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3の1 王都ベルラート番外編 ベルラートの一週間

今回は箸休め会です。

「はあ…はあ…」


朝、夜明けと共に少年が息を切らせながら走っている。すでに力は無くよろよろとよろける身体はいつでも崩れそうだ。彼の名はカイト、バゼラードから帰って来て早3日、毎日朝はこうして走り込みをさせられている。誰に?


「おらー!ペースおそいぞー!やすむなー!」


カイトのすぐ後ろを汗一つかくこともなく涼しげについてきている栗色の髪の小柄な少女が声を張る、普段は軽装な鎧を好んでいる彼女だが、今はバゼラードの時に使ったロリカセグメンタータというカイトが元に生きてきた世界、その世界の紀元前で古代人達が実際に使っていたとされる重装備を着込んでいた。さらにその背中では、小柄な彼女には不釣り合いな程大きく、長い大剣を襷掛けしている。マールはカイトの尻を軽く蹴飛ばす。


「いたっ…!」


カイトは悲鳴を上げ、再び速度をあげる。カイトはバゼラードから戻って依頼、毎朝この小さな鬼教官に叩き起こされてはこうしてベルラートの城壁を走らされている、当然ただ走っているだけではない。


「全力で走らなきゃいみないだろー!息は上がりっぱなしでいいのー!」


そんな無茶な…カイトはそう思いながらも走り続けた、少しでも速度が落ちるとさっきみたいに尻を蹴飛ばされ、これがまたかなり痛いので。否応なく全力疾走を余儀なくされる。そんなカイトの視界に、本日のノルマであるビルドの鍛冶屋の煙が見えた。


「だはー…」


ビルドの鍛冶屋の中庭にカイトはうつ伏せに倒れ込む。全身が燃えるように熱い、そんなカイトを唐突な水が襲いかかる。


「はいおつかれー」


井戸から組み上げた冷たい水をカイトの頭にぶっかけたのだ。マールはにこやかに再び井戸から水を組み上げると、地面に伏せたままのカイトに水をかける。


「あ、そうだ…今日は王様からカイトと一緒にくるように言われてたんだった」


そんなことを思い出し、マールはニイと嫌な笑みを浮かべ、カイトの背筋が凍る。


「追加だー!走れ走れー!」


マールは地面に倒れたままだったカイトを再び蹴り付ける。


「いった!!」


あまりの痛さに飛び跳ねるように立ち上がったカイトに追い討ちの蹴りが飛ぶ。


「走る!はしるから!!」


マールの容赦ない蹴りの痛みに耐えきれず再びカイトは走り出した。目的地である、ベルラート城へ。


「カイト、お前クビじゃ」


美少女の様な外見をしたこの国の現国王、ゼノリコは執務室で書類の山と戦いながら満身創痍のカイトにつげてきた。


「な?なぜ??」


「簡単な話し、宰相もわしがやった方がはやいでな、じゃからお前クビ!それと」


ゼノリコは高速で書類を片付けながら、一瞥することもなく一枚の書類をカイトに差し出す。


「お前が金庫に溜め込んどった金貨は全部わしが差し押さえた、財産没収ってやつじゃな!」


「ど、どうして?」


カイトは目を見開き動揺を露にするそんなカイトの反応にゼノリコは恍惚な笑みを浮かべながら告げる。


「どうしてじゃと?その金貨はお主が汗水垂らして働いて手に入れたものじゃなかろ?女神様からもらった物じゃ、人は皆、汗水垂らして自分の時間を犠牲にする対価としてお金を貰っておるんじゃ。それが人類のルールじゃろ?じゃったらそんな能力で自堕落に過ごすでないわ」


疲れた体にゼノリコの嫌がらせのような仕打ち、カイトは愕然と膝をつく。


「それに伴い、銀の匙…お前の住んどる宿屋からも引き払といたぞい、室内にあった荷物もわしが差し押さえといたぞい?さあて、何も無くなってしまったのう…クフフ」


「王様!そうやって意地悪ばっかするならゼオラにいいつけちゃうよ!」


マールが後ろから前に出てきてゼノリコの執務机から一枚の紙を取り上げる。


「ぬあ!い、今渡そうとしたんじゃ!…あとゼオラには何も言うな?今のあやつに精神的ストレスはあたえんでやっとくれー!!」


ゼオラとはゼノリコの妻であり、つい先日妊娠が発覚し、今は城の離れで厳重すぎる警備のもと、療養している。経過は良好で、この調子ならば年内には産まれるのではないかと考えられる。


「はいこれ」


マールはゼノリコの執務机から取り上げた紙をカイトに差し出す。そこにはこうかいてあった。


冒険者 カイトの功績を讃え、ベルラート上級市民権を与えると共に、南区にある豪邸を贈呈する。上級市民権を得た冒険者は、クランの設立を許可される。


「王様、カイトに色々あげるために頑張ってたんだよ?没収された財産がいくらあったかは知らないけど、上級市民権と南区で廃墟になってた豪邸のリフォーム、クラン設立のための準備もろもろ、頑張って揃えてくれていたんだから」


カイトは直ぐに視線をゼノリコ王へ向けた、ゼノリコは顔をそらして赤くなった。


「あの、クランってなんですか?」


カイトの言葉にマールやゼノリコもズッコケる


「でも、僕もあんまり知らないや冒険者のグループ的なものじゃないの?」


「まあ、そういう見方で間違いはないの。この世界だともうちと違う。冒険者の依頼はギルドが集約して所属している冒険者に斡旋するのが普通じゃ、クランというのは個人で所属した冒険者達を私益しギルドを通さずに依頼を受ける権利を有している。まあ、私兵みたいなもんじゃ」


ゼノリコは執筆の手を止め、デスクの横に横付けされた水差しからグラスに水を注ぎ一息をいれる。


「優秀な冒険者が加入すれば有名にもなるし、クランの規模が大きくなればギルドなどの小規模では手に負えない大型な相手を倒すための依頼も来るじゃろ、街々に部署を構える事も出来るかものう?無論、最前線にもな?」


「最前線!」


マールが身を乗り出した、彼女の目は再び最前線に向かうことをのぞみ、輝いてる。


「で、そのクランメンバー達を手元に置くために用意したのが、その豪邸となる。内装などは言葉で話すよりは自分で見る方が良いじゃろうな、加入メンバーの衣食住、そして建物の維持にかかるコストは毎日金貨2枚じゃ」


ゼノリコは様々な書類を次々カイトに渡してくる、豪邸の間取りや、衣食住にかかる経費、住み込みで働く使用人の雇用形態など多岐にわたる。


「うう、なんかむつかしい話しはじまる?」


「うむ、難しい話が始まる」


マールは退屈になったのか、ソワソワし始める。


「ぼく、ゼオラの所にいくね?終わったら迎えにきてよ!」


迎えに行くんだ、とカイトは思うのも束の間、マールは逃げるように執務室から出て行った。


「体よくマール払いをしました?」


「ようわかったの?」


ゼノリコは手を空間で動かすと、開け放たれた扉が唐突に閉まり、ゼノリコは音払いの魔法を展開する。


「クランという体でマールをギルドや国から切り離しておく必要があるんですね?」


マールは勇者の神託を持っている、彼女はまだその神託に覚醒していないが、覚醒した時、国に所属している事は厄介な事になる事をゼノリコは案じていた、カイトの言葉にゼノリコは頷く。


「まあ、それだけではないがの?」


カイトは首をかしげると、ゼノリコは再び執筆に戻る。


「マールの奴は退屈しておる、あやつのことじゃもう少ししたら欲求不満が爆発して最前線に走っていってしまうやもしれぬ。そして、勝手に野垂れ死ぬ事になるじゃろう?そうさせない為の鞘が、お主とクランじゃ」


そしてゼノリコは小さく、そして卑しく笑った。


「わしがしてやれるのはここまでじゃ、あとは好きにするが良い。そして、改めて命ずる」


ゼノリコは手を止めて立ち上がり、側に歩いてきてカイトの目を睨みながら肩に手を置いた。


「勇者と共に、使命を果たせ」


普段は見せない王とした威厳のある立ち振る舞い、カイトは思わず膝をついた。


「承知しました、我が王」


気づいたらこの言葉が口から出ていた、ゼノリコは満足そうに笑い執務に戻ると手を叩く。


「あと、次からはちゃんとシャワーを浴びてから来い?さあさっさとマールを迎えにいき、豪邸にいけ!さあさあ!」


言い訳を許さず、ゼノリコは執務室からカイトを追い出した。カイトはすぐに離れのゼオラの元へ向かうと、マールは外にいた。


「あれ?中にいたのでは?」


「ずっといたらゼオラのやつ気をつかうからさ」


なるほど。カイトはそう頷くと、マールが立ち上がる。


「クラン?の為の豪邸にいくんだよね?」


「はい、そのつもりです」


するとマールはスンスンと鼻を動かす。


「豪邸にシャワーがあればいいな」


そうなった原因を作った小さな悪魔は、そうカイトに笑いかけた。2人は城から出ると、来た時とは考えられないゆったりさで南区にある外れを訪れた。驚くべき事に、マールの実家であるビルドの鍛冶屋が目と鼻の先にある。


「ここにこんな豪邸があったなんて気づきませんでしたね」


「いやあ、そりゃそうっしょー?たしか…わるいことして中央区から追い出された貴族が住んでる小さな屋敷があっただけのはず…だし…」


マールも驚いている、それもそのはず。南区に設けられた豪邸は、最早施設と言っても過言では無いほどの広さと大きさだったのだ。しかも街並みにある中世の建築とは違い、限りなく現代に近い装いの建物だった。


「カイト、これってカイトのいた世界の建築だったりする?」


「はい…そうですね…」


檻で閉ざされた門を開くと、ガラ空きな南区画の敷地を余すとこまで使い、何人収容できるかわからない豆腐型の建物が聳えている、これはマンションだ。


「あれ見てカイト!」


白い豆腐型の建物のすぐ横には銭湯と描かれた古びた装いの建物がある。


「あの建物まるまるお風呂なの!?すっごいね!!」


マールは興奮気味に声を荒げる。


「カイト!」


不意に声をかけられた、見れば顔に朱色の刺青のある褐色の少年が走ってきた。彼の名はクウ、バゼラードの奴隷階級身分であったが、冒険者となった後、商人の荷馬車に乗り込み、ベルラートへ密入国してきた経緯がある、現在はゼノリコによって罪は許され普通に冒険者としての活動を許可されていたはずだが…。クウは自らの神託にかかれ密偵らしい黒に染めた布の服の上下と、マールが普段身につけているものと同じ革の鎧を身につけている。


「クウじゃん、なにしてんの?」


マールに尋ねられるとクウは頷く。


「王様に雇われた、施設の管理だって」


クウはいつものように舌足らずで辿々しい口調でいいながら、首から下げた小さな革袋を手に取ると、小さく丸められた紙を取り出し、カイトに差し出した。書状にはゼノリコのサインが書かれたデカデカと書かれており、カイトとマールの生活を助けるような内容が書かれていた。


「え?僕もここに住むの??」


マールは驚いている。


「カイトの荷物、運んだ、案内する」


クウは踵を返して歩き出す、マンションの方角ではない、方向へ向けて。


「あれ?こっちでは?」


カイトの言葉にクウは首を横に振る。


「そっちはクラン加入後の冒険者の兵舎、カイトの家はこっち」


クウについていくと、バカみたいに広い敷地の中に鬱蒼と茂る草木の中に一つ、ポツンとした寂れた屋敷があった。おそらく、あの屋敷がマールの言っていた本来の屋敷だろう。クウは屋敷の玄関につくと、古木の2枚扉を両手で開いた。


「ひろ!」


マールが中に飛び込む、玄関の扉を開くとそこにはだだっ白いエントランスホールが広がりその奥には大きな二枚扉がある。


「奥、お風呂場、右が食堂とキッチン、左が娯楽室」


クウはエントランスホールに入るなり、扉を次々と指差して部屋を紹介していく。


「カイトとマールの部屋、二階にある」


クウはエントランスの両端にかけられた剥き出しの階段を上がり、正面の2枚扉を開く。


「ここ、カイトの部屋」


中は非常に広く、大きなベッドが一つとゼノリコの執務室にもあった執務用の机や、長机に向かい合うようなソファにピアノまで置いてある。


「すっげー!ピアノだ!」


マールは興味を示している。


「マールはピアノを弾けるんですか?」


マールは首を横に振る。


「弾けると思う?」


いや、全く。表情から察したらしい、拳が飛んできた。


「マールの部屋こっち」


「ね!なんで当たり前みたいに僕も一緒に住む事になってるの?」


マールは当然の事をクウに聞いた。


「ゼノリコ、住みたくないならいいって言ってた」


「いや、別に住みたくないとは…いってないけど…」


マールは少しだけ顔を染めた気がするが、おそらく気のせいだろう。クウに案内されたマールの部屋は更に大きく、大きな暖炉なども設置されていた。


「カイトの部屋よりおっきい…」


マールは気をよくしたようだ。


「最後に…」


クウはエントランスの階段から上がり娯楽室のちょうど上にある部屋を案内する。扉の奥にはマットが敷かれる、カイトには見覚えがあるそれは畳みだ。薄暗い。狭く暗い中にはカイトが現代で良く見ていた敷布団が畳まれて傍に置かれ、珍しい色の給仕服を着た少女が座っていた。


「お待ちしておりました、カイト様」


少女は正座の姿勢から丁寧に頭を下げてくる。


「この家で住み込みで働いてくれる人、シィロ」


クウが紹介すると、シィロと呼ばれた少女は頭をあげる、ランプの灯りを受けて輝く白い短髪に宝石のように透き通った青い瞳がこちらに向く。


「ご紹介にあずかりました、花の国より参りましたシィロです、どうぞ…よろしく。」


花の国、人間領の中では今尚情報がない不気味な国からやってきた住み込み家政婦シィロは再び丁寧に頭を下げた。


「あし、崩して」


カイトはそう告げると、シィロは頷いて脚を崩した。


「シィロさん、よろしくね」


「よろしくー!!」


マールは早速シィロに好印象を得たようだ。カイトは靴を抜いで部屋に上がる。


「あれ?カイト?」


「マールも靴脱いで」


「え?…うん…」


カイトは部屋に上がると、シィロの前に座る。


「花の国の文化、よくご存知なのですね?」


「はは、似た文化を知っているだけですよ」


カイトは膝を付き合わせてシィロを見つめる、するとマールが続いてきた。


「カイト、この娘冒険者だよ?」


マールに言われ、カイトは眉間に力を入れてシィロを見る。シィロの頭上に加護の数字が浮かんでいる、そして右目を動かすと、弓兵の文字になる。


「花の国は生まれてすぐに子供を冒険者するのです、普段から災害や飢餓の多い花の国では、死んでも甦れる丈夫な身体にするためと教わっています」


それが当たり前な文化のある国、カイトは驚愕した。


「花の国って凄いんだねぇ…」


隣でマールは素直に感心していた。


「わかりました、これからよろしくお願いしますねシィロ」


「はい、食べたいものがあればなんでもお申し付け下さい。大半のものは作れますので!」


「はいはい!肉!僕は肉!」


「マールの言葉は無視で大丈夫です、彼女お腹の中に入れば全部一緒なんで…」


「え…?…は、はあ…」


その後、怒ったマールにボコられるカイトをシィロは苦笑しながら見つめていた。


翌日、マールの朝のしごきを終えたカイトは維持費の支払いついでにゼノリコの部屋を訪れた。


「おお、クランハウスの初日はどうじゃった?」


ゼノリコはいつものように書類の山と戦っていた。


「はは…マールのイビキがうるさいくらいです」


実際、マールの煩いイビキで若干寝不足であった。


「ほほ、シィロは?ちゃんと仕事をしていたかや?」


「何者ですか?彼女は」


カイトの単刀直入な言い方に、ゼノリコは若干の不愉快そうな顔をする。


「何って、花の国から追放され路頭に迷った挙句兵士たちに捕まっておったから雇っただけじゃが?」


ゼノリコはそうやってやり過ごそうとしたが、カイトは一瞬たりとも目を逸らさない。しばらくの睨み合いのうちにゼノリコが肩をすくめる。


「花の国について、何処まで知っとる?」


「鎖国していること、それと冒険者の国であること…そして日本に近い文化の国であること…それくらいですね」


カイトの言葉にゼノリコは頷く。


「そんなものじゃろうな、まあよいだろう」


ゼノリコは執務を投げ出し、背もたれに身を預ける。


「あやつは花の国の神子みこじゃ」


神子みこ?」


カイトの復唱に、ゼノリコは頷く。


「わしも良く知らん。ステータスを見た時にそう書いてあった、おそらく訳ありじゃろうのう?」


つまり、面倒そうなでカイトのいるクランに丸投げしたという事だろうか。


「どこぞの国のお偉いさんが、身分を隠してまでこの国に流れ着いたのじゃ…悪く扱うわけにもいかんじゃろうて、花の国の女は物心ついた時から家事を学ぶとも聞く、料理には自身があると言うとったしのう」


カイトは頷く。


「マールは彼女の料理が気に入ったようです、今朝も野菜も残さず食べていましたよ」


「ほっほっ、そいつはいいの」


報告を終えたカイトは、金貨2枚をテーブルに置き、部屋を後にしようとした。


「カイト、頼んだぞ」


出ていくカイトに卑しく笑いながらそう言った。カイトは苦笑しながら部屋を後にし、その足で中央にあるギルドへと向かう。


「おお!カイト殿!!」


ギルドに入ったカイトを恰幅の良い重鎧を身につけた男、ゲイルが、カイトの名を呼んできた。顔を向ければ酒場と併設されたギルドの机に質素な料理や酒を盛大に並べ、今日の成功を祝う真っ最中といったところだろう。その席にはもう2人いた、ゲイルと同じ鎧を身につけた長身の男、ゲイルの弟であるゲイツ。そしてその隣にすわる黒いオカッパに病的に色白い肌をした座敷童のような少女アンネマリーだ。3人は今はパーティを組んでおり、ギルドに持ち込まれるあらゆる討伐依頼をこなしている。そして依頼を果たすと、こうして酒盛りをしているのだ。ゲイルはすでに出来上がっている。


「はい、これを」


そんな出来上がっているゲイルにカイトは一枚の紙を手渡す。


「おお?なんですかな?これは」


ゲイツは酒の瓶をおき、カイトから渡された紙を開く、そして目を見開いた。


「く!クラン!!?クランですと!?」


それはクラン加入の書類、想像よりいい反応でゲイルは吠え、周囲にいた冒険者の目が一斉にカイトへ向き、衝撃のあまり固まったままのゲイルの手から、ゲイツがその紙を奪う。


「…ほんとだ…」


「ゲイツさんと、アンネマリーさんの分もありますよ」


カイトは唖然とした顔をしている2人にも差し出す。


「1人に一つ、衣食住だってさマリー」


マリーはクラン加入書を食い入るように見ていた、彼女はいまだにハイデの聖堂を手伝う代わりに屋根裏に住まわせて貰ってはいるがあまり良い環境ではなかったようであった。しかし、ゲイルは浮かない顔をしている。


「カイトさん、お気持ちは嬉しいですが。クランのメンバーとはそう簡単に決めて良いものではありませんぞ?クランに所属する冒険者はクランを代表する顔なのです、なので、私たちのような底辺を誘うようなことは…」


自分達はクランの顔にはなれない、ボルドー兄弟は、そう言いたげな顔をした。


「昨日出来たばかりのクランが、体裁を作ろう必要は無いと私は思いますが?」


カイトの言葉にゲイツとゲイルは悩むような顔をした。


「あの、私は加入します」


アンネマリーは控えめに告げて手をあげた。


「マリー!?」「マリーどの!?」


兄弟は同時に反応し、アンネマリーは苦笑した。


「いつまでも聖堂の屋根裏に住むわけにも行きませんし…あとその…聖堂の屋根裏は…その…ネズミが…」


切実な悩みだったようだ、そんなアンネマリーを見たゲイツはため息を吐き出す。


「僕も加入します、カイトさん!後悔しても遅いですからね?」


「はあ…それでは私も加入します…本当によろしいので?」


ゲイルは渋々了承する。その後、当然のようにカイトのクランに入りたがる冒険者達が殺到した。

後でゲイルから聞いた話しだが、冒険者にとってクランの所属というのは箔になるらしく、どんなクランであったとしてもそれだけですごい事なのだとされているのだという。それゆえに、最底辺に位置するゲイツとゲイルを勧誘する事は同じくらいのランクの冒険者達にもチャンスを与えてしまうも同義であったのだという。


「わたしはそれでも構いませんけどね、戦術的にやれる事が増えるので…」


「あなたはまたそんなことを…いつか後悔してもしりませんぞ??」


ゲイルは老婆心からそう進言してきた、そしてそんなゲイルはカイトのクランハウスの敷地につくなり態度が180度変わる事は言うまでもない。


「かか、カイト殿!まさかあれですか??」


巨大な豆腐型の建物を指を差して聞いてきた。後ろを歩くゲイツとアンネマリーも見上げて口を開けている。カイトはそんなゲイル達の反応に苦笑しながらも頷く。


「あ!カイトー!」


バカみたいに広い敷地、広く空いた敷地で、マールはシィロを外へ連れ出し、弓矢を射たせ、それを大剣で弾いて遊んでいた。


「何をしているんですか…マール…」


カイトは呆れてため息混じりに聞くと、マールは笑顔で答えた。


「ベルラートだと弓使いってすごく珍しいの!しかもシィロみたいな長弓つかいは最前線でさえ珍しいんだから!」


カイトが兼ねてから疑問だった事だ、この世界には矢を使う事はあるが、弓を使う事は全くと言っていいほど無いのだ。矢を使うとしても一部の冒険者が使うクロスボウが主流であり、そのクロスボウですら希少である。何故かと考えたが、理由はいくつかある。この世界の冒険者達はその逸脱した身体能力で行う近接戦闘が主流で、超人的な動きで縦横無尽に動き回る冒険者達を巻き込まないように矢を打つのは非常に難しい事、次にこの世界には魔法が普通に存在し冒険者じゃない普通の人間も簡単な魔法ならばしっかり学べば習得する事が出来るのだという。その為、遠隔攻撃の魔法を習得すれば狩猟などでもわざわざ矢を使う必要もないのだという、そして何より亜人の存在である。


亜人達の屈強な肉体は矢傷では怯まず、例え頭を貫いたとしても止まらない。小型のゴブリンやコボルトですら1匹を仕留める為に数本の矢を使用する程だ。ビルド特製のレバー回転式の連装クロスボウガンならまだなんとかなるかもしれないが、普通に市販されているクロスボウでは数で攻められたらひとたまりもなのだ。改めてカイトはシィロを見る、手にしている弓は非常に長く西洋のロングボウにはない独特な形状をしている、これは間違いなく和弓だ。カイトのいた世界では現代でも弓道として姿や形を変えて受け継がれている、ひょっとしたら一番身近に見られる武士の足跡なのかもしれない。


「ありゃ?ボルドー兄弟にマリーじゃん、クランに加入するの?」


カイトが長考している合間にマールはそんな感じで話を進め、クウを呼びつけるとそのまま豆腐建築へゲイル達を案内させていた。


「で、マールは何してるの?」


「弓矢で飛んでくる矢に反応できるかと思ってさ!だからシィロに打って貰っていたの!」


わお、蛮族。お前はアホか!と心の中で囁いてしまった。


「あの、わたしは危険だと散々いったんですが…」


「いえ、大丈夫ですよシィロさん。死んでも自業自得ですので」


カイトはそう笑いかけると、シィロはキョトンとした。


「え?そ、そうなんですか?…わかりました…」


シィロは真剣な眼差しとなると、マールの前でゆったりと立ち、矢筒から矢を抜きながら弓に番え自然な動きで蔓を引く。


「よっしゃこーい!!」


マール側は膝の力を抜いて良長を残しつつじっとシィロを睨み付ける。


「合図とかいらないよ、殺す気で来い!」


マールはそう声を張った、シィロは一切動じないそして小さく息を吸い込み肩が上がるとゆっくりと息を吐き肩が落ちてゆく…そして止まった。


来る、カイトがそう考えた瞬間、弾けるような音と共に蔓を引いていたシィロの右腕が跳ね上がった。


「あっぶな!」


マールは大剣を横にし、腹の部分で矢を受け止めていた矢はきっちりとマールの顔を捉えており、シィロが殺す気で射っていた事が理解出来た。


「すっげー!シィロ!!こんなの不意に飛んできたら受けれないよ!」


いや、普通に正面から受け止めるお前はなんだ?とカイトは心の中で突っ込んだ。


「よーし!本番行こうか!」


は?カイトは目を見開く。マールは笑いながら大剣を構える。


「シィロ!まだ矢あるんでしょ?実戦のつもりで打ってきて!!」


「わかりました、死んでも知りませんからね!」


シィロは先ほどまでの綺麗な名前を崩し、矢筒から全ての矢を掴んで引き抜く、そしてシィロは数十の矢を指に挟んだまま膝を曲げて体勢低く構えて見せると。


凄まじい速度で矢を放ち出した、先ほどの弓道による理路整然とした型とは代わり、正に実戦の彼女シィロの本息の弓術により放つ風を切る音が次々となる。


マールはそんな目にも止まらないスピードで放たれ続ける亜音速の矢を次々と叩き落としている。

カイトの指揮者として強化された視力でさえマールの手の動きは捉えきれない。しかし、マールはたったの一矢すら逃さずに全てを叩き落とした。


シィロの精度も常軌を逸している、あの速度で連射されれば一矢くらい乱れた矢が飛ぶだろう。しかしシィロの矢はたったの一矢すら乱れずに飛んでいるのだ。

なぜか、マールはその場から一切動いていないのだ。


「ならば!これで」


シィロは2本の矢を同時に番え思い切り引き絞ると頑強な筈の和弓が力強く軋む。そして放った、激しい音と共に蔓が千切れ飛び、2本の矢が音速の壁を超えてマールめがけて飛んでいく。


マールは大剣を両手で強く握ると、正面から受け止めたようだ、マールの小さな体が後ろに大きく跳ねた。


「びっくりしたー!」


シィロの放った矢は、マールが盾にした高密度の大剣に突き刺さり、深々とヒビを入れていた。


「参りました!」


シィロは深々と頭を下げて声を張った。蔓が千切れる程の力で引いた最後の一撃の際に指を切ったのか、指から血が垂れている。


「最後のすっごいよ!?うちのじい様の傑作に矢を突き立てるなんて!」


なるほど普通の人間が直撃を受ければ間違いなく体の一部を持っていかれる程の破壊力であることは理解した。


「ありゃ…?」


マールの愛用品である大剣が、矢に貫かれた亀裂が一気に広がりそして根本から砕け落ちた。彼女が産まれた記念に造られた大剣、彼女の成長を共に見守って来たであろう大剣は今、役目を終えた…


「壊れちゃった…」


マールはなんの感傷も抱かずにポイっと捨てる。


「もうちょいこう…感傷抱いたりしないんか!?」


思わず突っ込んでしまった、するとマールは地面に落ちた砕けた大剣に目を向ける。


「最近ちょっと軽くなってきちゃってたんだよね、そろそろ替え時だったからさちょうどよかった…はっ!!」


マールは何かを思い至る、瞬間、カイトの前に来て手を握る。


「一緒に来て!」


マールはカイトの手を引いて、ものすごい速度で走り出す、その場にのこされたシィロは小さくため息を吐いた。


「とりあえず…片付けて起きますか」


そう呟き、屋敷へ戻って行った。



カイトはマールに引っ張られ、隣のマールの実家である鍛冶屋へやって来た。しかしマールは鍛冶屋には入らず、裏庭へとカイトを連れて行く。そこには鍛冶屋には欠かせない水場があり、その水場の真ん中に一本の剣が突き立っていた。


「これ、じいちゃんが現役時代に使ってた武器なんだって!あの子が軽くなった時にやるって言われていたんだ!」


その剣は水の中にあるにもかかわらず一切の錆はなく、分厚い特殊な金属は青白い光を帯びている。


「エルフの鉄を使ってわし自らが打った武器じゃ」


カイトとマールの後ろで2mはあろう熊のような巨大に、筋骨隆々とした老人がいつのまにか背後に立っていた。彼はマールの祖父、元Aランク冒険者として鉄腕の二つ名で呼ばれた伝説の男、ビルド。


「じい様!あの子が終わっちゃったから、あれもらいたい」


ビルドはギロリとマールの背中に目を向ける、マールが産まれた時、記念に打った大剣はもうその背中にはない。


「ふん、いつも言っとるだろ、ほしいならいつでも持ってけ!持てるならな!」


ビルドはそういうと、マールはいよし!と徐に服を脱ぎ捨て、水に飛び込んだ。鍛冶屋に使われる水場は思った以上に深く、その流れは水面ではわからないほど以上に早い、カイトが入ろうものなら一瞬で流されて溺死するだろう。そんな濁流の水場をマールぎ、中央に突き立つ大剣がある陸地へ辿り着く。


「あそこまでは楽に行けるようになったか…」


ビルドは笑いながら孫の成長を感じる。


「ビルドさん、これは勇者としての試練ですか?」


マールはゆっくりと大剣に歩み寄る、違う、大剣の下にある水流があまりにも強く、しっかり踏ん張らなくては進めないのだ。


「…ゼノリコから聞いたのか?」


ビルドはぎろりとカイトを睨みつけ、カイトは頷く。


「うむ、そうじゃ…そしてあれは、わしの使っていた武器などではない。あれは勇者が使っていると伝承に伝わる剣を、伝承に伝わるレシピと同じ材質で打ち上げた傑作じゃ」


ノロノロと歩いたマールは、ついに大剣の柄を握る。


「んんんん!!!」


マールは両手で柄を握り、持ち上げようとする。しかし大剣はびくともしない。


「うわっ!!」


マールは大剣の下から溢れる水流に足を取られてうつ伏せに転ぶと、そのまま深い水場に流されていった。


「伝承の通りなら勇者として覚醒してからじゃないと持てぬがのう、ほほほ」


ビルドはいい顔で笑いながら、カイトに大きなタオルを押し付け、歩いて帰って行った。


「マールが戻ってきたら工房にこいと言っとくれ、新しいのを打つ必要があるからの」


マールはまだ諦めておらず、往生際わるく再び大剣を抜こうとしている。


「マール!もう諦めたら?風邪引くよー!」


カイトは諦めないマールに声をかけた。


「もうちょっとー!」


顔を真っ赤にしながら持ち上げようと力を入れる、しかし大剣はびくともせず、ついにマールは力尽きると、再び水場へ流されて行った。


「ゲホ!…ゲホ!」


しばらくしてマールが岸へ上がってきた、若干溺れたのか口から水を吐き出して自分の服の前で仰向けに倒れる。


「お疲れ様」


カイトはビルドから押し付けられたタオルをマールに渡す。


「くっそー!!うんともすんともしなかったー!」


マールは真剣に悔しがり、カイトから渡されたタオルで体の水を拭う。


「爺様、本当にあんなのを全盛期に振り回してたの??Aランクって本当にすごいなあ…」


本当は違う事を彼女は知らない、カイトは改めて大剣へ目を向ける。凄まじい水流の中で一切の錆もなく立ち続ける大剣は、変わらずその場で青白い光を放ちながら立ち続けている。それはまるで、いつか自分を握る主を待つかのように、じっと静かに。


「マールにはああいうのは似合わないと思いますよ?」


「なんだと!?カイトの癖に!!」


マールは裸のまま飛び跳ねるように立ち上がり、カイトの襟首をつかむとそのまま常人は数秒で溺れる濁流の水場に放り投げられた。


拝啓、父上様、お元気ですか?私は今、濁流の中に投げ込まれ二度目の人生を終えそうです。カイトは濁流のような水流の中で全身を押し潰される。嵐の濁流の中はこんな感じなのか…とカイトは薄れゆく意識の中で感心していた。


「カイトごめん!!」


マールは慌ててカイトを引き上げる、しかし。カイトに意識がない。


「やばい!死んじゃった??やばいやばい!」


マールは慌ててカイトの胸に耳を当てる。


「ああもう服じゃまあ!!」


マールは強引に服を引きちぎり、ビルド特製の鎖帷子も、彼女の腕力からしたら紙屑も同然に破壊してカイトを裸に剥くと、再び胸に耳を当てる。


「息してない!やばいやばいやばい…どうしよ!…」


マールは幼い頃、大剣欲しさにこの水場に入って溺れた事がある。ビルドはその時どうやって自分を助けたのかを思い出す。


「たしか…」


いつまで経っても来ない孫に痺れを切らしたビルドが裏庭にやってくる。


「マール、はよ来い服を着替えるのにいつまで…」


ビルドは視界に入ってきた光景に目を見開く、青白く光る大剣のそばで、裸の孫娘が裸の少年と唇を重ねている光景だった。その瞬間、数十年産まれてから今までの孫娘の姿が走馬灯のように飛び交う。


「マールにも、遂に春が来おったか…これは、じゃましては良くないのう」


ビルドは盛大な勘違いをして、口を閉ざすと静かに工房へ帰って行った。


「ごほ!!」


マールのマウツーマウスで息を吹き返して水を吐き出したカイトはマールにより強引にうつ伏せにされるとバシバシと背中を叩かれる。


「カイト!起きた?生きてる!?」


「起きた!起きたよ!!てか痛い!!」


カイトの返答を聞いて、マールはゆっくり息を吐き出して崩れる。


「大袈裟なんだよカイトは!」


「あんな水場に投げ込んだ奴がいう言葉ですか?それが!!」


「カイトが生意気なのが悪い!」


マールはそう言ってそっぽを向いてしまう。


「あ!そうだマール、ビルドさんが新しいの作るから早く来いって」


「ほんと!?それを早く言ってよバカカイト!」


理不尽に怒鳴りつけ、マールは自分の服を拾うとそのまま走っていった。カイトは一人残され、上着をマールに引き裂かれた為上半身裸のまま起き上がると、青白く光続ける大剣を睨む。


「残念ですが、マールがあなたを使う日は来ませんよ?私がさせませんから」


そう言って立ち上がり、カイトも工房へ向かおうとした。


『それはどうかな?』


不意に、そんな声が後ろから聞こえたような気がした。そこには先程と変わらず、青白く光り続ける大剣があった。



お疲れ様でした、次回は少し新しい試みをする実験回です。生暖かく読んでくださるとたすかります。

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