2の6 エルフの国アルヴヘイム
大変お待たせしました、思うように物語を描けず、何度も書き直しましたがようやく形になれたかと。
先の戦いで転生者の集団を見事に討伐し、行方不明になっていた多くの冒険者達を連れ戻す事に成功したカイト達一行はエルフの国アルヴヘイムへ向かう馬車の中にいた。
街ではお礼として大量の食糧や水を補給できたため、ここからアルヴヘイムまでの道中で飢える事はないだろう。カイトは補給品のリストを閲覧していると。
「マール様!何なりとお申し付けを!」
隣で栗色の髪にショートボブの少女、勇者であるマールが、座った目をした猫背の少女に詰め寄られている。彼女は沙霧ユズ、先の戦いの後に奇跡的な復活を遂げた転生者である。
「ほらユズ、困ってるよ」
そんなユズは、背後から来た同じく転生者のシホに羽交い締めにされ連れて行かれる。同時に同じく転生者のトモヤが前に出てきて頭を下げると、シホと共にユズを後部座席へと連れて行った。
「全く、なんで連れてきたんだか…」
マールは手すりに頬杖を付き、そうぼやいた。マールの意見はもっともだ、非戦闘員を増やす事はあまり上策ではなく、街に置いてくるという考えもあるにはあったのだが。
「そうもいきませんよ、昨日助けた冒険者達の中には、転生者に計り知れない恨みを持っている人達もいました。そんな場所に残していけば、間違いなく彼らは殺されるでしょうね」
冒険者達は殺された後にみぐるみを剥がされた記憶をしっかりと覚えており、転生者に対する激しい憎悪と憎しみを見せていた。街を出る頃、冒険者ギルドに転生者お断りの文言が貼り出される位である、マールはため息を吐き出し頬杖をつきながら窓の外を眺めた。
「別にいいじゃん…転生者なんか、どうなったって」
吐き捨てるように言った。
「その転生者にはわたしも含まれますけどね」
「うぐ…そっ、そういうのは卑怯じゃん!!」
なにが卑怯なのかは分からないが、マールは怒って足を踏んできた。
カイト達を載せた馬車は目立った襲撃などもなく無事に精霊の森の街道を抜ける。すると外の景色が唐突に神秘的な森へと変わる。太陽の光だけではない、森の中を発光する様々な植物が自生し青、赤、黄色と様々な光が発光し続けている。
「綺麗な森ですな!」
「うん、すごい神秘的だね!兄さん!!」
窓の外の景色に興奮を現すボルドー兄弟、その後ろの席でもアンネマリーとエレーネがその神秘的な景色に見惚れていた。
「カイト」
後ろの席に座っていたギムルが席を立ち、前に来た。
「どうかしました?」
カイトの問いかけに、ギムルは黄金の瞳を瞬きさせ実に告げ辛そうに唸る。
「うむ…この森は魔力の濃度が異常に濃い、魔法使いや魔力の潜在魔力の多い冒険者は酷い酔いに襲われる」
それはギムルは大丈夫なのだろうか?とカイトは考えたが。
「レプテリアンは環境適応力がある、だから魔力濃度が高くても問題はない。しかし」
ギムルが目を向けた先、カイトも視線を追いかけるとそこにはマールがいた。マールは冷や汗をダラダラと流したまま目を閉じている。
「マールが!?一番魔力とは縁がなさそうなのに!!?」
「う…あ…後で…殴る」
マールは本気で気分悪そうに窓に寄りかかりながら呟いた。
「マール、何か簡単な魔術は使えないか?それができればましになるんだが…」
マールは薄ら目を開くと小さく首を横に振る。肌接触の会話魔術の事は仲間にも教えないつもりらしい。
「マールは勉強嫌いでして…」
「それは普段を見ればわかる」
ギムルはそんな事をいいながらポーチから取り出した薬草を、マールの口に咥えさせた。
「苦くない…」
マールは口の草を味わうような仕草をする。
「気休めだ、その草には吐き気を抑える効果がある、しばらくは咥えてジッとしておけ」
「ありがとうギムル」
お礼を言いながら、カイトの首を絞めた。相当体調が良くない様子で、その腕の力は実に弱い。
「マールは大丈夫なのか?」
後部座席にいたガルーダが前に来て心配そうにマールを観る。
「あまり良くはないですね、戦闘出来る状態ではなさそうです」
カイトの言葉に、マールは図星のためか僅かな反応を示した。
「何!最近はマール殿ばかりが活躍していましたからな!我々の出番が増えると考えれば悪いことでもないですぞ!ぬははは!」
「うん!そうだね、兄さん!」
ゲイルはそう大声で笑い飛ばし、ゲイツも声を張った。
「そうだ、今回は私達に任せて休んでいろ」
ガルーダは自信を見せながら気遣うようにマールの肩を軽く叩いてから後部席に戻って行く。
「カイト殿!」
騎手席の扉を開き、タニガキが大声でカイトを呼ぶ、武士衆にも異変が起きていた。
「どうかしました?」
カイトは急いでタニガキのいる騎手席へ出ると、タニガキはカイト手綱を見上げる。
「この森に入ってから、昼なのに死霊馬の調子いいんです。寧ろ、元気すぎて…引っ張られてしまいそうです」
タニガキはいつも以上に気を遣ってしっかりと手綱を握っている、その額には汗が滲んでおり油断出来ない状態が続いている事を滲ませている。
「……わかりました何かあれば教えてください」
この森の空気は魔力を持った生物に影響を与えるのだろうか。武士衆の持つ死霊馬は、死亡した馬の魂を、その馬の脊髄から造られた笛に秘術を持って定着させることで作り出される特別なものである。死霊馬は召喚主の生気を使って現世に舞い戻り術者の生気を吸い続けながら運用される。ただ、朝と夜ではその頻度は異なり、朝に召喚する場合は鍛えられた武士衆の少年たちでも三十分毎に交代しなければならない程に生気をドカ食いする上に非常に弱く、少しの衝撃でも消えてしまい、再召喚が必要となる。ただ夜の死霊馬は逆に生気を殆ど食わず、多少の外傷でも死なず、倒れてもすぐさま再召喚でき、昼程に多量の補給も必要ない。
「……」
そこで、カイトはある過程に至る。夜は生気に変わる何かに満ちており、それを代わりに得ることで存在を維持し続ける事ができているのではないか?と。そしてこの森の空気は高濃度の魔力に満たされているためその魔力を接種し続けているのだと考えれば…ふと後部座席に座る転生者、ユズと目が合った。
彼女は確か、星見という神託をもらっていた。星見は魔力とは関係がないのか、一切動じておらず特に何もない、もしかしたら魔力が必要となるものではないのかもしれない。
「…う!!」
そんな事はなかったようだ、ユズは背部の扉に駆け出して扉を開け放つと同時に吐いていた。
後部席にいたエルフの3人はそんなユズの背中を摩っている。エルフ達も魔力をもった種族ではある筈だが彼女たちは特に気にしてはいない様子だった、寧ろ快適な様子を伺える。
「か!カイト殿!!」
弾けるようにタニガキが叫ぶ、見れば死霊馬が発狂して暴れ出した。凄まじい力で馬車を振り回し始めた。
「ち…くそが!!」
このままでは馬車が持たない、タニガキは悪態をつきながら、刀を抜こうとするが一瞬でも気を抜くと振り下ろされそうになり何もできてはいない。
「私に任せろ!」
ガルーダが揺れの激しい馬車の中でも気にせず駆け出し剣を引き抜くと、馬車に繋いだ手綱を一撃で斬り捨てた。
「うわああああああ!!」
馬車はその瞬間に投げ出され、派手に空を舞ながら地面へ落ちる。同時に手綱から解き放たれた死霊馬が前に向かって走って行き、茂みの中に消えて行ってしまう。
「こ、こら!戻れ!」
タニガキは地面に飛び降りながら駆け出そうとしたが、すぐに追いかけて来たクウがタニガキの手を掴んで止める。
「な、なにを?」
「来る!」
珍しくクウが叫ぶと、解き放たれた死霊馬が真っ直ぐにタニガキめがけて突っ込んでくる。
「うわ!」
タニガキはクウに引っ張られスレスレで死霊馬の突進を避ける。死霊馬は駆け抜けて茂みの中に再び消えていく。
「く…早すぎる!」
カイトも外に飛び出そうとするが、危機を察したガルーダに襟首を掴まれて止められる。
「中にいろ!」
ガルーダに怒鳴られ、カイトは馬車の中に戻され、ガルーダは馬車の入り口を守るべく外に出て剣を抜く。
「我々が前に出ます!」
ガルーダの後に続き、武士衆の少年達も馬車の外へ飛び出しては走って前に出ながら横に広がる。
「槍構え!!横隊に開きながら展開して槍衾を作れ!!!」
少年たちは指示を飛ばしあいながら槍を手に横へ薄く広がりながら前に出ていく。同時、真横から飛び出してきた死霊馬が、猛然と再びタニガキとクウに襲い掛かる、クウは持ち前の反射神経により、猛スピードで突っ込んでくる死霊馬の突進を察知するなりタニガキを掴んだまま回避行動を繰り返している。再び草むらへ消える死霊馬を見て駆け出す。
「タニガキ!こっちだ!」
槍衾の少年が叫ぶ、死霊馬は逃がさんとでもいうかのように2人の背後から襲い掛かる。その間にも武士衆の少年たちは一斉に槍を真っ直ぐに構え、隙間のない見事な槍衾を形成すると、中央にわざと2人が逃げ込める間隙を開けた。クウとタニガキはその間隙に飛び込むと、同時に少年たちは息のあった動きで間隙を塞ぐと、隙間ない槍衾の矛先が追撃してきた死霊馬の前に突き出される。
「死霊といえど性質は同じ!こうして尖ったものを前に出せば!」
少年の1人が叫んだ、その発言の通り、死霊馬は槍を向けられた瞬間怯むかのように嘶きながら脚を止め、勢いよくその巨躯を持ち上げた。
「ダメだ!離れろ!」
馬車を守っていたガルーダが叫んだ瞬間、身体を持ち上げた死霊馬はその前脚を目の前の2人の頭めがけて勢いよく振り下ろした。地面が減り込み亀裂が走る程の力で踏み抜かれ、2人の少年の身体は地面に叩き伏せられ、頭が砕け散る音が響き渡る。
「ち!クソ!!」
即座に少年達は死霊馬に突きを放とうとするが、死霊馬はその大きな身体を力強くくねらせ、手脚や首を振り回した。武士衆の少年達の攻撃をものともせずに身体を振り回し、首で、足で、体で武士衆の少年達を瞬く間に蹂躙してみせた。
「がは!!」
死霊馬の後ろ蹴りを受けた少年が弾けるような勢いで飛んでいき背中を木に叩きつけられてから地面に倒れる。
「くそが!!」
武士衆の少年たちは悪態をつきながら突きを繰り出し、矛先は死霊馬の喉を貫いた。しかし死霊馬は怯まず貫かれたまま槍を握る少年の身体を軽々しく振り回し薙ぎ払う。
「シイロ、お願いします!」
カイトは馬車の中からシイロに指示を飛ばす。頷いたシイロは素早く馬車から飛び出すと前に出て位置につき、暴れ狂う死霊馬に対して軽く身構えながら矢筒から矢を引き抜いて弓に番え、力強く引き絞りながら、放った。
シイロの放った矢は、まっすぐ飛んで暴れ狂う死霊馬の側頭部を貫いた。死霊馬は頭を貫いた矢の勢いで横殴りに頭を持っていかれながらも強く踏ん張って止まった。
「浅い!…」
唐突な矢に射抜かれ怒りを露にする死霊馬は、けたたましく嗎ながらシイロを睨んで身体を持ち上げ、まとわりつく武士衆の少年たちを薙ぎ払うとシイロめがけて走り出した。
「くっ…!」
シイロは素早く背中の矢筒から2本目の矢を抜き即座に放つ、放たれた弓矢は真っ直ぐに死霊馬の眉間に深々と突き立てられる、しかし死霊馬は怯まず真っ直ぐにシイロの眼前へと迫ると、シイロの身体を跳ね飛ばそうと体当たりを繰り出す。シイロは身軽に横に避けながら手にした3本目の矢を死霊馬の柔らかい腹に突き立て離脱、下がりながら腰の刀を抜こうとするが、死霊馬はそれを許さない。頭に二本、腹に一本の矢を突き立てられているにも関わらず、その動きに一切の揺らぎや淀みはない。瞬く間にシイロとの距離を詰め、その巨大な体積を駆使しておしのけるようにシイロを突き飛ばした。
「きゃっ…」
突き飛ばされたシイロが地面に尻餅をつき、無防備となる。死霊馬はそんなシイロに容赦なくその巨大な身体を持ち上げ前脚を力強く振り上げた。
「シイロ様!」
駆け出す武士衆、しかし間に合わない。死霊馬は容赦なくシイロの頭に全体重を載せた前脚を振り下ろした。
ただ、シイロの頭が潰れる音は鳴らなかった。
それは瞬間的な動きで飛び込んでくるなり、今まさに蹄に潰されそうな尻餅をついたままのシイロの襟首を掴んで力一杯後ろへ投げながら、降り注ぐ死霊馬の両脚を横殴りに斬り飛ばし、身体を入れ込むように肩を当て、馬体を跳ね飛ばすと真っ直ぐ構えた長く大きな大剣の剣先を突き立て、馬体の重みで刃がズブズブと沈んでいき、その背中からその長く大きな大剣が生える。
「マールっ!?」
マールだった、マールは手にした大剣の持ち手を強く握りしめると、真上に向かって力強く振り上げた。死霊馬は縦に割れて暗い光を血のように吹き出しながら崩れ落ち、ガラス細工のように砕け散ると光の渦となってタニガキの笛に戻っていった。
「はー…はー……うっっ!」
荒く肩で息をしていたマールは、唐突に口を抑えると大剣を投げ捨て、その場で膝をついて吐きだした。
「マール!!」
クウはマールに駆け寄ると立たせようとする。
「まて、下手に触るな」
馬車から飛び出して来たギムルが素早く駆けつけ、武士衆とクウを散らす。
「全く、魔力酔いの状態で無茶をするな…」
蹲るマールに悪態をつきながらも脇に手を入れ、引きながらその場に仰向けに寝かせると、ぐったりしたマールの後頭部に手を回し、手慣れた手つきで上体を持ち上げると、口に自分用の水筒を持っていく。
「口をゆすげ、飲み込んでもいい」
優しく語りながら、マールに水を飲ませる。そこで馬車から降りてきたカイトもやってくる。
「皆さんは死傷者を集めて下さい、シイロ、無事ですか?」
呆然としていた武士衆の少年達に指揮を飛ばして動かし。尻餅をついたシイロを助け起こした。
「は、はい…」
「シイロは周囲警戒を頼みます、クウ!皆さんの状態を確認して報告してください」
「わかった」「は、はい!」
頷き、駆けていくクウとシイロの背中を見送り、そしてギムルに介抱されているマールの側に行く。
「ここまでひどい魔力酔いを見るのは初めてだ…」
ギムルが想定した以上にマールの魔力酔いは深刻だった。マールの顔は血の気が引いて真っ白になっており、唇は真っ青で、目を閉じたまま時折り震えている。
「仕方ありません、マールは街に返します。クウと…シュウ」
すると、マールの手が素早くカイトの服を掴む。
「か…勝手に決めないで!」
マールはか弱くもカイトを睨み付けながら、身体を起こしてギムルを弱々しく押しのけ、ヨロヨロと立ち上がろうとしたがカイトが止める。
「しかしそんな状態では…」
まだ、森に入って数刻も立っていない。この先は森はさらに深くなり、そうなれば魔力濃度は此の比では無くなるだろう。今でこの状態ならば、この先はますます衰弱し、下手すれば命に関わる事になる可能性はある。
「マール、この先は我々に任せてお前は街でまっていろ」
ガルーダもやって来て告げるがマールは強く首を横に振る。膝は笑っており、既にカイトにしがみつかなければ自力で立てない程に彼女は弱っていた。それでも帰るという選択肢を取ろうとは考えていない。今更だが、この娘はかなりワガママだ。責任感が強いのかもしれないが、一度決めた事は死んでも曲げる事はないだろう。ゴブリンの殲滅戦の時のように、ゼオラとハイデがいれば退却の説得は出来たかも知れないが、今彼女達はここには居ない。
「マール、帰る気はないのですね?」
マールは弱々しく頷いた、ここまで硬い意志では強引に帰らせたりすれば余計な暴走を引き起こす事だろう。それに臍を曲げた彼女は二度と口を聞いてくれなくなるだろう。
「わかりました、ならば退却しかありませんね」
カイトは一切の迷いもなく即座に退却を決断した。マールは目を見開く。
「ま…まって…ぼ…ボク…」
カイトはしがみついてくるマールの手を掴んで引き剥がす。
「こんな状態のあなたを連れてこの先に行く事は出来ません。そして、貴女不在のままエルフの国に行く意味はないのです」
カイトはポーチから密書を取り出し、馬車の外に出てこちらを見ていたエルフ達に目を向ける。
「い、いやだよ…待って、かいと!」
マールは必死にカイトを止めようとするが、弱った今の彼女にカイトを止める術はなく、崩れ落ちながらも何とか腰にしがみついてきた。
すると、年長エルフはそんなカイトやマールのやりとりに見兼ねたのか、隣にいた小柄なエルフの少女に何かを告げながら背中を叩いた、少女は足速に側へやってくると、カイトにしがみついたままのマールの額に手を当て、何かを掴むとゆっくりと光を引き抜いた。
マールの額から取り出された光は、すぐに霧散して消え空気に溶けて消えてゆく。すると、腰にしがみついていたマールの手から力が抜けて崩れ落ち、エルフの少女がぐったりとしたマールを支えた。心なしか、今まで真っ白だったマールの顔に血色が戻っているようにも見える。エルフの少女はマールを支えたままそばにやってきたギムルに何かを語る。
「マールの身体から魔力を引きぬいた?なるほど。その手があったか…」
「どういうことですか?」
「この魔力酔いは体内にある魔力容量が溢れてしまう事で起きるんだ、この森はその魔力が常に供給され続けてしまう、だから溢れた魔力をこうして引き抜いてしまえば…」
ギムルはそう言ってマールの額に手を当てると、光を掴み取って引き抜いていく。引き抜かれた光は空中で霧散して消えてゆく。
「本当は彼女が魔術を使えれば話ははやいんだがな…それか…」
ギムルはそう言ってまっすぐカイトを見つめるが、すぐに首を横に振る。何か意味深な反応を見せたがギムルは口を閉ざした。
「成る程…」
つまり、カイトの世界風に例えると、魔力酔いとはMPが全回復の状態で常に回復され続ける事によって起きてしまう状態なのだろう。マールは普段から魔力を使うような事はほとんど無い、実際、勇者として覚醒する前までは魔力容量を持っては居なかったのだろう。それが、勇者の神託を得た事により、大きすぎる魔力容量を得てしまっていたのだろう。
「魔力酔いは持っている容量によって酷さが変わる、ここまで酷いとなると…少なくともD級か…もしかしたらC級の魔術師と同等かそれ以上の魔力容量を持っている可能性があるな」
C級以上、この世界における冒険者のAからZまである中でのC級の魔術師の神託を持つもの達と同等の魔力容量を、勇者として覚醒した瞬間、知らず知らずのうちに持ってしまっていた。カイトは再びマールの顔を見る先ほどよりだいぶマシな顔色になっている。
「定期的に引き抜いてやれば少なくとも衰弱死するような事にはならないだろう」
「では、連れていく分には問題はなさそうですか?」
カイトの問いかけにギムルは顔を顰めながらも渋々頷いだ。
「医師としては勧めたくはないが…仕方ない。面倒は私が見よう」
ギムルは鞄から急患を背負う為の背負い紐を取り出してマールの身体に巻きつけ、背負えるようにキツく結んでいく。
「ありがとうございます」
カイトはギムルに御礼を言うと立ち上がり背後を見る。後ろには死霊馬により投げ出された馬車があり、クウが細かく馬車の細部を確認している、馬車は流石王族護送用に造られた特別製の馬車は、投げ出された衝撃による多少の歪みはあるものの、大した損傷は見られず動かす分には問題はなかった。中にいたメンバー達も外に出されており、負傷者はシホがユズと共に治してまわっている。ボルドー兄弟も頭に大きなタンコブを作っていたがシホが触れると直ぐに引っ込んだ。ふと、ユズと目が合う。思えばユズも先程魔力酔いに陥っていたはずだが、彼女は転生者であるがために魔力容量じたいは少ないのだろう。マール程重症にはなってないない。それに加え、シホが定期的に手を繋いでいる。おそらく、癒しの手で触れて体調不良を誤魔化しているのだろう。
「だれか、この大剣を持ってくれ」
ギムルがマールを背負いシュールな体勢になった。
「俺が!」
トモヤがやってきて、地面に落ちた大剣を持ち上げようとするがびくともしない。
「ま、マールさんはこんなものを片手で振ってるんですか…?」
トモヤがいくら踏ん張っても持ち上がらない。
「ほらほら、僕に任せて!」
見かねたゲイツが助けに入りトモヤを退かすと大剣を持ち上げようとする。
「…ぬぐ!!ぬぐぐぐ!!」
片腕ではびくともしない。ゲイツは顔を真っ赤にしながら両腕で掴んでなんとか持ち上げ、引き摺る事が出来た。ゲイツ達、重装兵の神託を持つ者達は、物資の運搬や身につける装具などの重さを半減できる能力を有している。そんな能力を持ってしても、マールの大剣は引き摺るのがやっとという程の重量がある。ゲイツやゲイルはベルラートでは底辺冒険者に位置する位ではあるが、頭上に浮いた加護の数字は決して小さくはない。特に最近はエレーネに連れ回され、メキメキと加護の数字を増やしているのだ。そんな彼等でも、マールの大剣は持ち上げられなかった。ゲイルがきて2人でようやく持ち上げる事ができた。そのして、馬を失った馬車内に持って行き格納する。
「しかし、これからどうします?」
アンネマリーが不安そうに聞いてきた、ギムルがマールを背負ったまま、武士衆の少年達の蘇生を行う姿を見ながら腕を組み考える。
「とりあえずはこのままエルフの国へ行くつもりですが…」
死霊馬はもう使えない、しかし、馬車をこのまま置いていくわけにもいかない、そう考えながら馬を失った馬車をじっと見つめた。
「重装兵の加護なら……神託の力で馬車を引くことは出来ませんか?」
カイトのいた世界では、人力車というものがある。そんなカイトの問いかけをきいたゲイツとゲイルは、素早く馬車に駆け寄り切れた手綱の穴に手にした槍を差し込み簡易的な持ち手にすると、それを掴んで掴んで横に並び、ゆっくりと引き始める。
「おお、なんとかなりそうですぞ!」
ゲイルの言葉通り、2人に引っ張られて馬車はゆっくりとだが動き出した。馬車は重装兵としては荷物扱いの枠であるようで2人が慣れるとスムーズに進み出す。
「馬車は僕達で運べそうです!!」
「わ!私も手伝います!」
アンネマリーも馬車引きに加わり、重装兵三人で横一列に並んで引いた馬車はそれなりのスピードで進めていた。
「ここからは徒歩ですね…ふむ」
カイトは周囲を確認し地図に視線を落とすと、直ぐに隊列を指示し始めた。非戦闘員のユズを含め転生者達や、エルフ達は馬車と共に左に配置、中央にガルーダを先頭にシュウ、エレーネの戦力を縦に並べ、そして最右翼には二列の縦隊となった武士衆の少年たちが分厚い壁のように展開している。
「シイロ、馬車の上に登って下さい」
カイトの指示で、シイロは周囲警戒の為に馬車の上へ上がる。シイロもそれなりの装備で固めてはいるが、馬車の速度に特に影響はなかった。エルフの少女達は徒歩を嫌がるのではないかと心配していたカイトだったが、その心配は杞憂に終わる。故郷の森だからかエルフ達の表情は明るくその足取りは軽快である。転生者の三人も体力はあるようで徒歩についてこれている。
「武士衆は左右に散らして配置した方が良いのでは?」
カイトの側を歩くクウが進言してきた。カイトは歩きながらも再び地図に目を落としたが、小さく頷いた。
「いえ、このままで大丈夫です」
何故、カイトがそんな隊列の配置にしていたのか、クウは疑問そうにしていたが。その疑問は暫く進めば解決することとなる。
鬱蒼と茂る深い森の中に作られた一本道を抜けると、カイト達の眼前に右側には鬱蒼と茂る森のまま左は地平線の彼方まで続く大きな湖の景色に変わった。カイトは地図の情報から、進路の左側には大きな湖がある事を察し、左側からの襲撃の可能性を考察から外し右側の守りを厚く配置していたのだ。これはカイトのいた時代で獅子心王と呼ばれた王が行った行軍隊系である。湖を左手に輸送部隊、騎馬、歩兵の順番で配置する事で、不意の襲撃には歩兵で対処し、中央の騎士達を温存する隊形である、彼らは敵対していた地域の軽騎馬部隊の疲弊を狙う為ではあったのだが、今回は騎馬はないため、主戦力になるガルーダ、シュウ、エレーネの三人を中央に置いている。
「だから右側を厚く?」
クウは感心したようにカイトを見ていた、すると護衛対象であるエルフ達が前に出てきて唐突にマールを背負い隣を歩いていたギムルの袖をひっぱり、赤毛のエルフが湖を指差して何かを伝えている。
「なに!それは本当か?…いや」
ギムルは、一瞬興奮して声を荒げるも、すぐに咳払いしながらエルフの言葉で返す。小柄のエルフは身振り手振りでギムルに何かを伝え、年長エルフがマールと馬車を順に指差した。
「カイト、彼女達がこの湖の水は魔力酔いのひどい2人に効果があると言っている。休憩を提案したい」
「わかりました、皆さん!休憩しましょう」
カイトは素直にギムルの提案に従うと、全体に休憩を指示する。すると、先ほどマールから魔力を引き抜いた小柄のエルフの少女が駆け寄ってくると、カイトの水筒を指差した。
「その水筒が欲しいようだな」
「わかりました」
カイトはベルトについた水筒を取り外すとエルフの少女に差し出す、受け取ったエルフはお礼を告げるように言って頭を下げると、水筒の水を地面に捨て、赤毛のエルフと共に仲良く湖にかけていき、直ぐに水を汲むと帰って来てギムルに水筒を差し出した。
「この水を飲ませるのか、わかった」
ギムルは背負っていたマールをおろし、水筒を口に持っていく。
「飲め」
「う…」
マールは自分で手を動かす気力も出ないほどに目に見えて衰弱していた。我慢で吐き気を抑えるのに必死になっているような印象すら受ける。ギムルは水筒を口に押し付けると、ゆっくりと傾ける。マールの唇の端から飲みきれない水がこぼれ落ちるが、飲んでいくうちにマールは自分の手で水筒を持てるまでに回復した。
「マール、気分は?大丈夫?」
カイトはマールに問いかけるが、マールは水筒を口から離すとゆっくり地面に横になる、そしてゆっくりと首を横に振る、大丈夫では無さそうだ。先ほどのように食ってかかる余裕も無いように見える。
「………」
声を出そうとすると吐きそうだからなのか、一言も発さないが、小さく指をくいくいとしており、カイトはハッとしながらマールの手を掴むと、マールの手から熱と共に言葉が伝わってくる。
『しゃべると吐きそう、つらい』
マールの熱からそんな泣き言が伝わって来てカイトは思わず苦笑してしまう。
「だから帰そうとしたのに、貴女が来るといったんですよ?」
それはマールが唯一使える魔術、熱で言葉を伝えるという魔術である。マールの技術では裸で抱き合う必要があったはずだが、この森に充満した高濃度の魔力のためか、今は手に触れるだけで聞こえてくる。
『仕方ないじゃん、ボク1人では帰りたく無いし』
決めた事は死んでも曲げないマールの意思の硬さに半ば呆れてしまう。勇者だ何だと言ってもこういうところは年相応の少女らしさを見せる。
「これに懲りたら、ちゃんと魔術の勉強もしましょうね」
『ええ…いやだよ…頭痛くなるし…』
「わたしも一緒にやりますから…」
カイトに魔術の才能は無いが、ゼノリコも簡単な魔術なら学べばできると言っていたので何とでもなるだろう。
『そ…それなら…やる…』
マールは珍しく肯定的に頷くと、強く握りしめていた手が離れ、目を閉じた。遠くではユズも赤毛のエルフに介抱されている。ユズの方はマール程重症では無いためか湖の水で正常な状態にまで回復したようだ。
「カイト様」
そこで、エレーネがやってきた、エレーネはマールの事を心配そうに見つめながら問いかける。
「アルヴヘイムまではあとどれぐらいですか?」
カイトはギムルに目を向けた。
「アルヴヘイムの場所ならもう見えている」
ギムルはそう言って指をさした、カイトとエレーネがその指先を視線で追いかけると、その先には大きさを測るのもバカバカしく思えるほどに天高く伸びた巨大な大木が見えている。
「あの木の根本全てがアルヴヘイム、エルフの国だ」
休憩を終え、再び進み出したカイト一行は湖に沿うように舗装された道をひたすら進む、転生者達に塞がれてしまうまでは街とアルヴヘイムを繋いでいた生命線だっただけはあり、道は丁寧に舗装され、大型の馬車2台は通れる程の幅がある、湖の近くには時折り民家も見える。湖に桟橋が作られ、魚を取るための小舟などがロープで繋がっていた。
「エルフは植物しか食べないと思っていましたが…」
それはカイト達のいた世界に存在した空想のエルフの設定である。思えば、昨晩、マール達が狩ってきた獣肉のステーキを普通に食べていた。
「エルフにとって食事は単なる趣向にすぎないと聞くが私も詳しくはわからん」
ギムルはそう言いながら見上げ、巨木を見上げる。
「あれが生み出す空気は、無限に近い魔力を生み出す、マールの様に酷い魔力酔いをもよおす反面、エルフ達にとっては快適な空気を生み出す。彼らはこの森にいる間は食事を粗必要としないと聞いている」
「ソレハチガウ…語弊ガアル」
年長エルフが、カイト達の言葉を扱い始めた。彼女は他の2人とは違い、コチラの言葉を理解している節があったが、聞いているだけで言葉のニュアンスを覚えられる学習力の速さに驚愕する。しかし、すぐにエルフ語に戻ると、ギムルに何かを伝えている。
「食事を取らなければみるみるうちに痩せ細り、枯れ枝の様になってしまう。だからある程度の活力を得るためにも食べる必要はある…お前たち冒険者のような量は必要ないが…だそうだ」
ギムルの訳をまたずして、隣に並で歩いていた赤毛のエルフも言葉を紡ぐ。
「ふむ、エルフの料理は質素で体に入れば同じって考えがあるので人族程美味くはない…か」
「マールみたいなことをいいますね」
カイトはそう言いながらもギムルに背負われたマールを見るとマールはジッとカイトを睨んでいた。小柄なエルフの少女はギムルに背負われたままのマールを気にかけている様子を見せるが、マールはエルフに嫌悪感を見せ、そっぽを向く。
しばらく進むと湖を左手に小さな坂道をひたすら登ることとなる、湖沿いの馬車道はいつしか坂道にかわり、左手の鬱蒼と茂った森が途切れ、ちらほらと民家やエルフ達の姿がちらほら見え始める。道ゆくエルフ達は特に冒険者に興味はないのか、気にすることもない。一瞬こちらに目を向けるが、すぐに自分の仕事に戻ってゆく。護送のために連れてきた三人のエルフの女性たちは、ガルーダよりも前に出ていき、道の案内をし始めるた。
「亜人の襲撃がなくて助かりましたね…」
カイトはここまでの道中で特に敵対生物にも遭遇せず、彼が1番警戒していたリザードマンなどの亜人の襲撃もなかった。
「エルフの森の魔力濃度は、生まれつきに魔力容量を持たない人間種のマールでさえこれなのだ。生まれからして魔力の塊のような存在である亜人達にとっては踏み入れるだけで死を伴う毒素の森に他ならない」
亜人の中には魔術を使う種族も多く存在しており、彼らからすればこの森に踏み込む事は常に死と隣り合わせとなる。
「もっとも、我々と同じような耐性のあるリザードマンや、魔力を持たないオークやギガース族などとは普通に遭遇してしまうがな」
つまり、今回の遠征で亜人と遭遇しなかったのは運が良かっただけ。と、カイトはそう考えていると。前を歩いていた1番小さなエルフの少女が振り返り、器用に後ろ歩きをしながら何かを語り出す。
「亜人達はアルヴヘイムには近づく事はない」
ギムルの役を待ち、小柄なエルフの少女はどこかに向かって大きく手を振った。その先にはいくつもの塔の様に背の高い木造の物見櫓が建っている。それに合わせて年長エルフが喋り出す。
「街の周囲にはああ言う感じの塔が建っており、あの一つ一つにエルフの冒険者達が複数人配置され、アルヴヘイム周辺の安全を守っている」
ギムルは訳しながら首を傾げた。
「あの距離からでも、我々が視認できているものなのか?」
そんなギムルの疑問に、年長エルフは鼻で笑うと手を頭上に掲げて魔力用いてその手を光らせチカチカと点滅させた。すると大きな木の塔の上で年長エルフの光に応えるように同じ様に魔力の光がチカチカと輝いた。年長エルフは自慢げにこちらを見てきた。
「しかし、あんな遠方から敵を視認したとしてどうやって攻撃するんです?」
そんなカイトの疑問に、ギムルは年長エルフに問いかけた。すると、年長エルフはそんなことも知らないのか?と言いたげな微妙な表情を浮かべると、再び手を掲げ、今度は赤い光を光らせてその光をそばにある木に向かって投げた。その瞬間、一本の鋼鉄の矢が飛んできて木を砕き、地面に突き刺さる。それは矢というよりも剣に近い形をした大きく、実に長い様相の特別な矢であった。年長エルフは再び光を掲げ、今度は青い光を点滅させると、向こうからも青い光が返ってくる。そして地面に突き刺さった剣の様な矢を引き抜きこちらへと持ってきてギムルへ語る。
「エルフにはシューターという神託がある、エルフ専用の弓兵みたいなものだ。シューターの神託をもつものならば、この距離でも充分攻撃範囲に入る、国内で何かあればあそこからこの矢を喰らうことになるだろう」
カイトは剣の様な矢を渡される、それはずっしりとして重く、それでいて金属のような光沢はない。
「木製…?」
カイトは未だ見たことのない材質の木矢に驚愕しながらも年長エルフに目を向け、そして再び天高く聳える木造の塔を見上げた。
兵士の入り乱れる戦場に於いて、的確に将を狙い撃ちに出来る弓兵はそれだけで大きな脅威となる。そんな脅威的な弓兵がエルフには数多く存在するという事実にカイトは一種の焦りを感じ、その事実に思わず上がりそうになる口角を手で口元を覆うことで隠した。小さなエルフの少女はカイトの様子など気にかけることなく話を続ける。
「エルフは根本的に冒険者にはなりたがらない、だからエルフ社会で罪を犯したものが刑として冒険者なるようだ」
治安大丈夫なのだろうか?とカイトは不安になるのだが、彼女達の様子を見るに特に心配はいらない様子が見受けられる。エルフの文化についてはあまりにもわからない事が多すぎる。アルヴヘイムに着いたら、まずはエルフを知るところから始める必要があるだろう。そんな事を考えながら歩き続けると、道はそのうちなだらかな坂道へと代わり、左右には何も無い広い上り坂が続く、そしてその坂を登り切ると、アルヴヘイムの中央に聳える巨大な木の周りに築かれたエルフの大国【アルヴヘイム】全体を見渡せる丘の上へと辿り着いた。
「なんと……」
その馬鹿げた規模の国に、カイトは思わず口を開けてしまった。バカみたいな大きさの木の周りを小さな街々が取り囲む用に作られ、様々な民家が、遥か地平線の彼方まで続いていた。しかし不自然な街並みであった。
「これだけの規模の街で人口が密集しているのに、食糧を作っている様子が見られませんね…」
カイトの指揮者の目で見える範囲に農工地帯のようなものは見受けられず、大小様々な民家ばかりが立ち並んでいた。それどころか、商店や出店などもエルフの国には見受けられなかった。先程の年長エルフの話では、食事は必要と聞いていたが、これだけの規模の街でそこに住まう民達の腹を満たすための畑や家畜の存在は確認できない、そんな不思議がるカイトの疑問に年長エルフが答える。
「この国の中ではエルフの食糧は少量でいいといっただろう?だから庭や植木で作る豆系の野菜と、豊かな湖からとれる魚が1匹程度あれば充分…なのだそうだ」
そんな無茶苦茶な事があるのか?カイトは、思わず脳裏で悪態をついた。それでいてエルフは、カイトの世界から比べたらはるかに長生きであり、老化も遅いこの世界の人種よりもはるかに長命で寿命が長い、戦争さえなければ、ひたすら増え続ける事ができるという。カイト達の想像したエルフは繁殖行動に消極的である様に描かれていたが、この世界のエルフは普通に繁殖行為に積極的で、人種並みに増え続けているようだ。にもかかわらず、増えつづける人工を支える食糧は枯れ枝にならない程度の極少量でいい。庭に植える豆の木と湖から取れる魚があれば十分と言う。
「ずるすぎる…」
カイトは思わずそう口にした。兵員の移動や動員の数に伴い常について回るのは食糧と輸送なのである。世間では優れた士官は、補給線をまず考えると言われる程重要視されるのだ、が、エルフにはその二つが必要ない程の小規模で良いと言われてしまうのだから笑えてしまう。そして考えてしまう、これほどまで戦争をするに適した人種がいるのだろうか?と…街の規模を考えるに国内のエルフは一億や二億なんてレベルは簡単に超えているだろう。
つい最近まで、転生者達に襲われ殺害されたエルフ達は数百を超えるとはいうが、その数が、エルフの総人口からしたら豆粒以下だというのだ。もちろん、全員が全員戦える訳ではないだろう、むしろエルフ達は非戦闘員の方が圧倒的な数を占めている。もしも再び戦争が始まり、エルフ全体が他国に対する戦争を意識し冒険者を志願するようになった場合、圧倒的な数を誇る補給も不要で、尚且つ狙撃手ばかりの大軍団が爆誕することとなる。そんな事を考えていると、唐突に頬をつねられた
『その笑い方やめろ』
ギムルに背負われたままのマールが手を伸ばしてカイトの頬をつねりながら熱から言葉を伝えてきた。
「す、すみません」
カイトが我に帰ると、マールはスッと脱力するように頬を解放する。そんなカイトの顔を周囲の仲間達や、前を歩くエルフ達ですら心配そうに見つめていた。
「カイト、君はたまにすごい顔する。純粋な悪口になるが、不思議とその顔を見ると背筋が冷たくなる気がするんだ。」
側で見ていたギムルはそんな事を言うと、その背に背負われているマールはむかつく表情でにやけ笑いを浮かべ、前を歩いているガルーダもわざわざ振り返り、分かるといった様子で頷いている。
「ぬはは!心配はいりませぬ!カイト殿が悪い顔をしている時は、大体亜人の事か、戦争の事を考えているときですからな!!」
フォローになっていない擁護をボルドー兄弟の兄、ゲイルが笑いながら叫ぶと、ゲイツとアンネマリーもそうだそうだと大袈裟な動作でフォローして声を張った。
「え、そ、そうなんですか!?」
傾斜に伴い、馬車引きを手伝っていたエレーネがボルドー兄弟の発言を間に受けて声を荒げるもその顔は実ににこやかに変わる。
「さすがカイト様!いかなる時でも戦いを考えているだなんて!!さすがです!」
エレーネの純粋で素直な反応にカイトは内心ホッとしながらギムルに背負われたマールに目を向ける。実につまらなそうな顔をしていた。
そんな他愛のない会話に花をさかせながら、アルヴヘイムの街を目指して降り坂をひたすら進み再び左手に湖がカイト一行の視界に広がる。湖の側の道には民家がまばらに現れ始め、次第に行き交うエルフの姿も見え始めた。
「エルフの国には壁や囲いはないんですね…」
カイトの言葉にギムルは笑う。
「囲えるか?この馬鹿げた規模の国を…」
不可能だろう、カイトはそう考えながら、遙か遠くに何本も点在する物見櫓の塔を見る、この国は膨大な人員の数の為に城壁のような囲いを作ることはできない、故にこのように物見櫓の塔を国内に何個も建てて監視を立たせる様にして外敵から身を守っているのだろう。
しかし、カイトには僅かな不安が脳裏によぎっていた。この街の防御には明確な弱点が存在する。そう考えていると不意に耳に空気を切り裂く音が何処かから聞こえてくる。
「ん?」
同時、カイトの視界に空から飛来する何かが映った。それは空気を切り裂く音をあげながら空気摩擦によって高温により赤熱化させている。球体達の進行ルートには木の櫓達がある。赤熱化しながら降ってきた球体の一つは物見櫓へ激突すると、木造の木の塔達を焼きながら軽々と貫いて地面に突き刺さり爆発すると大量の炎を撒き散らし、エルフの密集した民家に炎を撒き散らすと、瞬く間に炎が広がっていく。
「な!?…何?」
突如飛来した球体は次々とアルヴヘイムの至る所に建設された木の塔に降り注ぎ瞬く間に一帯の物見櫓の塔は破壊され、崩れ落ちてアルヴヘイムを真っ赤に染め上げる。
「な、何事ですか??」
状況が理解できず声を荒げるガルーダにカイトは空を指差しながら告げる。
「敵襲です…」
カイトの指差したその先には空を埋め尽くす複数の皮の布をいっぱい広げ空気抵抗で丸く膨らんだものを背中にくくりつけた人型の影が、ゆっくりとアルヴヘイムへ降りて来ている。
「なっ!なんだ!?あれは…?!」
カイトには覚えがある、否、見間違えようが無い。あれは落下傘降下である。ゆっくり降りてくるそれらが降りるに連れ正体が顕と成る。それは大きな巨躯を甲冑で身を包んだ大型の人型、手には大きな盾と肉厚な剣を手に降って来る。
「っ…この世界でその戦法を駆使するのは卑怯でしょ…」
カイトは舌打ちを鳴らしながらも絞り出すように呟いた。これが先程カイトの考えた、エルフの国、アルヴヘイムの致命的な弱点である。アルヴヘイムの物見櫓は確かに威圧的ではある、そしてエルフの冒険者による広範囲の狙撃は確かに脅威なのだ。だが、エルフの国の脅威はそれだけだ。物見櫓の塔の索敵範囲の及ばない遙か遠方から大砲や投石機などの物を用いて今のように砲弾を撃ち込まれたなら、なす術はない。それはどの国とて同じではある。ただ、この国を守る術はあの物見櫓の塔のみなのだ。その物見櫓の塔がなくなれば、この国は丸裸も同然。しかもその塔に冒険者の詰め所もあるとすれば。初撃によりほぼ壊滅させられているだろう。運良く難を逃れたエルフの冒険者達もいるだろうが、そんなエルフ達の上から降り注ぐ武装した亜人達の落下傘部隊の投入、実に鮮やかな手腕だった。
エルフの森から遥かに離れた山の上に、其処には多くの亜人達がいた。一際目を引くのは10mを超えるジャイアントギガースと呼ばれる特殊な個体が3匹、横に並んで目の前の砲弾をエルフの森目掛けて思い切り投げ付ける。その脇をコボルト達が走り回り大きな投石機をセッティングしており、その上には重武装に身を固めたオークが待機している。そしてコボルトの指揮のもと投石機が発射されオークがエルフの国目掛けて飛んで行った。その足元に男と女が居る。
「おい!こんなもんで良いのかい?」
女は特徴的な巻き毛を手に巻きつけて遊びながら、花の国にありそうな華やかな着物を雑に着崩して、大胆に開いて露出した豊かなサラシを巻いた胸を揺らしながら、コボルト達に用意された木の椅子に座り込み、別のコボルトが持ってきた飲み物を受け取る。
「ああ、これで呑気なエルフ共も安全な森の中に引き篭もってはいられなくなるだろう」
巻き毛の女の前には、軍帽に軍服の背の高い男がおり、手にした望遠鏡で降下していくオークの落下傘部隊を観ていた。今のところ迎撃は無く、無事に武装したオークの大群を敵地に送り込めた事を確認する。
「感謝するよ、マキメ」
マキメと呼ばれた女性は、コボルトから渡された飲み物を一口飲み込む。
「はん!しかし、あんたらしいいやらしい戦術だねぇ性格の悪さが滲み出ている」
マキメの嫌味を特に気にせず、近代的な軍服の男は望遠鏡を降ろす。
「そう褒めるな、照れるだろ?」
「褒めてねえよ!あとマジに照れるな!」
マキメが鋭いツッコミを入れる。そこへ空を切り裂くような音と共に、何かがこちらへ向かって飛んできて地面に落下する。それは黄金色の金属光沢を放つ機械の手脚を身につけた赤毛の少女、アリエッタである。
「ちっ…伝書鳩か…」
軍服の男はアリエッタを伝書鳩と忌々しげに呼んだ、アリエッタは地面に埋まった機械の足を引き抜き側へやってくる。
「魔王様からの伝言だ…ん?なんだよ?」
アリエッタは2人の視線に怪訝な顔をするが、気にせず手にした紙を軍服の男に差し出す。男は紙を雑に取り奪うと視線を落とす。
「む?…」
しかし、軍服の男は紙に書かれた内容に目を丸くし、そしてぐちゃりと頬を引き裂いて笑う。
「なに笑っているのよオットー気持ちわるっ、そんなに良い情報だったの?」
軍服の男、オットーの豹変にマキメは立ち上がり側へ向かい内容を観ようとすると、オットーは寄ってきたマキメに指示書を手渡す。
「勇者の来訪に日和った事を言いにきたのかと思ったが…さすがは魔王様だ容赦がない」
オットーは悦に浸りながらも魔王を褒め称えながらも素早く行動に移した。側にいたコボルトに何やら指示を飛ばすと右手を軽く挙げる。
「よし任務完了だ、後退する。アリエッタ、殿を任せた」
「え!!?」
唐突な退却発言に間の抜けた声をあげるマキメ、そんなマキメを気にかける事なく、オットーは彼を取り巻いていた武装オーク達に指示を飛ばすと、オーク達は素早く荷物を纏めて退却の準備を始めた。
「あいよ、とりあえず伝言は伝えたからな」
アリエッタはそう言いながら白目を真っ黒に染めながら歩いていく。
「ち、ちょっと!なに?わかって無いの私だけ!?」
いまだに状況がわかっていないマキメに、オットーはオークの引く荷馬車に乗り込みながら告げる。
「マキメ、早く退却しろ。エルフの迎撃部隊が出てきているぞ」
オットーの言葉通り、森の入り口からエルフの集団がこちらに向かってものすごい勢いで迫ってきていた。
「はあ!?せっかくお膳立てしてやったのに逃げるの!?」
プリプリと怒るマキメにも気にせず、前の席を指差した。
「ああ、そうだ。さっさとギガースに退却指示を出して乗れ」
「わ、わかってるわよ!!」
マキメはジャイアントギガースに手を挙げ、回すような動作で退却の指示を飛ばすと、ギガースはその動作に認識してゆっくりと後退を始める。マキメはその背中を見るなりオットーの迎えの席に座る。
「じゃあね!アリエッタ!」
「おうよ」
アリエッタの返答を待たずしてオークは馬車を引いて走り出した。慌ただしく退却する大群を背に、アリエッタは前から向かってくるエルフの騎馬集団に目を向ける。
「久々だなあ…エルフ共の肉を潰すのは…」
向かってくるエルフの迎撃部隊に対して頬を裂いて笑いながら、黒い血の涙が溢す。
「おら!いくぜえええ!」
アリエッタはそのまま足をジェット機のように噴射しながらエルフの大群の真ん中に飛び込み、一方的すぎる蹂躙を開始した。
時は少し巻き戻り、カイト達の周囲にも武装亜人の落下傘は降下してきていた。カイトは暫く進んだ先にあるもぬけの殻になった二階建てのボロな民家へ身を寄せ、非戦闘員を民家に入れると、大きな馬車で入り口を塞ぐと一階の周りに瓦礫を積み重ねてバリケードを形成、ギムル含めた非戦闘員は二階に置いた。シイロは素早く民家の屋根の上に立つと、周囲警戒にあたる。カイトは身軽なクウを単独で走らせ、エルフ達の避難誘導に当てる。屋根の上に立つシイロを中心に重装備部隊をアルヴヘイム側前方に固めて展開、武士衆も弓矢を持たせてシイロと共に屋根の上に配置した。現状1番の戦力となるシュウ、ガルーダ、エレーネの三人は遊撃として馬車前方に散らす。背後が手薄になってしまうがカイトは気にしないようにして馬車の上に立つ。
「カイト!前方からエルフの集団がきます!」
シイロが叫び、聞いたカイトも目視でエルフの姿を確認すると、ギムルに指示を飛ばした。
「ギムル!こちらに来るように誘導を」
「わかった」
ギムルは民家の2階の窓から身を乗り出して声を張り上げた、それに習い、三人のエルフの女性達も横から現れて一緒に叫ぶ。その声に逃げていたエルフ達は気が付くと、直ぐにこちらに向かって走ってくる。全員擦り傷などで身体を血まみれにしているがその顔は恐怖に染まっていた。その背後からドタドタと音を立てながら2m程度の重武装の亜人が現れる。全身を甲冑に身を包み、鉄板の塊のような大きな鉈状の剣と巨大な丸盾を持ち、鉈状の剣を振り回しては逃げ遅れたエルフ達を片っ端から斬り飛ばしている。
「クウ!エルフ達をこちらへ誘導しなさい、シイロ!前方の亜人に攻撃して注意を引いてください!」
「りょ」、「わかりました」
2人はカイトの指示を受け、クウは背中に持った投げ槍【ピルム】を手にエルフを追いかける武装した亜人の集団へ投げつけた。
クウの投げたピルムは真っ直ぐに先頭を走る武装した亜人の頭部に直撃する。武装亜人は大きく背後にのけぞり、フルフェイスの兜が勢いで吹き飛ぶと、兜の下から現れたのは緑色の筋肉質な顔に特徴的に鋭く剥き出しにされた長い下牙がある、それはオークの特徴だった。
「…あれは…オーク?」
アンネマリーが動揺する、それはそうだ。武装した亜人の集団は、オークにしては一回りも二回りも小柄だったのだ。一体だけなら偶然だと感じただろう。しかし、後続から来るオークらしき亜人の甲冑達も悉くが小柄だった。
「成る程…そういう事ですか」
そんな小柄オークの集団を見たカイトは、敵の指揮官の意図を察した。そのわずかな思考の間にも兜を失ったオークは体勢を立て直す暇もなくシイロの放った矢に剥き出しの頭部を撃ち抜かれ地面に倒れた。
「武士衆、矢を番え、前方のオークに矢を集中して下さい」
カイトの指示と同時に武士衆の放った矢が次々と飛んでいきエルフを追いかけていたオークの集団は矢にめった打ちにされて地面に倒れた。クウは逃げてきたエルフ達を身振り手振りで誘導し退路にあたる来た道へ誘導した。小柄オークは群としての統制は見受けられず、一体一体が重い思いに動いている。その証拠に逃げるエルフを散発的に追撃しては手にした鉈状の剣で止めをさす単体のオークばかりがやって来ては、シイロや武士衆の矢に打ちのめされて倒れている。
「やはり、そうですか」
カイトは何かを察すると馬車から飛び降りた。
「隊をふたつに分けます」
カイトの発言に前に出ていた重装備部隊が振り返る。
「ここで籠城するのではないのですか?」
ゲイツとアンネマリーは顔を見合わせている。
「はい、ですので遊撃に打って出る隊と、ここに残り籠城する隊の二つに分けます」
カイトは前に出てくる。
「ガルーダさん、シュウさん、エレーネ様、それと私と重装備部隊は遊撃として打って出ます」
カイトの指示でガルーダ達は素早く動いて部隊を分ける。
「それだと、此処を指揮するものがいなくなりませんか?」
エレーネの指摘に、カイトは頷く。
「ですので、副官をこちらにつけます」
カイトはそう言いながらクウの肩を叩く。
「私が、副官?」
「はい、この拠点を任せます」
クウはカイトに叩かれた場所を摩りながら、表情が一気に明るくなるのがわかる。
「武士衆とシイロはクウに従い、此処を守って下さい」
「カイト、負傷者もできる限り受け入れたい」
ギムルの言葉にカイトは頷く。
「みとめます、クウ、大丈夫ですね?」
「もちろん、裏口より傷病者を受け入れます。」
クウはメモを取り出しながらも馬車の上に登り全体を見回し始めた。
「ここはクウに任せ、我々は打って出ます」
カイトはそう言って遊撃部隊の面々を見回した。
「いつでも行ける、任せてくれ」
ガルーダの士気は高く、やる気に満ち溢れている。
「頼りにしています、では皆さん、いきましょう!!」
そしてカイト達は、オーク掃討のため、アルヴヘイムの中央を目指し出撃した。
次回はもう少し早めに投稿できると思います、エルフ編ひとまず終わりにしたいですね。




