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2部世界渡航編1の1 勇者VS

最初の箸休めです。


ゼノリコの命を受けたマールとカイトは、人種を一つにまとめるべく様々な書状を手に各国を巡る旅に出る


筈だった。


「で、僕達はなんで最前線の馬車に乗ってるわけ!?花の国に行くんじゃなかったの?」


栗色の髪に翡翠色の目をした少女、マールはプリプリと怒りを表し、隣に座る緑色の髪をした幸の薄そうな少年カイトにその怒りをぶつけていた。それもそのはず、カイトの提案により花の国への旅立ちは先送りにし現在は最前線の街ベリドゥへ向かう馬車に揺られていた。


「別にリコ様は期間を伝えてはいませんので」


カイトは涼しい顔でマールの言葉を返す。


「それに、花の国は謎の多い国です。鎖国した島国にどんな危険があるのかわかりませんからね、入国後即戦闘になる可能性だって十分にあるのですから」


花の国、人間領の中に有りながら鎖国を貫き他国との交流がない謎の国である。海に隔てられた大きな島に存在している。現在カイト達の持っている花の国の情報は、神子という役割を持ちながらベルラートへ流れ着いてきた住み込み家政婦シィロから聞いた事のみ。

花の国 ソメイヨシノでは、生まれた子供をすぐに冒険者にする文化があるという事。島国ゆえに災害が多く、それに伴う飢餓が付きまとう過酷な環境、それゆえに、屈強な体と戦闘力を有し、病になっても状態異常として直ぐに治せ、死亡しても蘇生できてしまう冒険者にしてしまうことで死亡率を下げたのだという。シィロの話では、ソメイヨシノでは普通の人間は稀で、冒険者の方が圧倒的に多いのだという。マールは実に不満気に背中に手を回すと、その小柄な身体には不釣り合いな長い大剣を手に取り、馬車の床に雑に投げると、後頭部に手を持っていき寝転がる。


「そりゃそうだけどさあ!つまんない!」


ベルラートからベリドゥまでは通常の馬車では一日かかる、マールはその道中に退屈していた。黄昏れのグンヒルド襲撃の際、カイトの指揮者としてのスキル【最高位の使命】によって勇者として羽化したマールだが、特にいつもと代わりはなかった。カイトは眉間に力を入れ、彼女の神託を見る。そこにあったはずの勇者の二文字は今は見えない。さらに、羽化した時に使った勇者の剣も、今は青い水晶の腕輪となって彼女の右腕にある。あの日から暫くたつのだが、勇者の剣は一度たりとも剣の姿になってはいない。マールも何度か使おうとしたそうだが、自分の意思では扱えないのだという。その為普段から愛用している大剣を今も使っている。


「表向きは要塞化されるベリドゥの下見ですが…実際のところは勇者となった君の腕試しもあります」


カイトは敢えて隠さずマールに伝えた、それでもマールは不満気である。


「僕に難しい話嫌い!あと試されるのも嫌い!」


我儘をいいながらジタバタと暴れる。


「好き嫌いではありません、早く勇者の剣をものにしないといけないんです。またグンヒルドみたいな奴が来たらどうするんですか?」


「そ、それはそうだけどさあ…」


マールはそう言いかけ何かを閃く。


「カイトがまたあのスキルを使ってくれたらいいじゃん?なんだっけぐらんどなんとか…」


うん、可愛いね。バカがよ…


「あれは一度だけです、もう二度と使うことは出来ませんし…」


それに、とカイトはマールに笑いかける。


「それに、使えたとしてもその度にキスする事になるんだけど、君はいいんですか?」


カイトの言葉にマールは固まった、そしてみるみる赤くなっていく。


「い!言ってみただけだよ!!カイトとキスとかもうないから!!」


何故か軽く蹴られた、カイトはそんなマールに苦笑しながら退屈紛れに亜人図鑑を開く。


そういえば、気になる話を聞いた。グンヒルドをマールが倒したあの日以降、ゴブリンの目撃数が目に見えて減っているという話だった。相変わらずコボルトに雇われていたり、少数の小勢は見つけるものの巣を作る大規模なものや、拠点や古城を占拠して組織的な動きをするゴブリン達の姿がぱったりと消えたのだという。カイトとしては何処かに隠れて勢力を伸ばすべく軍備を整えているのではないか?などと警戒心が出てくるのだが、これは自分の悪い癖である事を願うのみだ。


カイト達は丸一日馬車に揺られ、ベリドゥへ到着した。あの戦争から1月と数週間でベリドゥは驚く程の変化を遂げていた。まずはベリドゥの周囲を取り囲む歪な形をした城壁である。これはカイトが初期に提案したフランス王国の戦術技術エンジニアヴォーバンの構築したリール城砦から着想を得たもので上から見ると星型の形に見えるよう構築されているものである。1月では流石にベリドゥの全体は囲えてはいなかったが、それでも驚異的な早さに変わりはない。現代の技術力であってもこの建築には年単位の月日をかけるレベルの代物だろう。重機もないのに何故?と思われるかもしれないが、この世界の建築士が優秀な事とそれと同時に特異な体質と人間を超越した身体能力を持った冒険者達がいるからだろう。そんな歪な形をした城壁の正門から中へ入ると、直ぐに石畳が拡がった、たった1月前までは砂利と泥塗れだった地面とは思えない清潔感を感じる。さらに街並み、瓦礫の集積所のようだった掘建小屋は、きちんとした建物へと生まれ変わり、今はバゼラードを彷彿する街並みに生まれ変わっている。ただ、たった1月ではまだまだ構築にも時間がかかるようでまだまだ過去の瓦礫の集積所のような建物も存在しており歪な一体感を見せていた。


「すっごい!色々変わっているね!」


マールは目新しい建物を見回しはしゃいでいる、あの戦い以降、バゼラードやハイゼンベルから様々な商人がベリドゥへやってきた。それに伴いベリドゥにも金の流れが生まれ、きちんと整備された正門には様々な出店が立ち並び退屈する暇を感じない。それに伴い治安の悪化も懸念されたが、今はそれほどの変化はないようにも見える。しばらく歩いていると、当時自分が指揮所に使った建物が目に映る。あの建物は現在、冒険者達限定に格安で提供されるギルド運営の酒場へと改築され、今や最前線で戦い続ける冒険者達の心の支えとなっている。


「カイトお風呂もある!」


マールが指差してはしゃぐ、酒場のすぐ横にはカイトのクランハウスにも隣接されていたものと同じ現代風の大衆浴場があった。大衆浴場にも冒険者が溢れており盛況のようだ。盛況すぎるがゆえに、ごった返しが酷く、いざこざも多い。そのため、今は2号、3号の大衆浴場が急ピッチで増設されている。衛生面が士気に直結する戦場での風呂や洗い場は重要な活力になる。実際、この施設が出来てから最前線での士気は上がり1日の防衛に伴う戦果が爆発的に伸び、犠牲や負傷も著しく低下したようだ。


歩き続けたカイトは、ついに中央の教会へと辿り着く、教会もハイデなどの強い意向で改築され、1月前のでかいだけのボロ小屋のような雰囲気はもはやない。


教会の前には石碑が置かれている、先の戦いで打ち倒したリザードマン達の供養のためにカイトが設置させたものでもある。ただ、冒険者達にはそう言った悩みは無いらしく、今やその場所はパーティ達の待ち合わせスポットになっているようだ。


「カイト、マール!」


不意に名を呼ばれ目を向けると、赤と白のおめでたい礼服に身を包み、赤い髪を逆立てた青年がそこにいた。彼の名前はヒューゴ、人間領の冒険者ギルドに所属した冒険者に与えられる下はZから始まり、上はAまである位付、その頂点に位置するA級の位を持ったものであり、ユニークな神託【剣聖】を持っている。その類稀な神託によりもたらされた剣技により繰り出される剣撃は、相手に自らの死を自覚する前に切断してしまう程の鋭さを持っている。その剣撃からついた二つ名が【切断公】である。


「やっほーヒューゴ!相変わらずだね」


マールは元気に言葉を返すと、ヒューゴの顔がゆるむ。


「ヒューゴさん、ちょうど良かった」


カイトはそんなヒューゴに笑いかけると、ヒューゴも笑いながら鋭い眼差しをぶつけてきた。ヒューゴはあれ以来、カイトを好敵手として強く意識している様子をみせている。


「俺は君に用はないがね、で、何かな?」


ヒューゴは多少の嫌味を混ぜながら問いかけ、カイトは笑顔を崩さずにつげる。


「明日、非番のA級冒険者達をできる限り多く集めてください」


その言葉に、ヒューゴは訝しむ。


「A級冒険者を…?なんでだ?また何かあるのか?」


「頼みたい討伐依頼があるんです」


カイトはそれ以外は何も言わない、ヒューゴは数刻考え腕を組む。


「報酬は?A級を動かすにはそれなりの金額がかかる、しかも非番だ。金貨一枚は覚悟する必要がある。」


「では金貨3枚、前払いで」


カイトは笑顔のまま、ヒューゴに手渡した。


「もし、討伐できたならもう2枚差し上げます」


そんなカイトにヒューゴは口笛を吹く。


「どうやら相当大事のようだな、良いだろうそれだけの報酬があるならそれなりの人数が揃うだろう、で?何を討伐するんだ?転生者か?それとも天災級の怪物か?」


ヒューゴの言葉に、カイトは笑いながらマールを指差した。


「あなた達A級が相対するのはマールです」


その言葉にヒューゴは目を丸くしてマールに目を向ける、マールも驚いているようだった。


「冗談だろ?討伐?…マールを?」


ヒューゴは困惑を見せると、カイトは敢えて煽るように笑いながら告げる。


「大真面目です、お金は渡したのでもう返金はさせませんよ?」


こんな安い手に乗ってくれるかカイトは不安だったが、ヒューゴは思いのほか乗っているようだ。


「いいだろう、よく分からないが、前金を貰ってしまったのなら、A級の冒険者としてこの依頼を受けない訳にはいかないな。マール、言っとくけど手加減はしないからね?」


「え…あ、ちょ!!」


マールの言葉も虚しく、ヒューゴは金貨を大事そうにハンカチに包むと懐にしまい、去っていく。


「よし!」


「よしじゃない!!」


カイトは即座にマールに拳で張り倒され、倒れたカイトの足を掴むと見事な関節技を決めてきた。


「なんで僕がA級の人達と戦わなくちゃいけないの!!!この!!しかもヒューゴノリノリだったじゃん!どうすんの!?」


「いたたたたた!!抜ける!!足抜ける!!やめてー!!!」


マールはカイトの足を解放すると、カイトの上に座って来た。


「で?なんでこんなことしたのさ?」


マールの問いにカイトは伸ばされた足の痛みに顔を歪めながら返す。


「君の力はまだまだ未知数です、だから、勇者となった君の実力を見ておきたいんです。そのためにはどうしても強い相手が必要なんですよ」


「それでA級とかふざけんのも大概にしろこのやろー!!」


マールはカイトの首を締め上げ、カイトはギブギブとマールを必死にタップした。するとマールはすぐにカイトを解放する。


「全く、君ってやつは…ホントにムカつく!それにA級の人達を舐めすぎ、失礼にも程がある」


マールはぶつぶつと、カイトの上で愚痴をつぶやいた。


「もしかして、ビビってます?」


「当たり前だろこのやろー!!」


カイトの言葉に、マールは再び関節技をかけた。今度は相当ご立腹だったようでいくらタップしてもやめてくれなかった。


「はあ…もう、最悪。ご飯食べてお風呂入って寝よ」


マールは散々カイトを痛めつけた後にカイトの胸元から本日止まる宿屋の予約証と金貨の入った財布を奪い取ると、ほっぽりだしてからさっさと行ってしまった。その日、カイトはなんとか謝り倒して許してもらい、宿屋に入れてもらえた。


翌日


「金貨5枚を山分けって聞いたから来たんだがな」


1人の大男が腕を組み、苛立ちを見せる。男は黄金色に輝く大鎧を身に付け背中には大きなタワーシールドと大斧を一緒に背負っている。彼の名は【デュートリヒ】ベルラート出身のA級冒険者で、ゲイツやゲイルと同じ重装兵の神託を持つ巨漢、その守りは非常に硬く、ありとあらゆる敵の攻撃を凌いできた歴戦の強者である。その鉄壁の守りは最前線で敵中に取り残されても無傷で切り抜ける程であるとされ、決して倒れない事からついた二つ名は【塔のデュートリヒ】


「やいヒューゴ!!これはいったいどういうことだ!?」


彼らが集められたのはべリドゥ内の東にある未開拓エリア、そこは現在更地になっており、今はまだ石畳すら敷かれていない。そんな場所にヒューゴに呼び出され集まったA級冒険者はたったの3人、今悪態をついたデュートリヒ、その隣で不満の表情と若干の苛立ち見せたのは、紅の長い縮毛をまとめた妙齢の女、女はその豊かな胸を揺らしながら腕の上で載せるように腕を組む。


「相手はあの【枠なしマール】なんだろ?あたしは弱いものいじめは好きじゃない、ましてやしょんべん臭いガキのお守りはごめんだよ?」


彼女は【イザベラ】バゼラードのA級冒険者であり炎術師と呼ばれるユニークな神託を持ち、ただでさえ不遇な魔術師であるにもかかわらず、炎だけしか使えない魔術師とされていたのだが、彼女の才覚はそんな偏見をものともしない程である。彼女の二つ名は【灰燼の魔女】イザベラが一度炎を灯すと、亜人達が灰燼とかすまで消えないという逸話から付けられたものである。


「まあまあ、イザベラさん、デュートリヒ、彼らにも考えがあっての事なのでしょう。可愛い後輩たちに胸を貸すのも、我々には大事な事ではないかな?」


イザベラやデュートリヒを諌める優男、ヒューゴはまさかこの男がこの場に来ることが信じられなかった。ボサボサの銀髪にメガネをかけた青い瞳の男は柔らかい笑みを浮かべている。


彼の名は【レイ】デュートリヒと同じく、ベルラートが誇るA級冒険者の1人で二つ名は【最速のレイ】何が最速なのか?それは彼がA級に上り詰めた速度である。彼の神託は槍兵、実に一般的でありふれた神託である。この人間領で最も多い神託は剣士か槍兵かと言われるほどに多い、そんな雑多でありふれた神託で有りながら、たった一年でA級まで上り詰めた絶対的な強者である。こんな優男ななりをしてはいるが、戦場では苛烈な一面ももつ。最前線の全冒険者の中で最強を選べと言われれば、あらゆる冒険者は彼の名前をあげるだろう。それだけ彼は強い。


「俺としてはレイさんがこの場に来る事が不思議だ、しかも報酬がいらないだなんて…」


ヒューゴの言葉にレイは苦笑する。


「純粋な興味だよ、ハイゼンベルの奪還作戦に関しては私も知っている。それを指揮したカイトと呼ばれる少年が、わざわざA級を複数集めて低級に位置するS級の子を倒せだなんて言ってくる、きっと訳ありなんだろうねぇ」


世話焼きなレイは実に楽しそうに語る、そんなレイにイザベラとデュートリヒは複雑な表情を浮かべ、哀れみに近い視線を向けている。


「お集まりのようですね」


そこへカイトとマールがやってきた、早速イザベラが食ってかかる。


「あんたかい?そこの枠なしの小娘をぶちのめせなんて悪趣味な依頼をしてきたのは?」


そんなイザベラにカイトは手元にある名簿を観る。


「ええと、あなたはイザベラさんですね。はいそうですよ」


カイトは特に気にすることなく言い放つと、イザベラの癇に障った様子で、握手しようとしたカイトの手を軽く叩き、マールを睨みつける。


「あたしゃ手加減は嫌いだ、やるなら殺すよ?覚悟するんだね?枠なし」


「はい、よろしくおねがいしますっ」


過去の蔑称を浴びながらも、マールは特に気にする様子も見せずに深々と頭を下げてきた。そんなマールにイザベラは少し気まずそうに黙ってしまう。


「君がカイトくんだね!」


レイはにこやかに歩み寄りカイトと握手を交わす。


「えっと貴方は…」


「その人!レイさんだよ!」


マールが珍しく畏まっている、カイトはレイを見上げると、レイはカイトを見定めるかのようにじっと見つめていた。


「今日はよろしくお願いします」


カイトのそんな言葉にレイは少し驚いたような顔をするが優しく微笑むと手を離し背を向けると、何処にもあるような鉄の槍を手に軽く振り回す。


「決めた、マール!私は今日、本息で戦う。とことん付き合ってあげよう」


レイの言葉にマールは顔を真っ青にしている。


「え、ええ…」


「レイの奴を焚き付けやがってバカが…」


デュートリヒとイザベラは実に面倒そうに顔を歪ませた。


「では、私はあの辺で見てますね」


カイトはそういうと、さっさと行ってしまう。


「え!?カイト指揮をしてくれないの!?」


「私が指揮をしたら、君の戦闘力は2倍にも3倍にもなってしまうんですよ?それでは君の実力がわからないじゃないですか…」


カイトはそれだけ言うと、さっさと離れて行った。


「あいつ何いってんだ?」


デュートリヒは首を傾げ、その疑問にはヒューゴが答える。


「カイトの指揮下に入ると戦闘力が上がるんです、私も俄かに信じられませんでしたが…実際指揮下に入ると、いつもの倍身体が動くんです」


「まじか…指揮下に入るだけで…?」


「なんでそんな奴を最前線に送るわけでもなく、膝下に抱え込んでるんだい?あんた達の国の王様は?」


イザベラの問いに、デュートリヒとレイは苦笑する。


「まあ…」


「王には王の考えがあるのでしょう、多分」


そうしている間に、マールが配置につく。それを見たデュートリヒは分厚い兜を被り、イザベラも両手から炎を灯す、レイは槍を静かに構えた。そしてヒューゴは剣を抜き放つ、5人のA級冒険者がマールと向き合った。


「では!!いきまーす!!はじめーー!」


遠くでカイトが初めの合図を行った、同時にマールの足元が爆発する。


「ふん、楽な仕事さね…」


イザベラの炎術だった、イザベラの扱う炎の魔術は、全て無詠唱で放つ事ができる。そしてその範囲は視界に入る全てと言われている。


「イザベラ!!」


叫ぶレイ、同時にイザベラの視界の端から真っ直ぐに何かが向かって来ている、それがマールの大剣だと気づけたのは、ヒューゴが割って入りマールの大剣を受け止めたからだった。


「な…」


「く!!…」


ヒューゴはなんとか剣撃を弾いたが、そのあまりの重さに驚愕する。マールとは何度も戦ってきた、自ら訓練を手伝った事すらある、その時のマールを知っているヒューゴだからこそ、その衝撃はより大きかった、あの時では決してなかった一撃の重さに、手の痺れを感じる。


「おおおら!!」


しかしそこはA級冒険者、すぐさま状況を判断し散り散りに散らばりながらマールを囲い込み、デュートリヒの斧がマールの頭に迫る、マールは目の前のヒューゴを蹴り飛ばし、頭上から降り注ぐ斧に思い切り大剣を振り上げる。


「が!」


「ぐは!!」


デュートリヒは振り下ろした大斧を上へ弾き挙げられ、その巨躯が宙を舞うほどに吹き飛ぶ。ほぼ同時にヒューゴは腹を蹴られて派手に飛んでいく、そんなヒューゴをレイが受け止め、イザベラが即座に手を振うと、炎の波が真っ直ぐにマールとデュートリヒに迫る。


「ちょ!!」


炎の波にデュートリヒは盾を構えて防ぎ、マールは姿が消える。


「どこいった!」


イザベラが吠える、ヒューゴやデュートリヒですらもマールを見失い、周囲を見ていた。ただ1人、レイだけはマールを見逃していない。


「!!?」


上に飛んだマールの前にレイがいた、そして鋭い突きを放つ。激しい金属の衝突音、目に見えないマールとレイの壮絶な撃ち合いが始まる。


「レイのやろうと打ち合ってやがる…あいつマジであの枠なしなのかい?」


イザベラは信じられないといいたげにヒューゴを見た、ヒューゴも汗を垂らして首を横に振る。


「ヒューゴ!ぼさっとするな!デュートリヒ!そっちに誘う!イザベラは援護だ!!味方に当てるなよ」


レイは先程の優しい雰囲気と打って変わり、非常に鋭く相手を見定め、壮絶な撃ち合いをしながら的確に指示を飛ばすと徐々にマールを押しはじめ、宣言通りにデュートリヒの方へ寄せていく。


「く!」


ヒューゴも加わり、マールの背後から銀色の斬撃を走らせる。マールはヒューゴを一別することなくその銀色の一撃をレイの槍を弾いた動作で弾きあげた。


「なっ…」


見えているのか…?ヒューゴは完全に死角から迫っていた、であるにもかかわらず、マールは見ることなくヒューゴの攻撃を弾いたのだ。同時に蹴りがヒューゴの体に突き刺さり、ヒューゴはまっすぐ吹き飛んで地面に転がる。


「デュートリヒ!!」


レイが吠えると同時にマールの大剣を弾き上げ、打ち上がりガラ空きになったマールの腹を、槍の持ち手で激しく打つ。


「がっ…は!うっ!」


マールは小さくうめいて弾き飛ばされ、その先にはデュートリヒがいる。


「終わりだ!!」


右手の大楯を振り上げ、マールを押しつぶそうと振り下ろす。


激しい轟音と共に大地に亀裂が走り、砕け散る。だが手答えはない。


「後ろだ!!!」


イザベラが吠えると、デュートリヒの頭上からマールが降り注ぐ、マールは怯みながらも踵を返し、デュートリヒの振り上げた右腕の脇をすり抜けつつデュートリヒの背後へと周り、その頭に大きく振り上げた大剣の腹を思い切り叩きつけた。


「ご!!!」


あらゆる攻撃を受け止め、例えギガースの振り下ろしを受けても無傷であったはずの塔のデュートリヒの巨躯が大きく揺らぐ。


「だああ!!」


一喝、マールは、怯んだデュートリヒの側頭部を大きく振りかぶった大剣の腹を思い切り叩きつけ、振り抜いた。強烈な攻撃を受けたデュートリヒに、マールの大剣による渾身の二撃は思いの外ダメージにはなってはいなかった。しかし、その大剣の二撃は彼の兜を激しく揺らした、その揺れに彼の脳は激しくシェイクされた事により意識を失い、振り抜きと共に吹き飛ばされて地面に転がった。


「デュートリヒが!?」


塔が倒れた姿を初めてみたヒューゴが動揺に声をはる。


「枠なしい!!てめえ!」


イザベラがキレ、両腕から激しい火焔の竜巻を燃え上がらせると、それをマールへと放つ、竜巻はゆっくりだがマールに迫るにつれ巨大化し、大きな火柱となる。


「はああ!!」


一喝、マールは両手で大剣を握ると大きく剣を振う。その剣圧に炎の竜巻は蝋燭の火のようにかき消され大技を放ち隙だらけなイザベラもろとも吹き飛ばした。


「次は俺だマール!!」


ヒューゴが走って行きマールの頭に剣を振り下ろす、完璧に捉えた、そう確信したヒューゴだったが、ヒューゴが切断したのはマールの残像だった。


「な…グフッ!」


マールはすぐ横にいた、ヒューゴの腹に大剣の腹を叩きつけ、そのまま振り抜いてぶっ飛ばす。


「いやー…すごいね」


最後に残ったレイはにこやかにマールと向き合う。


「でもまだ負けてはあげられないかな!!」


レイは深々とマールの前で構える、マールは瞬間的な動きでレイの左から迫る。


「武器を見過ぎだ!」


レイは叫びながら右の裏拳を放つ、その裏拳は見事に斬りかからんとしていたマールの顔を打つ。


「うっ…!」


大した威力ではない、レイはただ拳を置いただけにすぎない、反射的に怯んだマールの腹にレイの蹴りが突き刺さる。


「ガハッ!!」


マールは吹き飛び地面を転がってお腹を抑える。


「すぐに立て!敵は待ってくれないぞ!!」


レイはそう言いながら地面を転がるマールに追撃の槍を連続で放つ、マールは横に転がってスレスレで避け、地面を強く蹴って飛び上がる。


「それは見えてる!安易に動くな!!」


既にマールの来るだろう方向を予測していたレイは槍の持ち手でマールの頬を叩きそのまま振り抜き地面へ叩きつけると、マールの腹を強く踏見つけつつ顔に矛先を突きつける。


「ここまでにしておこうか」


レイはマールの腹を抑えていた足をゆっくりと退かすと槍を引いた。


「ゲホッ!!エホッ!!」


潰されていた腹を解放されたことで、マールは息を吸い込み激しく咳き込みながらうつ伏せになる。


「ありがとう…ございました」


マールは感謝を述べつつ身体を起こす。


「何言ってるんだマール、言っただろう!付き合うと!終わったのは1本目だ!早く立て!次だ!!」


「は、はい!」


レイは口を引き裂いて笑いながらマールを立たせる。無理矢理立たされたマールは大剣を手に取る。そして再び撃ち合いが始まった。


「あーあー始まったよレイの病気が…」


脳震盪から驚異的な速度で回復したデュートリヒが身体だけを起こし、その光景を見ながら小さくぼやく。


「病気?」


ぶっ飛ばされたヒューゴが側にきてデュートリヒの隣に腰掛ける。


「あいつ、弟子が欲しいっていつも言ってんだよ。だけどあいつのしごき鬼だからよ、弟子候補はすぐ逃げちまうんだわ。この間も弟子に逃げられて酷く落ち込んでたんだわ、そんな矢先に、本息の自分にあそこまで張り合える奴を見つけちまった…」


デュートリヒの指さす先で、激しく打ち合うマールがいる、レイの突きになんとかついて行ってはいるが明らかにマールは出遅れている。すぐに打ちのめされて地面に倒されるが、すぐに立ち上がり再び変わらない速度で打ち合いを始めた。


「本当にあいつはあの枠なしなのかい?…」


イザベラも傷を癒しながらやってくる炎術の中には傷を癒すものもあり、彼女は攻撃型でありながら回復も行うことができる。


「枠なしではありませんよ」


そこに遠くから観ていたカイトもやってきた。


「マールは特殊でして、神託が秘匿されて見えなくなっているんです、今も、あの状態だと秘匿されています」


マールを指差した、ヒューゴはカイトを見上げる。


「やはり、君はマールの神託をしっていたんだな?」


ヒューゴの問いに、カイトは大きく頷いた。


「そんな神託聞いたことがねえ」


「で!なんなんだい?あの子の神託」


デュートリヒもイザベラも顔をこちらに向けている。


「この世界にある最古の古書にのみ存在する伝説や神話の中でしか存在しない神託、勇者です」


それを聞いたデュートリヒ、イザベラ、ヒューゴが驚愕に口を開けている。イザベラにいたっては脱力する。


「カイトっていったね!あんたそれ誰にも言うんじゃないよ!」


「だな、それがいい」


イザベラからの予想外の反応にカイトは驚いた。


「2人ともしってるの!?知らないのおれだけ!?」


ヒューゴは予想通りの反応で微笑ましい。そんなヒューゴをみたイザベラは深いため息を吐く。


「あたしの先祖は代々勇者様の信仰をしている部族でな、その中には勇者達の残酷な末路を記したものもある」


「グンヒルドの言っていた事は本当だったんですね…人に裏切られたと」


その名を聞いたイザベラが弾けるような勢いで、カイトに掴みかかる。


「グンヒルド!?グンヒルドってまさか、黄昏のグンヒルドかい!?」


「え!?あ、はい…?」


「言ってた!?あんたあったのかい!?グンヒルド様と!?いつ!!どこで!?てか生きていらっしゃったのかい!?」


暴走するイザベラをなんとか宥め、ベルラートでの出来事をイザベラたちへ教えた。


「なるほどな…グンヒルドに襲撃されて、勇者となったマールがそれを倒したと…」


「様を付けやがれあたしの推しだよ!」


推しとかあるんだこの世界、と、カイトは思いながらも乾いた笑いを浮かべる。


「それで、勇者のことを言わないほうがいい理由とは?」


カイトの問いに、イザベラはゆっくりと語り出した。


「グンヒルド様が言ってた通りさ、人間は勇者様たちを裏切ったんだよ。魔王を倒した後、勇者は人間達に敵とされ最期は城に籠城したんだ。その中で日に日にパーティメンバーだった英雄達が1人、また1人と殺されて行った。人間どもは殺したメンバー達の亡骸の首を切り落とし、槍に突き刺して見せしめにした。その光景をみた勇者様は嘆き慟哭し、そして人類を恨む言葉を叫びながら自らの胸を勇者の剣で貫き自害したっていわれてる。」


「なんだと!?我々の先祖がそんな非道を!?」


ヒューゴは感化され怒りを露にするが、デュートリヒに宥められた。


「俺たちのご先祖様がそんなことをしていたんなら…グンヒルド様が人類を恨んでもしかたねえわな…だとしても1000年も前の話は俺たちに、関係ねえ話だわ」


デュートリヒの皮肉を言いながら笑い、イザベラも頷いた。


「まあ、用心した方がいいのはたしかさね。当時勇者様達をぶち殺したクソの末裔だってまだいるかも知れねえんだから、いいかい?カイト、勇者の話は誰にでもするんじゃあないよ?」


そう言ってイザベラは激しく撃ち合う2人に顔を戻す。


「あとで、謝んなくちゃな…あたしの一族にとって勇者は信仰の対象なんだよ、つまり神様だ。その神様が再びこの世に現れてくれた、悪い話ばかりでは無いさね…」


それから2人の撃ち合いは日没まで続いた、念願だった弟子の到来に、レイは満面の笑みで帰って来てカイトに何度も何度もお礼を言ってきた。マールはというと、地面に大の字に横たわったまましばらく動かなかった。


「カイト…後で…覚悟してよっ…ね」


そんなマールの恨み節はとりあえず無視すると、イザベラが手厚くマールを介抱した。信仰の対象である、というのはどうやら本当らしい。


「話は聞きました、勇者様」


イザベラは耳元に囁くように告げ、疲労で動けないマールを丁寧に抱き上げた。


「おら野郎ども!いつまでもみてるんじゃないよ!!さっさと消えな!!」


凄みのある声でカイトたちを蹴散らしたのであった。その夜、カイトとマールのいる宿屋にレイが襲撃してきた、彼はマールの潜在能力に大層な関心を持ったようで翌日には旅立つ予定だったカイトに1月くれと頼み込んできた。


「1月でマールを完璧にしあげる!だから私に預けてくれ!!」


レイは土下座する程の勢いだった。


「いいですよ!」


「は!?ちょ、勝手に…!」


「最前線最強のA級冒険者につきっきりで訓練されるんだよ?願ったりかなったりじゃないかマール」


「え…ええ…」


「ありがとうカイトくん!では行こうか!我が弟子よ!」


レイは満面の笑みでドン引きしたままのマールを小脇に抱え、宿屋から飛び出して行った。そこからは風の噂で話を聞いた話だが、2人は日夜訓練に勤しみ、あらゆる場所で目撃報告がもたらされた。最初はいやいやだったマールも日が進むにつれてその過酷な訓練の日々に慣れていき、一週間もした頃にはレイと共に凄まじい数の亜人を仕留めるまでになっていた。その報告は凄まじく、2人が現れた場所は非番になるとされる程であった。カイトはその嘘のような報告に苦笑を漏らしながら、ベリドゥの要塞建築の事務的な手伝いをしながら、時折り来るゼノリコ王の物騒すぎる檄文を破り捨てつつ1月を過ごした。


そして、約束の一ヶ月ご。


「弟子よ!まだまだ伝える事は多い!しかし約束だからここまでだ!」


レイは号泣しながらマールを見送る。


「え、あ…うん、はい」


マールは特に変化したした印象はなく、苦笑していた。


「ほら、レイ、行くぞ!」


「弟子よ!!死ぬんじゃないぞー!!」


イザベラとデュートリヒに脇を抱えられ、まるで捕まった宇宙人のように連れて行かれた。


「さて、帰ろうかマール」


カイトはそう言って待たせている馬車に乗ろうとした、すると誰かがカイトの外套を引っ張っている。見ればマールが笑いながらカイトの外套を掴んでいた。


「カイトってさ、勇者のそばにいる時は死なないんだっけ?」


「あの、その…今は勇者状態じゃないから…その、割引きってあります?」


「ない!!」


この後、一月の間にたまりに溜まったマールの怒りが爆発し、カイトはマールの気が済むまで死なない程度にぶちのめされたのだった。



お疲れ様でした、次回から真の本編である花の国編が始まりますお楽しみに。


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