第33話 片恋
許せない、許せない、許せない!
クソ女め!
ちょっと歌がうまいからって。
ちょっと顔がいいからって。
ちょっと胸がデカいからと言って。
海外留学? 世界のトップを目指す? しかも特待生扱いにしてもらえる上に、住むところもタダだって?
なに、その待遇!
しかも、留学先では世界の巨匠の愛人になりながら、ちゃっかり、日本には一途に思ってくれる幼なじみがいる?
ありえない!
なんで、アンタばっかり、そんなに良い思いをしてるんだよ! このメスブタ!
死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死んじまえ!
ハア ハア ハア
私は、ちっとも上手くない息子に浮気されまくって、病気までうつされたんだよ?
アイツと付き合って良かったのは、女バスを中心とした、名前も知らない後輩達から羨ましがられただけじゃん。しかも、最後は「浮気したロリコンに捨てられた」ってウワサされて蔑まれたんだ。
何よ、この差は!
何とかして引きずり落としてやらないと。
一生懸命努力してる私が、こんな嫌な思いをしてるんだよ?
アンタは何にもしてないじゃん! ただ、のほほーんとしてただけ。
運が良かっただけでしょ。
とっても優しくて、一途な幼なじみに庇われて、楽しいことばっかりやって過ごしてたら、大物に見こまれてのシンデレラストーリー。
日本中のアイドル?
JK歌姫だぁ?
そんなの許されるわけないじゃん。
絶対に何とかしてやる!
どうしたらいい? 考えるのよ、私。このまま良い思いばっかりさせたらダメ。だって、こんな不公平は許されたらダメだもん。
私は、前の席に座る黒髪を見つめながら、そればかりを考えていた。
ちょっと待って。留学の件は手が出せないけど、一つくらいは壊せるんじゃないの?
そうよ。
あのメスブタの弱み。
爺やとの仲を壊せば、うまく行くと留学だって失敗するかも。
ああああ! それよ! それなんだわ!
でも、どうしたらいい? あのお人好しを、どうやって裏切らせるの?
やっぱりあれよね。寝取られ。
いくらアイツでも、ネトラレを突きつけられたら捨てるわ。少なくともケンカくらいはする。
さっきの雰囲気だと、あの大物の家に住むことは喋っても、愛人になるってことことは言ってないわけでしょ? まあ、喋れるわけがないわね。
だから、そこをハッキリさせてあげればいいのよ。お前の彼女は、あのオヤジの愛人になりに行くんだぞって。
外国でヤリまくりだけど、良いの? って、誰よりも《《心配してあげよう》》!
待って、待って、待って。
じゃあ、どうしたらいい?
古川と私は、話したこともないのに、いきなり話を持ちだしても信じないかもしれないだろうし。
私は、問題を解答するよりも、どうやってあの男に渡りを付けるかばかりを考えていた。
そして、国語の時間が終わったときに、明確なプランができあがっていた。
ふふふ。
チャンスは平等にね?
シズ。私の い と し い 人。
・・・・・・・・・・・
教室がうちの生徒ばかりだったんで、最初からアガらなかったし、全力は出せたかな?
気になるって言えば、何人かの欠席者。まあ、フミ高と言えども「義務としての受験」だけだとモチベが上がらないヤツは、なんだかんだと理由を付けて受けに来ないのは知っている。ただ、休んだ中に広田佳奈がいた。
『アイツは、ガチ勢だったはずなのにな』
推薦を選ばなかった。学芸大の中学、理科を狙っていたから絶対に受けると思っていたんだけど。
まあ、とりあえず今日の試験が終わった。
ふぅ~
群れに交ざって校門を出ると、そこには怪しいバイクがいて、帰る受験生達はチラチラと視線を送りながら、関わらないようにしていた。
「待たせた」
「いや、終わる時間はわかってたからな。メットはこれを使え」
「あぁ、わかった」
渡されたヘルメットは、ジェット型とか言うヤツだった。被った途端に、思わぬほど明瞭な声が聞こえた。
「あ~ あ~ 古川、聞こえるか?」
ヘルメットの中だ。
「なんだよ。ヘッドセット付かよ」
「あぁ。こうしないと聞こえないからな。じゃ、行くぞ」
走り出すと同時に「どうだった」と宗一郎。
「まあまあだったかな。ただ、広田さんが休んでたのが気になった」
「……」
どうやら、いきなりピンポイントだったらしい。しかも宗一郎の反応が珍しいほどに悪い。
「何か知ってるんだな? それに絡んだ話か?」
宗一郎が悩むのであれば、どっちみちややっこしい話に決まっていた。
「古川。すまん」
「どうしたんだよ」
「お前しか頼れない」
ビックリした。知恵者の宗一郎が、そんな言い方をするのは珍しい。
「広田さん関連か? ってことは女バスがらみ…… なわけはないな」
「実は女バスが絡んでることは絡んでる。雷漢と迷ったんだが、ヤツは広田さんとのつながりがないし、キャラ的に説得役には向かない」
ん? 説得役? で、雷漢を呼ぶか、オレを呼ぶかで迷った?
女バス絡み……
まてよ、それって、どこかであったぞ。
「こんな時に貧乏くじを引かせてしまってすまん」
「いや、お前との仲だろ。オレにできることなら手伝わせてくれ。それにしても、お前も東京に戻ってくるそうそう、大変だな」
「偶然って言うよりも、必然だったかもな」
走りながら、衝撃の話を聞いた。
広田さんが妊娠したということ。しかも、自殺未遂。
それだけでもお腹いっぱいなのに、父親は酒井光輝だという。
「なんでそうなった?」
「茉莉ちゃんの時に、偶然、女バスの2年生がバスケマンの家に行くところを見たのは覚えてるか?」
あ、それか!
「思いだしたよ。確か2年の中心になった子だろ?」
「ああ。広田さんの後で、ガードをやっていた子だ。結局、こっそり付き合っていたらしい」
やれやれ、手広いことだ。
「しかし、それと広田さんとは関係が?」
「どうやら、後輩ちゃん…… 山川さんって言うんだけど。ま、要するに『後輩に手を出すな』ってなことを佳奈が交渉しようとしたらしい」
ふうと小さなため息。
小さな違和感を、オレは感じた。
「ミイラ取りがミイラになったってことか?」
「もとから、女バスにはバスケマンのファンが多いんだよ。佳奈も中学時代からヤツのことを知っていたんだ。片思いしていたんだぞ」
「それにしたってなぁ」
その時、ふと気が付いた。宗一郎が「佳奈」呼びをしている。しかも何でそんなに詳しいんだ?
迷った。
でも、確かめずにいられなかった。おそらく、そこにオレが呼ばれたカギがあるに違いないのだ。
「なあ、なんで、そこまで詳しいんだ? お前にしては珍しくないか? クラスメイトの中学時代の片思いだなんて事情を知ってるのは」
バイクが、多摩地域中央病院の駐車場に入ったところだった。
エンジンを止めた宗一郎は、オレに真っ直ぐ向き合ったんだ。
「広田佳奈は、オレの幼なじみなんだ」
「え? マジ?」
そして、その辛そうな顔でオレも察したんだ。
「まさか、おい?」
それは、オレが見る初めての、宗一郎の涙だったかも。
「あぁ。そうだよ」
ふっと見上げた病院の窓からは、光がまぶしいほどだ。
「佳奈は、オレの初恋で、そして…… 今も、好きなんだ」
オレは言葉が出なかった。
宗一郎君は「風が恋人」でしたが、初恋をずっと背負っていたせいです。
もちろん、それを告白したことはないです。