎ取る。
「い、イザベラ…我は悲しい…まさか我が国を代表とするA級冒険者の君が邪の道へ落ちるとは」
アジムは実に深い悲しみを表情で訴える。イザベラは罰が悪そうにアジムの表情から目を逸らした。
「指揮者様が何としてもあなたを此処へ連れて来て欲しいとのことでして、説明している時間もないので誘拐した次第です…どうか、ご容赦を」
イザベラの顔色を伺ったアジムは、隣で怒りの形相で暴れるゼノリコを見、笑顔のマールや、異様な雰囲気のカイト、困惑を浮かべるエヴァンと、周りの面々を順番に見つめると事態の異常さ、そして急を要する事であると言うことを理解した。
「成る程…どうしても我とゼノリコがいなければならないということか…」
アジムは隠し持った短剣で身体をきつく縛りつけた縄を切り裂き、自ら自由になった。
「なっ?」
イザベラは驚愕に顔を染める、アジムはいつでも抜け出す算段があったのだ。そうでありながら敢えてイザベラを泳がせ、動向を伺っていた。
「イザベラ、お前が強行に及んだということが、我にとっては不思議でならなかったわけだが、良い、こういうことならば我はお前達の蛮行を許そう」
アジムは実ににこやかな笑顔で立ち上がるとカイトの側へ歩み寄る。
「凄いな、カイト、これは何だ?」
「しっ!アジム様、もう少しで完成するのでお待ちください」
カイトはそう言ってアジムを静止すると新たに文字を書き殴る。
「ん…んーん」
ゼノリコはその字を見るなりマールに指示を飛ばす。それを見たマールはゼノリコから猿轡をはずした。
「…ぷは、マール、縄を解け。逃げないから」
「王様もアジムにいちゃん見たく武器を隠し持ったら?ダサいよ?」
「わ!わしは平和主義者なのっ!」
ゼノリコはそう怒鳴り散らすが、マールはハイハイといいながら縄を解いた。
「全く…王に立ち話を聞かせるつもりか?椅子を用意せぬか戯け!」
ゼノリコも立ち上がる。と、強気に声を張り上げた。
「それもそうであるか…ふむ」
へヴァンは指を巧みに操ると、周囲の環境に変化が起き、見る見るうちに椅子が構築されると、2人の位置に配置される。
そこで、カイトはすべての構築を終えてこちらへ振り返る。
「…出来たのか?」
ゼノリコはエヴァンの用意した椅子の上に胡座をかいて座る。
「水と砂の国…二国の王の執務を妨害してまで見せたかったものを聞こうでは無いか?その価値が無いと判断された時の処遇はわかっていような?カイト」
アジムはにこやかに告げる、その目は至って真面目だった。
「価値がどうかはわかりません、私は、近く最前線にて行われるエルフとの戦争における此方の被害を最小にする戦略を組み上げたに過ぎませんので」
戦略、アジムは首を傾げるが、ゼノリコは渋い顔をした。
「その戦略の目標地点は?」
ゼノリコの問いかけにカイトは満面の笑みで返す。
「エルフ前線部隊の全滅をお約束しましょう…」
「まだ来てもいない敵の数も分からないのに全滅だって?カイト、それは強く出過ぎではないかな?不可能だ」
アジムは不可能だと切って捨てた、しかしカイトはそんなアジムを鼻で笑う。
「はい、私もアジム王のように最期の決め手がまとまらずにいたのです。その答えに、マールのおかげで辿り着けました」
カイトは背筋が凍るほどの圧を見せる、いつもの幸の薄い少女のような状態とはまるで違う。アジムもゼノリコも勇者であるマールでさえもカイトの立ち姿に畏怖を感じてしまう程に。
「私の戦略を持って、最前線を攻撃するだろうエルフの大軍団を…纏めて消し去ってご覧に入れます。もっとも2国の王様の許可をいただければの…話ですが」
カイトはじっと2人の王の返答をまつ。
「ゼノリコよ…」
口火を切ったのはアジムだった。
「お主の抱えた転生者は…実に恐ろしい、今のうちに処理しておくべきでは無いか?」
「お前の意見には賛成したいが、無理じゃな、勇者を敵に回す事になる」
2人の王の背後で真顔のまま見つめて立っている少女に目を向けた。
「イザベラ、勇者が敵になったらどちらにつく?」
アジムはそんなことをイザベラに問いかけた。イザベラはにこやかに答える。
「我が一族は勇者に支える使命がございます、答えは決まりきっておりますよね?」
そこまで聞いて、アジムは盛大なため息を吐き出した。
「なら、勇者には味方でいてもらう方が良いだろうな」
「ちなみに、カイト、わしらがそれを断り、今のまま戦争に発展したらどうなる?」
ゼノリコの問いかけにカイトは腕を組む。
「そうですね、最前線が抜かれる事は無いとは思います、最前線に配置された冒険者達の戦力はそれだけ強力ですから…しかし」
カイトは言葉を濁しながら続ける。
「敵のエルフの大部分はシューターと呼ばれる狙撃兵です、更にエルフの鉄の存在」
エルフの鉄、触れた物の加護を吸い取ってしまう鉄である。
「エルフの鉄を鏃にした弓矢の攻撃は、冒険者にとって脅威に他なりません」
カイトは胸ポケットから小さな紙を取り出して目を通す。
「武士衆の少年達の報告書です。エルフの先見部隊の大半は冒険者ではありません、そして持っていた矢や武器にエルフの鉄が使われているとの事ですね。向こうは足りない経験値を、圧倒的な物量と、このエルフの鉄で埋めるつもりのようです」
ゼノリコ、アジムともにその報告に顔を顰めた。
「ゼノリコ、我はカイト君の戦略に身を委ねて良いと思う」
アジムが先に折れた、しかしゼノリコは折れようとはしない。
「なぜだ?この計画書を見るに、1番懐が痛むのは砂の国じゃぞ?」
「確かに痛いが、この後の魔王軍との戦いを残しているのなら、最前線の冒険者達は極力無傷で残しておくべきだ。それに、ベルラートは財政が思わしくないんだろ?ならば、まだ財政に余裕のある砂の国が負担してやるしかあるまい?」
「む…知っておったか…」
「そして、何よりも」
アジムは鋭く目を開き告げる。
「最前線の冒険者には砂の国の精鋭も大勢おる、イザベラも含め、優秀な我が国の子らを何処の馬の骨共知らぬ俗物の集団に害されようというのが気に入らん…エルフの鉄なる卑劣な手で、我が砂の子が傷つく事など…許しておける訳がなかろうよ」
ドン、とアジムは椅子の手すりを叩き壊す程の怒りを露にし、カイトに目を向けた。
「カイト、我はお前の戦略に乗った」
カイトは胸に手を置き深々と頭を下げる。そして視線はゼノリコへ向かう。
「…うーむ…」
ゼノリコは悩みに悩んでから、肩の力を抜く。
「よかろう、カイト、お前の計画に乗ろう」
そして立ち上がった。
「その計画を書類にまとめよ、早速動く」
「私にも書類が欲しい、大体記憶したが…見れるものはあった方が良いだろう。イザベラ頼めるか?」
この三週間後、最前線の城壁の前にエルフの大部隊が集結した。その数300万、地を埋め尽くす程のエルフの大軍団は旗を掲げ、口ぶちに叫び騒乱する。魔王を倒せ、魔王に組みした人を根絶やしにしろと。しかし、彼らは熱狂のあまり気づいていないのだ。
その場に集まってしまった事が既に、カイトの手のひらの上である…という事に。
次回 【エルフ掃討作戦】
お疲れ様でした!次回はカイト、マールの出番はなく最前線の話となります。
ちょっとした実験的な話になりますので、首を長くしてお待ちいただければと思います!
え?何で攻囲戦でなく、掃討作戦なのかって??それはお楽しみに。




