4章4の1 落日のハイゼンベル
ため回、長いです
その日、突如として報告がもたらされた。
「急報!!」
見慣れない紋章が描かれた鎧の兵士がたまたま謁見の間にいたゼノリコの所へ飛び込んできた。偶然、カイトもマールと共に毎日の維持費を払いに来たタイミングであった。
「その鎧、最前線近くの国境警備じゃん?」
マールの言葉にカイトの背筋を嫌な予感が過ぎる。
「よい、もうせ」
ゼノリコも不安そうな面持ちで、問いかけた。その返答に兵士は顔をあげ、少し狼狽えながらも上がりきった息を吸い込む。
「ハイゼンベルが落ちました!!」
周囲で警邏に付いていた兵士達すら、その報告には顔を向け、カイトやマールも驚愕に目を見開いた。
「な…そんなバカな事あるか!最前線は抜かれておらぬのであろう!?冗談でもうしているのならば承知せぬぞ!!」
その場の誰よりも驚愕していたゼノリコは、甲高く声を荒げ、兵士を脅かすように吠える、しかし兵士は引かない。
「それが、今朝方、最前線の街にハイゼンベルの民たちが大挙として押し寄せまして。事態を重く見たA級冒険者、ヒューゴが持ち場を離れ、直ちに出陣。事態の収集と民達の救護にあたっております。おそらく間違い無いかと」
「ヒューゴが持ち場を離れるなんて…相当だよ?」
ヒューゴとは、最前線で活躍するA級冒険者の事だろう、マールの反応的にそれが如何に異常なことか否応なく理解させられてしまう。
「ドラド…ドラドはどうした!?あやつがそう簡単に死ぬ訳がない!奴は勿論無事なのであろう!?」
希望的観測で兵士に呼びかけるゼノリコは今にも泣き出しそうな顔をしていた、しかし兵士は彼が望んだ反応はしなかった。ゆっくりと、顔を逸らす。
「ドラド王は…まだ安否はわかっておりません」
その言葉にゼノリコはふらっと倒れかけ、素早くマールが支えると、ゼノリコはマールの手を強く握り立ち直る。
「直ちに出る!」
ゼノリコは甲高い声でそう叫び、城内の人間たちが騒然としはじめる。
「カイトお前もこい!鳥を用意せい!!直ちに最前線へ急行する!!」
鳥?ゼノリコは号令を飛ばし、直ちに遠征の鳥とやらが用意された。不測の事態とゼノリコが急かした為、ろくに準備をさせて貰えず、クランすら集める余裕すらなく、少数の部隊で最前線へ向かう事となった。
「カイトなにしてるの!おいてかれるよー!」
カイトは簡単にまとめた羊皮紙をクウとシィロに渡し、何やら指示を飛ばしている。
「クウ、シィロ、後をよろしくお願いします!」
「分かった!」「かしこまりました」
クウとシィロは良い声を張り上げ、散り散りに駆けていく。カイトはすぐに走ってマールの乗る馬車に飛び込んだ。
「何してたの?」
マールの隣にはハイデも乗っており、その顔はいつもよりも険しく、何処か焦っているような雰囲気をみせている。
「後続の部隊です。ゲイルさん達重装隊と、食糧をわずかですが確保しました。日は掛かりますが補給線の構築は抜かりなくせねば。」
ゼノリコが用意したのは高速馬車と呼ばれるもので、荷馬車を引くのは見たことのない大型の鳥だった。
「こいつは緊急時用の脚じゃ、あまりに早すぎて乗り心地は最悪じゃし馬車が壊れて投げ出されたら死ぬが、最前線まで5分とかからん」
ゼノリコが指示を飛ばすと、騎手は頷き鞭を叩く。
「カイト、手を貸して」
マールは笑いながらカイトの手を取る、同時に、凄まじい圧がカイトの身体に襲いかかった。カイトには認識できなかったが、鞭を叩かれた鳥は初速から音の壁を超えたのだ。その凄まじい速さと圧にカイトは失神してしまった。
「カイト!カイト起きて!ついたよ!」
もう??カイトが意識を取り戻すと、マールがバシバシと身体を叩いており、その痛みで意識を取り戻した。その視界にゼノリコが全力で走っていく姿が見えた。
「カイト、僕たちも行こう」
人間領を守るどこまでも続く鉄壁の城壁に阻まれ亜人たちの侵攻を防ぐ最前線のそばに構築された冒険者達の街【ベリドゥ】ここは砂の国、鉄の国、水の国の三国がお互いに資材や資金を出し合い各国から集められた精鋭冒険者達を養う為に設けられた街である。街というには申し訳ないほどで、資材の寄せ集めのようなもので、実在は雨風が凌げる程度の建物の密集集落に近いのかもしれない。
しかしそのベリドゥは今、大挙して押し寄せたハイゼンベルの難民たちによって冒険者達は騒然とし、混乱していた。所狭しにテントが張られ、様々なところで冒険者が声を掛け合い、炊き出しを行い、難民を救うべく走り回っている。
「カイト、こっち!」
カイトはマールに腕を引かれ、ゼノリコの後を追いかける、ゼノリコは民の群れをひたすら掻き分け、中央に聳える大きな教会を目指していた。教会にはハイゼンベルの冒険者による多くの人だかりができていた。マールもその先に何があるのか分かっているようだ、その表情は険しい。カイトもその表情から理由を察していたが、いまは考えないようにした。
「ドラド!!」
ゼノリコは叫びながら派手な音を立てて飛び込んだ。そこにいた全ての人間が涙を流し祈るような姿勢のまま、ゼノリコに目を向ける。
「うそじゃ…」
ゼノリコは教会の一画に横たわるそれに歩みより、そっと手を触れて熱を確かめるようにしがみついた。
「ドラド…!」
「ゼノリコ様…申し訳ありません」
ドラドの側にいた男が謝る、ゼノリコは飛び跳ねるような勢で顔を上げその男に怒りをぶつける。
「ヒューゴ!!!A級の冒険者である貴様がいながら!!何故じゃ!?どうしてこうなった!!」
カイトが教会に辿り着くと、そこには異様な光景が広がっている教会の真ん中に横たわる大男に寄り添うゼノリコが怒り狂い、その側近達に迫っている。
「王様、ヒューゴを責めるのはちがうよ」
カイトの手を引いていたマールがいつのまにかゼノリコの側にいた、怒りに我を忘れていたゼノリコはマールに支えられ、震えながらその手を取る。
「そ、そうじゃな…スマン…スマンっ!」
先程ゼノリコに責められていたのが、A級冒険者のヒューゴというものらしい、外見は若く燃えるような赤い髪を逆立たせ白と赤のめでたそうな色合いの服を着ている。彼は自らの王の死に、ゼノリコに負けないほどに心を痛めている様子が伺える。
「王は、民を逃す為に最期まで殿を務めたようです…おかげで、民は誰1人欠けることなく…この街へ辿り着けました…僕達が駆けつけた時には…もう…」
ドラド王は顔が半分なく、両腕も無かった。脚にはいくつもの咬み傷と食いちぎられた肉から骨が見えている、腹にはいくつもの穴が開けられており千切れた臓器が見えている、まるで腑を食い荒らされたような…そんな酷い状態だった。
「どこの糞じゃ??わしのドラドをこんな目にあわせた奴は…」
「リザードマンです」
ヒューゴは静かに告げた、リザードマンとはエルフ領を根城にする二足歩行するトカゲと図鑑には描かれていた。
「それと、リザードマンを従えた見慣れない服装をした男です、奴は我々にこう言いました」
ここは俺の国になる、今日からここはブリュンヒルデ王国だ…と。
それを聞いたゼノリコはマールから離れると自らの力で立ち、もはや動く事はないドラド王の頬にそっと手を触れた。
「わしにも子はできたぞ?…馬鹿者が、長生きするんじゃ…無かったのか…」
ゼノリコはハイデを呼びつける。
「ハイデよ、亡骸の修理はできるかえ?」
「やってみます、お任せを!」
ハイデは最早動かないドラドの亡骸に手を触れると、呪文を唱えだす。すると、無惨だったドラド王の亡骸が、徐々にその身体を取り戻していく。半分喰われていた顔が戻るとドラドを慕う民や冒険者達の嗚咽が漏れる、そんな中でゼノリコは怒りに震えながら大きく深呼吸をする、そして、カイトに振り返った。
「カイト!!今より貴様をこの戦の指揮官に任命する!!」
その破れん程の甲高い号令に、カイトは驚くも直ぐに姿勢を正して膝を付いた。ゼノリコは形式に習いそばにいた兵士の腰から剣を奪うと、カイトの肩に剣を置きながら続ける。
「貴様の持つ知識の全てを使うことを許す!資材、人材、ベルラートの全も貴様に託そう!なんとしてでもハイゼンベルを取り戻せ、そしてあやつの愛したハイゼンベルをブリュンヒルデなどという穢らわしいブタのような名で名乗った腐れ転生者を完膚なきまでに叩き潰し、最大の絶望と苦しみを与えてからぶち殺すのじゃ!良いな!!」
ゼノリコは怒りの限りに叫び手にした剣の持ち手からは出血するほど強く握り込みながらカイトを睨んでいた、カイトは膝をついたまま誓うようにつげる。
「仰せのままに、我が王…」
ゼノリコは手にした剣を奪った兵士に返すと、そんな跪いたままのカイトの背中を軽く叩く。
「期待しとるぞ、戦争オタク」
そして去っていった。
「カイトと言ったか?」
立ち上がったカイトに、ヒューゴが話しかけてくる。
「俺たちハイゼンベルの冒険者達も一緒に戦わせてくれ、俺たちも役に立てる」
カイトが見ると、教会に詰めかけたハイゼンベルの冒険者たちも闘争心に目を燃やしていた。カイトは傍で、ハイデに修復されながら安らかに眠る王へ目を向ける。死しても兵士を戦場へ駆り立て、士気を爆発させる彼は、まさしく偉大な王であり英雄だったのだろう。彼には何の思い入れのないカイトではあったが、戦士達の熱に当てられ胸が熱くなった。
「もちろんです、共に逆賊を討ち、偉大なるドラド王を殺害した罪を償わせてやりましょう!」
カイトの声に、その場にいた全ての民、冒険者達の割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
そこからのカイトは街の一室を作戦指揮所として借り受けると、早速ゼノリコから貰い受けた全てを使い、様々な準備を始める。真っ先に着手したのは補給線である。この最前線の街のような集落はあまりにも脆弱すぎたのだ、それに加えて難民たちの存在である。
ただでさえ大飯食らいの冒険者が飢えない量の食事は用意されてはいるが、難民達に配る余裕はなかった。今は冒険者達が食事を削ることで、なんとか維持しているにすぎない。カイトがベルラートを出る前に用意したのはたったの二日分である。そんなものでは圧倒的に足りなかった。
「ハイデさん、これを」
カイトは必要な水と食糧を書き出してハイデに差し出すと、ハイデはそれを手に早馬の伝令兵へと走る。次に足りないのはハイゼンベルの地理である。カイトはすぐさま側のヒューゴを呼ぶ。
「ヒューゴさん、私には今情報が足りません、ハイゼンベルの地図や地形が把握できるものをなんでも良いので持ってきてください」
「分かった集めてこよう」
慌ただしくヒューゴは走って外に飛び出した。そんなヒューゴと入れ違うようにマールもやってきた。
「カイト、僕に出来ることない?」
次に自分に足りないものをカイトは考えた。それは敵の情報である。カイトは図鑑を取り出してリザードマンのページを開くが、図鑑にはエルフ領にいる事程度の事しか記されてはいなかった。
「できたらでいいです、リザードマンを1匹仕留めて死体を持ってきてもらえますか?」
その言葉に、マールは笑う。
「おっけー!ちょうどひと暴れしたかったんだ!」
「深追いは無しで、周囲にいなければすぐに戻って下さい」
「わかってるよ!」
マールはそのまま元気に走って行く。今度はそんなマールとすれ違うようにハイデが帰ってくる、その隣にはゼノリコもいる。
「あれ?リコ様」
「転生者には無敵のギフトがある、わしがいなければ仕留めるのは無理じゃろう?」
散々泣き腫らしたのか、ゼノリコは真っ赤な目をしていた。しかし態度と姿勢はいつもとかわらず、どかりと椅子に腰掛け、いつものように椅子の上に胡座をかいた。その白々しさにカイトは苦笑してしまう。
「ハイデさん、ベルラートの貴族達にこの指示書を渡して下さい」
小さな羊皮紙をハイデに渡すと、それをゼノリコが横から奪う。
「木材に、大工…石工まで…?建築関連の人員ばかりではないか?…」
「この街は、まるで密集集落ですね。良くこんな場所に精鋭を集め、長年持ち堪えていたものです。こんな劣悪な環境で、兵の士気などあったものではありません。補給もなければまともに寝れる施設もなく、不衛生の極み…バカですか?本当に」
カイトは珍しく口汚く愚痴りながらベリドゥの見取図を見ながら木炭で軽く建築物を描いていく。
「ハイデ?今こいつわしをバカとかいうたか?」
ゼノリコは隣のハイデに聞くと、ハイデは聞かなかったフリをした。
「この街の要塞化はおいおいで良いでしょう、今は鉄の国からリザードマンが雪崩れ込まないようにします。今、攻められたら最前線の冒険者達も無事ではすまない…だから、今は緊急の予防策で時間を稼ぎます」
カイトはそういいながらベリドゥの町を大きな星型に囲い、違う色で鉄の国側に二重の防御柵と塹壕を描き、必要になる材料を次々と書き殴っている。
「なんじゃいこの落書き」
ゼノリコはよくわからずにカイトに問いかけると、カイトは珍しく不機嫌そうな顔をした。
「過去、フランス王国が国境に構築していた二重の要塞拠点でプレ・カレというものがありました。それの簡易版です、今は真っ直ぐに来させなければそれで良いんです」
「ほ…ほー…で、これは?」
カイトが星を書いた見取り図を指差した。
「それはフランス王国の戦術技師ヴォーバンのリール城砦に着想を得ました。これなら転生者が大砲を作ったとしても、問題なくベリドゥを維持できる事でしょう、まあそれは追々ですね」
カイトはそれ以前にと言葉を切る。
「まずはこの街の劣悪すぎる衛生面を改善しないとですね…これでは士気などあがりません。兵の高い士気には十分な食事と最新の武器そして疲れを癒す寝床と清潔さを維持する事が大事なんですこれを怠っているこの街、いや、ゴミ置き場を作ったやつは相当のバカなのではないかと苛立っています。」
「なー!ハイデ!こいつ絶対わしを遠回しにバカって言ってる!!」
そんな言い方をしながらも、ゼノリコは心の片隅で別なことを考えていた。
「ご安心ください、我が王。私がこの街を…最強の砦にして見せます!…まあ、ハイゼンベルを取り戻してからの話ですが」
わし、もしかして本気でやばい奴を指揮官にした?と、ゼノリコは怒り任せにカイトを指揮官にしたことを後悔する。カイトが次々にダメ出しをしてベリドゥの要塞化案を放り出しては、その都度ハイデに渡してくる、ゼノリコはそれを横目で見るたびに、国の貯金がゴリゴリ音を立てて消えていくイメージが脳裏に浮かんでは消えてゆく。そこへ巨大なトカゲを抱えたマールが帰ってきた。
「カイト、もってきたよー!」
「ありがとう、マール。後ほど解剖しますので奥の個室へ運んでおいてください」
それを見たカイトはにこやかに指示すると、マールは頷く。
「ちなみにマール、そのリザードマンはどの辺りにいました?」
マールは仕留めたリザードマンを奥の個室に雑に放ると、カイトの側にやってきて地図をじっと見つめる。
「街の南からでて、こっちにまわって…」
マールは地図を指差し逆時計回りに4時の方角に指をおく。
「そんなに長く走ってないから大体この辺りだと思う、背の高い草の中に何匹かの集団で隠れてたから倒してきた」
カイトはその報告を聞きながら、マールの発見したという位置に小石を置く。
「うーん…」
すると、ふいにマールが唸り出す。
「どうかしました?」
カイトが聞き返すと、マールは首を傾げながら呟く。
「いやね?リザードマンって基本単細胞だから、1匹やっても集団で襲いかかって来るはずなんだよね…でも、僕があいつを倒した時は一気に逃げて行ったんだ」
その報告に、カイトの背筋が凍る。
「……どんなふうに逃げていました?」
カイトは静かに聞くと、マールは困ったような顔をした。
「ええ…そんなところまで見てないよっ!珍しいなって」
ただ、とマールは続ける。
「追撃すればまとめてやれそうだなーとは思ったかな?カイトが1匹って言ってたから戻ってきたけど…」
ホッ…とカイトは安堵する。
「なにその態度、よく分からないけどムカつくんだけど?」
理不尽、カイトは苦笑しながら殴りかからんとするマールを静止する。
「追撃していたらマール、あなたは死んでいましたよ」
カイトの言葉にマールは呆気とした。
「ええ!?そんなふうには思わなかったけど…」
マールは信じられないという感じの表情をする。
「どうやら相手には戦術に精通するものがいるようです」
「どういうこと?なんでそんなのわかるの?」
カイトはにこやかに図鑑を広げると、小石を3つ並べる。
「リザードマンが一目散に逃げたのは相手を狩りやすい場所へ誘い出して狩るためです。私達の世界では釣りという戦法ですね」
「だから、なんでカイトはそれがわかるの?」
マールの疑問にカイトは逆に問いかける。
「マール、君が今言ったじゃないですか。リザードマンは単細胞だから、1匹倒されても襲ってくると、逃げるのは珍しいと」
マールはハッとする。
「私は現場を見た訳ではないので確証はありません、ですが、死を恐れない勇猛な戦士達が何もせずただ逃走するとは考えられない…」
カイトは地図を睨みながら敵方に同情した。何故なら、彼らは目の前の小さな勇者によって早速出鼻を挫かれたのだから。
「マール、リザードマンの集団がどっちに逃げたかわかりますか?」
「ふえ?…ええっと僕がこうきて…こうだから…多分こっちかな?」
マールは地図を指差して逃げた方向へ向けてなぞり、カイトはそれを数秒間、ジッと見つめた。
「マール、今からハイゼンベルの冒険者を何人か連れて、ここに、こういう感じで迂回しながら行ってきてください」
地図に木炭で矢印を描きぐるりと廻るように、その箇所を囲う。
「ええ!?僕…地図わかんない…」
マールは困ったようにおろおろしだす。
「では、私も同行します」
そこで、今まで聞くに徹していたハイデが地図を手に取り、小さく丸めた。
「よろしくお願いします」
「ちなみに…そこには何があるの?」
マールが問いかけると、カイトはニイッと卑しい笑みを浮かべる。
「荷馬車を二つは持っていった方が良いでしょうね」
カイトの言葉にマールは察し、口角をあげて笑った。
「ハイデ、もしも道中リザードマン以外の何かに遭遇したら直ぐに戻ってこい。戦闘中でもじゃ」
ゼノリコが口を挟み、カイトも頷く。
「ギフト持ちの転生者はまともに戦っても絶対に勝てません、気をつけてください。マールもだよ」
「わ、わかってるよ!!」
マールはプリプリと怒っていたが、ハイデが手を引いて連れていった。
「では、今のうちにリザードマンを調べて起きますか…」
カイトはマールが持ってきたリザードマンを解剖する為に個室へ向かった。
カイトはリザードマンの腹を裂き、内臓を取り出しながら彼らの生態を図鑑に書き足していく。
「ふむ」
数時間、一通りの解剖を終えた後に個室の扉が勢い良く開かれる。
「カイト殿!ハイゼンベルの地図や地形の情報を…うわ!何してんですかこれ!」
ヒューゴだった、個室に立ちこめる悪臭に顔を顰める。
「カイト、おわったならさっさと片付けろ、臭すぎてかなわん…」
部屋の外にまで悪臭は行っていたようだ、ゼノリコが鼻を抑えながら言うと、カイトはテーブルに横たわるリザードマンを肩に抱えて持って外へと連れていく。
「……彼、大丈夫なんですか?」
ヒューゴはその場に座るゼノリコに問いかけた、ゼノリコは肩をすくめた。
流石にカイトの筋力ではリザードマンは重すぎた、無理して見栄を張ってみたが、外に持っていくので精一杯だった、すると外ではすでにマールやハイデが帰ってきていた、二つの荷馬車にリザードマンの亡骸が山になっている。
「あ、カイトー!言われた通りに行ってきたよ!本当にスッゴイ数いた!見てこれ!すごいでしょっ!」
カイトは抱えたリザードマンを持っていくと、マールがそばに来てリザードマンを受け取ると、荷馬車の上に投げて山に加える。リザードマンは全部で数十匹。マールに同行したハイゼンベルの冒険者達も誇らしげにしている。流石、最前線にいる冒険者達の仕事の速さは尋常ではなかった。思えば彼らは全員マールのS級よりも上に位置する精鋭中の精鋭なのだ、日夜亜人の集団と相対する彼らにとってはリザードマンの討伐など、朝飯前なのだろう。
「で…これどうすんの?」
マールは山を見上げて聞いてきた。
「食糧の足しには…」
言いかけたカイトにマールは睨みをきかせた。
「はは、冗談です…」
カイトは亡骸の処理を考えていると。
「そうそう、リザードマンたち、なんか変だった…」
マールは前触れもなくそう、つぶやいた。
「変とは?」
「うーん、なんて言ったらいいのかな?確かにカイトが言った位置にいたはいたんだよね…でも…」
マールの言葉に周囲の冒険者達からも声があがる。
「ああ、歯応えがなかったな」
「こっちもだ、どのリザードマンもまるで人形みたいにボーっと突っ立っていたな。」
「まるで立ったまま寝ている見たいな…」
口々にリザードマンの不審な行動を語る、カイトは無言で冒険者たちの言葉に集中しつつも、何かを捉えつつある。しかしまだ、情報が足りない。
「みなさん、街の周囲に出るリザードマンは極力仕留めてください、ただ、リザードマンが逃げ出しても絶対に追いかけず、逃げた方角を私に報告するようにお願いします」
「カイト、その理由を教えてあげなよ。じゃないとみんな納得しない」
マールの言葉に、カイトはハッとして冒険者達に目を向ける、確かに冒険者達は理由がわからないでいる。これを言っているさっき教えたばかりのマールでさえも理解していない様子を伺えた。バカがよっ…
「…そうですね、はっきりいうならば罠です」
罠、カイトの言葉に冒険者たちは息を呑む。
「少数を囮にし、有利な陣地に誘い込む釣りと呼ばれる戦術です。おそらく彼等の指揮官は、こちらの戦力を削る為にその作戦を行い続けているんだと思われます」
ハイデは首をかしげる。
「どうして彼等はそのような回りくどい戦い方をするのでしょう?リザードマンの数が多いなら、力押しをすれば良いと思いませんか?」
ハイデの意見にカイトは首を横に振り否定した。
「それは、ここの冒険者達が少数精鋭だからです。この場にいる冒険者達は現状S級より上が大多数です、つまりは全員がマール以上の戦闘力を持った精鋭ばかりな訳です。冒険者1人の戦闘力はリザードマン数十匹、数百匹分にもなるでしょう。いくら街で休養している予備戦力とはいえ、数百人規模の冒険者達が常にいるともなれば、現時点での数による力押しは撃退される恐れがある」
マールが嫉妬するように目を細める。
「カイトさー、ハイデに説明する時はやけに親切じゃない?」
それ今関係ある!?マールの理不尽な指摘は一先ず無視して続けた。
「ゆえに、リザードマン達の指揮官は釣りを行う事で冒険者達の戦力を削る事が目的なのでしょう。ここにいる冒険者が倒れることは、城壁を守る冒険者達の代わりを立てられなくなり、それが負担になります。現に今、ハイゼンベルの冒険者達が持ち場を離れた事で、決して小さくない負担がじわじわと毒のように浸透してきているはずです」
そしてカイトは、視界に広がる最前線ベリドゥ全体を見える範囲で見まわした。
「それに加え、この劣悪で不衛生な最悪環境です。こんな状態で兵の士気など上がるわけがない、良く今まで保っていたものです、ここに街を作った奴は相当なアホなのでしょうね」
「作ったの、ウチの王様じゃなかったっけ?」
そんなマールの言葉にハイデは苦笑しながら口を隠す。とりあえず今は無視するカイト。
「では、敵は少しずつ冒険者を削り取って城壁の守備を手薄にする事が目的…ということですか?」
ハイデの答えに、カイトは頷く。
「違います、城壁は彼等にとって眼中にはありません彼等の狙いは、このベリドゥを取る事です。」
「でも、カイトここは最悪とか言ってなかった?」
「はい、ベリドゥ自体の環境ははっきり言ってクソです。ですがこの立地は悪くない、マールでもそれくらいは分かっているようで、安心しました。」
「ふーん、僕だって少しは考えるんだから!でもなんだその言い方ッ!!」
つい口を滑らせて言い過ぎたカイトに、マールは素早く詰め寄ると手を掴みカイトを地べたに引き倒すと、見事な関節技を決めてくる。
「いたたたた!!ゆる!!ゆるして!!」
カイトは必死にマールをタップすると、マールはカイトをあっさり解放した。いつもなら泣くまでやめてくれないのだが、珍しい事もあるものだ。そう思いマールを見ると、マールは空を見上げていた。カイトもつられてその方向へ顔を向けると、そこには巨大な青年が立っていた。もう何度も見た黒髪の短髪での童顔、変わり映えもなくいかにも転生者という感じの現代の服装だった。そしてその両腕には見目麗しい長耳の人種、エルフの女性達を侍らせている。
【人間領の諸君、こんにちは…俺は新たな国ブリュンヒルデの王、リヒトだ。】
リヒトと名乗った青年はニヤリと笑う。
【我が国は今民を求めているんだ、前の悪辣な国王が逃しちゃったんだよね、だから民がいなくて困ってる、どうせなら女の子とかがいいな、うん。そうしよう、我が国は女を求めている、故にこれより、人間領の全ての女は我が国に来るように、これはお願いじゃない、命令だ。別に断っても構わない、リザードマン達の餌に困らないで済むからな】
「貴様か…ドラドを殺した…糞虫は」
リヒトはニヤニヤと笑いながらカメラを写す、その先には鳥籠のような檻に閉じ込められ怯えた表情に顔を染めた女の子がいる。まだ幼くあどけない彼女だな、綺麗な衣服は引きずられたかのように擦り切れ、白い手足には痛々しい擦り傷が目立ち、黒く薄汚れた頬に長い黒髪は酷く乱れている。
「姫様ッ…!!」
ヒューゴが窓から身を乗り出して叫ぶ、その言葉に、その場にいたハイゼンベルの冒険者達も一斉に殺気立つ。
「エレーネ…ッ」
彼女が産まれた時、誰よりも早く駆けつけて抱き上げたドラドの娘、ゼノリコにとって、我が子同然の娘の惨めな姿がそこにあった、ドラドを無惨に食い荒らしただけに飽き足らず、親友の忘形見すら汚そうとする転生者に、ゼノリコは激しく憤った。
【みえてる?この娘は悪辣な王の娘なんだってさベッドの下に隠れてたんだ】
ドラド王の娘エレーネへと歩み寄るリヒト、女の子は怯え、甲高い悲鳴を上げながら背後の鉄檻に背中をあずける。
【こないで!!お父様!!誰か…!】
泣きながら知り得る人の名を彼女は必死に叫んだ、リヒトはそんなエレーネの顔を掴んで強引に振り向かせると、手にした何かを光らせ、エレーネに見せる。その瞬間、さっきまで恐怖に暴れていたエレーネの身体から力が抜けていき、無気力な表情へと変わる。
【新しいお人形の出来上がり、ちょっと汚いけど…まだ遊べそうだ…ははっ、この子も俺のものだ。じゃあね、良い返答を期待するよ】
「何あいつ、きっも…」
消えていくリヒトの幻影にマールは嫌悪感を露にして吐き捨てた、カイトは腕を組み、長考すると、何を思ったのか荷馬車のリザードマンの腹を次々と裂いて何かを確認する。
「マール、一緒にきてください。皆さんは待機で」
カイトは直ぐにマールの手を取ると、指揮所へ行こうとした。しかしマールは動かない、見ればマールは周囲を見ていた、ハイゼンベルの冒険者たちが不満を露にしている。今すぐ取り返しに行こうと言い出しそうな勢いだった。
「あなた方が怒りをぶつける場所は必ず用意します!だから。今は耐えてください」
カイトはそう声を張った、そんなカイトの顔をみて、ハイゼンベルの冒険者達は少し狼狽えるがそれ以上何も言わなかった、マールも静かに付いてくる。
指揮所に戻ると、指揮者でも殺伐とした空気だった。特にヒューゴは苛立ちを顔に出し、今にも飛び出して行こうとする程だ。
「カイト、考えはまとまったか?」
ゼノリコも圧を感じるほどの剣幕で語りかける。
「あと少しです、とりあえず彼がどうやってリザードマンを使役しているのかはわかりました」
え?と全員の目がカイトに集中する。カイトは地図が広げられたテーブルに歩み寄り、地図を眺める。
「彼の幻影が最後にしていた行動、おそらくあれは女性を強制的に使役するものなのでしょう」
「それで、どうやってリザードマン達を?」
ハイデが声を漏らすと、カイトは図鑑を取り出した。
「リザードマンは雌雄同体なんです、つまりメスでもあるわけです。なので、あの催眠が効くということです」
唐突にドカンと、ヒューゴが椅子を蹴り飛ばした。
「リザードマンの生態なんぞどうだって良い!!姫が!エレーネ様が呼んでおられるのだぞ!!早く兵を起こしてくれ!カイト殿!!今すぐに!!」
怒りのままに声を荒げ、弾けるようにカイトにつかみかかると、搾り出すように出撃を懇願した。そんなヒューゴの手をカイトは握る。
「落ち着いてくださいヒューゴさん」
どこまでも冷静なカイトの態度にヒューゴは顔をおろしたまま手を放し、大きな呼吸を繰り返して何度も落ち着かせようとした。
「彼があの姫様に、あれ以上手を出す事はないですよ」
カイトの発言にヒューゴは唖然とした。
「根拠は無いですが、姫様は幼すぎます。いかに転生者が畜生野郎でも、いえ、転生者であるのなら余計に、10歳にも満たない子供、しかも女の子に乱暴を働くようなことはありません、だから落ち着いてください」
「え、そんなことまでわかるの?」
マールが口を開いて驚いた。カイトはジッとリヒトの行動や仕草を観察していたのだ。彼はエルフの美女達を侍らせていながらも、その表情はどこかずっと無関心だったのだ、つまり彼の好みは別にある。
「マール、頼みがあるんだ」
「やだっ!」
察しのいいマールは何を言われるのかが分かったらしい。
「どうせ、あいつのところ行って殺してこいっていうんでしょ?!」
「いえ、違います、貢物として他の女性冒険者達と共に洗脳されてきて下さい」
「同じじゃん!!」
「なに!?!?」
その場にいた全員の軽蔑の視線がカイトへと向かう。
「なるほど、トロイの木馬か?…」
しかし、ゼノリコだけはカイトの意図を察したようだ、カイトは頷く。
「ですがそれだけでは矢が足りませんね…」
「ちょっと待て!2人で話をすすめないでくれ!なんだ?そのトロイの木馬って!」
「そうだよ!しかもなんかそれ僕にとってめちゃくちゃ良くない事じゃない!?」
ヒューゴとマールが一緒に前に出てくる。
「昔の戦術じゃ、敵国に貢物として大きな木馬を送った、その中は兵士を格納できるようになっていて、まんまと敵地の中に兵を送り込んだという」
「実際は失敗だったんですがね、木馬の兵士達は包囲されましたが、強引に包囲を突破し、王を討った。最後は力技の勝利です」
カイトはにこやかに語る。マールはまだ理解できていない様子である。
「つまり…どういうこと?」
「彼の要求をのみ、君と女性冒険者達を領内に送り込みます」
ヒューゴが真っ先に否定する。
「俺は反対だ、よくわからないが失敗した作戦に女性やマールを参加させるなんて…」
ヒューゴのその反応は当然のものだろう、マールも不安気な顔をしている。
「今回は失敗でいいんです、敢えて失敗させるんですよ。彼は女性を使役するギフトを持っている。女性冒険者達を送り込めば、彼側に付いている軍師はトロイの木馬を疑うのは至極当然、だから前もって洗脳を使って来るはずです。精鋭の女性冒険者達に、武器を万歳した馬車が来るのですから彼としたら笑いが溢れる状況になるはずです。そして、彼の性癖にささる餌があるんですから…」
カイトの話に痺れをきらしたヒューゴが強火に掴み掛かり、余の力強さにカイトの首が絞まる。
「ふざけるなよ!敢えて失敗させる?マールや他の女冒険者たちがどうなっても良いのか!?」
「…え…ええ、そうです」
カイトの言葉に、ヒューゴは掴んでいたカイトを突き飛ばすと腰の剣を抜いた。誇張なしに己の実力のみで数多の強敵を薙ぎ倒しA級に上り詰めた彼の抜刀は、カイトの指揮官の目ですら見えなかった。
「指揮官だというから大人しく聞いていたが…俺が間違いだった…」
ヒューゴはカイトの首に当てた剣を首筋に押し当てる、それだけで皮膚が裂け血が剣を伝って床に落ちる。これはブラフだ、カイトはそう感じた、彼は自分の度胸を試しているのだろう。なぜなら彼がその気なら、今の瞬間でもカイトの首を落としていたからだ。
「ヒューゴ、カイトの話を最期まで聞け」
ゼノリコは特に気にせず告げると、ヒューゴはため息を吐きながら剣を鞘に納める。それを見たカイトは再び口を開いた。
「彼のギフトは女性にしか効かない、ならば、女性じゃない人間が餌に混ざっていたら?」
ヒューゴはそこまで聞いて、ハッとするとゼノリコへ目を向ける。
「お前まさか…」
「はい、リコ様を一緒に中へ送ります」
ゼノリコは大きなため息を吐き出した。
「だと思ったわ…やれやれ」
「バカか!?どこの国の指揮官に、自らの国の大将を敵地に差し出すやつがいるんだ!!どうなってんだ!?お前!」
キレ散らかすヒューゴにカイトはにこやかにつげる。
「リコ様の事を敵は知りません、そしてリコ様は女性にしか見えませんからね、下を見られなければまずバレることもないでしょう」
尚もヒューゴは食い下がる。
「もしバレたら??」
「もしもバレたとしても、我が王は不死身なので気にしなくて大丈夫ですよ。首を跳ねられようが全身食い荒らされようが死ぬことは無いのでほっといても大丈夫です」
「死なないだけじゃ、ちゃんと痛いぞ。あとマール、ムカつくから1発殴ってよし」
ゼノリコの言葉にヒューゴは驚愕してゼノリコを見ている。マールはニコニコでカイトの尻に蹴りを入れてきた。割と本気だったのか、カイトの軽い身体が少しだけ宙をまう、カイトは尻を抑えながらも語り続けた。
「……それに、リコ様は転生者のギフト…摩訶不思議な力を消し去る事が出来るんです、正直、ギフトもちの転生者には大部隊をぶつけるより、リコ様を正面からぶつけた方が損失は少なくすむんですよ」
ヒューゴは信じられない、といった表情で再びゼノリコを見た。
「マール、なんかムカつくから殴ってよし、許す」
何故?特に理由のない暴力がカイトを襲う、マールは遠慮なしに理不尽に殴ってきた。
「しかし、ならば女冒険者達を一緒に送る必要はないだろう?ゼノリコ王を1人で送ったら良いのでは?」
ヒューゴは目の前で少女に殴る蹴るの暴行を受けているカイトに冷静なまま聞いてきた。それにはゼノリコが答える。
「わしが奴のギフトを消したら、あのエルフたちやエレーナの洗脳は解除されるじゃ。それとともにリザードマン達もの?そうなったら奴が勝手に喰われるのはどうでも良いが、エレーナや他の洗脳を受けた女どもは守れない。だから、リザードマンから守るための女性冒険者達を内部におくるって話じゃろ?」
ヒューゴはようやく納得の反応を示し、それならば…と押し黙る、カイトは立ち上がりながら頷く。
「はい、いたた…その通りです…」
カイトは笑いながら腰をさすりつつマールに目を向ける。
「この作戦の主役は君だよマール、ちゃんとエレーナ姫を守ってあげてね?」
そう言われては、マールも悪い気はしないようで、しかしながら恥ずかしそうに顔を逸らす。
「ふん、もしあいつが僕に眼中なしだったらどうするのさ?」
「その時はその時です、大した問題ではありません。君がフリーになるだけでスムーズに話が進みます」
マールは困り眉になるが、ため息を吐いた。
「いいよ、僕は乗った」
「マール、本当にいいのか?」
ヒューゴは心底心配そうに声をかけるが、マールは頷く。
「僕だって、妹分の事は心配だからね」
マールは幼い頃、ゼノリコの付き添いで何度か鉄の国へ訪れた事がある。
「しかし、です、あと一つ矢が足りない…」
カイトは思い、悩むように地図を睨んだ。
「どんな矢が欲しい?」
ゼノリコもデスクのハイゼンベルの地図を睨む、カイトはそこに自分が思い描く作戦を伝えていく。
「リコ様とマールの内部に入り込む木馬部隊は防衛が主目的です、防具も無ければ武器もない状態での戦闘力は期待できない。そのため、それとは別に、ハイゼンベルへ正面から突撃させる主力の本隊が必要になります。」
カイトはそう言って地図に小石をおいていく。
「俺はそれでも大丈夫な気はするが…その主力部隊には俺とハイゼンベルを配置してほしい、必ず姫の元まで辿り着こう」
ヒューゴが呟きマールも頷く、しかしカイトは首を横に振る。
「だめです、それだけではまだ足りない。このままでは街内に居るだろう予備のリザードマン達は餌を求めて城内へ雪崩れ込みます」
「我々が引きつけるのだから、彼らもこちらにくるのでは?」
「それだと遅すぎます、それにハイゼンベルの冒険者達に掛かる負担が大きすぎる。正面の部隊はリザードマンの大群を抜けて、真っ直ぐに突撃するのですから…その負担は計り知れない。どこか…敵に察知されずに街の中に入れるような都合のいい場所があれば…」
カイトは地図を睨みながら頭を抱えると、ゼノリコが動き地図に指を差す。
「これはどうじゃ?」
ゼノリコは鉱山を指差した。
「昔、ドラドの奴が張り切りすぎて確か鉱山のどこかに外へ繋がる大穴を開けたんじゃ、危ないからという理由で仕方なく埋めたはずじゃが、ここを掘り起こせば鉱山から街の中にはいれるはず」
カイトは直ぐにヒューゴへ目を向ける。
「この鉱山で働いていた労働者達を集めることは可能ですか?」
「直ぐに集めよう」
ヒューゴは指揮所から飛び出していく。そこから数刻、ヒューゴが集めたのは鉄の国でも低階級の労働者達で、彼らはボロを着てはいるもその身体は実に逞かった。
「このなかで、昔ドラド王が大穴を開けてしまい、埋めたという場所が分かる人はいますか?」
カイトは精一杯に声を張り労働者達に問いかける。労働者達は顔を見合わせ語る。
「知っておる」
労働者たちの中で1人の老人が手をあげた。そして兵士達数人も手をあげている。
カイトはすぐに彼らを指揮所に連れて行き、地図に標をつけてもらった。
「ドラド王が穴を開けた場所は全部で三つ、ここと、ここと…ここです」
労働者の老人は地図に書かれた山岳に三つバッテンをつけた。
「あのど阿呆、三つも開けてたのか…」
ゼノリコは悪態をつきながらもどこか懐かしむように笑っていた。そんなゼノリコを見た老人や兵士達も笑いながら頷く。
「あの頃のドラド王はとにかく落ち着きがありませんでしたから…」
その印を見て、カイトは更に長考をする。
「…これで矢は揃いましたね、少し1人で練ります、皆さんは休憩していてください」
カイトは色々な印を書き加えた地図を持つと、先程までリザードマンを解剖していた個室へと向かっていく。
「行くなマール」
ついて行こうとするマールをゼノリコが呼び止め、マールは心配そうにカイトの背中を見送った。
カイトは個室で1人になると、リザードマンの血に汚れる室内で構わず腰掛け、地図をテーブルの上に拡げた。今ある戦力と敵の戦力を想定し、脳内にあるありとあらゆる戦闘状況を考察し戦わせ、敗北を繰り返し続けた。
戦力が圧倒的に足りない。
特にカイトを苦しめたのは、ハイゼンベルの地形だった。ハイゼンベルの街は山岳の窪地に存在し、背後左右を山岳に囲まれている天然の要塞となっている、そのため、攻め込む側は否応なく正面からの強行突破が必要になる。敵の集中を一挙に引き受ける脅威が必要であり、そこにA級の冒険者であるヒューゴを当てがう必要はある。しかし、そうするとドラドの開けた穴から侵入する精鋭部隊の火力と圧力が弱まってしまう、カイトは鉱山からの突入部隊にヒューゴを配置したかった。最前線には他にもA級の冒険者達はいるが、彼らはハイゼンベルの冒険者達が抜けた穴を埋めるために駆り出されており、これ以上の人員をハイゼンベル奪還には回せない。カイトの要請したベルラートからの追加部隊はみな低ランクであり、少数…しかもそれは別の作戦に使う為に他に割く事は出来ない。駒が足りない…カイトは頭を抱えた。
「カイト!」
そこへマールが飛び込んできた、相変わらず彼女はうるさく騒がしい。彼女は満面の笑みでやかましく声を張った。
「カイト!バゼラードが来たよ!!」
バゼラード?カイトは素早く立ち上がり、窓から外を見て驚愕に目を見開くと、飛ぶ勢いで外に飛び出した。
そこにいたのは見慣れた白いフード付きの外套に、軽装な革の鎧に身を固めた黒髪に褐色の男、アジルだった。
「やあカイトくん!!」
アジルは心底嬉しそうに声を張った。そして両手を胸の前に合わせ、片膝をついた。それはバゼラードの服従の姿勢。
「ドラド王の訃報を聞きいつもたってもいられず、俺の独断でクランを連れてきた。バゼラードが誇る選りすぐった騎馬50だカイトくんの指揮下に入る」
アジルは立ち上がり白く光る歯を見せた。
「すまん、もっと連れてきたかったんだが。緊急の為馬が使えるものだけしか連れて来れなかった、後続にあと50、バゼラードの冒険者も来るぜ?」
合計で100、願ってもない増援だった。しかも最もカイトが欲しかった騎馬という機動力と攻撃力なのだから…カイトは頬を叩く、夢を疑ったのだ。
「お礼は一晩のお供で…」
「は、はい??」
カイトは飛び退くが、アジルはニコニコとしてカイトの反応を楽しんでいた。
そしてカイトは再び指揮所に戻るなり、偏頭痛を起こすほどに作戦を練り上げた。そんなカイトの姿勢と勢いに周囲の人間も口を挟もうとはせず、普段ちょっかいを出してくるマールでさえ今のカイトの集中を乱すような事はしなかった。カイトは、あらゆる事態を想定し、答えを導き出そうと考えた。その時カイトは一つの閃きを得ることになる、カイトは顔を上げるとゼノリコの横で椅子に腰掛けて退屈そうにしている金髪の聖職者と目が合う。
そうだ、いま、この最前線にはハイデがいる、カイトは背筋を伸ばすと、素早くハイデの側へいく。
「ハイデさん、意識共有は何人まで出来ますか?」
ハイデは少し距離をとりながらも少し考える。
「1人の意識を共有するだけですから意識共有事態は何人でもできますね、一度線をつなげれば範囲も特にないです」
それは頼もしい、しかしそれでは一方通行になるため個々の部隊からの報告がなく戦況を広く見渡す事は出来ない。
「ちなみに、視覚共有って複数の視覚を1人に集中する事は可能ですか?」
すると、ハイデは察して厳しい顔をする。
「やったことはありません、ですができなくはないです…しかし、集中させられた1人にかかる負荷と疲労は半端ないものになります」
「試しにここにいる全員の視覚をわたしに共有してくれませんか?」
カイトの言葉に、ハイデは一瞬戸惑うが小さく頷く。
「どうなっても知りませんからね?」
ハイデはそう言って呪文を唱え始めた、次の瞬間、カイトにその場にいた全員の視線が脳裏に拡がる。
「!!?」
許容の要領をはるかにオーバーした視覚による負荷がカイトの頭に降りかかりカイトは鼻血を吹いて仰向けにひっくり返った。
「カイト!!」
異変に気づき、マールが素早く駆け寄ってカイトを抱き起こすと、ハイデはすぐに回復をかける。
「何しとんじゃお前は…」
ゼノリコものんびり歩いてきて呆れたような声をカイトにかける、カイトの強烈な頭の痛みは、ハイデの回復によって疲労だけを残して消えていく。
「だから言ったではないですか!」
ハイデはカイトを叱りつけ、マールは何があったのか分からずにおどおどしている、しかしカイトはマールを支えに立ち上がると首を横にふる。
「お叱りは後で、今は何人までなら出来るかが大事なんです、もう一度!1人ずつ増やしていってください!」
「ダメです、これ以上は…死にますよ?カイト」
ハイデは嫌がるがカイトは怯まない、そんなカイトを見ていたマールは小さくため息を吐き出す。
「大丈夫だよハイデ」
マールはカイトを支えて後押しをした、それを聞いたハイデは渋々だが了承する。
「1人ずつ、増やしていきますからね?無理ならすぐ言ってください」
そして1人ずつ視覚を共有していった。カイトの脳裏に1人ずつ視野が増えていくその度に頭が重くなり、頭痛がドンドン強くなっていく。
「ぐっ!」
カイトは5人目の視覚を共有した瞬間、脳の許容量を超え、鼻血が吹き出した。
「大丈夫!?」
マールが聞くと、カイトは鼻血をダラダラと垂らしながら笑った。
「4人が限界ですか…」
正直4人ですら長時間は厳しい、カイトはそう考えながらも、自分にかかる負担を考慮から外した。そんなことを言っている場合ではないのだ。
「カイト、本当に大丈夫?」
後押しをしたのはマールだが、心配そうにカイトを見ていた。
「君の日頃のしごきのおかげでね、なんとかなりそうです」
マールを心配させまいとかっこよく気取って見たが、マール自体には対して響く事はなかったようで、マールはニィッと笑うと素早くカイトの後ろに周り、その尻を蹴り上げた。
「いった!!」
「馬鹿じゃないの?これが片付いたらもっといじめてやるから!」
いじめの自覚はあったのか、などと考えていたが、今はその思考を隅へ追いやった。これで、全ての目処がたった…カイトは笑い、そして告げる。
「マール、これより作戦の全容を伝えます、皆んなを集めてください」
カイトの言葉に、その場の全員がカイトに目を向け騒がしかった部屋の中が一気に鎮まる。
そしてカイトは小さく息を吐きながら、これから始まる戦争の筋書きを語り出したのだった。
お疲れ様でした、次回、大規模の戦争が始まります。




