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4の2 激戦 ハイゼンベル奪還作戦

ながいです、描いてる途中でなんども寝落ちしました。

あれから一週間、カイトの指示によりベリドゥには様々な人々や物資が運び込まれ、士気の根幹にあたる食糧の馬車は途切れる事なく往来している。ややカイトが張り切りすぎた事もあって日に日に膨らむコストを見たゼノリコからは殴られたりもした。ベルラート経由で次々と動員された技術者により、ベリドゥの衛生環境は一瞬で改善された。ベルラートの水流技術を使うことで身体を洗うための洗い場を儲け、仮設ではあるが水洗のトイレなども多く増設された。建築物にも手が周り、ほったて小屋の密集住宅だった街並みも、日に日に綺麗に整えられていく。中でも目を見張るのは目の前に視界いっぱいに広がる、過去カイトのいた世界で実際にあった防御要塞プレ・カレから着想を得た簡易版の防御柵である。ハイゼンベルとべリドゥの間に二重の防御柵が構築されたそれは、突貫工事で作られた為、材質は木材と石だけの粗悪で至って簡単な簡易的なものではあるのだが、その背は高くベリドゥの内情を偵察するには内側に入らねばならない状態に仕向けられている、防御柵の端には物見櫓を取り付け、ハイゼンベルの冒険者を立てて常に警戒に当たらせている。


いくら簡易的で粗悪な材質によるものでも、この規模の防御柵を構築するには普通なら年単位でかかるだろう、しかし、ベルラートから来た建築技術者達は驚くほど優秀だった。そして日頃からドラド王に振り回されて鍛えられたハイゼンベルの屈強な労働者たちや、ベリドゥの冒険者達も、率先して手伝いを名乗り出た事で人手には困らず、たった2日という短期間で構築されたのだった。


防護柵の建築を重くは見ていないのか、ブリュンヒルデを名乗った敵側は特に動きは見せなかった。時折、散発的なリザードマンを出してきては小規模の攻撃をして退いていくような、所謂嫌がらせを繰り返してはいたが、こちらの冒険者が直ちに出撃しては瞬く間に討伐するので大事には至っていない。


「リヒト様」


場所は代わり、ブリュンヒルデ王国の一室、リヒトは殆ど使われた形跡のない王の私室に、ギフトにより作り出した様々な家具を配置して自らの巣を構築した、傍には洗脳により人形化した様々な耳長の女性を置き、使役したリザードマンに持って来させた果実を頬張る。


彼の名を呼んだ女性の声はリヒトの側に光る現代の叡智、スマートフォンから響いていた、スマートフォンは液晶の画面をピカピカと光って消えてを繰り返した。


「なんだ?アリス」


リヒトは端末をアリスと呼んだ。


『敵側に動きがあります、ブリュンヒルデとの間に防御柵の裏で集まり、何か企んでいるようです』


「ふーん?」


リヒトは特に興味は無さそうにスマートフォンを手に取ると、その画面に映された粗悪な防御柵を観る。

彼の女神から貰ったギフトはこのスマートフォンと、女神の叡智とよばれるものだった、その能力は、女神の与えるギフトを、このスマートフォンのアプリとして無限にダウンロードし、自らに付加できるというものだった。この女性達やリザードマンを洗脳したのは、そのアプリの内の一つに過ぎない。そして今起動しているアリスも、戦術アプリと呼ぶもののシステムAIとして配布されたシステムメッセージ兼ブリュンヒルデの指揮官である。


「このだせー柵はなに?」


リヒトが防護柵についてアリスに問いかけた。


『…該当データはありません』


アリスの返答に、リヒトは余裕の笑みを見せる。


「なら気にすることないでしょ、君が知らない事なんか恐れるようなものではないよ」


リヒトはそういうと、目についた耳長の女性を自らの側に引き寄せ、その身体を弄る。アリスに軍指揮の全てを任せていた、彼が今こうして酒池肉林に至れているのはこのアリスが居たからである。


『リヒト様、敵の冒険者達を削るべく展開していた斥候のリザードマン達が壊滅しました』


その報告に、リヒトは再びスマートフォンに目を向ける。


「人間領の冒険者…だっけ?中々やるね、エルフ達は直ぐに引っかかったのにね」


リヒトが転生したのはエルフ領だった、そしてここに至るまでに多くのエルフの村を滅してきている。


「でも、女神の叡智にある戦術Aiである君に、知恵比べで勝てる奴なんていない。いつもみたいに簡単にやっちゃってよね」


『…承知しました』


リヒトは全てをアリスに任せ、側のエルフ女性の股座に手を入れ、洗脳されても反応して跳ねる身体にいやらしい笑みを浮かべている。


『リヒト様』


再びアリスがリヒトを呼ぶ、リヒトは何度も呼んでくるアリスに多少の苛立ちを見せながらもスマートフォンに目を向けた。その画面に写されたのは大きな白旗、そしてこちらに向かってくる馬車である。


「おー!?これって?」


『女性を乗せた馬車のようです』


「マジで!?へー、差し出すんだ?ついにエルフ意外とヤれるの?俺!!」


リヒトはよだれを垂らしながら喜んだ。


『…リヒト様、これは罠の可能性があります』


アリスは不安を感じているようだった。


「中にいるのは女性なんでしょ?なら君の催眠アプリの出番じゃん??女の冒険者がどんなに強かろうが、女である時点で俺には勝てない、そうだろ??」


リヒトは今夜のお供に想いを馳せながら、大きく勃起させていた。



数刻前、ベリドゥの一画に人集りが出来ていた、その中央にはカイトがいる。


「これより、ハイゼンベル奪還作戦を決行します」


カイトはそう吠えると歓声があがる、そして大きく周囲を見渡し、白いローブを身に纏う女性たちに目を向ける。全員で20人、その全員がハイゼンベルやベルラートから集められた精鋭の冒険者である。


「貴女達がこの戦の要です、どうか私を信じてほしい」


カイトの言葉に、様々な女性冒険者たちが頷きその眼に闘志を宿す。


「カイト!」


マールがその中から前に出てきた、栗色のショートボブに翡翠色の瞳の少女も白く薄いローブを身に纏っている。武器は馬車に積んでいるためいつもの大剣は背中にはない。


「マール、任せましたよ」


その言葉にマールは満面の笑みを浮かべてピースする。


「任せといて!」


「まったく…わしまでこんな格好をせにゃならんとはのう…」


ゼノリコも愚痴りつつ白いローブでやってきた、薄地のローブは身体の線をくっきり出してしまう。普段身につけている装飾なども今はない。改めてゼノリコの外見の美しさカイトは驚いていた。


「良く似合ってますよ、ゼノリコ」


カイトの隣でハイデがくすくす笑っている、彼女は伝達役のため木馬部隊には参加しない。


「ハイデ様!終わったらお主にも着せてやるからかくごせいよ!!」


ゼノリコは感高く叫んでいた。


「では、よろしくお願いします!」


カイトの一声に、木馬隊の女性達は背筋を正して一斉に声を張ると、バゼラードが用意したブブポンの引く黒鉄の馬車へと乗車すると、緩やかに出発した。


木馬部隊を乗せた馬車は緩やかへハイゼンベルへと向かう、窓の外には馬鹿げた数のリザードマンがひしめいておりその数の多さに流石の精鋭の冒険者達といえど息を呑む。そんなリザードマンの大群を抜けてひたすら進む。


「カイト達…大丈夫かな…」


マールは心配そうに口にした、その光景はゼノリコの目を通してカイトにも見えているのだが、ゼノリコはあえて言わなかった。


木馬隊を乗せた馬車はそのうちハイゼンベルの正門が視界にうつる、ハイゼンベルの街中にもリザードマンは入っているようだ、正門の前にも多くのリザードマンが配備されていた。


「よし、我々も動きます」


カイトは号令を発すると、荷馬車を改造して作られた背の高い移動用の物見台へ登り位置に着く、カイトはそのあまりの高さに若干びびって引き攣るも、なんとか奮い立つ。


『リヒト様、敵側に動きがありました』


アリスはそういうが、リヒトは興奮していた。馬車に乗せられてやってくる美女達に心躍らせていたからだ。


「どうでもいいよ、アリス、君に任せる」


リヒトはそういい、自ら馬車を迎えにいった。


カイト達は、ゼノリコたちが中に入るのを観ると速やかに行動を開始、ハイゼンベルの城壁が視覚で捉えられる位置に布陣した。ハイゼンベルの精鋭100を前方で横隊おうたいに並べ、左右にバゼラードの騎馬隊を右に30、左に10という不恰好な状態で配置、残りの10は予備隊として物見台の後ろに薄く並べて展開している。左の10と少ない騎兵を補う為、50のバゼラードからきた後続の冒険者達をまとめて並べている。ベルラートの冒険者たちはさらにその後方、カイトの物見台を中心にその位置で横隊に並べて配置されていた。ハイゼンベルの100は不可思議な横隊だった、それはただ横一列ではなく、中央が突出しており、まるで矢印のような隊形をしていた。


『ハンニバル・バルカ、カンナエの戦いで行った包囲殲滅隊形ですか、対応します』


アリスはそういうと、リザードマンの大軍団を左右に広く展開させU型に見える布陣を敷いた、小規模なカイト達を包み込むような数に物を言わせた陣形だった。


「アリス!そんなのどうでもいいから早く催眠アプリ!」


リヒトは子供のように捲し立て、催眠アプリを起動させるとウッキウキで到着した馬車から女性冒険者達を降ろすと横一列に並べさせ、催眠アプリの輝きを馬車から降りた女性たちへ見せた。途端に女性達の身体がだらりと垂れ下がり力が抜ける。


『トロイの木馬ですね、リヒト様、彼女たちは冒険者達のようです』


「彼女達を中に入れて襲撃させようってこと?バカだなーw流石異世界人、知恵が古い!」


リヒトは優越感に浸りながら冒険者の女性たちを一人一人を胸をもみ、股座に手を入れ反応して跳ねる身体を楽しみながら、まるで品定めするかのように見ていく。


『どうやらそのようです、馬車の中に多くの武器類を確認出来ました彼女達の武器で間違い無いでしょう』


「それはそれは…なら彼女達は戦力として丸ごと頂いちゃおう、武器も持たせてあげようか」


『…それは危険では?』


アリスの提言にリヒトは笑い飛ばす。


「君の催眠は完璧なのだろう?女性は俺に手は出せない」


そして、リヒトの目は1人の前で止まる。今回やってきた女性冒険者たちの中で一際小さく、栗色のショートボブに翡翠の色をした少女だった。少女は催眠アプリにより虚な瞳を前に向けている。


「うひょー!!何この子!!超かわいい!!え!?マジ!?」


カイトの思惑通り、マールを一目で気に入ったリヒトは、彼女を列から連れ出した。小柄な体を活かして大柄の女性冒険者の横で目立たないようにしていたゼノリコは思わず苦笑してしまう。


「アリス!今日は早いけどこの子を使うよ!!」


『他はいかがしますか?』


「適当に自分の武器を持たせて城内警備に回しちゃって?」


『わかりました』


アリスの声と共に女冒険者達は動き出し、馬車の中に入ると自分の武器を手にして外に出る。ゼノリコは特に武器は持っていないが、マールの大剣を手に取るが持ち上がらない。


「マールは普段こんなもんを持っとるんか…」


余りにも重すぎる大剣は諦め、カイトが中の女性たち用に余分に入れた雑多な武器から自分でも持てる程度の長剣を掴み取ると、催眠状態で操られた冒険者達に紛れてついて行った。


「じゃ、アリス?ブリュンヒルデにたてついた後の奴らはみんなリザードマンの餌にしちゃってー?」


リヒトはマールの前でしゃがみ込むとその顔に目を向けた。


「きみ…お名前はー?」


催眠状態の人形と化した女性は服従させられているため、リヒトの問いかけには嘘を付くことは出来ない。


「……」


しかし少女は答えない、リヒトはマールの顔をじっと見つめ、ある事実に気づく


「アリス、すごいよこの子、服従に抗ってる!」


女神のギフトによりもたらされた絶対的な力である女性服従の催眠はマールには効きが浅かった。マールは目の前でチカチカとする光に瞬きを繰り返している。


「いいじゃん、そそるねー!」


必死に抗うマールに、より心を奪われたリヒトは、今すぐにこの場で押し倒して無茶苦茶にしてやりたくなる衝動に駆られるが、なんとか堪えた。


「みてみて、きみのせいでこんなになっちゃったよー…」


リヒトは限界まで隆起した自分のそれを小さなマールの前で晒し、虚な目をした彼女の顔に擦り付ける。見せつけるかのように、存分に見せつけ擦り付けた。そして我慢が出来なくなると、マールが身に付けた薄地の白いローブをはぎ取り裸にすると抱き上げ、先程までくつろいでいた自分の巣へマールを連れていく。


『こちらも戦闘を開始します』


アリスは宣言し、リザードマンの大軍団が侵攻を開始した。


「みなさん、来ますよ!打ち合わせ通りに!」


カイトは檄を飛ばし、整列していた冒険者たちが身構え、各々の武器を構えた。カイトの背後で眩い白髪の少女、シィロは立ち上がると様々な色の旗を並べていく。


「ヒューゴさん、まだ早いです。見つからないようにして待機を」


カイトの言葉をハイデがヒューゴへ伝える。ヒューゴ達はカイトの指示で先に出立し、案内人の労働者達と共にベルラートからカイトが連れてきたクランのメンバーたちと共に、過去にドラド王が大穴を開けてしまったという位置に来ていた。既に埋められていた穴ではあったが、今は人1人が入れる程度の穴が開けられている。


「し…」


ヒューゴの前で、密偵の神託をもつ少年。クウが口に手を当て身を低くしている。クウは穴から顔だけを出している、リザードマンたちはピット器官があるため、鉱山内にいた場合すぐにバレてしまう可能性があるとされ、入り口に身を潜めてカイトの指示を待っている状態にある。


「おちつきませんか?」


カイトが派遣してきたクランのメンバーが声をかけてきた、顔を向けると、黒いオカッパ頭の色白の少女アンネマリーが心配そうにしている。


「ああ…こうしている間にもあの愚劣な男に姫様が汚されているのではと思うと…」


はやる気持ちと不安で武者震いが止まらないヒューゴの手をアンネマリーは取る。


「大丈夫です、大丈夫…」


自分よりもずっと低級の冒険者、加護も低く自分にもあまり面識のない少女から受ける励ましが、これほどにも落ち着かせてくれるとは思いもしなかったヒューゴは、大きく深呼吸をする。


「合図が出たら、我々は置いて行ってくださって結構ですよ」


そんなヒューゴの肩を恰幅よい男ゲイルが、叩き笑いかける。彼は最底辺のランクの冒険者のはずだが、その堂々とした振る舞いにヒューゴは苦笑した。


「ヒューゴさんの邪魔にならないように、僕たちが退路を護りますから!」


「舐められたものだな、Y級の君達に心配されるような事はない」


A級のヒューゴから震えが止まり、差別的にいいながら、笑いかける。


「だが、心強い!共に戦えることを誇りに思う」


ヒューゴの言葉にカイトのクラン達は笑っていた。


舞台は代わり、ハイゼンベル正面。だだっ広い平野に布陣されたカイト達と相対するのは馬鹿げた数のリザードマン、その数は数千を超えている。それに対して冒険者は300に過ぎない。


カイトはハイゼンベルの精鋭100を横隊に並べバゼラードの部隊を左右に散らし、その背後にはカイトの物見台がある。


リザードマンの軍勢は一斉に走り出すと、すぐさま横に薄く拡がった。カイトの布陣を、紀元前にハンニバル・バルカが行った包囲殲滅隊形と見たためだろう。


『その人数でその布陣ならば、数に余裕のある我々はより大きく拡げて逆に包囲したら良い』


アリスはその一手だけで、勝ちを確信していた。ハンニバル・バルカのカンナエでの包囲隊形は5万でやったのだ、たった300の勢力で出来るわけがない。

それに加えて、リザードマンの前衛部隊は5000、国の中には更に1000が控えている。ならばその大多数を広げて包み込んでしまえばいい。


「とか、考えているんでしょ?ここは異世界なんですよ!」


カイトはそう笑い飛ばすと、声を張り上げる。


「ハイゼンベルの子達よ!!故郷は目の前だ!!帰ろう!脇目を振らず!!ただ真っ直ぐに!!」


タイミングを見計らい、充分に引き寄せたことを見て取ったカイトの号令に、ハイゼンベルの冒険者達がはち切れんほどの鬨の声をあげながら走り出した。


『!?』


アリスは驚愕した、数的劣勢であるはずのハイゼンベルの横隊がいきなり前に出てきたからだ。そして悟る、敵の狙いが、左右に展開する為に薄くしてしまった正面を貫いてハイゼンベルへ向かわせる事であることに。横隊だったハイゼンベルの部隊は走りながら小さな縦隊へと切り替わり、真っ直ぐに薄くなった正面に衝突する。アリスは直ぐにハイゼンベルの縦隊側面を突くべくリザードマンの隊列を狭めようとしたがもう遅い、そんなハイゼンベルの最前線を走るのは紅白の目立つ服を着て馬を駆り、剣を振り回す。その騎士は瞬く間に正面のリザードマン達を次々弾き飛ばしながら前へ前へとリザードマンの海の中に間隙を開けていく、その騎士が開けた間隙に後続に控えたハイゼンベルの縦隊が一気に雪崩れ込む。


『すごい突破力、これがA級の力…』


アリスは一番前を走り、リザードマンの軍勢を蹴散らしながら前へ前へ進んでいく騎馬の力に驚愕した。そして彼こそがアリスのデータベース内にある要注意人物であるA級冒険者のヒューゴであるのだと認識した。


その後続を走るハイゼンベルの冒険者たちも勇猛果敢に武器を振い、向かってくるリザードマンを片っ端から蹴散らし、一気に中央を抜くと、一直線にハイゼンベルへの帰還を目指した。


『いかせません、街の1000から500を再編、城を目指す部隊を前と後ろで挟みすり潰します』


ハイゼンベルの門から新たに500のリザードマンを出撃させる。薄く広げたとはいえ、簡単に大群の正面に穴を開けてしまう突出した力を見せたあのA級冒険者は必ず討たねばならない。そう考えたアリスは、迫るハイゼンベルの冒険者達に狙いを定めたのだ、それに伴い中央を抜かれた前線のリザードマン達も、ハイゼンベルの冒険者達の背を打つべく追撃のため向きを変えさせる。それがさらなる悲劇を招くとも知らずに。


「弓構え!!」


カイトはそう叫んだ、同時にカイトの位置にいる左右に広がったベルラートからの追加戦力は一斉に弓矢を構えた、カイトの横でもシィロが弓に矢を番える。


『なに!?』


「放て!」


カイトの声と共に、無数の矢が宙を舞い、山なりになって左右に広がったリザードマンの集団に降り注いだのだ。亜人は弓矢の攻撃ではそうそう倒れない、しかし、それが100にもなれば話は別だ。降り注いだ矢の雨にめった打ちにされたリザードマンたちが次々に倒れていく。


カイトがベルラートから呼び寄せた冒険者はランクは問わない弓兵の神託を持った冒険者ばかりだった。カイトは、彼らが普段使っているクロスボウから、弓矢に持ち替えさせたのだ。そして今日に至るまでの短い期間を、訓練に訓練を重ねさせていた。本来はこうはならない、実際の弓兵は生まれて物心がついた時から身体の形が変形してしまう程に長い期間訓練に訓練を重ねさせる必要がある、その為、弓兵の習熟には騎馬と同じくらいの長い期間を要するのだ。しかし、弓兵の神託を持った冒険者達は、弓矢の扱いをたった一日でマスターし、習熟して見せた。

この世界における神託というものは、初めて握った武器であっても適性が合ってさえいれば驚異的な速度で習熟してしまえる異能力に近いものなのかもしれない、今回召集した冒険者達の中には、実際の弓を触った事すら無いものまでいた。しかし、一度弓を握りしめた瞬間に驚異的な速度で習熟できてしまう。現にベリドゥに来て弓矢を渡された冒険者たちは、最初の数分は構えもわからず、たった数メートルすら飛ばせなかった筈だが、今や数キロ先のリザードマン達に正確に矢の雨を降らせる程になっている。


「打ち方やめ!同時に騎馬隊は突撃、ハイゼンベルの背後を打たんとするリザードマンを蹴散らせ!」


間髪入れずに騎馬が動く、矢に打たれ、弱ったリザードマンを蹴散らしながら軍団の中に斬り込む。


中央を抜かれ、弓矢に打たれ、完全に意表をつかれたリザードマンの背中にダメ押しとばかりに騎馬の精鋭が飛び込んで来る、敵側としては悪夢に他ならないだろう。バゼラードが誇る精鋭の騎馬隊たちの突撃は見事にリザードマンの隊列に大穴を開けると、その後を追いかけるように矢の雨が降り注ぎリザードマンを丁寧に殲滅していく。


「騎馬隊はそのまま、ハイゼンベルの背後を狙うリザードマンを蹴散らしながら合流を」


5000ものリザードマンが、瞬く間に数を減らして行く、たった300人に、5000のリザードマンが手玉に取られているのだ。冒険者と呼ばれる人間たちは想像を超えて遥かに強かった。今まで戦ってきたエルフの村々にはここまでの存在はいなかったはずだ。アリスは考える、何が彼らを強くしているのか。先頭を走るA級冒険者?否、そうではないA級冒険者の突出した力は確かに脅威だが、そうでは無い、この全体を強くしている何かがいる、そして直ぐに答えへ辿り着く。


『あの指揮官を取ります、部隊を再編成』


アリスは、直ちにハイゼンベルの背後を突こうとしていたリザードマンの部隊を半分に分けると、前と後ろに分割、その後方にいる馬鹿げた物見台に座るカイトへ狙いを定めさせた。しかし当然背後から勢いに乗ったバゼラート騎馬隊が迫ってきている、せっかく分割したリザードマンの分隊がまとめて弾き飛ばされてごっそりと数を減らしてしまう、それでも何とか生き残った数匹をまとめて再編、数百、数千もの塊にすると、カイトのいる後列へ向かわせた。しかしせっかく固まったリザードマン達も、次の瞬間には降り注ぐ矢の雨に打たれて地面に倒れみるみるうちに数を減らしてしまう。だが、それでも、尚も、死にきらない数匹が諦めずにまとまると、矢に打たれまくり仲間が倒れても、一気にカイトのいる後列へと迫る。ここまできてしまえばあとはあの目障りな荷馬車の上に造られたバカみたいな物見台を破壊してその上の指揮官を引き摺り下ろし、命を奪うだけ。そうなればカイトはひとたまりもないだろう、しかし。


『え…?』


勝利を確信していたアリスは目を疑った、カイトの座る物見台に迫っていたリザードマン達の姿が消えたのだ、何故か。

カイトの物見台の前には、人1人が入れる程度の側溝が横に向かって一直線に彫られていたのだ、カイトの物見台に注目していたがために足元の確認が疎かになる。結果、視覚外の側溝に足を取られる事となった。だからカイトたち後列は、不自然なほどに一歩も動かなかった。


当然、側溝に足を取られ無様にもがきながら這いあがろうとしたリザードマン達に、ベルラートの冒険者達は容赦なく矢を浴びせかけ全滅させた。


「予備隊の皆さん、ベルラートの皆さんも前進、この戦いを一気に決めて下さい」


カイトの声に歓声があがると、ベルラートの冒険者たちと予備隊として残していた10騎の騎馬達が突撃していく。


「ふう…」


カイトはそこでよろけて倒れかけ、シィロに支えられる。


「カイトさ…いえカイト、大丈夫ですか?」


シィロの問いにカイトは笑うだけで返す気力もない。頭が割れそうな程に痛む、許容を超える人数の視覚を共有し続けた結果だろう。気合いで堪えていたが、限界が来ていた。


「まだ、大丈夫です…シィロ私を座らせてください…」


シィロは言われた通りにカイトをその場に座らせると、カイトは目を閉じた。自分の視界を閉じることで他の視界で掛かる負担を減らそうと思ったが、あまり変化はないようだ。カイトはそのまま、ゼノリコの視覚に集中する。


「ここ…か?」


ゼノリコは息を殺しつつ静かに目の前の扉を開け放つ、中は酷い悪臭が立ち込めていた。ゼノリコは静かに部屋に入ると、床には様々なエルフの女性達がヤリ捨てられており、所狭しと転がっている。息はしているが反応はない、催眠状態のまま虚に目を開け倒れていた。


「すげー、こんな可愛い子をくれるなんてなあー」


リヒトはそこにいた、マールをベッドに寝かせ、その身体に舌を這わせ、味を楽しんでいる。その傍には鳥籠のような檻があり、エレーネが虚に目を開けたまま壊れた人形のように膝を抱えている。


「催眠解いたらどんな顔するのかな?名前がききたいなー?ねえ、教えてよ」


マールは完全に催眠に染まっておらず、リヒトの言葉に反応しない。リヒトはそんな反抗的なマールにより一層の好感を覚えると、堪能するかのように身体を撫でまわし、時折り反応して跳ねる身体を見て大喜びしている。


「さて…そろそろ俺のものにしちゃっていいかなー?」


リヒトはマールの脚を開かせ、いきりたつ自らを晒す。その背後で、ゼノリコはゆっくりとリヒトのステータスを開く


「残念じゃ、奴は、お前のものにはならんよ…」


『リヒト!!だめ!!今すぐ逃げっ…』


アリスは危機を察し警告を促した、しかしもう遅い。ゼノリコはリヒトのステータスに所狭しとある無数のギフトをまとめて掴むと、一気に握りつぶした。


『ぎ…ぁ!』


同時、アリスのくぐもった悲鳴と共に、リヒトの側にあったスマートフォンが音を立てて壊れた。


「え??」


いま、マールに自分のそれを当てがおうとしていたリヒトは、唐突に弾けたスマートフォンに意識を取られる。


「アリス?おーい、アリスー?」


この後に及んで呑気なリヒトは、壊れたスマートフォンに無駄に声をかけ、縦に横に振っている。そしてふとベッドに寝かせていたマールの顔に目が向かうと、リヒトとマールは目が合った。


「死ねえこのやろう!!」


瞬間、マールは叫びながら思い切りリヒトのそれを蹴飛ばした。マールの蹴りは本息なら鉄板すらぶち抜く程の破壊力がある、そんな威力の脚に本気で蹴られたのなら、リヒトのリヒトがどうなったのかなど、想像しない方が良いだろう。リヒトはその一撃で泡を吹いて倒れた。


「ふざけやがってこいつ!殺してやる!」


マールは素早く身を起こし足を振り上げ頭を踏み砕こうとした。


「待てマール、今は安全確保じゃ!」


安全を確保しつつ姿を表したゼノリコはマールを止めると、手にした長剣を手渡す。


「うわ、なにこれ…王様!僕のは?」


「あんなもんもてるか!それで我慢せい!」


マールに怒鳴りながら、ゼノリコは床に転がる女性たちを引き起こして部屋の奥へと移動させる。同時にどかりと扉が音を立てて開かれると、武器を手にした女冒険者たちが飛び込んできた。


「マール!リコ様!無事!?」


それを見たゼノリコは声を張り上げる。


「よし、全員をこの部屋にあつめよ、入り口を塞ぎ籠城する!マール!表でリザードマンの侵入を防げ」


「え!僕いま裸なんだけど!?しかもこんな剣じゃ…!」


「それでがまんせい!はよ!!」


マールはさっさと外へ放り出され、複数の冒険者も外に出てくると、机やベッドなど中の家具を積み重ねて入り口を塞いだ。


「うう…なんか着るものほしい…」


マールは周りの冒険者を羨ましげに見つめるが、着るものなんて持っていない彼女たちはわざとらしく顔を逸らした。既に催眠が解かれたリザードマンの鳴き声が城内の至る所から聞こえており服になるものを取りに行く余裕もない。


「まあ…どんまい!」


隣にいた女冒険者にそんなことを言われた。


「ハイデさん、ヒューゴさんに…突撃指示を…ダメ限界…も…無理!」


ゼノリコが入り口を塞ぐ姿を見て、カイトはハイデに最後の指示を飛ばす、すると頭の中の何かがブツリと音を立ててちぎれ、気力でなんとか持ち堪えていた意識を手放した。


「承った!!」


ハイデの声を聞き、ヒューゴは腰に下げた剣を引き抜くなり風のようなスピードで鉱山を駆け抜けていく、そのまま外へ飛び出すと外はすでに催眠から解かれ、街を破壊してまわっているリザードマンの集団と出くわした。ヒューゴはすぐさま抜き身の剣を手にリザードマンの集団へ飛び込むと、想像を絶する剣撃の嵐が巻き起こり、数十、数百といるはずのリザードマン達が、瞬く間に細切れのよう切断されて飛んでいく。こんなものはA級のヒューゴにとっては呼吸と同じである、ヒューゴは風のように走りながら、眼前に見える城に至るまでの道中、視界に入るリザードマンを次々と切断し、命を奪っていく。余の早さにヒューゴの剣撃は煌めく銀色の閃光となり、その斬撃は次々と視界に入るリザードマンを容赦なく切断し続けた。


彼に切断された亜人は皆、あまりに綺麗に切断されるため、自分が死んだことにすら気付けず血を噴き出しながら崩れ落ちるようなこともない。


切断された姿が最初からそうであったかのように、気がついたら死んでいる。そこからついた彼の二つ名が切断公。目についたリザードマンの集団を瞬く間に一掃したヒューゴは剣についた血液を振り払う。正門の方でも騒がしい音が響いてきた。


「おおおおおっ!!」


カイトが指揮した300のうち、先行したハイゼンベルの部隊が多くのリザードマンとぶつかり、まとめて切り払いながら切り抜ける。ここまでの道のりで多くのリザードマンを蹴散らし、背を追われながらの進軍にもかかわらず、ハイゼンベルの冒険者たちは誰1人欠けることなく切り抜いてきていた。リザードマンたちは催眠が解除されるなり戸惑う仕草を数秒するも、すぐさま眼前の危機を認識して戦闘となる。


「そら!もうひと押しだ!!」


ハイゼンベルの先頭で馬を駆り駆け抜けていた騎馬の正体はアジルだった。催眠が解けた事を見たアジルは顔を覆っていたフードをはぎ取り正体を晒しながら声を張る。


前日


「俺がヒューゴの格好をしてハイゼンベルの指揮を取る!?」


カイトに呼び出されたアジルはカイトから服を渡されて嫌そうに声を荒げた。


「はい、敵が正面にA級冒険者が居ると誤認させる必要があるんですアジルさんとヒューゴさんは体格はちがいますが武器は同じ剣です、相手はヒューゴさんの外見はしっていても中身まではしらない、故に、アジルさんはヒューゴさんを演じる必要があるんです」


カイトはそう言ってアジルに大役を任せると、アジルはヒューゴに目を向ける。


「お前はそれでいいのか?」


アジルの問いかけにヒューゴは頷く。


「すでに皆にはお前をヒューゴと思って従えと指示してある、だからお前の指示に素直に従うだろう」


「マジか…」


アジルは心底いやそうだった、すぐにカイトに指を差す。


「カイトくん、一つ貸だよ!!」


「え!…あ…はい」


「言質とったからね!?きいたからね!」


何度も念を押された。


そして現在、アジルは騎馬したまま前を塞ぐリザードマンの集団を弾き飛ばしながらハイゼンベルの城を目指す。


【ゼノリコ様は既に籠城中、各員はリザードマンを蹴散らしながら入城すべし】


頭の中でハイデの声が響くと、アジルは馬を蹴り眼前の城へと駆けぬけた。


「ふん!」


「どらー!!」


城の側では見慣れた3人の重装備、ゲイツ、ゲイル、アンネマリーの3人が見事な連携でリザードマンの集団を相手に立ち回っていた。すでに何匹も仕留めておりリザードマンが山になっている。


「ヒューゴ殿はクウといっしょに奥です!」


「ここは我々にお任せください!!」


次々に襲いくるリザードマンを的確に捌いて仕留めながら3人は吠えた。アジルは頷くと、眼前のリザードマンを蹴散らしながら先を急ぐ。行く道の先々で、ヒューゴによって細切れにされたリザードマンの亡骸が増えてくる。


「はあ…はあ…」


何匹斬ったのか、流石のヒューゴも息を上げながらもリザードマンを山のように積み上げた。


「シュッ…」


気づいたらそばにいた密偵のクウは、的確にヒューゴの背後を突こうとするリザードマンを狙い、不意打ちの形で丁寧に仕留めている。


「君!中々やるじゃないか!」


ヒューゴは、低ランクでありながら自分にここまでついて来れる冒険者を多くは知らない。精々マールくらいだった。そこへアジルが騎馬のままやってくる、アジルは到着するなり下馬し、目の前の2匹のリザードマンの首を天高く跳ね上げた。


「ようヒューゴ!もうバテたのか?」


「ふん、アジルか、あまりに遅いから来ないのかと思っていたところだ。」


2人は互いに背を預け、悪態をつきながら数多のリザードマンを次々と切り伏せ、ついにハイゼンベル中央に聳える城の前に辿り着く。


「!ヒューゴ、前!」


クウの声に前を見ると、城の正門の奥、女の子が小柄の身体には不釣り合いに長い剣を振り回してリザードマンを仕留めていた…裸で。


「マール!」


マールは全身をリザードマンの返り血でドロドロにしながらこっちを見ると手を振った。


「おいおい、なんだ?その格好」


後ろにいたアジルはすぐさま外套を脱ぐと、マールに投げた。


「知らないよ、催眠が解けたら裸だったの!」


マールは受け取った外套を身に付ける、ヒューゴが見ると、奥には複数の女性冒険者も武器を手にリザードマンの亡骸を山にしている。倒れている冒険者も何人か伺える。


「みんな無事か!?」


ヒューゴの声に、倒れていた冒険者たちも顔をあげる、どうやら犠牲はギリギリで出てはいないようだった。その後、城の外で聞こえた歓声がだんだん近づいて来ているのがわかる、どうやら後続にいたハイゼンベルとバゼラードの本隊が、街の中央まで入って来たようだ。


「そうだ、エレーネ様!姫様は!?」


「中!!今は入り口塞いじゃってるよ!」


マールはそう言いながらも、新たに迫るリザードマンの武器を構えた。数多のリザードマンを切り捨てたことで、刃が欠け既に武器としての体裁は保たれていない。


「なんだその武器、いつものは?」


アジルが問いかけるとマールは首を横に振る。


「わかんない、馬車のなかじゃないかな!」


ハイゼンベル国内にまだリザードマンは多く存在している、今、警戒を解くわけにもいかない。


「ヒューゴ、マールと一緒に馬車まで行って武器をとってこい!」


アジルは怒鳴るように叫ぶと、入口より入ってきたリザードマンの集団と相対する。


「え?いいよ!もうすぐ掃討もおわるでしょ??」


マールは否定的だが、ヒューゴは無言で反対方向へ走り出す。


「行くぞマール!馬車の置き場はおそらくこっちだ!」


「え、ちょ!待ってよー!」


マールはヒューゴの背中を追いかけた、ヒューゴは他の女性冒険側に殺到したリザードマン達を纏めて斬り飛ばし、道を強引に開くと。脇目も振らずに馬車があるだろう場所に向かって一目散に走り出した。リザードマンは城内にも多く入り込んでおり、いく先々でリザードマンを見つけてはヒューゴは瞬く間に細切れに切断した。そして突き当たりに大きな2枚扉から馬車を格納する兵舎へ突入する、そこに黒鉄の大きな馬車はあった。その馬車に繋がれていたブブポンはリザードマンに群がられ、無惨な肉として捕食されている。リザードマンはグチャグチャと音を立ててブブポンの腹から内臓を引きちぎり咀嚼し飲み込む。


「亜人が…!」


それを見たヒューゴは憤り、気づいて顔をあげたリザードマン達に飛びかかると、瞬く間に細切れにしてしまう。


「うわー…鼻が曲がりそう…」


一際臭いに敏感なマールは顔を顰めながら手にしたボロボロの長剣を捨てて馬車へ乗り込むと、武器を格納している後部座席へと向かう。


「うわ!!」


唐突にひびくマールの悲鳴、馬車の中にもリザードマンがいたのか?ヒューゴは弾ける勢いで馬車に顔を向けると、それは人間だった。初老の男性が裸のまま、小さなマールの体を体格で抑え込もうとしていた。


「くひひ!ラッキーだったぜ!一時はどうなるかとおもったが、いきなりこんなに可愛い子が入って来るなんてな!」


マールの両腕を掴んで床に押さえつけ、ニヤニヤと笑いながら見下ろす。


「おっちゃん、僕は出来るならただの人間は殺したくないんだ。今ならまだ許してあげるよ?」


マールは組み伏せられながらも特に恐怖も焦るようすもなくにゆったり問いかけた。男はそこで相手が冒険者である事に気づく、マールは何をするでもなくジッと男を見つめていた。


「は!こんな小娘に負けるわけがないだろ!!」


男は口を裂いたように笑いながらいきりたつ自らをマールに押し当てた、瞬間、マールはため息を吐きながら掴まれていた手を掴み返し、機械的な力で握りつぶした。


「ぐぎゃあああ!!」


男の両手はマールの握力によって骨まで潰れ、余の激痛に男は悶え苦しみ、ブチリとマールに掴まれた手の甲から上をちぎり取られると盛大にひっくり返る。


「ただの人間が、冒険者ボク達に純粋な力で勝てるわけないじゃん?」


マールはちぎった彼の手の甲から上を投げ返す、男は既に激痛で気絶しかけており、マールの言葉は届いてはいないマールは後部座席の下から自分の大剣を取ると、その男を介錯してやろうと振り上げた。


「まて、マール」


そんなマールをヒューゴが止め、馬車に乗り込んでくると跪いたまま気絶している男の髪を掴んで顔を見た。


「なるほど、貴様の仕業か…」


「知り合い?」


マールは剣を降ろすと問いかける、ヒューゴは頷いた。


「元老院の1人だ、1番の穏健派と言われていたが…この分だと他にも裏切り者が居そうだな」


ヒューゴはそういうとマールによって契られた手に包帯をきつく巻いて止血する。


「殺さないの?」


「まだ、殺さない。とりあえず知っている事を吐かせてからだな」


「ふーん、まあいっか…」


マールは釈然としてはいないが、自分の大剣が入っていた座席に今一度目を向けた。その中には粗製乱造された様々な武器が入っている。これは、中の女性達に冒険者や戦えるものがいた時の備えとして入れたものである。さっきまでマールが使っていた長剣もそれであった。


「ん…ありゃ?」


マールはそんな様々な武器の奥に見覚えのある武器を見つける。


「カイト…やるじゃーん」


マールはにこやかに奥に手を突っ込み、細く長い見覚えのあるそれの束を取り出した。それは、バゼラードへの遠征の際に自分たちも使った、使い捨ての投げ槍、ローマ兵を最強たらしめた武器の一つ【ピルム】の束だった。


「ん、なんだいそりゃ?」


大剣を背中に襷掛けし、見慣れない細い何かの束を抱えたマールに疑問を投げかけたヒューゴに、マールは得意げにピルムを見せる。


「カイトが向こうの知識で作らせた投げ槍なの!なんか使いやすくて気に入ってるんだ!ヒューゴも使う?」


マールは束から2本引き抜くとピルムを差し出す。


「ど、どうやって使うんだ?」


「へ?思いっきり敵に投げるだけだよ?」


マールは満面の笑みでピルムの束を小脇に掲げた。


「よしゃ!行こー!」


その頃、アジルはひたすら目の前のリザードマンを切り倒していた。


「あいつら、どこまで探しにいってんだ??」


流石に息が上がりだし、俊敏なリザードマンの突撃をなんとかしのぎながらもその首を跳ね上げ、返し刀で背後から飛び込んできた新たなリザードマンを袈裟に斬り捨て距離を取る。


「きゃあ!」


背後で悲鳴が響く、背後を守る冒険者達にも負傷者が増え始めたのだ。外でも激闘が繰り広げられて居るはずだが、リザードマンの勢いは止まらない。


「ぐ…」


側で全体をフォローしていたクウも、ついに膝をつく。


「そろそろ限界だぞ…」


そんなアジルのセリフも虚しく、数多のリザードマンがアジル達を嘲笑うかのように走って来た。万事急須、アジルの頬を冷や汗が垂れる。


しかし、リザードマンは背後から飛んできた何かに頭を貫かれ、直立するとひっくり返る。彼の頭に突き立ったそれには見覚えがあった。


「どらあああ!!」


同時に甲高い声が響く、振り返ればマールが片腕で大剣を振り回し、今まさに女性冒険者達へとどめを刺そうとしていたリザードマンの大群をまとめて薙ぎ払うと、同時に小脇に抱えたピルムの束をクウの足元へ投げる。


「クウ、それ使って!」


マールは走りながら、床に落ちたピルムから一つを拾うと、真っ直ぐに投げつけてアジルに迫っていたリザードマンを貫くと、両手で大剣を握り、アジルの前に躍り出るなり、向かってくるリザードマンを片端から撫で斬りにした。


背後でも女性達の声が聞こえる、ヒューゴが戻ってきたのだ、ヒューゴは瞬く間に周囲のリザードマンを細切れにし、手にしたピルムを偶然遠くにいて被害から間逃れていたリザードマンへと投げつける。ヒューゴの手を離れたピルムは音の壁を超え、派手な音と共にリザードマンの腹部を貫き大穴を開ける。


「これは…確かに使いやすいな…」


本来のピルムの使い方ではないのだが、冒険者達が使えばこうなるのだろう、ヒューゴは更にくるリザードマンたちに向かって投げつけると、まとめて貫いた。


マールとヒューゴが戻った事、そしてピルムが来たことでバリケード前はリザードマンを徐々に押し返し初め、ついに最後のリザードマンの首が宙を舞う。


「ヒューゴさまー!」


奥からハイゼンベルの冒険者達が現れた事で、ヒューゴたちはこの戦の勝利を確信した。そしてヒューゴは外へ飛び出し、既に外でまとまっていた様々な冒険者達の前で、自らの剣を高らかに掲げると叫んだ。


「ハイゼンベルは、我らが取り返した!!」


その声に呼応し、その場にいた全ての冒険者達が地を揺るがす程の大歓声をあげる。


そんな歓声の中で、マールはキョロキョロとあたりを見まわした。裸に外套のみの酷い格好ではあるのだが、激闘の中でどうでも良くなっていた。そしてそばにいたハイゼンベルの冒険者の肩を叩く。


「ねえ、カイト。僕たちの指揮官は??」


聞けば、ハイゼンベルの冒険者は、一瞬マールの格好を見て驚くも、すぐに顔を見合わせる。


「いや、俺たちは一気に前に詰めていたから…」


「そういや、頭に響いた声も聞こえなくなってたな?」


冒険者達は口々にいうが誰もカイトを見ておらず、カイトはハイゼンベルの街のどこにも居なかった。


城の中ではバリケードが壊され、中にいたゼノリコと女性冒険者を含め、リヒトにより連れてこられたエルフの女性達も無事に保護された。エルフは本来敵である人間領の冒険者達に当初は戸惑っていたものの、こちらに敵意がない事を察して落ち着いた。そして、今回の主犯であるリヒトが連れ出される。


「…っ!」


「まて、ヒューゴ」


リヒトを見た瞬間、切り捨てようとしたヒューゴをゼノリコが止める、部屋から出てきたゼノリコの側にはエレーネもいる。エレーネは唯一の顔見知りであるゼノリコにくっついて離れようとはしなかった。


「エレーネの前でそんな蛆虫を殺すでないわ、奴にはもっと相応しい死場所を与えてやらねばのう」


そう言って笑うゼノリコに従い、ヒューゴは剣を鞘に納め、すぐさまそばへいくと、ゼノリコへ耳打ちした。


「……なに?」


ヒューゴの耳打ちにゼノリコは声を張り、怒りを露にして身を震わせる、しかし、そんなゼノリコの様子にくっついたまま怯えるエレーネを見てすぐに冷静さを取り戻した。


「とりあえず、洗いざらい吐かせ、関係者を捕えよ」


ゼノリコの指示に、ヒューゴは頷くと列から離れて早足に去っていった。


「おじさま…」


エレーネが心配そうにゼノリコを見上げている、ゼノリコはそんなエレーネの頭を優しく撫でた。


「心配するでない、お前はわしが護るでな」


ゼノリコはエレーネの行く末を憂い、新たに覚悟を決めるのであった。


カイトがハイゼンベルにやってきたのは翌日の朝だった。指揮をするために他者の視野を重ね、無理に無理を重ねた上で気力で我慢していたカイトは、脳死状態に陥っていたらしい、ハイデが一晩中回復を施してくれたお陰で一命を取り止める事が出来た。


「あ、ありがとう、ございます」


荷馬車から降り杖をついて歩き出す。助かったのは命だけであり、まだ回復しきらない後遺症体を蝕んでいた。足は思うように動かず、杖を付いていた。時折り手も震えてしまうし舌も痺れてうまく喋れない。ハイデは安静にすれば二、三日で元通りになると何度も言い聞かせたが、今はそんなことを言っている場合ではないとカイトは判断した。


そんなカイトの側は、多くの馬車が次から次へとハイゼンベルに来てはペリドゥに避難してきた民達をおろして行く。城壁はハイゼンベルの冒険者たちが固め、ヒューゴが常に目を光らせていた。バゼラードやベルラートの冒険者たちも警邏に駆り出され今は忙しく走り回っている。ハイゼンベルの民達は故郷への帰還を喜び、抱き合い、歌い、騒ぎ。お祭り騒ぎだった。


「カイトいた!」


やかましい声が聞こえた、見れば栗色の髪に翡翠色の瞳、背中には小柄な体型には不釣り合いな大剣を襷掛けし、ハイゼンベルの国旗と同じ、赤と白の礼服に身を包んだマールが走ってきていた。


「カイト!どこにいたの!?やられちゃったんじゃないかって心配してたんだから!!」


マールはそばに来ると、いつもの様にがやがやと喧しく騒ぎ立てる。しかし、急にカイトの匂いを嗅ぐと、いつもと違うカイトの様子に気づく。


「…大丈夫?」


マールはジッとカイトを見つめた。


「す、少し無理をし、し過ぎた見たいです」


舌が痺れてうまく喋れない、カイトは何とか言葉を紡ぎながら笑うと、マールは大きなため息を吐き出した。


「本当に君はさあ…」


カイトの杖を奪い取って捨ててしまい、背中の大剣をその場に突き立ててカイトを背負う。


「どこにいくの?」


静かに聞いてきた。


「リコさ、様のと、ところへ」


「いいよ、無理に喋んないで…指差して?」


そう言ってマールはゆっくりと歩き出した、実際に無理をしていたカイトはホッと安堵の息を漏らす。


「みんな褒めてたよ?あの戦力差を跳ね返して、犠牲を出すことなく勝ちを得たってさ」


不思議と彼女の背中にいる時は、煩わしかった舌の痺れが薄れた気がした。


「買い被りすぎです、この勝利は皆さんが掴み取ったんですよ」


「カイト、そのみんなには君も入っているんだよ?」


マールはカイトを背負ったまま和かにカイトを肯定してくれた。


「…そうですね」


マールはカイトを背負ったまま、ゼノリコがいる場所。低階級の民達が労働する鉱山の一画、ハイゼンベルの全てが見渡せる丘の上へとたどり着いた。


「何しとんじゃおまえは?」


マールに背負われてやってきたカイトに、ベルラートの礼服に身を包んだゼノリコは訝しむ。


「頑張りすぎて頭の神経切れちゃったんだって」


マールの言葉を聞き、ゼノリコは鋭い目つきになる。


「ハイデはなんと?もう治らんか?」


ゼノリコの問いに、カイトは顔を上げ首を横にフル。


「み、三日、安静、あんせいに、しろって」


「バカか!なら安静にしろ!馬鹿者が」


マールの背から降りたカイトにゼノリコは肩を貸し、自分が使う予定だった背もたれ付きの玉座にカイトを座らせる。


「貴様はそこに座ってろ、バカモンが!マール、そばにいてやれ」


マールは小さく頷いた、ゼノリコは腕を組みカイトを睨む。


「なんと無様な姿だな、カイト!」


そう悪態をつき背を向ける。


「わしの前で、二度とそのような無様な姿を晒すでないぞ?調子が狂うから」


それだけ言うと、式典を始めるべく前に歩いていく。ゼノリコの前にはハイデにより修復され安らかに眠るドラド王と、積み上げられた薪、そしてドラド王を囲うように。彼を裏切り、転生者に与した元老院の貴族達が磔にされている。


「お、お願いです!ゼノリコ王!!我々は…」


「そうです!何かの間違いだ!!我々だって逃げてきたんだっ…」


磔にされた貴族達が口々に叫ぶ。そんな哀れなものたちをゼノリコは見上げ、そして卑しく笑いかけた。


「臣下であるのならば、向こうで忠義を果たすがよいドラドの奴は寂しがり屋じゃからのう、きっとお主らを待っておる筈じゃ」


ゼノリコはそういうと、無詠唱の火属性魔法ヒートショックを薪に放った。薪は瞬く間に燃え広がり眠るドラドを包み込む。


「さらばだ親友よ!わしはそっちには行ってやれんからな。代わりにお主を裏切ったど阿呆どもを送ってやる、向こうで退屈することはないじゃろう」


ドラドを焚べて立ち上る炎は、貴族達を磔にした足元にも引火し立ち昇る火に焼かれた貴族達の悲痛な悲鳴が響き渡る。


「いやだ死にたくない!!」


「熱い!助けてくれー!!」


貴族達は煙に巻かれ、足から体を炙られその苦痛の中で叫び続けた。


「エレーネよ、ちゃんと見よ」


その恐ろしい光景に目を逸らそうとしたエレーネの側へ行き、その頭を掴んで目を開かせた。


「これが王というものの責務じゃ、決して目を逸らすでない…死にゆく貴族達の顔を、声を、しっかり眼に焼き付けよ。そして考え続けよ、奴らのような救いようのないど阿呆を出さぬために、王とはどうあるべきか、どうすれば良いのかを」


虐待にも見える行動、しかし、ゼノリコは親友の子だからと甘やかしたりはしない。必ずやエレーネをハイゼンベルの王にすると、目の前で燃え朽ちてゆく親友に誓う。


「王様、エレーネ姫を養子に迎えるんだって」


マールはカイトの隣に座り、そんなことを言ってきた。


「はいぜ、ハイゼンベルは?」


カイトが問いかけると、マールは苦笑いを浮かべる。


「アジルにいちゃんがエレーネ姫が育つまで王を務めるみたい、退屈になるって嘆いてたよ」


それは大丈夫なのか?と少し考えたが、頭が痛むので直ぐに思考を放棄した。


「王様、漲ってる…ああいうときの王様、すぐに失敗するから見ていてあげないとね…」


そして、今回のメインイベントが始まる。縄に縛られハイゼンベルを堕とした転生者、リヒトが引き摺られてやってくる。


リヒトは恐怖で顔が引き攣り、これから辿る運命を察し、全てに怯えている。


「マール、エレーネを任せる」


「はいよー」


流石にリヒトを殺すところは見せたくないようで、ゼノリコはマールにエレーネを任せると、リヒトのそばへ向かった。


「ひい!…殺さないで…!」


「お前がやったドラドは死ぬ間際に命乞いをしたかや??」


「知らないよ!!全部アリスがやってたんだから!俺は何も…何も知らない!!」


その言葉を聞いた瞬間、ゼノリコの中で激しい怒りが燃え上がる。その無自覚な行いで、親友を失い、これだけの被害を産み、これだけの悲劇や悲しみを招いた。自分のやった事に対する責任も、与えた被害を振り返る事もない。これが転生者と呼ばれる人間である。ゼノリコはため息を吐き出し、リヒトの背中を蹴り付け、ドラドを焚べる焚き火へと放り込む。


「ぎゃあああああ!!!!」


リヒトは断末魔をあげ、すぐ様火の中から逃げようとした。そんなリヒトを逃すまいと、ゼノリコはそばにいたクウからピルムを受け取ると、軽い動作で投げつける。ピルムは小さな放物線を描きながらリヒトの腹を簡単に貫いて曲がり、その重さで身動きを封じる。ピルムの殺傷能力は高くない、本来は敵の構えた盾を重さで使えなくする為の武器なのだ。故に、逃げようとしたリヒトの身体は串刺しにされたまま炎の中で拘束され、逃げることも許さず全身を焼かれる事になる。


「あ、そうそう、忘れ物じゃ」


ゼノリコは燃え盛るリヒトの足元に液晶画面が砕けたスマートフォンを投げ込むと、それにすらピルムを投げつけ貫き、破壊した。


「ちくしょう!!痛え、あちい!!呪ってやる!!ぜってえ…許さねえ…!」


リヒトは炎の中で恨み節を叫びながら息絶える。


「ドラドが待っとるぞ、お主に他人を呪う暇が主にあるとよいのう?糞虫の貴様にはお似合いな最後じゃわい、クフフ」


そうしてゼノリコは焚き火に背を向けた。この日、転生者とそれに与した貴族達の処刑を王の火葬と共に執り行った。ゼノリコの恩義により、裏切った貴族の家族達は、命までは奪わなかった。しかしそれは外向きの理由であるゼノリコとしては裏切り者の家族を許す気は毛頭もなかったのだ。その代わりに全ての財産を没収し鉄の国における最低階級のさらにその下へと降格され、彼等が待ち受けるのは虜囚よりも過酷な強制労働を課したのだ。貴族として持て囃され、騎士にもならずだらけて生きてきた人間には長生きできない境遇へと追いあったのだ。大半は半年と持たずに息絶えるだろう、今、死刑にしないだけの死刑である。


ゼノリコは再び燃え盛る焚き火に顔を向ける、すでにドラドの身体は炎の中で燃え尽き、そこにはもう何もない。


「……」


ゼノリコはそのまま、焚き火の炎が燃え尽きて消えるまでずっとその場で炎を見つめていたという。


夜、カイトは今回の功労を認められ、城の個室を与えられた。カイトはベッドに寝かされ天井を見つめている、まだ身体は満足に動かない、カイトは本当に治るのか不安を抱いてはいたが、考えると頭が激しく痛むのですぐに思考を放置した。すると、扉が開かれる。マールが来たのか?と思い入り口へ目を向けると、そこには珍しい人間が立っていた。


「カイト、少し外で話せるか?」


それはA級冒険者ヒューゴである、ヒューゴの誘いにカイトは頷き身体を起こす。


「先の戦いで指揮をする為に無理をし過ぎたと聞いた…我が国の為に君がしてくれた事に感謝する」


ヒューゴは御礼を述べながらもすぐさまカイトを支えると、ハイゼンベルの城の中に設けられた庭へカイトを連れ出した。


「あれ?カイトとヒューゴだ…」


いつものようにカイトの部屋に向かおうとしていたマールがそんな2人を遠巻きに見つけると、驚かしてやろうと思いつつ死角となる位置で息を潜めて聞き耳を立てた。


「は、はなし、とは?」


中庭に設けられたベンチに座らされ、カイトは目の前のヒューゴに問いかけた。


「功労者の君に無理を強いるのは心が痛む、だから単刀直入に聞こう。マール、彼女は何者だ?」


ヒューゴの問いかけに、聞き耳を立てていたマールは思わず息を飲んだ。


「何者…とは?」


カイトはそう首を傾げた。


「最前線で、彼女はよく枠なしと嘲笑われていたことは知っているか?」


カイトは素直に頷いた。


「彼女から直接聞きましたから…」


「そうか……」


暫くの静寂の間を開けた後にヒューゴから切り出す。


「俺はマールに枠がないとは思っていない、あの突出した戦闘力を目の当たりにすれば誰もが同じことを思うだろう…彼女の戦闘力はS級のそれでは無い。経験が浅い分A級には遠く及ばないが、少なくともC級の冒険者達と同等かそれ以上の力を持っているようにも見える…」


そして問いただした。


「カイト、ひょっとしたら君はマールの本当の神託を知っているのではないか?」


その言葉にカイトは至ってシンプルな返答を返す。


「それを聞いてどうするんです?」


否定も、肯定もしないカイトにヒューゴは告げた。


「俺はいずれ、マールを妻にしようと考えている。好きな人の事を知りたいのは当たり前だろう?」


「ああ、なるほど」


そこでカイトは警戒心を解いた、そしてこうも考える、ヒューゴはおそらくマールが勇者であることを教えても大丈夫な存在だろう。むしろ、いざという時に彼女を守る剣になってくれるかも知れない。そう考え、喉元から声が出かけた所で…何故かは分からないが意地悪をしてやりたくなった。


「それでは競争ですね」


「なに?」


ヒューゴはカイトを見下ろしながら不思議そうに見つめていた。


「わたしはあなたのライバルだと言うことです、ライバルに塩を贈るのは、指揮官の神託を持っている者として好ましくない」


「なるほどな…A級の俺を前にしてそのような言葉が吐けるとは、気に入った、今からお前は俺のライバルだ」


ヒューゴはそういうと背を向ける、その口元は彼の普段の優男なイメージとは代わり歓喜に歪んでいた。


「あ、ヒューゴさん、一つアドバイスを」


カイトの言葉にヒューゴは足を止めて振り返る。


「マールはわがままです、無理に張り合わせようとすると逆に嫌われますよ?元に彼女はあなたに嫌がらせをされていると思っていたようですから」


ヒューゴはギョッとしていた、そして笑う。


「いいアドバイスを聞いた、気をつけるよ」


そのまま去って行った。


「…しまった、置いて行かれてしまった…」


つい話に熱が入りすぎた、カイトがどうしようかと考えていると、不意に視界の端で動く物陰を見た。見れば見覚えのある大剣が隠しきれずに揺れている。聞かれていたな…とカイトは察したが、今の状態では弁明も何も出来ない、カイトは潔く諦めると、とりあえずベンチで横になった。


マールはというと、口を抑えたまま顔を真っ赤に染め上げ、小さな身体をより小さく丸めて震えていた。

彼女は産まれてから今まで、異性を意識した事など一度もなかった。だから、別に裸を見られようが何一つ恥じらいを感じることすらなかったのだ。そんな彼女が今、盗み聞きとはいえ身近な異性から明確な好意を寄せられている事を知ってしまった…彼女は今までで一度すら感じた事のない胸の痛みを感じ、激しい動悸で息が上がるのを認識する。


そして弾けるように立ち上がると風のように走って行ってしまう。


「嫌われてしまいましたか…」


カイトは逃げていくマールの背中を見送った、その時、カイトの目に光の文字が唐突に浮かび上がる、その文字は【最高位の使命】(グランドオーダー)という文字である、光の文字はカイトの視線に合わせてスクロールされる。


【最高位の使命】

このスキルは一度しか使用する事はできない。

このスキルは使用した相手に対し、あらゆる条件を無視して命令を実行させる事が出来る。

このスキルを使用できる相手は指揮者との絆が一定以上のものに限定される。

このスキルを使用するには、三度相手を肯定させなくてはならず、一度でも否定や拒絶をされた場合は二度とそのものには使う事は出来ない。

このスキルの発動には口付けを交わす必要がある。


光の文字はその最後の一文を残して、消え去った。

どうやらスキルというものを手に入れたようだ、これが何を意味するのかはカイトにはわからない、しかし、そのスキルの使い方に一つだけ心当たりがあるが…ここで思考が途切れ、カイトは意識を失った。




はい、お疲れ様でした、章をわけてもよかったかも?

まあ、それはおいおい


次章で物語は一区切りつくよていです。

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