2の6 砂の国バゼラード
前回に続き、今回は長いです。
あと、ちょっぴりマール要素強めです。
夜間、カイトたちは、マール達が狩って来た大きな海魔と呼ばれるワニのような生き物の肉を豪快に焼いていた、周囲に美味い肉の脂が焦げる匂いが漂っている。海魔はカイトが思った通りに味は悪くなく、現代でいう鶏肉に近い食感がする。大型だったため、大味になってしまっている事を心配していたカイトであったが、その心配は一口齧った後には消し飛んでいた。ただ鶏とは違い、脂に旨みがありただの丸焼きにかかわらずあと引く味わいがあった。
この海魔が人を食っていた事は考えないものとする。カイトは頭の中に胃袋から出てきたサジを思い出し手が止まる。一方の狩ってきたマールたちは気にせずうまいうまいと両手に抱えながら食べていた。
「シドゥ、今度隊を編成してこの海魔を取りに行くのもよいかもな」
アジルは味が相当気に入ったようだ、隣でシドゥや騎馬隊のものたちも同様の反応をしている。
「海魔はこんなにも美味かったのですな!!」
喰われていた張本人のサジも両手に焼いた海魔の肉塊を手にむしゃむしゃ食べていた。
「お主、良く自分を食った怪物をそうもうまそうに食えるのう…」
ゼノリコも気分が乗らないのか、一口小さく齧る程度で済ませている。直ぐに物足りないマールが指を加えてやってくると、ゼノリコは苦笑しながら差し出した。
「全く、もう少し綺麗に食え…」
ゼノリコはやれやれとため息まじりに呟くと、焚き火に視界を向けた。
食事を終えたカイト達は直ぐに荷物を畳み深夜の移動のために準備を始めた、嵩張り片付けるのに時間がかかる天幕などは一先ず放棄し、一部の保存がきく食糧を消えた焚き火の下に埋める。
「どうして食糧を置いていくんですか?」
そばで見ていたアンネマリーが疑問を投げかけた。
「こうやって置いておけば、いざ何かがあった時に補給できるんですよ、何もなければ帰りの野営時に使えますからね」
過去、カイトのいた世界には織田信長という武将が存在した。彼は実に用意周到な性格をしており、進軍する村々に先んじて兵糧を配備する事で、行軍する部隊の携行品が少なくなり、速度を早め。彼が討たれた時には、羽柴秀吉による中国大返しの際、大いに役に立ったとされた逸話がある。本来ならば、先んじて野営地となる村や街に食糧を配置していく事が望ましかったのだが、バゼラードまでの道中に村はなかった。そのため、野営地をそのままに残しておく事で帰路に補給品を残す事で、簡易的な補給拠点を構築する事とした。
「馬車にだいぶ隙間が空きましたね!」
シドゥは喜びいさんで追加のホモセクトの亡骸を馬車に積んでゆく。シャワーや食事、二度の蘇生によりだいぶ減った食糧、更に天幕の分に拠点用の食糧と嵩張っていたピルムも今はない。カイトの用意した3両の馬車はすでに大半の荷物がなくなっていた為、先ほどの戦闘で積みきれなかったホモセクトを追加で積んでゆく。
カイトは馬車から一つ水玉をとって黒鉄の馬車に持っていき扉を閉めると、馬車は静かに動き出した。すでに乗員の大半は眠りに落ちており、起きているのは数人である。
「カイトくん、それの使い方はわかるかい?」
そんな中で、アジルがカイトの水玉を指差してくる。
「いえ…」
「なんじゃおまえ、使い方もわからんで買ったんか?」
ゼノリコはゼオラに膝枕させながら言ってきた。
「貸してごらん」
アジルはカイトから水玉を取り上げると、前の豪華なカウンターから大きなバケツを取り出し、中に水玉を入れ湾曲刀を深々と突き立て果肉を引き裂くと、途端に大量の水がバケツに落ちる。
「水玉は一個の水分量は実に多い、慣れてればああやってつかうが」
アジルは横を歩く騎馬部隊を指差した、騎馬の1人は綺麗に穴を開けて中の果汁を飲んでいる。
「水玉一つに入っている水分はバケツ一つ分と覚えとくといい、あ、果肉はもらうよ」
アジルはそういうと、水がでた水玉の果肉部分を席に持って行き口に運んだ。
「うげ、兄ちゃんそんなのたべんの?」
さっきまで寝ていたマールが瞼を擦りながら呟く。
「これはこれでうまいぞ?この味のない青臭い感じが」
野菜嫌いのマールは不快そうに表情を歪めた。そこへサジがやってくる。
「第二王子という格でありながら、随分質素ならものがお好きなのですね、半分いただけますか?」
そういいながら向かいに座ったサジに、アジルは手にした水玉を握力で二つに割り、差し出す。
「俺は貧乏舌でね、こういう食事が好きなのさ」
冒険者となったアジルにもはや王位はない、しかしながら王の兄を持つものとして、最低限の理解を民草に示す必要がある。
「2番目同士だからですかな?気が会いますね…わたしもです」
サジも味のない果肉を口に運んぶ。
「この果肉に味があればな…」
アジルは小さくぼやいた。
「……」
「カイト、ダメだからな?」
そんな2人を見ていたカイトに、ゼノリコは何かを察して釘を刺してきた。カイトは苦笑しながらバケツの果汁をグラスに注ぎ戻って来るも、途中でゼノリコに奪われる。
「信用ないですね、わたしはこのままがいいと思っています。砂漠の横断にはこの形が適していますから」
奪われたグラスをキッパリと諦め、新しいグラスに注いで席に戻る。
「じゃろうな、戦争キチガイめ」
ゼノリコは偉そうに踏ん反りながらグラスの果汁を飲み、隣のゼオラの膝に倒れ込んだ。
深夜の行軍では特に襲撃もなく、カイトを乗せた馬車は砂漠を進む。
夜明けの頃。
「皆起きろ!」
アジルが声を上げ、気づいたら寝落ちしていたカイトが目を覚ます、見ればアジルは窓の外に顔むけている。
「着いたぞ!」
カイトは窓の外を見る、そこは砂原、見晴らしの良い丘の上である。カイトの視界にまず写ったのは、視界いっぱいの広大な湖である、その湖に寄り添うように、大小様々な形をした土色をした建築物の群れが、地平線の彼方まで続いている。その遥か遠くに黄金に輝く大きな巨城が聳え立つ。
「おっきー…」
マールが窓にへばりつきながらぼやいた。
「バゼラードの街はベルラートのざっと2倍と言ったところじゃ、人口はさらに倍。過酷な砂漠だというに、よう保てておるわ…全く忌々しいのう」
負けず嫌いなゼノリコは嫉妬し、忌々しげに唸る。
そうこうしている間にも丘を降る。丘の下に広がる光景は、カイトには目を疑う光景だった。枯れた大地であるバゼラードの砂原に広がる広大な穀倉地帯が広がっていたのだから無理もない。
「我が国の穀倉地帯には遠く及ばないが…この過酷な環境でこれだけの穀倉地帯を作られたのはすごく負けた気分じゃ…」
更にゼノリコは忌々しそうにぼやく。
「少し待ってくれ」
アジルは馬車を止め、下車すると直ぐにシドゥ達を呼び寄せる。
「よし、ホモセクト達を降ろせ!」
シドゥの指揮により、騎馬部隊はホモセクトの亡骸をおろし始める。
「ホモセクトたちはここで降ろすのですか?」
カイトが好奇心で見ていると、その疑問にはゼオラが答えた。
「ホモセクトの人型に付いている寄生虫が、バゼラード周辺の砂や地盤を耕す効果があるんだそうだ。だからああやって畑に出来そうな場所にホモセクトの死体を並べて行くんだと」
つまり、砂原に栄養を与え肥沃な土を作る為の作業のようだ。騎馬隊はホモセクトの亡骸を丁寧に並べている。
「コボルトやゴブリンにもああいう使い道があれば良いんじゃがのー…使い道がなさすぎて困るわ」
現状、コボルトやゴブリンには使い道はない。カイトは一つだけ利用方法に案があるのだが、ゼノリコがキレて暴れ出すのは明白で、黙っているしか出来なかった。相変わらずゼオラの膝の上から気怠げに声を漏らす。
「これは、私の出番ですな」
唐突にサジが立ち上がり、馬車から降りるとアジルの側へと向かう。2人で何やら会話を交わすと、アジルは頷き、何やら指示を飛ばすと2騎の騎馬隊とサジがその場に残り、あとは持ち場へ戻る。アジルも馬車に帰ってきた。
「いや、すまんな」
アジルの指示で再び馬車が動き出す。
「サジさんはここに残していいのですか?」
カイトの疑問にアジルは頷いた。
「あいつはこの農法を編み出したエドラドの次男だからな、俺よりも適任だろう」
サジはこちらに手を振りながら馬車を見送り、ブブポンの速度ですぐに小さくなっていく。
「サジの実家、エドラド一家は農耕貴族だ。バゼラードの農産物は大体エドラド一家が納めている」
昨日、エドラド一家が民達に嫌われているとアジルが言っていた理由をカイトは察した。砂の国で穀物は生命線である、その穀物の権利の大半をエドラド一家が納めているともあれば、飢えた民達に嫌われるのも仕方ない。
「民草が叛乱したら、真っ先に首を取られる損な役回りだな」
カイトの表情から察したのかアジルが呟いた。
「この国ではそうしなければ飯が足らんのさ、残念ながらね。ベルラートがうちの鉄道計画に乗ってくれたらいいんだがね」
鉄道?あるの?カイトがそんな事に驚いていると、ゼノリコはそっぽを向く。
「断る、バゼラードの事情は理解するがのう?」
そして理不尽にカイトを睨んで来た、おそらくそういう(転生者絡みの)事なのだろう。
「カイト、ダメじゃからな?」
直ぐに釘を刺された。アジルは何度も断られているからなのか慣れた調子で軽くとらえる。
「あんなに便利な技術を使わないなんて、どうかしてるぜ?」
そんなアジルにゼノリコはムッとした。
「誰に言うとる小僧、鉄道の便利さなんぞわしは貴様の倍は詳しいわ!」
「だったら許可をくれよ、便利さがわかるんならさ?」
アジルはうまく誘導するが、ゼノリコは乗らない。
「この世界にはまだ早い、それだけの話しじゃ」
「はあ、またそれだ。ゼオラちゃんも説得してくれよ、妻なんでしょ?」
アジルはゼオラが妻であることも知っていた。ゼオラは口元を隠して清楚な笑い仕草を作る。
「あたしが言って聞くようならすでに鉄道は引かれてると思うぜ?」
「ゼオラをたらし込もうとしても無駄ぞ?こいつは国務でわしに意見することはないからのう」
そういわれるとガックリと肩の力を抜き、カイトに目を向けてきた。
「カイトくん、聞いてくれよ…ゼノリコの奴、鉄の国まで丸め込んでるせいで我々の鉄道は計画段階で動いてすらいないんだ」
鉄の国?カイトは名前程度しか知らない国に対して疑問を浮かべると、ゼノリコは笑い出した。
「ほっほっ!ハイゼンベルの現王ドラドはわしの親友じゃからの?わしの目が黒いうちはそうそう動かしたりはさせぬよ?」
アジルは実に不満そうな顔をしていた、カイトは何かを言おうとするがゼノリコに足を踏まれる。
「いっ!…」
痛みに声を漏らすカイトをゼノリコは睨んでいる。
「私は鉄の国について聞きたかったのですが…」
「なら先に言え、バカもんが」
理不尽を言われるがカイトは流して続ける。
「ベルラートは鉄の国とも友好なのですね、ドラド王とはどんな方なのでしょう」
それにはアジルが答えた。
「ドラドな、全長2mはあるムキムキマッチョで髭面のおっさんだ。ビルド爺さんの再来とか言われてたな」
「おい、ワシの親友じゃぞ。敬意を込めてドラド王と呼べ」
怒りに声を荒げるゼノリコだが、アジルは華麗にスルーした。
「側から見た印象ならアンネマリーに聞いた方がいいんじゃないか?彼女は鉄の国出身だろ?」
「え?…ああ」
唐突に話を振られ、アンネマリーはギョッとしている。
「えと…ドラド王は結構変わっている人ですね、贅沢を嫌うというか…良くボロを着て労働者や囚人に混ざって鉱山労働を楽しんでいたりします…」
「かか!奴の二つ名は貧乏王じゃからな!あやつほど民草に目線を合わせられるバカはおらぬぞ?しかし、ああいう大バカ者がこの世界には必要なのじゃ」
ゼノリコは気分良さそうに自慢げにかたる。
「おまえも労働者に混ざって仕事したら?」
ゼオラはそんなゼノリコに言う。
「無理じゃな!」
「もやしには無理か…」
「なんじゃとお!?」
食ってかかろうとするも、ゼオラに片腕というより5本の指の力のみで簡単に制圧されるゼノリコ。そこへマールもやってくる。
「あのおっちゃん最前線にも来てたよ?」
「そういえば、来てたな」
マールの言葉にゼノリコにアイアンクローをかけながら頷くゼオラ。
「へえ?視察的な?」
アジルの言葉にマールは首を横に振る。側で聞いていたハイデも口を開く。
「ドラド様は自分も戦いたいと言っておられましたね、自ら大斧を手に出陣されておりました」
「ねー、よりによってヒューゴのいる1番の激戦区に飛び込んできてね?声おっきいから亜人が殺到してさ!あの時のヒューゴの焦り様は良かったな!」
ドラド王は、マール達とも面識があるらしい、そこで再びヒューゴという人物の名が上がる。アジルは吹き出して笑う。
「あの切断公が?はは、そいつはいい気味だ」
「ヒューゴとは?」
カイトが聞くと、アンネマリーが答えた。
「鉄の国が誇る最強のA級冒険者です、元々は没落した貴族の出でしたが、10歳の頃に冒険者になり剣聖の神託を受けとったと聞きます。以来破竹の勢いでA級に駆け上がった程の天才です、剣で彼の右に出るものは人間領の中には存在しないでしょう」
剣聖ときたか、カイトはそう思うが剣士のアジルは腑に落ちなそうだ。アンネマリーは気にせず続ける。
「どんな相手でも切断してしまう事から切断公という二つ名で呼ばれていますね」
それで切断公…するとマールが声を張った。
「僕、あいつ嫌い!ずっと付き纏って来るんだもん!しかも僕が何か大きいのを倒すたびにその何倍も強くて大きいのを倒して自慢してくるんだから!あいつ絶対、僕の事嫌いだよ!」
マールはプリプリと怒っている。カイトはなんとなく察した。それはきっと彼なりの求愛アピールだったのだろう。以前ゲイルから聞いた下はZ級から上はA級まで、彼女はカルト的な人気があるというのはどうやら事実らしい。
「ほらマール見てごらん!今日僕はこんなに倒してきた!とか自慢してくるの!むっかつく」
しかしながら、ヒューゴとやらの必死な求愛アピールは、マールには全て嫌がらせと思われていたようだ。そんなマールの反応を見て、不思議と胸がスッとするカイトであった。
「皆見てくれ!!我が砂の国自慢の城壁だぞ!」
唐突にアジルが声を張り、窓の外を指差した。そこに聳えるは砂の国自慢の巨大な城壁である、ベルラートの城壁もかなり高いが、砂の国の城壁は更に高く、バカデカい。そんなデカい城壁が砂色の建物を囲うかのように地平線の彼方まで続いている。
「こんなにでかい城壁を、一体どうやって作ったんです?」
カイトはまもなく潜る城門に興奮で声をがうわずっていた。
「凄いだろ?この城壁はキングホモセクトどころか、クイーンホモアントの猛攻にすら耐え切るんだぜ」
ホモセクトにはクイーンまでいるのか?カイトは新しい情報に顔が強張る。
「クイーン自体はそんなに強くないよ、僕達でも倒せる位には弱いんじゃないかな?」
「問題はクイーンについてるホモアント達ですね、クイーンを守るために全部が死兵と化して襲いかかってくる」
ハイデも会話に加わり、マールが頷く。
「そー、何万っていう大軍勢引き連れてくるんだから、地平線のはるか先まで埋め尽くす位なんだよ!」
万の死兵という言葉に、カイトは興味が沸いた。見てみたい、会ってみたい。
「だから、最前線にでたらA級冒険者が召集されて討伐チームが編成されるの、A級以外はホモセクトの数減らしに投入される感じ」
マールは、カイトの興味を察したのか戦闘の概要まで教えてくれた。彼女にしては珍しく擬音を用いた可愛らしい説明がない。
「女王が死ねば巣の全滅は決定だからな…ホモセクト共だってそりゃ死に物狂いにもなる…」
ゼオラはそう吐き捨てながら腹痛なのか、腹を摩っている。ハイデが心配そうに声をかけた。
「…大丈夫ですか?」
「あ、ああ…ちょっと水玉を飲みすぎたみたいだ」
ゼオラはそう言って苦笑した。
「むう?おぬし、いつ水玉なんぞ飲んどった?」
ゼノリコは相変わらず膝の上で首を傾げたが、直後にゼオラの拳骨が轟いた。黒鉄の馬車は市内の中央通りを抜け、黄金の城へ向かう。
「カイト」
不意にゼノリコがゼオラの膝の上でくつろぎながら口を開く。
「ゼオラ以外の冒険者をつれてこの国のギルドに行ってバゼラードでも活動するためのライセンスを貰ってこい」
人間領の冒険者は所属している国の領地内での活動することとなっている。そのため、他国の領地内で別国の冒険者が活動する際にはギルドでライセンスを受け取らなければならない決まりがある。
「は?わたしは?」
「そんな顔色しとる奴に、蒸し暑いバゼラードの街を歩かせる訳にはいかんじゃろ?」
ゼノリコの言葉にゼオラは黙ってしまう。
「なら、シドゥに案内させよう、奴がいればなにかと融通は効くだろう」
アジルはそう言って先導するシドゥに指示を飛ばし、カイトたち冒険者を下車させると、再び黒鉄の馬車は進んでいく。一緒に残されたシドゥはカイト達を一瞥し、笑顔を向ける。
「では、みなさんこちらへ」
シドゥはそう言って前を歩き出し、カイト達はそれに続く。その間にもベルラートからやって来たローマ風装備の一団は、早速だが様々な人々の目に晒される。
「なんだ?あいつら」「ベルラートから来た王の付き添いの冒険者だってよ…」「女子供が多いな」
「しかし、すごい装備だ…」
やはり、板金を繋ぎ合わせたロリカセグメンタータは一際目を引くようだ。様々な人々の好奇な視線が集まっている。
バゼラードの王城へと続く道は非常に広く左右には様々な出店が広がる。道の左右は背の高い住宅に固められ、直射日光が当たらないような作りになっており、市内は思った以上に涼しかった。
「ここが、バゼラードの冒険者ギルドです」
しばらくシドゥの後に続いていき、紹介されたのはベルラートとは段違いに広く、大きな建物だった。入り口には開け放たれた2枚の大扉があり、奥にはカウンターが見える、そして目を見張るのは冒険者の数である。
「バゼラードは冒険者に対しての偏見はあまりありませんからね、過酷な環境に適当するために冒険者になりたがるものが後をたちません…その分、ガラの悪い連中まで冒険者にできてしまい、いざこざに発展してしまう事が多いのです」
柄の悪さはベルラートのギルドも大差ないとは思うが、明らかに質が違う。そんな事を考えていると、シドゥは受付に向かう。
「うわ!」
受付までのわずかな間で長身のゲイツが唐突に倒れた。
「おっと悪いな!へへへ、あまりにでけえから壁に見えちまったよ」
ガラの悪い冒険者の男がゲイツにぶつかったのだ。
「は、はあ…そうですか」
ゲイツは謙虚に立ち上がり、身体を払う。そんな態度に冒険者の男はダルそうに絡み出す。
「おい、立つんじゃねえよ目障りなんだよこら!?」
男はゲイツに凄むが、ゲイツの身長から見るとどうも迫力にかける。それを察したのか、男はさらに逆上してつかみかかるが、見かねたゲイルが割って入る。
「はは、すみません。我が弟が何かしてしまいましたかな?」
男はゲイルにも態度を崩さない、カイトは彼の加護の数字を確認すると10近く数字が多い。
「ベルラートだかなんだかしらねえが!俺の敷地に入るなら相応の礼儀があんだろうがよ…ええ??」
男の人仲間達も集まってくる、それを見たマールが出て行こうとするがハイデとガルーダが素早く止めた。
「荒事はダメですよマール」
カイトは無表情になるマールを諌め、絡まれているボルドー兄弟に目を向ける。アンネマリーも助けに行くべきか悩んでいる様子でおどおどしている、クウは…特に気にする様子もなくカイトを見ている、おそらく指示を待っているのだろう。このままではマールが爆発してこのギルド内が血の海になる、そう考えたカイトが出ていこうとすると、シドゥが手続きを終えて戻ってきた。
「みなさん、彼らは我が主、アジル様のご友人になります…御用がお有りならこのシドゥがお相手しますよ?」
アジルの隣でイエスマンとなっていた腰巾着のイメージがあったシドゥとは打って変わり、背筋が凍りつく程の異常な殺気を放つ。男達はそんなシドゥに怯えるような反応をすると、唾を吐いて去っていく。
「全く、品のない人達ですね…お待たせいたしましたそれでは皆さん、1人ずつカウンターでライセンスを受け取って下さい」
シドゥはそう笑いながら全員を案内する。マールから始まり、全て滞りなくライセンスを受け取れるようにも思えた。
「君はバゼラードの奴隷階級じゃないか?」
カウンターはクウで止まる、そうなる事を予測していたのか、後ろにいたシドゥがクウの肩に手を載せる。
「アジル様から許可は得ています、一筆必要でしたか?」
先程、アジルがシドゥを案内につけた理由はこれだろう。カウンターの男性は訝しむような曖昧な表情でシドゥとクウを交互に見てから、ライセンスをクウに手渡した。
「ありがとう」
クウはシドゥにお礼をいうと、シドゥはクウの頬に掘られた奴隷の証をなぞる。
「どういたしまして、ですが…これは後で消さないとですね。では、みなさん!王城へ向かいますよ」
シドゥはそういうと再び歩き出そうとした、そんなシドゥの前を、1人の男が塞ぐ。その男は小麦色の肌にターバン姿で身体中には様々なナイフが縛着されている。
「よう、アジルの腰巾着の次は観光ガイドかよ?」
だらりと口を開け、笑わせると殺意に似た感情を剥き出しにしてシドゥを笑う。
「今はあなたに構っている暇はないのですよババラさん?」
ババラと呼ばれた男は、あくまでも退かず、シドゥの行手を阻む。
「E級の俺が怖いのか?C級のシドゥ様が?」
C級?カイトは改めて目を向け、先ほどの連中が引いた理由に納得する。
「ええ怖いですね、特に目の前のババラさんは怖くて仕方ないです。」
「そうかい、そんじゃあ…いっぺん逝けや」
ババラは即座に肉厚なナイフを抜き放ち、右腕を振り上げた。瞬間、その腕を横から伸びた手が掴む。
「なっ…!」
ババラは予想外の状況に顔を強張らせ、掴んだそれを見た。それは小さく細い腕だった。その先には栗色の髪の少女がいる。しかし、その見かけの華奢な外見からは想像も出来ない力で握られている。
「僕達は急いでるの、邪魔しないでくれるかなっ?」
マールの声と共に、ババラの掴まれた腕が機械的な力で潰されて行く。
「な…んだこのガキ…っ!放しやがれ!!」
E級の自分よりもずっとしたな筈のマールの手を振り解けない。
「あのガキ何もんだ?」「ババラ!何遊んでんだよ!!」「いや、なんかやばそうじゃね?」
様々な観客となった冒険者の言葉が響く、プライドを傷つけられたババラは、目を血走らせ怒りのままマールを蹴飛ばそうとした。マールはその足をうち始めで抑えて止める。
「マール、その辺で」
流石にカイトがマールを止めた、マールは邪魔するなと言いたげな目をしていたが、暫くの静寂の後にババラの手を開放する。ババラの掴まれていた腕にはくっきりとマールの手のあとがついていた。
「っあ……!マール?テメェ、枠なしマールか?」
チャキ…マールではなく、普段冷静なガルーダが柄を握り凄まじい形相でババラを睨んでいる。
「へっ…知ってるぜ?本当だったんだなあ?神託がねえ冒険者なんて!」
ババラが傍観している周囲に聞こえるように吠えた、それを聞いた様々な冒険者達がマールの頭上を見ている。
「ほんとだ…何もねえ!」「ギャハハ!枠がねえから枠なしか!こいつは傑作だぜ」
何故か彼女を嘲笑する笑い声が響いた、ついさっき自分たちよりも遥か格上のババラが手も足も出ない姿を見ているにも関わらずだ。
「マール、彼はボコっていいですよ。殺さない程度に」
次の瞬間にはカイトはそう呟いていた、同時にマールの右の拳が瞬間的な動きでババラの右頬に突き刺さり、振り抜いていた。激しい轟音と共にカウンター席に突き刺さるババラ、マールは背中の大剣を地面に力強く突き立てると、騒然とする冒険者達の中を歩いて渡り、カウンター席に突き刺さったまま完全に伸びているババラの足を掴んで引きずり出し、馬乗りになるとその顔面に拳を叩きつけた。肉が潰れる音とババラのうめきが同時にバゼラードのギルド内に響く。
「青隊、赤隊、確固戦闘を許可します。対象はここにいるバゼラードの冒険者全員です」
一斉にベルラートの冒険者達の視線がカイトに向く、しかしカイトはにこやかに告げた。
「ゼノリコ様は怒るでしょうが、我等ベルラートの冒険者が他国の冒険者に舐められるわけにもいきませんので、しっかり力我々の力を見せておかなくちゃいけませんからね?」
カイトのその言葉で、ベルラートからやってきた冒険者達は獣と化した。ゲイツとゲイルはマールがしたように盾と槍を地面に突き立て、さっきまでダル絡みしてきた男の元へ向かう。
「な!なんだおめえ!?やんのか?か、加護は俺のが上だぜ?正気かおい!」
確かに、加護は男の方がゲイツよりも10上である。であるにも関わらず、男は目の前のゲイツに完全にすくみ上がっており、まるで恐怖に怯える子猫のようにゲイツに見下ろされている。ゼノリコ曰く、この世界に於ける加護というのはあくまでも培ってきた経験の数字に他ならず身体能力が強化されるといえど、元の冒険者のステータスに毛が生えた程度のものでしかないのだという、故に100あろうが200あろうが頭が潰れたり腹を貫かれたら死ぬのだと言う。もちろん加護が上という事は自分たちよりも多くの経験を体験しているので数字通りの強さはしっかりあるそうだ。しかし、忘れてはいけないのが、冒険者は戦闘しなくても数字は増えるのだ、故に、その経験は戦闘だけで得られた数字ではないのだという。
「さっきはよくもやってくれたな!」
多く死に、戦闘によって叩き上げられたゲイツは、男の胸ぐらを掴み上げると片腕で軽々と持ち上げ思い切り地面に叩きつけた。男のくぐもった悲鳴と木の床を破壊する壮絶な音が弾ける、その発破音を皮切りに、その場にいたバゼラードの冒険者たちは自分が置かれた状態を理解し、一斉に襲いかかって来る。
「ふはは!やらせませぬぞ!?」
ゲイルが恰幅の良い体つきに似合わない持ち前の素早さと目の良さで冒険者とゲイルの隙間に割って入りその両腕でもって弾き飛ばす。
「こ、こいつら正気か!?」
怯えすくむ冒険者にアンネマリーの拳がめり込み殴り飛ばされる。普段オークを一撃で葬っている突きの一撃は凄まじく、男はギルドの壁を貫き動かなくなった。
「このアマ!!」
体格のいい冒険者がアンネマリーへ飛びかかるが、彼はアンネマリーに触れる前にガルーダの蹴りによって吹き飛ばされ、混乱し悲鳴をあげる受付嬢のすぐ横に突き刺さった。
「これ…どうするんです?」
大乱闘というより一方的すぎる蹂躙を見て、シドゥは頭を抱えつつ、しかしベルラート大司祭の礼装に身を包んだハイデは清楚に笑う。
「いいんじゃないですか?楽しそうです」
格闘一家の血が疼くのか、ハイデも混ざりたそうにしていた。
「ぶ!ははははっ!!」
「重軽傷者合わせて105名、ギルドカウンター破損、壁にいくつも穴を開け、E級冒険者まで血祭りにあげた…と?いつまでたっても来ぬと思っとったらお前は何をしとるんじゃボケェ!!」
シドゥからの報告書を受け、聞いていたアジルが腹を抱えて大声で笑い出し、報告書を受け取ったゼノリコが顔を真っ赤にしてカイトを怒鳴っている。カイトは特に反省の色もなく、大乱闘を見て上機嫌なのか浮かれていた。
「とは言え、我々は王の護衛として来ているのです、舐められたままではこの先、ゼノリコ様を暗殺しようという輩も出る可能性はあります。いくら死なないとはいえ、王様への攻撃を許す護衛などあってはいけません。行く先々で襲われては、王様はよくても守る側は疲弊しますからね」
カイトの言葉にゼノリコはぬぐっと息を詰まらせる。何も言い返せなかった。
「何を浮かれとんじゃ貴様は!ぬえい!!そういう問題ではないじゃろうがボケが!!死人が出なかったから良いものお…」
ゼノリコはハイデにも目を向ける。
「ベルラート大司祭のハイデ様がおりながら…」
最後の方で我慢出来ずに参加し、バゼラードの冒険者達を次々蹂躙していった大司祭の事は言わない方がいいだろう。シドゥも笑いを堪えてそっぽを向いている。
「カイトのいう通りです、言われるままではベルラートの名折れ。舐めたらぶちのめすが我が神の教えですので」
「ああ…お主の主神、わしの知り合いかの?どこぞの筋肉ヒゲジジイがチラつくんじゃが…?」
「ちくしょう…わたしも参加したかったぜ…」
ゼオラが小さくぼやくが、ゼノリコに睨まれて口を抑える。そんな中でマールがゼノリコの前に出てくる。
「ごめんなさい王様、僕が枠なしって煽られたからみんな代わりに怒ってくれたんだ」
マールだけは浮かない顔をしてゼノリコに頭を下げた、そんなマールを見ると、ゼノリコの表情がころりと変わる。
「それを先に言わぬか!アホウ」
ゼノリコはそういうと、手にした報告書を勢いよく破り捨てた。そしていつもの卑しく目を細めアジルに顔を向けた。
「バゼラード側の過失じゃ、のう?どうする?アジルよ」
「…それは兄貴に言ってくれ…その顔やめろ…怖いから」
飄々と言っていたアジルだがゼノリコの威圧感に押されその頬に冷や汗が垂れる。
「アジル様、謁見の準備が整いました」
そこで、1人の兵士が控え室にやってきた。それを聞いたアジルは、シドゥに指示をだし、シドゥは頷き全員を見渡した。
「護衛のみなさまはこの場で待機をお願いします。カイトさん、それからゼオラ様とハイデ様もどうぞ。あ、武器は外してくださいね」
カイトはダガーナイフを鞘ごと外してゲイルに預け、ゼノリコ達を追いかけた。
シドゥは長い通路を進み、突き当たりにある大きな2枚扉を力強く開け放つ。その奥は実に狭かった、しかし遥か奥には煌びやかな黄金の玉座が一つあり、そこに1人の男が座っている。金色の髪に蛇のような紅い瞳、バゼラードの国旗を彩る赤と黄金の衣服から除く病的に白い肌、そして鍛え抜かれた美術彫刻のような肉体は威厳を持っている。彼がバゼラードの王である事は疑いようもなかった。
「ゼノリコ、早速お前の国の冒険者がわが国のギルドで大暴れしたと聞いたぞ?」
その男はよく通る声で語りかけた、その表情はただ穏やかに笑っていた。
「バゼラードの過失じゃ」
ゼノリコの言葉にアジムと呼ばれた男は一度表情を引き締めはしたものの、直ぐにため息をもらしつつ肩の力を抜いて頬杖をつく。
「ふむ…それはすまなかった、我が民を代表して謝罪しよう」
アジムは立ち上がり、素直に頭を下げた。ゼノリコはその謝罪を見て威圧的な態度を正す。
「うむ、許す」
ゼノリコはあっさりと許すとアジムは顔を上げ、こちらに目を向ける。
「我がバゼラード国王、アジム・バゼラード二世である」
よく通る穏やかな声を響かせる、その名乗りだけでもカイトは膝をつきたくなる衝動に駆られてしまう程の迫力を感じていた、アジムの名乗りに乗じてカイト達は頭を垂れた。名乗りを終えたアジムは再び玉座に腰をおろし、拝聴の姿勢を取る。
「妻のゼオラと司祭のハイデ、それから新しく宰相になったカイトじゃ」
「宰相?…君が宰相の座を他人に譲ったのか?よし、面を上げよ」
アジムの許しを得てカイトは顔を上げると、アジムは信じがたいという顔を表情に出しつつカイトを見つめていた。
「カイトは可愛いぞ、兄さん」
「黙っておけ愚弟」
いつの間にかそばにいたアジルを黙らせ、しばらくじっと見つめてから視界をゼノリコへ戻す。
「まあ、ゼノリコが選んだのだから大丈夫なのだろう」
「それで?しょんべん垂れの小僧がわしに何をしてもらいたいのじゃ?」
単刀直入、アジムが口を開く前にゼノリコが語る。
「我がしょんべん垂れだったのは20年も前だよゼノリコ」
アジムはそう愚痴るなり席を立ち上がる。座っている姿ではよく分からなかったが、アジムは外見からは想像出来ないほどの長身だった。ゲイツと同じか、少し低い位である。
「ついてこい、席を用意してある」
玉座の奥には扉があり、その奥の部屋には長机が一つと複数の椅子が向かい合うように配置されており、バゼラード側の要職らしき男女が立って待っていた。
「中の護衛はアジルだけでよい、シドゥは控室の客人をここに連れてきて外を守らせよ。それと何か果実と飲むものを頼む」
「はっ!」
シドゥは勢いよく声をはると、元来た道をかけて行った。部屋の中に通されると、空席を案内されバゼラードの要職らしき男女はゼノリコに握手を求め、軽い挨拶の後に席につき、向かい合う形となった。
「紹介しよう、宰相のナジル、秘書兼財政担当のユキ、そして食糧担当のネジに、ギルド長のラシードだ…」
アジムは席の奥から指を差して名前を呼び、紹介していく。
「ふむ、ゼノリコ・ベルラートじゃ。宰相のカイト、妻兼秘書のゼオラ、それからベルラート大司教のハイデじゃよろしく頼む」
ゼノリコたちは手軽にこちらを紹介すると席につき、カイト達も座る。アジムは全員の着席を確認すると、ゼノリコの向かいに座る。席に着いたカイトが不意にゼノリコを見ると、ゼノリコはいつものように器用に椅子の上で胡座をかき、向かいに座るアジム以外全員のステータスを開いていた。相変わらず抜け目がない。
「大丈夫なのか…この娘」
確かに、なにも見えなければテーブルを指でなぞる意味不明な行動に見えるだろう。バゼラード側の宰相、ナジルがつぶやくと、それを聞いたゼノリコはステータスを見ながら答えた。
「アジム、部下の教育がなっとらんぞ」
「なんだと小娘!」
「ナジル、無礼だぞ」
食糧担当ネジが、ナジルを諌める、アジムもナジルを睨んでおり、ナジルは息を飲み込むような態度で鞘を収めた。
「お前たちはゼノリコを見るのは初めてであったな、余はこいつ以上に怖い人間を知らぬ、ナジル、謝るなら今のうちにしておけ?でなければ全てを失う事になる。」
アジムはゼノリコの力を知っている、否、アジムの目にはゼノリコのみているステータス画面が見えているのだ。ナジルはアジムの最後の警告すら鼻で笑い、ゼノリコに舐めた態度を続けた。
「ご冗談を、ただの知恵遅れにしか見えませんな私には」
アジムは静かにため息を吐き出す、すると、ゼノリコはスッとアジムにナジルのステータスを投げる。アジムはそのステータスを受け取り目を通した。そして静かに目を伏せた。
「ナジルとやら、お主、随分大きな夢があるんじゃな?」
ゼノリコは卑しく目を細めて口を裂いて笑っており、カイトは何が起きるのかを察した。
「はあ?…何を言ってるんだ?お前は」
ナジルは自分の置かれた状況が理解できないようだ。
「アジル、ナジルを連れて行け、奴はこの我に謀反を企んでおる」
「なっ!?」
唐突なアジムの言葉にナジルは驚愕の表情を浮かべ席を立つも、アジルが剣の柄に手を触れたまま立ちはだかる。そして口を開いた。
「選ぶのはお前だ、今死ぬか、あとで死ぬか」
D級冒険者として名を馳せたアジルに迫られたナジルは潔く抵抗を諦め、連れて行かれる。
「愚弟よ、短い期間ではあったが、ナジルは我の友であった…苦しめず一瞬で送ってやって欲しい」
アジムはナジルに寛大な慈悲を与えた。
「アジム王!何かの間違いです!!ベルラート王の戯言に惑わされては!う、嘘だ!!違うそんな事…!たす!助けて下さい!」
ナジルは絶叫しながらアジルによって外へ連れ出された、アジルが出ていくと同時にマールが放り込まれる。もうすっかり機嫌が良くなったようで両手に果実を持って頬を頬袋のように膨らませている。
「マール、終わるまで我慢できなかったんかえ?」
ゼノリコは苦笑しながら告げると、マールは羞恥に頬を染めながらも両手の果実を口に詰め込み、噛まずに飲み込んだ。殺伐とした会議はマールのおかげで和み。アジムの咳払いで再会される。
「今、見てもらったように。ゼノリコに嘘は通用しない。後ろめたい事があるのなら今のうちに白状した方が身のためだ」
そんなふうに言われて罪を自白するようなものはいないだろう。
「ほほ、目立っていたのはナジル位じゃ…他は特に問題はない安心してよいぞ?」
ゼノリコは楽しそうに告げると、その場にいた全員が安堵のため息を漏らした。
「ゼノリコあまり我の部下をいじめないでくれ、お前のその力は確かに凄まじいが…やられる側の気分は良くない」
そこで、ゼノリコは全体にステータス画面を公開したのか、バゼラード側の大臣達もようやく何をされていたのかを理解し、絶句と恐怖に顔を染める。
「お前の弟のおかげで用心深くなっての、わしは初対面は信用しないようにしておる」
ゼノリコの返答にアジムは目眩を起こしてよろけると、小さく愚弟とぼやいた。
「…まあ良い、して、ナジルはああいう最期になったが優秀な我が国の宰相であった。その席を空席にしてしまうのは我が国にとって大きなダメージになる…どうしてくれる?」
アジムは威圧感のある眼光をゼノリコへと向けた、ゼノリコはそんなアジムにたいして吹き出すように笑う。
「簡単な話じゃ、民草から新しい宰相を選べば良い、それが今回をわしを呼んだ理由の解決にも繋がる」
その言葉にアジムは目を見開いた。ゼノリコはアジムのステータスも覗いていたことに気づいたからだ。
「お見通しか、本当に性格が悪いな君は」
忌々しげに悪態をつくアジムにゼノリコは卑しく笑う。
「体よくお前の部下に謀反を考えとるバカがいて助かったわい、まあ、おらんくても新しいポストを設けるだけでも十分じゃったがのう」
アジムは背もたれに体重を預けてラフな姿勢になると、いいタイミングで配膳された水を一口すする。カイトもすすったが、それは水ではなかった。おそらく薄められたエールだと思われる。
「つまり宰相の選定を餌にして、民草の中から件の冒険者に力を分け与えるという転生者を炙り出す…ということか」
転生者、アジルの口からでた言葉に左右に座る大臣たちが不振な表情を浮かべていた。ゼノリコは嬉しそうに続ける。
「お主らはわしのギフトで民草一人一人の中から優秀な人材を選べ、同時に民に害をなす虫を駆除できる。それは転生者をこの世から消したいわしの意見にも合致しておる、一石二鳥ではないかの?」
「無茶苦茶だ!バゼラードの人口が何人いるかしっているのですか!?たかだか宰相を選ぶために、そんな面倒な事をするメリットが我らにあると?」
財政担当のユキが強く反対を示した。ゼノリコはヘラヘラとしている、左の食糧担当ネジも口を開く。
「たった一人の転生者?なるものを見つけて排除したいがため。そこまで大掛かりな事をするメリットが?は我々にはない、優秀な人材を選び出して、宰相の空席を埋めるにしても育成にかかるコストを考えたら割に合わない」
もっともな反応に、アジムも頷いており、すぐにゼノリコへ目を向ける。ゼノリコは特に動じる事もない。
「メリットはある、転生者は放置していれば必ず害をなす寄生虫じゃ。やつらは生きて呼吸しておるだけで数百の民草に害が及ぶ。今さっき、ナジルなる宰相がそうなったようにのう?」
その言葉にアジムは同意するように頷き、左右の大臣は驚愕しゼノリコを見ていた。
「ゼノリコもその転生者だ、この他者を数値にして現す不思議な力もゼノリコが女神より貰ったギフトというものなのだそうだ。」
アジムはステータス画面をゼノリコへ返却し、ゼノリコはステータス画面を消す。
「わしのこの力でも簡単に1人を害することが出来た。もしも、奴はアジムの謀反を画策しておったのは確かに悪じゃがそんなもん関係ない」
ゼノリコは雄弁に続ける。
「あやつの考えていた計画なんぞ既に破綻しておった訳じゃ、別に、今知らずとも良かった話しじゃろうな。どうせ、数日のうちにバレて同じ運命を迎えていたじゃろう。しかし、わしはそれを今に出来てしまった」
話しすぎたからか、目の前に置かれたグラスを一口すする。
「これがどれほど強大な力か、想像すればわかるはず。女神のギフトとは、この世界の理を無視する力なんじゃよ、そんな恐ろしい力を、お主らの王に向けんとする転生者がいたとしたらどうじゃ?実際に今、低級の冒険者達を再起不能にしている転生者は既に王に牙を向けておるのは明白じゃろうて」
ゼノリコの長々とした話に会議室は静まり返る。しかしユキは手を上げた。
「ゼノリコ様のような転生者は害さなくても良いのではないでしょうか?我々の為に使えるのではないですか?」
女性大臣がゼノリコの話を切る。
「不可能じゃろう、な、あ奴らは人間のクズじゃぞ?わしのように他者を数値化して表示するギフトや、このバカが持っているようなしょーもないギフトを持っている奴なら多少は話は出来ようが…基本は意思疎通なんぞ不可能じゃろう」
「え?」
マールは同時に反応してカイトを見つめた。その顔から次第に表情が無くなっていく。
「……カイト、転生者だったの?」
マールから滲み出るのは強い拒絶による殺意だった。
「カイトは大丈夫だよ、マール」
おそらく冒険者に成った時に知っただろうハイデがマールを宥め、ゼオラも頷く。
「たまにすげーって思う指揮はするけど、それ位だもんなー…」
「その指揮も神託による恩恵じゃろう、のう?」
ゼノリコは卑しく目を細めてこちらに顔を向けてくる、故にカイトは苦笑しかできなかった。
「そっか…ごめん、でも無理ムカつく」
マールは持ち前の瞬間的な動きで長机を上り、カイトの顔面を蹴り抜いた。失神しない程度の威力だったので、彼女なりに手加減はしたのだろう。ただ当然その程度で済むわけがなくマールはどかりとカイトの膝の上に座って来た。マールは今、ロリカセグメンタータを含めた重装備である。流石に手心なのか大剣はテーブルに立てかけてくれていたが。それでも貧弱なカイトには重過ぎる。
「かかか、話が脱線したな。つまり、転生者でこいつやわしのような矮小な存在は例外ということじゃな、だいたいの転生者は自己中心的な考えのクソボケじゃ、信用に値せぬ」
ゼノリコの言葉にユキはまだ不満気だが、理解しているアジムは頷く。
「ゼノリコはその強大なギフトと呼ばれる神の力を消し去る能力を持っている、そして、この世界の安寧の為、転生者を排除してくれているのさ」
「それならば、能力を消し去るだけで良いのでは?わざわざ駆除する必要は無いかと」
女性大臣は尚も食い下がる、それにはゼノリコが答える。
「転生者を殺す必要はある、ギフトだけではない。奴等は別の世界から知識を持ったまま【転生】してくるのじゃからのう、お主ら、散々わしに協力を求めて突っぱねられとるものがあるのではないかえ?」
ゼノリコに言われ、ネジとラシードは驚愕の表情をした。
「まさか、鉄道ですか?」
「その通り、あれは転生者が持ち込んだ技術じゃ。故にわしは突っぱねとる、この世界にはまだ早い技術じゃからのう?ちなみにその子の着ておる鎧もそうじゃ」
ゼノリコは隣に座るマールを指差した、マールはギョッとしつつじりじり潰されているカイトに顔を向ける。
「そうなの?」
カイトは胸部を圧迫されていて声が出ず、必死に頷いた。
「まあ、その鎧はこの世界の水準より古い技術が使われておるから…製作は許可した」
「こ…この形態のロリカセグメンタータは…板金を繋ぎ合わせているため、結合部分が…がは…脆く成っているんです…つまり…本来…は!短期間で…運用する鎧なんで…す」
「まあ、ビルドの技術なら短期間どころか一生使える出来じゃろうがのう…劣悪な環境に左右されず使える重装備、お主らは喉から手が出るほど欲しい技術じゃろう?」
ユキは生唾を飲み込みながらマールの鎧を食い入るように見つめている
「わしらの生前にいた世界とはこう言う高い技術を持っているのじゃ、その知識を無自覚に与えてしまうことの恐ろしさがわかるかえ?まあ、その鎧位ならまだ良い。カイトの言葉通りなら短期運用みたいじゃしな、じゃが、お主らが進めようとしていた鉄道計画はどうじゃ?」
マールにグイグイと潰されながらカイトも頷く。
「我々の…世界では、鉄道を使う事で大量の兵員や兵站を…一挙に戦地に送ることができるようになりました…相手は亜人ではなく…同じ人間です」
「…故に、鉄道を作るのはまだ早い…とわしは言うとる。人間とは愚かしいものじゃ、亜人共が滅びた後に多分戦争をまた起きるじゃろう、その時に、鉄道は強力すぎる武力となるじゃろう、のう?」
ゼノリコはカイトに語りかける、カイトは大きく頷いた。
「兵站の確保と補給線の維持は戦争の生命線になります、鉄道があるならば、兵站の確保は容易になる、皆、目をつけるでしょうね」
「兵站が確保できるようになるというのは、投入できる兵が無制限になるという事じゃ。いずれ冒険者だけでは足りなくなり、民草にも兵役を貸すようになるじゃろう。アジル、お前は民草に槍を持たせて戦地で死んでこいと言えるかえ?」
アジルは素直に首を横に振った。大臣達も口を閉ざす。
「あ、鎧の予約はじいちゃんまでね」
マールはちゃっかりセールスを忘れない。
「それと、さっきそこな大臣、ネジと言ったか。転生者を1人と言ったな?」
ゼノリコは卑しく笑いながら目を細める?
「1人なんてもんじゃない…バゼラードに入ってから頭痛が病まぬ…アジムよ…だいぶ入られておるぞ?」
思えばゼノリコはバゼラードのオアシスのあたりからゼオラに膝枕をさせるなど、積極的に動こうとはしていなかった。あれはつまり、転生者の存在を探知しすぎていたのかもしれない。すると、アジルの表情が驚愕にかたまり直ぐに目を伏せた。
「わかった、宰相を選ぶ名目で民草全員に呼びかけよう…しかしバゼラードの人口は非常に多い、何日かかるやら…」
「なあに、パッと見て転生者かどうか見るだけじゃ、もちろん、転生者は即駆除するが…カイト、なにかいい案はあるか?」
ゼノリコの呼びかけと、バゼラードの大臣達がカイトに集中する。その威圧感に、25年間引きニートをしていたカイトは喉の奥がヒュッとなってしまう。
「え、あ…はい…」
カイトが言おうとすると、膝にいたマールが静かに退き、隣に座る。
「謁見の間とこの部屋を使うのはいかがでしょう?」
カイトの言葉にアジム達は驚愕に歪む。カイトは席を達ち、部屋の間取りを確認するように歩き回り、窓の外を確認すると、ゼノリコに目を向ける。
「転生者をここへ招きます」
「ここで、始末するんですか?貴方はここの城を屠殺場にすると?」
ユキはヒステリックに叫ぶが、カイトは首を横に振る。
「この窓をくりぬき、そとに出る扉を儲けます。そとの広場にブブポンの引く黒鉄の馬車を用意し、その馬車に乗せて始末します」
「まて、王城に穴をあけるのか!?」
ラシードの声にカイトは頷く。
「良かろう、馬車に乗せると言ったな?」
アジムは了承する。しかしまだ疑問は拭えていない様子ではある。
「して、いかに始末する?砂漠にでも連れて行きアジルに斬らせるのか?」
アジムの言葉にカイトは曖昧な表情を浮かべて口を開く。
「自分で死んでいただきます」
「なんだと!?ど、どうやって??」
ネジの動揺に出して、カイトは自分の席に置かれたグラスを手に取る。
「…水か」
アジムの問いに、カイトは頷いた。
「転生者たちはギフトがなければ並の一般人以下です、致死量を超える毒をこのエールを薄めた水と一緒に飲めば苦しむまもなく絶命するでしょう」
迷わず毒殺を提案したカイトに全員から異形な物を見る視線が向けられている、マールに至っては頬杖をついたまま不貞腐れている。
「しかし、この世界にそんな強い毒あったかえ?言っとくが現代知識じゃった却下じゃぞ?」
ゼノリコの問いかけにカイトは一瞬迷うが覚悟を決める。
「これは、リコ様が怒りそうだから伝えなかったゴブリンの活用方法なのですが…」
懐から愛用の亜人図鑑を開くとゴブリンのページを開きゼノリコとアジムの前に置くと、2人は食い入るように見る。
「ゴブリンの糞尿を用いた毒兵器の製作案です。ゴブリン達は武器に自らの糞尿を塗って使います、彼らはその毒を塗った武器を用いて大型の獲物を得意な地形に誘導し、取り囲んでから毒を塗った武器を投擲し、仕留めます」
カイトはゴブリンロードとの戦闘以降も、隙あればゴブリンの討伐依頼についていき、彼らの戦法を学んでいた。
「…少量でも屈強な冒険者ですら死に至らしめる強毒…血を吐くとあるが」
アジムは図鑑の情報から疑問を投げかける。
「はい、ボルドー兄弟に協力してもらった際に、毒を塗った武器でゲイツさんが指を切ってしまいまして…その際、数秒もしないうちに血を吐いて倒れました。偶然ハイデさん居てくれたので死には至りませんでしたが…」
「わたしが解毒しなければ死んでいたでしょうね」
ハイデは涼しい顔でつぶやき、カイトは頷く。
「して?その毒を何で試した?」
アジムは興味を示していた。
「オークです」
2mから3mを超える巨軀、魔法を通さない特別な肌を持ち、素手で岩を削り、粗悪な思い岩や大木を棍棒として振り回す屈強な怪物がオークである。
「結果は?」
ゼノリコも結果は気になるらしい、カイトに問いかけた。カイトは頷く。
「はい、しっかり効きました。オークは僅かなかすり傷で血を吹いて倒れました、流石に死に至りはしませんでしたが…ですが、戦地でそれなら死んだも同然です、我々は行動不能になったオークにとどめを刺すだけなので…ゴブリンの糞尿はそれほどの強毒なのです」
ゼノリコは聞いて損したと言いたげな顔をしている。
「わしにそんな活用法を報告していたら首を跳ねとったな…」
そんな物騒な事を溢す。カイトは聞かなかったことにして続ける。
「ですので、こちらに招いた転生者にゴブリンの糞尿から抽出した毒を混ぜたこのエール水を渡し、馬車の奥から1人ずつ座らせるんです」
カイトはにこやかに告げる、口角も上がっている。
「炎天下の中、宰相になるかもしれないと緊張しているのです。手渡されたエール水を直ぐにでも口にするでしょう…僅かなかすり傷ですら血を吹いて倒れる程の強毒を酒混じりの水と一緒に大量に飲んだりしたら、眠るように息を引き取るのではないでしょうか」
カイトはそこで口を閉ざし、席につく。あまりにも狡猾、あまりにも残忍な殺し方にアジム達バゼラードの大臣達はドン引きして顔を引き攣らせている。仲間であるはずのゼオラやハイデですら唖然とした表情をしている。マールに至っては聞いていないのか欠伸して眠そうにしている。ただ1人、ゼノリコだけは違った。
「く…くかかか!!」
ゼノリコは腹を抱えて笑い出す、その顔は最高に愉悦を感じているようだ。
「まさか転生者共の最期の晩餐が、ゴブリンの糞尿が混入した酒とはのう?虫にはお似合いの最後じゃわい!!で?馬車に乗った糞虫の死骸はどうする?」
ゼノリコの問いに、カイトは広げた図鑑をしまいながら考える。
「後は何事もなく出発して、遺体は流砂にでも捨ててしまえば、二度と見つかることはないでしょうね」
大笑いするゼノリコとは変わり、向かいのアジムはカイトにドン引きしている。
「さいってい」
となりで退屈そうにしていたマールから素直な感想をぶつけられ、流石のカイトも傷ついた。
「ゼノリコ、君のいう通り、転生者は恐ろしいね…確かに、これは本当に駆除したほうが良さそうだ。」
どうやらカイトの説明により、転生者の危険性をバゼラードの大臣達にも伝えることが出来たようだ。大臣達も大きく頷き、転生者の駆除に賛同をしめした。
「今日はこんなもんじゃろう、詳しい事はゆっくり詰めていくとしよう」
ゼノリコはそう言って立ち上がるとさっさと会議を切り上げた。アジムは会議を終えるなりゼノリコの側へくる。
「ゼノリコ、後で一杯やろう。上物の蜂蜜酒がある」
「おお!?良いのう」
アジムとゼノリコは仲良く談笑を始めると、マールはすっと立ち上がるなりカイトの足を蹴飛ばした。
「あいった!!」
カイトが足を抑えて膝をつくと、マールは怒りに満ちた表情をカイトに向けている。
「あ、マール…その」
「フンッ」
マールは本気で怒っているようで、さっさと外へ出ていってしまった。
「だははは!!マールに振られおったわバカが!!!」
声をあげて大爆笑したゼノリコだが、同時にゼオラがゼノリコの首を背後から締め上げる。
「お前が嫌われる要因を作ったんじゃねーか!」
「ゼオラ、そのままで…」
ドゴオと、ハイデが凄い音で殴りつけている。
「ご!!お、おぬしら国王にこんなこと!ぐぎぎ!」
側から見たら不思議な光景だろう、国王がその側近にボコボコにされているのだから。バゼラードの大臣たちは好奇な視線をそんなゼノリコへ向けていた。
「不死身の体ってのは便利だよな!加減しなくていいんだからよ!!」
「とりあえず後3回くらい死ぬ威力で殴らせてください、ムカつくんで」
「ご!ごえんなざい!ゆるじでー!」
ゼオラとハイデによるゼノリコ虐待がしばらく続きそうだったので、カイトは席を立ちマールを追いかけた。
「やや、カイトさん!お疲れ様です」
外にはシドゥ含め、控え室にいた仲間達が待っていた。ゲイルは気分よく手を振る。
「あの、マールは?」
そんな浮かない表情のカイトにゲイルとゲイツは顔を見合わせる。
「ああ、一足先に飛び出して早足で向こうに行かれましたな」
「…中でなにかあったんですか?」
ゲイツは不安気に問いかけ、カイトの顔を見て口を閉じた。カイトはゲイルの指差した方向を走り、マールを探した。しかし、人混みの多い広場でマールを見つける事は出来なかった。その後、カイト達には城内の豪華な客室を提供される、1人につき一つの個室となり豪華なベッドに水差しが置かれ背の高い丸机が一つに荷物を置くための装飾鮮やかな棚に、服をかけるためのクローゼットまで完備されている。今回は長丁場との事で変えの服や寝巻きも用意されていた。部屋の奥には砂の国とは思えない水洗トイレが備えられ、浴室まである。その形式には見覚えがある、おそらくこれはベルラートの技術だろう。バゼラードの地盤の下にはベルラード同様の施設が設けられている可能性はある。
カイトは夕食前に軽く湯浴みを済ませ、王の食堂へ向かう、バゼラードの食堂にはすでに全員が集まっており、その中にはマールもいた。
「あっ…」
マールはカイトを見つけるとムッとしてさっさと何処かへ行ってしまう。
「今はそっとしておいてください」
ハイデが隣にやってきた、その右手にはトレーに山盛りの肉を載せている。
「その方がいいですかね?」
25年、わずかな人と家族しか交流を持たなかったカイトは不安でいっぱいだった、そんなカイトの様子にハイデは聖女のように微笑みかけた。
「大丈夫、あの子はこういう雰囲気を嫌います。特にカイトの事は気になっているみたいですから、すぐ何かしらしてくるでしょうね」
ハイデは肉の一つをカイトに渡す。受け取ったカイトは素直に頷き、肉を齧った。
「かった…!」
肉は噛みきれない程固く、脂に一切の旨みはない。この味には覚えがあった。
「イノブタです、この国では貴重な食糧みたいですね」
ハイデは悪戯な笑みを浮かべ、歩いて行くと構わずガリガリイノブタを食べているゲイルとゲイツのお盆に全部を譲った。バゼラード王城の食事は見栄えを意識されイノブタが中心とされたものが多かった、バゼラートの人間は特に気にせず食べていたがカイトには硬すぎた。前途多難、自分が食べれる食事を部屋に買いおく必要があるかもしれない。そんな事を考えながら部屋で就寝する準備を手早く終わらせて、図鑑を広げて昨日戦ったホモアントの情報をまとめる。
コンコン
ふと、扉が叩かれた。誰だろうか?カイトは筆を起き入り口へ向かうと迷わず扉を開けた。
そこには黒いフードで顔を隠した人間が立っている。瞬間、カイトの背筋を冷たい何かが駆け巡り飛び退いた。
風、カイトの顔の前を唐突な風が通る。いや、風ではないそれは剣圧だ、それに気づけたのはその太刀筋に見覚えがあったからだ。目に見えない程の速度で振るわれる大剣の一太刀、運良く振るう前に範囲の外に逃げられたが…マールは無言で部屋に入るとしっかりと扉を閉めた。この個室には音遮断の札が貼られており、それを剥がさない限り中の音が外に漏れることはない。故に、今、扉が閉められた事により。マールは誰1人として気付かれずに殺害が出来る状況になっていた。
「迂闊に開けるなんてバカなのかな?」
マールはフードを外し、口だけを笑わせ大剣を手に間合いを詰めてくる。カイトとしてはもう打つてはない。
「マール、血で汚れるよ?ものが壊れちゃうとアジム様に悪いし、それは使わないで欲しいな」
カイトは静かに大剣を指差した、マールはギョッとすると、素直に大剣を雑に床に投げカイトの首を細腕で掴んできた。マールの怪力なら少し力を入れるだけでカイトの首を潰せるだろう。
「ムカつく、なんですぐ諦めてるの?」
マールはそう言ってカイトをベッドに投げ馬乗りになって両手でカイトの首を掴んできた。
「他の転生者たちみたいに惨めに命乞いしてよ!マール助けて!マール許して!マール君は俺が好きだろう!?みたいにさ、そうじゃないと…」
マールは首から手を離すと、震えながら顔を覆った。
「殺せないよ…」
「マール…ぐふ!」
カイトの胸に頭突きの要領で顔を埋め背中に手を回してくる。そのままマールの機械的な力でギリギリ絞め潰されていく。
「見ないでっ!!」
マールは叫び、力が緩まる。
「マールは今まで何人殺してきたの?」
カイトは何気なく聞いてみた。
「5人」
マールは顔を埋めたまま呟く、そして顔を向けてくる。昔見たホラー映画にこんなシチュエーションがあったななどと考えてしまう。
「いま、失礼な事考えてない?」
鋭いマールはそう呟いて目を細め、そしてため息を吐きながら脱力する。
「もういいよ…今まで殺してきた転生者とカイトは違う、すぐ手を出してこないし。馴れ馴れしくないし、生意気だし。ムカつくけど…殺したくなるイライラじゃないし…」
「この間の転生者みたいなのばかりだったの?」
カイトは優しく問いかける、マールは首を横に振る。
「あそこまでのは流石に初めてかな…全員覚えてるけどみんなそういう目で見てきてた。最初の奴なんて最期まで僕に命乞いしてたっけな…」
「マールは転生者に好かれる外見なのかもしれませんね私だってそう変わりませんよ」
実際、初対面でマールのような純粋な子とあえば大体の転生者はそうなるのかもしれない。
「カイトは僕に手を出さないよね」
「私のいた世界では、君みたいな子に手を出したら犯罪…えっと、衛兵に捕まるんですよ」
マールは顔を向け、ジッとカイトを見つめる。
「そうなの?」
「リコ様だって転生者だけど、君には手を出さないでしょ?」
「王様は僕の事を可愛い孫だって言ってた、僕にとっても王様は家族だし…」
ゼノリコが妙にマールに甘い理由がなんとなく理解出来た。
「でも待って?そうなるとゼオラをナンパした王様って結構やばい人だったり?」
ナンパだったんだ…カイトは言葉を選ぶ。
「ま、まあ、私の世界での話しですから」
「ふうん…」
しばらくの静寂、絵面的には酷いものだろうが仕方ないだろう。
「カイトは元の世界でどうだったの?今みたいにいろんな人を引っ張ってたり?」
マールの疑問にカイトは初めて、生前の自分に何一つなかった事を思い出した。
「そんな事ないですよ、わたしは元の世界では死んでいるような生活でしたから」
「生きているのに?」
もっともな反応にカイトは思わず吹き出しそうになる。
「私の世界には冒険者も、亜人も、女神の加護すらありませんでした。ただただ平穏な毎日を寝て起きての繰り返し、世の中の普通の人たちは仕事をして家族を養っていたのでしょうが…私にはそれができなかった」
「どうして?病気だったとか?」
「確かに病気はありましたね、ただそんなことは些細な事です。実際にはただ怖かったんです、人と接するのが、他者から向けられる視線が」
精神的な色盲なんてものはただ社会に溶け込みたくない自分を理論武装するための言い訳にすぎない。故にそんなものは関係なかった。
「今の生意気なカイトを見ていると信じられないな?」
マールはゴロリと横に寄り添う、もはや先程までの殺意は無いように見える。
「本当は女の子とこうやって一緒に寝ることすらなかったんですから、この手を見てください」
無意識のうちに震えている手をマールに見せる。
「良く指揮してる最中も震えてたのってそういう事?」
マールは常に乱戦の真っ只中に真っ先に飛び込んでいたはずだが、良く見ている。
「指揮の時は興奮もありますが、大体はそうですね」
「王様、戦争オタクって言ってたもんね…カイトの世界では人同士でやってたんだっけ?」
カイトは頷く。
「僕の世界でも大昔は人同士でやり合ってたみたいだけどね、今は亜人っていう共通の敵がいるからそうなっていないだけで」
「人というものは古来よりそういうもの、だというのはどちらの世界も同じようです」
するとマールはカイトの手を掴み、強く握ってきた。
「で、元の世界で何もできずに死んで。こっちの世界に逃げて来たんだ?」
実に意地悪な言い方をする、だが、事実だ。女神によって強引に連れてこられた事は単なるきっかけに過ぎないし、今となっては言い訳だろう。カイト自身は逃げて来た事に変わりはない。
「ええ、リコ様に言わせれば。女神様から貰った借り物の力でイキっているだけのしょーもない奴です」
「カイトがもらったギフトってなんだっけ?」
「毎日金貨が5枚もらえます」
そういうと、マールは顔を向けてくる。
「……そっか、ろくにお仕事もしてないのにお金持ちな理由はそれかあ」
純粋にズバズバと抉るマールにカイトは苦笑した。
「え?でもそれだけ?不死身とか…頭がよくなるとか?未来が見えるとかじゃないの?ほら、ゴブリンロードの時、僕が無警戒に飛び込んだ時に呼び止めてくれたりしたし」
「金貨5枚だけでも充分凄い力なんですけどね…ゴブリンロードの時は生前に見た事のある構えでしたから、何をしてくるか分かっていたからです…」
なるほどと、マールは頷いた。
「王様の言っていた現代の知識ってやつ?」
「はい、生前、無駄に蓄えた知識ですね」
するとマールは身を起こすと顔を覗き込んでくる。
「確かに、元の世界の知識を引き継ぐのはズルだとおもうけど、自分で一生懸命蓄えた知識なわけじゃん?なら。別にいいんじゃない?無駄になる予定だった知識が役に立てる場所だったというだけでしょ?」
マールはそう肯定的につげると、大きな欠伸をして再びごろんと横になる。
「私に比べてマールは凄いですね、この世界における神託を持たない事がどんな意味になるかはわかりませんが…」
「それはカイトが転生者だからだよ、普通は冒険者になる人は誰もが当たり前にあるものなの。僕は冒険者の状態で生まれたのに、それが無かったんだから異物に見えるよね」
マールの手に力がこもり、再びカイトに抱きついてきた。
「僕は負けたくないだけ、枠が無いからって弱い訳じゃないんだって」
本当は誰もが羨むだろう神託を貰っているのではあるが、カイトは無意識に頭を撫でた。
「あ…ごめん」
「いいよ、別に。それくらいなら…くっついてるの僕だし。あ、でもこの間のあいつみたいな事をしたら即ぶっ殺すから」
ベリルは相当根に持たれていたようだ…流石にそこまでする度胸は、カイトにはなかった。マールもそれを理解していて敢えて告げたようだ。
「枠なしって事は好きな言葉を自分で入れられるって事だよね」
「確かに?…考えた事なかった…」
マールは翡翠色の瞳をカイトに向ける。
「マールはどんな神託がほしかったの?」
カイトの問いかけにマールは深く考える。
「うーん、やっぱじいちゃんと同じ戦士?あでも、剣聖は…ヒューゴが調子乗りそうだから嫌だなー」
可愛らしく唸りながら、次第に眠気が勝ってきたのか微睡に意識が揺らいでいく。今なら、マールに記憶は残らないだろう。
「勇者、なんかいいんじゃないかな?」
その言葉にマールはバッと身を起こしカイトをじっと見つめ、すぐに脱力して覆い被さる。
「ゆうしゃ…いい言葉だね…なんなのかよくわからないけど…カイトの世界にいる人なの?」
心底どうでも良さそうにマールは言い、言葉の途中で意識を失い、大きなイビキをかきはじめた。
「勇者は今、目の前でイビキをかいて寝てますよ…」
再びマールの頭を撫でてから、カイトは眠りについた。
はい、お疲れ様でした。
次回は結構バイオレンスになる予定です
マールがいつ、勇者となるのか…楽しみですね




