異世界では幽霊は怖くない。なぜなら討伐できるから
なあ、異世界のホラーってどんなんだと思う?
「は? 何言ってんだお前、こんな時に。そもそも異世界ってなんだよ?」
異世界は異世界だ。アニメでもよくあるだろう、異世界転生のあの異世界
「お前は、アニメの世界のホラーがどんなのかをおれに聞いてんのか? もう一回言うけど、何言ってんだ? ふざけてんのか?」
おれはな、あの異世界で存在するホラーはおれらが思うホラーとは違うと思うんだ
「どの異世界だよ」
先に言っておくが、この世界とそっくりだけど、ちょっと違う世界は別な。あれはおれ、パラレルワールドだと思ってるから。おれが言ってる異世界はエルフとかドワーフがいる世界だ。
「おいおい、勘弁してくれ。どっかで頭でも打ったのか? お前が変なことを言うのは今に始まったことじゃないが、そんなことどうでもいいだろ」
例えば、異世界の冒険者ギルドに行くと、ネクロマンサーがいたりするわけだ
「いたりするわけだ、じゃねえよ。勝手に『もしも』の話を広げ出すな。あと、ネクロマンサーがいない異世界もあるだろうが」
ネクロマンサーがいるということは、『幽霊は存在する』ということが世界の共通認識で、しかも幽霊は人間が使役できる存在なんだ
「使役できる存在なんだ、じゃねえよ。今、そんなことどうでもいいだろ」
まあ、もしネクロマンサーがいなくてもモンスターがいる世界なら、幽霊もゾンビと同じ属性のモンスターに分類されるだろう。そうなっていれば幽霊もただのモンスターの一種。幽霊をゾンビみたいに気持ち悪いって思う人はいるかもしれないが、ただただ恐怖を感じる人はかなり少数派なはずだ
「は? 幽霊がただのモンスターなら怖く無くなるのかよ」
怖くなくなるというより、他のドラゴンやゴブリンみたいなモンスターと同じで、ホラー的な恐怖の対象にはならないってことだ。たぶん妖怪や超常的な存在も、異世界では同じようにモンスターに分類されるだろうな
「すげー強引な考えだな。超常的な存在とか絶対怖いだろ」
さっきも言ったが、人間の脅威として恐れられるかもしれないが、それが幽霊だから、超常的な存在だから怖いってことにはならないはずだ。なぜならモンスターなら討伐できるはずだからな
「討伐対象になるから、怖がる必要はないってことか?」
そうだ。倒せる対象なら過度に恐れる必要はない
「強い幽霊なら危険だけど、雑魚は簡単に倒せるからビビらなくていいと?」
そういうことだ。雑魚なんて怖がる前に倒せる。この世界でいう心霊スポットは、異世界ではゴースト系モンスターが出るダンジョンになるだろうし、事故物件の幽霊討伐なんかギルドの低ランクのクエストになるだろう
「心霊スポットがダンジョンだったら大勢の人が突撃しちまうだろ」
するだろうな。レベル上げはもちろん、レアアイテムを手に入れるために冒険者がたくさん行くはずだ
「幽霊側からするとたまったもんじゃないな。でも、幽霊って言っても一括りにできるのか? 心霊スポットや事故物件でも危険度がいろいろあるだろ」
おれは、人の言葉を話す幽霊は頭がよく強いモンスターで、逆に、言葉を理解できず動きも意味不明な存在は低レベルな雑魚だと思う。でも、ただただ暴れまくる頭のいかれた化け物もいるから、例外はいるだろうな
「じゃあ呪いとかはどうなるんだよ。見たら呪われる動画、検索しちゃいけない単語とかあるじゃねえか。あれはモンスターとしての実態があるかわからねえぞ?」
討伐可能かはさておき、呪い自体は光属性の魔法で解決できるだろう。まあ、呪いの強さにもよるだろうが、呪いなんて闇属性の魔法みたいなもんだろうから、聖女や僧侶みたいなジョブの人になんとかしてもらえる気がする
「そんなもんなのか? じゃあ呪われた人が呪いを解けずに死んだら?」
ただのレベル不足。呪いを解く力が足りなかった、ただそれだけだ
「なんとなく言いたいことはわかるような、わからねえような……じゃあ、その考えでいくと、出会ったら死ぬって言われているドッペルゲンガーも単なるモンスターの一種か?」
そうだな。遭遇したら倒せば問題ないだろうし、ドッペルゲンガーの討伐クエストみたいなものもあるはずだ
「なるほど。じゃあ、お前は異世界にはホラーの概念がないって言いたいんだな?」
いや、そうじゃない。残るやつがある
「違うのかよ。残るって何が残るんだよ」
人怖だ。
「は? なんで人怖が残るんだよ」
考えてみろ、人が幽霊になる背景には、殺人、自殺、事故死、病死が考えられる。まあ、他にもあるだろうがイメージとして強いのは殺人と自殺だとは思わないか?
「まあ、殺人と自殺は定番っちゃ定番だな」
となると、殺人の場合は殺人犯がいて、自殺の場合も自殺に追い込んだ存在がいる。違うか?
「たしかに、誰かを恨んで幽霊になるなら、その『誰かが』必ず存在するな」
ああ、殺人の場合、憎悪や裏切りによる犯行でも怖いが、犯人が狂人やサイコパスたったら? 独占欲から生まれた歪んだ愛情表現、常人には理解し難い殺人動機による犯行なら、幽霊が生まれる背景は人怖だと思わないか?
「まあ、そう言われるとそうか……」
例えば、首のない元聖騎士団長の幽霊が出るダンジョンがあるとする
「なんかありそうだな、そんなダンジョン」
だろう? でも、そこで一つの疑問が生まれる。何故元騎士団長は死んだ? モンスターとの戦闘が原因か? いや、モンスターがいる世界なら、モンスターとの戦闘による死なんて、そんな事例腐るほどあるだろう。だからモンスターとの戦闘で死んでも、その後に幽霊になるとは考えにくい
「お前は、元騎士団長は人間である誰かに殺されたと言いたいんだな?」
そうだ
「わからなくもないが、あのな、さっきからお前、妄想に例え話、仮定の話が多すぎないか? そもそも異世界自体が架空の話だし。お前は一体何の話がしたいんだ?」
まあ、要するにだ。幽霊や超常的な存在がホラーの対象でない異世界においても、人間はホラーの対象だと考えられる。ということは、そんなファンタジー感満載の世界でもホラーとして考えられる人間は、この世界で一番怖い存在だと思わないか?
「話が長いし、意味不明だし、おれはそうは思わねえよ。くだらねえ話に付き合わせんな。そんなことより、お前さっさとずらかるぞ。死体の前で長話する趣味はねえんだよ、おれは」
まあ、考えてみろよ。このおれらの前で死んでいる藤井のばーさんもな、まさかおれたちに殺されるとは考えたことなかったと思うんだ。つい最近知り合った怪しい若者じゃなくて、ガキの頃からよく知ってて、しかも自分の家に遊びに来てたやつらが、まさか財産目当てに自分を殺すと思うか?
「おいおい、今そんな話をするなよ! 頭おかしいのかお前は! こんなババアが金を持ってても、どうせ老い先短えんだからおれらが使ってやればいいんだよ。そもそも、ババアの金で一山当ててやろうって言い出したのはお前じゃねえか!」
そうだ、おれだ。一人でやるのは気が引けたからお前を誘った。だが、さっきお前も気づいたろ? ばーさんの金が想定よりも少なかったことに
「ああ、思ってたより少なかったな。ガキの頃からこのババアは金持ちだと思ってたから、もっとたくさん持ってると思ったんだけどな」
おれもだ。だからな、おれは決めたんだ
「決め……た? ……は?」
ああ、決めたんだ
「決めたって……お前、何……を……あれ……?」
ああ、やっとか
「やっ……と……?」
実はな。ばーさんの金が想定よりも少ないってことは、ちょっとしたツテから聞いてな、少し前から知ってたんだ。でも、今更お前にやめとこうなんて言えないし、おれは金が欲しい。それで思いついたんだ。一人で金を独占しようって
「……は?」
お前のペットボトルの水に睡眠薬を仕込んでおいた。ばーさんを殺した後でお前も殺そうと思ってな。でも、なかなか睡眠薬が効かなかったから、とりあえず無駄話をして時間を潰すことにしたんだ
「お、おま……え……裏切っ……たの………か?」
さっき言っただろう。おれ、この世で一番怖いのは人間だって。人間はすぐ裏切るからな
「くそ……やろ…………」
まあ、そう言うなよ。寝ているうちに殺してやるから苦しくないはずだ。安心しろ
「…………」
お、やっと寝たか。悪いな、お前のことは嫌いじゃないけど金の方が好きだからさ。お前には、ばーさんを殺した後に罪悪感に襲われ、後を追って自殺した殺人犯になってもらいたいんだ
しまった。眠らせるのはばーさんの死体を処理してからでもよかったな。計画ミスだ。そういや、ばーさんにもよく言われたなあ、お前は詰めが甘いって。なあ、ばーさん
あ、そうだ、ばーさんはもう死んでるんだった。さて、これからどうしたものか……もっと考えとけばよかったな
はぁ…………