3の3 嵐の前の静けさ。
今回は次章の為の貯め回です。
短い仕上がりになってます。
今から10年前
まだゼオラと出会う前のゼノリコは、毎日の退屈な日々をただ過ごしているだけの死んだような毎日をただ息をしていた。寝て、起きて、仕事をして、また寝て、起きて…それの繰り返し。
この世界に転生してきて100年と少し、彼は不死身であるがゆえに、刺激のない退屈な毎日を送っていた。唯一の楽しみは、勇者の神託を持って生まれたビルドの孫と年に一度行く鉄の国への旅行である。
ゼノリコは馬車を降りると、当然だが鉄の国の民たちはゼノリコを見て驚愕する。他国の王が鉄の国のしかも採掘場にあらわれたのだから当然といえば当然だろう。ゼノリコ自身も、こんな不潔で歩くだけで体力をゴリゴリすり減らす採掘場など、一分一秒長くいたくは無いのだが。彼の目的はこの先にある。
「ぬえい!!貴様!何故鞭を打たんのだ!!」
ゼノリコの前で、筋骨隆々な奴隷のような男が兵士と揉めている、兵士は鞭を手にしてはいるが奴隷の男を叩こうとはしない。それは当たり前だとゼノリコは溜め息を吐き出す。
「あまり兵をいじめるでないドラド」
ゼノリコが呼んだドラドとは目の前で奴隷のようなボロを来て兵士を怒鳴りつけている男の名前である。怒鳴り散らしていたドラドはこちらに目を向ける。
「お!?おおお!ゼノリコ!?ゼノリコか??」
ドラドはゼノリコに気づくなり兵士を押しのけてこちらに来る、ゼノリコはさりげなく兵士にあっちへ行けとジェスチャーをすると、兵士はペコペコと頭を下げながら逃げるように職務へもどっていった。
「ゼノリコ!貴様は相変わらず小さいな!ちゃんと食っとるか??」
「貴様は相変わらず王としての自覚が足りんな!奴隷の格好をして兵士に迷惑をかけるでないわど阿呆!」
目の前の筋骨隆々とした大男、鉄の国ハイゼンベルの国王ドラドはゼノリコの小さな体を軽々と持ち上げて肩に乗せる。
「ぶあっはっはっ!!!王の道はそれぞれだろ!これが我が国ハイゼンベルの国王の姿よ!」
ドラドはゼノリコの悪態を軽く笑い飛ばすと、のしのしと歩き出した。この男、ハイゼンベルの国王ドラドは、別名貧乏王と呼ばれ贅沢を嫌うため普段は執務を側近たちに丸投げし、こうして奴隷身分のふりをして鉱山労働で汗を流す事を生業としている。この奇行のおかげで、ハイゼンベルの民達でドラドを知らないものはいない。ドラドはゼノリコを肩に乗せたままひた歩き、たどり着いたのは人気のない広場である。
「貴様、一応わしはベルラートの王だぞ?もう少し洒落た場所に案内するのが礼儀ではないか?」
「貴様が普通の王族ならそうしたろう、が、貴様はそうではないからここでよいわ!」
その広場は一見何もない、しかし高い位置に設けられているため、ハイゼンベルの全てが一望出来る景色を見渡すことが出来る唯一の場所であり、ドラドのお気に入りの場所である。そしてゼノリコにとっても、国営に疲れた時に愚痴を言える唯一の場所である。この場では、2人は王であることは忘れ、親友としての他愛のない会話を弾ませる事ができる。
「ゼノリコ、お主世継ぎは作ったか?」
そんな言葉にゼノリコはつい拳がでる。ぺしりと顔面を叩かれてドラドは笑う。
「わしが100年生きとる事を忘れたのか?こんなわしではもう種は腐っておろう、世継ぎなんぞ夢もまた夢、そもそも妾の女もおらんしな」
するとドラドは意味深な顔をする。
「まさか、お主そっちの気とかではなかろうな??」
「は?」
「お主、女の格好しておるしのー心まで女になったのかと…」
「おもしろい、ベルラートと戦争がしたいと??」
「ぬはははっ!冗談じゃ、冗談!」
そうドラドは大声で笑い飛ばし、そして笑い涙を拭いながら小さくつぶやいた。
「俺は作ったぞ、世継ぎ」
ゼノリコは驚いた。
「いつのまに!?相手はだれじゃ??トロールか?オーガか!?」
「なんでわしがオーガかトロールしか相手がおらんようにいわれるのだ…普通の貴族の娘じゃ、先日孕んでるのが分かってのう、来年には産まれる」
「産まれたら抱きにいかねばのう?その日は記念日にしよう」
ゼノリコは喜ばしい報告に心から浮き足だった、親友が父になる、そんな事実が何よりも嬉しかった。
「ゼノリコ、妻をもつのは良いことだぞ?お前も暇な時に引っ掛けて見てはどうだ?」
「機会があればのう?まあ、わしには無理じゃろうがな?」
ゼノリコにそんな感覚はない、そんな事は未来永劫訪れる機会はないと、この時は考えていたのだ。
「お前に世継ぎがうまれたら、今度は俺がお前の世継ぎを抱き上げねばな!ぬっはっはっ!その日を記念日にしようかのう?」
「はっはっ、期待せずに待っているが良い!100年か200年後だとおもうがな!」
ゼノリコの言葉にドラドは笑い飛ばす。
「おう、それは長生きせねばならんな!!ぬっはっはっは!楽しみじゃ!ぬっはっはっ!!」
そこで目が覚めた、執務室で執務しながら寝てしまったようだ。
「久々にやったわい、加齢によるものかのう」
ゼノリコは固まった身体を伸ばすと、バキバキと関節が鳴る。日頃動かずに椅子の上で執務ばかりに専念した結果、運動不足は極まっている。食事もいつしたか覚えていない。ゼノリコは絶食など屁でもない、食べなくても飲まなくても死ぬことはないこの体は、それ程に常軌を逸しているのだ。
「暇じゃし、ゼオラを見にいくかのう」
ゼノリコはフラフラと歩いて真っ暗な執務室から外へ出る。
「むう、流石に何か口にいれねば歩くのも一苦労じゃ…全く…」
ゼノリコの不死身の体はとても不便なものだ、食事も水分補給も必要ないが、それはあくまでも死なないだけで、食べなければ痩せ細るし、飲まなければちゃんと干からびるから完全ではない。ゼノリコがフラフラと歩いていると、ランプを手に夜の警邏をしている兵士と出会えた。
「リコ様?いかがしましたか?」
兵士はすぐさま駆け寄り、ゼノリコの顔をランプで照らす。
「また食事を抜いてましたね?…全く」
兵士は慣れた様子でやつれたゼノリコを抱え上げると、食堂へ連れていった。ゼノリコは食堂で数週間ぶりの食事をする。もっともいきなり固形物を入れると胃や腸に穴が空き想像を絶する痛みに襲われるため、スープだけを口にした。ゼノリコの身体は久しぶりの栄養に歓喜しただ塩味のスープですら身体が回復していくのが分かる。
「リコ様、執務に精を出すのは良いですが…ちゃんと栄養はとって頂かなくては」
わざわざ起きてきてスープをこしらえてくれた調理を担当する者にはやんわりと叱られ、ゼノリコはため息を漏らす。
「面倒をかける、いつもすまんのう」
「はは、もう慣れましたよ…そろそろ身体は大丈夫そうですか?」
調理担当は慣れた様子で聞いてくる、ゼノリコは立ち上がり枯れ枝のようだった身体が動くようになったのを確認した。
「では、一先ずはこれにしておきましょう」
調理担当はそう言って麦と野菜の粥を出してきた、ゼノリコはそれも残す事なく平らげると立ち上がる。
「うむ、ご馳走になった」
ゼノリコは食器を持って行き、食堂を出る。さっきよりも身体が明らかに軽い、今は走る事も可能だろう、そう思いながらもゼオラが静養している離れへと向かう。ゼノリコはノックする事なく扉を開けると、ゼオラはまだ起きていた。冒険者の盗賊らしいすらっと細い肢体に褐色の肌、ベリーショートだった白い髪は今は少し伸びてショートになりかかっている。そのお腹は日に日に大きく膨らみ、妊娠が発覚した日よりも大きくなっている。そんなゼオラは窓辺の椅子に座り、何やら読み物を読んでいる。
「身体に触るぞ」
ゼオラに声をかけると、ゼオラはゼノリコに気づいていたのか微動だにもしない。
「冒険者は腹に子がいても平気なんだよ、こうでもしてないと身体が鈍っちまう」
「わし的には少し肉がついた方がいいがの?」
ゼノリコはそんな冗談をいいながら向かいに座る。
「ハイデに見つかったらボコられるぜ?良いのかよ?」
「愛する妻に会いに来るくらいええじゃろ…別に」
「会いに来るだけで済むならな?」
ゼオラはそう笑いかけた、ゼノリコも笑い返すが、ゼオラの側に行きその膨らんだ腹に耳を当てる。
「…なんかあった?」
ゼオラは心配そうに聞いてきた。
「さっき、久しぶりに夢を見た」
ゼノリコの返答にゼオラはとくに興味なさそうな顔をする。
「へー、どんな夢?」
「ドラドと話た時の夢じゃ…わしに世継ぎが産まれたら抱き上げに来ると言うとった」
「はっ、あのおっさんらしいや」
ゼオラと交際を始めたあたりの頃、ゼオラはドラドとあっている。ドラドは大層喜んでゼオラに感謝をのべ、ゼノリコと一緒に抱き上げ感涙に咽び泣き出したので宥めるのが大変だった。
「なら、早く元気なガキを産まなくちゃな?私も早く復帰してえし」
「ドラドの奴のことじゃ、すっ飛んでくるじゃろうな、復帰はまだまだ先じゃな」
ゼノリコは肩を揺らして笑ったのでゼオラも釣られる。
「うーむ」
旧にゼノリコが唸り出した。
「なんだよ?」
「妊娠中って出来るんかの?」
「できるわけねえだろ」
ゼオラに突っ込まれ、ゼノリコは腹に頬擦りする。
「世継ぎに妻をNTRれるなんてのー?最近ご無沙汰過ぎるじゃろ?」
「つい最近まで毎晩盛ってたもんな、ゴブリンかってくらい」
ゼノリコは欲求不満だった、食事にも眠ることにも特に興味がない彼にとっては、ゼオラの存在はそれほどに大きかったのだ。
「もう少し我慢しろっての…」
ゼオラはやりやれといった感じに表情を緩ませて手にしていた書物をそばのテーブルに置く。
「我慢できぬ!」
ゼノリコはそう言ってゼオラに襲いかかる、しかしゼオラには片腕で抑え込まれてしまう。
「ニシシもやしのおまえにゃ無理だよ!腹にガキが居たとしてももやし程度に負ける私じゃねえのよ!」
「ぬぐぐ!おのれー!」
往生際悪くジタバタしていると。
「ゼノリコ?わたしいいましたよね?」
寒気、ゼノリコが背後を見ると、修道服に身を包んだ金髪の女性が笑顔のまま立っていた。
「は、ハイデ様?いや、今のは夫婦のスキンシップというか…その!」
ハイデは問答無用でゼノリコに襲い掛かり、その夜はゼノリコの甲高い悲鳴が離れで響いたという。
しかし、幸せなベルラートの一週間はもうまもなく終わろうとしていた。
鉄の国 ハイゼンベルが…滅んだのである。
お疲れ様でした。
次章から、さらに波乱が巻き起こる展開になります。
是非、楽しみにしていてください。
あ、ゼノリコの夜話はいずれまた機会があればかきます




