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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
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第34話 闇の中

「病室は5階の奥だって。個室だ」


 宗一郎は、病院を見上げると、そう言った。


 救急センターと呼ばれるところだ。


「簡単に言えば、風呂で手首を切ってるのをオバさんが見つけてくれたんだ。なんか刑事ドラマみたいだな」


 救急車で運ばれてきたんだと宗一郎は言った。


「ヘンだったと思ったんだ。いきなりこれを送ってきたから」

「え? お前、スマホ持ってかないって」

「旅の時用に買ったやつなんだ」


 RINEの画面だ。登録されているのは一人だけ。


 こいつ、なんだかんだ言って、広田さんだけは「連れて行った」のかよ。 


「言っておくけど、佳奈が心配だったからだからな」


 オレの無言の声を察知したんだろう。宗一郎が珍しく憮然としている。


「いや、わかってるって。で?」

「ほら、これだ」


 他のやりとりは全くなかった。ただ、一昨日の夜、いきなり「いつ帰るの?」と送られてきていた。


「嫌な予感がしたんだよ、何となく」


 宗一郎は「明日帰る」と送っている。


「お前、これ、どこで受け取ったんだよ。旅の最中だろ? 東京に近かったのか?」

「神戸さ。そこから10時間。飛ばしたぜ。記録だな。次はコーヒーを飲みにだけ往復するか。リアル600マイル伝説だ」

「コーヒー? 600マイル?」


 いや、それはいいんだ、とオレの言葉をかわした。なんかあるのかな?


「で、まっさきに佳奈のところへ行ったんだ。幼なじみだってのは言ったよな? まさにオレのとなりの家さ。さすがに窓越しのやりとりなんてしてないけど、塀を跳び越えりゃ、すぐだもんな」


 ちょうど、そこで広田さんが吐いているところを見てしまった。


「何でも教えてくれる佳奈が、今回ばかりは何も言わないんだよ。何か言いたそうにしてるのに、言わない。ああ見えても頑固だからね。一度言わないって決めたら、絶対に言わないのはわかってた。だから、オレはいったん帰るしかなかった。だた、オバさんにだけはね」


 子どもの時から可愛がってもらってる広田さんのお母さんだ。


 妊娠の可能性は伏せて「ちょっと心配だ」と伝えていた。結果的に、それが的中した。


 風呂が妙に静かなのと、母親特有の胸騒ぎで様子を見に行って発見した。


「発見が早かったから、出血そのものは大丈夫なんだって。お腹の子どもは、この騒ぎでダメらしい。まあ、妊娠初期には、そういうことはよくあるらしいけどね」


 お腹の子どもが流れてしまった。それが良いことなのかどうか何も言えなかった。ただ一つだけは自信を持って言える。


「広田さんの命が助かって良かったよ」


 それだけは確かだ。


「うん。オレもそう思う。生きていてくれれば、それで良いんだ。何回でもやり直しはできるんだし」


 呟きながらも、深く考え込もうとする宗一郎に「さっき酒井のことを言ってたよな」と話を振った。


「あぁ。パパの話?」

「なんで光輝が父親だと思ったんだよ」


 遺書みたいなものの話は出て来なかったはずだ。


「あっ、それは知ってたからだ」

「知ってた?」

「コソコソ、夜中に出て行くことが何回かあってさ。最初に気付いたのは11月だ。試験前くらいだったかなぁ。だけど、もっと前からだったのかもしれない。わりと慣れてる感じだったし。たださ、時間が時間だ。そりゃ心配するだろ? 頻りにウチを気にしてたよ。なんとか気付かれないように遠くから見守ったんだ。そ~っと後を付けたら、真っ直ぐにヤツの家に着いたってわけ」

「いや、でも、それって家に行っただけ…… のわけはないよな」


 宗一郎は、そういうところは周到だ。様子をうかがう程度のことはしたはずだ。おそらく何かを見た、あるいは聞いたってことだろう。


 オレの考えたことを読んだのか「うん」と小さく答えた。


「最初の時。そりゃ心配したよ。夜中にバスケマンの家だもんな。まさかって思ったけどね。ちょっと待ったんだ。しかし、いつまで待っても出て来ないから窓の下まで行ったんだ。佳奈がここに来てる理由なんてどうでも良い。もしも襲われたら何が何でも助けに行くつもりだった」


 打てる相づちが思いつかなくて、ただ黙って聞くしかない。だけど、宗一郎は淡々と喋り続けた。


「詳しい話は…… すまん。ただ、言えるのは、どう見ても合意に見えたんだってこと。佳奈が自分から来て、自分からしてることだ。まさか邪魔するわけにはいかないだろ? そのまま帰るしかなかった。そんなのが一日おきくらいで何回か続いたと思う。で、試験が終わって、オレは旅に逃げたんだよ。あの光景を頭から追い出すにはそれしかなかった」


 正月も帰ってこなかったのは、そういうことだったのか。そりゃショックはでかいよな。


 黙ってしまったオレに「実はな」と言葉を続けてきた。

 

「広田家はオレをすっごく気に入ってくれててね、うちと家族ぐるみで交流しているし。オレのこともオジサン、オバさんが子供の頃から可愛がってくれてたんだ。『嫁に出す先がお隣だと、こっちは嬉しいけど、実家にすぐ戻られちゃうから、そうちゃん気を付けろよ』っていうのが、オバさんも、オジサンも定番ネタでね。今回も、ヘンだよと教えてくれていたから助かったって感謝はしてくれたんだ」

「そうだよな。お前が教えてなければ「違うんだよ」え?」

「たぶん、オレが帰ってきたのが引き金だったんだ」

「え? そうなのか?」

「オレの顔を見て、たぶん、我に返ったんじゃないかな?」

「我に?」

「あぁ。そうだ。悪い夢を見ていたんだよ、佳奈は。そして、その悪夢をオレに気付かれたと悟った。だからさ」


 また、上の階を見上げてから「で、な?」と宗一郎は言葉を続けた。


「隣の家に救急車が来てさ。オバさんもオジさんも何も言ってくれなかった。だから無理やりバイクで付いてきたんだ」


 いくらバイクでも、緊急車両の後を付けるって、おまえ、どんだけムチャをするんだよ……


「病院の1階でしばらく待ったら、オバさんが降りてきてくれてね。最初、命は大丈夫だよって教えてくれて、力抜けちゃってさ。だらしないけど、立てなくて。オレなんかよりもずっとずっと心配なはずのオバさんがずっと背中をさすってくれた」


 両肩をすくめてみせた。あの「気の良いオッサン顔」は消えていた。


「しばら、そっとしておいてしてくれて、その後ポツンと、キズモノになっちゃたから、もうそうちゃんにはあげられないねってオバさんが泣くんだ」

「うん」

「そこまで聞いたら、やっぱりハッキリ聞きたいだろ? 普通なら教えてもらえないよ。だけど、絶対に教えてくれ、もしも嫁のもらい手ないなかったら、何があっても喜んでオレが嫁にもらうからって頼み込んで教えてもらったんだ」

「それが、妊娠?」


 軽く首を振って「それだけじゃなかった」と微苦笑する宗一郎の顔は哀しげだ。


「プラスαがある。オバさんから、今は感染に気をつけてと言われたんだ」

「え? 風邪ってわけじゃないよな?」

 

 頭の端っこには「ビョーキ」って言葉が浮かんでる。


「梅毒だそうだ」

「ばい、どく?」

「たぶん、今、マジモンの刑事さんが来てるはずだ」

「それってヤバいヤツ?」

「オバさんにも相手が誰なのかってのをガンとして言わなかったからだ。佳奈はって言うか、オレ達って進学校の真面目な高校生だろ? パパ活ヤッてる女とか、夜遊びしまくってる女子高生なんかだったら別なのだろうけど。こういう時、警察としてはレイプを疑うらしい。だが、オレは違うと思ってる」

「つまり、それがバスケマンだろうと?」


 コクン


「間違いない。ただ、傷は治るし病気だって治療できる。でもさ、心の傷は手当ての方法がない」

 

 それはその通りだと思うけど。


「どうするつもりだ?」

「これからオレが話そうと思うんだ。もう、オバさんには許可してもらってるよ」

「あのさ、お前が話すんだろ? じゃあ、オレの役割は? っていうか、そんなプライベートな問題にオレが首を突っ込んで良いのか?」

「あ、それなんだが。頼みたいのは証人になってほしいってのが最初だ。万が一、拒まれたら説得を頼む。それに佳奈がオレの次に信用しているのは、フミ高生ではお前らしいぞ?」

「まさかぁ。クラスメイトとして、悪くは思われてないと思うけど、個人的な付き合いはほとんどなかったぞ? そのくらいはお前だって知ってるだろ?」

「佳奈は新井田さんと仲が良いんだ。ずっと羨ましがってた。お前が新井田さんとどんな付き合いをしていたか、1年の頃から知ってる。だから佳奈はお前のことを信用してるんだ」

 

 静香の親友だもんな。そのつながりか。納得しちゃうような、できないような。


「あ、う、う~ん。今ひとつ、そのあたりは自信ないけど、お前が言うなら信じる。で、証人っていうのは?」

「オレが佳奈に喋るから、OKしたらお前が証人になるって約束してくれ。OKしなかったら説得を頼む」

「よくわかんないけど、ともかく、やってみるよ…… なぁ、おい?」

「なんだ?」

「それ、お前はオレならできるって思ってるんだな?」

「ああ。これは古川祐太にしか頼めないから、今日来てもらったんだ。すまん」

「頭を下げるのはやめてくれ。よくわかんねぇけど、お前が言うなら、きっとできるんだろ。じゃ、行くか」

「あぁ」


 オレ達の目の前を男女のペアがツカツカと通り過ぎていき黒い車に乗り込んだ。


 おそらく刑事ってことだろう。被害者に配慮して、女性警察官が一人入ってるってカタチに違いない。


 しかし、あの硬い表情からすると、頑なに答えなかった気がした。


「じゃ、オレ達の番だ」

「わかった」


 エレベータに乗るとき、5階のボタンはオレが押した。宗一郎の手が震えているのを、オレは知らんぷりしたかったからだった。



 ・・・・・・・・・・・


「坂下先生、こんばんは!」

「あら、めずらしい。今日の試験はどうだったの?」

「ははは。すみませーん、勉強不足でした~」

「もう~ 部長の萩原さんがそれだと、後輩に示しが付かないわよ」


 そんな風に和やかに始まった電話。


 私は最後まで「よい子」を演じなくちゃ。


「先生、ところで聞きましたよ。シズが酒井先生のお宅に住むって話」

「あ、えっと…… あら、誰からそんな話を?」

「今日、本人から聞きました」

「あら、そうなの。だとしたらそうなのかな?」

「せんせー いくら個人情報でも、そこでとぼけなくてもいーじゃないですかー。どうせ、向こうに住めばわかることですよ。住所だって教えてくれるんだし」

「それも、そうなんだけど」

「先生、シズが酒井先生の愛人になる話って、古川君に教えてあげてないんですよね?」

「え? 愛人って、そんな。あなた、何を言ってるの」

「今さらですよ、先生! 一緒に住むんですから。しかも、巨匠、酒井の女癖は有名じゃないですか。先生が知らんぷりしていていいんですか!」


 そうでーす。私は、正義に燃える部長さんでーす。ふふふ。


「……でも、ほら、いい加減なことは言えないし」


 坂下先生がお困りの様子だ。ごめんなさいです。


「先生は、そこをご存じで送り出すんですよね? 古川君、可哀想ですよ! 何にも知らないまま、いつもみたいに、彼はニコニコとシズを送り出すんでしょ!」

「え? あ、で、でも、ニコニコではないと……」


 私は、少しずつ、坂下先生に喋らせていった。


 録音ボタンを押しながらだ。


 ね? 古川クン。先生の言葉なら、聞いちゃうんじゃない?


 ちょっとだけ、先生の言葉を入れ替えてから、私は古川クンに電話していた。




最近は女子高生がスマホで、会話のファイルを切り貼りできちゃうんですよね~

怖い時代です。

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