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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
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第45話 ばれんたいん

今話には違法行為が含まれております。

当該行為を推奨するものではありません。

また、医学的な事実についても、わざと変えてありますので、絶対にマネをしないように(そんな人はいないと思いますが)お願いします。

それでは、お楽しみください。

 都立進学校の1、2年生は、2月が意外と落ち着く分だけ盛り上がる。入試で3日も休みがあるし、大きな行事もないせいだろう。


 体育の持久走は辛いが、フミ高は中学時代の保健体育も含めて「オール5」じゃないと入れない。頑張り屋さんが多いから、全員がひたむきに走る姿は壮観だ。


 家庭科も心得たもので、ここぞとばかりに調理実習を次々と入れくるのも、低い気温のおかげで持ち寄る食材が痛みにくいからだろう。


 各教科も教科書はだいたい終わっている。


 英語は副読本を山のように与えられ、歴史も駆け足で現代史にたどり着いた。女バス顧問の峰岸先生なんて、ここぞとばかりに実験ばかり。「何事も経験さ! 実験しなくちゃ化学じゃない!」というのが口癖だ。


 確かに、バスケ未経験なのに部員達から信頼され、都立有数のチームに育てた先生だから、すごいことはすごい。ただ、それは時々コーチに来てくれる、バスケ界の沙津樹ちゃん、ことジャパン代表の桐島選手のおかげなのでは? というのが生徒のうわさだ。もっとも、どっちかというとボーッとしてる峰岸先生が既婚者で、しかも桐島選手となぜ仲良しなのかは謎。


 謎と言えば「フミ高三大話」の一つは、峰岸先生が美女に囲まれている姿を見たことがあるというものだ。ほんとに不思議な人ではある。


 峰岸先生が沙津樹ちゃんの写真集を持っているとかいないとか、そんなこととは無関係に、元スーパー・キャプテンの広田佳奈の信望厚い峰岸先生の化学は、生徒任せの実験だらけな分だけ事後レポートは大変だった。


 ともあれ、生徒は忙しくもノビノビとしている2月だ。その分「イベント」は大いに盛り上がるのである。


「はっぴーばれんたいん!」

 

 屈託のない声が、朝の教室で飛び交っている。


 フミ高のバレンタインは「手作りお菓子の大交換会」が定番なのである。


 普通なら定番の「手作りチョコ」は評価がイマイチ。


 男子も、女子も、ある者は何十種類ものクッキー作りに初挑戦し、ある者がチョコケーキなら、他の者はバナナケーキを作り、パウンドケーキ程度は当たり前、ある者は生キャラメルすら作ってくる。


 不思議なことに、クラスの一番人気となるのは、たいてい男子のお菓子だった。


 こうなってくると、既に「バレンタインって何だっけ?」の世界だ。


 平均的に、評価が高いのが男子なのは、やはり「女の子のチョコと交換するのに見合うもの」という意識が働くせいだろうか。


 ということで、珠恵の机にはケーキやクッキーが山積みである。もちろん、珠恵も男子への心遣いとして「配布用の手作りチョコ」を大量にカバンに入れてきている。


 制作費が激安の珠恵のチョコは男子に大人気だった。


『単純ですよねぇ。型にはめ込んで市販のカラフルシュガーを載せただけなのに』


 ちょっとした工夫はしてある。あらかじめプレゼント用のビニールの裏側に「いつもありがとう! 大好き!」と色マジックで、ちょっちょっと手書きしてあるのがポイントだ。


『要は、コスパですよね』

 

 ただでさえ勉強時間が足りない。これ以上の手間は掛けられないし、せっかく貯めた金をムダにするのはもっと嫌だという計算だった。


 普段、女子と会話できないタイプは、お菓子を手作りするだけで美少女が手書きした「大好き」が手に入るのだ。これで人気の出ないはずがなかった。もっとも、これはバイト先でやってる作戦を流用しているだけ。要するに掛ける金と手間をミニマムにして「顧客満足度」を最大限にするやり方だが、普通のクラスメイトが気付くはずもなかった。


 そして、用心深く、もらったお菓子は食べたふりをするのはバイトの時と同じ。この場合「女子のだから」と油断しないのがポイントだ。


『マジでやばいものを入れるとしたら、むしろ女ですからね。嫉妬は怖いです』


 彼氏が珠恵のことを褒めていた、見つめていたという、ただそれだけの理由で何かを入れかねないのが女というモノなのだと思っている。進学校の子は、やるときは徹底的に計画的だから、ヤバいヤツは、マジでやばい。


 だから、とびっきりの笑顔で「ありがとう」と言って全てを持ち帰る。学校で捨てるのを見られれば後で何を言われるかわからないからだ。しかし、帰ってから無理に捨てる必要が無かった。


『置いておけば、ヤツが食べてますからね』


 去年は、1日で無くなった。おそらく「JKの手作りだぜ」と喜び勇んでむさぼり食ったのであろう。大半は男子からのものだが、それを教えてやるつもりはなかったし、明らかにヤバい女から渡されたモノもあった。


『翌日、トイレの住人になってましたよね。食べ過ぎだったのか、それとも何か入ってたのかは知りませんけど』


 今年は、一方的に珠恵に惚れた男が、去年ヤバそうなものを渡してきたクラスの女子と別れている。その女が珠恵に渡してきた時のニヤリとした笑顔は、絶対に何かあると思えるほどだった。


 持ち帰り用の紙袋は用意済み。


『きっと、ヤツは学習せずに、今年もむさぼり食いますよね。ふふふ。むしろ、もっとヤバいのを入れてくれれば良いのに』


 誰にも見せられない黒い笑顔。やはり、心のどこかに、薬物を飲まされた経験がトラウマになっているのかもしれない。


 一方、カバンの底には、ちゃんと「先輩用」のモノが隠してあった。万が一のことがないようにと、ロッカーにカギを掛けて保管しておいた。警戒は厳重だ。


『あ~ 精力剤でも混ぜ込んでしまいたいですけど。受験に万が一のことがあったら死んでも償えませんからね』


 ホントは、一番にやりたい「プレゼントはワタシ」作戦は、先輩の父君が東京に来ている以上、使えないこともわかってる。


 安全第一。手作りのお菓子をグッと我慢して、渡すのは新宿の有名な洋菓子店で買ってきたものだ。


『今日は普通に渡せれば良いんです。会えるだけで幸せですから』


 受験先が徳島大なのを教えてもらえた。今の珠恵の偏差値なら問題ない。希望に胸が膨らむ。


 しかも、ちゃんと明日、引っ越すことも教えてもらえたし、受験まで住むビジネスホテルも教えてくれた。それどころか、合格した後に住む場所が決まったら、その住所を教えてもらう約束もできたのだ。


『今は、これ以上を望むなんて、ありえませんよ。今日だって、晩ご飯を一緒に食べてくれるなんて! ああ、こんな幸せで良いんでしょうか』


 ニマニマしてしまう珠恵だ。


 いったん家に帰ると、父親(クソ)がコタツで酔い潰れていた。マジで、腐ってる。


 なるべくそっちをみないようにしてダイニングに紙袋をそっと置く。こんなのどーでもいい。自分の部屋を見ると、また「囮」の100円玉が何枚か無くなっていた。


「つくづく、ゴミ以下。こんな家、早く出てやる」


 お金は貯めた。あとは18歳になりさえすれば自分で契約できる。とにかく、あと二ヶ月を何とかやり過ごせば良い。それに親子関係も早いところ分籍してしまおう。手続き自体は実に簡単で、ネットを見て申立書を作れば良い。


『先輩のおかげで、児相で虐待が認知されてますからね。家庭裁判所でも認められることはわかってます』


 できることは全て調べた。法テラスというところで無料の法律相談までしてもらえる時代に感謝する珠恵だ。


『でも、これも、あれも、どれも、今の幸せがあるのは、ぜーんぶ先輩のおかげですからね』


 感謝してもしきれない。


『そんな先輩を置いて行けるなんて、信じられないですよ。まったく、あの人は』


 先輩が愛情を向ける唯一の存在に、珠恵の憎しみは大きい。しかし、おかげで少しだけ振り向いてもらえるのも大きかったのだ。


 受験生を待たせるわけにはいかない。


 今までは気にしていたが、この時間なら「あの人」はレッスンだとわかっているから悩まない。


 駅前のファミレスで十分だ。先輩は時間通りに来てくれた。


「おっ、おひさ~ 三日ぶりかぁ」

「あなたの(しもべ)のタマちゃんでーす」

「シュガー、あの、それはちょっと」

「すみません。本来ならお手伝いに上がるところを」

「いやいやいや。そんなことをすると親父が大混乱しちゃうからね。それに、もう、いっぱい手伝ってもらったし」


 昼間、何度か押しかけていた。もちろん、都合は聞いたが、ムリヤリ手伝わせてもらったのだ。


 珠恵にしかできない「やるべきコト」があったからだ。


『先輩の手で、あの人のモノを片付けさせるなんて残酷すぎですものね』


 片っ端から、しかし丁寧にまとめた。気分としてはゴミ袋にぶち込めば良いと思ったが、それでは先輩の心を傷付けてしまうのだと知っていたのだ。


 段ボール箱三つにもなった私物をきっちりガムテープで封印した。


 珠恵は「受験生は、今から勉強しててください」と言い張って先輩を閉め出し、一人で作業した。途中で何をしているのか気付いた先輩は、黙って頭を下げてくれた。


『あの時は、キスまでしてもらえちゃったし。大ラッキーですね。ついでに、あっちのお手伝いもさせてもらえれば、もっと良かったんですけど』


 ちょっと落ち込んでいるのは気配でわかった。だから半分は笑かしだった。


 さすがの珠恵も、片付けものをした後に脱いで迫るのはためらってしまったせいもある。でも「お口でも、手でも」とは一応言ってみたのは、ちょっと欲を出したオマケのようなものだ。


 ペシッと頭にチョップを入れてもらえた。少しでも元気になってもらえれば、それで良かった。


 だからこそ今があるのだから。


「おかげで、ご馳走になっちゃいますから! あ、はい。これバレンタインデーです! い~っぱい、マジな愛を込めてまーす」

「おぅ、ありがとう」

「ヘンに手作りするよりも、今回はお店のモノにしました。味は保証できますよ。手作りは来年までお待ちください」


 さりげなく「来年は徳島に行きますからね」とアピールを忘れない。先輩は曖昧な笑みを返してきた。拒絶されないだけで、今は十分。


 ネコ型ロボットが、二人の注文を運んできた時だった。


 スマホが震えた。


『ん? 父親(クソ)から? 何でこんな時に限って。あくまでも、私の邪魔するんですか』


 しかし、電話などされたこともない。


『いったい、何事?』


 不審なことには対処してしまう方がいい。


 先輩に「すみません」と謝ってから、電話に出た。


「警視庁の近藤と申します。佐藤珠恵さんの携帯電話でよろしいでしょうか?」

 

 警視庁?


 イタズラでも、警察を名乗るって、相当だ。しかも警察と言えば、思い当たることが多すぎる。まさか、あのストーカーが? それともバイト先の件だろうか?


「はい」

「こちらの番号は、佐藤信玄様の携帯電話に登録されているということで連絡させて頂きました。えっと、佐藤信玄様は、珠恵様の?」


 関係を確認しようとしているのだろう。


「父ですけど、何か?」


 あのクソが何かやらかした?


「わかりました。確認ありがとうございます。つい先ほど、お父さまが病院に運ばれました」

「え!!!」

「つきましては、こちらにおいで頂くわけには、いきませんか」

「今すぐ行きます。どちらの病院ですか?」


 あんなヤツでも公式書類は「まだ」親子だ。他人様に迷惑を掛けないように、子どもとしての義務を果たさなければならない。


「入ったのは八王子にある東京都共済緊急医療センタ-ですが、わかりますか?」

「えっと、ネットで検索して行きます」

「あ、じゃあ、今いらっしゃるところを教えて頂けますか? 迎えの者を行かせますので」

「そんな。申し訳ないです」

「いえ。こちらも、その方が都合が良いので」

「都合が良い?」

「えぇ。詳しくは後ほど申し上げますが、お父さまはなんらかの毒物を摂取されたようなんです」


 瞬間的に、頭に浮かんだのは、教室で渡してきたあの女。小さなため息を吐いてから、ファミレスの場所を告げるのであった。


 その日、佐藤信玄は、毒物反応により死亡した。


 娘の到着を待たなかったのである。


 死因はフェノールフタレイン溶液の経口摂取とアルコールの相乗効果によるものであった。


 佐藤珠恵は、父親殺しの容疑を掛けられ、事情を聞かれたのだった。


本来、警察が電話でここまで言うことはありえないんですが、そこは見逃してください。また、こういう時の名乗りは「警視庁」ではなくて「〇○署の」となるはずですが、あえて、こうさせて頂きました。警視庁に実在していらっしゃる近藤様とは無関係です。

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