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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
春 3月~6月
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第12話 ごめんなさい SIDE:静香

 ドアを勢いに任せて閉めた後、その場で身体を丸めてしゃがみこむ。


 あー やっちゃったよ〜


 文字通り、頭を抱えている。


『完全に私が悪いのに』


 理屈を返せなくて、しかも、祐太の理屈が正しいのがわかってて、逆ギレしてしまった。部屋を出るとき、顔を見られなかった。でも、どんな顔をしていたのか知ってる。


『きっと、哀しそうで、それでいて困ってたんだよね、私のワガママに』


 小さい頃からいつもそうだった、


『ごめ〜ん』


 サンダルを脱ぐ気力もない。


『子どもじゃん、私ったら』


 つまりは祐太に甘えているのだと思う。正しいことを言ってくれてるのに反発した。


 思いっきり不貞腐れた態度を取ってしまった。


 最低だ。


『でも、さ、でも、さ、ゆーも分かってくれてもいいでしょ』


 理屈なんかよりも大事なこともあると思ってしまう。


『こんな機会は二度とないんだよ? そのくらい。許してくれてもいーじゃん』


 甘えてる、とは思うけど「わかってほしい」のも本音なのだ。


『いやになるほど甘えちゃってる。こんな子、いくら優しいゆーでも、嫌われちゃうよね」


 涙がこぼれる。


 カチャッと奥のドアが開いた。お母さんだと思った瞬間、袖で涙を押さえた。


「また、わがまま言ったのね」


 まるで小学生に向かって(さと)す響き。自分のしてることが子どもじみたわがままだと分かっているだけに、耳が痛い。


「決めつけないでよ。何の話か知らないのに」


 普段だったら、そんな反抗もしないだろうが、今は意地が勝っている。口が勝手に答えてしまった。


 母親だ。


 娘の反発には、ふわりと笑って肩をすくめてみせる。


「あらあら? じゃあ、ちゃんと話を聞いた方が良いのかしら?」


 静香は答えられない。


「ゆーちゃんに聞いてから同じことを言うわね」


 むぅ〜


 静香は唇を尖らせるしかできない。だって、子どもの頃から二人がケンカした時は、いつも自分のわがままからだ。


 誰にでも優しくて、親切で、公平な態度を取れるのに、なぜか祐太にだけはヘンな態度を取ってしまう。


 その度に『嫌われちゃうぞ』と反省はする。でも、大抵は祐太から謝ってくれてしまって、さらに恥ずかしくなる繰り返しだった。


 自分で自分がわからない。


 静香がもっと大人になっていれば「痴話ゲンカ」とか「バカップル」とかいう言葉も浮かんだかもしれない。そもそも、祐太を恋人として認識するほど、静香の恋愛観は成長してないのだ。頭は悪くないクセに、この辺りの認識がポンコツなのである。

 

 しかし、それにしても、今日の態度は最悪だった。こんなことをしていたら、さすがに嫌われてしまうという危機感でいっぱいだ。


 心の中で『ごめんなさいを、どう言おうかな』と考えている静香だ。


「明日、お母さんは、いつもより早く出るの」


 突然、話題が切り替わった。


「そんなの聞いてないよ」

「ごめん。今、思い出したわ」


 白々しい笑みを浮かべた母は「だから、お母さん、もう寝るね、おやすみ」とあっさりと自分の部屋へと引き返してしまった。


 残されたのは、尖らせた唇を引っ込めるタイミングを失った娘だけ。


 静香は、結局、そのままベッドに入るしかなかった。


 泣いている自分に気がついて、ティッシュを取ろうとした瞬間、スマホにメッセが入っていることに気が付いた。


 ゆーから!?


 違う。光輝だ。


「明日を楽しみしているよ。ウチに来る前に、この店のケーキを食べていこうよ」


 お洒落な雰囲気のカフェの写真だ。


 何となく腹立たしかった。かと言って、その怒りを光輝にぶつけるのがおかしいことくらいはわかっている。


 確かに部活の後に伺うワケだから、何かを食べてから行った方がいいのは静香にもわかる。


 ともかく、返事をしなくちゃ。


「よろしくお願いします」


 そう返すのが精一杯。帰り道のメッセでは何気ない会話のやりとりが普通にできていたのに。


 今は送る一言、一文字にためらいが出てしまうのだ。


『光輝君が悪いんじゃないよ。私がバカなの』


 祐太のことで自分に腹を立てたからといって、他人とのやり取りに影響させたら、ますます子どもじみてしまう。


 だのに、落ち込むのを止められない。なんて自分はバカなんだろ、甘えてるのだろうと、自分で自分が許せない。


『もう! バカよ、私! おかげでゆーに、これのこと話せなかったじゃない!』


 数十回もしてしまった光輝とのやりとりのことだ。


 これまで、何でも分かち合ってきたはずなのに、光輝とのメッセの件を話せなかったのだと、初めて気が付いたのだ。



 翌朝、いつもより、3分早く出たはずが、ドアを開けたタイミングは、計ったように同時だった。


「おはよ」

「おはよ」


 気まずさの交錯。


「あれ、美紀さんは?」

「お母さんは早いんだって。もう、結構前に出掛けたわ」


 昨日の空気を引きずったまま、鍵を掛ける。


 いつもなら自分から近づくのに足が止まってる。


 祐太の視線が、右斜め上を見た瞬間『やっぱりあきれられてる』と泣きそうな気持ちがこみ上げて、慌てて頭を下げた。


「ゆー ごめんなさい」

「夕べは、ごめん!」


「「え?」」


 二人は同時に謝って、同時に驚いている。


「やだ、何よ、私が悪かったのに」

「ごめん。オレがイジワルだった。静香のビッグチャンスを、ちゃんと喜ぶべきだった」

「私が謝ってるのにぃ~」

「いや、オレが理屈を言いすぎた。だって、こんなチャンスは、もうないかもしれないもんな。気持ちを考えなさすぎたよ」

「違うよ、違うよ、ゆーが正しいよ」

「そうだね。理屈は正しいと思うけど、いつでも、理屈ばっかりで生きていけないもん」

「でもぉ、ゆーの言ってる意味わかるし」

「わかってくれれば十分だよ。でも、しーは、それでも行きたいんだろ?」


 いつもの笑顔が包んでくれる。


 ふわ~と、静香の心が温かくなる。


「行っておいでよ。巨匠の話を、帰ってきたら、いっぱい聞かせてよ」


 むぅ~ と唇をとがらせた静香は「やっぱりゆーはすごいんだからぁ」と心の中がホカホカしていたのだ。


・・・・・・・・


 駅前のコーヒーショップでモーニングを決め込んだ美紀は、素直になれない娘と、それを許してくれる「優しい彼氏」の顔を思い浮かべている。


「ちゃんと謝れてると良いのだけど」


 早く出過ぎてしまった分だけ、コーヒーを片手に心地よい余裕時間だ。


「なんでも許してあげるのは、優しさなんかじゃないんだからね、ゆーちゃん」


 薫り高いコーヒーを口に運びながら、5年経っても外せない指輪に「あの子達には、そんな思いをさせたくないよ。そうでしょ?」と囁いていた。


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