第14話 才能 SIDE:光延
光延は、自分を天才だと自覚している。思い込みでもなんでもなく、世界に認められていることだ。
だからこそ、と常に意識する。
「素晴らしい音楽を世界に届けなくてはならない」
それは天から与えられた役目。才能を持って生まれた「選ばれし者」としての使命なのだ。
ノブレス・オブリージュというものだろう。
最高の音楽を人々に届けること。
そのために己と、それにまつわる者の音楽を至高とすること。
それが光延の全てだ。そのために息子のことなど二の次にしてきた。
当たり前の親がしてやれることを全くしてこなかった自覚はある。すべて家政婦任せ。息子の好きな食べ物すら知らないダメな親だ。
息子は自分のことも、母親のことも嫌っているだろうと思う。それは当然のことだ。日本に滞在している時に顔を合わせても、どっちからも何も言わない関係だ。今さら、その関係が修復できるとも思ってない。
だから、息子の頼みを意外だと感じたのだ。
小学校を卒業する前から、自分に何かを頼んだことのない息子なのだから。
「友達にアドバイスをしてほしい」
ピーンとこないわけがない。おそらく好きな女の子の気を惹くために「父親を利用しよう」という魂胆だ。
父親を利用しようという気持ち、それは良い。
女の子を落とすために手練手管を尽くすのは当たり前。
金があるやつは金を、顔が良いヤツは顔を、そしてコネがあるならコネを使う。それは光延的に少しも悪いことだと思えない。自分自身も美女を抱くために、あらゆる手段を使う。
なぜなら、あらゆる「享楽」を味わってこそ音楽という芸術は成熟していくのだから。男は女を得て自分を高め、女もまた男によって磨かれていく。
楽聖・ベートーベンに、神童・モーツアルト、ワーグナーにドビュッシー。偉大な音楽家はみな、美女に熱を上げ、贅沢を好み、それを糧にして偉大な音楽を生みだしてきたではないか。音楽に身を捧げるからこそ、より美しいもの、より美味しいもの、より素晴らしいものを手に入れなくてはならない。
享楽主義者で何が悪いのか。
素晴らしい音楽を作り上げるためには、自身が贅沢を嗜み、美女を側に置き、美食を堪能する必要があるのだ。
世界に天上の音楽を届けるためには必要なことなのだ。
そんな風に考えている光延自身は、自分自身を高めるため、そして何よりも人生を楽しむために、あらゆる手管を使って美女を落としてきた。
だから、息子が同じ事をしたところで何を気にする必要があるだろう。
『こいつが嫌っている「父親」を使って落とそうとするくらいだ。相当に可愛いのだろうよ』
父親として放っておいた罪滅ぼしを兼ねて、息子に使われようとした。
息子の頼みを聞くのもたまにはいいかという気持ちで引き受けた。
ただそれだけのつもりだった。
つまりは、普段、家政婦さんに任せっきりになってる息子にせがまれてオモチャを買い与えるのと同じ感覚だった。
『ただし、音楽に関しては妥協しないからな』
その意味で、始めから何も期待はしてない。
いくら息子にとっては自慢の彼女であろうとも、たかだか公立高校の合唱部であると言うだけの話だ。
本気で聞く気になれるわけがない。そしてまた、おだてるつもりもなかった。
光延は己の才能を信じるがゆえに、傲慢なまでに音楽には真摯だ。才能の無い人間を自分が褒めると何が起きるのか、よく理解している。
『才能のない人間が音楽の世界で成功しようなどと思えば悲劇しか起こらないからな』
何人の悲劇を見てきたことだろう。
だから、本気で感心しない限り若手を褒めることなど絶対にしない。
それは音楽業界でもよく知られていて、今ではSAKAIに褒められたというだけで、音楽業界では通行手形を手に入れたようなモノとなっている。
たとえ息子の彼女と言えども、迂闊に褒めることなどできはしないのだ。
ちょっとだけアドバイスをしてあげて「この先も、音楽を大事にね」などと当たり障りのないことを言えばいいと思っていた。
ファンであるなら色紙をあげてもいいし、頼まれれば服にでもサインしてあげてもいい。
軽いアドバイスであっても、本人が勘違いすることはしばしばあるが、さすがにそこまでの責任は取れない。今回は、アフターフォローを息子に任せよう。
だから、いつもより少しだけコメントを多くして上げても良い。
連れてきた少女を良い気分にさせてあげて「後は若い人達で」とやれば、父親の義理は果たせるはずだ。
息子だって、それ以上は期待してないだろう。
せいぜい、気を利かせて、晩飯はお気に入りの外食で済ませるつもりだ。早めに、そっと外出しようとも思っていた。
ついさっきまで、完全に、そのつもりだったのだ。
少女は、ピアノを一目見てわかったらしい。なるほど、息子が目を付けるだけはある。見た目も良いし、音楽にも興味があるのだろう。礼儀正しい、よい子に見える。
しかし、美しくはあるが、少女特有の生硬さを持っている。未熟な息子が好みそうな、真面目な雰囲気の美少女だ。
『オレが手を出すなら、あと5年と言ったところか。だが、この程度なら才能のある子がいくらでもいる。顔はこの子の方が上だが、帝フィルのハープの娘の方が肉感的だしな。まあ、息子よ、せいぜい頑張るんだぞ』
そんな印象しかなかった。
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作者がメゲそうです。