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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
159/169

第44話 冬来たりなばと言うけれど

後半部分に性的な表現があります。

特に「寝取られシーン」がお嫌いな方は

涙を呑んで・・・・・・・・・・・より下は

お読みになりませぬよう。

 東京に戻ってそうそうにメッセを送った。


「みなさんに会えて本当に良かったです」


 心からそう思った。だから、メッセを送ることにためらいなどなかった。


「待ってるからね!」


 石田さんから、すぐにリターンがあった。


「こっちに来て受けるんでしょ?」

「受験の時は、お弁当作るよ!」


 立て続けのメッセは、相変わらず溢れるほどの「息子」に対する好意が溢れているように見えた。


 帰る時を思い出す。


 駅まで一緒に見送りに来てくれた。休暇を取ってくれたらしい。


 朝一番で石田さんが迎えに来てくれて、ホンの少しだけ三人で近所を散歩した。その間に何人かとすれ違った。みんな普通の挨拶をしてくれていたし、挨拶を返す父さんも石田さんも普通だった。


 つまり、村では、とっくに受け入れられているってこと。だから、オレも別れ際に伝えてきたつもりだ。


「父さん、オレは反対しないから」


 横にいた紗奈さんが嬉しそうに「ありがとう」と言った。右の薬指でポロッと落ちた涙を拭ったのは、父さんへの愛情なんだなと素直に思えた。


 そのとき返せたオレの笑みは心からのモノだった。父さんは照れたように薄く笑った。


 あれで全てが伝わったと確信できる。あの後も、毎日のように、一つ、二つ石田さんとやりとりがあって、父さんのことをいろいろと教えてくれた。


「心から尊敬できる人だから」


 そんな風に言ってくれた。


 本当に良い人だ。


 「尊敬の気持ちが、いつの間にか愛情になったの」と息子相手に堂々とのろけてくるのだから、手に負えない。父さんを心から好きになってくれたのだろう。


 好きになった相手なら年齢なんて関係ないんだよねと思った瞬間、ビリリと頭に響いたが、考えないようにするしかなかった。


 そっちはそっちの話にしておこう。


 だから、その後のやりとりは実に即物的な、引っ越しに絡んだものだけになった。


 それでいい。


 父さんはメッセよりも電話派だ。


「で、どうしたいんだ?」 

「もう、いつでも引き払って良いんだけど前期が25日あたりだから、あんまり前過ぎるのもあれだし」

「こっちでゆっくりしても良いんじゃないのか? 遠慮する必要はないんだ。食事も大丈夫だぞ。作りたいって言ってくれてるし」

「荷物は送るけど、そっちは、ほら、なんか、いっぱい歓迎されちゃいそうでしょ? 

この間はすごくありがたかったし嬉しかったけど、試験前はひとりの方が気楽だから」


 あえて「石田さん」の名前を出さないのが、子どもなりの思いやりだ。


「そうか。それはオマエの好きで良いんだが」 

「後期日程まであるってことも考えておかないとヤバいから。2月の真ん中辺りにしようと思う。そっから試験まで、こっちでビジホ暮らしじゃだめかな? 予備校とかフミ高で先生に相談したいことも出るかもしれないし。それで試験が終わったら、厄介になろうかと思うんだけど」

「厄介って、お前。そんなことないんだぞ」

「ははは。いや、言葉のあやだよ。ともかく予定を決められるのは、そのあたりまでだと思う」

「わかった。業者の手配とか契約関係はオレがしておく。大半の手続きはネットでできるから、後はお前が好きにしてくれて良いんだが……」

「どうしたの?」

「新井田さんにだけは、きちんとご挨拶をしておく必要がある。引っ越しの片付けもお前にばっかり押しつけるつもりはないから、それも含めて2月に一度そっちに行くぞ」

「わかった」

「それと…… 今さら、オレが口を出すことではないし、果たして今のお前に言うべきなのかどうかもわからないが、オレが挨拶するのはあくまでもお母さんの方だからな」

「それはわかってるよ」

「余計なことなのは承知で、一度だけ言わせてもらうぞ。こっちに来る前に静香ちゃんと、きちんと話した方が良い」

「いや、余計なことだとは思わないけど、もう話したから。それに、これ以上、何かを話そうとしたら追い詰めることになりかねないんだ。可哀想だよ」

「そうか。すまない。余計だった」

「ううん。オレのことを考えてくれたっていうのはわかるから。じゃ、また。こっちの片付けは、ぼちぼち合間を見てやっておくから」

「わかった。そっちに行ける日程が決まったら、また連絡する。ちゃんと飯食えよ」


 その後、よくよく考えて引っ越しを2月15日に決めた。そこからはビジホ暮らしだ。父さんがホテルを取ってくれた。 


 もちろん、その予定は美紀さんに伝えた。と同時に、心からのお願いをしておいた。


「引っ越しのことと、どこを受けるかは、しーから聞かれるまでは黙っていてほしい」


 秘密にするつもりはない。だけど、うかつに自分の話題を切り出せば、せっかく落ち着いたのに、また動揺させてしまうかもしれないから、本人が聞かない限り言わないでほしいとお願いしたのだ。


 その時の美紀さんの表情を祐太は見られなかった。


 ただ、優しく抱きしめて「ごめんなさい」と言ってくれた。自分よりも遙かに身体の小さい美紀さんが包み込んでくれた。


「ゆーちゃんの言うとおりにするから。でも、いつでも戻ってきてね? あなたは嫌だって思うかもしれないけど、私はいつだって顔を見たいんだから」


 やっぱり自分にとっては母なんだなと思いながら、背中を撫でてくれる優しい手が心地よかった。



・・・・・・・・・・・


 もう2月に入った。


 如月とは、一説には「草木の芽が張り出す月であるから」だという。


 新しい芽が作られているはずの日々、卒コンの練習も続いていた。


 祐太と「母」が、そんなやりとりをしていた日、静香は卒コンの練習に顔を出していた。そろそろ本格的に合わせなくてはいけない時期だ。


 練習から上がってきたところを坂下先生が進路相談室に誘ってきた。


 さすがに、この時期になると、たまに学校に来る3年生は実質的な質問と指導がメインとなる。国語科の先生方は総動員で、二次の記述対策として添削指導をしているが、朝から夕方まで常に10人近くが待っているあり様である。


 対して、ここにきて「受験相談」に来る生徒はガクンと少なくなる。坂下先生に続いて入った相談室はガランとしていた。


 座るのも待たずに先生が切り出してくる。優しい笑顔だ。


「さすがに鍛えられてるわね。以前よりも数段、楽譜と正確に向き合っているんじゃない?」


 その言葉は、優しいウソだと静香自身が一番知っている。確かに音程は安定しているが、問題なのは「歌」なのだ。


「ありがとうございます。坂下先生のそばだと、なんだか安心して歌えます」


 その言葉は心からの真実だ。激しい叱責も、罵倒も、それにペンも本も飛んでこない。心と身体に「痛み」を受けずに歌えるのが、これほどに安心できるなんてと思う。


『痛み、か……』


 痛いという言葉を考えた瞬間、もう一つの問題になっている「痛み」がチラッと頭に浮かんだ。


 痛いのだ。猛烈に。


 それは大きさの問題ではなかった。自分のそこが閉じて、枯れてしまう問題だ。


 巨匠の自由になった指も、舌も驚異的なほどの技を見せつけてくる。だから直前まで、何度も屈服し、男の望むがまま、好き放題に頂点に押し上げられてしまう。


 それはいっそ、オモチャのようだ。


 ところが、あれほど淫靡な感覚に囚われ、疼いているというのに、いざ入って来ると身体が勝手に閉じてしまうのだ。


 それは、男性が良く言う「締まる」という感覚とも違うという。巨匠いわく「こじ開ける」感覚になるらしい。


 身体がこじあけられるのだ。受け入れる側は、それだけでもすごく痛い。


 それでも最初は、たっぷりと絞り出されていた潤滑液が働いてくれて何とか我慢できる。しかし、あっと言う間に枯れてしまう。


 そこからは拷問だった。


 最悪な摩擦は強烈な痛みだけを産みだしてしまう。


 リラックスしろだの、力を抜けだのとさんざんに言われても、粘膜を片端から剥がされ、その部分がメリメリと破かれていくような「痛み」は、心ではどうにもならない。


「処女でもないくせに痛がるとはな」

 

 巨匠は、そんな風に言うのがお決まりだったが、そういう時「あの、幸せな痛みとはぜんぜん違うのに」と心の中で叫んでしまう。


 とはいえ、巨匠は女が好きとは言ってもサディスティックな趣味はない。むしろほしいままに快楽を支配し、屈服させながらの快感を欲している。


 だから痛がる女とムリヤリというのでは興が削がれるらしい。もちろん、カサカサの場所に包まれても、男だって気持ちいいわけがない。


 いきおい、巨匠は礼佳を呼び戻すハメになり、最近は、始めから「そこで待ってろ」となってしまった。


 オーティオススで仲良くしてもらった人の妹だ。そんな人にオカシクなってしまうところを見られるのは辛かったし、逆に礼佳が激しく腰を振る姿を見つめるのも辛かった。


 けれども、その「痛み」は誰にも相談できるモノでもない。ひょっとしたら、自分の身体は、オカシクなってしまったのかもしれないが、かと言って病院に相談しに行く気にもなれなかった。 


 つまりは出口無しの痛みに耐えるしかなかったのだ。


 ふぅっと小さくため息を吐いた静香に「あっ、やっぱり辛いの?」と聞いてきた。


 とっさに、見抜かれたかと思って焦ったが、坂下先生の表情はさっきと変わってない。


 うん。大丈夫。歌の話のままだ。


「いえ。歌の方は、私が何とかすれば良いことなので」

「そうねぇ。歌が上手くなるのも、こうなっちゃうと良し悪しかしら」


 それはウソだと思った。自分の歌はちっとも上手くなってない。いや、あの日から音が自分の中に入ってこなくなっている。


「でも、こうなっちゃうと選曲した責任を感じちゃうわ」

「みんなはちゃんとできてるのに。私がいけないんです」


 卒業コンサートにむけての全体の練習は上々だった。先生が心配しているのは、提案された3つ目の曲のことだ。


 ポピュラーで誰もが知っている英語の歌ということで「Amazing Grace」という、あまりにも有名な歌が選ばれた。


 スコットランド民謡でもあり、賛美歌としても知られている。バグパイプを始め、オーケストラと共演する演出もあるが、今回はアカペラだ。

 

 第二、三楽章でバックに四声のコーラスがハーモニーを響かせる点で、他の部員達にも見せ場が作れる。


 先生らしい気配りの利いた選曲に納得もの。思いも掛けず自分たちも参加できることになったのだ。合唱部員の誰もが喜んでいた。


 しかも、最後にソロで絶唱するシーンがあり、コンサートを盛り上げてくれるはずだ。


 歌自体は良いのだ。すごく良い曲だ。コーラスだって良い。一生懸命に仲間達は練習してくれている。


 少し前の静香だったら、心から楽しく歌っていたはずだ。

 

 しかし、今、先生が言わんとする心配は、身をもってよくわかってしまう。


「やっぱり、他の歌にする? 単独の方がやりやすいよね?」


 問題はコーラスとのハーモニーが、静香の中で、どうしてもしっくりこないことだった。


 楽譜上は正しい。けれども歌がノッてこない。自分でも「ノれてない」のがわかる。


 全ての原因は自分にあるのを静香は知っていた。そして、先生も、それを正しく見抜いているのだろう。


 「音楽」の差が大きすぎる問題だった。


『なんで、こんなに気になってしまうんだろう』


 どれほど上手でも、たとえば「ド」を出すときに「シっぽいド」「レっぽいド」がありうる。普通の高校生なら正確と言えるレベルでも、それを厳しく固定する訓練をしている静香からすると、ほんのわずかなズレでも、全く違う音に聞こえてしまう。


 ハッキリと「外れてる」と感じるバックコーラスが付いてきてしまうと、自分が音を外さないまでも、音楽にのめり込ませてくれない要因になってしまう。


 厄介だった。


「必ず、本番までに何とかします。もう少しだけ時間をください」

「うん。ごめんね。私が考え無しに選んだせいで。もうちょっと、考えれば良かったのに」

「いえ。先生が悪いんじゃなくて、私が未熟なんです。何とかします」


 もう一度、ひとり頷いて「何とかしなくちゃ」と小さく呟く静香だった。


絶対音感を持っている人に聞いたことがあります。

今回の静香の苦痛をちょっと大げさに言うと

「モーツアルトを聴いているときに、横で歯医者のドリルが削ってる音が聞こえる」

ような感覚だそうです。感覚が鋭い人ほど辛いんだそうですね。だから、有名な本格派の歌手が、慰問みたいなことで一般の小学生と一緒に歌う場面を見て「ああ、この人はものすごく、我慢強いんだ」って思うそうです。一方で「みんなで歌う楽しさは、それはそれで別にあるんだよ」とその人は言っていました。

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