1の3 冒険者
今回は少し短くなってます。
朝、カイトは身体を起こすと昨日は入れなかった湯浴みをしっかりとこなして身体を清めると、ちょうど戻りがけに女宿主に朝食に呼ばれ、一緒に洗濯するからと昨日来ていた服を持って行かれた。
この異世界に転生して4日、この異世界の事はまだ謎が多いが、このカイトという女神よりいただいた器については分かってきた。生前の自分にはあり得ないほどの反射神経と運動能力、何時間も歩いてくたびれても一日寝れば完全に回復し疲れは欠片も残らない。生前の自分であれば昨日のような事をすればきっと今頃全身筋肉痛で動けないであろう。
「我ながら貧弱すぎるよ、生前の私…」
そうボヤキつつも一通りのケアを終えたカイトは朝のケアの際に乱雑に服のポケットに放った金貨を取り出し革の袋へ入れる
「うーむ…なんとかできないかな…」
毎日金貨5枚、それに加えて生活の為に使い返ってくる銀貨と銅貨の山。そのせいで幾ら女神から頂いた機能的な革の硬貨袋とは言え丸々と膨らんでしまい、今は銀貨と銅貨の山が新たな革袋に詰まって荷物を増やしている。この宿の宿泊費は金貨一枚で一週間以上借り続ける事が出来てしまうのだ。その事を女宿主に相談した。
「金が有り余って大変?なんならウチの借金を払ってくれてもいいんだよ??」
女宿主はそんな軽い冗談をいいつつも、ベルラートには国が運営する銀行がある事を教えてもらえた。
カイトは宿を出るなり女宿主より教わった銀行に足を運ぶ、銀行は実に質素な出来ではあったが、中には清潔で色鮮やかな服のスタッフが忙しなく動き回っていた。この銀行には魔法の金庫があり、預ける人間は簡単な登録を済ませてしまえば幾らでも硬貨を貯蔵出来るのだと言う。会員登録には幾分も掛からず、カイトは銀行について数分で嵩張る硬貨の山を預け、本来の目的である冒険者ギルドの本部へ向かって歩いていた。痩せ細り軽くなった革の硬貨入れを腰のベルトに取り付ける。女宿主によれば銀貨10枚もあれば楽に一日は過ごせるのだという。
ギルドの本部は街の中央にある。建物は非常に大きく中央の巨大な2枚扉は常に開かれ、様々な武器を携えた者達が行き交う役場の中には酒場も併設されており、ギルドは日夜冒険者たちの酒盛りが行われ活気に溢れている。
「ここが…」
カイトは冒険者ギルドのあまりの大きさと人の多さに驚愕する。殺されても蘇る存在、人を超越したらしい冒険者という存在の溜まり場というだけあってもっと殺伐とした場所を想定して気負っていたが、冒険者たちも街を行き交う人々となんら変わらない。どうやら思ったほどではない。カイトは震える太腿にそう言い聞かせて叩き、ギルドの中へと足を踏み入れた。
中では沢山の冒険者達が騒がしくどよめいていた。巨大なジョッキを大量にお盆の上に乗せ早足に歩き回る大胆な格好の女性達、丸い机を囲い談笑する多種多様の人間たち。老若男女が大勢いた。引きこもりだったカイトには目がまわる光景だったが、自分の欲望を満たすため、勇気を出して歩を進める。
「あら?キミはだれ?迷子かな?」
「は!はいい!!」
忙しく歩き回っていた女性が、お盆を片手にカイトを見て足を止め、声をかけてきたので反射的に背筋を伸ばして声をはってしまった、そんなカイトの反応に女性は声を出して笑っている。
対人スキル皆無のカイトに異性との会話の経験などあるわけがなく、口籠る。そうしているうちに女性は側へとやって来た。
「ここは冒険者ギルドだよ?」
女は親切にカイトの目線に合わせてくれる、が、目を合わせられない。しかし側にいるので上品な香水の香りが鼻を擽り、目のやり場に困るような露出に溢れた素晴らしい格好をしているものだから仕方ない。
「おい!何してんだ!サボってないで酒をはこべい!」
男の怒鳴り声が響く、見れば筋骨隆々なエプロン姿の褐色の男が、お玉を片手に怒りを露にしている。
「オーナー、この子!迷子みたい!」
「ああん!?ならこっちに連れてこい!後酒!3番テーブル!」
女はさっと立つと、カイトの手を引いて小走りで奥のカウンターに連れて行き丸椅子に座らせると、オーナーと呼ばれた男が並べた大量のジョッキをお盆に乗せて冒険者たちの濁流に入っていき、すぐにみえなくなった。
「おう、なんだ坊主!冒険者希望か?」
オーナーと呼ばれた褐色の男は白く輝く歯を見せて笑いかけた。
「い、いえ…あ、あの…そう、です…」
生前、この手の人の圧は苦手だった。カイトはオーナーの圧に負けて頷く。
「ほう!そうかそうか!!いや、人は見かけではわからんな!ガハハ!まあいい、ならこっちに来い。」
オーナーの男は実に大きな手でカイトをつかむと、軽々と持ち上げ、半ば強引に隣に座らされた。
「おれはここのギルドマスター、ダンってんだ、よろしくな!」
ギルドマスターのダンは陽気に自己紹介を叫びつつグラスをカイトに差し出し、溢れるくらいに水を注ぐ。
「か、カイトです…」
「カイトか!!いい名だ!!」
ギルドマスターのダンは親切な大声で名を褒めた、ただカイトはビビって反射的に背筋を伸ばされる。まるで小学校の体育教師のようだ、カイトの短く細い人生経験の引き出しではこれくらいしかでてこない。
「あ、あの、ここは酒場なのですか?」
カイトはなんとか勇気を絞り出してダンに問いかけると、ダンは大きく頷いた。
「おう!ギルドであり大衆酒場でもある!なんなら宿屋でもあるぜ?もっとも冒険者専用で一般人はつかえないがな!まあ、使いたがるやつはいないだろうがね」
昨日の貴族、ガリレオもそうだったが。この国では冒険者に対する差別でもあるのだろうか?そういった考えをダンはカイトの表情から読み取ったらしい。
「まあなんだ、気味が悪いだろ?体の上半分が消し飛ぶようなぶっ殺され方をしても、蘇生すれば何事もなかったかのように生き返る連中なんてよ」
ダットは腕を組み、少し言いづらそうに語り出す。
「ただな、冒険者になった奴らも、もともとは俺らと同じ人間なんだぜ?蘇生を受けられなかったり、死体をチリも残さず損壊されたり、食われて消化されちまったりしたらちゃんと死ぬ。それに今の俺たちが平穏に暮らせているのは、その冒険者達が最前線で亜人の軍勢を押し留めてくれているからなんだぜ?本当は感謝するべきなのにな…」
ダットは遠い目を何処かへ向ける。カイトはその目線を追いかけると、濁流のような大勢の冒険者が席を囲い、あるものは歌い、あるものは賭けをし、あるものは殴り合い、あるものは豪快に肉を齧っていた。まるでお祭りのような雰囲気である。
「いい雰囲気ですね、楽しそうだ」
カイトはそう返すと、ダンはニイっと口角を上げて豪快に笑う。
「そうだろう?ああ、おまえさんも冒険者志望だったか?」
ダンは気をよくしたのか、カイトの肩に手を置いた。その勢いにカイトは戸惑い気圧される。
「いえ…ぼ、あ…はい、そうですね」
「なら話ははええな!!やい!お前ら!!」
ダンは叫びながらバンバンと手を叩くと、先程まで騒がしかった酒場がすっと静まり、その場にいた全ての冒険者達の視線がダンに集中する。
「こいつはカイト!まだガキだが新しい冒険者みてえだ!仲良くしてやんな!!!」
唐突にダンに紹介され、カイトに全員の視線がささる。生前ではありえなかった事、生前の自分が恐れて逃げた視線。嫌な記憶に気圧されたカイトを迎えたのは歓喜の歓声。
「よろしくなカイト!」「わからないことがあったら言えよ!!」「パーティ希望はいつでも歓迎だ」「ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
最後の方は罵声も混じっていたが、様々な言葉が投げられ濁流となる。
「よーし!おめえら!!一杯驕るぜ!!新しい仲間に乾杯しよう!!」
ダッドが怒鳴り、冒険者達の興奮は最高潮になった。こうしてカイトは有無を言わさずギルドの一員となった。もっとも、今は仮採用であり、正式なギルド所属には色々な契約が手続きが必要らしく、その為には準備が必須であるので、それは後日ということのようだ。せっかくなのでカイトは、そこにいた冒険者達に疑問を聞いて周り、ギルド内を色々と紹介してもらった。最後に国内外の依頼の集まるクエストボードの前へと辿り着く。このクエストボードにはベルラート国内の様々な依頼が届く、現在はその殆どが亜人との戦闘ばかりになっており、大小様々な羊皮紙が釘で打ち付けられている。ちょうど目の前で2人の男性がボードの中から一枚を手にとっていた。
「ゴブリンの討伐か…」
割腹の良い男は痩せこけた顔でため息混じりにつぶやいた。
「でも兄さん、大丈夫だろうか…僕らスライムやコボルトにすら勝てないのに…次失敗なんてしたら…」
隣の背が異様に高く、細い中年の男性も痩せこけた顔で臆病に呟いた。
「仕方ないだろ?今受けられる依頼ではこれしかないだから!何がなんでもクリアして稼がなきゃ、俺たちにゃ後がねえ」
2人は失敗に次ぐ失敗、死亡に次ぐ死亡で財産もなく、次死亡したら蘇生を受ける事は出来ない。しかし何かを討伐して報酬を得なければどちらにせよ餓死するしか道はない、つまり後がなかった、2人は身長にあった長い槍にお揃いの分厚く重たいアーマープレートという重装備で固めていた。
「あの!」
カイトは2人に声をかけた、中年の男2人はゆったりとカイトに振り返ると顔を見合わせる。
「ああ、さっきの子供か、確か…」
「カイトくんだよ、兄さん」
「そう、カイトくんか!はっはっ、私達に何かようかな?」
割腹のいいほうの男はそれだけのやり取りの後に、親切に聞いてきた。
「その依頼、ゴブリンの討伐ですよね!私も同行させてもらえないですか?」
カイトの突飛な発言に2人は目を丸くして見合わせる。
「ああ…えっとカイト君…」
兄の方は断ろうとするが、カイトはズイズイと寄ってきてその手を取った。
「よろしくお願いします!!」
カイトは大声でお願いした、実際の亜人との近接戦闘。それが見れると想像するだけで、カイトは性的興奮の昂りでなりふり構わなくなっている。
「いいよ、行こうかカイト君、いや、カイトさん」
「兄さん!?」
「仕方ないだろ?こうも迫られたらなあ…手、離して…」
カイトはそこで理性を取り戻して手を離した、弟の方は少し不安がっている。その弟の少しやつれているようにも見える。すぐさま割腹のいい兄の方にも目をやると、兄の方もやや体調が悪そうだった。明らかな飢餓によるものだった。
「2人とも、本日何か口に入れましたか?」
兄弟は再び顔を見合わせてから首を横に振る。
「それが、食いたくても金が無くてね、ごらんのとお」
「食べましょう!奢りますから!」
兵の士気の基本は食事から、あらゆる戦争の歴史を学んだカイトにとって、これから戦う戦士達の空腹は見過ごせない。カイトは兄弟2人を強引に席に座らせ好きなものを好きなだけ注文させる、脱兎の速度で銀行へ行き持てるだけの金貨を引き出して戻って来る。兄弟の2人は久しぶりの充分な食事に気をよくしていた。
「ああ、カイトさんおかえりなさい」
「散々食っちまったが、本当に大丈夫なのか?」
兄の方は少し不安がっているようだ、カイトが一枚の金貨を見せると、その不安は消え去ったようだ。
「自己紹介がまだでしたね、わたしはゲイル、ゲイル・ボルドーといいます」
食事をある程度済ませ、割腹のいい兄、ゲイルが自己紹介をした。
「僕はゲイツ、ゲイツ・ボルドー」
長身の弟、ゲイツが自己紹介し握手を求めてくる。
「よろしくお願いしますね、ゲイルさんゲイツさん」
カイトは2人に握手を逆に求めて小さな手でしっかりと握る。それからカイトとボルドー兄弟の3人は、先ほど受諾したゴブリンの討伐依頼が書かれた羊皮紙をテーブルに広げて内容を確認する。羊皮紙には村人の悲痛な叫びと怨みと共に、ゴブリンを目撃した位置が記されていた。
「これは街外れにあるユクナ村の近くだね」
弟のゲイツが呟いた、場所はこのベルラートの街外れにある村の周辺とのことである。
「目的地までは馬車でいきましょう」
カイトは地図を広げて目的地に木炭で×を描いた。
「それは問題ないが…」
「資金はわたしが工面します、気にしないで下さい」
カイトはそう言いながらボルドー兄弟の装備に目を向ける。2人はアーマープレート等の重装兵、その為徒歩での移動は時間が掛かる上にその間に疲労で士気が下げるおそれがある。ならば馬車等で目的地に運び、万全の状態で戦地に投入する方がいい。カイトはそう考えながら亜人図鑑を開き、ゴブリンのページを開き情報を得る。
「あ、あの…カイトさん?」
ゲイルが不安そうに聞いて来たが、カイトは気にしていない。ゴブリン討伐に対する不安ではない、珍しいものを見るような目でその場の冒険者達の注目を集めていたからだ。普段のカイトならば緊張で黙っただろう、だが、今のカイトは気にならない。
「よし、決まりました。2人はここで待っていて下さい」
カイトは立ち上がり、金貨一枚をゲイルに手渡しギルドの外へ飛び出して行った。
「変わったガキだなー…」
見ていた冒険者の1人がそうぼやき、その場にいた全員が同時に合槌を打った。
しばらくして、カイトは大量の荷物を背負って2人の前に戻って来た。
「あの…カイトさん?」
今度はゲイツの方が声をかけてきた、しかしカイトは荷物を拡げると手早く仕分けて三つの袋にするとゲイツとゲイルに手渡した。
「これは?」
「三日分の携行食糧と野営に使える1人用のテントと可燃性の油ランプです」
ゲイルの問いにカイトは即答する。今から街を出て目的地に馬車で向かったとしても到着は夕暮れになるだろう、そうなれば野営の支度がなくてはならないと踏んだ。ボルドー兄弟の貧困は見て取れたので、そのあたりの工面をする事で士気を維持する見積もりを立てていたのであった。
ボルドー兄弟は、カイトの資金提供により潤沢な準備の元で馬車を手配し、ゴブリンの出現するという街のはずれの村へ向かうのだった。
次回はいよいよ戦いになります。
お楽しみに