5章 羽化
一部の最終回になります。
ハイゼンベルの一件から、一月の月日が流れた。
すっかり身体が元通りになったカイトは、いつものようにマールにベルラートの外周を全力疾走させられていた。
「走れ走れー!!」
マールはあの時話を聞かれていたにも関わらず大した変化はない、強いていうなら尻を蹴る蹴りの威力が上がった位だろうか。
「ゆる…ゆるして…ゆる」
「うるさいー!まだいけるだろー!」
病み上がりには辛すぎるしごきを終える。
「じゃ、じゃあ僕行くから!」
マールは足早にギルドで余った仕事を片付けると、シィロを連れて言ってしまう、ここ最近はずっとこんな感じで、訓練を終えてはすぐに依頼をこなしに行ってしまい、あまり顔を合わせて喋る機会がなくなったようにも感じる。カイトは特に気にせず、5枚の金貨を手にベルラート城へと向かった。
「ベリドゥ要塞化計画の費用、加えてハイゼンベルの鉄道化事業に人員の貸し出し…食糧の確保」
城ではゼノリコが白目を剥きながら執務と戦っていた。
「リコ様、おはようございます」
カイトはゼノリコに挨拶をすると、ゼノリコは手を止める。
「来たな戦争オタク!!貴様!貴様のせいで貴様!?」
先の戦争による出費は相当なものとなっていた、それに加えてカイトの提案したベリドゥの要塞化企画にアジムとアジルが揃って承認し、その一環としての鉄道計画が始動、その為、異世界にも産業革命が訪れようとしていた。その為ベルラートはかつてない大忙しとなりゼノリコは毎秒過労死しながら執務に追われている。
「カイト様、いらしていたのですね」
そこで背後から声が響く、振り向けばそこにはすらっと長い黒髪にベルラートの象徴である青に金の刺繍が入ったドレスを身につけた女の子が、お盆を抱えて立っている。彼女は先のハイゼンベルの戦いで命を落としたハイゼンベル国王ドラドの娘であり、名はエレーネという。本来ならばハイゼンベルの王位を継承しなければならないのだが、彼女は9歳と実に若く、王として未熟であるということから、ゼノリコが養子に迎え日夜王としての教育を受けている。
「おはようエレーネ」
カイトはそう返すと、エレーネはニコリと笑いゼノリコの側にお盆の上に乗った水差しとグラスを置くと、古い物を回収する。
「カイト!半分はお前のせいなんじゃから手伝えばか!!それとエレーネ!そんな雑務はせんでええわい!勉強しろ勉強!」
「は…はい、お義父様」
エレーネはゼノリコにどやされ、少し悲しそうな表情を浮かべて去っていく。カイトはそんなゼノリコの書類の山を半分奪うと、近くの席についた。
「リコ様、もう少しエレーネ様を構ってあげては?」
「余計なお世話じゃ!人の家族の話に一々口を挟むな、手をうごかせ、手を」
ゼノリコは苛々した様子で悪態をつきながらも書類を山にしていく。
「グレますよ?」
カイトがボソリと呟くと、ゼノリコはバシンと机を叩いた。
「貴様!今なんと言った?」
見れば鬼のような形相でゼノリコはこちらを睨んできている。
「ですから、グレますよ?エレーネ様」
「バカをいうな!良い子なあやつがグレるわけなかろう!?」
現代を騒がせたモンスターペアレントとはこういう感じなんだろうな、と、カイトは乾いた笑いを浮かべる。
「あの子が誰の娘で、誰の血を引いているのか…良く考えてください」
「わしの娘じゃ!!きっとわしの血を引いておる!」
うわー、面倒臭い。カイトは気にせず執務を続ける。
「じゃが、確かにのう…あやつなかなかドラドの奴の血を濃く受け継いでおる…特に内面、あやつにそっくりじゃ…」
不意にゼノリコはそんな事を言い、手を止めた。
「カイトよ、お主、小さい頃親にどんなことをされた?」
ゼノリコは親の愛情をそこまで知らぬまま此処へ来てしまった、故に親になることがどんな事なのかがわからないでいた。
「25年間ヒキニートだった私がその答えを用意できると思います?」
「そうじゃった、おぬしはスーパー親不孝者じゃったわい…」
ゼノリコはクフフと笑い再び執務へと戻る。
「戦術的に考えるならば、まずは相手を知ることでしょうかね…」
「相手を知る…か、思えばわしはあやつと何もしゃべっておらんな…好きなことも好きなものも、なーんにも知らん…少し彼奴と話してみるかのう」
「はい、それが良いかと」
そして2人は再び無限とも言える執務を沈黙の中で続けた。
「そうだ、リコ様」
沈黙を破ったのはカイトからだった。
「なんじゃい」
「わたしのステータスを見てくれませんか?」
「ええ…?なに、そういう性癖に目覚めたとかいう感じ?」
ぶん殴ろうかな?と思うほどにムカつく反応をされた。
「新しいスキル?的なものが使えるようになったみたいなんです、見えた時は頭が死んでいたのでどんなスキルだったか朧げでして、ついさっき思い出したんです」
それを聞いたゼノリコはどれどれ、とカイトのステータスを開く。
「…確かに一つ増えておるのう」
【最高位の使命】
このスキルは一度しか使用する事はできない。
このスキルは使用した相手に対し、あらゆる条件を無視して命令を実行させる事が出来る。
このスキルを使用できる相手は指揮者との絆が一定以上のものに限定される。
このスキルを使用するには、三度相手を肯定させなくてはならず、一度でも否定や拒絶をされた場合は二度とそのものには使う事は出来ない。
このスキルの発動には口付けを交わす必要がある。
「なんぞお主、マールとそういう関係まで進んだんか?」
「なんでマールが出てくるんですか…」
するとゼノリコはケラケラと笑う。
「しかし、自分を信じたものにあらゆる条件を無視して命令に従わせる能力とは…条件は厳しいが、使えればとんでもない能力じゃな…ギフトにも近い力を与えるようなものじゃろ?」
ゼノリコの真面目な言葉にカイトは頷く。
「はい、これを使えばマールを強引に勇者として羽化させることも可能でしょう」
「……やっぱマールが出てくるじゃないか…」
ゼノリコはそう卑しい笑みを浮かべたので割と本気で睨んでみると、ゼノリコは咳払いをする。
「出来ればそいつは使わない方が良いじゃろうな…ちなみにわしには使うなよ!?」
「キスする必要があるんですよ?使うと思いますか?」
「あ、確かに…でもわからんぞ?ほらわし可愛いからのう!?」
可愛いのは事実だからいらっとする、そしてカイトは再び執務へと戻った。
ベルラート南正門
「ついに来たぜー…我が故郷、いやーながかったなざっと1000年振りかあ?キヒヒ」
ベルラート南正門に、1人の男がやって来ていた。すらっと長い長身の男はベルラートの景色を懐かしみながら両手を広げ、門番に見られている前でそんな事を大声で叫んでいた。黒い皮の上下に身を包み腰には長い長剣を下げている、そして男は上機嫌に笑いながら首をボリボリとかいた。首には大きな切り傷があり、まるで切断された後のような大きな傷だった。
「ああ、痒い…故郷に来ると傷が痒くなるんだよなあ…」
男は鮫のように鋭い刃を見せて口を開けだらりと舌を出す。
「許せねえよな!?裏切りやがった人間はアア!」
目から黒い涙を流しながら首をかきむしり、そして剣を抜いた。
「なんじゃ?」
突如として激しい爆音がベルラート全体に響いた、ゼノリコがその音に反応する。そんなゼノリコの執務室へガリレオが飛び込んでくる。
「敵襲です!」
「亜人ですか?」
カイトが聞くと、ガリレオは顔をあげる。
「人です、奴は南門を破壊し!目につく人を殺しながらこちらへ接近しています!」
「カイト、頼む」
「わかりました!」
カイトは二つ返事で駆け出し、城を飛び出ると、南門から立ち上がる大きなキノコ雲を見た。その足ですぐさま冒険者ギルドへ向かい、全ての冒険者達を武装させると直ちに南門を目指す。
「弱い」
男は軽く腕をふる、それだけで人間は紙屑のように千切れ飛ぶ。
「弱い弱い!」
男は軽く足を振り上げた、ただそれだけで大地には亀裂が走り石の家屋は粉々に砕け散る。
「弱い弱い弱い」
男は少し体を仰いで見せた、それだけで冒険者と呼ばれる矮小な存在は吹き飛び命を散らした。
「ぎゃはははははっ!テメェら!揃いも揃って弱すぎんな!!?どうしたこら??1000年前はもっと強かっただろう!?よう!!」
男はだからかに笑いながらひたすらあゆみを進め、疼く首の傷をかきむしる。
「だああああ!」
そんな男の背後から、気合いの掛け声と共に剣が振り下ろされた。激しい金属音が弾ける。
「な…」
マールは完璧なタイミングで男を背後から襲撃したはずだった、そんなマールの渾身の一撃を、男は片腕一本で止めていた。
「へえ?気付かなかった、やるじゃん?ガキ」
男は肝心し、マールは距離を取る。
「遅え!奇襲はこうやんだよ!」
マールが気づいた時男はすでにマールの背後にいたそして人々を紙屑のようにちぎっていた殺人的な威力の両手を振るう。
「つう!!」
激しい金属音が何度も弾け、マールの小さな身体が吹き飛んでいく。
「マジか、いまの連撃受けきったの?やるじゃんやるじゃん…いいねえ!楽しいねえガキい!!」
マールには連撃は見えていなかった、勘だけで身体を動かして男の連撃を運良く受け止めることが出来たに過ぎない、なんとか攻撃を受け止めきれはしたが、大剣に伝わった衝撃の強さで手に痺れを感じる、強すぎる…マールは未だかつて相対したことのない強敵の襲来に冷や汗を流す。
「君は誰!何しに来たのさ!!」
マールは負けじと叫び返した、すると男は、ああっとふざけた調子で笑う。
「自己紹介がまだだったね!では!その耳かっぽじってよーくきけ!!」
男は決めポーズを取りながら大声でさけぶ。
「我は、魔王軍ゴブリン区統括顧問【黄昏のグンヒルド】我が魔王様の命とは関係ないが、個人的な趣味で生まれ故郷を見にやってきた!」
「…え?」
マールは首を傾げ、グンヒルドは盛大にこける。
「ガキにはまだ難しかったか?まあ良い、どうせもうすぐ死ぬんだからな!」
「やってみなよ!!」
マールは大声で吠えながら大剣を構え、グンヒルドへ襲いかかる。
「あー、それはもう見た」
グンヒルドは指2本でマールの一撃を受け止めると、素早い身のこなしで回し蹴りを放つ。
「ぐが…!」
マールの脇腹を想像を絶する破壊力の回し蹴りが貫き、マールの小さな身体が吹き飛んで地面を転がりそれでも止まらず民家の壁に激突する。
「おー…頑丈だね?普通なら今ので死ぬんだが、ガキ!テメェさてはつえー奴だな?」
明らかな致命傷を与えたと考えていたグンヒルドだったが、血を吐きながら立ち上がるマールを心より賞賛した。
「ぐ…つ…こいつ…」
グンヒルドはマールよりも遥か格上だった、手も足も出ない、マールはそう感じながらも再び武器を構えた。
「んじゃ…つぎはー!」
刹那、グンヒルドの顔面に何かが飛んできた。
「あぶね!」
グンヒルドはそれを難なく掴み取ると、それは槍である短く細い。
「なんだこりゃ?」
その一瞬の隙に、黒衣の少年の振るう斧が、頭を捉えた。
「いった!…」
グンヒルドの頭を強く叩いた斧は見事に砕けちる。
「痛えなこのやろう!!」
グンヒルドはすぐ様反撃に転ずると、黒衣の少年の顔を掴んで地面に叩きつけるべく投げつけた。
「クウ!!」
投げられたクウを、緑色の目立つ髪色にRPGのヒロインのような外見の女性、ガルーダがスレスレで受け止める。
「どりああああ!!」
「ぬうういあ!」
同時、フルプレートに身を固めた重装備の2人がグンヒルド目掛けて突進してくる。
「ち!うっぜえ!」
グンヒルドは身軽に距離をとり重装備の突進を避ける。その瞬間。
「はああああ!!」
3人目のフルプレートに身を固めた女が、異様に長い槍による鋭い突きを放ってくる。その背後から2本の矢も迫る。
「おは、やっべー…」
グンヒルドは絶対絶滅の危機。
「とか思ってんじゃねーの?あめーのよ」
グンヒルトは迫っていた槍を掴み取ると強力な力で槍を使いフルプレートを紙屑のように貫き1人を串刺しにし、背後から迫る矢を掴み取る。
「アンネマリー!!」
「貴様!」
グンヒルドは手に持った矢を背後の塔へ投げつける、塔は半分が空間が吹き飛ぶかのように抉れて吹き飛び、塔の上にいたシィロが落下していく。さらに飛びかかって来る重装の2人を正面からぶつかると。
「加護がたりんよ、加護が…」
グンヒルトは嘲笑いながらゲイツとゲイルの2人を軽く払いのける動作だけで吹き飛ばした。ゲイツとゲイルは地面に倒れると、もう動く事はなかった。
「次は私だ!」
ガルーダが切り掛かる、しかしグンヒルドは特に興味も無さそうな動作でガルーダの剣を掴む。
「弱いな、お前」
握力で剣を握りつぶし、ただの平手打ちでガルーダの首から上が吹き飛んだ。そして忘れていたとばかりに地面に倒れ伏したクウの頭を踏み潰す。
「み…みんな…」
マールの目の前で、カイトのクランの全員が瞬く間に殺され、マールは恐怖で身がすくんだ。
「おいおい、ガキ?まさかビビったとかじゃねーよな?頼むぜマジで」
「うるさい!お前なんか怖くない!」
再びマールは大剣を握り、グンヒルドへ向かってゆく。
「かー、バカの一つ覚え、学習しないな?」
「下!」
誰かの声が響き、マールが同時にしゃがみ込む。
「お…」
油断していたグンヒルドの身体に無数の矢が突き刺さる。
「いっ…」
流石のグンヒルドも痛みに顔を歪ませ、そのまま下方から来るマールの袈裟斬りをもろに受けた。
「なんちゃってな!」
傷口は直ちに塞がり剣を振り上げた体勢のマールの右腕を掴み取ると、思い切り地面に叩きつける。
「ぐぎ!」
地面が陥没し、握られただけで潰れたマールの右腕から大剣がこぼれ落ちる。
「おー?まさかこの程度で死なねえよな?ガキ?」
グンヒルドは、マールの身体を引き起こしジッと見つめると、既に虫の息なマールに盛大なため息を吐き出した。
「がっかりだぜ…まあいい、おれは女をいたぶる趣味はねえ、そこで大人しく死んでろ」
マールをその場に放り、そして彼の目は声の方、カイトへと向く。
「ハイデさん、時間を稼ぎます、マールに回復を」
「わかりました」
カイトは自ら前に出て行き、グンヒルドと相対する。
「お?なんだー?なんだ?もやし、おめーみてえな雑魚に用はねえぞ?」
「そうでしょうね」
「成る程、その聖職者使ってさっきのガキを回復させようって魂胆かい?」
お見通しだった、グンヒルドは嘲笑うように笑う。
「無理だと思うぜ?いいぜ?回復してミナ??あのガキはもう折れてる、回復させた所で泣きながら逃げるぜ?俺の首をかけても良い」
グンヒルドは自らの首を差し出してかきむしりながら見せつける。そして、ハイデに手を出そうとはしない、むしろ再び起き上がり、剣を抜いて立ち向かってくるのを臨んでいるかのような、そんな様子だった。
そうしている間にもハイデはマールを回復させる、マールは目を覚ますとグンヒルドとカイトを見てそして。
「うわああああん!!」
マールは泣きながらハイデを突き飛ばし、大剣を拾うこともせず逃げていった。
「ほらな?あいつはもう戦えねえよ」
グンヒルドは腹を抱えて笑い、そしてカイトを睨む。
「さて、実はおれ、おまえみてーなインテリくん見ると無性に殺したくなるんだわ!だからお前は今から殺すけど、何か言い残す事はあるか?」
グンヒルドは瞬間移動同然のスピードでカイトへ間合いを詰め腕を振り上げる。カイトは避けられない。カイトは目を閉じた。しかし、激しい金属音と共に何かがカイトとグンヒルドの間へ割って入った。
「お?」
その男は、山のような巨軀をもち、手にした大剣を一度握ればありとあらゆる魔物達が怯えて逃げていく。
「ウチの可愛い孫泣かしたんはお前かー?おう!」
ベルラートの生ける伝説、鉄腕ビルドが、カイトの前に立ちはだかり、グンヒルドの拳をその手にした馬鹿みたいに分厚い大剣で受け止めていた。
ビルドは右腕に力を込め、手にした大剣を振り抜くと、グンヒルドの華奢な体を軽々とぶっ飛ばした。
「ジジイ!お前強いな!?」
グンヒルドはあらたな強敵の到来に顔を輝かせ、目にも止まらない速度でビルドへ向かってくる。ビルドもそれに応じ、激しい肉弾戦が始まる。
「カイト!10分稼いでやる!」
「しゃべってる余裕ねー…ごはあ!!」
ビルドの強烈な右ストレートがグンビルドの頭を貫き、再びぶっ飛ばす。
「孫は心折れた時、かならずあそこに行く、孫を頼んだぞ」
カイトは察し、大きく頷くとかけだした。
「あ!てめえ!インテリ!!逃さねえ!」
グンヒルドにダメージはなく、瓦礫を吹き飛ばしながら起き上がるとすぐさま走るカイトに襲いかかった。しかしビルドはそれを許さず熊のような二の腕によるダブルハンマーで、グンヒルドを地面に叩きつける。
「がっはっ…!?」
グンヒルドは地面に埋まるほどの威力で地面に叩きつけられ流石にダメージを受けたのか光る血液を口から吐き出した。
「む?」
ビルドはその血液を見た瞬間に驚愕に目を見開いた。
「お主、まさかベルラートの古書に名を記された…英雄【黄昏のグンヒルド】か…?」
ビルドがグンヒルドから距離を取ると、グンヒルドは静かに起き上がる。
「だからそう言ってるじゃねーか?」
グンヒルドは首をかきむしりながら口を伝う光る血を拭うとゆらりと立ち上がる。
「勇者と共に魔王を討ち果たし、人理の為に尽くした貴方様が何故人に牙を向くのです?、しかもあなたが愛したベルラートの子らをその手にかけるなど…」
急に改まるビルドに、グンビルドは笑みを捨てる。
「そりゃあ、人に裏切られたからに決まってんだろ…見ろよこの首」
グンヒルドの首には鋭利な何かで切断されたかのような痛々しい傷跡があった、彼はそれを掻きむしりながら黒い涙を流す。
「あらー痛かったぜ、人々の為に戦ってよー?沢山ころしてよー?だがいざ魔王を討ったらどうよ、てめえらは今度は俺たちを殺しにくるじゃねえか?ゆるせるわけねーよなあ?」
グンビルドは再び口を裂いて笑う。
「これは復讐なんだ、てめえら人間が裏切り、俺たちを虫みたいにぶち殺した事に対する復讐!ははは、だからおめえに罪はねえが…皆殺しにするぜ?」
その計り知れない怒りと怨みに黒い涙が溢れでると、再び暴力と破壊の嵐が巻き起こった。
「はあ…はあ…」
カイトはひたすら走り続けていた、普段からマールにしごかれた訓練が今になって無駄になっていないことを身体で感じ、思わず笑みがこぼれ出す。時刻は既に日が傾き、夕日が沈みかけていた目の前にはビルドの鍛冶屋がある。カイトは直ぐに中へ入ると裏庭へ急いだ。
「お願い!僕に力をかして!」
マールは青く光る剣を引き抜こうとしていた、一向に抜けない大剣に対して叫びつづけている。
「なんでダメなの!僕に何がたりないの!?」
その場でへたり込むと、その激しすぎる水流に流されていく。
「マール!」
カイトは水路に落ちたマールをギリギリで掴み、引き上げた。マールは泣きながらカイトに弾けるように掴みかかる。
「カイト!僕には何も出来ない…僕はあいつに勝てない…どうやったら…早く行かないといけないのに!みんなが死んじゃう!」
想いを吐露して泣き崩れるマール。そんなマールにカイトはつぶやいた。
「マール、君じゃなくてもあいつには勝てるんじゃない?ビルドさんがやっつけてくれるかもしれない…」
カイトの服を掴むマールの手に力が籠る。
「そんなことない!!あいつは爺様なんかよりずっと強い、だから僕がやらなくちゃだめなんだ!早くいってあげなくちゃダメなのに…僕が…僕があれを持てないから…あれを使うことが出来ないからみんな死んじゃう…僕のせいで…」
見ていられなかった、いつも元気で笑っている彼女だけを見ていたかった。そしてカイトは迷いを捨てる。
「マール、立って…」
カイトはマールを立たせる。そしてその小さな肩を強く掴む。
「…カイト?いたいよ…」
無気力な彼女をまっすぐ見ながらカイトは告げる。
「マール、今からわたしがする事を、今だけは全部許して欲しい」
「え?な…なに?」
「いいから!!わからなくても良い、私が言うことを肯定して、今だけでいい、後で、あいつを倒してから殴ってくれていいから!わかった??」
「え…」
「わかった!?」
「うう!うるさい怒鳴んないでよ!わかったよ!」
カイトマールの肯定を聞くなり彼女を強く引き寄せて口付けをする、マールは突然のことに驚き目を見開いた。カイトはゆっくりとマールを解放すると呆然と立ち尽くすマールに告げた。
「マール、君が好きだ」
「え、うん」
「わたしと、共にいてほしい」
「…う、うん」
「これから先も…ずっと」
「……」
マールは顔を真っ赤に染めて小さく頷いた、その瞬間、カイトの右腕が緑色に輝き出す。
「え、あ…なに?」
唐突な光にマールは怯み、カイトは笑いながら伝える。
「マール、今から君に【最高位の使命】を使う!」
「よー!ガキども!死ぬ前だっつのにお熱いじゃねえのよ!!腹立つわあー、ガキのくせに盛りやがって、やっぱテメェらは殺さなきゃダメだって俺の勘が言ってんだわ!!」
カイト達を追いかけてきたグンヒルド、その右腕には全身をあらぬ方向に曲げられたハイデが力なくぶら下がっている。
「あん…?」
グンヒルドは手にしたまま事切れたハイデを捨て、青白く光る大剣に目を向ける。
「エルフの鉄…?」
その一瞬の隙をカイトは見逃さなかった。
「【目覚めよ勇者よ、今こそ羽化の時】」
同時、カイトが言葉を吐き出し隣にいたマールを突き飛ばした。瞬間グンビルドの拳がカイトの身体をぶっ飛ばした、カイトは血を噴き出しながら飛んでいき水路に落ちる。
「なあにが勇者よ!だもやしが!いるわきゃねえだろー?だって勇者は俺たちの…て…あれ??え?」
目の前でカイトに突き飛ばしたはずのマールの姿が、ない。そして先程まで鬱陶しいほどに輝いていた剣が消えている。刹那、青く輝く光が視線の端に映った。
「が!!?…」
グンヒルドの視界の端でさえようやく捉えることのでた斬撃に今の今まで使いもしなかった腰の長剣を抜き、その一撃を受け止めた。
「な…?俺に剣を…!?」
グンビルドは咄嗟に剣を抜いていた事に驚いていた、ここにいる人間たちは、誰1人として剣を抜くような相手はいなかった、筈だ。しかしこの太刀筋には覚えがあった。
「ち…テメェ、ガキい!!」
グンヒルドは剣を抜きながらマールの小さな身体を弾き飛ばす、瞬間、次の一撃がすでに視界の端へ迫っていた。
「つあああ!!ぬあああああ!!」
グンヒルドはその一撃を瞬時に弾く、しかし弾いた端から次々と剣撃が飛んできた。グンヒルドは吠えながらそのことごとくを弾き落とす。
「なんっ…だ…こいつっ?うそだろ??」
武器を持ち替えただけでまるで別人のようになったマールに、グンビルドは激しく動揺した。思考の端で、先程インテリがしていた事が脳裏に浮かぶ。
「あいつか、あのインテリ…何をしやがった!?」
その顔からは先ほどまでの余裕は存在しない、グンヒルドは瞬く間に迫ってくる光の剣撃をただただ防ぐだけで必死になっていた。
「くそっ、が!この俺がガキなんかに…負けるわけねええだろうがよっ!!」
強気に叫び返してながら手にした剣を振り回し、その度に激しい金属音が何度も弾け火花が飛び散る、そしてついにグンビルドの長剣が光速の一撃に耐えきれずに砕け散る。
「ち…しまっ…!」
動揺、目を見開いたグンヒルドのその両腕を、青い光の斬撃が捉え天高く跳ね上げた。
「ぎ!!ぎあああ!!」
グンヒルドは腕を切り飛ばされた痛みに叫びながら光る血液を吹き上げ距離を取る、その顔は苦痛に歪み、膝をつく。
「てめえ…舐めてんじゃ…がはっ…」
グンヒルドは腕が飛んだ程度では怯まない、先ほどやられた時のように、すぐに傷を再生させて戦闘を継続すればいい、そう考えて立ち上がる、しかし次の瞬間には、彼は驚愕に目を見開いた。
「君のその光る血は自己再生があるんでしょ?この子が教えてくれた」
青く輝く大剣を片手に握りしめ、マールは目の前で膝をつくグンヒルドを睨みつける。
「でも、その腕はもう回復しない」
グンヒルドはその言葉を聞いて過去を思い出していた。それは遥か昔、やんちゃだった頃の自分が、勇者と出会った時のこと。彼が戦った勇者も、光る血を持った自分の両腕を斬り上げ、彼女のような言葉を言ったのだ。『その腕はもう回復しない、僕が許さない限りはね』グンビルドはそんな勇者に憧れ、自ら膝を付いたのだ。
「は、なるほどねえ…てめえが今回の勇者で、俺が最初の当て馬ってか…ふざけんじゃねえ!」
グンビルドは悪態をつきながらも立ち上がり、笑う。
「おいガキ腕をとったぐれえで勝った気になってんじゃねえ!しってっか!?冒険者のもつ加護はなあ!やろうと思えば具現化して武器に出来るんだよ!例えばこの様に!」
身体に自らの加護をめぐらせ、具現化すると切断された両腕から加護により作られた青白く光る剣を具現化させる。
「…はは!ビビった??だからつまり、俺見てーなつえー冒険者は…自分の有り余った加護をこうして武器にして戦えるってわけよ!!」
そして真っ直ぐにマールへと飛びかかる。
「うん、それは無理だよっ」
マールは余裕を崩す事はなかった、グンビルドは忘れていたのだ。エルフの鉄が否応なく加護を吸う代物である事、そして勇者という神託は、女神の影響を受け付けないことを。全力で振るった加護により成形された剣は、マールが振るった大剣の風圧で蝋燭の火のように掻き消され、加護を吸い取られていく。
「あー…そうだったわ…わすれてたぜ…」
グンビルドは諦めたように告げ、にこやかに笑うと、次の瞬間にはその胸に光り輝く剣が貫いた。
「ぼく、自分の加護以外はいらないから…君に返すね?」
そう告げると、吸い取った加護を全て剣に込め、胸から引き抜くと同時に、グンビルドの首を跳ね上げる。グンヒルドから奪った加護が力の行き場を失って弾け飛びグンヒルドの身体の中で大きな爆発を起こすと、グンヒルドの身体は加護の光の中へと消えていった。
全てを終え、臨戦体勢が解けるとマールは手にした青く光る大剣がみるみる小さくなっていき、マールの腕にピッタリとハマる青い水晶の腕輪へと変わる。
「べんりー…」
腕輪になった大剣を見ていたら、死んでいると思っていたハイデが身を起こす。
「ハイデ!無事?」
ハイデは自らに回復を掛けていた、そのおかげで致命傷を受けなければ死に至ることはなかった。ハイデは折れた首を元の位置に戻し、身体中の骨折が治って行くにつれて意識がはっきりしてくる。
「マール…あなた、こそ…大丈夫なんですか?」
ハイデは自らの身体の回復が済むと立ち上がる。
「うん、僕は大丈夫、あいつもやっつけた」
「本当に?あなたが??」
マールの指差した地面に、グンヒルドの砕けた剣や光る血液がある。
「マール?あなた…神託が…」
ハイデは普段は見せないくらいに目を大きく見開いた、その目線がマールの頭上を見ている。
「ゆう…しゃ?…貴女が?…そう、貴女は勇者だったのね…だから神託がなかった」
ハイデは勇者の神託について何かを知っているような曖昧な顔をする。
「ぶは!!」
そこで、カイトが水路からようやく上がってきた。
「カイト!?生きてたの!?頭吹っ飛んでなかった!?」
マールはすぐ様カイトのそばへいくとカイトの手を掴んで水路から引き揚げた、陸に上がるとカイトは仰向けになり、口から水をゴポゴポと吐き出しながら不気味な笑みを浮かべる。
「指揮者は…勇者がそばにいると死なないんですよ」
「良かったぁ…」
マールはへたり込むと緊張が解れたからか、泣き出してしまった。そんな彼女の様子をみて、勇者となっても特に変わらない様子のマールにカイトは安堵した。
その日、黄昏のグンヒルドの襲撃によりベルラートは重大な被害を被った、犠牲者は延べ60名、冒険者も含めると200を超える膨大な数だった。
このことを重大に受け止めたゼノリコは、直ちに全国に対し、魔王の出現と注意を呼びかけた。
「まさか、黄昏のグンヒルドが魔王軍なんぞに寝返るとはな…」
ゼノリコは報告を聞きながら驚愕していた。
「王様知ってるの?」
マールが聞き返すと、ゼノリコは頷く。
「わしが来た頃には歌に謳われるほどの大英雄じゃった、輝く血を持ったベルラート最強の剣士…最期は謎とされていたのじゃが、まさかわしら人間領の先祖たちが盛大にやらかしていたとはのう…」
ゼノリコはクフフと笑いつつも報告書を執務室のデスクに投げる。
「してマールや、勇者となった感想はどうじゃ?」
ゼノリコの問いかけに、マールは首をかしげる。
「それが、あんまりよくわからないんだ。あれからもう一度力を借りようと思ったんだけど…この子うんともすんとも言わなくてさ」
マールは手にした青い水晶の腕輪を振る。ゼノリコはふむ、と言いながらステータスを開く、しかしマールのステータスは開かない。
「む…マール、お主のステータスがひらけん」
「もしかしたら、この子が教えてくれたスキルかな?なんか勇者は女神の力の影響を受けないんだって」
「その剣、喋るのかえ??」
ゼノリコが問いかけると、マールは思い出したかのように頷く。
「え?そうだけど…」
「今も?」
その問いにはマールは首を横に振る。
「今は聞こえない、剣の姿の時だけみたい」
そこでカイトが帰って来た。
「今回の被害で倒れた冒険者達の蘇生と、崩れた塔の修繕を依頼してきました、シィロは落下して気絶していただけだったので、既に屋敷に戻らせています、えっとそれから…」
「あ、カイトおかえり!みんなはどうだった?」
マールは態々カイトの側にいくと聞いてきた。
「みなさん元気でしたよ、ガルーダさんなんか鍛え直すって張り切っていました。」
「ん、そっか!あいつらしいじゃん」
ゼノリコは2人を見ながら尻がむず痒くなる感覚に襲われる、あれ?こいつら何か凄く仲良くなってね?と。
「それで?リコ様、私達に要件があったのでは?」
カイトの問いかけに、ゼノリコは思い出して咳払いをする。
「うむ、お主らに頼みたいことがあっての」
そういってゼノリコは丸めた書状を次々に取り出した。
「お主らにはこれから、この世界の各地へ赴き、この書状を領主へ渡してきてほしいのじゃ、まあ、先ずは手始めに花の国じゃな」
そう言いながら書状の一つを差し出してきた、カイトはそれを受け取る。
「そ、それって?」
カイトが聞き返すと、ゼノリコは素直に目を向けてくる。
「魔王がいつ目覚めるかわからんのじゃろう?そして相対するのは黄昏のグンヒルドと同格の化け物どもと見て良いじゃろう、そうなれば、人種が争っておる場合では無かろう?故にまずは人間領土を平定する」
カイトはゼノリコの言葉に再び花の国への書状を見る。
「カイト…いや、指揮者よ、勇者と共に世界を巡れ、そして全ての人種を一つに束ね魔王を討つ手伝いをせよ」
ゼノリコの命令にカイトは膝をつき頭を垂れた、マールもそれに習い、遅れて膝をつく。
「これよりお主ら2人の自由渡航を許可する、好きなところへ行き、成すべき事をなすが良い。じゃが…たまには顔を見せとくれよ?あとカイト貴様は仕送りを忘れるな?クランハウスの維持費はどこにいても徴収するでの!!」
ゼノリコは背を向け精一杯に小さな身体を強がらせて見せ。
「世界を、頼んだ」
そう、言葉を締め括った。
お疲れ様でした、今回は色々と思い切った表現をもちいてみたり、ポッと出の強敵を描いて見たり、色々と考えてみましたが…本当に大変でした。
次回からは2部、世界渡航編となります。




