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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
156/169

第41話 再開

 助手席に乗り込む佳奈を手慣れた様子でエスコートする宗一郎は堂に入っている。


 ぱっと見、清楚系のパパ活女子を乗せるオヤジの姿にも見えるかもしれない。


 しかし、ドアを閉めてもらう時の表情は心からの信頼を寄せている笑顔であるだけに、良く見ている人間なら、年の離れた兄妹あたりかと見当を付けるだろう。


 しかし、ふたりは真剣に付き合い始めた「婚約者」であったし、ふたりの家族は、なにをいまさらと思うほどの関係だった。


 佳奈は進路を切り替えた。ビジネス系の専門学校で簿記や秘書の勉強をすると決めた。余裕が出た分だけ、親友と彼氏の親友のことについて真剣に考えたのだ。


 とは言え、真剣になればなるほど、出口も、正解も、ヒントすら見えない状態だ。表情が冴えなくなるのも当然だろう。


「何とかならないかなぁ」


 駐車場を出るまで黙っているのが限界だった。走り始めた途端に出たのは、疑問文というよりも、ほとんど嘆きの言葉だ。


 どうにもならないほどに無力感が漂ってしまう。


「うーん。佳奈はどう思う?」


 まずは言いたいことを言ってごらんと、それが宗一郎のやり方だ。自分なりの結論があっても、言いたいことを先に言わせてくれようとする。大人の優しさだ。


「ふたりとも本当のことを言ってるみたいだから、余計に厄介だと思った」

「だな」

「それにしても、あんまし人のことは言えないけど、古川ッチって、ほんとお人好しだよね」

「通帳のことか?」

「うん。どうして、こうもひとりで背負しょい込んじゃうんだろ」

「アイツは、そういうヤツなんだよ。オレが高校で手に入れた一番の宝だよ。ウチの学校に入って、心から良かったと思えるよ」

「良かった。そう言ってくれて。私に付き合って、お勉強だけさせちゃってたら申し訳なさ過ぎるもの」


 自分のために勉強をしてくれた宗一郎は、ちゃんと自分と同じ時に卒業してくれる。


 本当に良かったと佳奈は感謝していた。


 宗一郎は自分の高校生活になど、なんの執着もないことを知っていた。佳奈と同じクラスになるために「進級」は絶対だったが、卒業に何の執着もしてないことを佳奈が一番よく知っていたのだ。

 

「ありがとう、卒業してくれて」

「いや、色々と出会いってあるんだな」


 そんな感謝の言葉を受け流したのは、照れくさかったからだろう。


「フミ高で良かったよ。ホントに信頼できる、お人好しに出会えたんだからね」

「それを言ったら、それを預かっちゃうイッチーだって」

「ごもっとも。それにしたって、佐藤さんの崇拝ぶりったら、パねーな」

「ホントね。電話一本でOKだもん。いくら文芸部の先輩だって言ってもゆーれーだったわけだし。ほとんど喋ったこともなかったんでしょ?」

「ああ。こないだ、試験会場で、呼び出しエージェントに使っただけだな」

「あぁ、あの話ね。ふふふ。よく、逃げられなかったと思うわ」


 祐太を呼び出すために、通りかかった後輩を捕まえた。その時の話は面白おかしく脚色されて聞いていた。


「でも、ほとんど知らない人に預けるのに、佐藤さんも、よくOKしたわね」

「それだけ追い込まれているのもあるんだろうけど、ほぼ、古川へのメチャクチャ高い信頼のおかげってことなんだろうな」


 名前もろくに知らない先輩に、自分の大事な通帳を渡す。それなのに、何のためらいも見せなかった。


 佳奈はメッセを振り返っている。


「先輩の親友なら、私からお願いしたいくらいです、だものね」

  

 高校生としてはありえないほどの大金が入っている通帳だ。


 ふたりは祐太の真剣な表情で語る姿を同時に思い出していた。


「父親に見つかれば間違いなく盗られる。これは彼女が一人暮らしをするために必死になって溜めた金なんだ。オレは受かっても落ちても徳島に行くことになると思う。オレが預かっておくには無理がある」


 徳島大を受ける。「だから、お前に預かってもらいたいんだ」と親友に頭を下げたのだ。


 端で見ていた佳奈としては驚きの自乗みたいなものである。


 宗一郎は「佐藤さんがOKなら」と即答したのも驚いたし、それを「親友に預けたい」という祐太のメッセ一つで、何のためらいも見せなかった佐藤さんの崇拝ぶりにも驚かされた。


 封筒に封印した通帳は、大事に佳奈の膝の上。7ケタの半ばまで入っている通帳だ。高校生としては、手に持っているだけでもドキドキである。


「でも、どうやって貯めたのかってのを古川が話せない時点で、ヤバいよな」

「そうね。高2でこんな大金を貯めるなんて普通のバイトだと無理。だから、古川ッチが彼氏のフリをしたっていうのも、きっとそっち絡みなわけでしょ? そりゃあ、シズに話せないよねぇ」

「あぁ。それに新井田さんに話していたとしても、信じたかどうかわからねぇぞ」

「ちゃんと話せば、わかってくれたと思うけど」

「何回か一緒に遊んだけどさ。新井田さんは基本、真面目なヒトでしょ?」

「それは確かに真面目だけど」

「世の中に『ウリ』をする子がいるってのは話としてわかっていても、彼氏がそいつの面倒を見てるだなんて簡単に納得できるタイプじゃない。それに、ただでさえ、今の彼女はオカシクなっちゃってるんだろうしね」

「おかしくなってる?」

「そ。あいつらの付き合いって長いんだよ。オレ達並に。そりゃカレカノになったのは今年になってからだけど、幼なじみ同士の信頼関係は凄く強かった。だから、受験やら何やらで、ろくに話せなくなったとしても、こんなバカげた誤解を本来はするはずがないと思うんだ」


 佳奈はしばらく黙ってから、ポツリと言った。


「ちょっとしたことでぇ、話せなく…… わからなくぅなっちゃうんだよぉ?」


 眉を少しだけクッと上げた宗一郎は、ふわりと助手席の様子を見た。


「さっきぃさ、あぁあは言ったけど、シズの気持ちも、ちょっとだけわかるの」

「佳奈、オレはグミを食べたいな」

「あ、ごめぇん。今、出すねぇ~え~っと、ここぉだよね?」


 ダッシュボードをあける手がちょっとよれたが、取り出す手つきは慣れたもの。


 可愛い入れ物にはキャンディーが溢れるほど入っている。白い塊をポイッと自分の口に入れてから、小さなパッケージを取り上げた。


「はい、こぉれ。レモンっピール入りだって」

「おぉ。スッパめで美味いね」


 グミを宗一郎の唇に押し込んでから、その指にチュッとしてみせる佳奈である。


 少し、言葉がもたついたのは低血糖になりかかったせいだ。常備されているブドウ糖の塊を食べれば、すぐに回復する程度ではある。


 宗一郎は、微妙な言葉の揺れで、ちゃんと理解していたのだ。


 ふたりのオヤクソクである。


 宗一郎がアメの類いを食べたいと言ったら、それは佳奈に対する「食べろ」という命令と同じ。黙ってアメを渡された時も食べる。ちなみに、もっと急ぎの場合は常備しているブドウ糖の白い塊を、宗一郎が直接口に放り込むことになっている。


 理論的には糖分を補給すれば良いだけなので、乳酸菌の小さなドリンクを飲ませることだって何回もあった。


 なお、ファーストキスは、これを口うつしで飲まされた中学時代になるのだが、その記憶が佳奈にないのを、いっつも残念に思っているのは、ふたりの笑い話になっていた。


「ごめんねぇ」

「いやぁ。喜んでやってるから、お構いなく。小鳥の餌付けをしてるみたいで楽しいぞ」

「もう~」


 嬉しそうに身体ごと宗一郎に寄りかかる佳奈である。


 ひとりの時は、もっと気を付けているのだが、宗一郎と一緒だと、ついつい甘えてしまう。


「頭を使ったせいかしら?」

「ははは。ま、けっこう時間が掛かったからな。で、続きだが、ちょっとしたことで言えなくなっていると?」

「そうね。一番の問題は、シズがぁ、洗脳されたみたいになっちゃってることかなぁ。あの子、歌のことになると他が見えなくなっちゃうところがあるからね」

「それなんだよな。今回は新井田さんの急所をピンポイントで突いている上に、古川が引く気満々なのがヤバいんだよ」

「そうよねぇ。いくらシズが洗脳されていたって、古川ッチが『やめろ』ってピシャリと言えば、それを振り切るとは思えないもの。たぶん、最初の方で、彼が自覚しないで何かのスイッチを押しちゃってるんじゃないかな?」

「つまり、あいつが彼女の背中を押してしまったと?」

「うん。さもなきゃいくらシズでも、そこまでしないと思うの。でね。あの…… ごめん、嫌な気持ちになるかもだけど」


 佳奈は自分の体験から、何かを言おうとしてためらったのだ。その程度は簡単に察する。


「いいぞ。お前が成長した通過ポイントだったと思うようにしてるから。今のお前だと何かがわかるんだろ?」

「あのね…… 女って、いちどしちゃうと、後戻りできない感覚が出ちゃうの」

「…… 」

「ごめん。納得できないと思うんだけど。あぁ、私、しちゃったんだなって思ったら、それを間違ってることにしちゃうと、自分が全部否定されちゃう気がしてしまうの。だから、もう、どんどん、どんどん、しちゃう方向にしか頭が働かなくなるの。『いまさら』って言葉、私、何度も何度も考えてたよ?」

「今の新井田さんも同じだってこと?」

「うーん。絶対だって言うつもりはないけど、戻れないって感覚はあると思う。まして古川君に捨てられちゃったって思ったら、なおのこと『今さら後には引けない』って思うんじゃないかな」

「だけど、実際には、古川の気持ちが残ってるワケじゃん、っていうか、未練ありまくりだったわけで。あれ、どーすんだよ」

「もうちょっと考えてみないと。今すぐ、どうこうできないよ。ただ、さ」

「ん?」

「古川君に知られちゃってるってことだけは、絶対に教えちゃダメだからね。それだけはダメ。それをシズが知っちゃったら、あの子のことだもん。絶対に戻れなくなっちゃうから」

「それって、古川が可哀想な気がするんだけど」

「悪いけど、そこだけは、古川ッチに頑張ってもらうしかないよ。とにかく、これをどうしたらいいのか、よし、今日はふたりで強化合宿だね!」

「お~ ま、いいけどよ。今日《《は》》オレの部屋? それとも今日《《も》》お前の部屋にする?」

「どっちでもいーけど。あ、あのぉ、ごめんね? あと1ヶ月だけ待ってね? もう、付ければ大丈夫って言われてるけど。やっぱり最初はさ」

「だー かー ら。そんなの気にするなってば! 今さら一月や二月、変わらねーから」


 ごめんなさいと、シートベルト越しに頭を下げる佳奈。


「いーから。あ、じゃ、お詫びに、今日は特製ハンバーグを頼むぞ」

「え! いくらでも作るけど、一昨日も作ったばっかりだよ?」

「いいんだよ。愛する女の作ったハンバーグは男のロマンなんだからよ」

「へーんなのぉ。でもぉ。愛してるよ、イッチー」

「オレもだぞ」


 スイートルームと化した車は、まもなく家にたどり着こうとしていた。



・・・・・・・・・・・



 同じ時刻。



「もう、大丈夫かな」


 ようやくベッドから立ち上がれた。身体もフラつかなくなった。体温計を取り出して見る。


「うん。やっと六度台に戻った」


 母親が作って行ってくれたスープも食べられた。食欲はないけど、食べないと心配されるから。


「明日から合唱部に行くとして」


 本来、レッスンの再開は木曜からのはずだった。


「合唱部の後に行くことになるのかな?」


 前沢さんに「治りました」と送る指が震えているのは、自分でもわかっていた。


 すぐに来る返事。


 巨匠は無事に腕のギプスも外れて、静香が行かない間も、礼佳さんにレッスンをしていたらしい。


 そんな近況を挟んで送られてきたのは期待しているはずの、恐れているメッセージ。


「回復したなら土曜日から始めると先生が仰ってます」


 よろしくお願いします、と静香は一文字ずつ打ち込んでいた。



お気付きの通り、今作で、初めて祐太君だけの味方が事態を知りました。少しでも力になってくれると良いんですけれども。


なお「同じクラスになるために」のくだりは、佳奈の親と宗一郎の親双方から「糖尿病のフォローのため、できる限り同じクラスにして欲しい」と学校に申し入れをしていたことを指しています。かなり秘匿度の高い個人情報のため他の人には秘密でした。実際に、こういうことは配慮してくれるそうです。

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