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3の2 ある冒険者の話

今回の話は別の視点です。

「ヘリオン!お前はクビだ」


王都ベルラート、肥沃の大地と新鮮な水の都。そのベルラートの中央区に構えた冒険者ギルドで、たった今パーティのリーダーからクビを言い渡された青年、ヘリオンは反抗的に立ち上がりその紅い髪を揺らしながら激怒した。


「何故だ!?俺はパーティに誰よりも貢献しているだろ!?この間だって!俺が一番ゴブリンを倒していたじゃないか!!」


数日前、ギルドの依頼で周辺に出没するゴブリンの掃討依頼を受けたヘリオン達は数十のゴブリンの集団を仕留めていた、その中でもヘリオンは、目覚ましい実力を遺憾無く発揮してほとんどのゴブリンを1人で仕留めている。


「わからないか?ヘリオン、なんで俺がお前をクビにするのかが…」


パーティのリーダー、スカウトの神託ジョブを持ったU級冒険者ジェットが苛立ちながら唸るように語る。しかしヘリオンにはジェットが怒る理由がわからない。


「まさか、俺の神託が魔術師だからか?」


魔術師はこの世界では弱いと見られており、冒険者の間でも偏見の目で見られる。ジェットは意味深な表情を浮かべ目を伏せると。


「話すことはもう何もない、君はクビだ!」


それだけいうと、ジェットはさっさと行ってしまい、その後を2人の仲間が追いかけていく。


「ああ!お前らなんてこっちから願い下げだ!精々後悔しろよ!おれだってお前たちみたいなお荷物がいなくなって清々したよ!!」


いつか後悔させてやる、ヘリオンは悪態をつきながらも途方にくれる。ヘリオンのランクは現在V級、魔術師の自分では一番金になる亜人達とは直接的な戦闘は出来ない。なぜなら亜人達はどの種族にも魔法にある程度の耐性を持っているからだ。オークやオーガ種に至っては無効化までしてくる。対亜人には使えない、そういった偏見が広まったが為に、魔術師は不遇の神託と呼ばれるようになった。しかし、それは所詮は偏見にすぎない、ヘリオンは知っているのだ。オーガやオークは詠唱が必要のない低クラス低威力の魔法が効かないだけで、詠唱が必要な高威力の攻撃魔法ならば無効化出来ないという事を。しかし、そのためには詠唱中に身を守ってくれる盾が必要なのだ。


ヘリオンは、明日からの食い扶持をどうやって稼ごうかを考えながら歩いていると。


「はあ…はあ…ゆる!ゆるして!」


前から薄い運動用の服の少年が、ヘロヘロになりながら走ってくる。彼は確か、カイトという少年だ。少し前にベルラートにやってきて、指揮者というユニークな神託を持った不思議な少年である。


「うるさい走れ走れー!!」


そんなカイトの後ろを栗色の髪に翡翠色の瞳の小さな女の子、マールが涼しい顔で付いていきながら、遅れてくるカイトの尻を蹴飛ばしている。


実に情けない光景だ、少年とはいえ男が小柄な少女に尻を蹴飛ばされながら走らされるというのは。ああはなりたくないな、ヘリオンはそうカイトを見下しつつその後ろを走るマールの可愛らしさについつい目で追いかけてしまう。彼女、マールはその可愛らしい外見とは裏腹に、現在ベルラートにいる冒険者の中では最上位のS級の冒険者で、つい最近までは人間領の国境にある最前線で亜人達と戦っていた実力者であるのだから驚きだ。そして何よりも驚くのは彼女の二つ名。

【枠なしマール】蔑称とも取れる二つ名の通り、彼女は冒険者でありながら神託を持っていない、それなのに今ベルラートにいる誰よりも彼女は強いのだから、不遇職として虐げられてきたヘリオンにとっては尊敬する相手でしかない。何よりも可愛い、ベルラートの冒険者達は誰もが彼女と一緒に肩を並べて戦う事を夢に見るのだ。当然、ヘリオンもその1人である。


「羨ましいな」


尻を蹴られながら走らされているカイトを見ながら、ヘリオンはそうつぶやいた。


そういえば、とヘリオンは酒場で冒険者達の噂話を聞いた事がある。


カイトってしってっか?あいつクソ雑魚に見えるけどげんにクソ雑魚なんだが、すげー戦闘指揮をするんだってよ!

おお!しってるぜ?確かバゼラードへ行く道中、ホモセクトとホモキングの集団に襲われて数千のホモセクトを根絶やしにし、しかもキングまでやっちまったって話だぜ?

その前にはゴブリン達を罠に嵌めてぶっ殺したって話だ…女みてえな面してるなよっちいガキだと思ったが…あいつに指揮されたら俺たちみてえな底辺も強くなれんのかな?

がはは!てめえなんざカイトには相手にもされねーよばーか!


ヘリオンはマールに尻を蹴られながら走り続けるカイトを見つめた。


「話して…見るか」


ヘリオンはそう決めると、踵を返して酒場へ戻った。あのカイトという少年はマールと走った後に決まって酒場へ現れ、ギルドマスターから未消化のクエストを貰い、そこにいる冒険者たちと賑やかに話しながら亜人の図鑑や周辺の地図を見ている。ヘリオンも何度か彼がこの酒場で亜人の図鑑を広げている姿を見ていた。故に、ここで待っていれば必ずカイトは現れると踏んでいた。


「ようカイト!!クランはどうだ!?」


来た、ギルドマスターのダッドに声をかけられ、カイトは肩をすくめる。


「ぼちぼちです、なにか溜まっている依頼があればもらいますよ?」


「おお!ちょうどコボルトが住み着いてしまった古城をなんとかしてほしいって依頼が来てる、報酬金があまりにも少ないが…どうする?」


「やりましょう、その依頼はわたしが請け負います」


カイトはそう言ってダットから依頼を手渡しで受け取った。


「あの!」


今にも長考を始めようと考えたタイミングで、カイトはヘリオンに呼ばれてギョッとした顔を向ける。


「わたしはヘリオンといいます、是非、あなたのパーティに入れて下さい!」


ヘリオンはカイトに頭を下げた、カイトは眉間に力を入れ、おそらくヘリオンの神託を見ているのだろう。やはり魔術師はダメなのか?とヘリオンは考える。


「魔術師さんですか!初めて同行する神託ですね…ふむ!」


しかし、カイトの反応はヘリオンの考えとは違い明るかった、そんなことを言いながら長考して固まり、そして頷く。


「わかりました、よろしくお願いします」


カイトはそういうと、依頼書を握りしめてギルドから出ていく、出て行こうとした時入り口から自分をクビにしたジェットたちが入ってくる。


「ヘリオン…」


ジェットはカイトと共にいるヘリオンを睨みつける。


「カイトさん、こいつはパーティに加えない方がいいですよ?」


ジェットが親切そうな口調でカイトに告げると、カイトはジェットとヘリオンを交互にみて、ジェットの後ろで気まずそうなメンバーにも目を向ける。


「なるほど、ジェットさん、私なら大丈夫ですよ」


カイトは1人で納得すると、そう言った。ジェットは小さくため息を吐き出す。


「そうですか…」


ジェットは今一度ヘリオンを睨んでから舌打ちを鳴らしてからさっさと歩いて行くその後ろをついていく女冒険者が舌を出して嫌そうな顔をしてきた。


「くそ…バカにしやがって…」


いつか必ず見返してやる、そうヘリオンは再び自分を鼓舞した。


「では、わたしのクランからメンバーを編成するのでついてきてくれますか?」


カイトはそういうとフラフラと歩いていき、ヘリオンはそんなかカイトについていく、カイトは歩きながら依頼書をじっと眺めている。何をそんなに読み込む必要があるのだろうか。


「カイトさん、何を見ているんですか?」


ヘリオンが問いかけると、カイトは目をこちらに向ける。


「必要な資材と物資を考えていました、依頼されている地域には以前もコボルトが住み着いていた地域でして…」


コボルトとは亜人の中でも最弱の魔物である、繁殖力位しか取り柄のない雑魚だとヘリオンは考えていたが、カイトはそうは思っていないらしい。


「あ、先に王城に行く必要がありましたね」


カイトはそう呟くと、踵を返して王城へ向かう。


「あら、カイト」


しばらく歩き、非常に大きな王城の前に来た時唐突に誰かがカイトを呼んだ、それは白の礼服に身を包みいかにも司祭と言った装いの女性。ハイデ、このベルラートの大司教だ。


「ああ、ハイデさん」


カイトはハイデに笑いかけると、ハイデはカイトの手にした依頼書を取り上げる


「海辺の漁村からの依頼ですね、コボルトの古城ですか」


「一緒に行きますか?」


え?大司教誘うの?ヘリオンは驚愕する、ハイデは難しい顔をする。


「すっごい行きたい!…」


大司教は血涙を流さん勢いで激しく石畳の地面を震脚で砕いた。凄まじい気迫がこちらにも伝わってくる。


「ですがダメですね、ゼオラが行けないのに私まで行くわけにはいかないです、あの娘いじけるので…それに」


ゼオラというのは恐らく最近妊娠が発覚した王妃の事だろう、もともとは盗賊の神託を持った凄腕の冒険者だったが、この国の王…たしかリコという王様にナンパされたのだという、ただこの情報はゼオラ王妃の妊娠が発覚したつい最近まで秘匿されていた。王族が盗賊の冒険者をナンパした挙句婚約するなどというのは前代未聞の出来事だろう。


「リコ、最近ゼオラの仕事にまで手をつけてひたすら執務をしているので、そろそろ我慢できずに爆発するんですよね。ですから私が見ておかなければ…」


「成る程、それは確かに見ていなければなりませんね」


カイトの言葉にハイデは苦笑し、ヘリオンに目を向けると小さく会釈をし、ハイデは王城へ入って行った。


「行きますよ、ヘリオンさん」


美しい大司教に会釈をされ見惚れていたヘリオンにカイトが呼びかけ、ヘリオンはカイトに小走りでついていく。


「ゼオラ王妃と、ハイデ大司教様と依頼をした事があるんですか?」


ヘリオンが聞くと、カイトは頷く。


「はい、ハイデさんとゼオラさんはマール…ええと、大剣を持ってる小さい子はしってますか?」


マールを知らない奴はこのベルラートの冒険者には居ない。


「はい、そのマールでパーティを組んでいましたから、ゴブリンの巣を掃討した際の縁でよくしてもらっています」


それが噂で聞いた、ゴブリンを罠でぶっ殺したというものの全容か。ハイデ大司教の実力はわからないが、凄腕と噂されるゼオラ王妃と、あのマールが一緒ならばゴブリンの巣を掃討するなど造作もない事である。別にこいつがすごい訳ではない、ヘリオンはそうカイトを判断する。


カイトはそのまま王城の側で亜人を積む為の荷馬車と騎手を雇うとその荷馬車に乗ってベルラートの南地区にあるカイトのクランハウスへ向かった。


「なん…だ…?」


ヘリオンはそのクランハウスの馬鹿げた規模に驚愕し声をあげる。大きな鉄の門を潜ると目の前に現れる豆腐のような建物や銭湯とかかれた布がカーテンのように垂れ下がる建物に、食堂とかかれた建物などがある。


「少し、ここで待機していてください。行きますよヘリオンさん」


カイトは騎手を入り口に待機させ、馬車から降りると小走りで白い豆腐の建物へ向かう。


「やや!カイトどの!」


「お帰りなさい!カイトさん!」


すると白い建物のすぐそばで割腹の良い男と長身の男、そしてオカッパ頭の色白な少女が畑を耕していた。


「おお、畑ですか?」


カイトが聞くと、オカッパ頭の少女が頷く。


「はい、これだけ敷地があるなら畑があれば多少は食費が浮くかと思いまして」


「それはいい案ですね!」


カイトはにこやかに肯定する。すると3人の視線がこちらを注目する。


「ああ、ヘリオンさん、紹介しますね」


恰幅のいい男ゲイルと、長身の男ゲイツはボルドー兄弟、最近最底辺のZ級からYに昇格した落ちこぼれ冒険者として有名な2人。そして黒髪のオカッパ頭の少女、アンネマリー彼女に関しては情報がほぼない。いつのまにか彼らと一緒にいた、噂によれば鉄の国の出身らしい。


「ヘリオンです」


ヘリオンは必要がないと思いながらも自己紹介を済ませると、3人はにこやかに会釈をしてきた。


「ということは依頼ですか?カイト殿」


カイトに聞き返したゲイルにカイトは頷くと、3人のにこやかな顔が変わる。


「5分お待ちを、すぐに準備します」


3人は農具を耕した畑に放り、走って建物へ入っていった。


「クウ」


カイトがいきなりそう呟く。


「ん」


すると黒衣に褐色の少年がいつのまにかそこに現れる。


「うわっ!!」


ヘリオンは唐突に現れた少年に驚き声をはる。カイトはそんなヘリオンの反応に苦笑している。


「クウ、シィロを武装させて、呼んできて下さい」


「カイト、今回は僕、留守番?」


クウは寂しげに呟くと、カイトは頷く。


「申し訳ないクウ、欲を言えば君も連れて行きたいのですが…管理者のクウかシィロどちらかは敷地に残しておきたいので」


「…わかった、連れてくる」


クウはそう言って風のようなスピードで走って言った。彼も情報は殆ど無いが、彼はバゼラードから密入国した元奴隷階級の冒険者らしい。彼のクランには落ちこぼれや奴隷ばかりなのか?ヘリオンは思いながらも、あえて黙っていた。


「いや、お待たせしました」


そこへ先程の3人が帰ってきて、ヘリオンは驚愕した。3人は先程までのラフで貧乏そうな装いから、非常に高級そうな顔のない白銀に輝くフルプレート装備に全身をかため、腰には80cm程度の短い剣があり、長い槍と大きな丸盾を背中に背負っている。目を引くのは3人の中では小柄なオカッパ少女だ、同じ顔のないフルプレートだがボルドー兄弟のものに比べ一際長い槍を背中に背負っている。装飾などは一切ない、ただただ性能と機能性に特化された無骨な装備だが、Y級のしかもつい最近まで落ちこぼれとバカにされて来たもの達が身につける装備ではない。


「そこで馬車が待っています、先に行って食糧や資材、野営用の備品を詰めておいてください、シィロが来たら向かいます」


「了解です!」


「え!今回シィロさんなんですね?それは楽しみだ!」


ゲイツがフルプレートのバイザーを開き、行きがけにそんな事を言った


「はい、期待して大丈夫です」


カイトの返答にゲイツはにこやかに笑いながら走って行った。


「彼等のあの装備は?」


「重装のフルプレートってかっこいいですよねぇ…彼らはアレを着て走り回れるんですから本当にすごいですよ…ぐへへ」


カイトは唐突に早口で重装備の素晴らしさを語る、口調が崩れ、よだれを垂らして喜んでいる。ヘリオンからしたら神託に相応しい装備を身に付けると、その神託によっては重さを感じなくなったりという加護が付与されるのは当たり前の知識だ、重装兵の神託は装備した鎧や盾の重さを軽減する加護がある。そんな当たり前の事を知らないカイトに少し不快感を覚えた。

大丈夫なのかコイツは…そんな言葉が口からでそうになるが、クウがシィロというものの手を引いて帰ってきたので何とか口から暴言がでなくてすんだ。シィロは、眩い程の白い髪に、透き通るような蒼い瞳の非常に貴賓のある可愛らしい少女である。見慣れない装いに、長い弓を持ちその背中に沢山の矢を持っている。


弓兵か、ヘリオンは内心でがっかりした、弓兵は冒険者の中でも最底辺の神託である。兎に角弱いと噂されておりヘリオンもそう思っている。


「お待たせいたしました、カイト様」


「シィロ、私のことは様ではなく呼び捨てか、無理ならさんと呼んでください。その、様付は少し恥ずかしい…」


「は、はい…善処します」


シィロはそう頭を下げると、カイトはこちらに顔を向ける。


「それでは行きましょうか」


カイトは気持ちが悪いほどニコニコとしていた。


ベルラートの街を出たカイト達は、荷馬車を走らせ、一路依頼を持ってきた漁村へ向かう。カイトは漁村の依頼人と何やら話て情報を集め、漁村内にある教会を一時的に貸してもらい、そこで野営陣地を敷く事となった。


「食料品はここで、テントはそこに並べて下さい」


カイトは羊皮紙を片手に、降ろされる荷物の員数を数えている。


「ヘリオンさん、これを」


ゲイツからテントを手渡される、なぜこんなことを自分がしなければならないのか…ヘリオンは内心でそう思いつつもテントを受け取ると、ゲイツ達が並べているテントの横に並べた、驚くべき事に、カイト達は1人一つのテントを持っている。そして過剰にも感じる量の食糧や備品の数々。コボルトごときを掃討するのに必要な物資か?これが?ヘリオンに不満が募る。


「シィロとゲイツさん、古城の様子を見てきたいので付いてきてもらってもいいですか?」


「はい」「了解!」


「後の人は各々で武装を解除して休んでおいてください」


カイトの言葉にまた驚愕する、なぜコボルトごときに一日待つのか…弱気すぎやしないか?


「疑問ですか?」


黒髪オカッパの少女、たしかアンネマリーが武装を解除し、重装の鎧を外しながら気を利かせて聞いてきてくれた。


「はい、コボルトごときの討伐に一日待つ必要があるのかと思いまして…」


「はっはっはっ!そう思うのも無理はないでしょうな」


そんなヘリオンの言葉に既に鎧を脱いでくつろいでいるゲイルが笑う。


「しかし、カイト殿は戦闘に対しては完璧主義者です。彼程用意周到な冒険者を、私は知りませんな。」


それはお前が底辺だからだろう、ヘリオンは考えの浅さに嘲笑してやりたくなったが、なんとか堪えた。


「兵には常に最良の装備と最高の補給を、とかいつも言っていますものね、彼のあの考えは私には理解できませんけど…きっと大切なんでしょうね」


「同感ですな!はっはっはっ!」


ダメだこいつらは…ヘリオンは心底うんざりした様子で口を閉した。程なくしてカイト達が帰ってくると、武装を解除したシィロという少女が教会の奥にある調理場に向かう。


「シィロさんの料理!楽しみだね兄さん!」


「ぬふふ!そうだな!弟よ!」


底辺の2人が涎を垂らしながらにこやかにしている。


「わたしも手伝ってきますね」


アンネマリーは立ち上がり、調理場へ向かった。


「ゲイツさん、ゲイルさん、あとヘリオンさん。今のうちに明日の作戦を考えましょうか」


カイトはどこから手に入れたのか古城の地図を拡げると、次々と印をつけていく。


「偵察の結果、かなりのコボルトの数が散見されました。彼らは各所に歩哨を立てて常に周囲を警戒しています、ここと、ここ」


カイトは木炭で次々と地図に印をつけていく。


「背後は切り立った崖、地盤は硬いので掘って逃げるのは不可能…ふむ、それゆえの兵の多さですかな?」


ゲイルの言葉にカイトは頷く。


「こういう場合、敵側の配置は簡単です、背後からの奇襲はないので正面からの攻撃に集中すればよいのです」


繁殖しか取り柄のないコボルトに相応しい単細胞な布陣に何をそんなに考える必要があるのか?ヘリオンは目の前のカイトを見ながらそう思っている。


「…コボルトらしくないね」


ゲイツが呟いた、その隣でゲイルも相槌を打つ。


「ですな、臆病なコボルトが自ら退路を断つような布陣を自ら敷くのは考えられない、しかも目の前には天敵となる人間の漁村がある」


「うん、まるで冒険者を誘い込もうとしている見たいだ…」


素晴らしい妄想癖だ、単細胞なコボルトにそんな知性があるわけが無い。所詮はY級か…ヘリオンは脳裏で嘲笑する。


そこへ、ドカンと唐突に教会の扉が開け放たれ誰かが入ってきた。それは小さな女の子だった栗色の髪に翡翠色の瞳、その背中には身長に不釣り合いな大剣を背負っている。


「カイトー!!」


「あれ?マール?」


「あれ?マール?じゃない!僕の事忘れてったでしょ!!?」


マールはずいずい間合いを詰めるなりカイトへ襲い掛かり関節技を決める。


「痛い痛い!ギブ!!ギブギブ!マール!!やめて!取れる!!手が取れる!!」


カイトは痛みに泣き叫びマールを必死にタップしている。マールはカイトに関節技を決めながらこちらを見る。


「あれ?新顔?」


マールはカイトを椅子にして聞いてくる。


「はい、ヘリオンといいます」


マールはヘリオンの頭上の神託を確認すると、ニコリと笑いかけた。


「そっか、僕マール!よろしくねっ」


特に気にせず屈託のない笑顔で返され、ヘリオンはあまりの可愛さに見惚れていた。


「で?カイト、これはなにさっ?」


マールは古城の見取り図を見下ろしカイトに問いかけた。


「明日…攻め込む古城だよ!」


「だよ!じゃない!生意気だなー!」


マールはカイトの足を掴むとグイグイ関節技をかける。


「痛い!!いたたたた!許してマール!!」


マールは痛がるカイトをニヤニヤ笑いながら地図を見つめる。


「ふーん?確かにコボルトにしては自身満々な配置だね、カイト並に生意気じゃん?」


マールは実にわかりやすい言い方で地図を見てとった。


「それなら、今すぐ行って皆殺しにしてするのが良いのでは?コボルト如きにわざわざ野営までする必要はないかと」


「いやー野営で正解だよっ」


ヘリオンの意見にマールは否定的につげる。


「理由を聞いてもいいですか?」


ヘリオンの問いにマールは肩をすくめ、カイトの足を開放する。


「コボルトは他の亜人種と協力関係にあるんだ、良くオークとかゴブリンが一緒にいるのを見ない?」


たしかに、言われて見ればそうだ。コボルトを掃討する依頼の際、必ずと言っていいほど別の亜人が紛れている事があった。あれは偶然だと思っていたし、特に気にする事では無いとさえ思っていた。


「カイト!あれ見せた方が早い」


マールは椅子にしているカイトの服を弄ると、一冊の本を取り出した。それは、ベルラートでは珍しくない亜人図鑑の表紙よく彼が酒場で開いているものだ。


「はい」


マールが開いたのはコボルトのページ、そのページには炭で様々な事が書かれている。


「カイトが今まで同行して集めた亜人の生態、で、その図鑑の通りならコボルトがこんな場所を棲家に選ぶことは基本はないんだよねつまり」


「攻められても撃退できる準備がある…ということですな!」


ゲイルが会話に入ってきて声を張り上げた。


「正解!やるじゃん!」


マールに褒められてゲイルはいやー!っと照れ出した。


「マールさんは、何がいると?」


ヘリオンは、マールに伺うとマールは椅子にしていたカイトを開放する。カイトは苦笑しながら隣に座る。


「カイト、どうせ偵察してきたんでしょ?」


マールとカイトは、此方が嫉妬してしまうほどに良い感じの雰囲気を出している。


「現状はわかりません、オークでないことは間違いないですね」


カイトはそういうと、奥からシィロがどでかい鍋を持ってやってきた。


「やはりきましたね、マール」


シィロはマールがくることがわかっていたのか、多めの食材を使い、汁物を作っていた。煮詰まる野菜と刻んだ干した肉を丸めて団子になったものが浮いており、その肉の脂の良い香りが食欲を誘う。


「沢山ありますから、遠慮せずにどうぞ」


アンネマリーが器とスプーンを全員に配り、汁物をよそって渡してくる。


「あ…ありがとう」


ヘリオンは受け取ると、今までのメンバーとの食事を思い出す、今までは野営の際、干した肉と不味いパンを雑草で作った汁でふやかして食べていた。それがこれである、見慣れない茶色の汁物には沢山の野菜や刻まれた肉を練り込んみ丸めたものが入れられている。


「シィロが故郷で作ってた戦場の料理なんだって!」


「これをまっていたのだ!がはな」


「だね!兄さん!」


二人はガツガツと食べ始めた、ヘリオンも一口すする、その汁物はとても暖かく、あと引く味だったのだ。


「みなさんは、いつもこんな上等な物を食べているんですか?」


ヘリオンが伺うと、アンネマリーが苦笑しながら答える。


「シィロがいるときだけですね、ただ食事はいつもカイトさんが準備するので」


「腹が減っては戦はできない、兵の食事は士気に直結するのだから横着はダメ!とか口酸っぱくいうもんね!」


「は、ははは…まあその、はい」


カイトは苦笑しながら一杯で食事を終える。


「ヘリオンさん、あなたの事を把握がしたいのであなたができることを教えてくれませんか?」


そう言いながらカイトは新しい手帳を取り出し、木炭を手に持った。


「えっと…何を言ったらいいんですか?」


ヘリオンは今までのパーティメンバーからこんな事を聞かれた事はなかった、ヘリオンが戸惑っているとカイトはにこやかに答える。


「私のパーティは個ではなく群で戦います。なので、個々人が出来ることを把握しておきたいのです」


戦いとは個ではないのか?ヘリオンは訝しむが、カイトは不思議な事を聞いてくる、きっとコイツは魔術師を見下しているのかもしれない。


「ええと、魔法で遠距離攻撃をします。低威力の無詠唱魔法なら大半使えます、それと詠唱の魔法も二つ使えます」


本当は三つ使えるが、彼等に言っても仕方ないだろう。


「あれ?ヘリオンの加護の数字なら3つ使えない?」


マールが鋭い指摘をしてくる。


「最前線にも魔術師は結構いるけど…みんな三つ魔法使ってた気がするけど…」


気のせいだったかな?と、マールは腕を組んで首を傾げる。


「亜人は魔法に耐性があると聞いてましたが、最前線でもいるものなんですか?」


カイトがマールに聞くと、マールは頷いた。


「無詠唱の魔法は威力が低いから耐性があるってだけ、詠唱を必要とする魔法なら耐性じゃあ防げないみたいだね!」


流石に最前線で戦っていた経験から、魔法がどんなものなのかをマールは把握してくれているようだ。


「成る程、ふむふむ。出来れば使える魔法を教えて頂けると…」


カイトは、そう言って手帳に書き殴る、伝えても無駄だとはおもったが、ヘリオンは伝える。


「無詠唱魔法は、4つ火属性のヒートショック火花を飛ばして物を燃やします。水属性のバブルショット、魔力の泡を飛ばし、泡はしばらく周囲を漂います。次に土属性のクエイク、対象の足元で小さな地揺れを起こします。最後に風属性のスパークウェブ、小さな雷を飛ばして相手を麻痺させます。」


ヘリオンの言う言葉をカイトは全て手帳に書き殴っている。


「詠唱が必要な魔法を教えてください」


「俺が使える詠唱魔法は二つ、土属性のロックスピア、地面の岩を隆起させて範囲の対象を貫く。それと風属性のサンダーストラップ、稲妻の結界を張り敵を閉じ込めたりする」


「でっかい火の玉を撃ち込むやつあるよね、ファイアボルトだっけ?」


マールはにこやかに付け加えると、カイトはそれもメモしていく。


「なるほど…うーん」


カイトはなにやら長考し始めた。


「マール、最前線の高ランクの魔術師たちはどんなふうに戦っていました?」


不意にマールに聞くとマールも腕を組む。


「A級の人は2人いるんだけど、どっちも前衛と一緒にたたかってたよ?B級の人たちは城壁の上から詠唱魔法のファイアボルトを打ち込んでたね。」


「なるほど、距離があっても戦えるんですね…ヘリオンさんはどちらで戦うタイプですか?」


魔術師が最前線で戦っていることは知っていた、実際に最前線にいた人間から話を聞くと、やはりくるものがある。


「俺は…後衛で戦うタイプです」


本来ならどちらでもいけるが、面倒を振り分けられても困るので黙っておこう。それを聞いたカイトは腕を組み再び長考すると手を叩く。


「よし、ではチームを分けましょう」


そしてカイトは語り出す。


「マール、来てもらったのですから手伝ってもらいますがいいですか?」


「はなからその気だし、いいよ!」


なんと、大半の冒険者の夢であるマールと戦う夢は叶ってしまった。


するとカイトは徐に資材の中から長く大きな旗を取り出す、赤、青、黄色の小さな旗である。


「今回はハイデさんがいないので、意識共有や視覚共有はありません、ですので皆さんはこの旗が見える位置を意識してくださいね」


「了解」「おっけー!」


旗なんて何につかうのだろう?そう疑問視しているとヘリオン以外の全員は理解しているようだ。


「シィロはそばで旗の掲揚を手伝ってください」


「わかりました」


シィロは素直に頷くとカイトはマールに目を向ける。


「マールは今回1人ですが赤です」


「おっけー!いつも通りだねっ」


次にゲイツたちに目を向ける。


「重装隊は青、今回は2人が前、アンネマリーさんは旗の確認を意識してください」


「わかりました」


各所へ指示を終えると、カイトは地図をしまい、全員各々に動き始めた。


「あ、あの俺は?」


「ヘリオンはカイトと同じ位置だから、直接指示聞いたらいいよっ」


そうなのか?とヘリオンは考えながらカイトに目を向ける。


「はい、よろしくお願いします」


そこからカイト達は手慣れた様子でテキパキと食事を片付け、食器を洗うと男女に別れて身体を清潔な水で拭き清潔に保つのだという。


「こういうこともするんですね」


ヘリオンが聞くと、裸になった上半身を拭くカイトは頷く。


「不衛生は兵の士気をさげますからね、疫病などのリスクもあります。冒険者は疫病にかかる事はないでしょうけど、漁村の皆さんを巻き込んでしまう可能性もあります、それに…」


それに?カイトは困り顔で笑いかけた。


「臭いとマールが煩いんです、彼女鼻がすごくいいのでちょっと臭いとめちゃくちゃ言われるし殴るんですよ…」


ああ、そうなんだ。と、ヘリオンは簡単に流した。


朝、夜明けと共にカイトたちは行動し、硬い干し肉を齧りながら戦闘の準備を整えると、展開していたテントや資材を畳み、教会の隅に纏めた。全員で古城前に馬車と共に使う。古城はやはり背後が切り立った崖の上にあり、退路のない一本の道に聳え立っている。


歩哨に立っていたコボルトは、本日も退屈な見張の任務に従事していた。彼は生を受けて数日、眼下に広がる人間の村を見下ろしながら生きてきた。


「!!」


左の端で、仲間のコボルトが話しかけてくる、今夜は飲もう…と彼は言っている。楽しみだ、そうして右の端のコボルトは正面に目を向ける。そのまま息を引き取った、遥か遠くから飛んできた矢に脳天を打ち抜かれ、静かに倒れ伏した。すぐに左端のコボルトにも矢が貫き、右端のコボルトの後を追いかけた。


「しゅっげー!」


マールが肝心の声をあげる、そこは古城が目視できるギリギリの位置、幌を外した荷馬車の荷台に乗ったシィロが構えていた弓を降ろす。


「え、2匹やったんですか?この位置から?」


ヘリオンがきくと、シィロは小さく頷く。


「カイトさ…さん、歩哨は倒しました、赤、青の旗を掲揚します」


前にいるカイトに指示を仰ぐ、カイトは荷台に座りながら大きく頷くと、荷馬車においた2本の旗を掲げると、マール、ゲイツ、ゲイル、アンネマリーが素早く所定の位置へ移動する。


「騎手さん微速前進、青隊が目視できる位置まで…シィロ、旗を下げてください。」


カイトには見えているようだ、カイトの指示に合わせシィロが旗を下げる、ヘリオンの目には何も見えないが、マールが古城の門の横に背を預けこちらに顔をむける。


「マールを突入させます、シィロ、赤の旗を左右に振ってください」


カイトの指揮で、シィロは赤の旗を横に振るとそれを見たマールが背中の大剣を手にし、正門から中に入った。


「シィロ、旗を前後に、マールが出てきたら弓の準備を」


シィロは言われたように前後に振る、マールが古城に飛び込り数秒、コボルトたちの悲鳴が聞こえてくる。直ぐに先程までコボルトが立っていた屋上にマールが出てくる、何匹かのコボルトに追いかけられており彼女は特に戦う素振りを見せず此方の旗の動きを確認するなり屋上から飛び降り、正門の前に着地すると、素早く走って来た。


「弓構え!!」


カイトが声を張る、同時にシィロが矢筒の矢を全部手にとって引き抜く。


「放て!!」


カイトの声と共に、シィロが高速で矢を撃ちだした。まだ何も出ていないのに?ヘリオンがそう考えるも束の間、城門を破壊して巨大な生物が姿を表した。


「ギガース!?」


ヘリオンは目を見開いた、ギガース。ギガース種は最高位の亜人種でありその大きさは5mから7mと言われている。個体数は少ないがその戦闘力は折り紙つきで、高ランクの冒険者でも危険な相手とされている。


ギガースが外へ飛び出すなり襲いかかった無数の矢によって身体をハリネズミにされ、その屈強な体に次々突き立つ矢の激痛に喘ぎながら、その巨体を一歩も踏み込めず、苦し紛れにその馬鹿げたサイズの両腕を振って暴れ回る。


「マール!青の旗を!」


カイトが叫ぶと、もう戻ってきたマールが荷馬車に飛び乗り、青の旗をつかむと大きく横に振る。それを見たアンネマリーが前のゲイツとゲイルの肩を叩くと、彼らは背中の大盾を前に構え前に進んでいく。


「ヘリオンさん、青部隊の後ろまで行って、前にバブルショットを撃ちまくって下さい!」


バブルショット?無詠唱の魔法ではギガースは倒せない、しかも魔力のシャボン玉なんてクソの威力にもならないのは教えたはずだが?ヘリオンはそう思いながらも馬車から飛び降り走って青隊の背後にたつと、手を掲げる、するとその手から勢いよく魔力のシャボン玉が飛んでいき、青隊の前を遮るように魔力のシャボン玉が大量に漂う。


「カイトさん!矢が尽きます!」


瞬間的な矢の連発がまもなく終わる、それを聞いたカイトは、マールに目を向ける。


「マール、かっこよく決めてよ?」


そう言われ、マールはにこりと笑い返すと旗を捨てる。


「任せて!」


最期の一矢、一際強く引かれた弓は弾けた強力な矢は音の壁を超える、マール愛用の大剣を貫き破壊したあの一撃だ、音の壁を貫き激しい発破音と共に放たれた矢が痛みに悶えその場で暴れるギガースの脳天を強く撃ち抜いた。ギガースの巨大な体が大きく仰け反った、そしてその一撃で倒れかけたギガースはなんとか踏みとどまりその瞳を怒りに燃やしながらかけだした。激しく大地を揺らしながら走ってきたギガースは魔力のシャボン玉などまとめて蹴散らして青隊の前まで来るとその両腕を振り上げ、青隊の頭上に振り下ろす。


こんな一撃受け止められる訳がない、ヘリオンはそう考えたが。青隊は寧ろ前進した。


「兄さん!」


「ああ!!」


2人は盾を構えて左右に預け合うように寄る、同時にギガースの拳が降り注ぐ。


「な…」


ヘリオンは目を疑った、5、6mはある巨人の巨大な腕の振り下ろしを、最底辺冒険者の重装兵が2人で受け止めていたのだ。


「うおおおら!!」


2人は声を張り上げ、ギガースの腕を跳ね上げ、手にした槍をその腕に突き立てた。


「はあああ!!」


更に、背後から突っ込んできたアンネマリーが、2人が突き立てた腕にその手にした異様に長い槍を深々と突き立てる。ギガースからすればこんなものは縫い針に刺された程度のものだろう。すぐにもう一本の腕を振り上げる。


「どいてどいて!!!」


マールが瞬間的な速さで走ってきてとび、長身のゲイツの背を踏み台にしてギガースの腕を伝って走っていく。青隊の3人は槍で片腕を拘束し、マールを向かわせるための橋にしたのだ。ギガースはすぐさま振り下ろそうとしていた腕でマールを捕まえようとするが、その腕はマールの大剣により輪切りにされる、マールは大剣を指を器用に操りながら激しく回転させる、その回転により大剣が赤熱化して真っ赤な輝きを放つ、そしてそのまま大きく大剣を振りかぶり、ギガースの首を天高く跳ね上げた。


ヘリオンは咄嗟に青隊よりも前にでる、コボルト達がマールに迫っているのが見えたのだ。ヘリオンは詠唱を唱えながら走り、強く地面を叩く。ヘリオンの足元から前に向かって地面から岩の槍が勢いよく隆起しながら迫っていたコボルトの集団に襲いかかる。当然、前方でギガースを倒したマールもそこにいる。


「うひゃあー!!?」


マールは可愛らしい声を上げて岩の槍をスレスレで避ける、奥にいたコボルトたちは岩の槍に貫かれる。


「これで…!」


ヘリオンは同時に詠唱したファイアボルトを、岩に貫かれ足を止めたコボルトめがけて放つ。


「ちょ!?まじ!うわー!」


マールはファイアボルトを見るなり逃げ出した、ファイアボルトとして放たれた特大の火球はコボルトの側に行くと大爆発を起こしてまとめて焼き払う。


「よし、あとは城内の掃討だ!」


ヘリオンは見たかと後ろを見ると、全員が驚きの表情で固まっているそれはそうだろう。ヘリオンは優越感に浸る。


「ちょい君さ」


マールの声がする、きっと褒めてくれるのだろう振り返ったヘリオンの顔面をマールの拳が貫かれ、地面にぶっ飛ばされる。


「ざっけんな!このヤロウ!!仲間殺すき!?」


ヘリオンは訳がわからずキョトンとする。そんなヘリオンの胸ぐらをマールは掴み顔を寄せる。


「今の魔法、カイトの指示じゃないよね?だってファイアボルトは使えないっていってたし、なんで??言ってみ??」


普段の笑顔とは違い、無表情の彼女はとても怖かった。


「マール殿、まずはコボルトをやらないと」


かけてきたゲイルに言われ、マールはそちらをちらりと見てため息を吐くと、ヘリオンを地面に捨てる。


「また魔法撃たれたら危ないから殺しといた方が良いかなあ…」


マールは手にした大剣を無表情のまま振り上げて迫る、ギガースをたったの一撃で討伐した彼女に勝てるわけがない。


「ひ!」


「マール!!右方!一団が逃げてる!前を塞いで!!」


遠くでカイトが声を張ると、マールはカイトの指さす方向を見る。


「命拾いしたね、君、カイトに感謝しなよ?」


マールはそう吐き捨てる。


「いまいくよー!!」


瞬間移動のような速さで走ってコボルトの一団を追いかけていった。そこへカイトがやってくる。


「ヘリオンさん、大丈夫ですか?」


「何故だ!?なんで俺が怒られなければならないんだ!?」


ヘリオンは怒り声を荒げる。


「シィロ、私は話をするので青隊を指揮してコボルトの掃討に専念してください、あと、マールを抑えてくれる?」


「はい…大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


シィロは小さく頷くと、腰の刀を抜いて走って行った。


「ヘリオンさん、何故マールが怒ったのかわかりますか?」


「わからない、俺は迫っていたコボルトに対処しただけで…」


「ヘリオンさん」


カイトはヘリオンの肩に手をおく。


「コボルトの動きは私やシィロにも見えていましたし、マールも把握してあの場に止まっていたんです、あなたが動いた事により、マールが退避して包囲に穴が空きコボルトの一団を逃がしてしまいました」


「俺が悪いっていうのか?」


「はい、これはあなたのミスです。コボルトは1匹でも増えます、だから1匹たりとも逃してはいけないのです。今回はマールがいるので取り逃がす事はないでしょうけど、もしもマールが来てくれてなかったら、完全に取り逃がしてしまっていたでしょう、ヘリオンさん貴方のミスで」


カイトはにこやかにグサグサと刺してくる、ヘリオンにはイライラが募る。


「うるさい!お前は、指示をしているだけじゃないか!自分が戦っているわけじゃないのに偉そうに!!」


ヘリオンの暴言に、カイトは笑顔のままである。


「はい、私は指示をしているだけです。私は戦わないし戦えない、邪魔になってしまいますからね。だからこそ、冒険者の皆さんが気兼ねなく戦えるように舞台を整えるのがわたしの戦いなのです。そして、みなさんは私の指示が正解だと信じてくれているから、従ってくれているだけなんです」


カイトはそう言ってさらに言葉を続ける。


「昨晩いいましたよね?私のパーティは個ではなく群で戦うと、それは何故か、わかりますか?」


ヘリオンは未だ不満を募らせたまま、首を横に振る。


「基本、個は群には勝てないからです、まあ中には群だろうが関係なく蹴散らしてくるマールみたいな個もいますけど、ああいうのは例にしなくて良いです無駄なので」


注意しているのか笑い話をしているのか…話しているカイトは実に楽しそうだった、ヘリオンは肩から力を抜く。


「後でマールが来たら謝ってください?兵のいざこざで士気を下げるなんてあってはなりませんから」


「ああ…分かった」


程なくして右方に逃げたコボルトの一団は掃討され、マール達によって一掃され荷馬車に亜人達の死体を積み上げる。今はマール指導でギガースの解体をしている。


「あのテントや食糧は漁村においていく?」


その作業の最中、ヘリオンが声をあげると、カイトは頷いた。


「ええ、そうです」


カイトは1匹のコボルトの亡骸を解剖しながら答える、酷い悪臭が立ちこめるコボルトにカイトは顔色ひとつ変えない。


「あの漁村の民はこのコボルト達がいた影響で碌に漁にでれておらず、今は保存食で凌いでいる状況でした。なので、私たちが持ち込んだ新鮮な野菜などは良い活力になるでしょう、大飯喰らいの冒険者5人の三日分の食糧ですから、1日2日はあそこの村人達が餓える事は無いでしょう」


そんなことをして何になるのか、ヘリオンは疑問だったがカイトは話を続ける。


「資材を置いておく為の代金と言ったところですかね。すでに村長さんに話をつけていて、あの資材は教会で保管してくれるように話しています」


それをして何になるのか、ヘリオンは訝しんだ。するとカイトはこちらの顔を見てから語り出す。


「この道は最前線につづいています、当然ですが、冒険者の往来も多く、もしも最前線で何かがあった場合、ここに逃げてきた冒険者たちが一時凌ぎの宿に使うかもしれない。その時にこの資材があれば、多少は助けになるはずです。漁村の民達も冒険者たちを無碍に扱う事はないはずです」


つまり、最前線の冒険者たちの退路にこうして資材を配置しているということなのだろうか?


「それとあそこの古城はなかなかいい位置にあります、兵の詰め所には最適です。退路はありませんが水さえ引ければ籠城にもってこいの立地です。後でリコ様に報告しておかなくては」


そんなことをぶつぶついいながら、カイトはコボルトの内臓を摘出しては瓶につめたりしていた。


事が終わり、ヘリオン達は荷馬車に亜人を満載してベルラートへ凱旋した。門をくぐると様々なたみたちがその満載された亜人を見て驚愕する。特に驚かせたのは解体されたギガースである。


ヘリオンはその様々な視線を浴びて優越感に浸っていた、倒したのはマールではあるのだが…。


「はー…ちかれた」


マールはカイトを椅子にしてだらけている、戦闘が終わった後素直に謝ったら、マールは何事もなかったかのように笑顔で許してくれた。カイトは城のそばへ到着すると、リコ様へ報告すると降りマールも一緒について行った。


「ヘリオン殿、いかがでしたか?」


馬車の横で歩いていた割腹のいい男、ゲイルが声をかけてきた。


「良い経験になりましたよ」


ヘリオンは天を仰ぎ、自分の中に蟠りがある事に気づいた。もしかしたら、ジェットや仲間達は俺のここが気に入らなかったのではないか?そう思い始めたのだ。ヘリオンは今の今まで、群ではなく、個で戦っていた。魔術師という群で戦うべき神託であるはずなのにずっと個を意識してきていたのだ。


その後、亜人を満載した荷馬車は城の横に併設された研究施設へ運び込まれ、亜人の数に応じた報酬が支払われる。コボルトは大した金にはならないが、ギガースはその個体数が少ないこともあり銀50という高額で買い取られた。そこに漁村から貰った報酬金と合わせ

硬貨の袋はだいぶ大きくなる。ゲイルはその硬貨袋を大事そうに抱えるとその足で銀行に向かう。冒険者は銀行にて分け前を分配するようになっている。ただ、ゲイルたちはクランなので分け前は二分の一でいいと言われ、ヘリオンは驚愕することになった。


想定の倍の金額をもらい、ゲイル達と別れたヘリオンは酒を飲みに酒場へと向かう。酒場の扉を開くと、そこにはカイトがいた、その隣にはジェットがいる。


「カイトさん?」


ヘリオンが歩み寄ると、2人はこちらに気づく。


「報酬はもうもらいましたか?」


カイトの言葉に、ヘリオンは沢山の硬貨で膨らんだ袋を見せる。


「よかったです、お疲れ様でした」


カイトはそう笑うと、席を立つ。


「あ、あのカイトさん」


カイトを呼びかけるが、カイトはキョトンと振り返り卑しく笑う。


「貴方が話すべき人は私ではないですよ」


そう言ってカイトはジェットを指差した、ヘリオンはそこで悟り、ジェットの隣に座る。


「自分の欠点に気づけたか?」


口を開いたのはジェットだった。ヘリオンは小さく頷く。


「カイトさんに依頼してたんだな、俺がカイトさんに泣きつくと思ってたのか」


ヘリオンの問いかけに、ジェットはグラスの酒を傾け氷を鳴らす。


「ああ、半分博打だったがね。他者を見下して見ていたお前が、パーティを追い出されたあとにちゃんとカイトさんに泣きつくのかと」


「全てお見通しか…」


ヘリオンも酒を注文し、強い酒が瓶とともに配膳される。


「で、どうだった?カイトさん達の戦いを見て」


ジェットの問いかけにヘリオンは笑う。


「群で戦う、最初は非効率で意味がわからなかった。

実際、俺は彼らの足を引っ張ってしまい、危うく取り返しのつかない失敗をするところだった…」


「俺がなんで君をクビにしたか、今ならわかるだろ?」


ヘリオンは頷いた。


「俺はメンバーを信用していなかった、それだけじゃないメンバーを見下し、自分ならどうにでもできると自惚れ、自分に酔っていた」


ヘリオンの吐露にジェットは深く頷く。


「そうだ、酔っ払うなら酒だけにしろ?」


ジェットはそう言ってグラスの酒を一気に飲み干す。


「ところでヘリオン?実は俺のパーティは今、腕利の魔術師を探しているんだ、誰か心当たりはないか?」


白々しいやつだ、ヘリオンはそう笑いジェットを見るとその間グラスに自分の酒を入れる。


「ここにいるだろう?」


そう言って、自分のグラスをジェットのグラスに合わせ、小気味良い音がなった。




お疲れ様でした!

次回はまたまた冒険です

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