一章 転生
作品は製作中のものです、誤字や文章の間違いは気楽に指摘していただけると嬉しいです。
2025年◯月◯日、私は死にました。
齢25年、大したことの無い引きこもりでニートな私の人生は唐突に幕を閉じたのでした。
どうやって死んだか?それはよくわからない、数十年ぶりに外に出て歩いていたら、何かが頭に当たったのだ。幸い痛みを感じることもなく気が付いた時には死んでいたのだ。散々親に迷惑をかけて生きてきた自分には幸せすぎる死に方だ。
しかし、死んだにも関わらず意識ははっきりしている。これは俗に言う幽体離脱というやつなのかもしれない。だが、オカルトならば死んでいる自分をみているだの走馬灯を見るだのと聞いていたが、あたりは暗く何も見えないのだ。私は、ただ真っ暗な世界に1人、立っていた。
いや、暗くはない?気がつけば自分はオフィスの一区画のような場所に立っていた。さらに目の前には長い黒髪にピンクのスーツ姿の若いOLのような格好の女性が、デスクの前でひたすら何かを書きなぐっていた。表情は無気力。
「おまちしておりました、◯◯◯様」
女性は私の名前を告げながら手を止めるとその無気力な顔を上げ、私の顔をじっと見た。
「あの、ここは何処でしょう?」
私の問いに、女性は無気力な表情のまま、最低限の動作で口を動かす。
「あの世です。貴方はつい数秒前に落ちてきた花瓶で頭を強く打ち、亡くなりました。」
頭に当たったのは花瓶だったのか、そんなことを考えている私に構うことなく女性は言葉を続ける。
「私は貴方の世界を担当する女神です、ダセエ死に方をなさった引きニートを、特別に異世界へチートな能力を与えて転生させる仕事をしております」
彼女の目線が机の上の時計に向く。
「定時が近いので、手短に話しますね」
自称女神には定時があるらしい。
「次に生まれる世界はこちら、面倒なので説明は省略、さっさと欲しい能力を言ってください」
「あの、質問いいですか?」
すると女神は実にわかりやすく目をしかめて面倒そうに吐き捨てた。
「どうそ、手短に」
ぶっきらぼうな彼女の言葉を聞くなり問うた。
「この世界の通貨を教えていただきたい」
すると女神は手を空中に泳がせるとその手の中から見たこともない硬貨が3つ浮かび上がる。
「この異世界ではこの三つの硬貨が通貨になっております、まずは金銀銅ですね。銅が一番安い、銀、そして金ですね。金は銀100枚分、銀は銅100毎分の価値があるようですね。」
「あ、でしたら毎日金貨が5枚手に入るスキルを下さい」
「……そんなのでいいの?この前来た奴はどんな攻撃でも防ぐ皮膚だのヒールをヒールしてヒール出来る能力だとか、死んだら戻るとか能力とかを欲しがったんだけど」
女神は人間の金銭感覚は理解出来ないのだろう、金貨は一枚でもおそらく今から行く異世界ではとんでもなく高額だ、それが5枚も手に入るのだ。【私一人が生活する】には大すぎる金額だろう。
「はい、それで大丈夫です」
「はあ、そうですか、じゃ、おまけに金貨を入れる袋もあげますね。」
女神が私の後ろを指さしそちらに顔を向けると、そこには私が入るだろう少年の形をした器があった。胸元にはカイトと書かれた名札が付いている。
随分美形だ。少女に見えそうな程である、オタクで引きこもって生きてきた自分には不釣り合いな程に。眠る器の右腰に小さな硬化入れの皮袋が追加された。そのまま器を見上げていると、唐突に視界を眩い光が包みこみ、そのあまりの眩しさに目を塞いだ。
再び目を開けた時、カイトは道の真ん中に立っていた。
「おい坊主!邪魔だぞ!」
後ろから現代では馬車、引いているのは馬ではないが馬に似ている生物だ。その馬っぽい生物(以降馬と呼ぶ)に手綱を引いた騎手が叫んでいた。おそらく行商の馬車だろう。カイトは素早く脇に退き馬車が前を通って行く。
「どうもすみません!」
カイトはすれ違いざまに騎手へ謝罪すると、遠ざかりながら騎手は手を振った。
「久しぶりに会話したな…」
生前のカイトは引きこもりであった。生前の数十年、養ってくれた家族以外とはまともに会話をしたことがなかった。今は器がいいからなのか、案外なんとでもなるものだ。
「とりあえずまずは…」
カイトは馬車の後を追いかけるように街の中へと入ろうとする、当然だが入り口で重装備で固めた門番に止められてしまう。
「見慣れないガキだな、王都ベルラートへようこそ、この街には何のようかな?」
カイトの外見が少年だからだろう、強面な門番は優しい声音で聞いてきた。困った、こういう場合はどうしたら良いのかわからないのだ。カイトは頭の中で数秒考えた末。
「わたしは旅人です」
「旅人?…」
それを聞いた門番は、不審そうな素振りで舐めるようにカイトを観てきた。そこでカイトも気付く、実際、カイトの外見はどこからどう見ても旅をするのに適さない格好だったからだ、いきなり現れた年端も行かない少年、旅人というには軽装過ぎる衣服だけという着の身着のままなのだ。しかも武器すら持っていないのだからこんな人間、普通に怪しいだろう。
「なるほどな、近くの村では口減しの為に次男を着の身着のまま放り出すしきたりがあると聞く」
門番は勝手にそう解釈すると、カイトの目線に合わせて腰を下ろす。
「ベルラートは君を歓迎しよう、入ったらすぐあそこの煙の立ち上がっている場所を目指すといい、旅をするならある程度の装備は揃えなくちゃいかんからな。」
カイトを国内に招き入れながら、親切に遥か遠くに立ち昇る煙を指差した。
「ありがとうございます」
カイトはお礼をいいながら手を振ると、門番は手を振りかえしながら持ち場へと戻って行った。都合よく入国できたカイトは門番に教えて貰った煙に向かう。
「おお…おお!」
かなり歩いた街の外れ、そこには立派な鍛冶屋があった。カイトは目を輝かせながら鍛冶屋の門前に並べられた多種多様な武器を見て感激の声を漏らす。無理もない、今までは大好きだったアニメやゲーム、ネットの資料や動画でしか見たことが無かった様々な武器や防具がずらりと並んでいたからだ。カイトは興味を惹かれて並べられた武器のそばへ向かい食い入るようにみては、一つを手に取ろうとする。
「勝手に触ってくれるなよ」
鍛冶屋の奥から熊のように大きな老人が出てきた。その腕は丸太のように太く大きい。
「なんじゃい、ガキか、ここに遊具はないぞい」
凄みのある眼光と威圧感は、引き篭もりだったカイトをビビらせるには充分な威力だった。
「すみません、私、つい先程入国しまして、あそこの門番さんからここで装備を調えろと教えていただきまして!」
カイトは目を合わせられなかったが、身振り手振りで伝えようとする、すると老人はズイッと寄ってカイトをジッと見つめた。
「随分と軽装な旅人じゃな、おまけに随分と若い…ふむ、良く生きてベルラートまでこれたのう…」
老人は口に携えた白髭を撫でながらカイトを暫く眺めると、急に踵を返す。
「座ってまっとれ」
老人はそう言って様々な武器が並ぶ棚の中にポツンとある小さな椅子を指差し、鍛冶場のあるだろう建物へ戻って行った。
「は、はい…」
カイトは萎縮しながらも言われたとおりに椅子へ腰掛けた。しばらくするとカンカンとこ気味良い鉄を叩く音と、悪臭に近いなんともいえない鉄の焼ける臭いが漂ってきた。待つこと数時間、老人は手に様々な装備を携えて建物から出てくる。それはRPG世界でよく見た鎖帷子という防具である。それに脛当てや肘当てもある。
「サイズはあっとる筈じゃ、着てみい」
カイトは鎖帷子を手に取る、まだほのかに暖かい熱を帯びている。装飾は無いが短時間で作ったとは思えない程精巧な作りに驚愕しながらも硬直する。つけ方がわからないのだ、ゲームだったのならボタンを押すだけで装備が出来ても、実際の鎖帷子の身に付け方など分かるはずもなく。
「なんじゃい、お主、わからんのか?本当にどうやって生きとったんじゃ…」
老人はブチブチと愚痴を漏らしながらも手を伸ばしてきてカイトを捕まえるとそばに寄せ、鎖帷子などの装備を教えながら着付けてくれた。鎖帷子はずっしりとしつつも煩わしくなく、その細かさに職人の腕の良さを感じる、何よりもサイズがピッタリだったのだ。
「す、凄い…」
カイトは鍛治師の老人の技に思わず声を漏らしてしまう、カイトの反応に老人は気をよくしたようで。
「それと、これじゃ」
老人は側のテーブルに抜き身で置かれたナイフと剣の中間に位置する武器、ダガーを見せた。ダガーは片刃、しかし峰には鋸状の細かな刃が付けられており、素人目にも分かる程の業物だった。ダガーに無駄な装飾は一切なく、ただただ無骨で機能性に特化されている。
「こいつは褒めてくれたサービスじゃ」
老人は立ち上がるとダガーに合う鞘と皮で作られた腰に吊るす為の装具をテーブルに起き取り付け、再びカイトに装備させた。
「お代は金貨2枚ってところじゃが…金はあるかい坊主?ないなら別にとらぬが」
流石にそこまで世話になるわけには行かない。カイトは女神から貰った皮袋を手に取り、中に手を入れる。中には女神に言った通りの能力により現れた五枚の感触が伝わる、カイトは2枚を取り出して老人に渡す。
「んん…?!」
老人はカイトが差し出した金貨を手に取り、顔を寄せてじっと見つめる。
「たまげた…おまえさん、貴族の出とかかえ?」
老人は自ら口にした金貨2枚がこんな年端の行かない小僧から出てくるとは思ってもいなかったようだ。心配そうな表情を向けてくる。
「あ…えっといい仕事には、相応の対価を払うようにと父から教わっていまして」
それは生前、自分の父が口酸っぱく発言していた言葉だ。引きこもりだった自分には煩わしいとさえ感じていた嫌いな言葉でもあったのだが。ただ鍛冶屋の老人は目を丸くしながらも金額をしっかりと受け取り、懐にいれる。
「立派な父上じゃ、装備がきつくなったらまたこい。サイズ調整くらいなら無償でやっちゃる」
それだけ告げると、また鍛冶屋の奥へと帰って行った。
「は、はい!ありがとうございます!!」
カイトは聞こえているかはわからないが大声で頭を下げ、鍛冶屋を後にする。ここでようやく街の調査を開始できた。カイトは王都ベルラートの広い街中を歩き回り、街の全容の把握に努めた。
しかし、誤算があった…この国ベルラートはとてつもなくデカかったのだ。当然道に迷ったカイトは右往左往して歩き回り、ようやっとたどり着いた雑貨屋でベルラート全体の地図を手に入れる。この国では旅人には地図を無償で渡す決まりがあるらしく、4枚に別れた地図を渡された。その際に店主から現在地を教えてもらえたので何とか状況を判断できた。しかしながらすでに空は朱色に染まっていた。
カイトが途方に暮れていると、見かねた雑貨屋の店主が親切にいい宿屋を教えてくれた。金貨は残り2枚、一枚は雑貨屋で必要な装具やそれらを持ち運ぶ背嚢、変えの衣服や昼食にとつかった、あとは嵩張る銀貨が数十枚。街のあちこちを見つつ、旅に必要な背嚢や野営に使えそうな装具を購入し揃えたのだ。女神からもらった皮の硬貨袋は既に嵩張る銀貨でパンパン、装具の重みに銀貨の重みが加わり、ゴリゴリとカイトの体力を削っていく。カイトが宿に着く頃には既に空は暗くなっていた。
「いらっしゃい」
女店主がカイトを出迎えた、雑貨屋の店主の紹介によれば、この宿には個室がありお金さえ払えば何日でも間借りすることが出来るのだという、宿屋の女店主はカイトの幼い外見にギョッとはしていたが、カイトが金貨を渡すと、じつに快く個室に案内してくれた。まだこの世界に浅いカイトには金貨一枚がどれだけの金額になるのかはよくわかっていない。女店主に聞くと、金貨一枚で一週間はこの部屋を借りれ、なおかつ食事も出るとのこと。
宿の個室は、お勧めされるだけはあり質素なベッドとオイルランプが一つというシンプルな個室ではあったが、気の落ち着く木の香りのする良い部屋だった。
カイトは宿につくなり買ってきた物資を床に広げ、身につけた鎖帷子や装具を外す。外の水場から桶を借りると清潔な水に浸した布で身体を拭きながら今日みてきたベルラートの街を頭の中で復習する。
この街、王都ベルラートの外観的な文明レベルはカイトのいた現代でいう中世の西洋に近い、外観的といったのは、この街の水だ。
ベルラートには上水と下水が存在し、浄水施設により浄化された清潔な水が、街の至る所に張り巡らされたポンプから常に新鮮で清潔な水が供給しつづけている。この水の扱いに関してだけは、この異世界は現代以上のレベルの技術を持っているようにすら感じる。
ある程度身体を拭うと、昼間の散策中に仕入れた質素な寝巻きを身に付け、着ていた服を畳んで大きな背嚢の上に置くと、外した鎖帷子などの装具を吊るす。
宿屋の女店主に、就寝時でも武器は肌身離さず持つように注意された為、ダガーは枕元に置き横になる。
転生されたカイトの身体は実に軽く、生前の自分のような関節痛や腰の痛みもない。スタミナも生前ではあり得ないほどだった。そもそも生前の自分の体力では、このバカみたいに広い王都ベルラートの街を鎖帷子を着込み、旅用の装具を背負って歩き回るなんて事はできなかっただろう。日が傾く夕暮れまでの半日歩き回ったが、ベルラート全体の4分の1と言ったところであるだろう。
夜が開けたら、朝からこの王都全体を散策しよう。中央にある大図書館へ向かいこの世界を知ろう、と計画を練るのだった。しかしそんな計画も微睡の中に消えてゆく。疲労なのか、藁を編んだベッドがカイトにちょうどいいのか、はたまた両方なのか。カイトの意識は眠りに堕ちた。
1話はしっとりと、やまなしと言った感じに…2話目の投稿は少し開くと思われます。
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