2の8 転生者裁判(後)
今回はながいです!
転生者裁判はシドゥの声に始まり、最初の男性が恐縮しつつ入ってきた。ゼノリコはステータスを開くと、問題無しとしてアジムにステータスを投げる。
「うむ」
アジムはステータスを一瞥してからにこやかに男性へ笑いかけ、男性は感動して頭を垂れてから元きた道を帰って行く。入り口でゲイツとゲイルから酒の入った小瓶を渡される。次に入ってきたのは冒険者の女、盗賊風の格好をしており、武器を携行している。
「む?」
ゼノリコは眉を細めるも、特に異常はないのかアジムへステータスを投げる。
「よい」
アジムは一瞥し女に声をかけると女は頬を染めながら帰っていく、確かに、アジム王は美形の類故に一部の女性に人気はありそうではある。次に来たのは商人だった、割腹よくヒゲを携えている。ゼノリコはステータスを開くと、特に一瞥することもなくアジムに投げた。
「アブドゥル、お前の売るブドウ酒にはいつも助かっておる」
アブドゥルと呼ばれた商人は、ははっ!と深々と頭を下げ、そして元きた道を帰って行く。アブドゥルを皮切りに様々な民達がやってくる、カイトはなんとなくだが記憶にある、モデルの衣装を見せて戻るランウェイが脳裏に浮かんでいた。中には明らかに蛮族の様相をした男や女も来ていたが。
「良く励んでおるな、助かっておるぞ」
アジムの言葉に感涙の涙を流しながら帰って行った、そして、あと数人で300人になりそうな時。それは姿を表した、彼等は決まって同じスタイルなのか黒髪の短髪に童顔、気怠げに歩きながら不潔に頭をボリボリかきながら歩いてくる。ゼノリコはステータスを開くなり彼の項目をグシャリと握りつぶしアジムに首を切るジェスチャーをした。
「その方、名は?」
アジムの言葉に男は顔を上げる。
「ああ?あー…カイルってはい、いいます」
「ふむ、そうか、アジル」
アジムはアジルを呼びつけ、アジルはカイルと名乗ったものの側へ行き、会議室へ連れて行く。宰相になれるとでも思ったのか、カイルは期待に目を輝かせて笑顔だ。
「死に戻り、のう?…もう戻って来れぬな」
カイトの隣で、カイルのその後の結末を予想してゼノリコは皮肉を口にした。
そのすぐ後にも転生者が来やってきた、1人ずつだと言うのに奴隷商なのか、大量の女を侍らせアジム王の御前だと言うのにいちゃつきながら歩いてくる、ゼノリコは特に気にする事なく全員のステータスを開き、一息に目を通し、男のステータスだけをピックアップする。
「なるほどのう、あの女共はギフトの擬人化と言ったところか」
カイトが横目で男のステータスを見ると、女ガチャと書いてある。ゼノリコはもちろんアジムに対して首を掻っ切るようなジェスチャーをし、それを見たアジムが指示をだすと、カイルを始末してきたであろうアジルが走ってきて会議室へ案内する。女を侍らせながら彼がアジルと共に会議室へ消え扉が始まるのを見た瞬間、ゼノリコは彼の持つギフトを握りつぶした。
「おぬしのお人形遊びは終いじゃな…」
その後、暫くは民達によるランウェイが続いた。ゼノリコは単純な作業をこなしながらも、時々周囲を見回すような仕草をして落ち着きがない。おそらくゼオラの安否が心配なのだろう、その証拠に普段なら胡座をかいて座る椅子に、今日は普通に座っている。何かがあればすぐ立とうという、そんな落ち着きのなさの現れたであった。
1000人、2000人の間は特に転生者は現れず、特段秀でたステータスをもつ民も現れなかった…そして3000人を超えたあたりで、カイトにも見覚えがある男がのしのしと歩いてきた。カイト達がやってきた初日、マールにボコボコにされたE級冒険者、ババラだ。すでに彼が白だと理解しているゼノリコは、ステータスを開くなり見ることもなくアジムに投げた、ババラは無愛想にアジムの前に行くと、目を血走らせたまま睨みつける。
「俺は、宰相など興味はねえ」
「わかっておる、お前はそれでよい」
そんな毅然とした王にババラは小さく笑うと、舌打ちを慣らしつつ元きた道を帰っていく。最後にカイトを睨んでいたが、カイトは見なかった事にする。ババラに続き、給仕服を身につけた黒髪の少女が歩いて来る。特徴的なパッツン前髪の、可愛らしい少女である。そんなカイトの隣で、ステータス画面を開いたゼノリコは小さくぼやいた。
「惜しいのう…」
そう言って、彼女のステータス欄に書かれた異世界行き来というギフトを握りつぶし、アジルに首を切るジェスチャーをした。少女を殺める事には流石に心が痛むのか、アジムの眉が僅かに動揺に動くも、ゆっくりと目を伏せるとすぐにアジルを向かわせ、会議室へと連れて行かせる。
「女神の用意した器は大体美形じゃからのう…こういうこともある。じゃからといってこういったギフトを望んで持ち込んでくる馬鹿者を野晒しにしておく事は出来んでな…どんなに器が綺麗でも、中身が虫なら同じものよ」
ゼノリコはそう語りながらもステータスを開いて一瞥してはアジムに投げる動作を繰り返す。
「リコ様も痛む心とかあるんですね」
「たわけが、あたりまえであろう?転生者とて同じ人じゃぞ。生きていれば必ず害をなす害虫であるのは理解していても、人を殺している事に変わりはないのじゃ。しかも、わしはマールのような子に直接殺させてしまっとる。そんなもんどう足掻いても悪の所業じゃろう?数百年生きても慣れちゃいかんじゃろ、そんなもん」
ゼノリコは単純作業のようにステータスを投げ続けていた。ようやく1万人を超えた辺りで小休止が告げられる。その知らせが耳に入るなりゼノリコは猛ダッシュで部屋を出て行った。カイトは会議室に向かう、会議室はカイトの言いつけた通りに頑丈そうな扉が設置されており、外にはブブポンが待機しているのがみえる。
カイトは頑丈そうな扉を開けると、ちょうどアジルがいた。
「よ…」
アジルは事切れた転生者の亡骸を前の席に着けさせ、血に濡れた口元を拭っている。
「お疲れ様です」
カイトの声にアジルは顔をあげると笑顔を浮かべる。
「やあ、カイト君、どうしたんだい?」
「守備はどうか確認しに来まして」
カイトは事切れた転生者たちの顔を覗く。
「転生者とわかっていても、こういう少年少女を殺さなくちゃならないのは、やっぱり少しきついな」
「ですね…そうしなければいけないとわかっていても…人を殺めている事に代わりはないですから…」
自分の考案した毒によって、眠るように亡くなっている転生者にカイトは静かに手を合わせた。
カイトが謁見の間に戻るとマールが戻って来ており、ゲイツ達も集まってきている。
「あ!カイト!」
マールがカイトに気づくなり大きく手を振る。カイトは足早にマールの側へ行くと静かに問いかけた。
「聞いた?」
「うん、聞いた!凄いよね!!」
マールは興奮して声を荒げる、ゲイツとゲイルも聞いたらしくうんうんと頷いている。
「なんぞ、先程から騒がしいが何かあったのか?」
アジムもこちらの話題が気になっている様子を伺わせると、シドゥが耳に囁いた。途端にアジムは目を見開く。
「なに!?」
珍しく声を荒げ、シドゥが口元に指を当ててアジムを静めた。
「……なるほど、そういうことか…シドゥ、何か用意しておく必要があるな?」
「ええ、この催しの間に考えておくといたしましょう」
時間のすぐ前、ゼノリコが上機嫌で帰ってきた。
「全くゼオラめ、人騒がせなやつじゃ。腹痛なんぞで大袈裟なんじゃ全く」
まだその体調不良の理由を聞かされていないゼノリコはとりあえずの安否確認ができて安心したのか、表情は明るい。事情を知っているアジムやシドゥは吹き出しそうになりながらゼノリコを見ていた。
「む!なんじゃお主ら!!」
何も知らないゼノリコだけは、その視線や態度に怒りを表していた。
民達のランウェイは夕暮れ時まで続き、1日目最後の民の背中を見送ると、転生者の亡骸を載せたブブポンが静かに出発した。
「これを後何日やるんだか…」
財務大臣のユキが愚痴る、今日一日で約49万8682人。シドゥは一日目のリストから欠席者をピックアップしてリストアップしている。
「ゼノリコ、まだ転生者はこの国にいるか?」
アジムはゼノリコに確認すると、ゼノリコは頷く。
「おう、だいぶ頭痛は治ってはおるが…まだおるな」
「そうか…すまないがもう少しだけ付き合ってくれ」
アジムの気遣いに、ゼノリコは頷く。
「勿論じゃ、転生者絡みならば気遣いは無用じゃ」
「そうか、ではゼノリコよ。我はゼオラ殿を国に返そうと思う」
唐突なアジムの発言に、ゼノリコは真顔になりアジムを見ていた。
「は?何故ゼオラを帰すのじゃ?」
ゼノリコは理解出来ずにしていると、アジムは珍しく歯を見せて怪しげに笑う。
「当然だろう?バゼラードの劣悪な気候は、今の彼女に良くないからだ…」
「じゃ、じゃからとて帰す必要はなかろ?何故じゃ?あやつが何かをしたのか?」
あやつ何か悪さをしたのか?そんな事を呟いているゼノリコの肩をカイトが叩く。
「な、なんじゃい」
ゼノリコは理解出来ずに不審を露にする。
「まだわかりませんか?冒険者となったものは、体調不良になる事なんて無いんですよ」
そこまで言われても、ゼノリコは気づかない。否、気づいてはいても本能的に拒絶しているのだ。
「ゼノリコよ」
アジムはにこやかにゼノリコに笑いかけ、そしてつげた。
「おめでとう」
その言葉を皮切りに、その場にいた全員が拍手を始めた、カイトもつられて拍手を始める。
「嘘じゃろ?…いや、そんなバカな…」
ゼノリコはまだ信じられないという様子で、カイトの身体を掴む。
「疑っているならゼオラさんのステータスをひらけばよいのでは?」
「バカか、妻にそんなもんする分けがなかろう!?」
ゼノリコは面白いほど動揺して声を荒げると、何かを思いついたかのように顔を上げ、再び猛ダッシュで謁見の間を飛び出していった。
「マール、お願いします」
「まっかせて!」
マールはすぐにゼノリコを追いかけて行った。入れ違いでアジルが歩いて帰ってくる。
「兄貴、ちゃんと捨ててきたぞ〜、ゼノリコは何をあんなに焦ってたんだ?あいつが走る姿なんて久々にみたぜ?」
陽気に踊るような動きでゼノリコの走って行った方向を見ている、アジムは肩の力を抜きながら笑みをこぼす。
「お前も察しが悪いな、愚弟よ」
アジムはため息まじりにつげ、隣でシドゥが答える。
「子ですよ、子」
その言葉にアジルは目を見開き、カイトや、ボルドー兄弟の顔を伺う。
「マジで??本当に?冒険者ってできるの?子供」
「容態を確認してまいりました、まず間違いないかと、それと、冒険者同士で子をなす事は鉄の国ではよくあることですね」
いつの間にか様子を見に行っていたアンネマリーが帰って来てアジルの疑問を拭う。
「ひとまず、ゼオラさんの帰還部隊を編成しなくちゃいけませんね…」
夜、いつものように扉がノックされ、マールが入ってきた。
「王様、わしも帰るってゴネてる」
「はは、でしょうね…」
マールは部屋の中に入るとクンクンと鼻を動かす、そして一度部屋の周囲を大きく見渡すと、いつものように大剣を扉の前に引っ掛け、外から開けられないようにしてから戻って来ると、ベッドの手すりに触れてからカイトの隣に並ぶ。一瞬マールの手が銀色に光った気がしたがカイトは特に気にしない、テーブルに広げた必要資材や帰還計画の書類に目を通した。
「あ、僕は帰還部隊から外して」
「え?」
唐突なマールの指摘にカイトは声を漏らすと、マールは勝手にテーブルに置かれた木炭で自分の名前を消していた。
「どうして?」
カイトが理由を問うと、マールは腕を組む。
「確かにゼオラの体調は心配だけど、帰路は一番安全な泉から船を使って港を経由するルートなんでしょ?」
バゼラードの経路は二つある、砂漠を横断して進む陸路と、大きな湖を船で横断し、港を経由するルートである。陸路ではホモセクトなどの襲撃も考えられ危険ではあるのだが、経費が安く済むため大体の旅行者や行商人はそれなりの冒険者達を雇い、陸路を進む。今回の遠征で陸路を選んだのはゼノリコが経費をケチったためである。泉にも当然海魔などの危険は多分に存在するが、そこはバゼラードの優秀な船乗り達と、バゼラードのもつ対海魔を想定されて作られた大型船舶がある事で陸路よりも早く、安全な航海が約束されている。その分旅費は凄まじいこととなるのだが、ゼオラの事で、しかも腹に自分の子がいるともなればゼノリコはケチりはしないだろう。今回はアジム王の労いもあり、特別に無償で出してもらえるとの事だった。
「ボルドー兄弟に、アンネマリー、ガルーダにハイデでしょ?そこに僕までいれちゃったらこっちに残るのはクウだけじゃん?クウは密偵の神託だから何かあった時の火力不足は否めない、だったら僕もこっちに残るべきじゃないかな?」
珍しく的を居た判断をするマールにカイトは驚きを表す。
「確かに…」
その通りだった、カイトには泉からのルートの知識は無く、この世界の海兵の実力は未知数である。故に過剰に戦力を裂いたつもりではあった。
「ゴブリンの時もそうだったけど、心配しすぎ。アジル王様だってわざわざ直下の親衛隊を出してくれるって話しなんだから平気だって。まあ、その用心深さがカイトのいいところでもあるけどさ」
マールはそういうとカイトの手を取り、ベッドに誘う。
「おわりおわり!明日も忙しくなるんだから、早く寝よーよ」
「…そうですね」
カイトはマールに引っ張られて考察を諦め、ランプを消すマールは直ぐにベッドに飛び込み、カイトはその隣で横になった。
「今日、実際に転生者達を殺してみてどんな気分だった?」
しばらく天井を見つめていると、マールがカイトに聞いてきた。
「…おもったより嫌な気分でした」
カイトは目を閉じる、真っ暗な視界の中で転生者達の眠るような死に顔が浮かんでくる。
「それが普通だよ」
不意にマールの手が、カイトの手を掴んできた。
「僕はそれを5回もやってるんだから、しかも直接ね」
マールの手はとても暖かく、その温かさではじめて自分が震えていた事にカイトは気づく事が出来た。
「転生者もちゃんと人でした…」
「うん」
思わず弱音が口から漏れてしまうが、マールは優しく肯定してくれた。
「カイトは、元の世界で人を殺した事はないの?」
「ありませんよ、私の世界では人殺しは悪行なんですから」
すると、マールはカイトの手を話し、いつものように抱きついてきて体温の高い彼女の暖かさが身体に伝わってくる。
「でも、カイトの世界では戦争やってるんじゃないの?」
「戦争をしているのは一部の国ですね、私の住んでいた国は戦争とは無縁でした。大昔にはたくさんしていたみたいですけどね…」
マールは背中に手を回し、カイトの身体に顔を埋める。
「いい国で生きてたんだね…そんなにいい国なのに、異世界に行きたがるなんてさ、贅沢だなぁ…」
「いい国だからと言って、その国に居場所があるとは限らないんです…少なくとも、私の居場所はありませんでしたね。他の転生者達も…同じだったかも…」
カイトは灰色の視界が脳裏にちらつき、顔を歪める。
「だからって、こっちの世界で好き勝手されちゃたまんないよ…」
「ええ…まったくもってその通りですね…わたしも気をつけないと…」
「大丈夫だよ、カイトは…好き勝手し始めたら僕がすぐに殺すし」
ギュウッと握りしめ、その意思を伺わせる。
「その時は、よろしくお願いしますね」
「そうならないように努力して…」
マールはそれだけ言うと、煩いいびきをかきはじめた。
翌朝、早朝からバゼラード王城は慌ただしく動いた。バゼラードの港には黒鉄の大きな艦船が停泊し、既に1人では歩けないゼオラをハイデが隣で支えて乗船する。ゼノリコはついさっきまでゴネていたようだが、今は諦めたようだ。
「それでは、行ってまいります!」
ガルーダはカイトに敬礼し、ゲイツ、ゲイル、アンネマリーも続いて船へ乗船する。
「リコ様」
ゼノリコは今まで見たことがない程に不安そうにしている。彼の心境を思えば当然であろう。
「心配するな、ゼノリコよ海兵の神託を受けている我が親衛隊は、船の上ならばA級冒険者同等だ。お前の妃と未来の王は、確実にベルラートへ送り届ける事を約束しよう」
見送りに来ていたアジムはそう告げると、不安そうなゼノリコは頷いた。
「すまん、面倒をかける」
「なに、お互い様だ。今日おわったら一杯やろう、お前の世継ぎ祝いに良いぶどう酒を用意しおる」
「…父になるわしに酒をすすめるんかえ?まあ…そうじゃな、最後の独身を楽しむとするかのう」
2日目、ゼオラの帰国に伴い大幅に人員を割いた事でラシードの協力をへて既に目通しを終えている冒険者に正門の誘導を依頼し、ちょうど来ていたサジにも協力も依頼し、足りない守りにシドゥを入れる事で穴をうめ、シドゥのしていた呼び込みをサジに頼むことが出来た。
「アジム王!父上!準備はよろしいですかな!」
食糧担当大臣はやはりサジの父親だったようだ、ネジは気恥ずかしそうに頭を抱えた。アジムはそんなサジににこやかな笑みを返した。
「ああ、サジよ、よろしく頼む」
「お任せください!!」
サジは気合いを入れ、大声で意気込みながら入り口へ走っていく。今日はマールがカイトとゼノリコの座る向かいの壁に寄りかかるようにして立っていおり、じっと市民達が入ってくる入り口を見ていた。時折臭いを嗅ぐような仕草をするが、鼻炎なのかもしれない。アジムに喝を入れられたサジにより派手に扉が開かれると、本日の1人目が入ってくる。どこか怯えた様子の女性であり、その手には赤子を抱いている。
「……」
ゼノリコは女性の分と乳飲み子のステータスを開き、アジムに投げた。
「転生者は乳飲子としてくる場合もあるのですか?」
「念の為じゃ、ベルラート意外にも転生者が来ていたように…ない事もない、と見ておかねばのう」
ただそんなことを言いながらも感じるものがあるのか、その2人の帰っていく背中を何処となく羨ましげに眺めていた。そんな親子と入れ替わるように、調理師姿の男が入ってくる、おそらく二日目は城内で働く者達のターンだろう。ゼノリコは特に考えることもなく、次々ステータスを開いてはアジムに投げていく。時折りめぼしいステータスを見つけたアジムは、隣にいるユキにステータスをわたし、ユキは丁寧に名前と能力値を記入している。宰相選びも順調に進んでいるようだ。
本日も順調に進み、流石に慣れてきたためか、民のランウェイは次第に流れ作業となってきている。そんな中で事件は起きた、それは丁度本日の20万人目の出来事、入ってきた痩せ型の男が急に駆け出し、アジム王に襲いかかったのだ。
「死ねえ!バゼラード王ー!!」
懐の長いサーベルを抜き放ち飛びかかると、前に割り込んだマールに思い切り殴り飛ばされる。
「ぎゃあ…!」
男は顔面から鼻血を派手に吹き飛び地面に倒れると、間合いを詰めたマールによって、サーベルを持った腕を踏みつけられる。
「ぎゃあ!!」
男の腕は控えめに潰され、握力を失った腕からサーベルがこぼれ落ちる。
「はい、没収ね」
マールは床に落ちたサーベルを拾うと、床に蹲る男の腰に差された鞘も取り上げた。そして男の尻を蹴飛ばす。
「ひい!ひ…ひいい…!」
男は慌てて無様な声をあげながら逃げていった。マールは逃げていく男の背中を見送りながら、男から奪ったサーベルを丁寧に鞘に収める。
「すまぬなマール、助かった」
アジムの感謝に、マールは手を振って答えサーベルを壁に立てかけると、自分も再び壁に寄りかかる。本来ならば不敬にも値する無礼だが、マールが気を張っている事は見てわかる程だった。
「あやつが大剣を使わぬとは…珍しいのう」
おそらくあの男は冒険者では無かったのだろう、カイトはマールが言っていた事を思い出す。
「アジム様!!通しても?」
サジが心配そうにやってくる、どうやら起点を聞かせて流れを堰き止めていたようだ。
「よい、気にせず続けてくれ」
「ははっ!開けてくれ!」
サジは扉を閉ざしている衛兵に呼びかけながら戻って行き、新たな民達が次々とやってくる。その日は幸い転生者を始末することは無かった。夜にはハイデから伝書鳩が届き、無事にゼオラが城へ送り届けられた報告がもたらされると、ゼノリコは泣いて喜んでいた。
三日目、ゼオラを送り届けたアジムの親衛隊達が戻ってきた事で、ただ、ゲイツ達は船酔いが酷いとのことで、陸路での帰還となるという報告がもたらされる、しかし、流石に三日目ともなれば慣れてきたこともあり民達の選別はさらに円滑に進んだ。
コンコン、夜、その日もマールがやってくる。扉を開くと、マールは枕を抱えて立っていた。いつものように愛用の大剣が背中にある。しかし、本日は二日目に王を襲撃した暴漢が持っていたサーベルも持って来ていた。
「カイト、これ部屋に置かせて?」
「え?ええ、いいですが…」
自分の部屋におくべきでは?と考えはしたものの、マールに限って変な考えはないだろうとカイトは考える。マールはサーベルをベッドの傍に立てかけると、本日もカイトの部屋を一度見回し、クンクンと臭いを嗅いでいる。
「カイト、シャワー浴びた?ちょっと臭いよ?」
「え?いやまだですけど…すみません…」
「早く浴びてきて!すぐに!」
マールに臭いを注意され、カイトは押し出されるようにシャワー室に押し込まれた。マールはカイトがシャワーを浴びて出てくるまで仁王立ちで待っていた。見れば大剣はいつものように扉のつっかえ棒にされていた。
「よし!寝るよ!」
「え?…はい…」
カイトは理解できず、マールに手を掴まれて引っ張られ、ベッドに連れて行かれる。ランプの灯りを消すと、マールはいつものように抱きついてきた。
「マールって結構匂いに敏感だったりする?」
暗闇の天井を眺めながら、素直な疑問を聞いてみた。
「ふふん、僕ね、生まれつき結構鼻がいいの!」
勇者のもつ恩恵なのだろうか?マールは自慢げに言った。
「そうなんですか、それは気をつけないといけませんね…」
「そうだよ?気をつけてね、普段はわざわざ指摘したりしないけどさ」
それで嫌われた過去があるのだろうか?マールは地味に口籠る。
「あ、でもカイトの事はバシバシ指摘するから、王様の隣に立つ宰相が臭いとかありえないっしょ?まあ、王様もたまに結構臭いけど…」
「は、はは…マールはいつも匂いですよね」
なんとなくだが冗談を言ってみた、するとマールは腰に回した手をギリギリと締め付け出した。
「グキギギ!?痛い、ちょ!マール痛い!ギブギブギブ!!」
「謝れ!女の子に匂いのはなしとか最低だよ!謝れ!」
「り!?理不尽な!?待ってマール!潰れて、潰れる潰れる!!ごめんなさいー!!!」
カイトの絶叫が闇夜に木霊した、そのご直ぐに就寝したが、その夜はいつもと違い、妙な夜だった。いつもならマールの煩いイビキが聞こえてくるのだが、今日は静かなままだった。不意に目を開けると、マールの翡翠色の瞳が暗闇の中で光っている、翡翠色の瞳はギョロギョロと動いて仕切りに周囲を警戒していた。
四日目
その日も民のランウェイは永遠と続いた。バゼラードの最大人口は、わかっているだけでも一億を裕に超えており、流石のアジムも疲労の色が隠せなくなってきている。
しかし、その日のランウェイでも、転生者が姿を現れるとこはなかった。
「気取られたかのう」
ゼノリコが珍しくカイトの部屋を訪れていた、ゼオラが居ないので人肌恋しいのかもしれない。
「とか、考えとるんじゃなかろうな?」
カイトのベッドに腰掛け、ゼノリコは睨んできた。
「たわけ!わしはこっちに来て数百年1人で生きてきたのじゃぞ?そしてベルラートを転生者や亜人共から守り続けて来た…」
そう言いかけて視線を落とす。
「合腹じゃが正解じゃ…いま、わしは孤独を感じておる…」
ゼノリコはいつものような態度はなく、どこか萎れた花のような印象すらある。
「不思議なものじゃ、数百年1人で生きてきたわしが、たった三年連れ添っただけの小娘が傍におらんだけで、こんなにも孤独を感じるのだからのう…しかも、子が出来たと知ってより一層寂しさを感じる…」
いつものように胡座をかき、その身体は落ち着きなく揺れている。
「しかし、その寂しさを紛らわす為にお主の部屋にくる事があろうとはのう!やれやれじゃ…まったく」
「は、ははは…」
カイトは苦笑するしかなかった。
「で、先ほどのはなしですが。この計画は一部の人間しか知りません…なので、外部にいる転生者が知ることは無いと思いますよ?」
カイトは食堂から暖かいココアを入れたケトルを貰って来ており、備えられた陶器のカップに注いでゼノリコに差し出す。
「ココアか、助かる」
ゼノリコは素直にカップを受け取る。すると、いつものようにマールが部屋にやってきた。
「あれ?王様がいるなんて珍しいじゃん」
「お主、さては毎日カイトの部屋に通っとるんではなかろうな?」
「え?そうだけど…?」
ゼノリコは途端にカイトを睨んだ。
「て、手は出してはいません、誓って!」
カイトの言葉にゼノリコはため息を吐き出し、陶器のコップを口に持っていく。すると、マールはいつものようにクンクンと匂いを嗅いでいる。
「あ、マールの分もあるよ」
カイトはマールが来ることがわかっていたため、余分に貰ってきたカップにココアを入れ、マールに差し出す。
「ココア!?ありがとう!砂糖多め?」
「はい、ミルクも入ってますよ」
「サンキュー!」
マールは背中の大剣を雑に床へ放り捨てると、カップを受け取りゼノリコの横に座る、それをみたカイトは自分のカップにもココアを注ぐと、デスクに備えられた椅子に座る。
「それで、なぜ気取られたと思うんですか?」
カイトの問いにゼノリコは卑しい笑みを向ける。
「ただの勘じゃ」
そしてココアを一口啜り、カイトの反応を見てため息を吐く。
「うむ、例えば、じゃ。初日に駆除した転生者の中に、他の転生者に繋がっている者がおった…とか?」
ゼノリコの言葉にマールは首をかしげる。
「自己顕示欲と我欲の塊みたいな転生者達が協力したりするかなあ?」
マールの疑問に、カイトは答える。
「利害が一致すれば協力は考えられます、初日に殺した転生者には、私やリコ様がいた世界と行き来できる者もいましたね」
「あの娘か…」
「クウ、いますか?」
カイトが名を呼ぶと、クウがベッドのしたから転がり出てきた。
「うわ!クウなんでそんなところに!?」
カイトは苦笑したが、クウは周囲をしきりに見渡している。
「さっき、カイトの部屋、誰かいた…すごく強い奴、僕部屋に来た、でもそいつ、すぐいなくなった…だから隠れてまってた…」
クウは想像以上に警戒しており、挙動不審になっている。
「僕がいるから平気なのに…」
マールは呆れたように声を漏らすと、クウはようやく落ち着いたのか、カイトの前で床に座り込む。
「内部に内通してるやつ、または転生者がいる可能性があるのう…」
クウの警戒振りからゼノリコはそう口を開いた、そこでカイトは窓の外を見て大凡の時刻を把握すると、まだバゼラードの就寝時間までには大分時間があると判断する。
「クウ、今からシドゥさんのところへ行き、この間の転生者達の情報があればもらってきていただけませんか?」
「わかった」
クウは頷くと、部屋から飛び出して行った。
実にわずかな時間でクウは辞書のように大きな書類を沢山抱えて戻ってくる。クウは床に抱えた書類をぶちまけると、カイトはその資料を広げる。流石というべきか、シドゥは病的なほど几帳面に今までの民達の名前や情報を記録していた。丁寧に転生者のページには付箋紙が挟まれており、赤い印が付けられている。それだけでなく、冊子にして別途に分けられ、事細かに転生者の情報をまとめていた。
「…どうやらリコ様の勘は当たっていそうです…」
カイトが一つの冊子を指差した。その冊子には給仕服に黒髪ぱっつんの少女の写真が添えられている。
「あの小娘か…」
ゼオラは忌々しげに冊子を睨む。少女は個人でバゼラードに店を構え古物商を営んでいた。驚くべき事に、並んでいる商品は全て現代のものであった。自らの世界と此方の世界を行き来し、現代の安価な品物を大量に買い漁り、法外な値段で売り捌いている。そして稼いだ金でバゼラードの特産品などを買い占めていたという履歴も残されている。
「わしらのいた現代の品物は、こちらからしたらオーバーテクノロジーなものばかりじゃからのう。そしてこちらの特産品は現代では手に入らない未知の材質ばかり。ちゃんと筋を通せば相当な根が付く宝の山よ、借り物の力でイキがるだけの小娘にしては良く考えたものじゃ、もっともこの分では向こうで売り込む事は不可能じゃったろうがの」
ゼノリコはたわけがっと嘲笑うように資料を睨んでいる。彼女の店はいつのまにかシドゥ達で押収していたようだ、資料の中にはたくさんの押収品が写真に収められている。その中には引きこもりだったカイトですら見覚えがある100円均一の商品なども見受けられる。
「百均の物なんぞを高額で売りつけおって…外道が」
ゼノリコは吐き捨てるように言うと、手にした書類を床に放る。
「ひゃっきんってなに?」
マールの疑問にはカイトは答える。
「この世界だと、大体銅貨1、2枚の値段に統一された雑貨屋です」
「そんな値段でこんなもの売ってるの!?」
マールは写真をジッと見つめている、確かに、この世界の人間からすれば珍しいものばかりだろう。
「で、向こうでは銅貨2枚くらいで購入出来るものを、こっちでは銀貨10枚以上で売ってると…たっか!」
マールは思わず吹き出した、当然だろう。この世界では銀貨10枚あれば一日遊んで過ごせるのだから、銀貨10枚がどれほど高額かは理解できるだろう。
「これだけ大っぴらにやっていれば、転生者が気づいて来訪することもあるじゃろな…」
「その店主が急に失踪したとあれば、怪しむの必然か…」
いつのまにかアジルが部屋にいた。
「アジル!?いつのまに?」
「クウが慌ただしく走っていれば気になるに決まっているだろ?それに…俺も、なんかこの計画は気取られている気してるんだ」
アジルはそう言って少女の書かれた資料を手に取り目を通す。
「彼女、結構儲けていたようだね…うちの兵士にも彼女から商品を買ったものがそこそこいてね」
アジルは手にした資料の冊子を束の上に投げ、ゼノリコは大きなため息を吐き出した。
「…全く、少しは転生者と疑ってもらいたいのう」
そう言いながらも、手にしたココアを一気にあおるとデスクに置いた。
「一応、兄貴の耳にも入れておくかな…」
「アジムの奴にこれ以上気苦労を増やしたくないのじゃがな」
ゼノリコの言葉に言い出した張本人のアジルも頷いた。
「ああ、でも兄貴は性格的になんで教えなかった?って怒るからなぁ…」
アジム王も相当几帳面な性格のようだ。
「さて、会議はしまいじゃ!解散!マール、はしゃいでも良いが早よ寝るんじゃぞ!」
ゼノリコはマールに親のような事を言うと、さっさと外に出ていき、アジルもそれに習う。
「クウ、ここはマールだけで大丈夫です、あなたも自室でしっかり休んでください」
カイトの指示に、クウは心配そうにカイトとマールを交互に見る。
「心配いらないよ、僕は君より強いんだから」
マールの言葉にクウは素直に頷き、静かに外へ出て行った。思えばここ数日、マールとは毎日一緒に寝ている。
「マールは部屋に戻らないの?」
「何?僕と一緒はいや?」
マールは否定しようなら拳が出ると言いたげな姿勢を取る。
「そ、そんなことはないですよ」
「ならいーじゃん!」
マールはカイトの返答にあっさりした反応を返すと、床に転がった大剣を拾いあげ、いつものように扉に引っ掛けつっかえ棒にする。そしていつものように手前の手すりを掴む。
「ほら、カイトも早く!」
カイトの手を引いてベッドへ飛び込んだ。
「カイト早く、ねるよー?」
「はは、わかりました…」
カイトがベッドに横になり、いつものようにランプの明かりを消すと、その日マールはシーツを頭に被り、抱きついて来る、そんなマールをみながら、カイトの意識は微睡に沈んだ。
「カイト…起きて」
数刻、マールの声でカイトは目を覚ますと部屋はまだ真っ暗だった。カイトは何事かを確認しようとするが、マールに抱きつかれていて身動きはできない。
「動かないで…そのまま」
小声でマールに言われた通りに黙るカイト、理由を聞こうとマールを見たが、暗闇の中で光る瞳は静かに警戒しており、獰猛な肉食獣のように周囲の音を聞いていた。
ヒタ…ヒタ…何かが部屋の外から聞こえる、この中は音遮断の札があるため、中から外へ音は盛れないが、外から中へは別である。
「ダガーナイフかしてゆっくりね…」
マールは静かに告げ、カイトは枕元の鞘に入ったダガーナイフをマールへ差し出す。マールはダガーナイフを鞘から引き抜く。
「動かないで…」
マールには敵が見えている、彼女は警戒しながら物音一つ立てない動きでシーツを頭から被り、カイトに覆い被さる。カイトには見えた…扉の隙間から影がゆったりと部屋に入ってくる姿を、するとマールは静かなジェスチャーで目を閉じろと告げてくる。カイトはマールに言われた通りに瞼を閉じた。
「……」
部屋に入ってきた影が、ゆったりと何かを抜き放つ音がする。そしてそれは、ひたり、ひたりとカイトの側に迫る、次の瞬間。
「え…」
若い男の動揺の声がし、カイトが目を開くと、マールが寝た姿勢のまま、逆手に持ったダガーナイフをその人形の影に腹深くに突き立てていた。普段大剣を瞬間的な動きで振うマールなら、ダガーナイフの軽さは相当だろう
「はあ!!」
マールは掛け声を張りつつ影にダガーを思い切り突き刺し、刃の位置に習い、上に向かって切り上げた。
「!!?」
腹から袈裟に切り上げられ苦痛に身を捩る影、そんな影に対してマールは、足元のシーツを蹴り付け。シーツを被された影は大きくもがく、そのわずかな隙にマールは頭の位置にダガーナイフを突き立てると、人型が消え去る。
「こ、こいつは?」
「カイトまだいる!!」
マールはダガーナイフをカイトに押し付け、ベッドの傍に立てかけていたサーベルを鞘から引き抜くと、1人、2人と影の人形を切り裂いた。影は霧のように霧散して消え去るが次から次へと部屋中から影の人型が現れて来る。マールはいつも寝る前に触っていた手すりを叩くと、何かを掴んで引っ張る、それは月の光を受けて銀色の発光を見せる。天蚕糸だ。天蚕糸は入り口でつっかえ棒になっていた大剣の持ち手に結ばれており、磁石のようにマールの手に吸い寄せられ、手に取るなり風を巻き起こすほでの剣圧を巻き起こし、周囲を取り囲む影の人型を纏めて蹴散らした。
「カイト、出るよ!!」
「出るって!?」
マールはサーベルを捨てると両手で大剣を握り。
「だらああああ!!!」
マールは声を張り上げながら大剣を思い切り振るうと窓を破壊し、カイトの服を掴むと破壊した窓から外へ飛び出した。
「う!うわあああああ!!」
相当な高さにあったカイト達の個室から2人は飛び降り、カイトの情けない声が響く。
「カイト!こっち!」
窓から飛び降り、綺麗に着地してみせたマールはカイトの手を引き走り出す。
「ど、どこへ行くんです!?」
「臭いがしないとこ!!」
マールは右手に持った大剣を振り回し、今尚闇の中から湧いてくる影の人型をまとめて切り払いつづける。
「あいつ、多分カイトが何か情報を持っていると思って部屋に来て調べてたんだと思う!カイトの部屋、ずっとあいつの臭いがしてたの!!」
マールは周囲の匂いを嗅ぎながら、月明かりの道を走り回る。つまり、マールがずっとカイトの部屋にいたのは、その何者かがカイトを襲いにくると踏んでいたからだ。
「あいつ?あいつってだれ!?」
その瞬間、鋭い斬撃の光が走る。
「危ない!!」
マールは咄嗟にカイトを蹴飛ばした、カイトはマールに蹴り飛ばされながら見ると、鋭い斬撃はマールの右肩を切り裂いた。
「ぐ…つ!!」
マールは痛みに顔を歪めながらも歯を食いしばり、素早く距離を取ると大剣を構えた。その剣先には闇の中で蠢く人影が、ひたひたと歩いてきていた。
「いい声で泣いてくださいよ、せっかく可愛い顔をしているんですから」
それは、月の光を受けて姿を現した。
「あなたは…」
白い絹に身を包み、革の鎧で身を固め、腰に下げた湾曲刀を手にする柔和な笑みの男、アジムの右腕である男…シドゥだった。
「シドゥさん…」
カイトの怯え竦んだ声音にシドゥは口を裂いて笑う。
「はは、我々転生者を虫やネズミみたいに殺してきた人とは思えないみっともない声ですねえ…ククク」
「カイト逃げて!!」
マールは叫び長らく瞬間的な動きでシドゥにぶつかる。
「邪魔すんなよ!ガキ!」
唐突にぶつかられたシドゥは怒りに目を血走らせ、湾曲刀を自在に操りマールと切り結ぶ。凄まじい斬撃の撃ち合いと金属がぶつかり合い、火花が飛び散る。
「S級風情の小娘に私が負けるわけないだろうが!?」
マールの背後から闇から生まれた影が迫る。
「マール後ろ!!」
カイトが叫ぶと同時にマールの斬撃が背後の影の人型を切り捨てる。
「ガラ空き!」
シドゥはその瞬間的に背を向けたマールの背中を袈裟に切り付けた。
「い…この!!」
マールは斬られる方向に身体を回し、手にした大剣をそのままに、遠心力で振るうと、シドゥの右側から大剣の一撃が襲いかかる。
「なに!?」
シドゥは咄嗟に目の前に影の膜を張り、マールの一撃を受け止める。しかしマールの一撃は想定以上に重く影の膜ごとシドウを殴り飛ばし、そばの壁に思い切り叩きつけた。
「カイト!こいつの狙いは君だ!!邪魔だから早く行ってよ!!」
マールは力いっぱいに叫ぶ。
「で、ですが!」
カイトは今日日に竦み、足が動かなかった、いまだに動かないカイトにマールは怒鳴る。
「何度も言わせんなわからずや!!早くいっ…」
そんなマールの足を、地面から出てきた影の手が握るナイフが深々と突き立てていた。
「マール!」
「つ…こんの!!」
マールは突き立てられた足を思い切り足踏みする要領で影の腕を踏み潰す。
「脚を貫かれ抉られながらも踏み潰すとか…バケモンですか?あなた…」
シドゥは瓦礫の中から現れる、無傷で受け流すのは不可能だったのか絹のフードが血に濡れている。
「こんな怪我…最前線じゃかすり傷だよ!」
マールは貫かれた片足を庇う様に大剣を構える。カイトは踵を返して逃げようとした。しかし、そのカイトの退路を塞ぐように影の人型が行手を阻んだ。
「カイト!」
カイトの危機にマールが叫ぶと、シドゥはニタニタと笑いながら告げた。
「動くなよお嬢さん、言うことを聞かないと君の彼氏君をバラバラにしてしまうよ?」
「く……」
マールは影の人型に刃を突きつけられるカイトとシドゥを交互に見て、大剣を地面に突き立てた。
「そうそう、いい子です、それでいいんですよ」
シドゥは笑いながらマールに歩み寄る。
「だからさっさと逃げろって言ったじゃん…バカカイト」
シドゥはそんなマールを殴りつけ、マールの小さな身体は軽く飛んで壁に叩きつけられる。
「君は本当に、生意気な、顔でしたねえ!」
シドゥは、壁によりかかるマールを思い切り殴りつけ、蹴り付け、思う存分に叩きのめした。
「や、やめろ!!」
叫び向かおうとするカイトは地面に叩き伏せられ、身動きを封じられる。
「そこで見てなよ、君の可愛いマールちゃんが、これから私に強姦されながら死んでいくところをさ」
シドゥは叩きのめしたマールの髪を掴んで持ち上げ、その服を乱雑に破り捨てマールを裸に剥いた。
「やめろおおっー!!」
「残念、やめませーん!しってますかあ?女のあそこって、心臓を貫いた時が一番しまるんですよお?」
湾曲刀を抜き放ち、シドゥはマールの心臓に突き立てようとした。そこでシドゥはピタリと止まる。これから犯され死ぬ運命にあるはずの小さな少女の眼が、じっとこちらを見ていたからだ。その瞳は死んではいない、シドゥはてっきり彼女はぶちのめされた時に気を飛ばしたのかと思っていた、彼女はそれほど静かだったのだ。
「まさか…?」
シドゥは咄嗟にマールから飛び退くと高速で何かが飛んできてカイトを抑えていた影がまとめて霧散する。
「な!?」
奥の壁に突き刺さり、ぐにゃりと曲がったそれは短い投げ槍、ピルムだった。
「クウ!」
闇の中を高速で一つの影が走ってくると、シドゥへと飛びかかる。
「密偵風情が!」
シドゥは抜いたままのサーベルで上から振り下ろされる小さな密偵の手斧の一撃を軽くいなした。そして周囲に影の膜を作り幕の中から槍衾が突き出されクウを串刺しにしようとした。しかしそうはならない、裸のマールが大剣を手に取り、素早く間合いを詰めるなり影の膜を纏めて蹴散らしたからだ。
「あれだけボコられて?しかも裸のまま戦うのかよ……」
シドゥはマールの異常な闘争本能むき出しな戦い方に恐怖し、距離を取ろうとした。その瞬間マールの体勢が低くなったと同時にマールの頭上を銀色の光が通過する。それはクウの投げた最後のピルムだった。
「!!!」
ピルムは見事にシドゥの腹に突き刺さり、背中を貫通し。
「あ…ああああああ!!」
ピルムは細い、即死しきれないシドゥは腹から湧き上がる激痛に絶叫し、その場に崩れ落ちる。
「ひ…ぬ…ぬけな…ぬけない!!」
ピルムの矛先には返しがとりつけられており、そのまま引き抜こうとすると想像を絶する激痛が走った。
「ちくしょおお!てめえらああああ!!」
激痛を怒りが凌駕し、大凡1000は超える影の人型をシドゥは召喚する。そして、その影達にカイト達を襲わせようと指示を飛ばした。
「ごめんマール」
カイトはマールの側に行き、打つ手が思い付かず声をかけた。
「許すわけないじゃん、バカカイト、ほんっと足手纏いだよね!キミは!」
影の軍団が迫り今にも襲い掛かろうと言うのに、マールはそんな話をしていた。マールはわかっていたのだ、【彼】が来ていることを。
瞬間、マール達に襲いかかった影の軍団がすべて霧散した。
「え……え?」
シドゥは驚愕に目を見開いた、確かに襲いかかる指示をした影達が一気に霧散したのだ。そして、消えた理由を直ぐに知る事となる。
「まったく、老人に鞭打ちおって…」
ゼノリコがシドゥの背後から歩いてきていた、その右腕は何かを握りつぶしたまま顔の前で手を開く。
「お主にギフトはもう無いぞ、さて…どうするかの?シドゥよ」
腹をピルムに貫かれ、ギフトを失い、満身創痍のシドゥは怒りに身を任せ、手にした湾曲刀を振り上げゼノリコへ襲いかかる。しかし、ピルムに腹を貫かれたシドゥはピルムの重みで機敏には動けなかった、故に、背後から襲いかかる小さな少女に対応しきれなかった。振り返った時、すでにマールの振り下ろした大剣が眼前に迫っていた。
シドゥはマールの一撃で血肉を飛び散らせて地面の染みと化した。
「はあ…はあ…つかれた…」
マールは身体から力が抜けて崩れそうになり、クウが支えた。カイトも直ぐにやってくる。
「マール、本当にごめん」
カイトは深々と頭を下げる、マールはしばらくジッとカイトを睨んでいたが。深くため息を吐き出した。
「僕が逃げろって言ったら次からは脇目を振らずに絶対に逃げる事、君はよわっちいんだから、わかった?」
「はい、わかりました…」
カイトは後悔していた、状況が理解できず足を動かすことが出来なかったからだ。その優柔不断が、マールのこの惨状を作り上げてしまった。
「ところで、お主なんで裸なんじゃ?」
ゼノリコは歩いてきて、自らの外套をマールに差し出す。
「バカカイトのせい!」
マールはゼノリコの外套を手に取ると、直ぐに羽織った。
「なんじゃいそら?」
ゼノリコはカイトを一瞥し、明らかに落ち込んでいる様子を見るとそれ以上は何も言わなかった。
「カイト!」
すると、唐突にクウがカイトの名を呼んだ、見ればクウはマールが殺害したシドゥの血溜まりのそばで立っていた。
「死体!ない!」
クウが言った通り、マールの大剣に叩き潰されたはずのシドゥの肉がそこにはなかった。
「…これ!」
マールが血溜まりの中から何かを見つけ拾い上げる。それは砕けた透き通るような青い石である。
「…蘇生石だ」
「蘇生石?」
カイトの聞き返しに、マールは頷く。
「ほんとはこれくらいのおっきい石なの、あらかじめ飲み込んでおくと、死んだ時に代わりに砕けて蘇生できるの」
「つまり、シドゥは…」
血溜まりは城へ向かって伸びている、正体がバレ、ギフトを失い、蘇生石まで使う程に追い込まれた彼が行う事は一つしかないだろう。
「アジム王が危ない!!」
カイトの言葉に、マールが弾けるような速度でかけだした。
「はあ…はあ…」
シドゥは既に城の中にいた、バカみたいに長い廊下をひた走り、無駄に多い階段を駆け上がる。カイト達ベルラートの冒険者達がいつ追いかけて来るか予想は出来ない、シドゥは怒りに顔を歪ませて王城の壁に亀裂が走る程の威力で殴りつける。
「くそ…くそっ!…あいつ!あのガキ!!」
シドゥはマールに悪態をついた、それもそのはず、マールの存在に自らの計画の歯車を大幅に狂わされてしまったからだ。
「いつ…いつからバレていた?いつから…?」
シドゥはそんな事を呟きながら湾曲刀を抜き、王のいる寝室に続く廊下を歩く。
「よう、シドゥ」
不意に前から声がした、暗い王室に続く廊下のその先を月明かりが照らす。そこには王室の大きな2枚扉があり、その前に1人の男が立っている。
「わ…わか…」
シドゥは息を飲む、そして驚愕する。
「おいおい、抜刀なんてしてどうした?物騒だな」
アジルはシドゥに警戒していない様子を伺わせ、抜刀を指摘してきた。
「は、はは…すみませんネズミが出たようでして…」
どうやらまだバレてはいないらしい、シドゥは一芝居打つことにして湾曲刀を鞘に戻す。
「ネズミ相手に抜刀とは大袈裟だなおい…」
アジルは苦笑して見せた。
「若はどうなされたんです?アジム様にご用でも?」
するとアジルは頭に手を持っていき、実に退屈そうに身体をそり背筋を伸ばす。
「ん?いやそれがさ、可愛い妹分が昼頃に今日は陽が落ちたらずっとここにいろって言ってきてな?」
あのガキぃ…シドゥは血管が浮き出る程の怒りを脳裏に浮かべ、悉く先回りでシドゥの歯車を狂わされ歯噛みする。
「そうでしたか、ああ、でしたらここは私が変わりましょうか?」
するとアジルはニコリと笑って顔をあげる。
「マジで!それはサンキューだぜシドゥ!」
テンション高く、アジルはこちらに歩いてくてシドゥはホッと胸を撫で下ろす。王を殺害したあとはこの愚弟に罪をなすりつけるか、そんなことを考えていると、不意にアジルが目の前で足を止める。
「ああ、そうだ。マールの奴こんな事も言ってたな…夜にこの廊下にくる奴は、【誰であっても】斬ってほしいって」
瞬間シドゥは息を呑む、しかし目の前のアジルに敵意はない。依然として飄々とした態度で話を続ける。
「あいつは本当に物騒だよなー?ガサツだし、飯は手で食おうとするし、イビキはうるせえしな!野生児かっての。よし!決めた、ここは兄として嫁入り前の妹分に女の子らしい立ち振る舞いをビシバシ仕込んでやらなくちゃな!シドゥもそう思うだろ?」
知らねえよ、そんな事…と内心シドゥは思いつつ、苦笑して続けた。
「はい、若の言う通りかと!」
「うし、んじゃあ…まず目の前の仕事を片付けるか」
瞬間、鋭い殺気がシドゥに突き刺さりシドゥは思わず抜刀していた。激しい金属音と共に目にも止まらない速さで抜かれたアジルの剣が止められている。
「わ…わか?何を!!」
「兵士たちから聞いた、お前、あの転生者の古物商によく出入りしていたんだろ?」
鍔迫り合いになり、火花が散る。アジルはどこまでも冷たい視線でシドゥを見つめながら囁く。
「そ、それは!わたしもあのお店の商品に興味がありましたので…」
「そうか?まあ、どっちでもいいかな。お前が今日死ぬことは変わらない」
アジルは唐突に剣を引き、押し込もうとしていたシドゥの体勢が崩れる。瞬間、アジルの剣がシドゥの手首をからめとり、一息で斬り上げた。
「ぎ!」
自分の湾曲刀を持った手首が宙を舞うのを観る、そして同時にアジルの蹴りがシドゥの腹を貫き吹き飛ばされ廊下に転がる。
「がはっ!!」
「忘れ物だぜ?」
ベシャリと、倒れたシドゥの顔の前に切り飛ばされた手首から上と、湾曲刀が落ちる。
「さっさとつけろ、持ってるんだろう?回復薬、なんなら蘇生石を飲みこむ時間やるもぜ?」
「若!若っ!何かの間違いです!!」
シドゥは弁明しようと必死に声を荒げた、しかし、眼前のアジルは笑顔のままつげる。
「早くつけろ、かかってこい」
シドゥは服に腰に忍ばせた小瓶を一口のみこむと、床に落ちた切断された手首が瞬時に繋がる。そして湾曲刀を拾うと背を向け駆け出した。ギフトがあればアジルなど敵ではない、しかし今はそのギフトを持っていない。つまり、まともに戦っても勝ち目がない事は理解していた。シドゥはそう考え、今すぐバゼラードから逃げる方針へ切り替えた。しかし
「が!!」
シドゥは倒れた、急に、なんの前触れもなくだ。
「ほらよ」
いつのまにか側に来たアジルが、シドゥの切断された片脚を目の前に置く。
「ひ…ひいい…」
シドゥは自分の片足を見て息がつまり声を漏らす、痛みを忘れるほどに怯えていた。
「早くつけろよシドゥ、逃げてみな?おれから」
シドゥは首を横に振る。
「どうか、どうかお慈悲を!!」
「やってるじゃんか、慈悲、俺と戦うか、逃げるかの二択をさ?」
アジルはしゃがみ込み、どこまでも冷たい眼差しでシドゥを見ている。
「アジル、あまり遊ぶでない」
声がした、シドゥがその声に気がつくと奥の大扉が開かれており、そこに王が腕を組み仁王立ちして立っていた。寝室だというのに鎧に身を包み、帯刀までしている。アジム王は、今日シドゥが来ることを知っていたのだ。否、正確にはさっきアジルから聞いたのだ。そして悟る、マールが派手に窓をぶち壊して逃げた理由、盛大に音を立て、わざわざ窓を飛び降りて城の外へ逃げた理由が、全て自分を陥れる為の罠だったという事を。
「わかったよ、兄貴」
アジルは舌打ちすると、両手でシドゥの顔を掴むと力強く首を捻り上げ絶命させた。
「兄ちゃん!」
そこへ飛び込んで来る、マール。
「おお、マール!こっちは…おわっ…たぞ?」
マールは高価な外套を上に羽織っているだけの格好で、傷だらけであった。アジルはゆっくり歩み寄り顔を見る。
「ん…なに?」
アジルは傷をじっくり見つめ、少し離れて切り傷だらけの素肌を見て肩を掴み背中を回らせて後ろを見てから再び前を向かせると、柔らかい笑顔を見せてマールの目線に合わせる。
「誰にやられた?」
「え…?そいつだけど…」
マールは理解できずに倒れ伏したシドゥを指差すと、アジルは大きく頷いた。
「兄貴!マールの手当と服を頼んでもいいかい?」
「お前なあ、我は一応王だぞ?まあいいか、マールおいで手当をしよう」
マールはアジルに押されるようにアジムに預けられると、絶命したシドゥの頭を雑に掴み上げて引きずって行く。
「はあ…はあ…アジルさん!」
そこにカイトたちも追いついた、カイトはアジルの引きずっている変わり果てたシドゥを見てギョッとする。
「やあ、カイトくん!マールなら今兄貴が手当してるよ直ぐに行くといい」
アジルは奥の部屋を指差しアジルはシドゥを引きずって階段を降っていく。階段の下にはクウに背負われたゼノリコもいた。
「なんじゃ…もう終わっとったか」
ゼノリコはクウの背から降りてアジルを見上げる。
「おう、マールは今兄貴に手当されてるぞ」
「?この城は治癒師はおらんのか?」
ゼノリコの言葉に、アジルは意味深に笑いかけた。
「悪い、治癒師は今から俺が借りるんだわ」
ゼノリコはシドゥを一瞥し、アジルを見上げる。
「程々にせいよ?」
「大丈夫さ、加護が沢山残っているみたいだからな。それを削り取るだけさ」
アジルはどこまでも冷たい目のまま口元だけを笑わせて、ゆっくりとシドゥを引きずって行った。
「マールを娶るつもりなら、泣かさんようにせいよ?ああなるからのう?」
アジルを様子を見るべく降りてきていたカイトにゼノリコは笑いかける。
「お戯れを、私がマールに手を出したら捕まりますよ?」
「そも、わしが許さんわボケナスが」
ゼノリコは肩を揺らしながら笑っていた。そして、最後の日を迎える。シドゥの死で、転生者の反応が全て途絶えたのもあり、あとは本来の目的である宰相の選定のみとなった。そのため、護衛も最小限でよくなり、シドゥにより襲撃されたマールとカイトそしてクウは休養を告げられた。
「いつからシドゥに気づいてたのかって?」
いつものように部屋に入り浸るマールは、湿布と包帯だらけの身体を自慢げにふんぞりかえる。
「うーん、この部屋に来てからかなぁ」
マールは言う、初対面で出会った時から彼は鼻が曲がる程臭かったのだという。
「最初はすっごい臭い人だなってだけだったんだよね、だけどこの部屋にカイトを殺すつもりで踏み込んだ時に、あいつの残滓が残ってたの。僅かな臭いではあったんだけどさそれが凄く気になった」
「毎日のように部屋に来て臭いを嗅いでたのはそういう事!?」
カイトの言葉にマールはニタリと笑う。
「そりゃそうじゃん?二日目から凄く臭いんだもん、まあ、他の部屋にも行ってみたけど君の部屋だけがすごく臭かった。だから、君を狙っていることは明確だった」
だからマールは毎晩カイトの部屋にやってきていた。
「強引に寝かそうとしてたのは?」
「カイト鈍臭いから僕の剣に巻きつけた天蚕糸に引っかかって大怪我しそうじゃん」
「鈍臭い…」
カイトはショックをうけた。
「なぜ、黙っていたんです?私に教えてくれたら…」
するとマールは大きなため息を吐き出した。
「君はあいつにずっと狙われてたんだよー?ボクがいなかったら実際君は二日目か三日目には殺されれちゃってたんだから」
「そ、そうなんですか?」
「あいつの使役してた影、ずっと部屋にいたし」
マールが夜になると決まって抱きついていたのは、カイトが影に襲われても即座に対応するためだった。
「つまり、使役していた影を使って私が無防備になるのをずっと待っていたけど、毎日のようにマールがくるから手を出せなかった?」
マールは頷く。
「君、自分の領分に相手を誘導できればつよいけど、今回みたいな突発的で、しかも君を狙う相手の時はてんで役に立たないってのはよくわかったよ、昨日の戦いでは、はっきし言って邪魔なだけだったよ」
マールは容赦なくバシバシと言葉のナイフで刺してくる。
「だ、か、ら」
落ち込みそうなカイトに、マールは声を張り上げると。
「僕が鍛えてあげるよ、戦えるようにじゃないよ?ちゃんと僕たちの邪魔にならないようにさっ!」
思っても見ない言葉がマールから出てきたのでカイトは面食らう。
「あ…ありがとう?」
「ベルラートに帰ったら毎日やるんだからね!」
その日、バゼラードの新たな宰相が決まった。バゼラードの全人口一億超から選ばれた宰相は奴隷階級の身分の人間だった。彼は特にステータスが高い訳ではなく、純粋なアジムの気まぐれにより選ばれたのだという。
カイトにとってはそんなことよりも、目の前でカイトをいかに虐めようかを笑顔で考えている小さな女の子の方が、よっぽど危険だった。
お疲れ様でした!次回は軽い息抜き回の番外編となります!




