表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/57

2の3 拝啓、灰色の世界の私へ

こんかいは若干くさいかも

朝、私が目を覚ますとそこは見慣れたベッドの上だった。眠っていたのか?よく分からない、私は起き上がりカーテンを開け、窓の外を見る。


どこまでも続く街並み、空はあいにく曇っており灰色に染まっている。遠くの方で電車の走る音がした。聞き慣れた音の筈なのに、不思議と懐かしさを感じる。ふと、わたしは自身の体からでる悪臭に気がつくと慌てて部屋を飛び出した。見慣れたはずの我が家の廊下が広がり、感覚に従って階段を駆け降りて浴室へ飛び込んだ。


わたしは数週間ぶり?または数ヶ月ぶり?もしかしたら数年ぶりの湯浴みをした気がする。しっかりと湯船に浸かり、身体を洗った。

着替えを済ませ、リビングへ行くと。母がいた。


「◯◯◯!?」


母は私の顔を見るなり驚き、私の名を呼んだ。私は今までの親不孝を詫びると、母は涙を流して喜び昼食を振る舞ってくれた。子供の頃から好きだった大好物で腹を満たすと、私は外にでる。


相変わらず、私の視界に色はない。いつからこうなったのかは分からない、高校生になった頃か、全てを恐れて引き篭もった時からだったか…医師の診断では精神的な視覚障害なのだという。故に私の視界にはいつも灰色の世界が広がっている。変わらない街並み、この世界には色がない。ふと声が届く。


「お前、まーたやらかしたのか?」


「す、すみません!!」


灰色の筈の世界に、色がある。見れば、気弱そうな長身の男性と、それを叱る恰幅の良い男性。どこにでもあるありふれた様な毎日の光景、そんな不恰好な2人の男性達は、そんな事を言い合いながら歩いて行った。なぜ彼らが気になったのだろう?色があったからか?赤の他人であるはずなのに。


私は再び歩みを進める。ふと目の前を幼稚園の園児たちを乗せたバスが止まり、髪を金に染めた美人な女性が降りてきた。近所の幼稚園で勤めているのか、柔らかい黄色いに可愛らしい動物が描かれたエプロンを身につけている。


「みなさーん、ゆっくりおりてくださいねー」


彼女の透き通った良い掛け声に、灰色の園児たちが次々降りてくると、思い思いの帰路へと散っていく。降りた園児を見送った金髪の女性は直ぐにバスへ乗ると、バスは緩やかに発進して私の横を通り過ぎてゆく不思議な感覚だった。ありふれた光景であるはずなのに、色の無い世界の筈なのに、先程から人の色がよく見える。


私は呆然と、バスから降りた園児たちの帰路を見つめていた。歩道橋があり車の行きかう道路の真ん中で、肌を適度な褐色に焼いた白髪の女性の警察官が笛を鳴らして誘導し、黄色い旗を振って信号を渡らせている。


「お姉さんさようならー!!」


「おう!きいつけてかえれよ!!」


見ず知らずのはずなのに、どこか安心する声色だった。今日の私はもしかしたら調子がいいのかもしれない、そう考えた私は再び歩き出し、幼い頃母に連れられてきた公園へと辿り着く。公園といっても遊具は殆どなく、今は公衆トイレとベンチ飲みの寂しい空き地となっている。そんな公園なので、遊びにくる子供達はほとんど居らず、時折犬を連れた人の散歩コースへとなっていた。私は中央のベンチに腰掛けて無駄な時間を潰す。こんな時、酒やタバコでもあれば何かが変わったかもしれない。しかし、わたしはそのどちらも得意ではいので、背もたれに体重を預け、ただ茫然と灰色の空を眺めるくらいしか出来なかった。


何時間が過ぎたのであろうか、帰ろうか。私は椅子から立ち上がり、家へ帰るべく元きた道を帰ろうとした。


「ばいばーいっ!」


そこで、聞き覚えのある声が耳に届いた。元気で、活発で、わがままで、うるさい。そんな声だった。普段の私には興味のないわずらわしいだけの他人、しかし何故だろう、その声がとても気になった。


頭が痛い、何かがある。わたしは必死でその声の元を探した。何故だろう、わからない。ただの女子学生のさよならの挨拶。そんな些細なものなはずなのにわたしは声の主を必死で探していた。普段運動なんてしないこの身体は、すぐに疲労が溜まり、息が上がる。


そんな自分の不甲斐なさにうんざりしながらも、色のない灰色の世界を私は駆け回った。そしてふと何かの感覚に服を引っ張られた、まるで無造作に掴まれたかのような。私が振り返り見ると、声の元の女学生はそこにいた。どこか退屈そうに無骨で装飾のないスマートフォンに視線を落としている栗色のショートボブに翡翠色の大きな瞳をした小柄な少女、彼女はいつもの革の鎧ではなく、近所の公立高校の制服に身を包んでいた、紺色の上下がよく似合っている。彼女は小柄な体に不釣り合いな長さの大剣…ではなく竹刀の入れ物を襷掛けして背負っている。


「マールっ!!」


口が勝手にそんな言葉を吐き出した、マールとはなんだろう?私にはわからない、目の前の少女の名前か?私はそう叫びながら、かけ寄ると、少女の手をとっていた。


「おじさん…だれ?」


完全に事案である。私が我に変えると、小柄な少女は突然の事にギョッと目を見開き、いきなり手を取ってきた不審なわたしを見上げていた。少女は直ぐに手を振り解き、カバンに下げた防犯ブザーを引っ張る。

途端に鳴り響く激しいベルの音が、けたたましく周囲に響き渡った。


「止まれー!!」


すぐさまブザーを聞きつけて走ってきたのは、先ほど園児達を誘導していた褐色の女警察官だった。首からかけた笛を何度も吹き鳴らしながら走ってくると、程なく私を掴んで見事な組み技で私を地面に倒し、流れるような動作で手錠を私の手首に掛けようとする。


「あっ、その…ごめんなさいっ…間違えて鳴らしちゃっただけです。」


少女は唐突に誤報と嘘をついた。それを聞いた女警察官は、私を立たせると深く頭を下げた。


「申し訳ありません早とちりしてしまって!!」


私は気にしていないと苦笑すると、警察官の彼女は再度深々と頭を下げると、持ち場の交通整備に戻る。


私は素直に助けてくれた少女に深く頭を下げた。


「すみません、人違いだったみたいで」


私の言葉に、少女はにこやかにそれでいながら大袈裟に、彼女らしい仕草で激しく首を横に振った。


「ううん、多分それは人違いじゃないとおもうよっ」


何故だか親しみのある声、彼女はそう言って私に笑いかけながら私の手をとりしっかりと強く握ってきた。


「ね!もういいんじゃない?そろそろ帰ろうよカイト!」


カイト、彼女が私をそう呼んだ瞬間、私の視界に色彩が溢れ出した気がしてきた。そうだ…それが私の名前だ。そう考えていると、何かに背中を引っ張られる感覚に気を取られ、振り返る。わたしにとっては灰色の現代、そんな中で私を呼ぶ誰かがいる。生前はあれ程嫌いだった両親の姿だ、違う、嫌いだったのではない、後ろめたかったのだ。競争に敗れ引きこもった私を摘み出す事もせず支え続けてくれた両親に、感謝したかった。


「マール、少しだけ待ってて欲しい」


私がそういうと、マールは笑顔のまま手を離した。わたしは再び現世へ歩き出す。次第に近づく両親の顔、しかしあの厳格で口うるさかった父が、急に厳しい顔で手を伸ばして静止した。


「どの面下げて戻ってくるつもりだ?お前などさっさと行ってしまえ、この恥晒しが!」


厳しい言葉、だがわかっている。私の父はこういう人だ、色の無い現代に帰って来ることを決して許しはしないだろう。


「こちらのお前は役目を果たせなかった、だが、そっちのお前は役目を投げ出す事は絶対に許さん」


役目?役目とはなんだ?


「そんなものは自分で見つけろ、さっさと行け…あまり彼女を待たせるな」


父はそう言って指をさす、その先には退屈そうな顔をしたマールがいる。


「わかりました、父さん…母さん、さようなら」


今生の別だというのに、不思議と涙は出なかった。その言葉を口にしたその瞬間、私の脳裏を様々な記憶が駆け巡り激しい頭痛と共に目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。


「う……」


激しく頭が痛み、身を起こす。

記憶が混濁している。礼拝堂へ向かった後にゼノリコに毒を飲むように言われたところまでは覚えている、部屋はすでに暗く、周囲はよく見えない。不思議な香りのお香が鼻をつく。


「こ…こは?」


まだ記憶が曖昧で困惑したカイト、ふと、手に違和感を感じた。マールだった、マールはカイトの手をがっしりと握りしめ、いつものようにうるさいイビキをかいて、涎を垂らしながら眠っている。


「ありがとう」


何故彼女がここにいるのかはわからない、確か記憶では血だらけだったはずだが、今は実にラフな格好である。いつもの様に背中には長い大剣が背負われている。彼女が手を握ってくれていたから、彼女が夢の中に現れ、カイトは悪夢から目覚めることが出来たのだろう。そう考えたカイトは、強く握りしめている彼女の手を握り返しつつ、素直な感謝を述べた。


「ん…僕…ねちゃった?…」


するとマールはゆっくりと身を起こし瞼を擦る、そして虚な目で身を起こしているカイトを観る。


「…ん……ん!?」


マールは虚だった目をパチリと瞬きさせ、暗闇でも目立つ翡翠色の大きな瞳を動揺で見開いた。


「おきた!!?起きた!!みんな!!いてて!みんな!!カイト起きた!!!」


マールは寝起きのカイトにはキツすぎる高音でキャンキャンと叫び、慌てて外に飛び出して行った。すぐにハイデが扉を蹴破り部屋に飛び込んでくる。


ハイデは即座にカイトの側へ来ると顔を覗き込みにし、ランプの灯りを寄せる。


「カイト、わたしがわかりますか?」


ハイデの問いにカイトは頷く。


「ハイデさん、ですね」


ハイデは頷くと、指を2本立ててピースをしながらゆっくりと動かす。


「何本に見えますか?」


「2本です…」


カイトの答えに、ハイデはどこかホッとしたように胸を撫で下ろす。よく見れば彼女は寝巻きのような薄い格好をしている。


「お帰りなさい、カイト」


ハイデは柔らかな笑顔で言った。カイトはそれを受け取ると、スッキリとした顔で返した。


「はい、ただいま」


悪夢の中で父に言われた自分の使命はまだ分からない、だが、まずはそこから見つけようと思う。それが、これまで親不孝をし続けてきた自分が出来る事は、悪夢の中で父とした約束位だろう。

現実世界にいた頃の25歳引きこもりの物語でした。


お疲れ様でした!

誤字や文章の間違いがあれば教えてくだされば喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ